クオーラは…いいぞ!
ロドス本艦に、オペレーターが憩いの場というのは、思いの外少ない。
宿舎、バー、休憩室、療養庭園。最近ではビーンストークがハガネガニカフェなんてものも開いた。それらは長期間の航行中、出来る限りストレスを溜めないようにと、時にはオペレーターたち自らが思い立って作ることもある。
だが、そうした中にあって、ロドス本艦の食堂は、ロドス・アイランド製薬設立当初からずっと、オペレーターの憩いの場としてナンバーワンの地位を保ち続けていた。
食事時になれば、誰もが足を運ぶ場所。近頃はアーミヤの意向でキッチンが自由解放されたこともあり、時を経るごとに賑やかさを増していく。
料理自慢のオペレーターが腕によりをかけた食事に、気の合う仲間が集まれば……そこはもう、楽しい歓談の場所なのだ。
そして、うっかりおしゃべりが過ぎるのも、またご愛嬌である。
「それでね、そのあとドクターが―――」
「ああもうわかった、わかったから少し落ち着け! つーか食え、せっかくの飯なんだぞ!」
「むぐっ!」
スパゲッティを巻いたフォークを口に突っ込まれ、ようやくクオーラは静かになった。
口の周りにミートソースをべたべたと付けながら咀嚼するペートラムの少女の前で、ラヴァは頬杖を突く。
ラヴァのプレートは既に空っぽ。大してクオーラの皿には、まだ料理が残っている。
ごくんとスパゲッティを呑み込んだクオーラは、また勢いよく話し始めた。
「それでね、ドクターが来てくれて、一緒に帰れたの!」
「めでたしめでたし、だな。はあ」
適当に相槌を打って、頬杖を突く。
同席していたギターノは、クオーラの顔を自分の方に向けさせ、紙ナプキンで口の周りをぬぐってやった。
「ほれ、話し終えたのなら食事も終えぬか。スープなど、冷めてしまっているではないか」
「あーっ! ほんとだ! うう、冷たい……」
「あんだけ喋ってりゃあ、そうもなる」
「ふふふ、妾は聞いてて面白かったがの。ラヴァの眼鏡にはかなわなかったようじゃの」
「いや、面白かったけど……」
切なそうな顔でスープカップに口をつけるクオーラを、ラヴァはじろりと見つめた。
さっきまで意気揚々と捲し立てられていたのは、クオーラのリターニア散歩録。食べ歩き、景色を楽しんだことが伝わる語り口は、聞いてて嫌なものではなかった。
気になる点があるとすれば、最後の方はほとんどドクターの話になっていたことぐらいか。
「なんか、最後の方、ただの惚気話になってなかったか?」
「のろけってなーに?」
「おぬしがドクターとのデートを、心から楽しんでいたという意味じゃ」
「えへへ……うん!」
ギターノに補足されて、クオーラは勢いよく頷いた。
本当に意味わかってるのか、と言いたげなラヴァの半眼は、一瞥もされなかった。
ギターノは、飲み干されて久しいティーカップの縁を指でなぞる。
「しかし、そのようなことになっておったとはな。いざ出航しようという時になって、おぬしだけが影も形もないとなって、ドクターは大いに焦ったのじゃぞ? それこそ、妾の下に来るほどにな」
「そーなの?」
「っていうか、占いに頼ったのかよ……」
「こやつが端末を部屋に忘れて出かけてしまったからの。それまでは、本艦にいると思っておったそうじゃが、点呼の時にはいないと気づいたと言っておったわ」
「あの点呼が役に立ったケース、初めて聞いたな」
「妾もじゃ」
占い師は口元に手を当てて笑う。
当の本人は、途中から何の話かわからなくなったらしく、目を丸くしていたが。
それにしても、迷子になって騒がせてたくせに、観光を楽しんでいたとは。ラヴァは呆れを隠さない。
あの後、ドーベルマン教官やケルシーに叱られてシュンとしていたのはなんだったのか。
「お気楽なやつ」
「今に始まったことではなかろうて。以来、クオーラが出かけるときは、ドクターが同伴するようになったと聞いておるし、迷子になったこともない」
「うん!」
威勢のいい首肯。
冷めたスープを一息で飲み干して、クオーラはまた語り始める。
「ドクターはね、ボクがお散歩に行くとき、手をつないでくれるの! 凄いんだよ、どこを歩いても、ドクターと一緒ならロドスに戻ってこれちゃうの!」
「そもそも、なんでお前は迷うんだ?」
「わかんない!」
「おい……」
ロドスは上にも下にも訳ありのオペレーターが多く、クオーラもそのひとりである。
というのも、彼女はロドスにやってきた時、それまでの記憶を全て失っていたそうだ。
聞くところによると、ドクターも同様だったらしい。色々あってクオーラはロドスに籍を置くことになったのだが、悲壮感だとか憂いだとか、そういうものが一切感じられない。
いつも元気で、細かいことを気にせず、欠片も考え事をしていないような素振りで楽しく過ごす。仮に記憶があってもこんな感じなんだろうなと、ラヴァは考えていた。
頬杖が頬に食い込み、人相が不機嫌そうに歪む。
「これこれ、そのようにするでない。せっかくの美人が台無しになるぞ?」
「はあー……」
ギターノに窘められて、手を下ろす。
気づけば、食堂にランチを取りに来ていたオペレーターは、半数ほどにまで減ってしまっていた。
皆それぞれ食事を終わらせ、自分のやることに戻ったらしい。キッチンからは洗い物の水音がする。
滑り込みでやってくるオペレーターの中に、見慣れた
何か持って行ってやるべきだろうか、と考えて、ラヴァは首を振った。どうせハイビスカスは自作の健康食で済ませるのだろう。巻き添えのリスクを考えるなら、変に気を回さない方がいい。
そんなことを考えていると、クオーラがラヴァをじっと見つめていた。
「……なんだよ? アタシの顔になんかついてるか? ハイビスはやらねえぞ」
「ハイビス?」
「なんじゃ、おぬしら。ハイビスカスを取り合っておるのか?」
「取り合ってない……ただこいつが、ハイビスを姉ちゃんにしたいって言うから」
「ハイビスがお姉ちゃんになってくれるの!?」
「ならねえよ、馬鹿!」
意気揚々と身を乗り出してくるクオーラに怒鳴り返すが、クオーラの表情に変わりはない。
彼女にハイビスカスのことを愚痴った時のことを覚えているのだろうか。余計なことばっかり覚えやがって、と心の中で舌打ちをすると、クオーラは照れくさそうに笑って座り直す。
その表情が、少し気になった。
「そっかぁ。ハイビスがお姉ちゃんになってくれないのは残念だけど、でもいいんだ。ボクにはドクターがいるから!」
「は?」
ラヴァがきょとんとして聞き返す。
クオーラは大切な宝物を手にした子供のように、きらきらと眩い笑顔で言い放った。
「ボク、決めたの! ドクターがボクのお姉ちゃん! だからボク、ずっとドクターと一緒にいるの! ドクターと一緒に色んな街をお散歩するんだ!」
「おやおや」
唖然とするラヴァとは裏腹に、ギターノは優しい祖母のような微笑を浮かべた。
それが嬉しかったのか、クオーラの語り口がさらにヒートアップする。
「ドクターはね、色んな街のことを知ってるんだ! 美味しいものとか、面白いものとか、いっぱい教えてもらえるし、お出かけするときはいっつも手をつないでくれるの! ドクターがいればボクは迷子にならないし……えへへ、ドクターはボクの病気を見てくれるし、住むところもお仕事もくれるし!」
「そうじゃのう。おぬしもそうして居場所を得たひとりじゃ」
「でしょ? だからこれからもドクターの傍に……」
「わ、わ、わかった! わかったから静かにしろ! そんなデカい声で恥ずかしいことを言うな!」
またしても、ラヴァはクオーラの声を遮って口をふさいだ。
周囲から暖かい視線を感じる。上がりに上がったクオーラの声は、今や食堂全体に響かんばかりだった。
もしかすると、キッチンの中の料理人たちにも聞こえたかもしれない。
何故か、言った本人よりもラヴァの方が恥ずかしくなってきた。
クオーラはラヴァの両手に口をふさがれたまま、両手をバタバタと振り回す。
ギターノはふたりを宥め、クオーラの頭を撫でた。
「さて、そろそろ昼食時も終わりじゃな。クオーラ、おぬし、午後は野球をするとか言っておらんかったか?」
「あ、そうだ! それじゃあまたね! ばいばーい!」
「ちょ、待て、食器を下げろ! ……行きやがった」
後に残された食器とプレートを、仕方なく詰む。
嵐のように騒がしいやつだ。ラヴァはほとほと呆れながら、席を立った。
ギターノがついてくる。
「家族か。良いものだとは思わぬか、ラヴァよ」
「アタシはあんなやかましい妹いらねー」
「そう言うな。ハイビスも、おぬしのことは手のかかる妹じゃと思っておるぞ?」
「手がかかるのはあいつの方だろ……」
「ふふふふふ」
何がおかしいのか、ギターノが堪えきれなくなって笑う。
食器を下膳エリアに出すと、ふたりは分かれた。
ラヴァは次の訓練のことを思ってげんなりしながら、廊下を歩く。
―――家族か。
ロドスには、訳ありが多い。
帰る家を失った者、家族と死に別れた者の話も、枚挙にいとまがない。
確かにこの艦は、そうした者たちの家であった。
そういう意味では、ロドスのオペレーターは、皆家族も同然かもしれない。
ラヴァはふと足を止め、少しだけ逡巡したあと、元来た道を急いで戻る。
仕方ないので、まだ頑張っているであろうハイビスカスに、昼食を届けてやることにした。