マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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11R 皐月賞

「じゃあねトレーナー! 日曜日、よろしく!」

 

 皐月賞当週、最後の金曜日。

 作戦会議とトレーニングを済ませ、トウカイテイオーはマクギリスに別れを告げ、トレーナー室を出た。

 

「万事順調のようだな、テイオー」

 

 トレーナー室を出るや否や、背中から声をかけられるトウカイテイオー。

 トウカイテイオーはその声が誰のモノかを認識し、声のした方に勢い良く振り向いて、目を輝かせる。

 

「カイチョー!」

「……こんな時間までトレーニングをしていたのか?」

 

 声をかけたのはシンボリルドルフ。

 トウカイテイオーの憧れにして、目指すべき姿そのものとさえ言える「無敗の三冠ウマ娘」だ。

 シンボリルドルフの質問に、トウカイテイオーは笑顔で頷いた。

 

「うん、それと作戦会議もしてたんだ!

 ボクは()()勝つからいい、って言ったんだけど、トレーナーがどうしてもって言うからさ。対策もバッチリだよ!

 見ててねカイチョー、ボクは『無敗の三冠ウマ娘』になるんだから!」

 

 皐月賞もヨユーで勝つよ、とトウカイテイオーは自信たっぷりに言う。

 GⅠに出るのは始めてになるというのに、トウカイテイオーに緊張は無さそうだ。実際、これまでの前哨戦でも、トウカイテイオーは一度も全力を見せていない──彼女の言葉通り、GⅠレベルにおいても余裕があるほど、トウカイテイオーの力は一段抜けている。

 シンボリルドルフには、緊張していないトウカイテイオーの様子と絶大な自信から来る言葉が頼もしく思われるが、それは同時に危ういとも思われた。

 

「ああ。期待しているよ、トウカイテイオー。

 しかし──余裕綽々、自信満々であることは良いことだが、過剰な自信や余裕は時に慢心へと変化する。

 レースに『絶対』は無い。特にGⅠの舞台では、な」

 

 彼女のトレーナーが、彼女と共に作戦会議をしたことも、その「万が一」を警戒してのことだろう。

 GⅠ──引いては重賞レースは、彼女がこれまで出走して来たオープン特別以下のレースとは全く違う。皐月賞にも、重賞を勝ってきたウマ娘たちが多数参戦する。ウマ娘の能力とレース結果は、必ずしも直結しない。

 

「GⅠの舞台においては、誰もが挑戦者だ。

 ───もう一度言おう。レースに『絶対』は無い」

 

 シンボリルドルフ自身、過剰な自信や余裕から来る慢心により、結果的には作戦ミスと言える判断をし、勝利を逃したことがある。

 だからこそ、レース前にこんなことを言うのは印象が悪いかもしれないと思いながらも、シンボリルドルフはトウカイテイオーに忠告したのだ。

 忠告を受けたトウカイテイオーは、真剣な表情で頷きを返す。

 

「……トレーナーにも『枠的には考えにくいだろうけど、とにかく不利を受けるな』って言われたっけ。

 分かった。心配してくれてありがと、カイチョー」

「──すまない、つい余計なことを言ってしまった。

 生徒会長という立場上、特定のウマ娘に肩入れするのはまずいのだが……」

「カイチョー、ボクがトレーナーの部屋から出るのを待ち構えてたのにそんなこと言うの?」

 

 ニシシ、と笑うトウカイテイオー。

 シンボリルドルフは「バレていたか」と少し照れくさそうに頬を指で掻き、表情を緩めて更にトウカイテイオーに告げる。

 

「オグリキャップが去った今、これからのトゥインクル・シリーズを──新しい時代を築くのは君だと、私は思っている。

 どうか皐月賞で、その幕開けを見せてくれ」

「勿論! 期待しててね、カイチョー!」

 

 気負う様子もなく、嬉しそうに──楽しそうに、当然のように。

 トウカイテイオーは笑顔で、シンボリルドルフの期待が籠もった言葉を受け止めるのだった。

 

 

   ◇

 

 

 4月14日、日曜日──GⅠ「皐月賞」当日。

 私──マクギリス・ファリドは、皐月賞の舞台となる中山レース場のスタンドの最前列にいた。

 そして、私の左横にはガエリオ・ボードウィンと、彼の担当ウマ娘メジロマックイーン。右横にはオルガ・イツカ団長と三日月・オーガスがいる。

 

「オルガ団長、三日月・オーガス。君たちはレース場での観戦は初めてだったか」

「まあな。そこのガ──ガリガリ? に言われてな」

「ガエリオ・ボードウィンだ!」

「……人が多すぎるよ」

 

 オルガ団長も三日月・オーガスも、人の波に揉まれて若干疲れが見えるが、GⅠ当日には数万単位の人間を収容するのがレース場という施設だ。

 収容可能人数を考えれば、中山レース場は東京レース場などには劣るので、まだマシとさえ言えるかもしれない。この程度でへばってもらっては困るな。

 

 と、それはともかく──時刻は午後3時を過ぎ、時計の針は4分の1を過ぎようとしていた。

 パドックには皐月賞の出走ウマ娘たちが登場していて、内バ場に設置されているターフビジョンにも、その様子は映し出されている。

 じきに出走ウマ娘たちが地下バ道を経て、コースに姿を現すだろう。

 

「──君たちは、この『皐月賞』について理解しているか?」

「……まあ、大体の知識は放り込まれてるぜ」

「何でか分かんないけど知ってるよ」

 

 オルガ団長と三日月・オーガスの返答を受け、私は「なるほど」と頷く。

 

 GⅠ「皐月賞」──イギリスのクラシックレースに範を取る5つのクラシックレースの内、「クラシック三冠」の一冠目に該当するレースだ。

 舞台は中山レース場、芝2000メートル。

 「弥生賞」「スプリングステークス」という2つのGⅡレースと、オープン競走「若葉ステークス」の3つをトライアルレースとするGⅠ。

 この3つに出走したウマ娘たちの他にも、ジュニア級・クラシック級の重賞戦線で結果を残しているウマ娘たちも出走し、その頂点を競うのである。

 

 また、クラシック二冠目のレースにして、全てのウマ娘及びトゥインクル・シリーズ関係者の夢と憧れ、最大の目標とさえ言える5月のGⅠ「東京優駿(日本ダービー)」を占う上でも、この皐月賞の結果は重要と言えるだろう。

 皐月賞の1着から5着──掲示板内に入った上位5人のウマ娘には、日本ダービーの優先出走権が与えられることにもなっている。

 

「皐月賞は『最も速いウマ娘が勝つ』──そう言われていますわね」

「その通りだ。……さて、そろそろか」

 

 メジロマックイーンの呟きに頷いた直後、場内に実況放送が流れ始めた。

 

『曇り空の下の中山レース場で、今年もクラシック三冠レースが、いよいよ開幕となります。

 第51回を迎えます、GⅠ「皐月賞」──実況は赤坂、解説は細江純子さんでお送り致します。

 細江さん、先週に引き続きよろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

 

 放送が始まると同時に、入場音楽も響き始める。

 チラリとホームストレッチの右側──既にコースに設置されたゲートに視線を向けつつも、実況を聞き流すこととした。

 

『さて、先週はシスタートウショウが見事「無敗」で桜花賞を制しました。今日の皐月賞にも、無敗を堅持するウマ娘──トウカイテイオーが出走します。

 これが現在の1番人気に推されていますが、細江さんはどうご覧になられますか?』

『そうですね……やっぱり若葉Sで強い勝ち方をしたのが大きかったのかな、その影響かなと感じています。

 昨年の朝日杯ジュニアSを勝利したリンドシェーバーが、弥生賞後の怪我で出られなくなってしまって、彼女が出ていればどうだったかなとも思いますが───』

 

 今年の皐月賞は、これまで重賞等で結果を出して来たウマ娘たちが、かなり問題無く順調に来て揃った──と、私は感じている。

 解説が言った通り、昨年末のジュニア級GⅠ「朝日杯ジュニアステークス」を勝ったウマ娘が出走できていないことは残念だが、それでもメンバーのレベルは非常に高いモノになったと言えるだろう。

 

『なるほど……と、出走ウマ娘たちが、続々とターフに姿を現し始めました!

 1人ずつご紹介致しましょう! 第51回「皐月賞」の本バ場入場です!』

 

 実況放送が出走ウマ娘たちの紹介をしていく。

 当然、この皐月賞に出走するからにはこれまで結果を残しているウマ娘たちで、誰しもにもチャンスはあると言えるが──今回は、特に警戒すべきウマ娘に注目して、本バ場入場を見ることにしよう。

 

『若葉S、3着からの逆転なるでしょうか。1枠2番、シャコーグレイド!』

 

 トウカイテイオーの前走、若葉ステークスにも出走していたシャコーグレイド。

 黒鹿毛の髪を持ち、赤と黄の勝負服を纏うウマ娘。

 若葉Sでは外を回っての3着となり、優先出走権を逃したものの、皐月賞への出走には漕ぎ着けている。

 彼女には昨年末、皐月賞と同舞台のオープン「ホープフルステークス」2着の実績があり、若葉Sでもトウカイテイオーと勝負しての3着。

 その末脚とコース適性には侮れないモノがある。

 

『高らかに逃げ宣言、今年の皐月賞のペースはこのウマ娘が作ります。2枠4番、アフターミー!』

 

 赤、黄、青の勝負服を着る鹿毛のウマ娘、アフターミー。

 今日は逃げの手を打つと宣言しており、前走となる皐月賞トライアルのGⅡ「スプリングステークス」でも2着に入り、皐月賞の優先出走権を獲得してこの日を迎えている。皐月賞のペースは彼女次第で変わるだろう。

 

『毎日杯を勝って、自信を持って登場して来ました。3枠5番、イイデサターン!』

 

 緑と赤の勝負服を身に纏う鹿毛のウマ娘、イイデサターン。

 前走のクラシック級GⅢ「毎日杯」を制し、重賞ウィナーとして皐月賞に駒を進めて来た。先行策による堅実なレースを展開する、侮れないウマ娘の1人だ。

 

『トライアルを制して意気上がります。スピードとスタミナを兼ね備えた5枠9番、シンホリスキー!』

 

 星の装飾に飾られた赤い勝負服を着る鹿毛のウマ娘、シンホリスキー。

 スプリングSを勝っての参戦となる。トウカイテイオーにとっては前々走の若駒Sで千切り捨てた相手ではあるが、その後はGⅢ「きさらぎ賞」を勝利している。

 その上でスプリングSも制して来たとなると、若駒Sの時よりも成長し、能力が増している可能性も高いだろう。

 今日は3番人気に支持されており、ファンの期待も高い。

 

『33年ぶり、ティアラ路線からの参戦となります。5枠10番、ダンスダンスダンス!』

 

 青と灰の勝負服を纏う鹿毛のウマ娘、ダンスダンスダンス。

 トゥインクル・シリーズには皐月賞・日本ダービー・菊花賞のクラシック三冠を目指す「クラシック路線」と、桜花賞・オークス・エリザベス女王杯のティアラ三冠を目指す「ティアラ路線」がある。

 ウマ娘たちはどちらの路線に所属するかを選ばなければならないものの、自分の所属する路線でないレースにも、出ようと思えば出ることはできる。

 しかし通常、ティアラ路線のウマ娘がクラシック路線のレースに出て来るようなことは滅多に無い。シニア級ならばともかく、クラシック級では尚更のことだ。

 彼女が桜花賞ではなく、この皐月賞に出走を決めたことには相当な自信と覚悟があるハズだ。決して見くびってはならない相手である。

 

『あのリンドシェーバーをも退けた強力な末脚を武器に、皐月賞制覇を狙います。6枠11番、イブキマイカグラ!』

 

 赤と黄の勝負服を着た栗毛のウマ娘、イブキマイカグラ。

 昨年末の西のジュニア級GⅠ「阪神ジュニアステークス」を制している有力なウマ娘で、この皐月賞においてもトウカイテイオーと並ぶ「二強」と目されている。

 前走の皐月賞トライアルたるGⅡ「弥生賞」では、昨年の東のジュニア級GⅠ「朝日杯ジュニアステークス」をマルゼンスキーのレコードを上回るタイムで優勝したリンドシェーバーと対決し、これを下して皐月賞に出走して来た。

 1番人気こそトウカイテイオーに譲ったが、現時点の実績では間違い無くトウカイテイオーより上。トウカイテイオーを破るとすれば、このウマ娘だろう。

 

『共同通信杯優勝を含む、15戦のキャリアを誇ります。7枠13番、イイデセゾン!』

 

 緑と赤の勝負服に身を包んだ鹿毛のウマ娘、イイデセゾン。

 GⅢ「共同通信杯」を制している他、1月のGⅢ「シンザン記念」で2着、弥生賞でも3着と、コンスタントに出走しながらも安定感を見せている。このGⅠの舞台でも、好走は間違い無いだろう。

 

『打倒西の女王を目指し、関東のファンの期待を背負います。7枠14番、サクラヤマトオー!』

 

 「サクラ」の名の通り、桃色の勝負服を纏う栗毛のウマ娘、サクラヤマトオー。

 オープンの「府中ジュニアステークス」を勝ち、昨年末の「ホープフルステークス」も制して、共同通信杯も2着と重賞戦線で活躍している。人気は4番人気だが、巻き返しは充分あり得るだろう。

 

『新潟ジュニアチャンピオンの意地を何とか見せてほしいところです。8枠17番、ビッグファイト!』

 

 白と緑とピンクの勝負服、栗毛のウマ娘ビッグファイト。

 GⅢ「新潟ジュニアステークス」とGⅢ「京王杯ジュニアステークス」でジュニア級重賞を2勝と、早い内から結果を残している。朝日杯は2着、弥生賞6着と低迷しつつあるものの、完成度の高さは侮れないところがある。

 

『そして最後は、デビューから無傷の4連勝。シンボリルドルフと同じく、無敗の皐月賞馬を目指します。

 8枠18番、トウカイテイオー!』

 

 ──最後に、主役の登場だ。

 皐月賞トライアルの若葉Sを制し、4戦4勝。無敗のウマ娘として、堂々の1番人気に支持されているトウカイテイオー。

 今日は大外枠を引き当ててしまい、枠順を聞いた時は「どうしたものか」と一瞬思いもしたが、バ群に閉じ込められる恐れが少なく、不利を受けづらいというメリットは大きい。

 トウカイテイオーほどの能力があれば、不利さえ無ければ勝てる──と、私は見込んでいる。ある意味、大外枠を引いたトウカイテイオーは運が良いと言えよう。

 

『以上、18人がクラシック第一冠に挑みます!

 発走まで、今しばらくお待ち下さい!』

 

 待ちきれない、と言わんばかりにスタンドから歓声と拍手が上がる。

 ──他のレースとは、雰囲気が全く異なる。これがGⅠなのか、と言わんばかりに、オルガ団長と三日月・オーガスが気合を入れ直す様子が傍目に映った。

 

「あ、いたいた! トレーナー!」

 

 ウォーミングアップを終えたトウカイテイオーが、手を振りながら駆け寄って来る。

 その表情は明るく、足取りも軽やかで、緊張している様子は見られない。流石、と言うべきだろう。

 柵と外ラチを挟んで、トウカイテイオーは私の目の前に立ち、少し畏まりながら笑顔で言う。

 

「とりあえず、ありがとね。おかげで、無敗で皐月賞まで来れたよ」

「私は大したことはしていないさ。ここまで来たのは君の実力によるモノだ。それに、問題はここからだ。

 しかし──本番だからと、気負うことは無い。君の走りをすれば、間違い無く結果はついて来るハズだ。

 好きに走って来ると良い、トウカイテイオー」

「もっちろん! 勝って帰って来るから、ちゃんとコメントとか用意しといてね!」

「テイオー。──貴女の勝利を、期待していますわ」

「当ったり前じゃん! マックイーンの春天の前に、まずはボクが良いとこ見せちゃうよ!」

 

 行っくぞー! と、トウカイテイオーは赤いマントを翻し、手を振りながらスタート地点へ跳ねるように走って行った。

 元気に走って行くトウカイテイオーを見送り、メジロマックイーンは笑顔で言う。

 

「……緊張はしていないようですわね」

「ああ。──さて、どのようなレースになるか」

 

 トウカイテイオーは若葉Sからの参戦で、重賞は初めてとなる。

 立場としては挑戦者(チャレンジャー)になるだろうが、恐れることはない。彼女の才能と努力は、このレースの他の誰にも勝るモノだ。

 

 皐月賞発走まで、10分を切った。

 期待を胸に、私はその時を待ちわびるのだった。




次走「一冠目」
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