マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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13R 選抜レース

 5月初週、シニア級の超長距離GⅠ「天皇賞(春)」が、京都レース場の芝3200メートルにおいて行われた。

 GⅡ「産経大阪杯」を制して盾をかけた戦いに出走してきたホワイトストーンと、クラシックでは無冠に終わったものの、疑いようも無い資質を持つ大器メジロライアンも注目されたが、内容としては特筆すべきこともない。

 

『マックイーン先頭! メジロマックイーン先頭!

 ホワイトストーン2番手! 内からライアン! 内からライアン! 内からライアン!

 しかし、メジロマックイーン優勝ッ!!』

 

 先頭から4番手辺り、先行策を取ったメジロマックイーンが、直線で抜け出しそのままゴールした。

 

『メジロマックイーン勝ちました!!

 メジロアサマ、メジロティターンに次ぐ天皇賞制覇の偉業達成ッ!!!』

 

 一切の隙も見せず、ケチのつけようも無い完璧なレース。

 見ていてつまらない、退屈だとさえ思わされるほどの「完勝」だった。

 ステイヤー重視のメジロ家にとっては至上命題と言える「天皇賞(春)」の制覇を成し遂げ、トレーナーであるガエリオも一安心と言ったところだろう。

 

 

 一方、クラシック三冠の第一冠「皐月賞」を制したトウカイテイオーは、ダービーに向けてのトレーニングを開始した───のだったが。

 

「ぎごごごごぉっ……」

 

 今、私の前には何とも言えない秀逸なうめき声を上げながら、トレーナー室の来客用ソファーに倒れ伏したトウカイテイオーがいる。

 見れば分かる。明らかに身体に不調を来している。

 全身がプルプル震えている辺り、恐らくは全身を筋肉痛に襲われている。

 

(───おかしい。有り得ない。私が組み上げたトレーニングプランに、狂いは一切無かったハズだ)

 

 起こり得るハズのない緊急事態である。

 ダービーを目指すにあたり、皐月賞のために上げた体調を維持しつつ、軽いトレーニングで更にパフォーマンスを上げられるような調整プランを組んだ。

 1年かけて鍛え上げて来たトウカイテイオーの身体に筋肉痛などという不調を発生させるほど、過度なトレーニングは行わせていない。───のだが。

 

「トウカイテイオー。何か、自主的な練習でもしていたか?」

「……そ、そんなこと」

「努力を怒りはしない。正直に答えてくれたまえ。

 ダービーまでに体調を持ち直したいのであればな」

「………朝と昼休みに、階段をうさぎ飛びで往復したりとか、ダンベルを300キロ持ち上げたりとか……ダービーは絶対勝ちたい、と思って……ダービーって四百メートル延びるじゃん……?

 ボクは2000メートルまでしか走ったことないし、やれることはやっとかないと……」

 

 トウカイテイオーの白状を聞き、納得が行った。

 確かにこれまで、うさぎ飛びをやらせたりダンベル上げをやらせたりしたこともあるが、それらを必要以上に頑張ってしまったというわけか。

 

「──すまない。少し、私の説明が足りなかったかもしれないな」

 

 日本ダービー──トゥインクル・シリーズにおける最大最高の栄誉にして全ての原点、クラシック級の頂点を決めるレースは、出るからには何としても勝利したいレースだ。

 トレーナーになって2年目、担当する最初の世代でダービーに挑めることは、本当に運の良い──普通ならば有り得ないことだ。トウカイテイオーには感謝をしなければならないだろう。

 

「これまで2000メートルまでのレースしか走っていないことで、君が不安を抱く気持ちも理解できる。

 だが──トウカイテイオー。君はこれまで、私が組んだトレーニングメニューを完璧にこなして来た。生半可な覚悟のウマ娘であれば根を上げるであろう、過酷な夏合宿も克服して来た。

 君には既に、2400メートルを走れるだけの能力が備わっている。私はそうなるよう、これまでジュニア級の頃から年単位で先を見据えたトレーニングプランを組み、君に課して来た。

 トウカイテイオー。どうか私を──いや、他ならぬ君自身の能力を信じてくれたまえ」

「───分かった。ありがと、トレーナー」

 

 頷いたトウカイテイオーに、私も頷きを返す。

 さて──後は、彼女の筋肉痛を解消させねばな。

 

「ダービーまでのトレーニングプランは修正が効く。ひとまず、君の筋肉痛を解消しよう」

「う、うん……でも、どうするの? 保健室って筋肉痛も治してくれるっけ?」

「──あの怪しい女に針を打たれれば治るかもしれんが、あんな根拠の無さそうな民間療法に頼る気は毛頭無くてね。

 地道な方法だが、マッサージで身体の凝りを解すのが最適解だろう。中央のトレーナーとして資格は持っている、私で良ければ今すぐ始めよう。同性が良いと言うならば、女性のトレーナーを連れて来るが」

「い、今すぐでよろしく……い、痛すぎるもん……」

 

 分かった、と言いつつ、とりあえずトウカイテイオーをその場でうつ伏せにさせた。

 そして、一言「失礼」と断りを入れ、トウカイテイオーの背に手を当てる。それだけでもトウカイテイオーはくすぐったそうに声を上げた。

 

「始めるぞ。──多少くすぐったいが、我慢してくれたまえ」

「う、うん……ぴええっ!?」

 

 奇声を上げるトウカイテイオー。……これはうめき声と言えるものなのだろうか。うめき声と言うには少々特徴的だ。

 思ったより腕の振るい甲斐がありそうな凝り具合である。少し気合を入れて解すとしよう。

 

「ちょっと、くすぐった……いにゃあっ!」

「失礼します、准将───ッ!?」

 

 石動がトレーナー室に入室して来た。

 来週学内で行われる選抜レースに関する資料をまとめてくれ、と今日の朝に頼んだが、もう終わったのだろうか。流石は石動、仕事が早い。

 ご苦労、と私が労いの言葉をかけようとして、石動の方に視線を向けた時──

 

「し……失礼しました、准将」

 

 石動は「見てはいけないものを見てしまった」と言わんばかりに、即刻退室して行った。

 

「待て。何を勘違いしたんだ」

「ぴええええっ!」

 

 私はトウカイテイオーに嬌声を上げさせながら、届かぬ声を発するのだった。

 

 

   ◇

 

 

 5月中旬。トレセン学園内では、学園主催による春の選抜レースが開催されようとしていた。

 学園主催の選抜レースは年に4回行われ、デビューを控えるウマ娘たちが走る。所属先が決まっていないウマ娘にとってはトレーナーにアピールするチャンスであり、トレーナーにとってはウマ娘をスカウトするチャンスとなる。

 

 舞台となるトレセン学園内のトレーニングコースには、優秀なウマ娘を捕まえるべく目をギラギラと輝かせたトレーナー達と、今日走る予定のウマ娘たちが体操服で集まっていた。

 そして、その中にはマクギリス・ファリドと、彼からガエリオ経由で選抜レースの話を聞いたオルガ・イツカと三日月・オーガスの姿もある。

 

「君たちには誰か、目的のウマ娘はいるのかな?」

 

 出走表を見ながら、マクギリスは隣に並ぶオルガと三日月に問う。しかし、2人は首を横に振った。

 

「分かんねぇ」

「俺も、よく分かんないな」

「──私が集めた、今年のジュニア級ウマ娘たちの情報は渡してやっただろう?

 私としてはミホノブルボンやニシノフラワー……彼女らの持つスピードには、目を見張るモノがあると思ったのだが」

 

 分からないと言う2人に対し、マクギリスは具体的なウマ娘の名前を挙げる。

 しかし、一方で「スカウトするかは分からんがな」とも付け足した。オルガはその理由を問う。

 

「何でだ? 目をつけてるなら、スカウトすりゃ良いじゃねぇか。どうやって優秀なウマ娘を捕まえるかが問題なんだろ?」

「私にはトウカイテイオーがいるからな。担当を増やして、彼女のサポートに万が一支障を来しては困る」

「よく言うよ。お前なら10人を1人で担当しても問題無いだろうに、律儀なことだな」

 

 と言いながら、マクギリスの右横──オルガと三日月の反対側に、ガエリオ・ボードウィンが立つ。

 

「ガリガリも来たんだ」

「ガエリオ・ボードウィンだ!

 ──ともかく、『分からん』でお前らは大丈夫なのか? いくらウマ娘側の方が数が多いとは言え、ボーッとしてたら担当が見つからないことも有り得るぞ」

「ガエリオの言う通りだ。向こうから声をかけられるとも限らない。特に、我々のような新人トレーナーはな。給料泥棒になりたくなければ、少なくとも今日の模擬レースは真面目に見ておくことだ」

 

 むう、と改めて出走表を睨むオルガと三日月。

 そうこうしている内に、放送で選抜レースについての案内が入る。幾つかの距離、バ場を使って、大量のウマ娘が走る。実際のレース場では1日12レースだが、この選抜レースはそれ以上だ。

 次から次へと、入れ代わり立ち代わりでウマ娘たちが走って行く。トレーナー側も速やかに情報を処理して行かなければならない。

 

「───アイツ、あん時の」

 

 難しい顔で出走表とコースを見ていたオルガが、次のレースのためにコースに出て来たウマ娘を見て反応した。栗毛の髪を長く伸ばしたウマ娘だ。

 

「オルガ、知り合い?」

「知り合い、ってか……前に商店街で会ったことがあってよ」

「アレは──ミホノブルボンか。

 彼女と知り合いとはやるじゃないか、オルガ団長」

 

 あの変な奴が? と、オルガは首を傾げる。

 一方、彼女に目をつけていたらしいガエリオは、手元の出走表とミホノブルボンを交互に見ながら言う。

 

「あのウマ娘、入学試験で出したタイムがなかなかのインパクトだったな。あれほどのスピードがあるなら、スプリンターかマイラーとして、かなり良いところまで行くんじゃないか?」

「ああ。彼女ほどの素質があれば、今の群雄割拠なマイル・スプリント界でも戦って行けるだろう」

「そんなウマ娘だったのかよ……ロボットみてぇな変な奴としか思ってなかったんだが……」

「ともあれ、彼女の走りを直接見れば、何故彼女が注目されるのかも分かるさ」

 

 次のレースは芝1600メートル。今日の選抜レースの中では最長の距離である。

 しかし、どうやら不測の事態が起きているようだ。

 

「ライスさーん! どこですかー!? レースの時間ですよ、ライスさーん!

 ……おかしいですね、迷子でしょうか。仕方ありませんね。学級委員長であるこの私、サクラバクシンオーが探しに行くしかないでしょう!

 バクシン! バクシン!! バクシーンッ!!!」

 

 出走予定のウマ娘が1人、コースに来ていないらしい。

 行方不明のウマ娘を探すべく、元気の良いウマ娘が校舎に向けて驀進(ばくしん)して行ったが──残念ながら発走時刻の延長は無く、その発走時刻が2分後に迫っているため、彼女の驀進は徒労に終わるだろう。

 走らなければならない人数が多いので、模擬レースは時間厳守。来なかったウマ娘への配慮はされない。

 

「来ていないのは──3番のライスシャワーか」

「入学試験のタイムはまあまあだったんだが……放課後の練習では、全然姿を見かけないんだよな。挙げ句、この模擬レースにも登録しておいて来ないとは」

「単に調整が上手く行かなかったから回避、というだけならば良いが──だとしても無断欠席は頂けんか。

 今後これを繰り返すようなら、やる気が無いと捉えられ、トゥインクル・シリーズで一度も走らないまま退学させられかねん」

「ふーん……」

 

 ガエリオとマクギリスが心配の言葉を口にする。三日月はその様子を傍目に、手に持った出走表に書かれている、来ていないウマ娘の名前と顔写真を眺めた。

 

 ──結局、(くだん)の来ていないウマ娘は来ず、レースの発走時刻を迎えた。

 出走する9人のウマ娘たちがゲートに入り、時間通りにレースがスタートする。

 

「──アイツ、先頭に立ちやがった」

「ほう、ミホノブルボンは『逃げ』を選択したか」

 

 4人が話題にしていたミホノブルボンは、スタートで少々出負けしながらも、最初のコーナーに入る前にバ群の先頭に立った。

 

 先頭(ハナ)を奪い、自分のペースでレースを引っ張りながら、最後まで先頭に立ち続ける──それが「逃げ」の戦術だ。

 ハイペースになれば自滅の危険もあり、直線コースが長い東京レース場などでは逃げ切りが難しいといったこともあるが、自分に合ったペースで走ることができる上、直線で進路の確保に失敗する危険が無いという利点もある。

 

 また、逃げウマ娘は思わぬ大波乱を巻き起こすこともあり、それが逃げの面白い点だとも言える。

 事前評価が低かったウマ娘が他のウマ娘に無礼(ナメ)られて楽に逃げたり「大逃げ」した結果、そのまま逃げ切ってしまうことが時々有ったりするのである。

 

「逃げて勝つには正確な体内時計や自分に合ったペースの把握、直線で苦しくなってから粘る根性などが求められる。当然、スタミナも重要な要素になる。

 ──ミホノブルボンは、そうスタミナに溢れたタイプのウマ娘には見えんがな」

「トレーナーの指示か、本人の判断か……ちょっと分からないな」

 

 マクギリスの分析に対し、ガエリオはそう言った。

 その言葉を聞いたオルガは、ガエリオに問う。

 

「……アイツ、トレーナーがついてるのか?」

「ああ。4月早々にウチの──ラスタルのところに来て、トレーナーになってほしいと言って来たらしい。入学試験のタイムを見て受け入れたそうだ。

 ただまあ、同じチームとはいえ、俺はあのウマ娘のことはよく知らん。ミホノブルボンを担当しているのはラスタル本人じゃなく、チームのサブトレーナーの1人だしな。

 ───何だ? 彼女を狙ってたのか?」

「いや、そういうわけじゃねぇが──この前、街中で会ったから気になっただけだ」

 

 そう言い合っている間に、レースは終盤を迎えようとしていた。

 ミホノブルボンは後続を離して逃げることはせず、2番手のウマ娘との間に2バ身ほどのリードを保ったまま、最終コーナーを曲がって来る。

 

「ッ──ハァッ……!」

 

 息が上がり、乱れている。一度大きく息を吸い込んだが、ミホノブルボンは直線に向いても減速しない。

 ずっと2番手──ミホノブルボンの真後ろを追走していた、フードを被ったウマ娘もなかなかの脚を見せたが、結局ミホノブルボンは追い越されること無く、先頭でゴール地点を駆け抜けた。

 

「へぇ、逃げ切ったじゃん」

「ああ。……アイツ、すげぇウマ娘だったのか」

 

 三日月とオルガが感心する。一方、マクギリスとガエリオは冷静に、ミホノブルボンの勝利に終わったレースの出走表を見直していた。

 

「──ミホノブルボンは逃げ切ったとはいえ、やっぱりマイルが適性の限界に見えるよな」

「ああ。ただ、2着のウマ娘はノーマークだったな。ミホノブルボン相手にここまで走れるとは」

「入学試験のタイムは……全然じゃないか。本気じゃなかったってことか?」

「さてな。資料によれば練習は愚か、授業も休みがち──どうやら素行が良いとは言えんようだが」

 

 マクギリスとガエリオに限らず、選抜レースを見ていたトレーナー達はこぞってミホノブルボンのことを話題にしていたが、当の本人はそのことを歯牙にかけず、自身のトレーナーの下に向かう。

 そして、レースについてをトレーナーに報告した。

 

「マスター。レースに勝利しました」

「うむ、素晴らしい戦果だ。トレーナー達にも、お前の力を見せることができただろう!」

「はい。目標とするクラシック三冠に向けて、鍛錬は惜しみません」

 

 黒い髪を編み込んで後ろに纏め、目元に赤いメイクを施した黒人の男性──ミホノブルボンにマスター、と呼ばれたトレーナーは、報告を受けて満足げに頷いた。

 お調子者の男に、ミホノブルボンは冷静に質問を投げかける。

 

「──今更ですが、マスター。既にマスターと契約している私にとって、選抜レースに出ることは必須事項ではありませんでした。

 手の内を晒すことになったかもしれないと思えますが、よろしかったのですか?」

「問題無い。如何なる敵であろうと、全力で叩き潰すのがクジャン家の教え──お前の力をここで示した上で、トゥインクル・シリーズで他のウマ娘を叩き潰すことが王者への道なのだ!」

「承知しました。マスターが、そう仰るのなら。

 では、私は失礼します」

 

 ミホノブルボンは一礼し、コースを去る。

 ───それはそうと。

 

「──オイ、ミカ。アイツ、何か見覚えねぇか?」

「オルガもそう思う? ……あの声、どっかで聞いた気がする。チョコは?」

 

 ミホノブルボンのトレーナー──正確には、ラスタル・エリオンにミホノブルボンを任された男に、三日月とオルガはどことなく既知感を感じていた。

 三日月に聞かれて、視線をその男に向けたマクギリスは───

 

「……何故、奴までがここにいる」

 

 ──思いっきり眉を(ひそ)めた。

 ガエリオが説明のために口を開こうとするが、その前に男の方がマクギリス達を発見し、コースから階段を登って歩み寄って来た。

 

「久しぶりだな、マクギリス・ファリド!」

 

 ははははは、と今にも高笑いを始めそうなほどの満面の笑みで、男はマクギリスに挨拶をする。

 マクギリスは心底ウンザリ──というよりも、半分呆れ果てたと言わんばかりに、大きなため息を吐きながら言い返した。

 

「───イオク・クジャン。よもや、貴様までいるとはな。本当に頭が痛くなるよ」

 

 イオク・クジャン。

 かつての世界における治安維持組織「ギャラルホルン」を束ねる「セブンスターズ」の第五席、クジャン家の若き当主。

 ラスタル・エリオンを後見として、幾度と無くマクギリスやオルガ達──鉄華団と対立した男である。

 

「それはこちらの台詞だ、マクギリス。それに宇宙ネズミ、いや鉄華団──よくも、私の大切な部下たちの命を奪ってくれたな……!」

「テメェがイオクって奴か……! 鉄華団の採掘場をメチャクチャにして、作戦もグッチャグチャにして、名瀬の兄貴たちまで殺しやがった……!」

 

 睨み合い、一触即発状態になる両者。

 文字通りの殺し合いが始まろうというところで、ガエリオが両者の間に割り込んで制止した。

 

「待て待て、落ち着け! そういうのはやめろ!

 割り切れないのは当然だが、どっちも殺し殺されてるんだ! ここは両成敗で行こう、許し合えとは言わないが問題は起こすな!」

「──三日月・オーガス、オルガ団長。過去の遺恨は確かにある。君たちの気持ちは大いに理解できるが、この場で……いや、この世界でやるべきことは、怨念返しなどではない。

 我々がすべきことはウマ娘を育て、トゥインクル・シリーズの舞台で輝かせることだ。ウマ娘の夢を叶えることだ。それ以外には無い。分かっているだろう」

 

 マクギリスもガエリオに続き、三日月とオルガに感情のクールダウンを促す。

 その言葉を聞いて、イオクも矛を収めたようだ。

 

「貴様と意見が合おうとはな、マクギリス。

 そう、今の私はトレーナーだ。その至上命題は優秀なウマ娘を育て上げ、レースに勝つことにある!

 マクギリス、貴様が今指導しているトウカイテイオーは確かに素晴らしいウマ娘だ。だが、トウカイテイオーとて短距離戦線での活躍は出来まい!

 私はミホノブルボンを優秀な短距離ウマ娘として育て上げてみせる! 貴様が決して得られぬ栄冠を手にしてみせよう! 楽しみに待っておくんだな!」

 

 はーっはっはっは、と笑いながらイオクは去って行った。相手が去ったことで三日月とオルガの殺気もひとまずは収まり、ガエリオは「はぁ……」と息を吐く。

 

「その、すまなかった。お前たちには、イオクが今年からトレーナーとして着任して、ウチのサブトレーナーになったことを伝えてなかったな……」

「それで、早々にチームに入りたいと言って来たミホノブルボンを、奴が担当することになったわけか」

「ああ。さっきも本人が言ってたが、ミホノブルボンを最強のスプリンターに育て上げてみせる、と張り切ってる」

「……スプリンター?」

 

 ガエリオの説明を聞き、オルガはとあることが引っかかった。先ほど、ミホノブルボンがチラッと言っていたことを思い出したのである。

 

「スプリンターにすんのか? アイツ……ミホノブルボンは確か、クラシック三冠が目標って言ってなかったか?」

 

 距離が遠かったため、ミホノブルボンとイオクの会話をしっかりと聞き取れていたわけではなかったが、ミホノブルボンが話した目標については、オルガの耳に入っていた。

 これに対し、ガエリオは片手で頭を掻きながら、少し歯切れが悪い感じで答えた。

 

「確かに、ミホノブルボン自身は三冠を目標にしてるらしい。ウチのチームに入った──ラスタルをトレーナーにしたのも、ラスタルが担当したシンボリルドルフが『無敗の三冠』を達成したからだって聞いてる。

 だが、イオクの──チームの方針としては、ミホノブルボンに走らせるのは長くてもマイルまでが良い、ってことになっててな」

 

 ミホノブルボンは明らかに短距離ウマ娘で、とてもじゃないが3000メートルを走らなきゃいけない三冠を狙うのは現実的じゃない──というのがラスタルの見立てだと、ガエリオは言う。

 

「距離適性っていうのは、生まれ持った才能にも大きく左右される。ほぼほぼ生まれた時から決まってるんだから、無理矢理それをねじ曲げて走るよりは、適性通りに力を伸ばす方が良い……ってのが通説だ。

 さっきのレースもそうだ。後半は息が上がって、最後にはフォームも乱れていただろう?

 これからのトレーニング次第では、2000メートルまでならギリギリ戦えるかもしれないが、そこから更に1000メートルも延長することはかなり難しい──とラスタルは見てるらしい」

 

 無理がある夢を見て中途半端な戦績で終わるか、距離適性に合わせて格の高いタイトルを狙うか。

 チームを持つトレーナーとしては、チーム全体の成績を上げることも重要になってくるので、当然後者が望ましい。

 そうした事情を抜きにしても、レースの戦績はそのウマ娘の将来をすら左右するモノなので、より格の高いレースを勝つに越したことは無い。

 リスクも難易度も高く、そのくせリターンが無いかもしれない方向に、担当するウマ娘を進ませることなどできないのである。

 

「──けど、アイツは三冠を目指してんだろ?

 考え方の違いかもしれねぇが、それはやっぱりおかしいんじゃねぇのか。挑戦すらさせずに、夢を諦めさせるなんてよ」

 

 ただ、オルガは納得が行かない様子だ。ガエリオはそれを見て、オルガに言った。

 

「だったら、お前がミホノブルボンのトレーナーになれば良い」

「……でも、もう決まっちまった後なんだろ?」

「引き抜け、と言うことだな。

 チームの移籍やトレーナーの変更は何度でもできるし、珍しいと言うほどのことでもない」

 

 マクギリスの言葉に、ガエリオは頷く。

 要するにミホノブルボンをラスタルチームからヘッドハンティングして、オルガが担当トレーナーになってしまえば、ミホノブルボンは短距離路線を歩まされることは無い。

 勿論、新人トレーナーのオルガが大ベテランかつ超一流のラスタルチームから、素質あるウマ娘を引き抜くことは相当難しい。特にミホノブルボンは、実績を評価してラスタルのチームを選んでいるわけで。

 

「やってみれば良いじゃん、オルガ。あの子も短距離には行きたくないだろうし」

「か、簡単に言ってくれるなミカ……」

「要は彼女を口説き落とせば良い。男の見せ所だぞ、オルガ団長」

「ラスタルチームの俺が言うのも何だが、どの道トレーニングは新人のイオクが見ることが多いんだし、やりようはあるんじゃないか?」

 

 それぞれ無責任な言葉を言い残して、マクギリスとガエリオはオルガと三日月を置いてコースを去った。

 オルガは傍らに残った三日月にもう一度視線を向けるが、三日月は火星ヤシをつまみながら手元の出走表に目を向けている。

 敢えて視線を逸らしてやがる、とオルガは親友にして相棒の三日月にすら見捨てられた気分である。

 

(───ラスタルって奴の考え方が間違ってるわけじゃねぇ。それは分かる。間違ってるわけじゃねぇんだが……俺は、どうすりゃ良いんだ)

 

 それ以降も選抜レースは行われ、オルガは最後のレースまで観戦したが、頭の中ではミホノブルボンのことがグルグルと回り続けていたのだった。




次走「運命の日、近づく」
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