アークナイツ二次創作集   作:よるめく

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体が痛そう

 近頃、ドクターの様子が変だ。ロスモンティスはそう感じていた。

 

 いつも真っ直ぐに伸びている背筋が曲がっているし、体を引きずるようにして歩いている。怪我をした人の歩き方だった。

 

 だがロスモンティスの知る限り、ドクターは怪我をしていない。直接聞いても怪我したわけではないという答えが返ってくる。

 

 じゃあなんで怪我したみたいな歩き方なの? と聞くと、ドクターは生返事しかしないのだった。

 

 医療オペレーターなら何か知っているのかと思ったが、みんな変な笑い方をして目を逸らすばかり。

 

 深くなるばかりの疑問を抱えたロスモンティスは、ドクターの後をこっそり尾けてみることにした。

 

 執務室を出たドクターは今、バーにいる。

 

 ロスモンティスはバーの扉に頬をくっつけ、耳をそばだてる。声は聞こえるが、会話までは聞き取れない。ドクターの他に、男の人がいるようだった。

 

(バーは、お酒を飲むところ。ドクターは、お酒を飲んでるの? お酒は夜に飲むものだってアーミヤは言ってた……ブレイズがお昼に飲んで怒られてたし……)

 

 そこで、ロスモンティスは耳をピンと張り詰めさせた。

 

 そういえば、たくさんお酒を飲んだブレイズも、気分が悪そうに背中を曲げていることがあった。

 

 もしかしてドクターの様子が変なのは、お昼からたくさんお酒を飲んでいるせい?

 

 だとすれば、注意しなくては。アーミヤからもドクターが体を壊しそうになったら止めて欲しいと言われている。それにロスモンティス自身、ドクターが病気になるのは嫌だった。

 

 意を決してバーに入ると、やはりドクターの背中が見えた。カウンターに両肘をつき、手を組んで、うつむいている。隣には、黒髪で小柄な人がいて、ドクターとまったく同じポーズを取っていた。

 

 まだロスモンティスには気づいていないらしい。ドクターがため息交じりに呟いた。

 

「そうか……君もガヴィルには苦労しているんだな」

 

「苦労なんてもんじゃない。後で行くって言ってるのに無理やり連れていかれるし……一日ぐらい間を空けてくれてもいいんじゃないか? こっちはあいつのおかげで体中が痛いってのに……」

 

「同感だ。彼女の医療知識を今更疑ったりはしないが、それはそれとしてこっちの体にもかなりの負担が……」

 

 ふたりはぼやきながら、グラスを呷る。中に入っているのは透明な液体だった。

 

 お水かな、とロスモンティスは思ったが、その考えを否定した。前にブレイズが持ってきた極東の酒は、ワインやビールと違って水のように透明だった。

 

 バーはお酒を飲む場所だ。やっぱりお酒を飲んでいるせいで体調が悪いんだ。ロスモンティスはドクターの服を引っ張るべく一歩踏み出した。その時、背後でバーの扉が開かれた。

 

「見つけたぞ! こんなところに隠れていやがったのか!」

 

 ドクターと黒髪の人が縦に伸びたような気がした。ロスモンティス自身もきっと、そうなっていただろう。

 

 三人そろって背後を振り返ると、そこには暗緑色の髪を伸ばしたアダクリスの女性が仁王立ちしていた。

 

 小さい黒髪の人が引きつった声を吐き出す。

 

「げっ……! が、ガヴィル……!」

 

「よぉう、スディチ。それにドクターも。昼間っから酒場でかくれんぼとはいい度胸じゃねえか」

 

 ガヴィルは拳を鳴らしながらふたりに近づく。その頬はぴくぴくと引きつっていた。

 

 彼女はロスモンティスのそばで一度立ち止まり、銀髪と耳を生やした頭に手のひらを置く。

 

「しかもガキの前で酒なんか飲みやがって……」

 

「待て、誤解だ! 酒は飲んでいない! これはただの水だ。たくさん飲めと言ってただろう!」

 

 ドクターがグラスを掲げる。ロスモンティスの方を一瞥しながら。

 

 事態と話が飲み込めず、ロスモンティスはその場でまばたきを繰り返す。

 

 ガヴィルは腕を組み、何故かロスモンティスに問うた。

 

「本当か?」

 

「えっ?」

 

 ロスモンティスはガヴィルと、ドクターと、スディチを順に見回した。状況がまったく飲み込めないが、酒かどうかを簡単に判別する方法が、電子手帳に記録されていた。

 

 ロスモンティスはドクターに近づき、手を伸ばす。

 

「ドクター、それ、私が飲んでもいい?」

 

「あ、ああ……」

 

 ドクターはすんなりとグラスを手渡した。この時点で、酒ではないことがわかる。

 

 年上のオペレーターたちは、ロスモンティスが酒を飲みそうになると全力で止めに来るからだ。もちろん、ドクターも。

 

 念のためにひと口飲むと、やはりただの水だった。

 

 ロスモンティスはガヴィルに向かって頷いて見せる。ガヴィルはバツが悪そうに後ろ頭を掻く。

 

「チッ、誤解だったか。早とちりして悪かったな」

 

「だから飲んでないって言っただろ。あんたは疑り深すぎなんだよ。大体、ゼルウェルツァじゃ酒ぐらい、みんな一日中飲んでるよ」

 

「そりゃゼルウェルツァだからだろ」

 

 スディチとガヴィルが言い合っている間に、ドクターは席を立つ。スディチもそれに気づいて従った。

 

「じゃあ、私たちは仕事があるからこれで。また後で……」

 

「おい。どこ行くんだよ」

 

 さりげなく脇を通り過ぎようとしたドクターとスディチの肩を、ガヴィルがつかむ。

 

 その瞬間、ふたりはサーミに放り出された雲獣のように震えあがった。ガヴィルはふたりを肩に担ぎあげる。

 

 ふたりはジタバタと暴れ始めた。

 

「待ってくれガヴィル! 私はまだ書類仕事が……!」

 

「こんなところに隠れてくだ巻いてるやつが何言ってんだ。ずっと座ってっからこんなことになってんだろうが」

 

「オレはいいだろ!? 今は休憩時間で、これからまだ作業が残ってるんだ!」

 

「おーそうか。じゃあその前にみっちり治してやっから心配すんな!」

 

「ガヴィル―――――――――ッ!」

 

 騒ぐふたりを無理やり連れて行くガヴィルの背中が、バーの外に消える。ロスモンティスは目を丸くして、その様を見送っていた。

 

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 その夜、ロスモンティスはドクターの執務室を訪れた。

 

 ドクターの部屋は夜でも明るい。ずっと仕事をしているからだ。

 

 しかし今、ドクターはソファベッドに横たわり、呻きながら時々水を口にしていた。

 

 ロスモンティスはドクターの顔をのぞきこむ。

 

「ドクター?」

 

「ロスモンティス。どうかしたのか」

 

 ドクターはゆっくりと体を起こす。いてて、と言いながら体のあちこちをさする姿は、ブレイズやMisseryと重なって見えた。

 

 ロスモンティスはドクターの隣に座ると、ぴったり体をくっつける。血の匂いはしなかった。

 

「ドクター、怪我してるの?」

 

「怪我……ああ」

 

 ドクターは頷き、ロスモンティスの頭をなでる。これで全部伝わったのだと、ロスモンティスは確信した。

 

「怪我はしていない。ただ、その……ガヴィルがな」

 

「ガヴィル、ドクターに痛いことしてるの? 医者なのに」

 

「……なんて言ったら伝わるか……」

 

 ドクターはしばらく考えた末、立ち上がった。足をそろえ、両手を爪先に向けて伸ばす。前屈というやつだった。

 

 ドクターの指先は、脛のあたりで止まっている。

 

「ロスモンティス、これ、できるか?」

 

「できるよ」

 

 ロスモンティスも立ち上がり、同じように前屈をする。手のひらが床のタイルにくっつき、冷たさを伝えて来た。

 

 ふたりして体を戻すと、ドクターが苦笑いしながらロスモンティスの頭をまた撫でた。

 

「すごいな。さすがに体が柔らかい」

 

「オペレーター、訓練の前にみんなやってる。でも、これがどうしたの?」

 

「ガヴィルに治療されているんだ。君がやったように、床に手のひらがつくまで。……はぁ」

 

 ドクターは溜め息を吐いて座り込む。ロスモンティスには、まったく訳が分からなかった。

 

 じっとドクターの方を見ながらソファに腰を沈めると、ドクターはまたひと口水を飲む。

 

「まあ、なんだ……座りっぱなしでいると、ガヴィルに痛い目を見せられるってことだ。ふふ、君にはまだ早いか」

 

「よく、わかんないけど……アーミヤとか、ケルシー先生も、ずっと座ってたらダメなの?」

 

「ダメだろうな。私ほどではないと思うが」

 

「……?」

 

 ロスモンティスの眉毛のあたりに力が入った。ドクターは優しく微笑んでしばらくロスモンティスを見つめていたが、苦労して立ち上がり、執務室へと歩いて行く。

 

「さて、私はもう少し仕事しなくちゃいけないが、君はもう寝た方がいい」

 

「……ううん、私も起きてる」

 

 ロスモンティスはドクターが置いていったグラスを手に取る。執務室備え付けの冷蔵庫から水を取り、持っていった。

 

「よくわからないけど、ずっと座ってちゃだめなんでしょ? ドクター、お仕事してたらずっと座っちゃうと思うから……」

 

「……そうだな」

 

 ドクターは苦笑いをして目頭を揉み、背中を伸ばした。

 

「じゃあ、少し待っていてくれ。終わったら、一緒に寝よう」

 

「うん。お水、また持ってくるね」

 

「頼んだ」

 

 ドクターはそう言って、分厚い書類の束に手を付け始める。

 

 時々思い出したように腰や肩の痛みを訴えながらペンを走らせるドクターを、ロスモンティスは不安げな眼差しで見つめていた。

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