ラッキーの映像体験的な音楽は、条件を満たしていれば自動的に発動するのではないか?
ラッキーが恋をした時に恋愛ソングを演奏したら、自動的に恋した相手が聴衆の前に現れるのではないか?
と思ったのがきっかけです。「きらきら星」はママンに向けた演奏だったけど、DADA先生も体験できたので。ラッキーの弾く「愛」の曲が、最初はママンやキョウダイ向けだったのに、いつかフルスさんの姿を取る時が楽しみです。
曲は「クラシック 愛」とかでググって良さそうなエピソードを持つものをピックアップしました。深い意味はないです。
pixivにも投稿しています。
「好きな子が、いるんだ」
レイジロウがラッキーからその言葉を引き出したのは、高級ホテルの防音室だった。利用するのはほとんど音上家の兄弟たちである。内緒話にはうってつけなのだった。
「ふーん。付き合ってないの?」
普段通り弟に抱き着きながらレイジロウが尋ねると、ラッキーは肩の力を抜いて頷いた。
防音室の中には、レイジロウとラッキーだけでなくたまたま日本に来ていたファンタが手慰みに譜面をめくっていたが、レイジロウの言葉にぎょっと目を見開いていた。
「はっ??? ラッキーに好きな子???」
「ファンタ、どうしてそんなに驚くの? ラッキーもお年頃なんだし好きな子がいても不思議じゃないでしょ」
「いやいやいやいやレイジロウこそ何でそんなに冷静なの」
「予想はしてたから」
レイジロウの言葉にラッキーは頬を染め、ファンタは頭を抱えた。
「やっぱり気付いてたんだ……」
「待てラッキー、相手はいつ頃に知り合ったんだ? 年上? 年下? 宝石とか高いブランド物とか買わされてないよな? 『付き合って』で恋人になれるとは限らねーぞ? 露出してないから清楚とは限らないからな? つーかお前が音上って正式に認められてるこの状況でスキャンダルとかまた情報統制が……日本メディアに顔が利くのは……」
「ファンタ落ち着いて。ラッキーの声がよく聞こえない」
「ブレねぇなお前は」
ファンタは普段通りの軽薄な表情を作ると、手にした譜面を再び捲った。上下逆になっていたけれど。
レイジロウはラッキーに尋ねた。
「ラッキーはまだ片想いなんだよね? 相手に告白して恋人になりたいの? 女の子へのプレゼントならきっと相談に乗ってくれるよ、ファンタが」
「オレかよ」
「いやそういうのじゃなくって……えぇと」
ラッキーは言いにくそうに口を開いた。
「俺も、みんなに迷惑をかけたくないんだ。だから、彼女には俺の気持ちに気付かれないようにしたくて」
「具体的には?」
「……次のワオさんのオーディションの対策をしたい」
「ワオさんって前に『家路』をアレンジしていた作曲家だっけ。ファンタジーに支障があるの?」
「彼女も参加するんだ。確かにオーディションは合格したいんだけど、今のままだとちょっと恥ずかしいから……」
ラッキーの耳が赤い。これまでラッキーからその手の相談を受けたことがなかったレイジロウはとても張り切って「任せて!」と胸を叩いた。ファンタもニヤニヤしながらピアノの前を空ける。
「とりあえず一回弾いてみろよ。どんな課題曲なんだ?」
「有名な曲だよ。エルガーの、『愛の挨拶』」
ラッキーが鍵盤に指を落とすと、黒髪でツインテールの少女の映像が現れた。
映像は少女の友人の視点で進む。
優しい音色に、少女はある時は笑い、ある時は微笑み、ある時はすねたように唇を尖らせた。
どんな表情でも根底には少女への親しみが溢れ、ピアノの音色から微笑ましさが伝わってくる。
エルガーの『愛の挨拶』は、エルガーが八つ年上の妻キャロライン・アリス・ロバーツに婚約を記念して捧げた曲だ。
二人の結婚は宗教や身分、年齢を理由に周囲から反対されていたものの、キャロラインが亡くなるまでの三十二年間、仲睦まじく連れ添った。
愛の曲を背景に、黒髪の少女が笑う。場所も服装も様々で、別々の場所を体感しながらも共通点はただ一つ、黒髪の少女が笑っていることだ。
「…………」
「うわー…………」
ラッキーの演奏が終わってから、レイジロウは笑うしかなかった。ファンタは額に手を当てている。
「ど、どうかな……」
レイジロウはとても返答に困った末に言った。
「いいんじゃないかな、今のままで」
「いや良くねぇだろ! つーかあれだよな、今のフルスさんだよな? 音高でゼミが同じっつー」
ファンタの言葉にラッキーは頷いた。
「やっぱり分かっちゃうよね」
「はー……あの子もあんな顔するんだなー」
「ファンタ普段フルスさんとどんなやり取りしてるの」
「いやオレてっきりあの子はクソ真面目なクール系かと思ってたから。ラッキー視点だとあんなに可愛いんだなー」
「ちょっと待ってよ、俺はそういうつもりじゃなくて」
「女の子と青春できるって、やっぱりラッキーはすごいね」
レイジロウは誰かと親しくなることが苦手だし、ファンタはリップサービスが過ぎて誰かの本命になったことがない。ついでに他のキョウダイ達も幼い頃から六つ子の天才と持て囃されていたので、身内の恋愛相談などというものは無縁の人生なのだった。
ラッキーは顔を真っ赤にした。
「もういい、二人に相談したのが間違いだった」
「……まぁ、ほどほどにやればいいんじゃねーの」
「そうそう。例えば、服装を変えるとか」
むくれた弟に、レイジロウとファンタは慌てて声をかけた。ここでへそを曲げられて、知らない場所で恋人を作られる方が困る。音上ブランド的にも身内としても。
「服装変えるのはいいな。季節も固定するとか」
「今だとフルスさんとの思い出をロードムービーみたいに見せられてる状態だから、いっそストーリー仕立てにしてみるとか」
「髪型変えるのもいいんじゃね? 髪長いから、結わずに下ろすとか、アップにするとか」
「これって婚約の曲だよね? 年齢も上げてみたら? 服装も例えば、白いドレスにして結婚式みたいにしてみたり」
二人の言葉に、ラッキーは素直に頷いた。
「そっか、審査員もフルスさんの顔を覚えているかはわからないもんな」
「そうそう。パッと見の印象を変えれば周囲にはバレないって」
「練習ならいくらでも付き合うよ」
「ありがとう、二人とも!!」
*
古須亜子が新座ワオのオーディションに参加するのは、それが初めてのことだった。
作曲家・新座ワオは、若手芸術家を発掘するのが趣味である。それは若くから自分を取り立ててくれた音楽業界に対する感謝であり、自分が今度は若手に仕事を与える番になったのだという自覚からでもあった。
新座ワオのオーディションには多くの無名ピアニストが参加していた。何度か兄弟たちとは共演しながらも目立った業績はない園田ラッキーと、その同級生である古須亜子も参加していた。
「ラッキー君も参加するんですか? エルガーを弾いているところは全然見かけませんでしたが」
控室の前で古須は、ラッキーを目にして目を瞬かせた。
古須とラッキーの身長差はけっこうある。自然と上目遣いになった古須に、ラッキーは心臓が高鳴るのを感じながらうなずいた。
「う、うん……ちょっと学校では別の課題があったから……」
「言ってくれれば一緒にアナリーゼもできたのに」
「今回フルスさんはライバルだから」
「ふぅん?」
古須はラッキーを疑わしげに見たが、すぐに口元を緩めて微笑んだ。
「私、負けませんからね?」
「もちろん」
ラッキーは古須のそういうところが好きなのだ。細身で小さい体格からは予想もつかない超絶技巧とプライドの高さ。華憐で繊細な細い指から紡がれる細かい音色と、ピアノに対するひたむきな姿勢が好きなのだ。
古須が名前を呼ばれて壇上に上がる。
凛とした背中が可愛いなぁ、と思ったラッキーは、そうだ今の後ろ姿も曲の中に取り入れよう、とイメージを練る。
ファンタとレイジロウと色々試した結果、ヒロインの可愛らしさを前面に訴えかけることに決めたのだ。古須さんの可愛いところはできるだけ多く詰め込まなければならない。
『八番、園田ラッキーさん』
アナウンスがかかり、自分の番だと分かる。
ラッキーは平常心を保ちつつ、ステージの上へつま先を向けた。
スポットライトの下を歩む。規定の位置で足を止めて一礼。
ピアノの椅子の高さを調整し、譜面を確認して手を掲げる。
最初の一音を鳴らす。
丁寧に。優しく。それでいて愛おしく。
目の前に、真っ白なウェディングドレスをまとった女性が立っている。
色とりどりの花束を束ねたブーケを手にして、いたずらっぽく笑う。
どうしたの。隣に来ないの。
聴衆に向かって手を伸ばす。彼女がこちらを愛おしく思っていることがわかる。
視点が動く。彼女の背中を追いかける。おいついて隣に立つと、彼女が腕を絡めてくる。
近づくと女性の顔がよく見えた。
ラッキーのよく知る少女が、そのまま年齢を重ねたような女性。
「----何で、私?」
ステージ脇で、古須亜子は頭を抱えた。
クラシック知識は焼け付き刃です。色々捏造。ファ編冒頭の連載中に書きました。