マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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19R 菊花賞には

 トウカイテイオーのクラシック級は9月に入った。

 秋のGⅠに向けてのステップレースとなる重賞が組まれている時期、クラシック三冠最終戦たるGⅠ「菊花賞」の優先出走権が付与されるトライアルレースも、東西で計3つ行われた。

 

 関東は、中山レース場芝2200メートルのGⅡ「ラジオ日本賞セントライト記念」。

 初代三冠ウマ娘の名を冠したレースである。

 

 注目は夏の福島レース場で行われる芝1800メートルのクラシック級GⅢ「ラジオたんぱ賞」を勝ったツインターボ。

 そして、日本ダービーで2着に入ったレオダーバン。

 どちらも秋初戦となり、人気も集めた──が。

 

『ツインターボ逃げる! ツインターボ逃げる! レオダーバンどうだ! レオダーバン、追いかけて来たが届きません!!

 真ん中を伸びたストロングカイザー、ツインターボを差し切っています! レオダーバンは2人を捉えることができませんでした!』

 

 勝ったのはストロングカイザー。

 13人中8番人気の伏兵で、その前まではダービー当日の2勝クラスでの勝利しかなかったウマ娘が激走を見せ、逃げ粘ったツインターボは2着。4番手から差し切りを狙ったレオダーバンは3着に敗れた。

 レオダーバンは青葉賞で、ツインターボはラジオたんぱ賞で下したハズの相手に足を掬われた形だ。

 ストロングカイザーはクラシック登録が無く、本番の菊花賞には出走できないそうだが、思わぬ波乱劇はトウカイテイオーのいない今年のクラシック級の混戦模様を浮かび上がらせるかのような結果となった。

 

 関西ではGⅡ「神戸新聞杯」が、中京レース場の芝2000メートルで施行。

 こちらには皐月賞、ダービーにも出走していたウマ娘が多く出走していたが、夏に勝ち上がってきたロングタイトルというウマ娘が制覇した。

 

 そして10月。

 京都芝2200メートルを舞台に、最重要トライアルのGⅡ「京都新聞杯」が行われた。

 

 1番人気はダービー直前の怪我から復帰し、ここが秋初戦となったジュニア級王者のイブキマイカグラ。

 夏のシニア級重賞である小倉芝2000メートルのGⅢ「小倉記念」を制し、夏の上がりウマ娘として一気に名を挙げたナイスネイチャが2番人気。

 皐月賞2着の実績があるシャコーグレイドは、3番人気の支持を受けた。

 

『イブキマイカグラ先頭! ナイスネイチャ突っ込んで来る! ナイスネイチャ突っ込む! ナイスネイチャか! かわした!! ナイスネイチャ1着!!』

 

 レースは追込ウマ娘のイブキマイカグラが第3コーナーから早くも捲り、最後の直線を迎える頃には既に先頭に立っているという予想外の展開。

 場内が騒然とする中、内からバ群を割って来たシャコーグレイドと外から先頭で粘るイブキマイカグラ、この2人をナイスネイチャが大外から一気に差し切ったところでゴール板を通過した。

 

 1着はナイスネイチャだが、シャコーグレイドとイブキマイカグラが着差無しの2着──同着となった。

 

 人気上位のウマ娘たちがしっかりと強さを見せつけた一方で、着差がそれほど開くことはなく、2着は同着。

 こちらもトウカイテイオー不在のクラシックの混戦模様を印象づける結果となった。

 

 以上を以て、菊花賞のトライアルレースは終了した。

 菊花賞への優先出走権を獲得したのは、クラシック登録が無いストロングカイザーを除き、ツインターボ、レオダーバン、ロングタイトル、フジアンバーワン、ヤマトスフィンクス、ナイスネイチャ、シャコーグレイド、イブキマイカグラの8人。

 ツインターボは菊花賞の逃げ切りは難しいと判断されたためか、ラジオたんぱ賞と同じ福島レース場のGⅢ「福島記念」に出走することが発表されている。

 ヤマトスフィンクスも回避予定とのことだが、それ以外の優先出走権を持つウマ娘は全員が菊花賞に進む予定だ。

 

 

 菊花賞まで、残り1ヶ月。

 春のクラシック二冠を無敗で制し、骨折するも菊花賞を目標としているトウカイテイオーは───

 

(────まだ、走ることすら不可能とは)

 

 ──菊花賞に向けて順調、などとは口が裂けても言えない状況にあった。

 

 分かっていた。最初から、こうなるであろうということは。

 医者の見立てでは、トウカイテイオーの骨折は全治6ヶ月だった。ダービーから5ヶ月──食事の試行錯誤やトウカイテイオー自身の懸命の努力により、骨折自体はもうすぐ治るという。

 既にギプスは取れていて、完治は目の前。レースへの来年の春と見られていたが、早ければ来年の2月頃には出られる状態になるかもしれない。本格的なトレーニングももうすぐ行えるようになる。

 

 しかし──治療で衰えたトウカイテイオーの身体を鍛え直し、GⅠを勝てるレベルにまで持って行くために、菊花賞まではあまりに時間が無さ過ぎる。

 

 菊花賞は芝3000メートル。クラシック級の誰もが経験したことの無い、未知の長距離レースである。

 トウカイテイオーも例に漏れず、日本ダービーの芝2400メートルまでしか経験が無い。

 それに恐らく、私が見る限り彼女のベストな距離は2400メートル。3000メートルはかなりギリギリの距離になるハズだ。

 

(……そもそも、医者からオーケーが出るわけがない)

 

 トレーナー室の執務机の前に座り、トウカイテイオーを菊花賞に出すために組んだプランを睨む。今、私の表情はきっと険しくなっているのだろう。

 

 ハッキリ言ってしまえば、トウカイテイオーの菊花賞出走は不可能である。

 

 骨折完治までは半月ほどだが、そこから半月でトウカイテイオーの状態をダービーと同等まで戻すことは絶対にできない。

 万全の状態でも勝てるかは分からないのが菊花賞。万全でない状態で挑んで勝てるかどうか──それは言うまでもないことだろう。

 間に合ったとしても勝利は難しい上に、間に合わせようとすれば少なからず無理のあるトレーニングを彼女に課さなければならなくなる。その結果、再び故障してしまう可能性も大いにあるし、急ピッチのその場しのぎの仕上げで勝てるほど、GⅠは甘くない。

 

(……告げなければならない。トウカイテイオーに。

 菊花賞を──「無敗の三冠」を、夢を諦めろと)

 

 それが、トレーナーとしての責務だ。

 全ての責任は私、マクギリス・ファリドにある。

 

(───しかし……)

 

 彼女は──トウカイテイオーはシンボリルドルフに憧れ、「無敗の三冠」を達成するためにこの学園に入って来た。

 これまで膨大な時間を、全てを「無敗の三冠」のために捧げて来た。

 私は彼女の思いの強さを、その本気さを、積み重ね続けて来た努力を知っている。尊敬すらしている。

 

 それでも、言わなければならない。

 「君は菊花賞には出られない」──と。

 

 全てを捧げて来た夢を捨て去れと。

 挑み、玉砕することすらできないのだと。

 「無敗の三冠」のためにやって来た、これまでの全てが報われることは、決してないのだと。

 

 まだ幼さの残る少女であるトウカイテイオーにとって、その宣告が如何に(むご)いことか。

 どれほど残酷なことなのかは、考えるまでもない。

 彼女の悲しみが、嘆きがどれほど大きいものになるのかなど、考えたくもない。

 

「───フ。この俺が、感情のために悩まされることになるとはな」

 

 自嘲するように笑ってみるが、だからといって何が変わるわけでもない。

 かつてならば「生ぬるい感情」という一言で片付けていただろうが、今となってはそうもいかなくなってしまった。見えているモノを見ないようにしたところで、得られるモノなど何も無いということは、前世(?)で分からされている。

 

 私が今、トウカイテイオーにしてやれることは一つ──彼女の悲しみも嘆きも受け止め、三冠を達成させるという約束を果たせなかった、その責任を取ることだけである。

 

 結果を出せなかった以上、彼女が望むならば契約解除もやむを得ないことだ。

 彼女を欲しがるチームはいくらでもある。トウカイテイオーならばすぐに新しい、もっと良いトレーナーを見つけることができるだろう。彼女は強い。何も心配することは無い。

 

(今日は、トウカイテイオーとミーティングを行うことになっていたか。

 ──彼女には、その場で宣告しよう)

 

 そう決断し、私はトレーニングプランの書かれた紙束を置き、卓上の時計を眺めるのだった。

 

 

   ◇

 

 

 昼休み。

 トレセン学園内の食堂を訪れたトウカイテイオーは、1人で昼食のプレートを置いた机の前に腰掛けて、自分の脚を見下ろした。

 怪我はもうすぐ治る。予定より早い回復だが───

 

(───菊花賞、間に合うかな)

 

 トウカイテイオーの胸中には不安ばかりが積もっていた。

 彼女のトレーナーは間に合わせる、と言っていた。そのために色々と手を回してくれたし、毎夜トレーナー室には(あか)りが遅くまで(とも)っていることも知っている。

 トレーナーを疑う気は無い。彼女は自分が選んだ、自分を見初めてくれたトレーナーを信じている。彼女自身も、きっと菊花賞には出られるだろうと信じている──が。

 

(なんか……モヤモヤするなぁ)

 

 菊花賞のトライアルレースを走るライバル達を見てから、トウカイテイオーの心にはモヤモヤしたものがあった。

 そのモヤモヤが何なのか、トウカイテイオーには分からない。何となく、納得が行かないような──と言うのが正しいのかは分からないが、とにかく腑に落ちないような、不思議な気持ちがあるのだ。

 

「ここ、良い?」

 

 そんなトウカイテイオーに近づき、話しかけてきたウマ娘が1人。トウカイテイオーは顔を上げ、彼女に頷きを返す。

 

「勿論良いよ、ネイチャ」

「ありがと」

 

 ナイスネイチャ。先日、菊花賞トライアルのGⅡ「京都新聞杯」を制し、本番でも有力候補と見なされているウマ娘だ。

 そんなナイスネイチャは、トウカイテイオーの目の前に座ると、意を決したように真っ直ぐな視線をトウカイテイオーに向けて来る。

 

「……ど、どうしたのさネイチャ」

「テイオー。アタシ、菊花賞に出るよ」

「───うん、知ってる……けど」

 

 普段どこか緩い雰囲気を漂わせるナイスネイチャだが、今日は断固とした表情だ。トウカイテイオーは少し困惑しながらも、彼女の目に吸い込まれるような感覚を覚えた。

 

「アタシはテイオーみたいにキラキラしてないけどさ──でも、今回は誰にも譲らない。菊花賞で、アンタを追い抜いてみせる」

 

 それは、ナイスネイチャからの宣戦布告だった。

 トウカイテイオーはしかし、その言葉に何も返せないまま、ただ目を見開いている。

 

「────────」

「……あれ? テイオー?」

 

 応じる言葉が返って来ることを想定していたナイスネイチャは、トウカイテイオーの意外な反応を受け、怪訝そうにトウカイテイオーの顔を見つめる。

 その様子を傍から見ていたらしい2人のウマ娘が、ナイスネイチャと同じようにトウカイテイオーの座る机のところにやって来た。

 

「宣戦布告なら、僕もさせてもらおう! 皐月賞ではお主に遅れを取ったが、京都外回りの菊花賞は同じようには行かんぞ!」

「この夏、ワタシなりに鍛錬を積み重ねて、強くなったつもりです。最後の一冠はワタシが頂きます」

 

 春のクラシックでトウカイテイオーと戦った、イブキマイカグラとシャコーグレイドである。

 二人はこのようにトウカイテイオーに宣戦布告した後、同様に京都新聞杯で2人に先着したナイスネイチャにも宣戦布告を行う。

 

「お主にも負けん、本番ではお主を更に後ろから差し切ってやろう!」

「ワタシもイブキさんと同意見です。シニア級ウマ娘にも勝っている貴女は、確かに強い──ですが、先日のレースはあくまでもトライアル。

 本番は同じようには行きません」

「あ、あはは……お手柔らかに……」

 

 闘志に燃える2人の圧に押され、ナイスネイチャは苦笑い。ナイスネイチャからしてみれば、彼女たちは春の時点から自分とは縁がないと思っていた世界で走っていたキラキラウマ娘たちだ。

 そんなウマ娘たちにいきなり一目置かれ、どうにもむず痒いと言うか、やりづらい気分だった。

 

「……これは、何の集まりですか?」

 

 京都新聞杯組が言い合っているところに、また1人ウマ娘が現れる。

 ダービーで2着に入った後、東の菊花賞トライアルたるセントライト記念で3着となったレオダーバンである。

 

「トウカイテイオーに宣戦布告をする会だ!」

「いや、会を結成した覚えは無いんですが」

「なるほど。そういうことなら、私もトウカイテイオーには宣戦布告をしなければ。

 トウカイテイオー。怪我はもうじき治ると聞きました。菊花賞に間に合うかはまだ分からない、とも聞いていますが──ダービーの借りは、必ず返させてもらう」

 

 勝算は十分、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるレオダーバン。

 ナイスネイチャ、イブキマイカグラ、シャコーグレイドの3人にも鋭い視線を送る。

 

(……そっか)

 

 宣戦布告の言葉を投げかけ合い、視線をぶつけ合って火花を散らすライバル達の姿を見たトウカイテイオーは、もう一度自分の脚を見下ろした。

 

(そういうこと、だったんだ)

 

 彼女の胸の中にあったモヤモヤは、もう無くなっていた。

 

 

   ◇

 

 

 夕方。

 西日が窓から差し込むトレーナー室で、マクギリス・ファリドは執務机の前に座り、トウカイテイオーを待っていた。

 

(少し遅れる、のだったか)

 

 昼間、トウカイテイオーから「用事ができたからミーティングは少し遅れるかも」とのメッセージを貰っている。用事とは何だろうか、と少し気になりはしたが、彼女にもプライベートというものはあるだろう。

 練習が佳境というわけでもない──菊花賞1ヶ月前にそんな状況なのは歓迎すべきことではないが──ので、多少時間が遅れても問題は無い。

 

(さて──菊花賞は無理だ、とどう伝えるべきか)

 

 その結論が出た午前からの数時間で、マクギリスの中での諦めは無理矢理ながらひとまずつかせた。

 マクギリスは何とか諦めがついたが、トウカイテイオーがそう簡単に諦められないであろうことは、マクギリスも分かっている。

 むしろ、絶対に諦めないところが彼女の良いところである。怪我をした直後、絶望的な宣告をされた時も彼女は諦めようとしなかった。その精神力、根性もトウカイテイオーの大きな強みだ。

 

 考えたところで、恐らく結論は出ない。

 出たとこ勝負で行くしかないかもしれない、とは思っているが、彼女をできる限り傷つけたくはない。

 

 悩んでいる内に、トレーナー室のドアが外からノックされた。

 マクギリスが入室を促す言葉を告げると、ドアが開いて、トウカイテイオーが入って来る。

 

「トウカイテイオー。今日は随分と静かな登場だな」

 

 普段なら扉を勢い良く開けて入って来るのだが。

 マクギリスはトウカイテイオーの様子が少し違うことを感じ取りつつ、彼女に言葉をかける。しかし、それでもトウカイテイオーはいつもと違う様子だった。

 

「───トレーナー。ミーティングの前にさ、ボク、言いたいこと……というか、決めたことがあるんだけど、良いかな」

「……ああ」

 

 いつもの明るい彼女の態度と比べると、あまりにも重々しく、トウカイテイオーは口を開いた。

 マクギリスは真剣な眼差しを向け、トウカイテイオーの言葉を待つことにした。

 

 一瞬、唇を引き結んだ後──トウカイテイオーが発した言葉は、マクギリスを驚かせるモノだった。

 

 

「ボクは、菊花賞には出ない」

 

 

「────な」

 

 マクギリスは唖然とした。

 そんな言葉が、あのトウカイテイオーから出て来るなんて、マクギリスは思ってもみなかった。

 

 そればかりか、トウカイテイオーは──無敗の三冠を、夢を諦めると言っているトウカイテイオーは、ほんの少し笑みを浮かべてすらいた。

 その笑みの意味が、何故そんなことを自分から言い出したのか、マクギリスには理解できなかった。

 

「バ、バカなことを。いきなり何を───」

「さっき、病院に行って来たんだ。それで、医者の人に聞いてみたんだ──ボクは、菊花賞に出られるのかって。

 答えは『ノー』だった。……トレーナー、最初に言ったでしょ。医者に止められたら、諦めるって」

 

 遅れるかも、と連絡して来た理由はそれかとマクギリスは察する。いや、そんなことはどうでもいい。

 確かにマクギリスは言った。直前までやれることをやり、それでも医者に止められたなら、菊花賞への出走は諦めろと。

 

「それは、その通りだが──しかし、まだ一ヶ月もある。怪我はもうすぐ治る。まだ、やれることはあるはずだ。諦めるなんて、君らしくもないだろう」

「例え出られたとしても、万全の状態にはならない。そうでしょ?」

「───それも、その通りだが」

 

 トウカイテイオーの言葉に、マクギリスは頷くしかない。怪我が完治し、万事が上手く運んだとしても、トウカイテイオーを菊花賞までに良いコンディションに持っていくのは難しい。

 

「──今日の昼休みにさ、菊花賞に出るみんなと話したんだ。みんなは夏の間もずっとトレーニングして、前哨戦も走って、万全の状態で菊花賞に出る。

 みんな本気で、自分の全部を菊花賞にぶつけて来る。全力で菊花賞を勝ちに来る。

 でも、ボクは無理なんだ。菊花賞に出られたとしても、今のボクには全力で菊花賞を走ることなんて……本気の勝負なんて、できない。

 そんな状態でみんなと一緒に走るなんて、みんなに失礼だよ。みんなをバカにするみたいなことでしょ」

 

 ナイスネイチャも、イブキマイカグラも、シャコーグレイドも、レオダーバンも──菊花賞に出るウマ娘全員が、一生に一度の晴れ舞台、ただ一つの栄冠を掴むために全力を注いでいる。

 彼女たちの真っ直ぐな目を見て、トウカイテイオーは思ったのだ──全力を出せない今の状態で、彼女たちと一緒に走って、勝負しようなんておこがましいことだと。

 

 全力で、本気でぶつかって来る相手には、同じように応えなければならない。

 

 それができないのなら、出る意味なんて無いと。

 トライアルレースを見てからずっとモヤモヤしていたのは、全力の相手に全力で返せないにも関わらず、同じ舞台に立つことに納得できなかったからだ。

 

「だから、ボクは菊花賞には出ない。走るなら全力で、本気で走れるようになってからにしたいって、みんなの言葉を聞いてて思ったんだ。

 ──色々頑張ってくれたのにごめんね、トレーナー」

 

 トウカイテイオーの言葉を聞き届けて、マクギリスは目を伏せた。

 

「謝る必要など無いさ。君が考えて決めたことだ。

 ……すまない、トウカイテイオー。私の力不足で、君に夢を果たさせることができなかった」

 

 頭を下げるマクギリスに、トウカイテイオーは気にしてない素振りで言う。

 

「トレーナーのせいじゃないよ。怪我をしたのはボクなんだからさ。──こんなボクでも、これからも支えてくれる?」

「──勿論だ。君が良いと言うならば、全力でトレーニングをつけさせてもらうよ」

「うん、よろしく!」

 

 歯を見せて笑い、トウカイテイオーはクルッと回って、マクギリスに背を向けた。

 それから両手の指を腰の後ろ、尻尾の辺りで軽く絡ませて、マクギリスに改めて切り出した。

 

「あのさ、トレーナー。お願いがあるんだけど」




次走「三冠目」
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