マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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27R 秋に向かって

 今年のダービーが終わり、府中マイルGⅠ「安田記念」も決着して、春のGⅠ戦線も残るは阪神のグランプリたるGⅠ「宝塚記念」を残すのみとなった。

 シニア級戦線はトウカイテイオーがまたも故障離脱となり、宝塚記念はメジロマックイーンの一強──と、思われていたのだが。

 

「左脚の骨折と聞いた。お互い、ままならんな」

「……全くだ」

 

 マクギリス・ファリドは、訪れたガエリオ・ボードウィンのトレーナー室で、ソファーに座してコーヒーを飲みながら、友人にそう言った。

 机を挟んでマクギリスの対面に座るガエリオは、俯いて両肘を膝に置き、組んだ手を額に当てる姿勢で、ため息混じりに返す。

 

 宝塚記念の1週間前の検査で、メジロマックイーンの左脚の骨折が判明した。

 種子骨折──ウマ娘にとっては、競走能力の喪失にも繋がる怪我の一つだ。後1ミリでも骨折箇所がズレていたならば、メジロマックイーンもそうなっていただろう。

 

「復帰には、どれくらいかかる?」

「重大な怪我だ。少なくとも、今年は全休になる。来年の春の天皇賞に間に合えば良いが……」

 

 メジロマックイーンは現在、学園を離れてメジロ家の療養所に移動したという。

 そこで復帰までのトレーニングを積み、怪我が治って状態がある程度整い次第、また学園に戻って来る予定になっている。

 

「天皇賞(春)の3連覇を目指す、ということか」

「怪我の経過にもよるが、一応はそのつもりだ。同一平地GⅠの3連覇は、誰も成し遂げたことの無い偉業──それが春の天皇賞となれば、マックイーンを何とか出させてやりたい。

 ……トウカイテイオーは、どうなんだ?」

「以前に比べれば軽微な怪我だ。秋には復帰できる。

 前哨戦を使うかは分からないが、天皇賞(秋)から『秋シニア三冠』を狙うつもりだよ」

 

 天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念──秋の中長距離GⅠの総称が「秋シニア三冠」である。

 URAが公式にそう呼んでいるわけではなく、あくまでも俗称に過ぎないが、タイトなローテーションの中でこの全てを制したならば、そのウマ娘は「現役最強」と呼ぶに相応しかろう。

 とはいえ、この3つを同年に制覇したウマ娘は、今まで1人たりともいない。

 前述通りローテーションが厳しい上に、世界から強力なウマ娘たちが参戦するジャパンカップが鬼門となる。また、中山開催の有馬記念では、それまでの東京とは全く違う適性を求められることになるからだ。

 

「───それで? 相談というのは何だ、ガエリオ」

 

 と、マクギリスが切り出す。

 ただ雑談するために、マクギリスはガエリオのトレーナー室を訪れたわけではない。ガエリオから、相談したいことがあると持ちかけられてのことだ。

 

「ああ、そうだったな。

 ……マックイーンにな。そろそろ自分以外のウマ娘も担当したらどうかと言われた。自分はしばらくいなくなってしまうし、せっかくラスタルのチームから独立したのだから、と」

「ほう。良いじゃないか。メジロマックイーンのトレーナーが募集をかけたならば、その指導を受けたいという素質あるウマ娘は容易く捕まるだろう」

 

 簡単に言ってくれるな、とガエリオは返す。

 しかし、マクギリスやガエリオのように、1人のウマ娘に専属で指導するというトレーナーの方が珍しいことも事実だ。1人のトレーナーに対し5人くらいは普通である。

 ──10人を超えてくると、サブトレーナーが欲しくなるところだが。

 

「……でも、お前は担当を増やす気は無いんだろ?」

「ああ。駿川たづなの小言も受け流しているところだよ。トウカイテイオーほど、私の心を揺り動かしてくれるウマ娘が他にいないからな。

 とはいえ、私に合わせる必要はなかろう。メジロマックイーンの言うとおり、せっかくラスタルのチームから独立したのだ。1人や2人くらいは増やしても問題無かろう。

 担当ウマ娘募集の張り紙でも出してみたらどうだ?」

 

 夏合宿と、夏の選抜レースを前にしている時期だ。

 今年から来年にかけてデビューしたいと考えているものの、まだ所属が決まっていないウマ娘は、そろそろ焦りを持って積極的に動き出さなければならない。

 無論、担当ウマ娘を捕まえられていないトレーナーにとっても、それは同様である。

 

「そうか……そうだよなぁ。──マクギリス。今年ジュニア級のウマ娘で、気になる子とかいるか? 参考までに聞かせてくれ」

「構わないさ。どうせ私は担当を増やさないしな。

 そうだな──」

 

 今年ジュニア級になるウマ娘のプロフィールを纏めた資料の束を捲りながら、マクギリスは何人かに目星をつける。

 

「素質が有るであろうウマ娘の大半は、もうチームを決めてしまっている時期ではあるからな。

 私が気になるのは、それこそラスタルのチームに決まっているビワハヤヒデやウイニングチケット、それから他にはユキノビジン、ノースフライト、エルウェーウィン──ふむ、やはり大体決まっているか」

「なるほどな……ありがとう。

 まあ、別に選抜するつもりは無いし、困ってる子がいたら助けるくらいの気持ちなんだが」

「……ならば、逆にどうあっても所属が決まらなさそうなウマ娘に声をかけてみるというのはどうだ?」

 

 どういうことだ、とガエリオは問う。

 マクギリスは手元の資料をガエリオに見せながら、ウマ娘の写真を指差す。

 

「例えばこのウマ娘は、左脚が内側に曲がった『内向』と呼ばれる身体的特徴を持っている。

 トレセン学園に何とか入ったは良いが、誰も彼女をスカウトしないし、逆に入れてくれと頼んでも断られ続けていて、困り果てていると聞いているよ。

 それから、このウマ娘は身体が小さい。走りには光る物があると私は見ているが、競走ウマ娘としては不利だと判断されて、トレーナーが付かないらしい」

「───マクギリス、お前……それだけ情報を集めて、困ってることを知ってるのに何もしてないのか?」

「私はトウカイテイオーと共に、このトゥインクル・シリーズの覇権を握れればそれで良いからな。他のウマ娘を担当することに興味は無い」

 

 トレーナーとしてかなり問題のある発言を堂々とするマクギリス。ガエリオは呆れつつも、マクギリスが言った2人のウマ娘の名前を頭に入れた。

 

「……まあ良い。ありがとう、わざわざ呼んで悪かったな。お前が教えてくれたこの2人を探して、声をかけてみることにするよ」

「ああ。彼女たちは毎日、熱心にトラックコースでトレーニングしている。夕方から夜にかけてコースに張り付けば、容易に見つけられるハズだ。

 お前のスカウトが成功することを祈っているよ、ガエリオ」

 

 意気込むガエリオに対し、マクギリスは微笑みを浮かべながらエールを送って、少し冷えたコーヒーを口に含むのだった。

 

 

   ◇

 

 

 オルガ・イツカは、少し疲れた様子で自分のトレーナー室に向かっていた。

 ダービートレーナーになったこと、何より「無敗の二冠ウマ娘」のトレーナーになったことで、彼は連日担当を探しているウマ娘たちに声をかけられたり、マスコミにミホノブルボンについて根掘り葉掘り聞かれるなどしていた。それによって疲弊したのだ。

 

「……大変なんだな、ダービーって」

 

 この2週間で、つくづくダービーというレースの重さを、三冠の重さを思い知ったオルガであった。

 ミホノブルボンはしばらく休んでレースの疲れを取ってから、夏合宿に参加してステップレースを挟みながら、秋の大目標たるレースへ──クラシック三冠最後の一冠、GⅠ「菊花賞」へ向かう予定になっている。

 

 日本ダービーから、更に800メートルの距離延長。

 三冠は簡単なことではないが、ミホノブルボンの夢だ。達成できるよう、オルガは全力を尽くすだけだ。

 

 そう思い、気合を入れ直してから、オルガは自分のトレーナー室のドアを開けて、入室する───と。

 

「おっ。来やがったか、ブルボンのトレーナー」

 

 

 知らないウマ娘が、オルガの執務机に足を投げ出して座っていた。

 

 

 オルガは呆然と、そのウマ娘を見る。

 彼女は赤いパーカーを制服の上から着て、フードを頭に被せている。フードに開いた穴からは両耳が飛び出していて、右耳には羽飾りが、左耳にはバンドが巻かれていた。

 髪は肩くらいまでと短く、ボサボサとしていて、色はどうやら鹿毛であるらしい。

 瞳はエメラルドグリーン。鋭い目をしながら、落ち着いて見極めるような視線をオルガに向けている。

 

「マスターを視認。挨拶に移行します。

 こんにちは、マスター。秋のローテーションについて、聞きたいことが──マスター?」

 

 その時、オルガが担当するミホノブルボンが、オルガの背に声をかけてきた。オルガが固まっていることを怪訝に思い、ミホノブルボンはオルガの視線の先を見る。

 そして──淡々と、少し呆れているようなニュアンスで、マスターの席を乗っ取るウマ娘に語りかけた。

 

「……レガシー。マスターの部屋で、貴女は何をしているのですか?」

「おっ、ようブルボン。見ての通り、お前のトレーナーに用があるんだよ」

 

 片手を上げて、レガシーと呼ばれたウマ娘はミホノブルボンに気さくな挨拶を返す。

 ミホノブルボンが現れたことで、オルガは呆気に取られている場合じゃないと思考を再開し、自分の机を占拠するウマ娘に問う。

 

「誰なんだよアンタは」

「……ああそうか、そっちは私のことは知らねぇわな。こりゃ失礼なことしちまったかな」

 

 彼女は両足を机から床に下ろし、椅子から立ち上がると、オルガに自分の名前を名乗って会釈した。

 

「私はレガシーワールド。よろしくな」

「あ、ああ……俺は鉄華団団ちょ、じゃなくて。トレーナーのオルガ・イツカだ」

 

 さっきまでとは全然様子が違う、思ったよりも礼儀の正しい挨拶に、オルガは思わず自己紹介を返してしまった。

 歩いて近寄って来るレガシーワールドを見て、思ったよりガタイが良いとオルガは思った。それでいて足運びは軽やかで、素質の有りそうなウマ娘に見えた。

 

「……ブルボン、知り合いなのか?」

「はい。私と同じ学年で、クラスメイトです。

 素行があまり良くないので、以前のチームを追い出されたと聞いています」

「オイそこ、人聞きの悪いことを言うな。

 せっかく人が更生して再スタートしようとしてるってのに」

 

 なるほど、とオルガは心の中で頷く。

 つまり、このウマ娘は新しいトレーナーを探しているということだろう。

 

「それで、俺に何の用だ?」

「おっ、早速本題か。良いねぇ、そう来なくっちゃ。

 単刀直入に言って、私のトレーナーになってほしいんだ。トレーナーがいなきゃレースに出られねぇ。

 この半年、見つからなくて苦労してるんだ」

 

 トレーナーって奴はどいつもこいつも頭でっかちでよ、とレガシーワールドは肩をすくめて言う。

 ……まあ、問題を起こしそうなウマ娘を担当したがるトレーナーはいないだろう。トレーナーとて処分を受けたくはない。

 

「で、次はアンタのとこってわけ。こう見えて私、掲示板を外したことは一度も無いんだぜ? どうだ?」

 

 レガシーワールドはオルガの目を下から覗き込んで来る。透き通るような緑の瞳が、少し緊張しているように揺れている。

 オルガはチラリと横目にミホノブルボンを見る。ミホノブルボンはいつも通り、表情の見えない顔をしていたが、一言だけオルガに告げた。

 

「──ステータス『目配せ』を確認。

 彼女については、私はよく知っています。彼女のチーム入りに異存はありません」

「……まあ、ブルボンがそう言うなら構わねぇか。分かった、良いぜ。トレーニングを見てやるよ」

 

 アッサリと許可するオルガ。

 一方、あんまりにもアッサリ許可されたので、レガシーワールドは逆に困惑気味だ。

 

「……マジか。なあ、本当に良いのか? 自分で言うのもなんだが、私は結構な不良生徒だぜ?」

「良いっつってんだろ。そういう奴の相手をすんのは慣れてるしな」

 

 かつてオルガが率いた鉄華団では、行き場の無い宇宙ネズミやヒューマンデブリも多かった。この世界の常識に照らして考えたら、素行なんてどう足掻いても悪くなる。

 鉄華団自身も腕っぷしで這い上がった(そうしたかったわけではないが)ところもあるし、オルガにとっては今更すぎることだ。

 

「……ッ、ハハハハハ! アンタ、やっぱり面白ぇな。ブルボンに紹介してもらって良かったぜ。

 じゃあこれからよろしくな、トレーナー! 不登校のせいでクラシック登録は取り消されちまったけど、トレーニングとレース選びは任せるよ!」

「おう。よろしくな、レガシーワールド。

 ──学校は好きにすりゃいいが、トレーニングは休まないでくれよ?」

「マスター。その発言には少々問題があるかと」

 

 ミホノブルボンの冷静な指摘に、オルガは「確かにそれはそうかもしれない」と思い、即座に「やっぱ学校もちゃんと行け」と言い直した。

 学校に行けるというのは当たり前ではない。──少なくとも、オルガは学校へ行けなかったのだから。

 

「って、そうじゃねぇ。俺に用事があるんだろ、ブルボン」

「はい。秋のローテーション──菊花賞に向けてのトレーニングについて、マスターに確認したいと」

「おう。──つっても、ここまで来たら王道のローテーションを組むしかねぇけどな。

 一つステップレースを使ってから、菊花賞に出走する。構わねぇよな?」

 

 ミホノブルボンは頷く。

 となると、次走は9月中旬か10月上旬。問題は───

 

「どれに出るか、ってことなんだが……希望はあるか?」

「いいえ。私はマスターの決定に従います。菊花賞に出走できるのならば、どちらでも問題はありません」

 

 どのトライアルを使うか、ということだ。

 菊花賞のトライアルレースは3つ。

 

 中山芝2200メートル、GⅡ「ラジオ日本賞セントライト記念」。

 阪神芝2000メートル、GⅡ「神戸新聞杯」。

 京都芝2200メートル、GⅡ「京都新聞杯」。

 

 一般的に、菊花賞により結びつきやすいと言われているのは西側の最終トライアル──京都新聞杯だ。

 このレースでは本番の菊花賞と同じく、京都レース場の外回りコースを使用する。メンバーも最も集まりやすく、ここで好走できるウマ娘は、3000メートルになっても走れると考えられる。

 とはいえ、京都新聞杯はセントライト記念と神戸新聞杯よりも後に組まれているため、レース間隔という面ではセントライト記念と神戸新聞杯に分がある。

 本番のコースを使うか、間隔を空けてレースに備えるか──一長一短と言える番組になっているということだ。

 

「なぁ。ライスシャワーはどこに出るんだ?」

 

 と、オルガの執務机に座って言うのはレガシーワールド。とりあえず机の上に座っていることは不問としつつ、オルガは返す。

 

「ミカはまだ決まってないって言ってたな。今のところは2つ使うことも考えてるってよ。

 ……なんでそんなことを気にするんだ?」

「いや。ダービーを見てよ──ブルボンの三冠を阻止するとしたら、それはライスシャワーなんじゃねぇかと思ってな。だろ? ブルボン」

「───はい」

 

 レガシーワールドの言葉を、ミホノブルボンは肯定した。2人のやり取りを見て、オルガはもう一度ライスシャワーの日本ダービーでの走りを思い返す。

 

 3番手に付けてミホノブルボンに追走し、後方から追い込んで来たウマ娘を退けての2着──ライスシャワーは、最後まで脚を伸ばし続けていた。

 いや、()()()()()()()()()()()()か。

 

(菊花賞での距離延長は間違い無く、ライスシャワーにとってはプラスになる。

 ミカも「バテたところは見たことない」って言ってたが──ブルボンにとっての距離延長は、プラスなのか?)

 

 否、とオルガは言うしかない。

 ミホノブルボンは、元々スプリンター向きだとまで言われていたウマ娘だ。それがダービーまで、2400メートルまでの距離延長をこなして来た。

 そこから更に延びることが、ミホノブルボンにとってプラスになるとは、どうあっても考えにくい。

 

「しかし、私は勝ちます。三冠の夢が──『無敗の三冠』が、目前にあるのですから」

「───ああ。当たり前だ」

 

 そう返しつつ、オルガはこの場の結論として、東西どちらのトライアルを使うかはギリギリまで考えて決めるとした。

 

(ミカの担当するライスシャワーが、ブルボンの三冠を阻止するかもしれない、か……)

 

 2人が帰って、誰もいなくなったトレーナー室で、オルガは執務机の前に座って紙の資料を睨む。

 

 資料にあるのはライスシャワーのプロフィール。

 そして、所属のところに書いてある、トレーナーの名前。

 

(……そうか。俺とお前の担当ウマ娘は違うんだよな)

 

 三日月・オーガス──オルガにとっては唯一無二の相棒であり、兄弟と言っても差し支えない存在だ。

 そんな彼の担当するウマ娘、ライスシャワーがミホノブルボンにとって、最大のライバルとなり得るとは──三日月がオルガの前に立ちはだかることになると、オルガは考えたことすらなかった。

 

(ライスシャワーは良いウマ娘だ。ミカが育ててるんだ、間違い無い。

 ───もしかしたら、俺が思ってる以上に、菊花賞は厳しいレースになるのかもしれねぇな……)

 

 背中に汗が滲んでいくことを感じながら、オルガは資料を持つ手に力を込めた。

 

 

   ◇

 

 

(……暇だなぁ)

 

 8月下旬。

 松葉杖を卒業し、包帯も取れて医者からももうすぐ完治の診断を受けるであろうというトウカイテイオーは、寮の自室で暇を持て余していた。

 

 去年と同じく、今年も怪我で夏合宿は返上。

 こういう暇な日はゲーセンにでも繰り出したいところだが、まだ脚が治り切っていないので、彼女が得意とするリズムゲームなどは、トレーナーのマクギリスから禁止令が出されている状態である。

 

 夏休みの宿題もとっくに終わり、ゲームの代わりと言わんばかりにトレーナーが渡して来た本も全部読み終わってしまった。

 医者に完治と言ってもらえるまで、どうやってこの暇を潰したものか、とトウカイテイオーは一人で部屋のベッドの上を転がる。

 

(────あ)

 

 ふと、視界に部屋の壁にかかったコルクボードが目に入る。

 トウカイテイオーの部屋の壁には、大きなシンボリルドルフのポスターや皐月賞・ダービーの優勝レイなどが掛けられている。その一角を占めるコルクボードには、トウカイテイオーの目標が書かれた紙も貼られていた。

 

 「無敗の三冠ウマ娘になる」──その目標は、菊花賞が終わった夜に「三冠」が塗り潰され、「無敗のウマ娘になる」に変化した。

 しかし、天皇賞(春)でメジロマックイーンに敗戦してからは、その全文が塗り潰されてしまっている。

 

(……何か、書くことは───)

 

 と、トウカイテイオーは考えてみるが、やはり何も思いつかない。

 怪我をしてからずっと、トウカイテイオーは目標になることはないだろうかと考え続けている。だが、ここまで3ヶ月、答えは見つからないままだった。

 

 白い日の光が射し込む部屋で、天井をボンヤリと眺めるトウカイテイオー──

 

「失礼しまーす」

 

 ──の耳は、ドアを開ける音と聞き知った声を聞き取った。

 

(────あれ?)

 

 何かがおかしい。ドアには鍵をかけてあるハズだ。

 だが、開けられたドアはトウカイテイオーの部屋のドアで、誰かが入ったのはトウカイテイオーの部屋ではなかろうか。

 

「誰──うわっ!?」

 

 俊敏にベッドから起き上がり、ドアの方へ視線を向けようとしたトウカイテイオーだったが、彼女は突然何かを頭から被せられた。

 視界が急に真っ暗になり、トウカイテイオーが混乱している間に、彼女の身体が部屋に入って来た何者かによって持ち上げられる。

 

「な、何なのさーっ!? というかこれ何!?」

 

 暴れるトウカイテイオー。

 どうやらズタ袋か何かを被せられたらしい、ということを理解した彼女は、身の危険を感じて脱出を試みるものの、袋越しに四肢を掴まれて拘束される。侵入者は複数人いるらしかった。

 

「ごめんねテイオー、ちょっと大人しくしてて!」

「その声ってネイチャ──って、どこに連れてくつもりなのさ!? 離してよーッ!」

「良いから良いから!」

 

 ナイスネイチャっぽい声を聞き、とりあえず不審者ではないらしいことは分かったが、どうしていきなりこんなことになったのかとトウカイテイオーは困惑する限りだ。

 全く外が見えない、というか外の状況が分からない。一体どこまで連れて行かれるのだろうか、という不安を抱えたまま、トウカイテイオーはしばらく運搬され───

 

「ほいっ!」

 

 ──10分以上運ばれた後、唐突に下ろされた。

 ズタ袋から解放されたトウカイテイオーは、久しぶりの光に少し目が眩む。やっと見えるようになって来たトウカイテイオーの目に映った光景は、とりあえずトレセン学園内ではなかった。

 

「……どこ、ここ」

 

 眼前にはレジャー施設らしき建物。

 目を白黒させるトウカイテイオーの視界に、左右と上からナイスネイチャを含む5人のウマ娘が入って来て、笑顔で声を揃えて告げた。

 

「「「「「ようこそハワイへ!!!」」」」」




次走「まだ、走れるのなら」
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