優曇華と彼岸花   作:桃玉

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<Mika side>

 

千束の周辺を飛び回らせているドローン映像により監視を続ける。

鈴仙の忠告があるためより一層身を引き締める。

そんな裏方とは反対に千束たちはずいぶんとガイドを楽しんでいる様子がドローンを通して見える。

あのまま成長してくれるなら親としてなんと嬉しいことだろうか……

そう考えずにはいられなかった。

 

 

「あれだけ運動して問題のない人工心臓があるとはね……やっぱりあれか? 噂のアラン機関……」

「君に秘密は通じないか……」

「つまり命と引き換えに世界への使命を与えられた……。千束の使命はなんだい」

「……それは彼女自身が決めることだ……」

 

 

アラン機関曰く「才能、神からのギフトを持つものは生まれながらにして使命を持っている」

「才能を援助するのがアラン機関の役目」「才能を世に届けることこそが私たちとアランチルドレンの幸せ」

 

だが私はそうは思わない。

使命とは、才能とは、自由を、希望を、要望を、叶えるようなものではない、ある種の束縛だ。

アラン機関がいる限りアランチルドレンは才能を生かさなければならない……

自身を押し殺してでもそう望まれているのだ。

 

これのどこが幸せだというのか。

一人の犠牲で多くが救われるのは確かかもしれない。

だが私は、私の娘たちには一人の人間としての幸せを手に入れてほしい。

だから……

 

私は私ができることをする。

 

 

千束や鈴仙たちの支援をするために再び監視の目を光らせる。

その目に映ったのは千束たちを見つめる怪しい影。

そのドローンが映し出したその影、長髪の男には見覚えがある。

 

 

「……ジン」

「何だ、知り合いか? ……ジン、暗殺者。その静かな仕事ぶりからサイレントジンとも呼ばれている。ベテランの殺し屋、か」

「15年前まで警備会社でともに裏の仕事をしていた。私がリコリスの訓練教官にスカウトされる前だ」

「どんなやつ?」

「本物だ。……サイレント、確かに仕事中やつの声を聞いたことがないな……」

 

 

千束の言う敵が仲間になることがあるのなら、その逆もまた然り。

かつての仲間が敵として姿を現すことになるとは……

 

ここにサイレントが現れたのは偶然か、それとも何者かによる陰謀か。

それを確認することは叶わない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side>

 

『千束たちをつけている暗殺者、サイレントジンの存在を確認した。敵のおおよその座標を送る。対象に近づく前に可能なら無力化、無理なら見失わないように尾行してくれ』

「……りょーかーい。一先ずそこに向かうわ」

 

 

ミズキの気怠げな声とともに急加速する車。

結局交戦しなくちゃいけないのか……

思わずため息が出てしまう。

 

 

「距離詰めすぎると気づかれっから途中から車降りて行くよ」

「それって主に私だけだよね? ミズキは待機してるだけだよね?」

「……適材適所だから。別に運動するのがダルいとかそんな理由じゃないから!」

「わかってるけど、なんか言い訳みたいに早口なのは……」

「半分本音だからに決まってんじゃない!」

「うわ、あっさり白状した!」

「私みたいなか弱い乙女が男に対抗できっかってんだ」

「私の方がか弱いでしょ!?」

「見た目だけだろ。瞬発力も持久力も負けますぅ……。兎に角無理しない程度に行ってこい!」

「はぁーい……」

 

 

座標の近くに到着したため音で気づかれないように静かに車から降り気配を薄め、物陰に隠れつつ接近していく。

車からジンの距離は大体400メートルくらいかな?

その距離を詰めていき、ついに……

 

 

「20メートル先にやつを確認。ヘルメットが邪魔で無力化は厳しいかも……」

『……こっちは顔がばれてない。発信着付けに行って。終わったら無理せず帰還、私も車で距離を詰める』

「了解」

 

 

ミカさんがくれた座標によりサイレントとの距離はあとわずか。

ミズキは私を回収するために距離を詰め始め、私は発信器をサイレントにつけようと発信器発射装置の準備をした。

その時、サイレントが物陰に移動を始めた。

橋の下の死角で射線が通らない嫌らしい位置に身を隠される。

 

 

『橋の下に入られた……上からは確認できない。ミズキの方は?』

『柱の横で止まった』

「物陰で撃っても当たりません。どうします……?」

 

 

私が状況を伝えようとすると一発の銃声と、それに伴い弾と機械がぶつかる音。

無線からは砂嵐の音が聞こえ、ドローンが破壊されたことがわかる。

 

 

『クソっ、ばれてるっ……!』

『ドローンがやられた。そっちでサイレントジンを確認できるか』

「大丈夫です。私は気づかれてません」

『ミカ、どうする』

『ミズキはサイレントジンの気を引きつつ距離を離し、ドローンの用意を、鈴仙は発信器を付け、そのまま尾行。機を見てアタックしろ』

「了解」

『あいよ』

 

 

もしミズキ一人だけで千束たちに私が混ざってたら状況は本当に大変だった……

もしもを考えて顔が青ざめ、背筋に寒気がする。

……不幸中の幸いだ思うことにしよう。

 

それに今はもしもじゃなくて今のことを考えないと。

千束のプランを、楽しそうにしているガイドを邪魔はさせたくない!

そんな思いを乗せ、発信器本体と武器を持って気配をくらませつつ対象の気配に忍び寄る。

 

遠距離から発信器をつけられたら良かったんだけど、何年も遠距離射撃してないし、張り付いたときの衝撃で発信器をつけたことを悟られたら問題だ。

だから近づいてやさしく確実にくっつける。

 

物音を立てずに警戒しているプロの暗殺者にジリジリと徐々に距離を詰めていく。

……10m、……5m、……0m

 

ジンの背中に手が触れられる位置まで来た。

それでもジンは私に気づかない。

姿を隠し、殺気を抑え、息を殺し、音を消し、気配を無くし……私の存在を気づかせない。

 

ジンの音も視線も気配も静かだけど、確かにある。

だから私はその辺の空気や石ころのように意識の外へ、ジンの無意識へ入り込める。

 

 

発信器を服の端に付け、そのまま戦闘を避けるように撤退した。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「発信器つけました」

『おつかれ。……攻撃はしないのか』

「多分今の状態だと攻撃は失敗しそう……というか負けそうなのでしないで様子見で」

『そうか? チビ(鈴仙)ならいけそうな気がするが』

「一撃で失神させないと、私の方が危ないですよ、あれは」

『……一撃でって、えげつない攻撃だろ、ソレ。弱気なふりして実は結構余裕か?』

「余裕なんてないですよ……。ジンに攻撃の機会を与えただけで私は終わりだから」

 

 

3m圏内なら自分の攻撃の有効範囲内だけど、今回はヘルメットが邪魔で一撃で仕留められない可能性がある。

ヘルメットがあるとこめかみの辺りを狙えないし、服は防弾の可能性、それに私の弾のはあってないようなもんだから……

加えて身体能力とか近距離での戦いになったらジンの方が上手だと思う。

何にせよ一撃で無力化は難しかったから攻撃を一度諦め、発信器をつけ撤退した。

 

 

「それで、これからどうしたらいいですか?」

『よくやった。ミズキもドローンを展開できたようだ。鈴仙はそのまま追跡できるか?』

「距離を50mで維持中、問題ないです」

『状況が整い次第、再度攻撃を試してくれ』

「了解」

 

 

50m、近づくのに10秒もいらない距離。

ジンがヘルメットを外し、隙を見せて人のいないところに行ったとき、確実に刈り取ってみせる……

刈り取るのは首じゃなくて意識だからね?

もちろん殺しはなしで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Takina side>

 

『今、鈴仙が暗殺者ジンに発信器をつけた。美術館の中に入るぞ。ミズキが迎えに行くからそこに行ってくれ』

「……了解」

 

 

クルミからの連絡に千束が凜とした顔つきで返事をする。

普段だと悲しんだり、残念がったりするのにそのような表情がないのはそれだけ真剣なのだろう。

 

それにしてもどうして私たちの居場所がわかるのだろうか。

どこかで千束のしおりの情報が流出した線も、発信器をつけている線も、内通者がいる線も考えにくい。

とにかく護衛任務の方が最優先、すぐに考えを切り替える。

 

 

『ジンが美術館の内部に潜入した。鈴仙も近い距離にいるが油断は禁物だ。ジンが仕掛けてくるのに備えろ』

 

 

店長の声で緊張感が増す。

おおよその位置は把握できているが相手はプロ。

気を引き締めてミズキさんの車がある方へ移動する。

 

 

『今道路に車を着けた、ジンに車も顔も割れてるから気づかれないうちに早くっ!』

 

 

ミズキさんの言うとおり急ぎたい気持ちはあるが、車椅子を押すため移動の速さはそこまで早くできない。

現在広い館内の三階にいる私たちは到着まで後4~5分はかかるだろう。

それまでに車を発見されなければ問題ない。

とにかく急いで車の方へ向かえば……

そう思っていたのに。

 

 

「松下さん? 一体どこへ……松下さん! たきな、私松下さんのこと追いかけるから!」

「は、はいっ!」

 

 

依頼主の車椅子が動き出し、私たちから離れていく。

千束が懸命に呼びかけているのに一切の呼応がない。

まるでウォールナットの依頼の時、電子制御を奪われた車のように、誰かに乗っ取られたような、そんな違和感を覚える。

私もその後を追おうとしたとき、無線から鈴仙の声が聞こえてくる。

 

 

『攻撃を仕掛けようと思います。ジンの背後をとってるけど、人通りが多いとこ通ってて……人がいないところに誘導お願いできますか』

「私に任せてください!」

 

 

私はわずかに汗が滲む手のひらを握りしめ囮役を引き受ける。

近くにいる護衛、しかも一人仲間と別行動をとっている護衛なら確実に再起不能にしようと狙ってくるはず……

もちろんタダで撃たれるつもりはなく、発泡する瞬間身を翻し、反撃する。

 

施設内の車椅子を拝借し目立つ位置かつ、すぐに人がいないところにいけるルートを模索し、そのルート通りに移動した。

 

後ろから事前に知らされてなければ気づかないほどうまく隠された気配を感じる。

うまく釣れたみたいで一安心するとともにいつでも銃弾を躱して撃てるようにスタンバイしておく。

いよいよ人気のない通路に突入し、手に汗を握る。

しばらく歩くと先ほどまで騒々しいほどだったのに一気に静かな空間。

ほとんど無音の足音が止まり、射撃準備に入ったのであろう挙動を感じ取り、身をかがめつつ標的を視界に収めようとした。

 

そんなとき無線と標的が来る方から小さな声が重なって聞こえた。

 

 

『ナイス、たきな」

 

 

静かな空間だからか無線からの小さな囁きだったのにも関わらず鮮明に聞こえる。

 

敵を迎え撃とうと後ろを振り返る。

私の銃からではない発砲音があったので反射的に低姿勢になり、身をそらせ、体を物影に隠そうとする。

パンっと爆ぜるような、弾けるような音、敵が発砲したのかと思い反射で行動を起こしたが、実際に見た光景は敵が銃を持っている姿ではなく、男が倒れ伏し、代わりに鈴仙は男の頭に向けて銃を構えている姿だった。

 

 

「ふう、ミッションコンプリート! なんちゃって」

 

 

少女の安堵、撃たれた暗殺者。

チグハグな状況で五感が狂ったのか、不思議と戦いの、血と鉄と火薬の匂いはしなかった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

サイレントジンから流血、外傷が見られない……

非殺傷弾の痕跡、赤い粉もない……

千束と同じ非殺傷弾を使っているものだと思っていたのに、その形跡がない。

つまり鈴仙は銃弾を使わずにジンを倒したということになる。

鈴仙は一体どうやってサイレントジンを倒したのか……

 

 

「お疲れ様!」

「え、ええ、お疲れさまです……」

『おお、ジンをやったのか!』

 

 

いつの間にか私たちの後ろに松下さんが佇んでいた。

とっさに走って行った私を心配して見に来たのだろうか。

そのさらに後ろにはこちらに走っている千束が見える。

車に乗って逃げるどころかこちらにやってきた松下さんに不信感が募る。

 

外見は一切傷のない男に銃を構えつつ警戒しながら接近する。

近づいて腕を取ると、物言わず動かないが、脈拍、呼吸は正常そのものだ。

 

 

「……まだ生きてます」

『…………私の本当の依頼はジンを殺してもらうことだ。ジンを殺してくれ』

 

 

瞬間静けさが訪れ、空気が凍てつく。

松下さんの依頼は警護と観光案内であったはず……

本当の依頼内容を伏せていたのか。

 

情報を理解しきれず、一体なぜ、どうして……と、疑問が浮かんでは消える。

鈴仙の目は鋭く、青ざめつつも険しく松下さんの方を向く。

千束の顔には動揺の色が見られる。

 

 

『ソイツは私の家族を皆殺しにした。生き延びればきっと、生きている限り何度だろうと狙ってくる』

「じゃ、じゃあ一度リコリコに戻りましょう! この人はクリーナーとかに引き渡せば……」

『駄目だ。私には時間がない。千束、私は君のペンダントの意味を知っている。君には使命があるはずだ。殺すんだ。殺してくれ……。本来なら私の手でやるべきだった……しかし病が体を蝕み、ついに叶わなかった。君はアランチルドレンのはずだ。何のために命をもらったんだ。その意味をよく考えるんだ』

 

 

私は何も動けなかった。

ただ、千束の悲しそうな顔を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<Reisen side>

 

「あぁ…………キモチワルイ……」

「れ、鈴仙? 大丈夫?」

「大丈夫、というか私の具合が悪いわけじゃないから」

「……それってどういう」

「松下さん…………あなた、どこにいるんですか?」

『…………何のことでしょう』

 

 

目の前にいる人からは一切の意識を感じない。

 

サイレントジンとの戦いを通してわかった。

目を見なくても、音が静かでも、何かをしようとすれば意識の波長は揺らぐ。

それこそ夢の中でさえ脳が動いて感情を感じ取れる。

 

だけど松下さんからは何も感じない。

無機質な音声に感じる不自然な揺らぎ以外、目の前の存在からはまるで…………

死体のように、何も聞こえてこない(波長を感じない)

 

 

『鈴仙ちゃん。あまりおかしなことを言わないでください。それより早くジンを……!!』

「松下さん!!」

 

 

ジンを殺せ、アランの使命を思い出せ……と言いたかったのだろうか。

松下さんが言い切る前に千束が叫ぶようにして遮り、悲しそうで、申し訳なさそうな表情で答える。

 

 

「松下さん。私はね……人の命は奪いたくないんだ。私はリコリスだけど誰かを助ける仕事がしたい。これをくれた人みたいにね」

『何を言って……千束?』

 

 

予想外の言葉だったのか松下さんの動揺したような声。

千束は松下さんが何者であろうと、本当に憎くて悔しくて悲しくて寂しい人であっても、自分の信念を曲げない。胸のペンダントに誓って誰も殺さない。

それが正しい道だって信じてるから。

 

 

『それではアラン機関は君を、その命を……』

「とりあえず帰りましょ? 松下さん?」

 

 

その木偶の坊は千束の呼びかけに答えない、ただの人形のように椅子に座っている。

千束は慌て、たきなも急いでミカさんに連絡を取って指示を仰いでいる。

 

最中、私は機械から出された音声を思いだし、同時に千束の悲しそうな顔を思い出す。

千束がどうしてこんな悲しい思いをしないといけないんだろうと心が燻る。

 

使命が何だ、アラン機関が何だ、DAが何だ、世界が何だ!!

私たちの決めた道を否定して邪魔しないで!

 

そんな想いが胸を締め付け、息苦しくなった。

 

 

後に聞いた話によると……

ジンは松下さんの家族を殺害した過去はなく、そもそもジンは松下さんとの接点すらなかった。

ミズキさんによると松下さんを名乗るあの男性は先々週失踪した薬物中毒の末期患者で意識もない。

それにクルミの調査によると車椅子、音声は遠隔操作で、ゴーグルはカメラ。

 

松下さんが実在しないという事実。

誰が、何で殺させようとしたか、何のためにという答えの見つからない問い。

様々な思惑が夜の街に渦巻く。

 

複雑に絡み合う運命の赤(鮮血の彼岸花)、夜の街に銃声が響き、今、残酷な程儚く美しく、一輪の彼岸花が咲いた(一人のリコリスが死んだ)

 

「……あなたは何をしたかったの? 松 ン 」

 

その苦しさを吐き出すように呟いた。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

今回の一件、クルミの時のように誰も死なずにすんだ。

でも簡単に割り切れるような話でもない。

 

 

「……いっぱいはなして、いいガイドだって言ってくれたのに。ぜぇーんぶ嘘かぁ……」

「いいガイドだって言うのは……嘘じゃないと思います」

「……ありがと」

 

 

リコリコに着いた千束は仰向けになって放心する。

九月は彼岸、静かで涼しい、沈んだ空気が喫茶店を渦巻き、風が風鈴を悲しく鳴らす。

 

 

「松下さんは……観光中、確かに楽しんでたよ。それに、お父さんって呼ばれたとき、嬉しいって気持ちは本当だった」

「それも鈴仙の勘ってヤツ……?」

「そ」

「そっか……」

 

 

ならどうして私たちを騙すようなことしたんだろ……

そんな幻聴が千束の消え入りそうな声の後に聞こえる。

 

いつもみたいに元気にはしゃぎまくる千束はそこにはいない。

千束の健気さが自分自身を傷つけ、傷ついた心から悲しみがあふれる。

その感情が無力感となり泪が沁みる。

 

いくら元気になってほしくて言葉をかけたところで意味はない。

ただ静かに夜が流れる。

 

 

元気になってもらいたい。

無理をしてほしくない。

心の底から笑ってほしい。

 

ネガティブな考えを否定しても、千束が元気にならないことなんてわかりきっている。

無理矢理笑顔を作らせても、表面的に元気になったとしても、心は悲しいままだ。

 

解決するには自分自身で今回のことを受け止めるしかないんだ。

私たちにできるのは千束が今回のことを受け止められるように寄り添うことくらい……

疲弊して傷ついた心に寄り添うにはどうしたら……

 

 

赤い制服を横から抱きしめた。

 

 

「……どーした? 急に抱きつくなんて……そんな寂しかった?」

「逆だよ逆。千束が寂しがってたから抱きついてあげてんの」

「まったくもう……甘えん坊め」

 

 

結局何をすれば千束が元気になるのかわからなかった。

でも、悲しみの雨が晴れるまでは傍で一緒にいたい。

そう思ったんだ。

 

千束の手が優しく頭をなでる。

髪を梳く指の感触が心地いい。

 

目を閉じ、体を委ねる。

たきなも横になり、千束の胸に頭の重さを預ける。

 

 

「…………本当に、鼓動、ないんですね」

「そうよ……すごいだろ」

 

 

私たちの体重のせいで起き上がろうとしても起き上がれない千束は天井を見上げる。

そんな千束が元気になってくれるようにと思いながら抱きしめる。

少しだけ元気が出たのか、千束が茶化すようににへらと笑う。

 

 

「なぁ~に、二人とも私にベッタリして……もしかして私のこと取り合ってるのぉ~?」

「そういうことではないです。……ただ、私にとって千束も鈴仙も大切な……」

 

 

チリン…………

 

秋風が吹き、鈴の音が綺麗に鳴った。

物寂しさを感じる音色に紛れてたきなの想いが私たちの心に響く。

 

 

「大切な……ナニぃ?」

「なに……とは?」

「もっかい言って~!」

「聞こえてたくせに……二度も同じことは言いません」

「ああ、ごめん、ごめんって!」

 

 

大切な友人。

その言葉を反芻するたびにぽかぽかからだが暖かくなる。

この幸せな()がずっと続きますように……

そのまま私は千束の腕枕で幸せな夢の世界から旅立った。

 

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