トウカイテイオーとトレーナーの専属契約を結んだことで、私はいよいよ、トゥインクル・シリーズ制覇を目指して動き始めることになった。
まずはトウカイテイオーの目標のため──トゥインクル・シリーズで覇権を握るために、綿密なる計画を立てることが肝要だ。
かつては立てた計画が頓挫したこともあったが、今回は同じ轍を踏むまい。
トウカイテイオーと共に「無敗の三冠」を達成するべく、私にできることは全て、惜しむことなく行う覚悟である。
そのために必要なことは、トウカイテイオーを鍛えることだけではない。
敵となり得るウマ娘を洗い出し、情報を集めること。目標となるレースに関するあらゆるデータを収集し、分析すること。
──やるべきことは山積みであり、私は昼夜も休日も問わず、トレーナーとしての仕事に追われていた。
4月も半分を越え、すっかり5月も近づいた頃──私はトウカイテイオーをトレーナー室に呼び、作戦を練ることにした。
時間通りにドアが勢い良く開かれ、輝かしい笑顔と共にトウカイテイオーが入室して来る。
「やっほートレーナー! 話って何?」
「よく来てくれた。話というのは他でもない──我々が覇権を握るべく、これからの見通しを立てようと思ってね」
何せ、トウカイテイオーが目指すのは「無敗の三冠ウマ娘」なのである。
敗北は一度たりともあってはならない。ジュニア級のメイクデビュー戦から最後の一冠まで、トウカイテイオーに敗北は許されないのだ。全てのレースに万全の体調で挑む必要がある。
「改めて確認しよう。君の目標は『無敗のクラシック三冠』を達成することだ」
トゥインクル・シリーズには「クラシック路線」と「ティアラ路線」の2つがあり、各ウマ娘はそのどちらかを選ぶことになる。
クラシック路線は「クラシック三冠」を、ティアラ路線は「ティアラ三冠」を目指すことになる。
「無敗のクラシック三冠」を目指すトウカイテイオーが選択するのは、当然クラシック路線。
中山芝2000メートル、第一冠「皐月賞」。
東京芝2400メートル、第二冠「東京優駿(日本ダービー)」。
そして京都芝3000メートル、第三冠「菊花賞」。
これが日本トゥインクル・シリーズにおける、クラシック三冠レース。全てのウマ娘が目指す、世代の頂点を巡り争うGⅠレースである。
トゥインクル・シリーズ発祥の地であるイギリスの三冠レースになぞられて創設され、三冠全てが何十年という歴史を積み重ねてきたレースだ。
とはいえ、その全てを制することは困難を極める。
怪我と隣合わせのトゥインクル・シリーズで、この全てのレースに五体満足で出走できることが大前提。
その上、距離も舞台も問わず結果を出すことができて、かつ4月から10月まで世代のトップに立ち続けていなければ達成できない。
三冠の難度は、他ならぬ歴史が証明する。
日本トゥインクル・シリーズの歴史は今から100年近くも遡ることができ、三冠レースが創設されてから半世紀以上もの時が経過している。
にも関わらず、この3つのレースを全て制し「三冠ウマ娘」となった者の数は、片手で数えられるほどしかいない。
「初代三冠ウマ娘」セントライト。
「ナタの切れ味」シンザン。
「ターフの演出家」ミスターシービー。
「皇帝」シンボリルドルフ。
史上で「クラシック三冠」を成したのは、この4名。
そして、無敗での三冠制覇を達成した者は、シンボリルドルフただ1人のみ。
これからトウカイテイオーが挑むのは、そういうモノだ。
才能も努力も運も、その全てを兼ね備えた者であっても達成することが成し遂げることは極めて難しい、トゥインクル・シリーズにおける最高の名誉。
──だからこそ、挑み甲斐があるというモノだが。
「トウカイテイオー。君が三冠に挑戦するのは来年になる。
デビューの時期、出走するレースはその時々の君の体調を見ながら、慎重に判断する。
状況によっては、ジュニア級のGⅠを捨てることになるだろうが──構わないな?」
「うん。──目標は、そこじゃないもんね」
「そういうことだ。勿論、出られるようなら出走することになるかもしれないが、現段階では何とも言えないのでな」
ウマ娘のトゥインクル・シリーズでのキャリアは、ジュニア級、クラシック級、シニア級の3つに分けられる。
彼女たちは自分の身体の本格化や時期などを加味しながら、レースへの出走時期を決定する。1年目はジュニア級、2年目はクラシック級、3年目以降はシニア級となり、毎年1月1日に繰り上がる仕組みである。
6月から12月の間にデビューする場合はジュニア級からスタート、1月から5月の間にデビューした場合はクラシック級からスタートになる。
また、レースは「クラス」により分けられている。
下から順番に「メイクデビュー・未勝利」「1勝クラス」「2勝クラス」「3勝クラス」「オープン特別」「GⅢ」「GⅡ」「GⅠ」であり、誰しも最初は「メイクデビュー・未勝利クラス」からデビューする。
基本的には勝つたびにクラスを順番に一つずつ上がっていくが、勝つまでは行かずとも重賞(GⅢ〜GⅠ)で好走すると上がることもある。
レース体系は原則として6月〜7月にはジュニア級限定のレースとクラシック級以上(シニア級含む)のレース、1月〜5月まではクラシック級限定のレースとシニア級のレースという2本立て。
なお、ジュニア級の最初は「メイクデビュー」と「オープン」しかクラスが組まれないものの、勝ち上がったウマ娘の増加に合わせてクラスは増やされていき、9月には「1勝クラス」、翌年6月には「2勝クラス」が追加、というように細分化されていく格好だ。
トレセン学園に入学して来たウマ娘たちが目指すのは、当然最高峰の「GⅠ」レースの制覇。
しかし、大半のウマ娘はGⅠは愚かオープンクラス、1勝クラスに至ることすらできない。
基本的にクラシック級終了までの1年半の間に勝ち上がれなければ、この中央のトレセン学園にい続けることは難しいと言えよう。
い続けたところで、1年半の間に勝ち上がれないような者が格上を相手に走ったとしても、勝てる見込みはほぼ皆無だと言わざるを得ない。
そうなった場合、大井や船橋といった地方のトレセン学園に移籍して走り続けるか、レースを諦めて一般の学校に転校する──など、トレセン学園から去ることが多い。
また、勝ち上がっても怪我などによって走れなくなってしまう場合もあり、残酷だがウマ娘たちはここからふるいにかけられ、どんどん容赦なく振り落とされて行くことになるのだ。
1年に数千人単位のウマ娘がトレセン学園に入学して来るが、メイクデビュー・未勝利戦を勝ち上がれるのは1500人程度。
GⅠに至っては日本国内では年に20前後しか行われないため、その頂に至るのが如何に過酷か──ましてや、「無敗の三冠」などはどれほど困難で、どれほどの偉業であるのかなど、言うまでもないだろう。
若干脱線して前置きが長くなってしまったが、ジュニア級のGⅠと言うのは12月に行われるジュニア級の王者決定戦のことである。
現在、ジュニア級GⅠは東西に一つずつある。
中山芝1600メートルの「朝日杯ジュニアステークス」と、阪神芝1600メートルの「阪神ジュニアステークス」だ。
なお、現状2つあるジュニア級GⅠは両方クラシック路線のモノという扱いだが、近い内にその片方がティアラ路線のGⅠに変更される予定である。
──と、ここまで長々と説明してきたが、このジュニア級GⅠはトウカイテイオーの目標ではない。
日本におけるジュニア級GⅠは、あくまでもクラシック三冠の前哨戦のような捉え方をされている。言わば、単なる通過点。
ここに間に合わなくても問題は無いし、ジュニア級GⅠに出走していないウマ娘がクラシックGⅠを勝つことも珍しくない。ミスターシービーもシンボリルドルフも、ジュニア級GⅠには出ていない。
トウカイテイオーの目標は、あくまでも三冠。
来年の4月に行われる皐月賞までにオープンクラスまで上がり、一冠目の皐月賞に出走できればそれで良い。
「デビューの時期は──君の成長次第だが、今年の冬を予定している。そこから2月までの間に勝ち上がり、3月のトライアルレースで皐月賞への優先出走権を取りに行く。構わないな?」
「うん」
私の確認に、トウカイテイオーは頷いてくれた。
「トライアルレース」と言うのは、クラシックGⅠレースの前に行われる前哨戦のことだ。
そこで勝利するか、もしくは入着することによって、本番となるレースへの「優先出走権」を獲得することができる。
皐月賞のトライアルレースは3月に行われる中山芝2000メートルのGⅡ「弥生賞」、同じく中山芝2000メートルのオープン特別「若葉ステークス」、中山芝1800メートルのGⅡ「スプリングステークス」の3つ。
この内のどれに出ることになるかは分からないが、弥生賞とスプリング
必ずしもトライアルレースを経由する必要は無いが、出走権を得るのがより確実なルートだと言える。
「カイチョーは弥生賞からだったから、ボクも弥生賞が良いなー」
「……それはその時の、君の体調次第だな。悪いが、確約はしかねる。
ともあれ、君のやるべきことは単純だ。ただただ、出たレースに勝つだけだよ。優先出走権の付与は何着までか、などという些事は、1着を取ってしまえば関係はないからな」
ここまで様々なことを確認しながら進めてきたが、要するに勝てば良いのである。ひたすら勝ち続けていけば、トウカイテイオーの夢は実現する。
───もっとも、それが何より難しいわけだが。
「ローテーションの確認は、これで良いだろう。
皐月賞以降はダービー、菊花賞とノンストップで駆け抜けるだけだ。菊花賞の前に前哨戦を走ることになるかもしれないが、それはその時に話をしよう」
目指すべき場所はハッキリしている。後はただひたすら、進むだけである。
「話はこのくらいなの? じゃあ、トレーニング始めようよ! ボク、早く強くなりたいもん!」
「そう急ぐことはない──と、うかうかはしていられないか。早速始めよう」
3月の前哨戦に出るためには、2月までにオープンクラスに上がっておくことが安全だ。そこから逆算すると、遅くとも12月にはデビューしなければ間に合わない。
──長く見積もってもデビューまで7ヶ月、泰然と構えているわけにはいかない。
恐らく、7ヶ月程度はあっという間に過ぎる。それまでにトウカイテイオーの身体を完成させ、連勝を重ね、ひとまず皐月賞まで辿り着かなければならない。
私はストップウォッチなどの必要な道具を持ち、トウカイテイオーに続く形でトラックコースに向かうのだった。
◇
トラックコースに出ると、相変わらず多くのウマ娘たちが練習に励んでいた。
最早我々には関係ないことだが、年4回の選抜レースの日も近づいていて、熱を入れているウマ娘たちも多いようだ。
「トレーナー。あそこの人だかり、何かな?」
トウカイテイオーがトラックコースの一角を指差して、そう問うて来た。
トウカイテイオーの指す先に視線を向けると、そこには数十人の人だかり。
その中心には、2人のウマ娘が立っているようだ。ショート、と言っても不足なほどの短髪のウマ娘と、もう1人は芦毛の長髪を持つウマ娘である。
「ふむ……片方はメジロライアンのようだな」
「それって、先週の皐月賞に出てた子?」
「ああ。今年の弥生賞を勝ち、皐月賞でも3着。クラシック戦線の中核を担っているウマ娘の1人だ」
メジロライアンは分かるが、もう片方の芦毛の長髪のウマ娘の方は分からない。
ライアンと親しげに話していることから、あちらも恐らくは「メジロ」のウマ娘だろう。
トゥインクル・シリーズの名門「メジロ家」──長距離に重きを置く彼女らはGⅠ「天皇賞(春)」の勝利を至上命題とし、毎年数多くの優秀なウマ娘をトゥインクル・シリーズに送り込んでいる。
過去にも平地・障害問わず多くのGⅠウィナーを輩出しており、史上初のティアラ三冠制覇を達成して「魔性の青鹿毛」との異名を取るメジロラモーヌなどが、その筆頭と言える。
「と、見物に来たのではなかったな。君はまず、自分の身体を仕上げることに全力を尽くさねばならない。
──そうだな。まずはウォーミングアップ代わりに、ウッドチップコースを1周して来たまえ。
ちょうどメジロの2人も走るようだ。小手調べに併せて、今年のクラシックで戦うウマ娘の速度を見て来ると良い」
「オッケー!」
トウカイテイオーは元気に階段を降り、トラックコースに向かって行く。
コースの反対側でメジロのウマ娘2人が同時に走り出し、2人が通りすがるのに併せて、トウカイテイオーもスタートを切った。
(……やはり、走り方が特徴的だな。シンボリルドルフの走りにも似ているが、それを数倍柔らかくしたような走り方だ)
トウカイテイオー──彼女の最大の武器は、身体の柔らかさだ。
全身がバネであるかのような走りで、まるで地面をジャンプ台にし、一歩一歩水平方向に跳んでいるかのような脚運び。今年の新入生の中でも、トウカイテイオーの走りは群を抜いている。
しかし、これは彼女の強みであると同時に、弱点にもなり得る可能性がある。柔らかすぎるが故に脚への負担が大きくなり、怪我にもつながりかねない。
(トレーニングでかける負担などは、相当な注意を払って緻密に計算をしなければなるまい。
緩めては身体を仕上げられないが、やりすぎては怪我に結びつく──ここがトレーナーとして、私の腕の見せ所となるか)
難しいが、やり甲斐がある。そうでなくては困る。
彼女を、トウカイテイオーと運良く契約できたから三冠を取れた──などという事態になっては、トレーナー失格である。
今回の戦いはかつての戦いと違い、自分一人ではできない戦いだ。トウカイテイオーと共に二人三脚で挑戦しなければ、栄光は掴めない。
「才能ある新入生と契約したって聞いたぞ、マクギリス。今、マックイーンと走っている彼女がそうか?」
──と。
ふと声をかけられ、俺は愕然とした。
「────!」
反射的に、声のした方向を──その声の主の方に、視線を向けた。
その声は、男性の声。軽薄さと爽やかさを兼ね備えた、俺にとっては聞き慣れた、時には忌々しいとさえ思いつつも忘れられない男の声であり──俺の目線の先には、俺のよく知る男が立っている。
紫色の髪と、垂れ気味の眼。
黒地のスーツを着て、前髪を左側に流し、笑みを浮かべるその男は、俺が殺し──俺を殺した男だった。
「────ガエリオ。お前、何故……」
ガエリオ・ボードウィン。
かつて友人であり、俺の前に障害として立ちはだかった男が、俺に殺される前の姿でそこにいた。
「オイオイ、何故とは何だ。お前らしくもない冗談だな。
そもそもお前、この1ヶ月挨拶にも来ないなんてどういうつもりだ? 俺の方がお前より早くトレーナーになってて、何より俺とお前の仲だろうが」
トレーナー室に行ってもいないと来た、とガエリオはボヤくが、それどころではない。
……いや、待て。流石に理解が追いつかない。
ラスタル・エリオンには「かつて」の記憶があるようだったが、ガエリオはそうは見えない。
オルガ団長や三日月・オーガスの前に、またしてもギャラルホルン側の人間に出会ったのも驚きだが、ラスタルとはまた状況が違っていそうなのは──俺に殺される前、俺と対立する前のガエリオであるように見受けられるのは、どういうことなのか。
「まあ、お前が自分から会いに来ないのは今に始まったことじゃないか。お前は昔から、俺たちの方から遊びに行かなければ、ずっと1人で本を読んでいたような奴だからな。
──どうした、マクギリス。そんなに見られると、流石にいづらいんだが……な、何だ!? 何か、俺の顔に付いているか!?」
どこだ、と慌てて自分の顔に手をやるガエリオ。
──やはり、このガエリオは俺に殺される前のガエリオであるようだ。恐らく、このガエリオには俺に殺された記憶も、俺と戦い俺を殺した記憶も無い。
まだ少し混乱しているが、大体の状況は掴めた。
そもそも私自身、死んだハズであるのに様々な世界を巡らされている身だ。俺に殺される前のガエリオが現れても、驚きではあるが不思議ではないだろう。時間の歪みなど今更である。
私はそう自分に言い聞かせ、いつも通りの笑みを浮かべつつ、ガエリオから視線を外してトウカイテイオーの方に戻しながら、平静を保って言い返す。
「それはすまなかった。少々込み入っていて、お前に挨拶をするなどということまで思い至らなかった。
新任トレーナーは、契約を勝ち取るのに必死でね」
「ああ、分かっている。別に責めてるわけじゃない。
……お前のその必死の努力の結果が、あのウマ娘──トウカイテイオーというわけだな」
ガエリオの問いに頷きながら見ると、トウカイテイオーはメジロライアンともう1人、芦毛のメジロのウマ娘と一緒に走っている。
──いや、メジロライアンはトウカイテイオーから1バ身ほど後ろだ。トウカイテイオーと並んで、張り合うように走っているのは芦毛のウマ娘の方だった。
「──ほう。トウカイテイオーと、あそこまで走れるとは」
やはりメジロのウマ娘、それもライアンと共にいるということは、並大抵のウマ娘ではなかったか。
トレーニングが終わってトウカイテイオーを帰した後、彼女については調べなければなるまい。クラシック戦線において、トウカイテイオーの三冠制覇を脅かすライバルになり得るかもしれない存在だ。
「それはこちらのセリフだ。
──やはり流石だな、マクギリス。マックイーンとあそこまで走れるウマ娘を見初めて、契約まで結んでしまうとは」
「……あの芦毛のウマ娘は、お前の担当なのか?」
「ああ。アイツはメジロマックイーン──今年の2月からデビューして、今年のクラシック級を走ってる」
なるほど。彼女は今年もう既に、クラシック級のウマ娘であるのか。ならば、少なくともクラシックでトウカイテイオーと戦うことはないわけだ。
とはいえ、今の今まで知らなかったのは私の怠慢と言う他ない。
「今まではメジロの施設でトレーニングをしていて、俺もそっちに付き合っていたのだがな。
今週からはトレセン学園に戻って、5月の1勝クラスのレースに備えることになったわけだ」
前は惜しくも2着に負けてしまってな、とガエリオは恥とばかりに髪を掻く。
──私のアンテナに引っかからなかったのは、そういうことか。今年ジュニア級のウマ娘を中心に情報を集めていた分、今のクラシック級のウマ娘はまだ探り切れていないとはいえ、あれほどのウマ娘を見逃していたとは。アンテナの張り方を考え直さなければならないだろう。
「──待て。お前、今週までトレセン学園にいなかったのか? それでは挨拶に行けるわけがないだろう」
「来てくれると期待していたんだが」
「無茶を言うな。新任トレーナーがどの面を下げて、かのメジロの敷地に殴り込める?」
それもそうか、とガエリオは笑う。
──本当に、あの頃のガエリオであるのだなと、私としても感慨深いような気持ちになる。
ならば──もう一度、今度はただの良き友人として、ガエリオと関わるのも悪くはなかろう。
「──しかし、1周だけと言っておいたんだが、2周目に突入したか」
トウカイテイオーとメジロマックイーンは、依然としてコースを競うように走っている。
脚を止めたメジロライアンが「やれやれ」と、2人を見ながら呆れたように笑っているのが見える。
トレーニングメニューが早速崩れつつあるが、まあ問題は無い。そんなモノは修正すれば済む。
何より、競い合う相手がいるというのは、これ以上無い刺激になるだろう。
特にトウカイテイオーほど才能のあるウマ娘にとって、自分と渡り合えるライバルというのは貴重だ。
「同じ歳で、良いライバルになりそうだな。
俺たちもお互い、頑張ることにしよう。俺はまず、マックイーンをクラシックに出させないと、メジロ家に何を言われるか。できればダービーも狙いたいんだが、次のレース次第だよ。
──それはそうと、今夜は空いてるか? 久しぶりにメシにでも行こう」
「……今のところ、予定は無い。奢ってくれるならば付き合っても構わないぞ、先輩?」
「先輩はやめろ」
じゃあまた後でな、と私の右肩を叩いて、ガエリオはトラックコースに背を向けた。
──「3周を超えたらマックイーンを止めてくれ」という伝言を残して。
私は思わぬ再会を噛み締めつつ、ひとまず放っておいたら永遠に走り続けていそうなトウカイテイオーとメジロマックイーンを止めるべく、トラックコースに降りる階段を歩き出すのだった。
◇
マクギリスを残してトラックコースを後にしたガエリオは、自分にあてがわれたトレーナー室へ戻った。
──そして、そのドアの前には、1人の髭を生やした男が立っている。
「マクギリスとの久々の再会はどうだったんだ、
不敵に笑い、ガエリオを「ヴィダール」と呼び、そう問うたのはラスタル・エリオン。
ガエリオは目を伏せ、ラスタルの──かつて協力関係を結んでいた、自分を匿ってくれていた男の言葉に答える。
「どうも何もない。普通だったさ」
俺にヴィダールとなった以降の記憶があることには気づいてなさそうだったけどな、とガエリオは言う。
とはいえ、別にそれが残念だとは思っていない。むしろ、ガエリオの狙い通り──そうでなければ、こちらの世界に来た当初は付いていた顔の傷を消し、昔の髪型をして、満を持して会いに行った意味が無い。
「意味も原理も分からないが、せっかく争いとは無縁な世界に来たんだ。わざわざ争う必要は無いし、殺し殺された記憶が俺にあると分かっても、良いことはないだろう。
それに───」
もう一度、この世界でやり直せるならば。
何のしがらみも無く、対等な友人になれるならば。
「マクギリスにはもう、
マクギリスはかつて、罪を犯した。許されざる行いをした。マクギリスのしたことを許す気は無い。
だが、マクギリスと友人であったあの頃は、ガエリオにとって本当に楽しい時間だった。
そして、マクギリスの真意を知らなかったあの頃とは違う──全てを知った上でもう一度、マクギリスと語り合い、分かり合いたいと、ガエリオは思うのだ。
「──お前も甘い男だな。自分を殺した相手にそんなことを言えるとは」
ガエリオの決意を聞き届けたラスタルは、呆れを混じらせながら笑う。だが、その笑いには清々しさもあり、ガエリオ自身も苦笑を浮かべた。
「好きにするが良い、ヴィダール。
私とお前のマクギリスに対抗するための協力関係も、ここでは必要あるまいよ。──トレーナーとしての協力はしたいところだがな」
「それはこちらもだ。今の俺たちが何よりも優先すべきは、レースに挑むウマ娘たちだからな」
そう。今の自分たちは、ギャラルホルンではない。
担当するウマ娘たちのことを第一とする、トレセン学園のトレーナーなのだ。
トレーナー室の中に消えていったガエリオの背を見届け、その言葉を思い返しながら、ラスタルもまた考える。
(もう一度、か───)
ラスタルとしても、マクギリスと対立したくて対立していたわけではない。
──マクギリスが幼かった頃、彼を正すために自分にできたことはなかったかと考えると、やはり何かあったのではないかと思えるのだ。
何が欲しいか、と問うた時、マクギリスは「バエル」と答えた。
力の象徴たる「ガンダム・バエル」を求める、マクギリス・ファリドという
知っていて、何もしなかった。
できなかったのではない。しなかったのである。
例え他家の子とはいえ、大人としての子どもに対する責任を、ラスタルは果たさなかった。
(───私としても、もう一度マクギリスという男と向き合ってみるべきかな)
◇
トレーナーの指示通り、メジロのウマ娘の子たちに併せるように、ボクはトラックコースを走った。
付いて行って、追い越してやろうと思っていた──けど、ボクに追い越されない子がいて、びっくりした。
芦毛の長い髪の毛の、気品のあるウマ娘。ボクと同じ歳で、もうデビューしているのにもびっくりしたけど、すごく速くて、すごく綺麗だなって思った。
トレーナーに聞いたんだけど、その子の名前はメジロマックイーンと言うらしい。
今は2戦1勝で、5月に1勝クラスのレースを走る予定。今のところダービーを目指しているんだとか。
つい先週、皐月賞が終わった今からダービーを目指すとなると、次のレースを勝ってそのまま抽選突破を狙わないといけない。
……でも、あの子ならやってしまえそうな気もした。分かんないけど。
「あら」
「あっ」
それで。
その子と帰り道で、バッタリ出会ってしまった。
「………………」
「──────」
そして、帰る方向も同じだから、自然と一緒に帰ることになった。会話が無いからちょっと気まずい。
でも、この子がちょっと気になるというか、ボクと同じくらい走ったことに間違いはないわけで。
──まあボクの方がデビューは1年遅れになるんだから、もうデビューして勝ち上がってるこの子がそれなりに速いのは当然なんだけど、それでもすごいウマ娘なんだなって思う。
「……あのさ、マックイーン──だっけ? キミってトゥインクル・シリーズで、何が目標なの?」
「──なんですの、いきなり」
「良いじゃん、同じ学年なんでしょ? それにほら、何か目標っていうか、夢が無いとトレセン学園なんて来ないじゃん?」
とりあえず、話しかけてみることにした。
すると、彼女は目を伏せて、涼しげに答えた。
「
「へー、やっぱりメジロ家ってそうなんだね」
彼女のメジロ家は、長距離レースを重視している──それはボクも知っている。
実際、昔に天皇賞(春)を勝ったメジロのウマ娘もいるらしいし、カイチョーのレースにもメジロのウマ娘はいた。
「──それで?」
「え?」
「貴女はどうなんですの? 私に言わせたのですから、貴女にも答えて頂きます」
それで終わるかと思ったけど、彼女は聞き返してきてくれた。
ちょっと意外な……というか、涼しい顔をしてるからあんまり他のウマ娘のこととかどうでもいいのかなって印象だったけど、違ったみたい。
「ボクは『無敗の三冠ウマ娘』。カイチョーみたいなウマ娘になりたいんだ」
「それは───とても、大きな夢ですわね」
と。彼女は、真剣な面持ちで受け止めた。
「……笑ったりしないんだね」
「人の夢を
……俄然、この子が気になってきた。
今まで「無敗の三冠」なんて言ったら、「絶対無理だ」って返されることも多かったけど、この子はトレーナーと同じだ。
ボクが本気だって、分かってくれてる。
「ねえキミ、名前は?」
「? 貴女は先ほど、貴女のトレーナーから私の名前は聞いたと───」
「そうだけど、もっかいキミから聞こうと思ってさ」
ボクは彼女の目の前にステップで回り込んで、彼女の薄い紫色の目を覗き込んで聞く。
彼女の目がほんの一瞬、揺れた気がした。
「ボクはトウカイテイオー。キミは?」
まずはボクから自己紹介。
すると、彼女は微笑みを浮かべて、ボクに名前を教えてくれた。
「マックイーン。私は、メジロマックイーンですわ」
そして、彼女が差し出してくれた手を、ボクは思いっきり握り返した。
「ありがと。これからよろしく、マックイーン。もしこれから戦う時が来たら、ボクが勝つからね!」
「生憎ですが、負けるつもりはありませんわ」
レース日程(番組)は史実のトウカイテイオー現役当時(1990〜1994年)のものをそのまま使います。
なお、下級条件のクラス分けのみ現代のものに言い方を変えています(500万以下→1勝クラス など)
次回「夏だ! 海だ! 合宿だ!」