マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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22R 見据えるは春の盾

 年が明け、トウカイテイオーはシニア級を迎えた。

 「無敗の三冠」を目指した昨年のクラシック級は、無敗で二冠目の日本ダービーを制しながら、無念の故障離脱。三冠はならなかったが、トウカイテイオーは未だ6戦6勝───無敗を守っているウマ娘であることに変わりはなく、シニア級となっても現在のトゥインクル・シリーズの中心として注目される存在だ。

 

 無敗三冠に代わり、「生涯無敗」を新しい目標として掲げた彼女は、シニア級での逆襲を誓って日々トレーニングに励んでいる。

 年末年始の休みが終わり、早朝のトレセン学園のトラックコースには、毎日のように走るトウカイテイオーの姿があった。

 

(……良し。だいぶ戻って来た)

 

 ウッドチップコースを軽く1周し、トウカイテイオーは白い息を吐く。リハビリはとても順調だ。

 そんなトウカイテイオーに近づく、芦毛のウマ娘が一人。

 

「明けましておめでとうございます、テイオー。早いですわね」

「マックイーンこそ、もうトレーニングなの?」

 

 メジロマックイーン。

 既にGⅠを2勝しており、昨秋の秋シニア三冠も皆勤した、現役最強とも呼ばれるウマ娘である。

 

「ええ。秋は思うような結果が出ませんでしたから。これ以上の失態を晒すわけにはいきません」

「怪我したボクが言うのも何だけど、秋のマックイーンはなーんか、運が悪かったよね。天皇賞もそうだけど、有馬記念も───」

「……認めたくはありませんが、返す言葉も無いですわ」

 

 トウカイテイオーの言葉に、メジロマックイーンは反論できず口を紡ぐしかなかった。

 

 1位入線もまさかの降着処分となった天皇賞(秋)、スローペースになり展開が向かず4着に敗れたジャパンカップ──秋シニア三冠の内、二冠を落としてしまったメジロマックイーン。

 現役最強として復権を誓って挑んだのが、秋シニア三冠最後の一冠にしてトゥインクル・シリーズ1年の総決算、GⅠ「有馬記念」だった。

 

 昨年末の有馬記念は、ハッキリ言ってメジロマックイーン一強のメンバーになった。

 いずれも天皇賞(秋)とジャパンカップでメジロマックイーンが置き去りにしたウマ娘か、GⅠ「マイルチャンピオンシップ」などから参戦した、そもそも距離が合わないであろうウマ娘ばかり。

 メジロマックイーンは確勝と見られ、またも圧倒的な1番人気に推された。

 

 しかし───やはり、メジロマックイーンは天運に見放されていた。

 

『ダイユウサクだダイユウサクだ!!

 これはビックリ、ダイユウサクッ!!!

 マックイーンは2着!!』

 

 当日は15人中の14番人気、前走は重賞ですらないマイルのオープン特別という伏兵中の伏兵、ダイユウサクが一着。

 経済コースをスルスル通った彼女は、バ場の最内から末脚を伸ばして抜け出し、メジロマックイーンを寄せ付けずに先頭でゴールに飛び込んだ。

 しかも、走破タイムは2年前にイナリワンが記録したタイムを上回る日本レコード。ダイユウサクのトレーナー以外、誰も予想しなかった結末を見た。

 

「──正直、彼女に負けるとは全く思っていませんでした。失礼かもしれませんが、100回走れば99回は(わたくし)が勝つレースでしょう。

 なのに、残りの1回を土壇場で引き当てられた……お見事ですが、悔しいレースになりましたわ」

 

 だからこそ、もっと私は強くならなければならないのです──と、メジロマックイーンは言う。

 100回やったら100回勝てるように。見ている者に退屈だとすら思わせる、圧倒的な走りをしなければならないのだと。

 

「春の天皇賞こそ、落とすわけには行かない。メジロの名に恥じない走りをして、ずっと応援してくれているファンの方々にも応えなければなりませんわ」

「……やっぱり、春の目標は天皇賞なんだね」

「勿論です。天皇賞初の連覇がかかっていますもの。天皇賞(春)は、(わたくし)たちメジロ家にとっての至上命題にして究極の目標──一度手に入れた(もの)を、手放すつもりはありません」

 

 惜しくも天皇賞春秋連覇はならなかったものの、天皇賞(春)連覇となれば史上初の快挙となる。

 かつての天皇賞が勝ち抜け制だったとはいえ、そうでなくなってから11年──2年連続で天皇賞(春)を勝利したウマ娘はいない。

 長距離レースに重きを置き、特に天皇賞(春)を至高とするメジロ家にとって、天皇賞(春)連覇の偉業は何としても達成したいことである。

 

「テイオーは、春には復帰できるのでしょう? 目標レースは決まっていますの?」

「まだ全然。トレーナーと相談しながら決めようって思ってるけど」

「そうなんですのね。同じシニア級で走るのですから、いつか戦う機会があるかもしれませんわね」

「───そっか」

 

 メジロマックイーンの言葉を聞き、何かに気づいたようにトウカイテイオーは手のひらを打った。

 

「……テイオー? 急にどうしたんですの?」

「今年からはマックイーンと一緒に走れる──マックイーンと戦えるかもしれないんだね。

 つまり、ボクがマックイーンを倒すチャンスがあるかもしれないんだよね」

「──まさか。負けるつもりは当然ありませんし、そんなことはあり得ませんわ。戦うとなれば、完膚無きまでに叩き潰して差し上げます」

 

 ニヤニヤしながら言うトウカイテイオーに対し、メジロマックイーンも笑顔を浮かべて応戦する。

 二人が互いの目線を合わせ、不敵に笑い合う。その場に第三者がいれば、2人の目線の衝突で火花が散っているように見えるだろう。

 

「春の天皇賞の連覇がかかってるんだっけ? 実はボクもちょっと思ってるんだよね、カイチョーが勝ったことのある天皇賞(春)は勝っておきたいって」

「ほう──(わたくし)の得意とする超長距離で、(わたくし)を倒そうと? 2400までしか走っていないというのに大きく出ましたわね、テイオー」

「中距離で戦ったら絶対ボクが勝っちゃうじゃん。マックイーン、結局中距離GⅠはまだ1つも勝ててないんだし」

 

 挑発を重ねるGⅠ2勝ウマ娘たち。

 そして、それはやがて宣戦布告を呼んだ。

 

「言い合っても仕方がありませんわ。ウマ娘たるもの、レースで決着をつけましょう。

 貴女と(わたくし)、どちらが強いか。天皇賞(春)で!」

「ボクは良いけどさ、マックイーンは良いの? 天皇賞(春)の連覇、出来なくなっちゃうけど?」

(わたくし)が負けるなどとは、意味の無い仮定ですわね。貴女ほどのウマ娘を倒して連覇を果たせば、より勝利の価値が上がるというものですわ」

「ボクだって、弱い相手に『無敗』を守っても意味無いもんね。キミくらい強いウマ娘を倒してこそ、『無敗』の価値がある」

 

 トウカイテイオーとメジロマックイーンは視線をぶつけ合い、同時にそっぽを向く。

 そして、それぞれが別々の方向に向かって走り出した。

 

 

   ◇

 

 

「トレーナー。ボク、春の天皇賞に出たい」

 

 と。トレーナー室に入って来て、机を挟んで私と顔を合わせた瞬間、トウカイテイオーはそう言った。

 

「───春の天皇賞、だと?」

 

 GⅠ「天皇賞(春)」、京都芝3200メートル。

 距離区分としては「超長距離」に分類される、日本で最も施行距離が長いGⅠレース。スタミナとスピードの両方が非常に高いレベルで要求される舞台だ。

 

 制覇することが難しい分、名誉も格も日本最高峰。

 天皇賞を勝つと、日本の皇室から下賜された「盾」を賜ることができる。

 それは日本ではこれ以上無いとさえ言える栄誉であるし、天皇賞はURAが前身としている「エンペラーズカップ」から数えると、その歴史の長さは世界の名だたるGⅠレースの中でもトップクラス。

 フランスで行われている欧州最高峰のGⅠレース「凱旋門賞」すら、天皇賞に比べれば歴史が浅いレースになってしまうほどである。

 

「うん。ダメかな?」

「まさか。君の希望は尊重するとも。

 だが、それはつまり───」

 

 確認を取ってくる彼女に、私は了承の意を伝える。しかし、私からも一つ、確認を取りたい。

 

 トウカイテイオーは、盾の栄誉を得ることが目的というわけではなかろう。

 勿論それもあるだろうが、今年の天皇賞(春)で最も重要なのはそれではなく───

 

「メジロマックイーンと戦いたい、ということだな?」

 

 ディフェンディングチャンピオンとして、春の最大目標を天皇賞に定める現役最強ウマ娘、メジロマックイーンの存在。

 彼女と戦い、彼女を下すこと──それが、トウカイテイオーが天皇賞(春)に挑む最大の理由。

 

「───うん。マックイーンと走って、勝ちたい」

 

 私の推測を、トウカイテイオーは力強く頷くことで肯定した。

 

「……京都の超長距離は、完全にメジロマックイーンのホームグラウンドだ。あの舞台のメジロマックイーンには、文字通り『絶対』の強さがある。

 それに対し、君は2400メートルのレースまでしか経験が無い。君の超長距離適性は完全に未知数──それでも、天皇賞(春)でメジロマックイーンに挑むというのか?

 もし負けたら君の夢が──『無敗』が消えるとしても、か」

 

 メジロマックイーンは過去に天皇賞(春)を制したウマ娘の中でも、超長距離適性は最高レベルだろう。

 京都レース場との相性も良く、まさしく菊花賞と天皇賞(春)を勝つために生まれてきたようなウマ娘──メジロ家の理想を体現したような存在である。

 

 いくらトウカイテイオーとはいえ、天皇賞(春)でメジロマックイーンに勝つのは至難の業だ。

 そして、その難しさは、トウカイテイオー自身もよく分かっている。

 

「『無敗』を守りたいだけなら、今すぐ引退するよ。でも、ボクが目指す『無敗のウマ娘』はそうじゃない──誰が相手でも、どんな条件でも勝つ最強のウマ娘に、ボクはなりたいんだ」

 

 それでも、トウカイテイオーは決意したのである。彼女の瞳には、迷いも恐れも無い。

 ──本気の夢ならば、本気で背を押すのが、トレーナーである私の役目だ。

 

「──それでこそだ、トウカイテイオー。

 では、春は天皇賞でメジロマックイーンを倒し、盾を掴むこととしよう」

「ありがと、トレーナー。よろしくね」

 

 春の目標は決まった。トウカイテイオーにとってはダービーから800メートルもの距離延長──とても難しいが、天皇賞(春)まではまだ5ヶ月ある。

 スタミナはトレーニングのやり方次第のハズだし、距離は克服できるハズである。

 

「天皇賞(春)で完調となるよう、トレーニングプランを組む。加えて、天皇賞の前に1つレースを使い、色々と感覚を取り戻してから向かうべきだろう」

「うん。復帰戦をどうするかは任せるよ」

「分かった。───そうだな」

 

 天皇賞(春)の前哨戦、と呼ばれるレースは三つ。

 

 中山芝2500メートル、GⅡ「日経賞」。

 阪神芝3000メートル、GⅡ「阪神大賞典」。

 そして、阪神芝2000メートルのGⅡ「産経大阪杯」。

 

 いずれも数十年の長い歴史を持つ伝統ある重賞だが、特に本番に直結すると言われているのはGⅡ「阪神大賞典」だろう。

 ただ、ここには恐らくメジロマックイーンが出走して来る。いきなりのラスボス戦もどうかと思われるので、相手関係などを見ながら選んでいきたいところだ。

 

 トウカイテイオーにとって適性が高く、かつ100パーセントの仕上がりでなくとも勝てそうなレース──となると、2000メートルの産経大阪杯が妥当なところに思える。

 ただ、どれを選んだとしてもGⅡ。重賞戦線で活躍しているウマ娘たちが集まるだろう。決して簡単なレースとは言えない。

 

(間に合うなら、京都記念を使うという手もあるな。……しばらくは他のウマ娘たちの動向を見てみるとしようか)

 

 天皇賞前のシニア級中距離重賞、というだけなら2月中旬の京都芝2200メートル、GⅡ「京都記念」なども視野に入ってくる。

 選択肢は多い。トウカイテイオーの様子や、他のウマ娘たちが天皇賞(春)に向かうにあたってどこのレースをステップとしていくか、各レースの想定を組んだりしながら決定していくのが良さそうである。

 

「ただ、今のところは大阪杯の可能性が高そう、といったところか。一応はそのつもりでいてくれ」

「オッケー!」

 

 トウカイテイオーは笑顔で頷いた。

 京都の超長距離のメジロマックイーンを倒すなど、トウカイテイオーを以てしても簡単なことではない──が、彼女の表情には、恐れなど全く見られない。

 

(───厳しい戦いになる。だが、勝てる可能性はゼロではない)

 

 三冠以上に困難な挑戦、と言えるかもしれないが──トウカイテイオーが全力を発揮できるよう、力を尽くすのが私の仕事だ。

 メジロマックイーン打倒のため、しばらくは頭を悩ませることとしよう。

 

 

 決戦の時は4月末。

 舞台は京都レース場、芝3200メートルで行われるシニア級GⅠの最高峰───「天皇賞(春)」。

 

 

   ◇

 

 

 トウカイテイオーが「天皇賞(春)」を目指す──という情報がニュースで流されると、やはり世間はトウカイテイオーより一足先に天皇賞(春)を春の最大目標にすると発表していた、メジロマックイーンとの対決に注目した。

 シニア級の2人のスターの初対決は、いつしか「TM対決」と呼ばれるようになり、早くも連日のスポーツニュースを賑やかすこととなった。

 

 そして、GⅡ「産経大阪杯」に先駆けて、天皇賞(春)の前哨戦となる長距離重賞が東西で行われた。

 西のGⅡは「阪神大賞典」、阪神芝3000メートル。

 ここを始動戦に選んだメジロマックイーンを恐れてか、出走したウマ娘は僅か6人。稀に見る少人数でのレースとなった。

 

『マックイーン先頭に立った! 外からカミノクレッセが襲いかかる! やはり一騎打ちになった、一騎打ちになった! 一騎打ちにさせるのかどうか!

 一騎打ちにはならない! 一騎打ちにならない! 差が開いた!

 メジロマックイーンです! 春の天皇賞に向かって驀進する! メジロマックイーン、差が開く一方! メジロマックイーン圧勝!!』

 

 雨の中、バ場状態は稍重。バ場が渋った舞台はまさしく彼女の独壇場。

 メジロマックイーンは危なげなく前哨戦を制し、春の盾への視界を良しとした。

 

 東のGⅡは「日経賞」、中山芝2500メートル。

 GⅠ「有馬記念」と同じコースでの前哨戦には、もう一人のメジロ家のエース、メジロライアンが出走した。

 

『一気にここでメジロライアンが先頭に立つか! メジロライアン先頭に立った!

 そしてメイショウビトリア、シャコーグレイドも上がって来る! シャコーグレイドも上がって来る!

 先頭は完全にライアンだ! メジロライアンが先頭だ! メジロライアンが先頭だ! メジロライアン復活か!

 2番手はシャコーグレイド、メジロライアンッ!!』

 

 皐月賞でトウカイテイオーの2着だったシャコーグレイドも出走していたが、ここではメジロライアンが貫禄の勝利。

 シャコーグレイドはゴール板直前で躱され、3着に敗戦した。

 

 

 その一方で、クラシック級では春のクラシック第一冠、GⅠ「皐月賞」に向けてのトライアルレースが順次施行される。

 ジュニア級GⅠ「朝日杯ジュニアステークス」を制したミホノブルボンは、皐月賞トライアルのGⅡ「スプリングステークス」から始動。

 

『内を通りますミホノブルボンが先頭で、また突き放した! リードは4バ身、これは強い!

 そしてその後、2番手争いは大混戦であります! 外からライスシャワー、あるいはその外を突きましてもう1人上がってきた、これはマチカネタンホイザ!

 200も既に通過している! さあ逃げ切り態勢濃厚となった、ミホノブルボン圧勝! 5バ身、6バ身、7バ身リード!

 先頭ミホノブルボン、ゴールイン!!』

 

 朝日杯から200メートル延長した、中山芝1800メートルでの戦いとなったが、ミホノブルボンは1番人気のGⅢ「ラジオたんぱ杯ジュニアステークス」を勝ったウマ娘を破り、7バ身差の圧勝を果たした。

 

 この勝利により、ミホノブルボンは無敗のまま、皐月賞に歩を進めることが確定した。

 勝ち方も凄まじかったことから、前年のトウカイテイオーに続く、2年連続の無敗の皐月賞ウマ娘の誕生が大いに期待されるところだ。

 

 ライスシャワーも怪我明けの復帰戦としてこのスプリングステークスを選んだものの、結果は4着。

 彼女も次走は皐月賞。間違いなく伏兵となるだろうが、距離延長はプラス要素になるだろうと、一部からは評価されている。

 

 

 そして、時は4月5日の午後3時。

 桜が咲き誇る仁川の地には、10ヶ月ぶりに勝負服に袖を通した、トウカイテイオーの姿があった───




次走「帝王の帰還」
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