アークナイツ二次創作集   作:よるめく

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意外と…長引いている、だと?


Brown Tail~その4~

「確かに、代わりの案内人が来るとは聞いていたがな……なぜそれがよりもよってお前なんだ、ヤーカ?」

 

「それはむしろ、こちらが聞きたいぐらいですが……」

 

 オペレーター・マッターホルンは、ラタトスが滞在している客室の入口で立ち尽くしていた。

 

 外勤任務に出かけるドクターから、客人の案内を頼まれたのが昨日の夜。

 

 厨房勤め以外、任務らしい任務の無かったマッターホルンは、これをふたつ返事で了承した。

 

 だがまさか、その客人というものが、よりにもよって生まれ故郷の有力者。それも、自身の主人たるシルバーアッシュが陥れただとは、さすがに思いもよらなかった。

 

 当のラタトスも同様なのだろう、待っている間に読んでいたらしい、膝の上の本を閉じて、椅子からじろりと嫌な視線を投げかけてくる。

 

 マッターホルンは、咳払いをした。

 

 お互いの事情はどうあれ、ここはイェラグにあらず、互いの立場も国の外ゆえ持ち出すべきではない。

 

 ひとりの客人と、その案内を任されたオペレーター。今はただ、それが全てだ。

 

「改めまして、本日ドクターより案内役を仰せつかりました。俺はロドスのオペレーター、マッターホルンです」

 

「マッターホルン? 山から名前を借りたのか。まあ、アークトスには及ばないまでも、お前の図体は、私からすれば山々のように大きいしな」

 

「誉め言葉と受け取りましょう。どこか、見学したい場所などはありますか?」

 

「そうだな、言うなれば、ここの全員と話でもしたいものだが」

 

「全員と、ですか」

 

「全員と、だ」

 

 憂いを帯びたような表情で繰り返すラタトスを、少し意外に思った。

 

 マッターホルンの知る彼女は、いつも己が策謀家であることを隠さない、不敵な笑みを浮かべている。

 

 エンシオディス、アークトスと並べば子供のようにすら見えるラタトスだが、その腹に一物抱えているぞと言わんばかりの微笑と、それが醸し出す雰囲気は、決してイェラグ御三家の名に恥じない。

 

 それが今は、雨を眺めながら物思いに耽っているかのようだ。

 

「一通り、あのドクターに案内してもらったよ。雪境(ヒーラ)の外は、私の想像を遥かに超える大きさで、ロドスはその広大さを凝縮した方舟だ。エンシオディスのやつが生き急ぐわけだ……私は何も見えちゃいなかった、そう言わざるを得ない」

 

「……ドクターは、一体何をお話になられたのですか?」

 

「いろいろだ。本当にいろいろ。だから今日は、もっと深堀りしたいと思ってね」

 

「なるほど、わかりました。では、講義に出てみるのは如何でしょう?」

 

「講義? ここには学校もあるのか?」

 

「似たようなものです。ロドスには、まだ幼いオペレーターたちや、医者に学者の卵も多く集っています。なので、オペレーターたちが教鞭を取ることも、少なくないのです」

 

「もしかして、お前も教室を持っていたりするのか、ヤーカ?」

 

「まさか。俺は厨房で包丁を握る程度が関の山ですよ。それと、ここではマッターホルンとお呼びください、お客人」

 

「ふ」

 

 ラタトスは鼻を鳴らして笑うと、本を閉じて席を立った。

 

 

 

 訓練場の扉を開くなり、わっと幼い歓声が波を打って押し寄せてくる。

 

 ここでは、患者の子供たちのために、ジュナーが体育の授業を行っているところだった。

 

 アシスタントにはズィマーが就き、子供たちが怪我をしたり、どこかへ行ってしまわないように気を配っている。

 

 この光景だけを見れば、イェラグの子供たちと大差ない。しかしそのように在れるのは、ロドスの中だけなのだろう。

 

 ドクターが敢えて差し出してきた、理論もなにもない、鉱石病患者への差別・偏見・具体性のない憎悪に満ちた悪本のことを思い出していると、子供のひとりがマッターホルンの巨体に気が付いた。

 

「あ、マッターホルンおじさん!」

 

「料理のおじさんだ!」

 

「おじさーん!」

 

 球技に熱中していた子供たちは、ジュナーの制止も聞かずにマッターホルンの周りに集まってきた。

 

 マッターホルンは低く屈んで、子供たちに視線を合わせながら笑顔を向ける。

 

「こら、まだ授業の途中なんだろう。教官が怒っているぞ」

 

「おじさん、今日のお昼ご飯なーに?」

 

「おじさんおじさん、グムお姉ちゃんは?」

 

「そっちの子はだーれ? 新しいお友達?」

 

「こう見えても、私はお前たちよりも長く生きてるよ、チビども」

 

 たちまち幼い興味を向けられたラタトスは、苦笑いを浮かべながら近寄ってくる子供たちを撫でる。

 

 そのうちひとりを、ズィマーがひょいと抱き上げた。

 

「お前ら、まだ試合の途中だろ? ほら、戻れ戻れ」

 

「はーい!」

 

 思いのほかすんなりと、子供たちは競技の場へ戻っていった。

 

 ジュナーに注意をされてしょげている姿もまた、可愛らしいものだ。しかし、彼らが着る服や袖の隙間から覗く黒い煌めきが、無垢な光景に影を差す。

 

 子供を全員追い返したズィマーは、改めて闖入者に目をやった。

 

「で、オマエらはこんなとこで何してんだ? 昼飯の仕込みはいいのかよ?」

 

「今日はグムが仕切っている。君こそ、子供にずいぶん人気のようだが」

 

「チッ。別にアタシは好きでやってるわけじゃ……」

 

「満更でもない顔をしていたと思うが」

 

「うるせえ」

 

 ズィマーはマッターホルンの足を蹴りつける。その頬は、少し赤い。

 

 このまま会話を続けると分が悪いと考えたか、今度はラタトスの方を見る。

 

「そっちのは? 新人オペレーターか?」

 

「昨日から、よくそんな風に聞かれるんだが、ここはそんな頻繁に人が増えるのか?」

 

「あー、まあな。アタシらが来た頃はそうでもなかったけど、最近は知らねーやつも結構増えて、誰が誰だか……。んで、そんなことを言うってことは、違うんだな」

 

「ただの社会科見学だよ」

 

「ま、いいけど。あんまはしゃぐなよ、アタシらはあのガキどもの面倒を見るだけで限界だからな」

 

「言っておくが、お前よりも年上だよ」

 

「ん? あー……そういう感じか。ガキ扱いして悪かった」

 

「意外とすんなり納得するな?」

 

「ロドスじゃ珍しくねーからな。ワルファリン先生とか、ドゥリン人とかよ」

 

 ばつが悪そうに、ズィマーは目をそらしながら頭を掻く。

 

 その頭に乗っているのは、小ぶりな丸みを帯びた耳。見覚えのある、ウルサス人特有の耳だ。

 

「ところで、失礼だが、君の出身は?」

 

「……ああ?」

 

 ズィマーの機嫌が、急に悪くなった。

 

 害意の籠った怒りの眼差しが、ラタトスに突き刺さる。しかし、年下の少女に睨まれた程度で怯むようでは、“腹黒い”ラタトスは勤まらない。

 

 マッターホルンがにわかに緊張する。ズィマーは態度こそ粗暴だが、弁えることが出来るタイプだ。

 

 それでも、万が一が無いとも言えない。客人の案内を言い渡された以上、ラタトスを守るのはマッターホルンの役目である。

 

 緊迫した睨み合いは、幸いジュナーにも、子供たちにも見られていなかった。

 

 ジュナーが勢いよく吹き鳴らすホイッスルの音色を合図として、ズィマーは目をそらす。

 

「ウルサス帝国。これでいいか?」

 

「充分だ」

 

 全ての感情を押し殺したぶっきらぼうな返答を聞いて、ラタトスは頷く。

 

 ウルサス帝国。イェラグからそれほど離れていない、雪の大地の巨大帝国。

 

 感染者に対する仕打ちが特に厳しいと言われる場所。

 

 案内中のドクターが、言及の際に言葉を濁しつつも解説してくれた国家。

 

 ―――感染者の徹底した排斥と搾取、そして処分。

 

 ―――ウルサス以外にも、同様の措置を取る国家はあるそうだが、ウルサスは特にひどい国のひとつ言っていたか。

 

 ―――そういう連中に限って、強国だから始末に終えない。

 

 ―――イェラグは寛容だ。エンシオディスのやつも、ロドスと提携して感染者の社員を庇護している。

 

 ―――だがもし、そいつらがイェラグに根を張ったら?

 

 ―――今後、発展に伴って、ヴィクトリア以外にもあちこちから色んな来るだろう。

 

 ―――そいつらにイェラグを奪われないようにするためには、どうしたらいい?

 

 ―――お前は答えが見えているのか? なあ、エンシオディス。

 

「ラタトス様、何をお考えに?」

 

「……いや、なんでもない。ただ、あの子供たちは、ここに居られて幸せなんじゃないかと思ってな」

 

「少なくとも、ロドスに居る間は、石を投げられることはありません」

 

 つまり、一歩でも外に出ることがあれば、迫害を受けるかもしれない、と。

 

 そこでふと、疑問が湧いてきた。

 

 ロドスに来る前、あの遊びまわっている子供たちは、どのような生活を送っていたのだろう。

 

 あのズィマーという少女は感染者なのだろうか。目に見える分には源石結晶は見当たらない。服の下にはあるのだろうか。それとも非感染者か。

 

 友人に感染者はいたのだろうか。どのような経緯でロドスにやってきたのだろう。

 

 その疑問の先に、何か大切なヒントが隠されているような気がしてならない。

 

 ロドスのオペレーターたちがそうであるように、エンシオディスがそうであるように、感染者について考える中で、“外圧”に抵抗できる糸口をつかめないだろうか。

 

「ヤーカ、いや、マッターホルン」

 

「なんでしょう」

 

「エンシオディスの奴は言っていた。イェラグには、イェラグ特有の技術がないと。ロドスはどうだ?」

 

「ロドス特有の技術は、数多くあります。鉱石病抑制薬は、その中のひとつに過ぎません」

 

「そのことについて詳しく聞きたい。心当たりはあるか」

 

「ロドスの技術全般について聞きたいのであれば、適任はひとりだけですね」

 

「連れて行ってくれ」

 

「構いませんが、彼女も多忙の身ですからね。会えるかどうか」

 

「だめなら、近くで暇そうにしてる奴を捕まえるさ」

 

「ほどほどにしてください。皆、忙しいので」

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