マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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18R それぞれのデビュー戦

 日本ダービーが終わり、無敗の二冠ウマ娘トウカイテイオーの骨折が報じられた後も、当然ながら春のGⅠレースは予定通り開催された。

 春の総決算となるグランプリレース、GⅠ「宝塚記念」には、ガエリオが担当するメジロマックイーンが出走。メジロマックイーンは春の天皇賞を制した実績を評価され、一番人気でレースを迎えた。

 

「マックイーン」

 

 パドックからターフへ向かう地下バ道。

 悠々と歩くメジロマックイーンの前に、もう一人のメジロのウマ娘──メジロライアンが立った。

 

「……何か?」

「今日はあたしが勝つ。この距離ならあたしの方が強い」

 

 天皇賞(春)を制したことで、現役最強の称号を手に入れたメジロマックイーン。

 そんな彼女を真正面から見据えるメジロライアンの目は、幼馴染であるメジロマックイーンが見たことがないものだった。

 ならば──応えないわけにはいかないだろうと、メジロマックイーンは堂々と言い返した。

 

「相手が誰であろうと関係ありません。(わたくし)(わたくし)らしい走りをするだけです。そうすれば、結果は自ずと付いてくるでしょうから」

 

 京都芝2200メートルでのレースは、日本ダービーからの強行ローテを取ったクラシック級のウマ娘、イイデサターンが逃げる形。

 そして、これまで差しのレースを行っていたメジロライアンも、先行ウマ娘であるメジロマックイーンより前目につける、イレギュラーな展開で進んだ。

 

『メジロライアンも行きました! ライアン早くも先頭に立った、外からホワイトストーン!

 そして外からメジロマックイーン、メジロマックイーンも外から上がって来る!』

 

 更に、残り1400メートル地点──第3コーナー手前でメジロライアンが先頭に立ち、メジロマックイーンはそれを後ろから追いかける。

 春の天皇賞までとは真逆の展開で、宝塚記念は第4コーナーをカーブし、正念場に差し掛かった。

 

『ライアンか、1番のライアンか! この距離では負けられないかメジロライアン!

 さあ先頭は完全にライアン! ライアンが先頭だ! ライアン先頭!』

 

 最終コーナーの時点で、先頭はメジロライアン。

 メジロマックイーンはそれを後方から追いかけた、が───

 

『ようやくメジロマックイーンが差を詰めてきた! ようやくメジロマックイーン差を詰める!

 完全にライアン先頭だ! 2200メートルはこのウマ娘は強い! そしてマックイーン、マックイーン来た! マックイーン2番手!

 ライアンだライアンだ! メジロライアンだ!! ライアン1着!!!

 ライアン1着、そしてメジロマックイーンです!

 この距離では負けられないメジロライアン! マックイーンは2着!』

 

 完全に抜け出し、セーフティリードを取ったメジロライアンとの差は決定的なモノとなっていた。

 

 弥生賞を制してクラシック最有力候補とされながらも、結局クラシック級ではGⅠに届かず、シニア級以後もメジロマックイーンの後塵を拝し続けていたメジロライアンが、芝2200メートルのレコードホルダーとしての意地を見せた貫禄の勝利。

 宝塚記念の舞台で悲願のGⅠ初制覇を成し遂げ、クラシックで見込まれた素質が本物であったことを証明したのである。

 

 メジロマックイーンは春の天皇賞から1000メートルもの距離短縮でも2着に入ったことから、現役最強とまで呼ばれるようになったウマ娘としての力と安定感を見せたが、瞬発力の面で課題も見せるレースとなった。

 とはいえ、メジロマックイーンは元より圧倒的なスタミナとそれにより他のウマ娘を擦り潰すタフなレースを展開できることが最大の武器だ。

 ペースが流れなかった今回の宝塚記念は展開があまり向かなかったとも言えるので、ガエリオは「秋の天皇賞に向けて調整を進めるだけだ」と、悲観することなく意気込んでいる。

 

 

 一方、トウカイテイオーは。

 

「やっほートレーナー!」

 

 無事に退院し、トレセン学園に戻って来ていた。

 まだ松葉杖を突いていて、骨折した脚にはギプスと包帯を巻いている。とはいえ、まずは一歩前進だ。

 

「おかえり、トウカイテイオー。

 早速だが今後の話をしよう。目標とするレースは三冠最後の一冠、GⅠ『菊花賞』──京都の芝、3000メートルだ。

 復帰までのプランはこの通り、既に組んである」

 

 トレーナー室で執務机の前に座り、正面に立つトウカイテイオーに1冊のノートを見せる。

 ──少しばかり苦労はしたが、何とか完成させた。順調にこの通り進めば、本当にギリギリ、ギリギリで菊花賞には間に合う公算である。

 

「どれだけ順調に行こうと、復帰戦が菊花賞になる。……本当ならトライアルを挟みたいところなのだが、こうなっては仕方が無い。

 君にとっては休み明けで未知の距離になる。初の3000メートルに加え、数ヶ月のブランクも乗り越えなければ『三冠』には届かない。

 ───これまでとは比較にならないほどに、本当に厳しいレースになるだろう。覚悟は良いか?」

「勿論だよ。菊花賞に出られるなら、何だってする」

 

 少し声のトーンを下げて言った私の言葉に、トウカイテイオーは即答してみせた。トウカイテイオーの意志は非常に固い。

 

「まずは怪我を完璧に治さなければ、トレーニングを始められない。しかし、今の内にできることもある」

 

 と、私はトウカイテイオーに紙とDVDディスクを差し出す。トウカイテイオーは怪訝そうな表情で、それを受け取った。

 

「これ、何?」

「メモの方は書名だ。菊花賞に挑むに辺り、参考になりそうな本を私の方で見繕っておいた。図書館に行って『研究』をすると良い。DVDも研究に使うことができる、レース映像をまとめてある。

 長距離レースではポジションや仕掛けどころの重要性が更に増す。如何に不利やストレス無くレースを運び、何処で仕掛けるか──最適な選択ができるか否かが、最後の1メートル、10センチ、1センチに影響することになる」

 

 仮に怪我が無かったとしても、トウカイテイオーが3000メートルをこなせるかには不安がある。怪我が治った後も菊花賞に間に合わせるなら、かなり急ピッチで仕上げることになる。

 発揮できるパフォーマンスはダービーの時に遠く及ばない。ギリギリの戦いを強いられる。少なくとも、皐月賞やダービーのようにポジションにこだわらず大外をブン回すレースでは、絶対に勝てないだろう。

 

「トウカイテイオー。君の能力は今年のクラシック級のウマ娘の中では1枚抜けているが、それはあくまで君が万全である時は、だ。全てが上手く行ったとしても、君は本来の能力の80パーセントも発揮できれば上出来、という状態で菊花賞を走ることになる。

 当然、怪我なく菊花賞を目標にトライアルを使いながら調整し、100パーセント近いパフォーマンスを発揮できる状態で菊花賞を迎える他のウマ娘に比べれば、菊花賞での君の能力は一段落ちる」

 

 1つのミスも無くレースを運ぶのは最低条件。

 かつ、ある程度展開にも恵まれなければ、勝利を掴むことは難しい。運も味方につけなければならない。

 

「これまでと違い、菊花賞では作戦勝ちを狙わなければならない。そのために、コースの全てを頭に叩き込み、イメージを組み立ててみたまえ。

 勿論、詳細は出走メンバーが判明し、枠が決定するタイミングで詰めることになるが、現時点でどう3000メートルを攻略するかを考えること。そのメモに記した本とその映像は、あくまでヒントだと思ってくれ」

「────うん、分かった」

 

 何か思うかのような間を置いて、トウカイテイオーは頷く。ほんの少し、トウカイテイオーの瞳が揺らいだ気がしたが、私はそれを見逃すことにした。

 松葉杖を突きながらトレーナー室を去るトウカイテイオー。私はその小さな背と、揺れるポニーテールを見届けてから、ノートパソコンを開いた。

 

 

   ◇

 

 

 8月。三日月・オーガスとその担当ウマ娘ライスシャワーの姿は、新潟レース場にあった。

 時々不運による遅刻があったりもしたが、順調にトレーニングを積んだライスシャワーが、デビュー戦の日を遂に迎えたのである。

 

「遂にデビュー戦だな、ミカ」

「うん」

 

 なお、本来なら7月の札幌開催の開始頃にデビューする予定だったのだが、ちょうどライスシャワーが夏風邪で熱を出して体調を崩してしまったため、1ヶ月ズレ込む形になった。

 勇気を出して出走登録しようというタイミングでの出来事だったので、ライスシャワーはしばらく落ち込んでしまったりしたのだが。

 

「ライスシャワー、本当に大丈夫なのかよ?」

「大丈夫だよ。ライスは根性あるから」

 

 応援に駆けつけたオルガの言葉に、三日月はアッサリと返す。

 オルガと他愛のない話をしつつ、三日月はライスシャワーの待機する部屋のドアをノックし、入室して行く。オルガはそれを確認して、一足先にスタンドの関係者席に向かうことにした。

 

「……だ、だいじょうぶ……いっぱいトレーニングしたし、がんばるって決めたんだし……うう……」

 

 部屋の中には、体操服に着替えてゼッケンを付けたまではいいが、不安を隠しきれない様子でちんまりと椅子に座るライスシャワー。

 三日月はライスに近寄り、ライスの震える手の片方を右手で取る。

 

「ト、トレーナーさん……?」

「もうすぐ時間だよ。行こう」

 

 そのままライスを引っ張るように立たせて、手を取ったまま歩き出す三日月。ライスシャワーは少し困惑したような表情を見せるが、三日月について行く。

 

「──ライスは大丈夫。絶対に勝てるから」

 

 パドックへ繋がる地下バ道を歩きながら、三日月は振り向かずにそう言った。

 パドックのステージの裏側、カーテンの裏までたどり着いた時、ライスは三日月の言葉に応えるように、三日月の手を離してハッキリと口にした。

 

「……行って、来ます!」

 

 自分の横を通り過ぎ、堂々とパドックに出て行くライスシャワーの背中を見届けて、三日月もオルガの待つスタンドへと移動した。

 そして、本バ場入場とゲート入りを経て、遂にレースがスタートする。

 

『態勢完了、スタートしました! 好スタートをライスシャワーが切りました!』

 

 八番枠から素早くゲートを飛び出し、一気に先頭に立つライスシャワー。そこから迷いなく、バ場の外へと斜めに走って行く。

 コースは芝1000メートル、コーナーが1つも無い一直線。ファンの間では「千直」と呼ばれ、親しまれるコースだ。

 

「良し」

 

 ライスシャワーの絶好のスタートに、三日月は満足げに頷いた。表情があまり変わらない三日月だが、その機微を相棒のオルガは感じ取り、三日月に言う。

 

「外に一気に行くのは作戦か?」

「うん。難しく考えるのは好きじゃないけど、ライスと一緒に考えた」

 

 新潟レース場の千直は、枠による有利不利が極端にある。外枠が絶対有利、内枠は引いた時点でほぼ絶望的──といった具合だ。

 今更言うまでもないが、バ場の内側は多くのウマ娘が走るため、開催の終盤になるほど掘れて荒れる。そのため、千直では他のレースでほとんど使われない外ラチ沿いにウマ娘が集まることになる。

 内枠から出てバ場の外側に向かうのと、外枠から出てそのまま真っ直ぐ走るのでは、当然ながら真っ直ぐ走るだけで済む外枠が断然有利になる。

 また、ポジション争いの際、内枠のウマ娘が外ラチ沿いに持ち出すのも困難である。

 

「ライスにはスタミナがあるから、スタートダッシュを決めたらずっと速く走って、外側に行く。そうすれば勝てるって」

「……スタミナがある、ってお前──それは長い距離の方が良いってことじゃねぇのか?」

「ずっとスパートできるなら勝てるでしょ」

「んなムチャな」

 

 オルガは三日月の理論に思わずツッコミを入れるが、そうこうしている内にもレースは半分が過ぎている。

 千直の決着タイムは1分を切る。残り600メートルを過ぎ、他の距離設定でも使われる新潟の長い直線コースに入って来た。

 

『400を切りました、大外ライスシャワーで3人競り合いです!』

(──ライス、ずっと自分のことが嫌いで……ドジで、ダメな子で……だけど!)

 

 道中を3番手で追走したライスシャワーが、スパートをかけて一気に先頭に並びかけて行く。

 しかし、他の2人も譲らない。3人が並んだまま、200メートルのハロン棒を通過する。

 

『内でもう一度ダイイチリュウモンが差し返しを図って、200を切った!』

(このままは嫌で、ライスだって……みんなを笑顔にできる、そんなウマ娘に……!)

 

 3人の内、一番内側を走っていたウマ娘が失速。

 ライスシャワーともう1人のウマ娘はなおも並んだまま。激しい先頭争いだ。

 

「ライスは……ライスはなるんだ!!」

『ライスシャワーがわずかに出ている! ライスシャワーわずかに出ている!

 ライスシャワー先頭! ライスシャワー、ゴールイン!! ライスシャワーです!』

 

 ほんの少し失速する内のウマ娘に対し、ライスシャワーは譲らずに先頭へ躍り出た──ところで、ゴール板の横を通過した。

 2着のウマ娘に半バ身差ほど付けてのゴール。ライスシャワーが能力と意地で押し切ったような形だ。

 

『激しい争いとなりました3レースのメイクデビューですが、一旦は先頭に立つも道中は控えたライスシャワーが、3番手から鮮やかに差し切りました! 競り合いを制しています!』

「はぁ、はぁ……やっ、た……」

 

 内バ場の着順掲示板に目をやって、ライスシャワーは安心と喜びで破顔する。

 壮絶な競り合いとなったことで、観客のテンションもメイクデビューとは思えないほど上がっていた。

 拍手と歓声がライスシャワーの勝利と、ウマ娘たちの健闘を祝福している。

 

「やった……やったよ、お兄さま……!」

「うん。おめでとう」

 

 笑顔で手を上げて、三日月の方へ駆け寄るライスシャワー。三日月も口元と目元を緩めて、ライスシャワーに賛辞と拍手を送る。

 同じく拍手しながらも、三日月の隣でレースを見守っていたオルガは、ライスシャワーの言葉が少し気になったようだ。

 

「……『お兄さま』って何のことだ、ミカ?」

「何それ? 急にどうしたの、オルガ」

「ふえっ!? い、言っちゃってた……? ご、ごめんなさい……!」

 

 オルガに問われた三日月が首を傾げると同時、ライスシャワーは驚いて謝罪した。

 尚更よく分からず、三日月が「何で謝るの?」と聞くと、ライスシャワーはたった今レースに勝ったとは思えないほど弱々しく、説明する。

 

「あ、あのね……トレーナーさんが、絵本で見た『お兄さま』みたいだなって、ライス思ってて……それで、思わず言っちゃったみたい……ごめんなさい、その……」

 

 頭を下げるライスシャワー。

 それに、三日月は「謝らなくていいよ」と返す。

 

「ライスがそう呼びたいなら、呼べばいいじゃん」

「い、いいの……? ホントに……?」

「うん。オルガだってミカって呼んでるし、何でもいいよ」

 

 三日月がそう言うと、ライスシャワーは明るい満面の笑顔を浮かべた。

 

「あの、改めてよろしく……お兄さま!」

「俺の方こそよろしく、ライス」

 

 その後、ライスシャワーは9月初週のGⅢ「新潟ジュニアステークス」に出走し、重賞初挑戦。

 芝1200メートルが舞台となったここでは、距離適性と完成度の差が出たか、11着に敗れてしまったが──夏の新潟で、ライスシャワーはデビュー戦を勝利で飾ることができたのだった。

 

 

   ◇

 

 

 一方、オルガが担当するミホノブルボンは、9月の中京レース場でデビューすることになった。

 舞台は芝1200メートル。ミホノブルボンが目指すクラシック三冠のために、もっと長い距離でデビューすることもオルガは考えたが、今はまだこなせる距離を少しずつ伸ばしている段階である。

 現時点でも1600メートルまでは行けると思われるも、デビュー戦では盤石を期した方が良いだろうとオルガは判断した。

 

(ブルボンは選抜レースからずっと、正確なペースでの「逃げ」をやって来た。千二で負けることはねぇハズだ)

 

 オルガはスタンドで固唾を飲んで発走を待ちながら、レース前に立てた作戦を脳内で確認していた。

 中京レース場を選んだのは時期の問題もあるが、同じ左回りの日本ダービーを意識してのことだ。去年、マクギリス・ファリドも同じ理由で、トウカイテイオーのデビュー戦に中京を選んでいる。

 オルガとしてはマクギリスを真似るようで少し癪ではあったが、それはそうと使えるアイデアは使うべきだろう。

 

『中京6レース、ジュニア級メイクデビューです。 

 スタートしました! 13人が第3コーナーへ向かいます!』

 

 ゲートが開き、レースが始まった、が───

 

「な……!」

(──バッドステータス「出遅れ」を獲得)

 

 ミホノブルボンは、あろうことかスタートで出遅れてしまった。

 スプリント戦であるため、周りのウマ娘はどんどん前へと進んで行く。3番枠と内の枠を引いていたミホノブルボンは、前へ行くことができずにポジションを下げてしまう。

 

(ま、まずい──!)

 

 オルガの頬に、思わず冷や汗が流れた。

 スプリントにおいては、出遅れの悪影響が大きい。挽回が効きにくいのだ。

 無論、距離に関係無く出遅れは避けるべきだが、こと逃げウマ娘のミホノブルボンにとって、出遅れとは即ち逃げられなくなることを表している。これが最もまずい。

 

『内を突きましてはミホノブルボン。ミホノブルボンは後ろから数えて3、4人目であります。間もなく4コーナーのカーブにかかって参りました』

 

 後方3、4番手を追走するミホノブルボン。

 ここまで下がってしまうと、最早追い込みだ。そして、早くも先頭集団は四コーナーへ差し掛かろうとしている。

 

(まずい、まずい……内枠で出遅れたら逃げられねぇことなんて分かってたハズなのに、ゲートの練習なんてしてなかった……!)

 

 オルガが軽く絶望感を抱き始めていた一方、ミホノブルボンは平静を保って思考を巡らせている。

 

(プラン「逃げ」は遂行不可能。現ポジション、ほぼ最後方。私の通過タイムは平均ペースよりかなり遅いと認識。

 データ検索、中京レース場の直線は約412メートル。直線入口から残り200メートル地点までには高低差2メートルの坂。直線が長いことから、プラン「追込」は充分に通用するコースであると判断)

 

 4コーナーのカーブ。デビュー戦であるからか、他のウマ娘たちが大きく外へ膨れてカーブしたことで、内を走っていたミホノブルボンの前に進路が現れた。

 迷いなく内ラチから4人分くらいの位置を走り、ロスの少ないコーナリングで最後方から一気に中団付近までポジションを押し上げることに成功したミホノブルボンは、直線に向いて坂に差し掛かると同時に、右脚を力強く踏み込んだ。

 

(坂路ダッシュには慣れています。先頭までは50メートルから100メートルほどと推定──オペレーション「スパート」を開始します)

 

 残り400メートル地点から、ミホノブルボンは一気に加速した。

 先行した他のウマ娘たちの脚が若干鈍った一方で、坂をものともせずに加速しながら駆け上がるミホノブルボン。1完歩ずつ、瞬く間に先頭集団との距離を詰めて行く。

 

『ミホノブルボンがぐんぐん差を詰めて、一気に先頭に立とうという勢いでありますが、内からはホウエイセイコー、そしてミホノブルボン!』

 

 内で粘るウマ娘たちを、ミホノブルボンは並ぶ間もなく抜き去って行く。先頭で粘り込みを図ったウマ娘も、鈍ることの無い末脚によって競り落とした。

 

『並んだ、かわした! ミホノブルボン先頭、ゴールイン!!

 差し切りましたミホノブルボン、人気に応えています!』

「先頭でゴール地点に到達。──勝利です」

 

 ミホノブルボンが先頭に立ち、1着でゴール。

 まさかの出遅れ、からの追込によって勝利したミホノブルボンは、息を整えてオルガの下へ歩み寄る。

 

「マスター、デビュー戦に勝利しました」

「──ああ。出遅れちまった時はヒヤッとしたが、すげぇな。おめでとう、ブルボン」

「『称賛』を確認。ありがとうございます。今回はプラン通りとは行きませんでしたが、次はプラン通り逃げて勝ちたいと思います。

 これからもよろしくお願いします、マスター」

 

 一礼し、地下バ道へ消えて行くミホノブルボン。

 その背中を見送りながら、オルガは感心していた。

 

(出遅れても慌てずに、すぐ作戦を切り替えて完璧に差し切り勝ち──すげぇウマ娘だ)

 

 とてもデビュー戦とは思えないほど、ミホノブルボンの判断は冷静だった。

 出遅れたことに焦り、捲って行ったり大外に持ち出したりする無茶なレースをしていたなら、ミホノブルボンは今日勝てなかっただろう。作戦について自分が教えることなど無いのではないかとさえ思えてくるほど、ミホノブルボンは完璧なレースをした。

 また、正確無比なタイムを刻んで後ろをすり潰す逃げこそがミホノブルボンの強みだとオルガは思っていたが、今日はキレる末脚を披露した。

 如何なるレースにも対応できる高い能力がミホノブルボンにはあるのだと、オルガは再認識させられた。

 

「……こりゃ、俺も気合いを入れ直さねぇとな」

 

 もしかすれば、ミホノブルボンのクラシック三冠には「無敗」の二文字さえ付くかもしれない。

 今日のミホノブルボンの走りと、走破タイムの上に「レコード」の赤い文字が点った着順掲示板を見て、オルガは改めて気を引き締めることになるのだった。




ライスシャワーのデビュー当時の新潟芝1000mはコーナーのある右回りでしたが、現在の新潟芝1000mはみんな大好き(断言)千直。本作では現在のコースに合わせています。
また、史実でのミホノブルボンの新馬戦は中京芝1000mでしたが、現在の中京には芝1000mのコース設定が無いため、芝1200mに変更しています。


次走「菊花賞には」
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