<Takina side>
電話に出なかったら確認しに行くのでちゃんと出てください。
私、そう言いましたよね?
なのにどうして電話に出ないんですか千束…………
いつもならすぐに出てくれるのにどうして出てくれないんですか。
いやな予感がします。
……まさか今回も何か変なことあったんじゃないでしょうね?
携帯を忘れたとか、どっかに落としたとか、病院内だから切らないといけなかったとか、こんなくだらない理由だったらいいのですが……
不安をかき消すように楽観的な思考を思い浮かべながら店を飛び出した。
誰かの声に振り返る余裕すらなく不安感と焦燥感が足と脈を早くする。
千束がいるはずの医院へ着いても不安は治まらず、医院内に入っても足は止まるどころか加速していく。
「どこにいるんですか千束!」
普通なら大声で反応してくれるのに……
一部屋だけ光のついている部屋が目に留まる。
扉から見えるのは動く看護服の影と動かない赤い髪飾り、白い髪の毛。
勢いのままに銃を構え躊躇なく引き金に指をかけた。
目覚ましにしては五月蠅い音が鳴り響くのに千束は一向に起きない。
看護師に扮していた女は窓から逃げ出し、仕留めることも足止めもできなかった。
「千束っ……! 千束っ! 起きてください……ッ!」
山岸先生の病院の一室には激しく散らばる窓ガラスだったもの。
いくら揺さぶろうとも、いくら呼ぼうと開かれない千束の瞼。
脈も呼吸も正常なのに目だけが開かない。
さっきの女が何かをし終えた後だということに気づいていた。
けれど最悪の事態を考えるのか怖くて、千束は睡眠薬か何かで深い眠りに入っているだけで心身には何も問題はないだろう……
そう思い込まないと耐えられそうになかった。
千束とはみんなと一緒に変わりない日々を過ごせると思っていたのに……
現実はそんな理想からあまりにも離れすぎていた。
<Chisato side>
手術で眠らされて、冷たい水の中、一人漂ってた私を引っ張り上げてくれた温かい手。
前にも同じようなことあったな……
あのときは心臓の手術でヨシさんと先生が引っ張ってくれたんだっけ……
今回は手の大きさ的に鈴仙とたきなかな?
「……ぉ、おぉ? お揃いだな……」
「……と! よかっ……を覚し…………ね!」
眠気で霞む目を静かに開けるとリコリコの全員が揃ってた。
たきなと鈴仙が手を握って心配そうな顔してる。
何かたきなが喋ってるけど意識がはっきりしなくてうまく聞き取れない。
というかどうしてこんな状態になったんだっけ?
確か……
なんか変なやつに何かされて眠くなって、それで眠っちゃって……
……後は何があったんだ?
何もわかんないけど、みんな勢揃いで心配そうな顔してるってことは結構大事だったりするんだろなぁ……
未だ夢見心地だけど山岸先生が何かしゃべり始める。
「起きてそうそう悪いけどよ、触診を始めるよ。眠剤の影響でしばらくダルいかもだけど……」
「……私、何された……?」
深刻そうな顔をする山岸先生。
「あの女……心臓に高電圧流して二度と充電できないようにしやがった……。単純だけどよ、効果的な最高の破壊方法よ」
つまりそろそろお迎えが近づいてるってこと……
てことは鈴仙との約束、やっぱり守れなかったか。
昔から覚悟していたけどいざそのときとなるとやっぱ来るモンがあるなー。
「マジか……。あとどれくらいもつ?」
「幸い、充電は満タン……もって二ヶ月、動かなければもうちょっともつわ」
「二ヶ月って……何が二ヶ月……」
気づいてないように振る舞うたきな。
そりゃそうだ、私だって誰かと別れが迫っているって言われても信じたくないし、何なら現実味ないもんなぁ。
それに私が今こんなに冷静なのも今まで向かい合ってきたおかげだしね。
……正直、たきなに心臓のこと、話さなかったのちょっとだけ悪かったかなって思ってる。
でも悲しんでほしくなかったし、いつどうなるかわかんないのに変に気を遣わせたりしちゃうと思うと言いにくかった。
結局、残念な事実を黙って受け止めるしかないんだ。
「余命だ」
先生の言うとおり、私に残された時間はあと少し。
先生もミズキも、そして鈴仙も私の心臓が十年持たないって知ってて、それでもリコリコを始めて……
いつ死んでもいいように、悔いが残らないように毎日全力だったから寿命なんて忘れちゃうくらい楽しかった。
だから今更死ぬとか言われても明日から生活が変わるわけじゃない。
「ちょ、たきな、どこ行くの?」
「あの看護師を始末しに行ってきますッ!」
どこかに行こうとして踵を返すたきなの手を思わず握る。
「いいの……」
「ですがっ……!」
「いいの。……もともとそんな長くなかったから……それにあいつを殺しても何も変わんないよ」
今更追いかけたって、ソイツを殺したって私のことは変わらないよ……
長くなかったからこそ、私は誰よりも、みんなと今を楽しく生きようって一日一日を生きるんだ……
今までのように、残りも最後まで。
「……私、先帰ってるね」
悲しそうで辛そうで、この中の誰よりも泣き出しそうな鈴仙が背を向ける。
その背中を追いかけようとするたきな。
鈴仙もたきなも、苦しくて ツラくて たまらなくて……
その理不尽を受け止める場所がないだけ、二人とも優しすぎるから。
でもそれは時間が解決してくれるよ、きっとね。
「……さ、私たちも帰ろうっ!」
たきなが私と一緒にいたいと思ってくれてるのも、私のために怒って悲しんでいるのも有り難いしうれしい……
でもそんな風に悲しい顔になんないで笑って?
私はみんなに笑ってほしくてリコリコを続けてきたんだから。
助からない私のために何かしようとするより自分のためになることに向かってくれたら嬉しいな。
泣かないで、笑って、最後までいつも通り楽しくね!
****
翌日の朝。
眠剤の影響はすっかり抜け、体調はすっかり回復!
逆に一日中ボーッとしてたせいで体力が有り余ってて、昨日は何もなかったのではないかと思うほど元気!
なら今日も太陽に負けないくらいの笑顔で楽しく一日過ごしましょー!
「おっはよ~ござま~っす!!」
「おっ、割と元気そうじゃないか」
「一晩寝たらすっかりね! 結局いつもと体調変わんないし今日も元気いっぱい看板娘しますよ~!」
店の服に袖を通し、バズった期間限定人気メニューが終了したため昨日よりは静かな雰囲気の店内。
……なーんかイマイチ盛り上がりに欠けるなぁ。
お客さんが少ないからもあるけど……
真面目でアグレッシブな
私としては昨日のこと気にしないでほしいんだけど……
「千束、楠木からDAに来いと連絡が来た。今日中に行ってやれ」
「えぇ~、楠木さんったらしょうがないんだからもー……」
鈴仙とは病院で別れてからずっと連絡がつかなくて心配だ……
鈴仙は私が二十歳で限界だって知ってたはずなのに、そんなにショックだったのか……
いや、約束を破った私に愛想尽きちゃったのかな?
もっとミズキたちみたいに楽しく幸せにおしゃべりしたかったけど、鈴仙が本当の意味で私から離れて生きられるならその方がいいのかも……
ちょっとお姉ちゃんとしては妹の姉離れは残念だけど。
「ミズキぃ車よろ~」
「アンタ自分で運転できるでしょうが」
「それは任務中だからでしょ? 女子高生が運転してるって通報されたら面倒じゃん!」
「千束、楠木が早く来いって五月蠅いから早く行ってやれ」
「ええ~、まだ最初の電話から二時間も経ってないのに!?」
あ~、宿題やろうとしてたのに宿題やりなさいって親に言われる子供の気分だわー。
さっきの連絡のせいでDAに行くのは気が進まなくなったけどしつこいから仕方なく行きますか。
「運転手ミズキ、ゴー!!」
「さっさと終わらせてさっさと帰るためにもかっ飛ばすわよぉ!」
にしても鈴仙とたきながいつも通り接してくれないのは何か精神的に辛いわー……
どれくらいかっていうと思わず窓の外を見ながらため息をつくくらいには。
「どした、そんなシケた面して」
「ああ、うん。何かねぇたきな、意識しちゃってるなぁって……。それに鈴仙も」
「そりゃそうよ。……連絡ついた?」
「いいや、全然……あーあ、いつも通りにしてほしいんだけどなぁ。話さなきゃよかったかな……」
「ムリムリ。二人見てりゃわかんでしょ。……アンタのこと好きなんだから結局話しても話さなくても変わんないもんよ、ガキは」
「そういうもんかねぇ……」
そんなことしゃべってると隣から爆音車がパラリラパラリラ煽ってくる。
うっせーな……!
銃をソッチに向け数発撃ち込めば退散していった。
人が真剣に悩んでいるのに邪魔すんなよぉ!
ミズキが「ガキね……」と煽ってきたやつを評していた、まったくだ。
<Kusunoki side>
死期が刻々と近づく
本来なら労って休めとでも言うところだが司令という立場上そんな甘い言葉をかけることはできない。
「遅刻してくるとは、直死ぬにしては元気そうだな。妹の家出の方が深刻か?」
「耳が早いですねぇ……で、何ですか?」
「DAに戻れ」
「ゴホッゲホッ……もう死ぬんで体調がぁ」
どうせ戻らないっていうことは理解している。
ただの挨拶代わりというやつだ。
先日、いや先ほどまで健康そのものだったのがふざけて咳き込む様子は笑えないな…… だからそれを無視して話を続ける。
「真島が来たそうだな」
「二回会いましたねぇ」
「二度取り逃がした」
「それは私の仕事じゃないんでね……ここに来るのも最後ですしもっと楽しいお話ししましょうよ。……で、何くれるんですか?」
助手が腕時計を見る。
そろそろ時間か。
多忙を極める私に一リコリスに割いてやれる時間はそう多くない。
だがその提案に乗ってやってもいいかとさえ思っている、最後くらいな。
私は手に取ったカメラを静かに千束の前に置く。
「……何で楠木さんがもってんの?」
「情報漏洩のため回収しておいた」
「私ずーっと探してたのにー! ドロボー!」
そのカメラは千束を支援したアランの胡散臭い金髪から依頼されて回収したものだ。
私個人として思い出の品を取り上げ、破壊する意味はないと思うが。
もちろんソイツに言われなくても上がそう指示を出していただろうが特に弁明する気も起きないので言わせておけばいいと次の話題を提示する。
「近く、大規模な真島討伐作戦を行う。お前も参加しろ」
「……冗談きついね」
やはり駄目か。
それに思った以上に殺人に対する忌諱が強い。
戦闘が得意なだけに残念だ、苦手で使えないようなら情報部にでも左遷してやったのに。
長く務めていると精神が自己防御しようと悪人を殺すことを善と感じたり、何も感じなくなる。
でなければ落ちこぼれ、死ぬか、精神が壊れるのだがな……
ミカ、貴方にとってこれは成功だったのか?
それはともかく DA の司令として千束にはそれなりの仕事をしてもらわなければ、上の連中らにも他のリコリスたちの面目を保てない。
私やミカといったDAの物もアランの者も千束の腕を買っている。
「多くの者がお前を優秀なリコリスにするために尽力した。ろくに役割も果たさず死ぬんだな」
「……私の思う役割は楠木さんとは違うよ」
ああ、知っているとも。
でも建前でもそれを言わなくてはいけない。
「話は終わっていない、座れ」
「……たきなをここに戻してあげて! あと、鈴仙を探して。そしたら考えなくもなーい! ……ああ、コレありがとー」
私の制止を無視して退室する千束の背を見送る。
まあ、これでいいだろう。
「司令、時間が押しています」
「そうだな、休憩を終了し開始しよう」
私は再び椅子に腰を下ろし情報の入力を始めた。
『錦木千束の真島討伐作戦の参加拒否につき、井ノ上たきなを真島討伐作戦のためDAへの復帰を……』
『さらなるアジトの情報収集が必要につきイナバに……』
<Reisen side>
「……はぁ。いよいよ吉松さん、始めちゃったのかぁ」
千束の余命を聞いたとき目まいがして耐えられなかった。
理不尽を受け止められなくて絶望の底に沈んでいく感覚。
……そういえば前にも同じようなことあったなぁ。
千束の心臓がいつか壊れるって聞いたとき、ただひたすらそのことから目を反らして……
でもいつか訪れる別れが無くなるなんて事はなくて……
でも千束とずっと一緒にいられるように支えるって約束したんだ。
それまではどうにもならないからってただ嘆き藻掻くだけで、現実を受け止められなくて悪夢に逃げてたけど、千束が生きてくれるって約束だけが心の支えで、いつも千束に縋りながらなんとか歩いてきた。
そして今、千束の心臓が壊れた。
本当は目を背けたい。
けどそうしたら千束が何処かに行って二度と会えなくなる。
……そんなのは嫌だし、約束を破るのも嫌だ。
もう現実から逃げない。
だって千束との約束を守るために、今度は私が千束を絶望の海から押し上げる番だから。
「もう、後戻りできないね、吉松さんも、ミカさんも、千束も、私も」
娘のために命を差し出す人。
最悪の二択を強いられる人。
自分の運命を受け入れる人。
全てを受け入れられない人。
みんな覚悟があろうとなかろうと行動しなくちゃいけない。
「いつも通り過ごそうって言ってもそんなことしないよ、千束? だって千束の最後はまだまだ先なんだから……たった二ヶ月くらい好きに行動するくらい許してね」
絶望と理不尽の冷たく暗い海を足掻く私に千束は泳ぎ方を見せてくれた。
今でも上手く泳ぐなんてできないし、荒く白波立つ水面は幾度となく被さり、肺に水が入り込んで溺れそう。
だけどたきなと生きるって約束したんだ。
千束を支えるって約束したんだ。
誰も私の前で殺させないって決めたんだ。
どれも破れない、破っちゃいけない大事なもの。
だから足掻くのを止めない。
最後のその瞬間まで、何があっても止まらない。
そう、決めた。
<Mika side>
「はじめまして……」
十年前、シンジと初めて出会い、仕事の関係から友人となった。
私とシンジは似たもの同士だった。
裏の仕事をしている。
隠し事が多い。
好きな者が同じ。
その他にも似ているところがあり、似ていないところもあった。
だからアイツと一緒にいることが素晴らしく楽しく嬉しかった。
だから親友でもなく、兄弟でもなく、親子でもなく、ただ家族のようになりたかった。
そんな彼が才能を探していると言っていたから幼い千束の訓練映像を見せた。
シンジは化け物のような戦闘技術に喜び、その直後倒れた彼女を見て顔を顰め、長くない千束の命を助け、才能を世界に届けようとした。
あの頃はリコリスをただ消耗品のように、千束のことをただの殺しの道具として見ることしかできなかった。
千束の心など何も考えずに最強のリコリスとして活動してもらうことしか考えていなかった。
そして機械仕掛けの心臓を見た。
十年ほどが寿命のそれは今すぐに死にそうな彼女の唯一延命の手段だった。
リコリスの現役は18くらいまでだ。
だからあのリコリスもそれだけ生きて死ねば組織のためになるだろう……
そう思ってたが……
「DAの教官としてしっかり育てよう」
「ミカ、DAじゃない。君自身に頼んでいるんだ……」
「私に子育てができると思うか?」
「でも千束はもう私たちの娘じゃないか」
冷徹さをなくし、千束を道具としてではない、初めて娘として見た瞬間だった。
あの一言で千束に対する想いも組織のためだとか殺しをさせるだとか、そんな考えはなくなってしまった。
私たちの娘として大事に育てようとした。
だが、そんな幸せも続かない。
「成功だよ! ミカ!」
千束の心臓置換手術は無事成功し予後も問題なさそうだった。
だからシンジはアラン機関の規則に従い置き土産を残し、千束を私に託した。
「さよならだ」
灰色の雪の降る中を歩く背中。
それ以来シンジとは音信不通で行方も不明。
私に残った大事な存在は千束のみになった。
彼はアランの信念に従って正しい行動をなそうとした。
私もDAの指導教官として正しい行動をなすべきだった。
だが、シンジにも、千束にも絆されてしまった私は……
銃は人を殺すためのものじゃない、助けるためのものだという彼女の考えを否定することができなかった。
****
私は冷たい雨を見ながら煙を噴かす。
差し出されたコーヒーに映る顔は酷く情けない。
「調べたぞ……。もっと早く言えよな」
「すまないな。……それで、天下のウォールナットは何かわかったか」
「現状お手上げだ。どこを漁っても消した跡しか見つからない。……それでアランを直接知る人間から聞こうと思って慣れない茶など淹れてみたわけだが……。なあ……お前も気づいてるだろ、サイレント・ジンの件、千束の心臓を壊した女、黒幕が吉松である可能性に」
その不器用で苦くて濃い、かつての私のような味を飲み干す。
今まで黙っていた罪悪感が体に染み渡っていく。
「……そうだな、気づいていたさ。……いや、気づいていたというのは正しくないか」
「どういうことだ」
「私は……知っていたんだ、千束の心臓が壊されることも何もかも。そうシンジが言っていたからな」
「……ならどうして止めなかった。どうして何もしなかった。どうして、教えてくれなかったんだ」
千束のいる手前で話すことなどできなかった……
それは建前だな。
「アイツは千束を害さないと信じたかった。最後の最後までアイツの言葉を信じたくなかった。そんな子供みたいな駄々さ」
「そのせいで千束が死んでもか?」
「千束は死なせない」
「……そんなことできるのか」
どうして言い切れる、でも言いたげな顔だな。
……単純な話だ。
シンジはまた千束の前に現れる。
自分の命と引き換えに千束の命を延ばそうとしている。
だったらそこで私が千束の代わりにシンジを撃てば、千束がシンジを殺したのかどうか、証拠は何も残らない。
私も過去と決別するときが来たんだ。
雨の音とともに扉が開く音が聞こえてくる。
「できますよ、千束は殺させませんからね」
私たちの顔が固まる。
冷たい雨に打たれてずぶ濡れになった鈴仙が静かにいた。