トウカイテイオー拉致の数日前。
トレセン学園の生徒会室には、5人のウマ娘が呼び出されていた。
「……で、何でアタシたちは呼ばれたんでしょうか。何かやらかしましたか?」
「タ、ターボ何もしてない! ターボ怒られるもん……?」
「ターボさん、落ち着いて下さい。自分に何の負い目も無いのなら、堂々としていれば良いのです」
「そうだ。僕も何かやらかした覚えは無いぞ。
───まさか、やらかしたのはお主か?」
「人聞きの悪いことを言わない。私も生徒会長に怒られるようなことをした記憶は無いです」
ナイスネイチャ、ツインターボ、シャコーグレイド、イブキマイカグラ、レオダーバン。
昨年のクラシック戦線を賑わせたウマ娘たちが、揃って生徒会長に──「皇帝」シンボリルドルフに呼び出しを受けたのである。
用件は伝えられておらず、それぞれが不安を抱きながら生徒会室に顔を出し、来客用のソファーに座っているというわけだ。
「というか、この面子でテイオーがいないんだね」
「確かに……どう見てもテイオーさんがいないのは不自然ですね。一応、ワタシたちの世代の代表は彼女になると思いますが」
「うむ、悔しいがGⅠ勝利数は彼女が断トツだからな」
などと、皇帝の登場を待つ5人の話題は、自然とトウカイテイオーに移る。
彼女たちからすれば悔しいことではあるが、彼女たちの世代をトウカイテイオー無くして語れないこともまた事実である。
それからしばらくして、生徒会室の扉が外から叩かれ、彼女たちを招集した人物が入室して来た。
「失礼。──待たせてしまったか、すまない」
生徒会長、シンボリルドルフ。
そして、その後ろにはもう1人立っている。
「会長さん、と───」
「貴女は確か……トウカイテイオーの?」
「ああ、ちゃんと挨拶をしたことは無かったかな。
私はマクギリス・ファリド。トウカイテイオーのトレーナーをしている。──実を言うと、今回君たちを呼んだのは会長ではなく私でね」
私が会長の名前を借りたに過ぎない、とマクギリスは5人のウマ娘に説明する。
シンボリルドルフもマクギリスの言葉に頷き、生徒会長席へ無言で歩いていく。シンボリルドルフも、マクギリスがこの5人をどういう用件で呼び出したのかは知らない。──ただ、間違い無くトウカイテイオーに関することだと察して、5人の呼び出しに協力したのだった。
「テイオーのトレーナーさんが、アタシたちに何のご用件で──ってこれ、アタシたちも自己紹介した方が良い感じ?」
「必要ない。君たちのことはよく知っているからね。
君たちの貴重な時間を、私の我儘で割いてもらっているのだ。早速だが本題に入らせてもらいたい」
5人の了承を得て、マクギリスは扉の前から部屋の奥の窓際に移動しながら、用件を口にした。
「単刀直入に言おう───トウカイテイオーを攫ってほしい」
一言。
生徒会室の中の空気が、一瞬で凍りついた。
──正確に言おう。
ナイスネイチャ、ツインターボ、シャコーグレイド、イブキマイカグラ、レオダーバンの5人は「は?」と言わんばかりの理解が追いついていないような表情を浮かべており、シンボリルドルフは眉をこめかみに寄せ、目尻を吊り上げてマクギリスを睨みつけた。
「───単刀直入に言い過ぎたか。どうか落ち着いて殺意を抑えてくれたまえ、会長。
勿論、犯罪教唆ではないさ。君たち5人には、トウカイテイオーを遊びに連れ出してほしいのだよ。メディカルリハビリテーションセンターにな」
「リハビリテーションセンター、って……あのハワイっぽいところですか?」
レオダーバンの問いに、マクギリスは首肯する。
マクギリスが言う「メディカルリハビリテーションセンター」というのは、ウマ娘の療養とトレーニングによく使われる、ハワイ風のアミューズメント施設のことである。
「トウカイテイオーは骨折からずっと、安静を強いられて来たからな。おかげで2年連続で夏合宿もできず終いだ。
せめてあそこに、と思ったのだが──遊びに連れ出すことは、大人の私にはできないことだ。同級生の君たちが適任だと考えた。
君たちにとって、トウカイテイオーがライバルであることは分かっているし、彼女に供することで君たちにメリットが生じるわけでもないとも分かっている。
だがどうか、引き受けてくれないだろうか」
この通りだ、とマクギリスは両足の踵を揃え、5人に向かって頭を下げた。
いきなりトレーナーの立場にある人間から頭を下げられ、4人は困惑の表情を浮かべる──一方、元気よく快諾するウマ娘が1名。
「良いよ! ハワイ楽しそうだし!」
「決断早っ。──まあ、アタシも乗りますよ。テイオー、最近元気無いしね。たまには一肌脱ぎましょう」
ツインターボに続き、ナイスネイチャもマクギリスの願いを飲む。
残ったシャコーグレイド、イブキマイカグラ、レオダーバンも顔を見合わせつつ、マクギリスの願いを聞き入れることにした。
「よくよく考えれば、お主らとどこかへ遊びに行ったことはないしな。そういうのも良かろう、な?」
「確かに──それに、リハビリテーションセンターにも興味がありますし」
「そうですね。面白そう」
ありがとう、とマクギリスは5人に感謝を述べる。
それから、5人が分かれて座る2つのソファーの間の机に、大きな
「……これは、ズタ袋?」
「ただ普通に連れ出してもらうというのも、少々面白くないだろう。せっかくだ、これで攫ってしまえ」
そう提案したマクギリスの目は、子供のように悪い光を宿していた───
◇
「────というわけですよ」
「ボクのトレーナー、みんなに何を吹き込んでるのさ!?」
ナイスネイチャに事の顛末の説明をしてもらい、トウカイテイオーは今ここにいない自分のトレーナーへのツッコミをせずにはいられなかった。
いや、気分転換をさせたいという気持ちはありがたい。自分を思っての行動ということは、トウカイテイオーにも理解できるが──いや待て、かと言って拉致計画を考案するのは大人として、というか人間としてどうなのだろうかとトウカイテイオーは思い直す。
「……ボクのトレーナーって、ひょっとして結構ヤバい人?」
いつの間にか買って来られて手渡されたトロピカルジュースをストローで啜りながら、トウカイテイオーはこれまでの自分のトレーナーの言動を思い返して、見つめ直してみることにした。
『私は君と共に戦いたいと思っている。トウカイテイオー、君はアグニカ・カイエルになれる。私が君を、アグニカ・カイエルにしてみせよう』
『────バエルだ』
『まるでガンダム・バエル──いや、バエルそのものだ。アグニカ・カイエルの魂を具現化している。最早アグニカ・カイエルだ』
──冷静に考えなくても、出会った時から意味不明な言葉を口にし、目をヤバい色にギラギラ輝かせていたような気がする。
いや、今となっては彼が愛読するSF小説(だとトウカイテイオーには思われている)「THE LIFE OF AGNIKA KAIERU」に描かれた英雄、アグニカ・カイエルのことを言っているのだと分かるのだが。
バエル、というのもアグニカの乗るガンダム・バエルのことだと分かるし、それがマクギリスにとって最大級の褒め言葉だとも理解はできるのであるが。
「何だろう……分かりたくはなかった気がする……」
遠い目で呟くトウカイテイオー。
怪我で暇を持て余しまくった時に、トウカイテイオーはマクギリスがくれた多くの本の中に混じっていた「THE LIFE OF AGNIKA KAIERU」さえも読破してしまったのだが、彼女は何かを間違えたような気がした。
気のせいと思いたいが、何処からか「お前もアグニ会へ入らないか?」という怪しげな宗教勧誘の声までも聞こえてくるようだ。
「……テイオーのトレーナーって、ちょっと変わってるよね」
「うん……ボクのために頑張ってくれてることは分かるんだけどね。まさかネイチャたちにまで声をかけるとは思わなかったけど」
「良いじゃないですか。そこまで手にかけて育ててくれるなんて、ウマ娘にとってはこれ以上無いことでしょう」
「その通りだな。お主が強いのも頷けるよ」
と言いながら、トウカイテイオーの右隣にレオダーバンとイブキマイカグラが座って来た。
今更だが、トウカイテイオー達がいるのは件のリハビリテーションセンターの中のプールサイド。
ウォータースライダーなども設置されている巨大プールの岸に置かれたベンチに、トウカイテイオーは水着に着替えさせられて座っている。
勿論、ナイスネイチャもレオダーバンもイブキマイカグラも水着である。
なお、ツインターボはテンションが上がるままに巨大プールに突撃して行き、シャコーグレイドはその回収に向かった。
ツインターボを無事に連れて帰ってこれるか、彼女の実力が問われるところだ。
「───みんなは、行かないの?」
「グレイドの援護に行きたいのはやまやまなのだがな──今は見ての通り、だからな」
言いながら、イブキマイカグラは片脚を顔の高さまで持ち上げた。そこには包帯とテーピングがグルグル巻きにされている。
トウカイテイオーは「そういえば」と思い、レオダーバンの足元も見る。レオダーバンの片脚には、イブキマイカグラと同じように、包帯が巻きつけられていた。
「……ごめん」
「謝ることじゃありませんよ。貴女と同じ、というだけです」
「まあ、お主の三冠前の怪我に比べれば、僕の無念など大したものではないだろうさ」
トウカイテイオーが目を逸らして謝罪するが、レオダーバンとイブキマイカグラは平然と返す。
──いや。イブキマイカグラの声は、少し震えているようだとトウカイテイオーには思えた。
トウカイテイオーが俯いたまま2人の反対側に視線を向けると、ナイスネイチャの片脚にもテーピングがされていることに気づいた。
「───でも、イブキは引退……なんだよね」
「……そうだな。これ以上は無理だと、医者に言われてしまった。僕のトゥインクル・シリーズは、もう終わりだ」
高い天井を仰いで、イブキマイカグラは淡々と言った。
天皇賞(春)を3着とした後、イブキマイカグラは春のマイル王者決定戦たるGⅠ「安田記念」に出走したものの、得意の末脚は不発のまま11着に惨敗。
そして、レース後の検査で屈腱炎が判明して、診断は「競走能力喪失」──強力な末脚を武器としたジュニア級王者は、ターフを去ることになってしまった。
レオダーバンも昨年の菊花賞の後、屈腱炎を発症。
イブキマイカグラほど酷いモノにはならなかったが、復帰は上手く行っても今年の冬と見られている。
屈腱炎は、競走能力に多大な影響を与える怪我だ。
復帰できたとしても、以前のような走りをすることは難しいかもしれない。
ナイスネイチャは昨年の有馬記念3着の後、骨膜炎で休養に入った。
今年の秋には復帰できる見込みだが、結局春は一戦たりとも走ることができなかった。
「グレイドも春は1勝もできず、ターボは体調を崩して1戦も走れず──でしたからね。私たちの世代は、なかなか上手く行かないようで」
「いいや、そうでもないぞ。安田記念を勝ったヤマニンゼファー、奴は強い。よく分からん奴だけどな。
それに、トウカイテイオー。お主も秋には復帰できるのだろう? メジロマックイーン不在の王道路線など、お主の天下も同じじゃないか?」
「……そう、でもないんじゃないかな」
消え入りそうな声で、トウカイテイオーは呟く。
彼女らしくない自信のない返答に、イブキマイカグラは俯いているトウカイテイオーの顔を覗き込んだ。
「みんな何でこっちに来ないん──ブハッ!?」
「ターボさんんんん!?」
一方、プールの中からベンチに揃って座っている4人の方を見たツインターボは唐突に鼻血を吹き出して沈黙。ツインターボが今年に入ってからずっと悩まされていて、出走できない原因になっている鼻出血である。
シャコーグレイドが狼狽えながら慌ててツインターボを引っ張り、ビーチサイドに戻って来る──様子を遠目に眺めながら、レオダーバンが口を開く。
「トウカイテイオー。──部屋の
トウカイテイオーの肩がビクッと跳ねる。
部屋のアレ、というのは間違い無く、コルクボードに貼ってあって今は塗り潰されている目標──「無敗の三冠ウマ娘になる」という紙のことだろう。
「ア、アハハ……ボクも貼り替えようと思って、ずっと考えてるんだけどね──書くことが、なかなか思いつかなくてさ」
「思いつかない、って───」
ナイスネイチャが心配するように、トウカイテイオーの表情を
俯いたトウカイテイオーの表情は見えないが──少なくとも、良い顔はしていないだろう。
3人は察した──いや、本当はトウカイテイオーを攫うために部屋に侵入して、あの紙を傍目にした時、現行犯の全員が理解していた。
トウカイテイオーは今、走る意味を──目標を、夢を見失っているのだと。
「ボク、カイチョーに──シンボリルドルフっていうウマ娘に憧れて、あんな風になりたいって思って、トレセン学園に入って来たんだ。
ずっと『無敗の三冠』のために頑張って来て、でも菊花賞に出られなくてさ。でも菊花賞が終わってからすぐ、今度は『無敗のウマ娘』になろうと思った。
無敗のままトゥインクル・シリーズを駆け抜けて、ドリームトロフィーでカイチョーと戦いたいって。カイチョーを超えるウマ娘になりたいって思ったんだ。
でも───」
トウカイテイオーは、天皇賞(春)で敗北した。
メジロマックイーンを倒すどころか、結果は5着。初めての完敗を喫して、トウカイテイオーの夢は完全に潰えたのである。
レース後に判明した怪我で、メジロマックイーンとの再戦は叶わなくなり、そのメジロマックイーンも怪我で復帰は未定。リベンジマッチの見通しも立たず。
「分かってる。トゥインクル・シリーズで負けるのなんて当たり前だし、怪我もついて回るモノだって。
分かってるけど───ボクはこれから何のために、走ればいいんだろうなって……ボクはこれから、どうすればいいんだろうなって」
トウカイテイオーが握るグラスの中の氷が溶け、軽い音が鳴る。
俯くトウカイテイオーの右横で、イブキマイカグラとレオダーバンは目を見合わせ───レオダーバンはトウカイテイオーの正面に移動して左拳を握りしめ、イブキマイカグラはトウカイテイオーのポニーテールを掴む。
「「せーのっ!」」
声を揃えて、同時だった。
イブキマイカグラがポニーテールを引っ張り上げた瞬間、レオダーバンがアッパーカットを食らわせた。
「ごはっ!?」
天井を見上げさせられたトウカイテイオー。
スッキリした、と言わんばかりにレオダーバンは元の場所に戻り、イブキマイカグラも姿勢を戻した。
「ちょ、お二人さん!?」
「いや、つい」
「闘魂注入というヤツですよ」
「いっ……たいじゃないのさ! 何すんのさ!?」
トウカイテイオーが視線を正面に戻して、2人の方を向く。2人は澄ました顔、だが真剣な表情を浮かべている。
そして、イブキマイカグラが冷静な声音で言う。
「気持ちはよく分かる。僕も直前の怪我でダービーに出られなくなった。夢を目の前にして打ち砕かれるのは、本当に辛いことだ。
────だけどな、テイオー。
ハッとしたように、トウカイテイオーは目を見開いた。
「夢をどうすれば、なんて僕は知らぬ。夢は自分で見つけるモノだからな。
だから、これから言うことは僕の勝手な意見だ。お主がどうするかはお主が決めろ」
と前置きしつつ、イブキマイカグラはトウカイテイオーの桃色の双眸を見据えて続ける。
「僕はもう走れない。だが、お主はまだ走れる。
まだ走れるのなら、僕はお主にずっと走っていてほしい。ずっと帝王として君臨していてほしい。
お主は僕たちにとって、常に追い越すべき背中だったのだ。トウカイテイオーというウマ娘は、ずっと頂点に立っている、最強無敵の不敵な自信家であってもらわなければ困る。
それが何ださっきから、全く情けない。僕はこんな自信のないお嬢サマに負けたつもりはないぞ」
「───せっかくですから、私からも言いたいことを言わせてもらいましょうか」
と、目を見開いて呆然とするトウカイテイオーに、レオダーバンも言う。
「貴女が骨折して菊花賞に出られないと聞いた時は、残念という気持ちもありましたが──同時に、私はチャンスだとも思った。GⅠを勝つチャンスだと。実際、私は菊花賞を勝ち、GⅠウマ娘になりました。
でも──今になって思います。あのレースに、菊花賞にはトウカイテイオーが出走してほしかったと。貴女を倒して、菊花賞を勝ちたかったと。
……屈腱炎が分かった時、引退した方が良いとトレーナーには言われました。でも、私は復帰したいとワガママを言って、トレーナーを困らせました。
それは貴女ともう一度走りたいと、正々堂々と決着をつけたいと思ったからです。
貴女ともう一度走って、貴女を倒して──私が第52代の菊花賞ウマ娘なのだと、胸を張って叫んでやりたい」
だから、とレオダーバンの声に力が籠もる。
「トウカイテイオーには、最強の帝王でいてもらわなければ困る。トウカイテイオーの背中は、いつかブチ抜いてやりたい、私たちの目標なんですから」
「はい。貴女はワタシたちの世代の王なんですよ。いつまでも元気で、笑顔で、強いウマ娘であり続けてもらわないと」
ツインターボを引きずって戻って来たシャコーグレイドも、レオダーバンの言葉に続けた。
引きずられていたツインターボは、うつ伏せに突っ伏したまま「テイオー……ターボのライバル……」と呟いている。
そんなツインターボをひっくり返して、鼻の穴にティッシュを刺しながら、ナイスネイチャも笑いながら告げた。
「アタシはみんなほどじゃないけどさ──でも、テイオーはもっとキラキラしてる方が似合うよ」
「────────」
5人の思いを聞き届けて、トウカイテイオーは目を
そして、トレーナーがこの5人を選んだのはこういうことか、と納得した。
彼女たちの──トウカイテイオーと共にクラシックを走ったウマ娘たちの目標は、追うべき背中は、トウカイテイオーの背中なのだ。
日本ダービーを制したウマ娘として、トウカイテイオーは同じ年にクラシックを走ったウマ娘たちの思いを背負っている。
それが日本ダービーを勝つということ──世代の頂点に立つということである。
まだ、走れるのなら───
(みんなの夢を、背負って走る。怪我もしないようにして、ずっと頂点に立ち続ける)
トウカイテイオーはこれまで、挑戦して来た。
「無敗の三冠」に。メジロマックイーンに。
挑戦者として、難行に挑んできたのである。
だがこの秋、トウカイテイオーは挑戦者ではない。
トウカイテイオーは既に「王者」なのだ。
「───ありがと、みんな」
ずっと倒れて頭にくっついていたトウカイテイオーの耳が立ったのを見て、5人は口元を緩めた。
まずトウカイテイオーが見据えるのは、復帰戦として予定されるGⅠ「天皇賞(秋)」。
東京レース場、芝2000メートル──春の盾こそ逃したが、得意距離かつ府中のレースで負けるわけにはいかない。負けるわけがない、とまで言えるかもしれない。
「よしっ! ウォータースライダー、行こう!」
「何それ楽しそう! ターボも行くー!」
「ちょっと、ターボさんは大丈夫なんですか!?」
「まーまー。いざとなればアタシが何とかしますよ」
「ダーバン、水鉄砲を探しに行くぞ。滑り落ちてくる4人を迎え撃とうではないか」
「どうせならバズーカで行きましょう、バズーカ」
元気に立ち上がったトウカイテイオーに、5人は笑いながらついて行くのだった。
◇
「───そうだ。それが良い、テイオー」
プールサイドを小走りに、ウォータースライダーへ向かって行くトウカイテイオーたちを、陰からこっそり見守るウマ娘が1人。
計画を知っていて、バレないように追跡していた「皇帝」ことシンボリルドルフである。
「もう、本当に過保護よねルドルフは」
「むう……君だってレオダーバンのことを気にしていただろう、マルゼン」
その傍らには、呆れたように腕を組む水着のマルゼンスキー。マルゼンスキーに視線を向けることなく、シンボリルドルフはトウカイテイオー達を目で追いながら、少しムッとしたように返す。
過保護とは言い過ぎではないか。ちょっと気になる上に、今日は生徒会の仕事も無いから見守りに来ただけである。
「隙ありッ!」
トウカイテイオーに視線を釘付けにしたシンボリルドルフに、後ろからバケツに溜めた水を思いっきりブッかけたウマ娘が1人。
トレセン学園の一般生徒からしたら命知らずと思われる暴挙に打って出たのはしかし、シンボリルドルフと同じ三冠ウマ娘だった。
「───シービー。良い度胸じゃないか」
「だって、イタズラして下さいって感じだったし?」
「宣戦布告と受け取った。覚悟しろ!」
「あらあら、アゲアゲね」
逃げるミスターシービー、追撃するシンボリルドルフ。
2人を追いかけながら、レースとは真逆の展開だと思い、マルゼンスキーは笑顔を浮かべるのだった。
次走「菊の舞台へ」