マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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1R マクギリス、トレーナーになる

 


 

『四コーナーを回ります! 最後の直線コース!』

 

 大歓声に包まれる東京レース場。

 今日のメインレースはGⅠ、第51回「東京優駿(日本ダービー)」。

 トゥインクル・シリーズの祭典にして、全てのウマ娘が憧れる、世代の頂上決戦だ。

 

「んっ……」

 

 そのスタンドの最前列で、必死に背伸びをして、レースを見つめる一人の小さなウマ娘がいた。

 彼女の視線の先に映るのは、このレースの主役──未だ無敗のキャリアを持ち、クラシック第一冠「皐月賞」を制してこのダービーに駒を進めて来た、世代最強、三冠候補とまで目されるウマ娘。

 

『ルドルフは外を通っている! シンボリルドルフはバ場の外目を通りました!』

 

 荒れた内を嫌ってか、バ場の外を回って、そのウマ娘は最後の直線コースに向いている。

 西欧中世・近代の軍服を模した、緑色の勝負服。左肩に黄金の肩章と赤いマントを着け、襷掛けをし、その上には鹿毛の長髪がたなびく。

 その服装と名から、早くも「皇帝」の異名を取る彼女は、ダービーポジションも何のそのと豪脚を炸裂させ、瞬く間に他者を置き去りとする。

 

『外からルドルフ! 外からルドルフ! ルドルフが来る!』

 

 その姿が、少女の瞳には輝いて見える。

 皐月賞の走りを見た日から、少女は彼女の──シンボリルドルフに魅せられ、今日は一番前で彼女のレースを、彼女の勝利を見たいと願っていた。

 その期待に応えるかのように、ルドルフは別次元の走りで、このダービーの舞台においても先頭に躍り出た。

 

『さあルドルフが先頭だ! ルドルフが先頭だ! もう誰も追いつけない!! これは強いッ!!

 シンボリルドルフ、今、先頭でゴールイン!!!』

 

 他のウマ娘を寄せ付けず、シンボリルドルフはそのまま真っ先にゴール板を駆け抜けた。

 彼女は今日、ギリギリまでスパートを待ったが、それでも結果は他のウマ娘を差し切り、見事完勝。彼女には、自分がこの中で一番強いことが分かっていたのだろう。

 

『シンボリルドルフ、六連勝!!! 無敗で二冠を制しました!!!』

 

 史上誰一人として達成したことのない大偉業──『無敗の三冠』達成まで、残すはGⅠ「菊花賞」のみ。

 誰もが見果てぬ夢、まだ見ぬ夢に期待を膨らませる。彼女ならきっとやってくれると、そう信じさせるに足る圧倒的な走りを、シンボリルドルフは見せつけたのである。

 

 そして、シンボリルドルフが右手を天に突き上げ、2本の指を立てると、大歓声が彼女を祝福する。

 「二冠」を表す指。

 同時にそれは、最後の一冠への──「三冠」への挑戦状だ。

 

「わぁ……!」

 

 その三冠宣言を目にし、少女は更に瞳を輝かせる。

 全てのウマ娘の憧れたる日本ダービーですら、彼女にとっては単なる通過点。彼女の夢は、更にその先にある。

 

「ダービーウマ娘となりました、シンボリルドルフのインタビューです。まずはダービー制覇、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「無敗でダービーを制し、二冠を達成されました。今のお気持ちを──」

「すみません、通して下さい!」

「あ、ちょっと君!」

 

 少女は、勝利ウマ娘インタビューを受けるシンボリルドルフのところへ訪れた。マスコミの足下をくぐり抜けて、小さなウマ娘はルドルフの前に立つ。

 

「───私に、何か用かな?」

 

 ルドルフは目の前に突然現れた少女に対し、膝を少し曲げて優しく聞く。

 関係者以外立ち入り禁止のところなのだが、と注意すべきかとも思ったものの、少女の爛々と輝く瞳がルドルフには印象的に映った。

 

 なので、マスコミには悪いが、少女の話を聞いてみることにしたのである。

 憧れのルドルフに話しかけられた少女は、少し緊張した様子を見せつつも、ルドルフの桃色の瞳を見つめ返して言った。

 

「あ、あの──すごく、カッコ良かったです!

 ボクもいつか、シンボリルドルフさんみたいな強くてカッコいいウマ娘になります!」

 

 その少女の言葉を聞いて、マスコミ達からは笑い声が起きる。

 微笑ましいと思ってか、はたまた「そんなことできるわけないだろう」という笑いか。

 

「あの、えっと……シンボリルドルフさんなら、無敗の三冠ウマ娘になれるって、信じてます! そしたらボクもシンボリルドルフさんと同じ、無敗の三冠ウマ娘になります!」

 

 笑い声を受けてビクリとしつつ、淀みながらも少女はそう告げた。

 それを聞いたルドルフは片膝を床に突き、少女と視線の高さを合わせて言う。

 

「それは、とても困難なことだ。才能も、努力も、運も──多くのモノが必要になる。

 だが、挑戦無くしての達成はあり得ない。私も未だ挑戦者たる身だ。……君が私を目標としてくれて、私のようになりたいと言うなら、私は君の目標足り得るよう、このトゥインクル・シリーズの頂点を目指そう。

 そして、君が本気で『無敗の三冠』を目指すと言うならば、まずはトレセン学園に入学して来るんだ」

「は、はい!」

「──君の名前を、聞いても良いかな?」

 

 ルドルフは少女の水色の眼を真っ直ぐ見据え、少女の名を問うた。

 そして、少女は緊張しながらも臆すること無く、ルドルフの瞳に対峙する。

 

「ト、トウカイテイオーです!」

「よし、覚えておこう。

 君にまた会えることを楽しみにしているよ、トウカイテイオー」

 

 名前を聞いて頷き、ルドルフは少女の頭を撫でる。

 ───これが少女の、トウカイテイオーの夢の始まりとなるのだった。

 

 

   ◇

 

 

 私の名はマクギリス・ファリド。

 元ギャラルホルン地球外縁軌道統制統合艦隊司令官であり、「ガンダム・バエル」のパイロットであり──トレセン学園の新任トレーナーである。

 

 ──ああ、言いたいことは分かるとも。

 どういうことだ、どうしてそうなったと言いたいのだろう?

 私とてそう聞きたいものだが、うろたえることはない。これは()()()()()()だ。

 

 私はいつからか、色々な世界に飛ばされる──転生させられるようになった。最初の世界(元の世界)で死んでから、私は様々な世界を巡り歩き、バエルの威光を示し続けているというわけである。

 そして、それは主に戦い──武力によって成されてきたわけであるが。

 

「しかし──今回はまた、一風違う世界のようだな」

 

 今、私が身に着けているのは外遊用の白いスーツ。普段は軍服であることが多いが、今回は戦闘を行う必要などない世界である。

 そして、私の目の前には校門がある。ともすれば、ファリド家本邸よりも広い敷地を持っているやもしれぬ巨大な学園の、だ。

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園。

 通称、トレセン学園。

 

 全国からウマ娘たちが集まり、夢の舞台「トゥインクル・シリーズ」に出走し栄冠を掴むべく、日々鍛錬に励む場所だ。

 実力を持つ者でなければ在籍を続けることすら叶わない、純粋な力のみが輝きを放つ舞台──単純で実に分かりやすい。ここでは私の理想が実現されていると言えよう。非常に好感が持てる。

 

 私は今日から、この学園でウマ娘たちのトレーナーとなる。

 この世界に飛ばされて来たのはつい先程のことだが、私の脳内には既にこの世界がどういう世界であるかと、ウマ娘のトレーナーとして必要な知識が全てインプットされている。仕事に支障は来すまい。

 この世界でトレーナーとして、同胞と共にトゥインクル・シリーズに君臨してみせようではないか。

 

「ようこそ、トレセン学園へ。マクギリス・ファリドさん、ですね。お待たせしてしまいましたか?」

 

 と、緑色のレディーススーツに身を包み、帽子を被った黒髪の女性がやって来た。出迎えに来た、ということらしい。

 

「いいや、構わないよ。君は?」

「はい。理事長秘書の駿川たづなです。よろしくお願いしますね」

「ああ。こちらこそ、よろしく頼むよ」

 

 女性──駿川たづなが差し出してきた手を握り返した。

 彼女に促されるのに従って校門を跨ぎ、トレセン学園の敷地に足を踏み入れる。

 正面には、ウマ娘の始祖とも言われる三女神を象った巨大な銅像。ある意味では、このトレセン学園の象徴とも言えよう。ギャラルホルンにおけるガンダム・バエルのようなモノだ。

 

「まず、理事長に挨拶に行きましょうか。今後について、お話をする必要がありますから」

 

 周囲を見分しながら、駿川たづなに続くように歩を進めて行く。時計は十時台を指しており、生徒たち──ウマ娘たちは、日々の勉学に励んでいるようだ。

 やがて理事長室の前に着くと、駿川たづなの手によってゆっくりと大きな扉が開かれ、彼女に続いて室内に入った。

 

「秋川理事長、新任のファリドさんをお連れしました」

「うむ! ご苦労であったな、たづな!」

 

 天晴! と書かれた扇子を開き、駿川たづなを労うのは、青いワンピースを着て白い帽子を被り、その上に猫を載せている少女だ。

 

「──理事長というには、乙女すぎるようだが」

「歓迎ッ! 君が新任のトレーナーだな! トレセン学園理事長の秋川やよいだ!

 話は聞いておるぞ! 今回のトレーナー試験を、トップの成績で合格したと! 見事だ! 最初は大変なこともあるだろうが、是非その力で、多くのウマ娘たちをサポートしてやってほしい!」

 

 無論そのつもりです、と返すと、理事長たる少女は満足げに大きく頷いた。

 身長は──アルミリアと同等か、それ以下か。理事長という重責を背負うには幼いように見えるが、そのことは彼女自身が理解していよう。私から何か言うべきではない。

 

「説明ッ! ウマ娘がトゥインクル・シリーズでデビューするためには、トレーナーと契約を結ばなければならない!

 チームを組むことで複数のウマ娘と契約をし、トレーニングを行うことも可能だが、当然トレーナーの負担はその分だけ増えてしまう! 無理をしすぎないようにな!

 チームを持つトレーナーにお願いし、サブトレーナーとなって先達から学ぶことを薦めるぞ!」

 

 なるほど。まずトレーナーを捕まえられるかどうか──チームに入れるかどうかが、ウマ娘にとっての最初の関門と言うわけか。

 力を持つ者はトレーナーに見出され、そうでない者は淘汰される。この時点で、覇権争いは既に始まっていると言えるな。

 

「トレーナーとしては、まず才能ある逸材を見出すことができるか。

 そして、その才能を十分に伸ばすことができるか──腕の見せ所、というわけだ。

 こちらからスカウトする、といったことも構わないのだろう?」

「肯定ッ! 専属契約を結ぶこともできる!」

 

 フ──良いだろう。教育を行った経験はそうないが、頂点に立つことが目標となれば、やって見せる他にない。

 トレーナーとしてやって行くためには、結果を出さなければならないというわけだ。

 

「夕方には、トレーナーを探している子たちが練習コースで自主トレーニングを行っている姿を見ることができるハズですよ。

 入学式が昨日行われたばかりで、新入生の子たちもいっぱいですから。半月後には大きなチームの選抜試験も始まりますし」

「選抜試験……なるほど、そういうこともあるのだな」

「無論ッ! 実績あるチームには応募が殺到するからな!

 一方、学園主導による選抜レースも年に4回行われる! そこでウマ娘たちの走りを見てスカウトするトレーナーも多い! 選抜レースの前に契約を結ぶ場合もあるぞ!」

 

 限られた椅子の奪い合い、というわけだ。

 トレーナー側は優秀な生徒と契約をしたいし、生徒側は実績のあるトレーナーと契約をしたい。当然のことだ。

 ──大きなチームのサブトレーナーになり、そこで実績と経験を積んで自分のチームを立ち上げる、というのが、新任トレーナーの大まかな規定コースだと考えられるな。

 

「まずは、夕方の自主練習を見させてもらうことにしようか。説明をありがとう」

「うむッ! 活躍を期待しているぞ!」

「──時間はまだまだありますし、それまでは学園内の案内をしましょう。ファリドさん、こちらへ」

 

 駿川たづなが扉に向けて歩き出し、私も退室するべく理事長から視線を外した──時。

 私の目には、壁かけに書かれている、とある言葉が飛び込んで来た。

 

「──この言葉は?」

「校訓ッ! 200年以上も前、英国で伝説となったウマ娘にちなんだ言葉だ!」

「伝説の、か──フ。なるほど、良い言葉だ。

 まるで、アグニカ・カイエルを讃えているかのようだな」

 

 

 Eclipse first, the rest nowhere.

 ───唯一抜きん出て、並ぶ者なし。

 

 

 

   ◇

 

 

 夕方。

 駿川たづなの言葉通り、練習用のトラックコースには多くのウマ娘たちが集まっていた。

 芝コースを走る者、ダートコースを走る者やウッドチップコースを走る者、坂路コースを走る者もいれば、はたまたジョギングやストレッチをしている者など様々だが、実に活気のある光景だ。

 かつて見た、鉄華団の者たちの姿が思い起こされる。

 

「──速いな」

 

 当然のことだが、間近で見ると改めてそう感じる。ウマ娘たちの走る速度は、最高で時速60キロメートルにもなる。

 ──とはいえ、今はあくまでもトレーニングである以上、その速度にはとても達していないだろうが。

 

 試しに、坂路コースで走っているウマ娘のタイムを手元のストップウォッチで測ってみることにした。

 そのウマ娘がハロン棒(コースに沿って200メートル間隔で立っている目印)の横を通り過ぎた瞬間、計測スタート。それなりに本気で走っている──ようだが。

 

「なるほど……こんなモノか。ジュニア級ならば、このタイムでも致し方あるまいが」

 

 そのウマ娘がゴール地点を過ぎ、脚を緩めたところで計測終了。途中からだったので最後の2ハロン(約400メートル)しか測れなかったが、タイムからして素質はそこまでと言わざるを得ない。

 どうせ担当するならば、もう少し期待が持てるウマ娘が良い。トゥインクル・シリーズは、競走能力が全てを決定する世界なのだから。

 

 そもそもそれ以前に、新任トレーナーという身の上では、スカウトは難しいかもしれない。

 素質あるウマ娘に目をつけるのは私だけではない。もし私が複数のトレーナーにスカウトされ、選ぶ側になったとしたら、ベテランの経験豊富なトレーナーを選ぶだろう。

 

「さて──どうするべきか。願わくば、私の誘いに乗ってくれる者がいることを期待したいが」

 

 何年もサブトレーナーで下積みをする、というのは堅実であろうが、時間がかかり過ぎる。

 どうせ駆け上がるならば、最短距離で駆け上がることが好ましい。

 

 ──と、そう考えていた時。

 眼前を、一人のウマ娘が駆け抜けて行った。

 

「────!」

 

 風に煽られ、過ぎ去った者へ視線を向ける。

 ウッドチップコースを走る、桃色のリボンでポニーテールに纏められた、鹿毛の髪を持つ少女を目で追う。

 身体は他のウマ娘と比べても少し小さい。身長は150程度だろう。

 

 しかし、そのウマ娘の走りは、他のウマ娘と一線を画していた。

 

「──柔らかい走りだ」

 

 走っている、と言うより跳ねている。

 そう感じさせる、全身をバネにした走り。

 一完歩の伸びが違う。加速力が違う。他のウマ娘が普通乗用車だとすれば、あのウマ娘はレーシングカーだ。身体の作りが、筋肉の質が違う。

 

 才能、とはああいうモノを言うのだろう。

 彼女は他のウマ娘に無いモノを。他のウマ娘が持ち得ないモノを、生まれながらにして獲得している。

 

 同じコースで走っていた他のウマ娘たちを次々と抜き去って、そのウマ娘はゴール地点を駆け抜けた。タイムは測っていないが、彼女の走りが圧倒的であることに疑いの余地は無い。

 

「間違いない───アレは」

 

 見えた。()()()が、私にはハッキリと。

 あのウマ娘だ。彼女以外にいない。

 

「あっ!」

 

 圧倒的な走りを見せつけ、注目を集めたそのウマ娘は、息を乱す様子も無く、コースから出て土手の階段を上り、別のウマ娘の下へ駆け寄って行く。

 

「ねぇねぇカイチョー! ボクの走り、どうだった? ボク、今まで誰にも負けたことないんだよね! すごいでしょ!」

「ああ。良いタイムだ」

 

 その少女が話しかけた相手を見て、その場のウマ娘たちがどよめく。

 いや。ウマ娘たちだけではなく、私と同じ目的を持ってトレーニングを見に来ているであろう他のトレーナーすら、それは同じだった。そこには畏怖の感情さえもある。

 指導者であるトレーナーが指導対象であるウマ娘に畏怖を抱くなど、おかしな話ではある。しかし、ことあのウマ娘に対しては、そうした反応が生まれても仕方がない。おかしなことではない。

 

 そのウマ娘の名は、シンボリルドルフ。

 

 トレセン学園の生徒会長にして──史上初めて、無敗でのクラシック三冠制覇を達成したウマ娘。

 GⅠ7勝を記録し、七冠ウマ娘と呼ばれ讃えられた「皇帝」。

 ある男が言った──「レースに絶対は無いが、そのウマ娘には『絶対』がある」と。

 

「えへへ、やったー! カイチョーに褒められた!」

「やれやれ……だが、慢心は禁物だぞテイオー。

 確かに君のタイムと走りには目を見張るものがあるが、それもあくまで現時点では、の話なのだからな」

「大丈夫だよ! ボク、同級生の誰にも負ける気がしてないんだ! カイチョーと同じ無敗の三冠ウマ娘に、絶対なってみせるからね!」

 

 ピョンピョン飛び跳ねてはしゃぐ新入生ウマ娘を前にして、シンボリルドルフは若干の困りか呆れかという表情を浮かべている。

 私はズカズカと早足で、その少女の下へと歩み寄って行く。

 

「これからはトレーナーと契約して、デビューに向けてトレーニングに邁進していくことになる。

 テイオーなら選抜試験に落ちるようなことはないだろうが、誰と契約するかは千思万考の上、慎重に決断するんだぞ」

「はーい。──トレーナーかぁ。そういえば、何回か声かけられたような気がするけど……」

「君」

 

 声をかけると、彼女はこちらを振り向いた。

 

「え、ボク?」

「ああ。名は、何と言う?」

「名前? ふふん、ボクはトウカイテイオーだよ! 夢はカイチョーと同じ、『無敗の三冠ウマ娘』!」

 

 トウカイテイオー。

 なるほど。皇帝ならぬ帝王、というわけだ。

 

「ありがとう。早速だが、トウカイテイオー──私のもとへ来ないか?」

「えーっ、それってスカウト? もしかして、トレーナーなの?」

「如何にも。──失礼、自己紹介がまだだったな。君の走りが素晴らしかったがために胸が踊り、気を急いてしまったようだ。

 私はマクギリス・ファリドだ。共にトゥインクル・シリーズを戦い、その頂点を目指してくれるウマ娘を探している。今は担当しているウマ娘がいないのだが、その分チームを持つトレーナーよりも手厚いサポートができるだろう。

 大きな夢を持つ君にとっても、悪い話ではないハズだ」

 

 なんか胡散臭そうだなぁ、と懐疑的な目で眺めてくるトウカイテイオー。だが問題はない。少女への対応には、いささかの覚えがあるつもりだ。

 どう口説き落とそうかと軽く思案していると、トウカイテイオーはガンダム・バエルのスラスター光のように美しく澄み渡った水色の瞳で私の眼を見据え、かく問うて来た。

 

「じゃあ、一つ聞かせてよ。なんでボクをスカウトしようとしたの?」

 

 何故、か。単純な質問だが、こちらを試すには的確な質問とも言える。

 上っ面の綺麗事を並べ立てたところで、この少女は私のことを記憶すらしないだろう。彼女に声をかけたものの、そうして忘れられたトレーナーは多いに違いない。

 耳障り良く取り繕うようでは、彼女の信頼を得ることなどできない。子どもとは互いに利用し合うのではなく、互いに信用し合わなければならない。ここは真実を、己が本心を口にすべきだ。

 

「簡単なことだよ。先程の、君の走る姿──先を行くウマ娘たちを次々と追い抜き、従えて先頭を駆ける姿。

 私はそこに、アグニカ・カイエルの姿を見た」

 

 答えを聞いたトウカイテイオーは、目を丸くし。

 

「───何それ? というか、誰なのそれ? カイチョー、知ってる?」

「……いや、私は聞いたことがないが──」

 

 何と。アグニカ・カイエルのことを知らないとは。

 ───いや、仕方があるまい。ここは私が本来いた世界とは別の世界なのだ。

 

「私は君とならば、成し遂げられると確信しているのだよ。

 厄祭戦を戦い抜き、新たなる秩序を創造したアグニカ・カイエルのように、世界の頂点に立つことができると。この退屈な世界に嵐を巻き起こし、支配することができるのだと。

 2人の三冠ウマ娘がターフを後にし、タマモクロスという芦毛の怪物も去った今、トゥインクル・シリーズには『永世三強』──オグリキャップ、スーパークリーク、イナリワンの3人を中心とする群雄割拠の時代が訪れている。言わば厄祭戦の真っ只中だ。秩序無きままに争いが蔓延っていると言えよう。

 だが、君ならばこの戦いを終わらせられる。私はそう信じている。新たなる圧倒的な支配者として──『無敗の三冠ウマ娘』としてトゥインクル・シリーズに君臨することにより、この混沌の時代に秩序をもたらすことができるのだと!」

 

 嗚呼。これぞまさしく、アグニカ・カイエルの御業そのものだ。

 最高にアグニカ・カイエルを感じる。全てのモビルアーマーを撃破し、厄祭戦を終結させ、ギャラルホルンを創設することで新たなる世界秩序を構築したアグニカ・カイエルと同じことができる。

 アグニカ・カイエルの成した偉業を、再びこの世界で実現するのだ。

 

「だから、私は君と共に戦いたいと思っている。トウカイテイオー、君はアグニカ・カイエルになれる。私が君を、アグニカ・カイエルにしてみせよう」

「わけ分かんないよーッ!」




次走(次回)「一日お試しトレーナー」
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