ジャパンカップまで2週間を切った頃──今年出走する外国招待ウマ娘の顔ぶれが確定した。
今年、ジャパンカップに来日するウマ娘は7人。
───目されていた通り、ジャパンカップ史上類を見ない豪華メンバーになった。
史上最強の海外ウマ娘たち、と言っても過言ではないであろうほどの
「……そうは言うけどさ。ボク、見てもよく分からないんだよね」
と、私から海外ウマ娘のプロフィールをまとめた資料を渡されたトウカイテイオーは言った。
元々相手はそんなに気にしない──秋の天皇賞で、爆逃げコンビ(ダイタクヘリオス&メジロパーマー)にはちょっと苦手意識を持ったらしい──のがトウカイテイオーだ。
誰が相手でも自分の走りをするだけ、というスタンスは素晴らしいが、とはいえ作戦を立てる上では、敵のことも少しは知っておいた方が良いだろう。
「そうだな──この際だ、海外のレースに関してのことも交えながら、1人ずつ確認するのも良かろう。
警戒しすぎるのは良くないが、敵を全く知らないのも問題だからな」
トウカイテイオーをソファーに座らせ、私はホワイトボードをその横、執務机の前に移動させる。
では──今回出走する海外のウマ娘たちについて、トウカイテイオーにかいつまんで教授するとしよう。
「──何か、先生みたいだね」
「まあ、たまには良いだろう。海外のレースについて知る機会でもある」
と、言うわけで──まず初めに、今回最も注目を集めている海外ウマ娘について解説していこう。
顔写真をホワイトボードに貼り、名前を横に書き込みながらトウカイテイオーに指示を出す。
「その資料の1ページ目を見てくれたまえ。
今回、恐らく当日も1番人気になると思われる最有力のウマ娘は間違いなく彼女──イギリスのユーザーフレンドリーだ」
ユーザーフレンドリー(User Friendly)。
今年クラシック級を走り、ティアラ路線を主戦場とするウマ娘だ。髪色は鹿毛で、勝負服は黄色と黒色。白い帽子がトレードマークである。
「ユーザーフレンドリー……名前が10文字なんだね」
「海外の競走バ名はアルファベット18文字が上限だからな。それをカタカナに変換している都合上、9文字を超過することもしばしばある。
と、それはともかく──彼女はイギリスに限らず、ヨーロッパの現役最強ウマ娘だ。間違いなくな」
ユーザーフレンドリーは、今年のヨーロッパ年度代表ウマ娘である。
最優秀クラシック級ティアラウマ娘も同時に受賞しており、ヨーロッパにおいて現役最強の地位にあるウマ娘であることは疑いようがない。
「今年だけでGⅠを4勝、しかも無敗でだ。前走の『凱旋門賞』で初の敗戦を喫したが、それも僅差の2着。
年度代表ウマ娘に選ばれるのも納得の戦績だろう」
GⅠ「イギリスオークス」、GⅠ「アイルランドオークス」、GⅠ「ヨークシャーオークス」とティアラ路線で猛威を振るい、3ヶ国のオークスを制覇(日本ではこの3つのオークスをまとめて「欧州オークス三冠」と呼ぶこともあるが、現地では言われていない)。
それからGⅠ「イギリスセントレジャー」を制して英国ティアラ二冠を達成。「無敗の二冠ティアラウマ娘」に輝いた。
その後はパリロンシャンレース場の芝2400メートル、世界最高峰の中距離レース「凱旋門賞」で初めてシニア級のウマ娘たちと戦って2着となり、初めて敗北するも着差はクビ差。
ここまで7戦6勝。
生涯連対率100パーセントを維持し、凱旋門賞の敗戦を経ても彼女は評価を落とすことなく、今年のカルティエ賞年度代表ウマ娘に選出された。
今回参戦する海外ウマ娘の中でも、実績では彼女が頭一つ抜けている。
正直に言って、何故ジャパンカップに来てくれるのか分からないほどのウマ娘だ。
「──とは言え、ヨーロッパのレース場のバ場と日本のレース場のバ場は大きく違う。
彼女がジャパンカップで好走できるかは、バ場適性の有無に大きく左右されるだろうな」
「バ場が違うの? ヨーロッパって芝なんでしょ?」
「まず芝にも2種類あるからな。日本で言うと本土のレース場は和芝だが、北海道は洋芝──少し走り心地が違う。
君は函館レース場にも札幌レース場にも行ったことがないから、分かりづらいかもしれないが」
和芝と洋芝の違い、なんてところから話していては比喩でなく日が暮れるので、原因等は省略して簡単に言おう。
「洋芝のバ場は、和芝よりもタフだと言われている。和芝と比べて、攻略にはパワーとスタミナが必要になるというわけだ。ヨーロッパのレース場では洋芝が使われている。
それに加えて、ヨーロッパのレース場と日本のレース場ではコース形態が全く異なる」
ヨーロッパのレース場の特徴は、自然の中に柵を立ててコースにしているというところだ。
それ故、初めからウマ娘たちが走ることを想定して作られている日本のレース場と違い、地面がデコボコしていて起伏も激しい。
「特に違うのは高低差──坂だな。日本では淀の坂でも高低差4メートル程度だが、向こうは次元が違う。
イギリスオークス、イギリスダービーの舞台になるエプソムダウンズレース場などはその最たるもので、高低差は何と40メートルもある」
「ふーん……って、40って何!? 京都の10倍!?」
「期待通りのリアクションをありがとう。
他に言うとアスコットレース場が20メートル、パリロンシャンが10メートルといったところだが──ともあれ、ヨーロッパのレース場はスタミナの要求量が日本のレース場とは段違いだ」
そんな坂を登ったり下ったりして走れば、ウマ娘とはいえ、大半はスタミナ切れを起こす。
当然、道中掛かるなど以ての外である。
「加えて、ヨーロッパには雨季がある。凱旋門賞の時期などはまさにそうだな。
ただでさえスタミナとパワーを要求される上に、バ場状態が悪化すれば消耗は更に増す。当然、スピードも無ければ勝負にならん。
スピード、スタミナ、パワー、メンタル──全てにおいて優れている者でなければ、ヨーロッパの中距離GⅠは勝てない。特に凱旋門賞はな」
最後までスタミナを残し、デコボコで走りづらく、長い芝が絡みついてくる湿ったバ場において脚を使い続けた者だけが勝利を手にする。
トップスピードという面では日本ほど求められないが、スタミナとパワーが日本のウマ娘と比較にならないほど必要になる。
ヨーロッパのレースは日本のレースとは全く違い、別競技とさえ言えるモノだ。
「──ボクが行ったら、勝てると思う?」
「勝てる、と信じたいところだが──君の弾むような走法が、ヨーロッパの反発性の無いバ場にマッチする気はしないな。まあ、それも実際にやってみなければ分からんが。
ともあれ、バ場適性と言うのはそういうことだ。日本のウマ娘がヨーロッパのバ場で好走することは難しいのと同じように、ヨーロッパのバ場で活躍していたウマ娘が、日本のバ場に適応できるかはやってみなければ分からない」
日本の高速バ場で、ヨーロッパ最強のウマ娘がどんな走りを見せてくれるのか──1人のトレーナーとして、非常に興味深い。
彼女が勝つにせよ負けるにせよ、貴重なサンプルデータになりそうである。
「そろそろ話を戻そうか。ヨーロッパ現役最強の彼女を紹介したところで、流れでヨーロッパから参戦する他のウマ娘について見て行くとしよう。
次は今年のイギリスダービーウマ娘、ドクターデヴィアスだ」
ドクターデヴィアス(Dr.Devious)。
アイルランド出身、イギリス所属のウマ娘だ。
「イギリスのダービーを勝ったウマ娘、ってこと?」
「ああ。ジュニア級ではGⅢ『ヴィンテージステークス』とGⅠ『デューハーストステークス』を制覇。
クラシック級に上がってからは米国三冠の第一冠、GⅠ『ケンタッキーダービー』に挑戦したが、バ場が合わなかったか7着に敗退。そこからイギリスに戻り、イギリスダービーことGⅠ『ダービーステークス』を勝利した」
「ち、ちょっと待って。ケンタッキーダービー、ってアメリカのダービーだよね? 確か──」
「ああ。チャーチルダウンズレース場、
トウカイテイオーが引っかかるのも当然である。
アメリカの主要レースはダートのレースだ。アメリカにおける三冠レースも、その全てがダートになる。
ダートと言っても、日本におけるダートとアメリカのダートは全く異なる。
日本は砂だが、アメリカは土。土ダートでは砂ダートよりもスピードを求められる。どちらかと言えば芝コースに近いかもしれない。
「……なんでダートに挑んだのさ」
「そこまでは分からん。何か考えがあったのだろう。
イギリスダービー制覇後はGⅠ『アイルランドダービー』2着、GⅠ『インターナショナルステークス』で4着。GⅠ『アイリッシュチャンピオンステークス』をしっかりと勝ち切って、GⅠ『凱旋門賞』では六着。
それから再びアメリカに遠征し、
そして、このジャパンカップに駒を進めて来た。彼女はここをラストラン──最後のレースにする予定らしい。
「ふーん……ねぇ、
「良い質問だ、トウカイテイオー。他のウマ娘の説明にも関わって来る点でもあるし、
ブリーダーズカップ(Breeder's Cup)は、アメリカ最高峰のレースであり、アメリカにおけるトゥインクル・シリーズ最大の祭典である。
障害レースも含めて8つのGⅠレースが組まれており、会場は毎年持ち回り制──つまり、開催レース場が年によって異なるということだ。
「アメリカと言っても広いからな。
大きく分けると大西洋側の東海岸と太平洋側の西海岸に二分され、BCは基本的に東海岸側と西海岸側で毎年交互に開催されている。
今年は東海岸側のガルフストリームパークレース場、去年は西海岸側のチャーチルダウンズレース場──といった具合だ」
他にBCの開催経験があるのはハリウッドパーク、アケダクト、サンタアニタパーク、ベルモントパーク。
基本は大きなレースが組まれている、アメリカ国内でも主要なレース場で開催される。
「アメリカのレース場は全て左回りで、コース形態もそう大きな違いは無い。だからこそ、持ち回り制が成立する面もあるだろう。
ともあれ、GⅠ『ブリーダーズカップターフ』はこのBCの一つだ。芝2400メートルの準メインレース──アメリカの芝路線では、最高峰のタイトルになる」
「アメリカの芝、ってどんな感じなの?」
「日本に似ている、と言われているな。軽い芝でタイムが出やすい。レース場も比較的平坦で、日本の芝ウマ娘はアメリカの芝でも走りやすいだろう。
小回りで直線が短いことから基本的には先行が有利であるし、君も行けば勝負できるのではないかな」
そして、それは逆のことも言える。
アメリカの芝で好走できるウマ娘は、日本の芝にも適応できる可能性が高い。少なくとも、ヨーロッパで好走しているウマ娘よりは。
「ドクターデヴィアスは流石にローテーションが厳しいとは思うが、BCターフの4着は侮れまい。
そして、今年参戦するイギリスダービーウマ娘はドクターデヴィアスだけではない。彼女、クエストフォーフェイムもそうだ」
3枚目の写真をホワイトボードに貼って見せる。
次に注目するのは、一昨年にイギリスダービーを勝ったウマ娘、クエストフォーフェイム(Quest for Fame)だ。
「一昨年、ニューベリーレース場で未勝利戦を勝ち、GⅢを2着としてからイギリスダービーに出走。そのまま勝利して、ダービーウマ娘になった」
その後はアイルランドダービーを5着とし、長期休養に入って秋には一度も出走せず。
翌年になって復帰した後はインターナショナルS2着、BCターフ3着などGⅠで好走するも勝ち切れないまま、今年からアメリカに移籍して走っている。
「移籍後はアメリカの芝の重賞を2勝。今年のBCターフでも、先程説明したドクターデヴィアスを下して3着に好走した。
ピークは過ぎているという印象もあるが、芝適性という点では決して侮ることはできないウマ娘だろう」
少し最初の2人で時間を使いすぎたので、ここからはできる限りサクサク行くとしよう。
「次は彼女、ディアドクター」
「……またドクター?」
「ああ。一応Dr.とDoctorで違うがね」
ディアドクター(Dear Doctor)。
フランスに所属しながら、アメリカでも好走している──軽い芝のレースも得意とするウマ娘だ。
「デビューは一昨年。クラシック級4月と遅めで、クラシックレースには参加できず。
勝ち上がりにも時間を要して、去年シニア級に入ってから挑んだサンクルーのGⅡ『ジャンドショードネイ賞』が重賞初制覇になった。
その後はアメリカにも積極的に遠征し、今年にはGⅠ『アーリントンミリオン』も制している。後方脚質から安定性には少し欠けるが、これまでに重賞を五勝している」
前走の凱旋門賞では10着に敗れたが、ディアドクターは今回参戦する海外ウマ娘たちの中で、唯一アメリカの芝GⅠに勝ったことがあるウマ娘である。
昨年、メジロマックイーンを破ってジャパンカップを勝ったアメリカのウマ娘ゴールデンフェザントも、アーリントンミリオンの覇者だった。
「そして、フランスから参戦するウマ娘はもう1人。ヴェールタマンドだ」
「……これで『タマンド』って読むの?」
「訳す過程でtとAが繋がったのだろうな」
ヴェールタマンド(Vert Amande)。
今回の海外ウマ娘の中ではGⅢとGⅡを1勝ずつでGⅠは勝っておらず、実績的には最も劣るだろうが───
「前走の凱旋門賞では、ユーザーフレンドリーに続く3着。15番人気を覆しての激走を見せた。好走しているレースの条件を見る限り、2400メートル前後での彼女のパフォーマンスはかなり高い。
ジャパンカップにおいても、適性次第では穴を開ける可能性があるだろう」
と、ここまででようやく5人──欧米から参戦するウマ娘たちを全部トウカイテイオーに解説した。
残り2人は、南半球から参戦するウマ娘である。
「えぇ……まだいるの?」
「ああ。だが、心して聞いてくれたまえ。
欧米から来るウマ娘たちよりも、ともすれば南半球──オーストラリアとニュージーランドから参戦するウマ娘たちの方が、脅威になり得るかもしれない」
事実として、ジャパンカップでオグリキャップを破ったのは、ニュージーランドのウマ娘──芦毛のホーリックス(Horlicks)。
その時の走破タイムが、2分22秒2。
これは東京レース場芝2400メートルのコースレコードにしてジャパンカップのレースレコード、並びに芝2400メートルにおけるワールドレコード。
着順掲示板に表示された瞬間、誰しもが目を疑い、計測ミスを疑ったほどのスーパーレコードだ。
「オーストラリアは短距離レースが中心だが、彼女たちは自国のレースで結果を出し、南半球の威信をかけてジャパンカップに出走して来る。
その上、オーストラリアのバ場は日本のバ場に近い軽めの芝。あくまでダートレースが中心のアメリカと違い、芝をメインとする」
トゥインクル・シリーズ自体も非常に盛況で、その歴史も長い。
伝説のスプリンターの活躍以後、中長距離はメインから外れてしまったとはいえ、今年南半球からやって来るのは間違いなく中距離でも強いウマ娘たちだ。
「まず、1人目は『南半球最強の一人』とも呼ばれるウマ娘──レッツイロープだ」
レッツイロープ(Let's Elope)。
英語から日本語に直訳すると、名前の意味は「駆け落ちしよう」になる。なかなか攻めた名前の彼女であるが、その戦績は輝かしいモノだ。
「特に去年の秋から今年の春にかけて、彼女は重賞戦線で猛威を振るった。
実に重賞を7連勝──その中にはGⅠ『コーフィールドカップ』、GⅠ『マッキノンステークス』、国を止めるとまで言われるオーストラリア最大の祭典であるGⅠ『メルボルンカップ』、GⅠ『オーストラリアンカップ』と、四つのGⅠが含まれる」
オーストラリアの主要な中長距離のGⅠタイトルを、彼女が1人でほぼ総ナメにした形だ。
1ヶ月の間にGⅠを3連戦し、最後のメルボルンカップが3200メートルということもあって流石に消耗したのか、昨年のジャパンカップには出走して来なかった。
今年は去年ほどの勢いが無いものの、前走のコックスプレートは5着。それ以降はジャパンカップを狙って調整して来ているようだ。
「そして、もう1人がナチュラリズム。
今年のGⅠ『AJCダービー』──オーストラリアンダービーを勝ったウマ娘だ」
ナチュラリズム(Naturalism)。
緑と白の勝負服を纏う彼女で、説明は最後である。
「……ダービーウマ娘、何人いるのさ?」
「イギリスのダービーウマ娘がクエストフォーフェイムとドクターデヴィアスで、オーストラリアからがこのナチュラリズム。
日本ダービーを勝った君とミホノブルボンを合わせて、5人になるな」
3ヶ国、5人のダービーウマ娘が対決するというのも、今年のジャパンカップの大きな見所になる。私自身、非常に楽しみなポイントの一つだ。
「ナチュラリズムは『ローズヒルギニー』と『AJCダービー』でGⅠを2勝し、オーストラリア三冠のうち二冠を制している。重賞は2つのGⅠを含め計7勝。
今年のコックスプレートでは不運があって競走中止となったが、彼女も満を持してジャパンカップに出走して来るだろう」
以上が、今年のジャパンカップに参戦する海外ウマ娘の全てである。
これを迎え撃つ日本のウマ娘、その筆頭が昨年「無敗の二冠」を達成したトウカイテイオー。
惜しくも三冠は逃したものの、今年「無敗の二冠ウマ娘」となったミホノブルボン。
大波乱となった今年の秋の天皇賞を制したウマ娘、レッツゴーターキン。
更にはライスシャワーを抑えて今年のGⅡ「セントライト記念」を勝ったレガシーワールド、重賞戦線で活躍するイクノディクタスなどを始め、非常に見応えのあるメンバーが顔を揃えた。
「───GⅠだから当たり前だけど、やっぱり簡単に勝てるメンバーじゃないね」
「ああ。しかし、だからこそ──」
「ここで勝利することには価値がある、んでしょ?」
ニヤッと笑って、私のセリフを先取りするトウカイテイオー。──それでこそである。
「ああ。史上最強の海外ウマ娘たちが揃ったということは、このレースを勝つことで世界の頂点に立てるということだ。
見せてやろう。トウカイテイオー此処に在りとな」
次走「Welcome to the Japan Cup」