「ふん、事情はわかった。まあどうせこのポンコツ店主が悪いと見通さなくてもわかっていたからな。貴様が謝る必要はないぞ、新入り幹部よ」
松明を片手に、凍りついた部屋を温め溶かしながら、仮面をつけた男がそう言った。
彼の名は「見通す悪魔」ことバニル。ウィズと同じ魔王軍の幹部である。
ウィズは元々この街を拠点としていたので別として、一週間たたず2人の魔王軍、しかも幹部クラスにモモンガは偶然出会ったわけであるが、もしやこの世界は中ボス級のモンスターが常に徘徊している世界なのだろうか。モモンガはこの世界への警戒心を高めた。
「そうですよモモンガさん!別に弁償などしなくても良いんですよ!むしろこの2000エリスもらってください!」
そう言ってウィズが懐から金貨を出そうとする。
しかし、バニルが金貨を出そうとする手をパシリと叩き、それをやめさせた。
「まったく懲りんやつめ・・・・・。ん?そういえばポンコツ店主、この前のキャベツ収穫で手に入れた金が無くなったと言ったが・・・・・・あれはどこに行ったのだっ!?」
バニルは初めはゆったりとした口調であったが口調が突然強くなり、そう鋭く言うとウィズに松明の火を向けて問いかける。
揺らめく炎がウィズの前髪を通り過ぎる。
「ちょっと!危ないのであまり振り回さないでください!あれは全部新商品に注ぎ込みましたから大丈夫ですよ」
その言葉を聞いたバニルは仮面の下の目元から、赤い怪しい光を放ち腕を直角に交差させてジリジリとウィズに近づく。
「大丈夫だと!?貴様の大丈夫はアクシズ教徒の言う大丈夫と同等なのだ!言え、言うのだ!どんなガラクタに金を使ったのだっ!」
「そ、そんなことしなくたって話しますって!それとガラクタではありませんし、アクシズ教徒なんかと同じにしないでください!」
ウィズの懐から現れたのはサングラスと呼べるのかわからない、全体的に色が真っ白のサングラスのような何かであった。グラスの部分は一般的なメガネのように平らなガラスではなく、昆虫の複眼を彷彿させる多角形の結晶が取り付けられていて、サングラスというよりもゴーグルといった方が正しそうである。
「暗い場所でも明るく見える“
そしてウィズはポリゴンメガネをモモンガに渡し、どうぞ付けてくださいと促す。
ちょうどこの空間は薄暗くこの道具を使うのに適した場所である。モモンガはなんの疑いもなくそのメガネを装着する。
「ほう、これはすごい。本当に・・・・・・ん?なんだ突然真っ暗になったぞ」
順調に動作していたポリゴンメガネが突然暗転する。
動作不良かとモモンガはメガネを外し様子を見ていると、ウィズがそれを手に取る。
「あれれ?おかしいですね。ちょっとかしてください・・・・・・ああ、安全装置が作動していたみたいですね。これで大丈夫です!バニルさんもどうですか?」
故障か、もしくは使うにはこの部屋は少し明るかったのか。どちらにせよ安全装置は意図しない動作を引き起こしたようだ。
バニルに向かってメガネを差し出すが、それを拒むようにバニルはそっぽを向いて、手のひらをウィズに向かって突き出す。
「ふん、貴様の持ってくる商品は碌なものがないに決まっている」
「そんなこと言わないでくださいよ、もう!・・・あ、モモンガさんまたつけますか?どうぞ」
モモンガは再び着用する。しかし、結果は先程と同じように正常に作動することはなかった。むしろ異常な動作を引き起こしてしまったのだ。
「ぬわーっ!!」
「モ、モモンガさーん!!」
安全装置により闇に包まれていたモモンガの視界が突如光に満たされる。そして再び光は閉ざされ闇へ戻るが、それを許さぬかのように光が差し込まれる。強烈な光の点滅に堪らずモモンガはポリゴンメガネを床に叩きつける。
「なんなんだこれはっ!」
「すいません、すいません!やっぱり故障してるんでしょうか」
「・・・・・・いや、どうやら仕様みたいだぞ」
そう言ってバニルは仕様書をぴらぴらと振ると内容を読み上げる。
結果的にこの異常な動作を引き起こした要因は安全装置の仕様にあったのだ。それも非常に簡単な理由である。
安全装置の起動条件は使用者の目に光が当たること。使用者の目を保護するために起動されるものであるが、この商品の目玉である暗い場所でも微弱な光を増幅させ光を強くして見やすくする効果に反応してしまい、安全装置が起動してしまうのだ。しかし、それだけにとどまらず今度は安全装置によって暗くなったのを検知し、安全装置が解除。これにより再び光を増幅し、また安全装置が起動・・・・・・これが無限に続くという訳である。
「ver.1.0と言うことは初期型も初期型。古いバージョンをつかまされたのではないか?」
「製造日時もだいぶ前ではないか?やはりな。貴様が買うものには碌な商品がない」
「なっ・・・私だって良い商品は一つや二つ・・・・・・」
「じゃあ言ってみるがいい!最近売れた商品はなんなのだ!?」
「っ・・・・・・!で、でもバニルさんの仕入れた商品だって売れてないですよ!」
「そう、そうだっ!なぜだと思う?貴様のせいでこの店には碌な商品がないと思われて、客が全く来ないからだっ!ハーっ!やってられん!!大体貴様は――・・・」
バニルが説教モードでウィズをぐちぐちなじっているのを横目に、モモンガは気を取り直して冷凍保存されたこの店を少しずつ溶かしていく。
それにしてもこの店に売っているのは面白いものばかりである。
願いを叶えるチョーカー、膨大な魔力を秘めた鉱石、友達ともっと仲良くなるための魔道具、その他駆け出し冒険者には買えないような高価なポーション。全くもって意味不明な品揃えである。何の知識もないモモンガが店主をした方が売上が伸びるのではないかと考えてしまうような品揃えであるが、興味をそそられる品揃えなのは間違いない。
しかし二人の手が止まり、氷を溶かす作業が停滞している中悠長に商品を鑑賞することはモモンガには出来なかった。
バニルの説教が終わった暫く後。
部屋の湿度は凍結する前よりも上がった気がするが、店内の全ての氷を除去することができた。とは言えポーション類の商品の殆どがまだ凍ったままであり、中には凍ったことによって変色や性質を変えてしまった物もあった。そのような明らかに元の能力を失ったり、変化した物はまとめて廃棄する予定となっている。
バニルが廃棄予定のポーションを袋に入れながら呟く。
「さて、ざっと計算しただけだが・・・・・・大体400万エリスの損害といったところか」
「よ、400万!?」
「驚くことはないぞ新人。こんなことはもう慣れっこだ。そう・・・・・・もう慣れっこなのだ」
悲壮感を漂わせながらそう言ったバニルに同情しつつも、魔王軍への不安感が少しずつ上がってゆく。モモンガの知る幹部3名が今の所、部下から絶望的なまでに慕われていないデュラハンに、驚くほど経営に向いていないポンコツ店主のリッチーと苦労人の悪魔であるからだろう。
この微妙な空気感をなんとかしようとモモンガは、話題を変える。
「そう言えば、二人は魔王軍でどのような仕事をしているんだ?」
「私とバニルさんは結界の維持だけですねー」
「そうだな」
「ふむ、魔王軍幹部は副業で、この店の経営がメインということか」
モモンガはベルディアから聞いた仕事をしていない三人のことを思い出す。
「あくまで吾輩はポンコツ店主の手伝いだ。吾輩には自分のダンジョンを持つという夢があるのだよ」
「ほう、それは面白い!」
モモンガのギルドの拠点であるナザリック地下大墳墓。そこは元々ダンジョンで攻略特典で手に入れた場所である。仲間と共に装飾やギミックをいじくり回していたモモンガとしては、バニルの話に興味を抱く他ない。
「最高のダンジョンを作り、その最深部にいるのはこの吾輩・・・!ダンジョンを攻略せんと迫り来る冒険者との死闘を繰り広げるのだ!」
「ほうほう」
モモンガは、豪勢な玉座に座りながら高らかに笑うバニルの姿を思い浮かべる。
ベルディアから聞いた話では魔王軍幹部の仕事をしていないということになっているが、冒険者を相手にするという意味では魔王軍に貢献しているのではないだろうか。
「そしてその戦いに吾輩は敗北することとなる!」
「ふむふ・・・・・・ん?敗北?」
「そして吾輩の亡骸の先にあるのは一つの宝箱!どんなお宝が入っているのかと心躍らせた冒険者共が宝箱を開けると・・・・・・そこには“スカ”という紙切れが入っているのだ!その時溢れ出た最高の悪感情を喰らいながら吾輩は滅びたいっ!・・・・・・のだが」
「お、おう」
「そのための資金がな」
バニルは肩をすくめながら廃棄予定の商品が詰められた袋を見る。
つまり、夢のために金を貯めているが、このポンコツ店主ことウィズがその努力を無に返す経営力により、いまだその夢に届くこと叶わないということだ。
前半の
「手伝わせて申し訳ない新人。そうだ丁度良いこれは今回の駄賃ということにしよう」
バニルが差し出したのは数十枚の金貨、およそ5万エリスだ。
モモンガは何の躊躇いもなくそれを受け取る。
「ええっ!なんで私の時は受け取ってくれなかったのに、バニルさんのお金は受け取るんですか!?」
「ふん、ほぼ無一文から金を受け取れるほど図太い者などそうおらん」
一応ではあるが他にも借りを作らないという理由もある。
「ただより高い物はない」という言葉がある。無償で金品を貰うと、結果的にそれ以上の恩賞や返礼がかかる。つまり借りができてかえって高くつくという意味だ。
そして、もし仮に2000エリスの借りを返すために、モモンガが2000エリス分の店の手伝いをすることになったとしよう。そう、この繁盛させようと努力すればするほど、その努力が無、それどころか負にもなりうるこの店で、である。
・・・・・・あくまでこれは仮の話ではあり絶対に起こるとは限らないが、その話の続きを考えることは容易であり、最悪の状況であることもわかるだろう。
対してバニルは金貨を労働の対価として渡してくれた。マッチポンプじみたところがあるのは否めないが、ウィズとは違いこれは正当な取引となっている。
「冒険者の登録料はもちろん、宿代や食費を加味した金額だ。・・・・・・まあ食費は必要なさそうだな」
バニルはモモンガの臓器のない腹部を見てそう言った。
そういえばモモンガは数日ほど食事をしていないが、その間空腹になったことはない。モモンガは果たしてこの体で飲食は可能なのだろうかと考える。
「いや、必要ないということはないぞ。人間として生活するにあたって食べ物を食べる素ぶりが全くないと怪しまれるからな。3日に一度飲食物を買いにでも行こうかと考えている」
「なんとまあ、魔王軍とは思えないほどの慎重派だな。貴様がいれば魔王軍も幾分かはマシになるだろう」
「本当ですね!これで魔王軍も安泰です」
まるで魔王軍を他人事のように言う二人に、モモンガはなんとも言えない気分になる。
一体何度目であろうか、魔王軍のことを心配するのは。
「でもそこまでしなくても怪しまれることはないと思いますけどね。飲まず食わずを繰り返す生活を何年も続けていますが、誰にも怪しまれていませんよ?」
「・・・・・・貴様はむしろ近所の人間に、貧乏すぎて食料が買えず餓死しているのでは、と心配されていることを知った方がいい」
「え!?ちょっと待ってください。たまにお隣さんが店を覗きにくるのって、ひょっとしてそういうことですか!?」
「さて、どうでもいい話はこの辺にしておいて新入り幹部よ。後の作業はこのポンコツ店主に任せて、吾輩と街を見回ろうではないか。案内してやろう」
「ねえバニルさん、答えてくださいよー!!」
涙目になっているウィズを無視して二人は溶けた氷で濡れたドアを開いた。