宝塚記念の終了を以て、春のGⅠ戦線は幕を閉じた。
7月に入り、トゥインクル・シリーズは夏シーズン真っ最中──なのだが、一つ注目したいレースがあった。
福島レース場の芝2000メートル、GⅢ「七夕賞」。ハンデ重賞だが、これが面白いレースになった。
『スタート致しました! 1コーナーまでの500メートル、まず見所は
問題は出走ウマ娘のメンバー。同じ福島で行われるGⅢ「ラジオたんぱ賞」を制した実績があるツインターボを筆頭に、5人の逃げウマ娘が集結した。
いや、集結してしまった。出会ってはならなかった。
『これがどういった位置取りになるかです! 大きな歓声に迎えられるように、さあ来ました! 正面スタンド前、16番のツインターボが行きます!』
小回りコースの福島レース場、芝2000メートル右回りの発走地点はスタンド右側の引き込み線。
長い直線を使っての熾烈な──熾烈すぎる先行争いで、まず先頭に飛び出したのはツインターボである。
「ターボエンジン、ぜんかーいッ!!!」
『ツインターボの内に、マイネルヨースがピッタリと半バ身! 外の方からはユーワビーム、トミケンドリーム、スナークベスト! やはり前の5人!
しかし、まだ位置は決まっておりません! ツインターボがわずかに先手を切っております!』
開幕5秒と立たずにラストスパート。後先考えない大逃げで人気を博するツインターボに、残り4人の逃げウマ娘も負けじとハナを奪うべく食らいつく。
まだ1周目のゴール板を過ぎてもいないのに、早くも最終直線かのような激走をするウマ娘が5人。
もう既に嫌な予感がするわけだが、意外とバ群は縦長にはならず、密集したまま。全員がツインターボにマトモについて行き、16人は一団のままで一コーナーを曲がっていった。
『さあ、1コーナーから2コーナーへとこれから向かいます! 塊が縦長になります、ここで順番が決まって参ります! まず先手を取ったのは、やはりツインターボ!』
向正面に向かうに連れて、やっと(?)バ群が縦に長く伸びていったわけだが、まず1コーナーに固まって入っていったことが狂っている。
最初の600メートル、1ハロン(200メートル)ずつのラップタイムを確認すると、12秒4・10秒6・10秒9。最初の3ハロンが何と33秒9。
決して上がり3ハロン(ゴールから600メートル)のタイムと間違えているのではない。2000メートル戦、最初の600メートルのタイムだ。
コース形態が全く違うものの、あくまで参考までに昨年のGⅠ「天皇賞(秋)」のタイムを見よう。
直線が500メートルある、東京芝2000メートルでの上がり3ハロンは37秒8だった。
『ターボエンジンを全開で逃げまくります、このツインターボが先手です! 前半の1000メートルは、57秒から8秒を切ったかもしれません! やはり、かなり速いペースと言っていいでしょう!』
前半の1000メートルは57秒4。恐ろしいハイペース。
メジロパーマーとダイタクヘリオスによるハイペースが刻まれた昨年の天皇賞(秋)は、前半1000メートルが57秒5。GⅠのハイペースと遜色ないペースで、ツインターボは逃げて行く。
にも関わらず、ツインターボはいつもほど離しては逃げていなかった。リードはせいぜい7バ身から8バ身程度、つまり最後方までハイペースの餌食となっていた。
『3・4コーナー中間地点にこれからツインターボがかかりますが、かなり飛ばしております!
ターボエンジン全開で、その差が7〜8バ身! さあ、このまま逃げ切れるか!
400のハロン棒を切って4コーナーに迫ります! 直線コースに入った!』
ツインターボ先頭のまま、第4コーナーを向いた。
こんなメチャクチャなペースで走れば、当然前のウマ娘はバテて下がっていく。
自然、後方待機して脚を溜め、末脚に懸ける差し・追込のウマ娘が有利になる──ハズ、なのだが。
『後200メートル余り! ツインターボが最後の力を振り絞る! ツインターボ懸命に粘る!』
ペースが速すぎて、後方のウマ娘も追走が手一杯。
脚を溜めることができず、16人全員がスタミナを早々に使い果たして、バッテバテの状態で直線に入った。
「はぁ、はあ、ひぃ、はぁ、はぁ……おぇっ……!」
勿論、先頭のツインターボもバッテバテであるが、後ろも同じようにバッテバテなので、7バ身もの差など到底詰めることができない──というわけで。
「うおおおおおああああああああああ───!!!」
『吼えろツインターボ!!! 全開だターボエンジン逃げ切ったッ!!!』
ツインターボ、華麗なる(?)逃げ切り勝ち。
今年の宝塚記念5着のアイルトンシンボリも必死に追いかけたが、結局バテて2着まで。見事に沈められた。
『ツインターボが勝ちました!! 2年ぶり、ここ福島のラジオたんぱ賞以来の重賞制覇です!!』
全員バテバテの地獄の泥仕合を制したのは、時々逆噴射する大逃げウマ娘ツインターボ。
トウカイテイオーとは同期の彼女も、ここで重賞を制したことで、秋のGⅠ戦線に顔を出してくる可能性もある。
基本は勝手に飛ばして行って勝手にバテて自滅するだけのウマ娘だが、トウカイテイオーはメジロパーマーとダイタクヘリオスのハイペースに沈められたこともある。ハイペースを作り出すウマ娘を甘く見ることはできない。
「見たかテイオー! 終生のライバル、ターボの走りを!」
勝利インタビューでは、トウカイテイオーを意識するようなコメントも残しているツインターボ。
様々な意味で、今後も注目しておきたいところだ。
そして、7月下旬。
私は退院したトウカイテイオーと共に、久しぶりにトレセン学園の夏合宿に参加することにした。
初日の天気は快晴。刺さるような夏の日差しに、以前の夏合宿のことを思い出して、懐かしい気持ちになる。
「……参加するのは良いけど、どうするの? ボクはまだ走れないし、ダンスレッスンもできないよ?」
トウカイテイオーにはとりあえず水着に着替えてもらい、砂浜に来てもらった。
意図がよく分からない、と言わんばかりの表情を浮かべるトウカイテイオーに、私はこう返す。
「今回の夏合宿は何も走力を鍛えようだとか、ライブパフォーマンスの質を上げようだとか、そういうつもりではないよ。大事なのはこれ──自然の砂浜が、今回の目的だ」
右手で軽く、足下を指差す。
白くきめ細かい砂が波寄せた海岸線。この砂浜に、我々は用がある。
「歩くには少しパワーがいるが、脚にかかる負担は最小限のバ場と言える。ここでリハビリをすれば、通常の地面でやるよりも良い効果が期待できるだろう、と思ってな」
初心を思い出そう、というわけでもないが、ここはジュニア級の頃のトウカイテイオーを鍛えるためにやって来た場所でもある。
三度目の怪我以降、どうもトウカイテイオーには元気がない。トウカイテイオーの気分転換も兼ねての夏合宿参加ということだ。
「加えて、今回は助っ人も呼んである。私は諸用がある、というのもそうだが、たまには私以外にしごかれるのも良いだろう」
「助っ人?」
指差し、トウカイテイオーの視線を誘導する。
その先にはトレセン学園夏合宿の鬼教官と名高き、竹刀を振り回すウイニングライブ指導担当が1人と、丸眼鏡をかけたウマ娘が1人。
「久しぶりね! カルタ・イシューよ!!」
「イクノディクタスです。マックイーンさんが貴女を気にしているようでしたので、しばらく貴女のリハビリを見学させて頂くことにします」
「───ということで、君のリハビリは彼女らに見てもらうことにした。すまないが、私は外せない用事があるのでね」
「わ、分かったけど……トレーナー、用事って何?」
トウカイテイオーの問いに、リハビリのメニューについて書いた資料をイクノディクタスに預けつつ、答える。
「そうだな───『決着をつけるための準備』とでも言っておこう。ではカルタ、頼んだぞ」
「ええ。……決着、ね」
何か、ポツリと呟いたカルタのことが少し気にかかったが、私は別れの挨拶をして、砂浜を後にした。
◇
「───良し。しばらく休憩とする!」
それから数時間、軽い運動をして、正午を回る頃にカルタはそう指示をした。
やっていることはただ砂浜を歩いたり、体操をしてみたりというくらいだが、しばらく病室で過ごしていたトウカイテイオーには、なかなか堪えるものがあった。
「お疲れ様です、テイオーさん。どうぞ」
「あ、ありがと」
イクノディクタスからスポーツドリンクを受け取り、喉に流し込む。日差しこそ強いが、気温はさほど高くない。息を吐いて、トウカイテイオーはボンヤリと海を眺める。
「……ひたむきなのですね」
と、イクノディクタスはポツリと呟く。トウカイテイオーが「え?」と返すと、イクノディクタスは眼鏡の縁を指で押し上げながら言う。
「三度目の怪我ともなれば、復帰を諦めるウマ娘も多いでしょう。しかし、貴女は諦めていない。復帰するために、今やれることを真剣にやっている──そのストイックさも貴女の強さの一つだと、そう感じます」
「───マックイーンと約束したんだ。もう一度、勝負をしようって。今度はボクの得意な距離で、って」
本当は、宝塚記念をその舞台とするハズだった。
結局、トウカイテイオーの再度の怪我により対決は叶わなかったが、メジロマックイーンは事前の言葉通り、見事に宝塚記念を勝利してくれた。
「マックイーンはずっと待ってくれてる。ボクと走って、全力で勝負するのを楽しみにしてる。──ボクも、マックイーンともう一度走りたい。
みんな、もう引退するんだろう──とか、応援
苦笑して語るトウカイテイオー。
───その笑顔の裏には、不安もあるのだろう。だが、それでもトウカイテイオーは笑ってみせる。これもトウカイテイオーの強さだろうと、イクノディクタスは思う。
「……私も、また貴女と走ることを楽しみにしています。勿論、マックイーンさんも───多くのウマ娘たちが。
一番はターボさんだと思いますが。あの子はずっと、貴女のライバルだと言っています」
「───そうだっけ……?」
「自称ですね。しかし、あの子も最近は調子が良いです。秋には機会があるでしょう」
ターボ、という子は確かクラスメイトの……と思いつつ首を傾げるトウカイテイオー。
ついでに、トレーナーがそのウマ娘のレースを見て、「面白いウマ娘だ」と笑っていたことも思い出した。
「大変でしょう?」
「へ?」
と、2人に近づきながら、カルタ・イシューが唐突に言った。何のこと、とトウカイテイオーが返すと、カルタはピシャリと言う。
「あの男──マクギリスのことよ。あのキザな男と付き合うのは大変だろう、ということよ」
「うーん……そうでもないかなぁ。確かにたまに変なこと言うけど、いつもボクのことを考えてくれてるのは分かるし、トレーニングもしっかり見てくれるし」
トウカイテイオーの返答に、カルタは「そう」とだけ返した。
一方、それを傍から聞いていたイクノディクタスには引っかかる部分があったようで、トウカイテイオーに問いを投げる。
「変なこと、とは?」
「え? なんだろう、何ていうか──よく分かんないことを言うんだよね。バエル? がどうだとか、アグニカ……がどうだとか。多分、トレーナーが好きな小説に出てくるヤツのことなんだけど。
初めて会った時もそんな感じだったし、よっぽどお気に入りなのかな?」
「───ウマ娘に何を言っているのだ、あの男は」
と、カルタは麻呂眉を顰めた。呆れ、というわけではないが、カルタはどうもマクギリスに対して複雑なところがありそうだと、トウカイテイオーは直感する。
「……トレーナーと何かあったの?」
「バカを言うな! このカルタ・イシューが、あんな男などと───ゴホン」
咳払いをして誤魔化すカルタ。
トウカイテイオーは、それで更に怪しいと思ったようで、目を細めてジッとカルタに視線を送る。
カルタはしばらくそれに気づかないフリをしていたが、やがて居心地が悪そうに、少し考えるように口を開いた。
「───何か、というよりは……いや、あるにはある。あの男は、私と同じだから」
「……同じ?」
「幼い頃からの腐れ縁、のようなものかしら。ガエリオもそう。あの男がファリド家に養子として迎えられた時、私とガエリオはあの男に出会った。
今となっては、遠い昔のようにも感じるけれど。何せ、
地球を拠点に、治安維持のための暴力装置として存在していた組織──ギャラルホルン。
その舵取りをする7つの名家「セブンスターズ」、その末裔がカルタとガエリオだった。カルタは第一席「イシュー家」の一人娘であり、ガエリオは第三席「ボードウィン家」の跡取り息子。
そして、孤児でありながら第二席「ファリド家」に養子として迎えられたのが、マクギリスである。
「……この世界ではない世界、って何?」
「───そうね。信じないでしょうが、私とあの男、ガエリオは元々この世界の人間ではなかった。
ラスタル・エリオンやイオク・クジャン、宇宙ネズ……オルガ・イツカや三日月・オーガスも。
マクギリスがよく言うバエルだとかアグニカだとかは、その世界で過去に『伝説』となった存在のこと。私たちギャラルホルンの始まりもそこにある」
カルタの話に、イクノディクタスが首を傾げる一方、トウカイテイオーは記憶を掘り起こす。
マクギリスから渡され、暇潰しに読んだ本にも、同じようなことが書いてあったような気がする──と、トウカイテイオーは思った。
「私はその世界で戦いに敗れ、死んだ。それからこの世界に来た。マクギリスもそうだと、聞いている。
───少し
話を切り上げ、背を向け歩き出すカルタ。しかし、トウカイテイオーはその背に言った。
「ねぇ、トレーナーのこと教えてくれない? 考えてみたら、ボクってトレーナーのことよく知らないんだ」
◇
海の家の片隅、屋外に設置された丸机を囲むようにトウカイテイオーたちは座った。
焼きそば(にんじん多め)を始めとした料理が並べられる中、カルタ・イシューはトウカイテイオーの希望通り、マクギリス・ファリドという男についての話を始めた。
「教えるのは良いけれど、そう面白い話ではないわよ? それに私は、あの男──マクギリスが
と前置きした上で、カルタは憎らしいほど眩しい青い海に目を向ける。
「さっき、マクギリスはファリド家に養子として迎えられた──という話はしたわよね。あの男は、元々身寄りのない最下層の人間。親の顔も知らない孤児だった。
生きていくために娼館で身体を売り、日銭を稼いでいたそうよ。……そこでファリド公に気に入られ、養子に取られることになった。ファリド公は女性を愛することができない人で、ファリド家には後継ぎがいなかったから」
不快そうに眉を顰めるカルタ。食べながら聞いているトウカイテイオーは、あまり想像がついていないようだ。
──現代日本で不自由無く生きてきたトウカイテイオーには、とても実感の湧く話ではなかろう。
「養子と言っても、ファリド公のマクギリスの扱い方は変わらなかったでしょうね。ファリド公がどこからともなく拾ってきた、卑しい血を持つ得体の知れない子供なのだから、周囲からも腫れ物のように扱われていたでしょう。
───変わったのは、教育を受ける環境を得たということ。アイツはいつも孤独で、本を読んでいた。
私とガエリオが、マクギリスと知り合ったのはその頃だった。同年代の子が他にいたわけではなかったから、よく一緒に遊んだものよ」
懐かしむように、カルタは目を細める。今となっては、100年も昔のことであるようにさえ思えた。
「やがて、私たちはギャラルホルンの士官学校に入学し、軍人となった。私は違うけれど、マクギリスとガエリオは同い年。マクギリスは優秀な成績を修めて、主席で士官学校を卒業したわ。
───この頃には、マクギリスを蔑む者も随分少なくなっていたわね。あの男は結果で、周囲の人間を黙らせた。ファリド家の跡取りとして相応しい優秀な男だと、周囲も認識するようになっていた。
この頃にはアルミリア・ボードウィン……ガエリオの妹との婚約もまとまったわ。ファリド家の養子と、ボードウィン家の娘の政略結婚よ」
同時期にはイシュー家の当主──カルタの父も病に倒れ、一人娘のカルタがイシュー家当主として祭り上げられることとなった。
未熟な小娘でしかなかったカルタが当主として活動するにあたり、その後見人となったのがイズナリオ・ファリド。マクギリスの義父である。
ファリド家とボードウィン家の繋がりを強固にし、同時にイシュー家の後見人となる──イズナリオはマクギリスやカルタを使って、ギャラルホルン内での権力を強めていったというわけだ。
「ともかく、士官学校を卒業したマクギリスは、ガエリオと共に監査局──ギャラルホルンの各部署を管理監督する職務に就いた。そして、火星支部の監査のため、ガエリオを連れて火星に向かった」
この時、マクギリスは鉄華団──三日月・オーガスやオルガ・イツカらと出会った。交戦もしたという。
「鉄華団はクーデリア・藍那・バーンスタイン──地球の植民地として支配されている火星の権利を拡大し、より豊かな星にすることを目指していた革命家の小娘を、地球に送り届ける仕事を請け負っていた。
戦後体制を守る暴力装置であるギャラルホルンからすれば、奴らは秩序を乱す敵だった」
だが、マクギリスは彼らの行動を利用しようと考えた。
「ここからは、私も又聞きになるところもあるけれど──マクギリスは鉄華団とクーデリアを支援し、その目的を果たさせた」
「……ダメじゃん。なんで?」
「マクギリスは、ギャラルホルンが守る現状の体制を良しとしていなかったのよ。腐敗したギャラルホルンは変革するべきだ、とそう考えていたわ」
人類を絶滅の窮地に追いやり、総人口の4分の1を抹殺した「厄祭戦」が終結し、ギャラルホルンが誕生してから300年。
ギャラルホルンは腐敗し、権力闘争の温床と成り果てていた。地球を支配する四大経済圏への不干渉も建前だけのものになり、権力や利益を得るために四大経済圏の政治に裏から介入する者なども現れていた。
そもそも、ギャラルホルンが守ってきた体制は、多くの人間を犠牲にする上に成り立っていたものだった。
人権を奪われ、安い労働力として売り捌かれる身寄りのない人間たち──ヒューマンデブリや、字が読めずともモビルスーツなどの機械を動かせる「阿頼耶識システム」の施術を受けた「宇宙ネズミ」と呼ばれる子供たち。
地球に生産物を安く買い叩かれ、貧しい生活を余儀なくされるコロニーや火星の人々など───ギャラルホルンが戦後に構築したシステムは、地球に住む一部の人間ばかりが豊かになり、それ以外の全ての人々が犠牲になるという特性を持ったモノでもあった。
「マクギリスは、そんな世界を変えようとしていた。あの男は個人が持つ『力』が全てを決する、という世界を理想としていた。ある意味では、厄祭戦の時代のような世界。
そうね───それを言うなら、トゥインクル・シリーズは、マクギリスの理想に近しいでしょう。ウマ娘一人一人が持つ能力が、全てを決する。強ければ、生まれも育ちも関係なく、栄光を手にすることができる」
「……それは、トレーナーも言ってた」
マクギリスの言葉を思い返し、頷くトウカイテイオー。
どうして、マクギリスがトウカイテイオーを見出したのか。それは、トウカイテイオーが優れた競走能力を持つウマ娘だからに他ならない。
「あの男はファリド公を排除し、ガエリオを排除し───私も排除して、ファリド家、イシュー家、ボードウィン家。セブンスターズ七家の内、3つの権力を手に入れられる状況を作り上げた」
「……貴女も、殺されたのですか?」
黙って話を聞いていた(聞くしかなかった)イクノディクタスが、初めて口を挟んだ。
カルタはその問いに、無言で頷いた。
───生前のカルタは、マクギリスが自分を排除しようとしていることなど、全く気づいていなかった。
カルタはマクギリスに懸想していた。恋は盲目、という言葉もあるが、カルタはマクギリスの言葉を疑ったことなど無かった。
この世界に来て、カルタが死んだ後のことを知っている者から話を聞いて、ようやくカルタはマクギリスの真意を知ったのだ。
「恨んではいないわ。一度もあの男を恨んだことはない。
自分をマクギリスの友だと思い、マクギリスのことを深く理解しているつもりでありながら、私は本当の意味でマクギリスのことを見ていなかった。
───私とマクギリスは、生まれも置かれた環境も違いすぎる。全てを理解することなんて、到底できないハズなのに、勝手に思い上がっていたのよ」
拳を握りしめ、唇を噛むカルタ。
孤児であり、尊厳を踏みにじられながら生きてきたマクギリスと、イシュー家の一人娘として蝶よ花よと愛でられて育てられたカルタでは、前提が違いすぎる。
カルタはマクギリスに対等に接しているつもりだった。だが───前提からして、2人は対等ではなかったのだ。
───この点に関しては、マクギリスに言わせればまた違った見解が出てくるだろうが、カルタはそうは思っていない。
「マクギリスは私が指揮していた地球外縁軌道統制統合艦隊を手中に収め、ラスタル・エリオンとの覇権争いにステージを移した。
やがて、マクギリスはギャラルホルンの全権を手に入れようとして、革命を起こした。そして──マクギリスは、『ガンダム・バエル』を起動させた」
ガンダム・バエル。
ギャラルホルンの創設者、アグニカ・カイエルが厄祭戦時に駆ったと伝えられる、伝説のモビルスーツ。
この機体を動かせる者はギャラルホルンの頂点に立つと言われた、ギャラルホルンが持つ「力」の象徴そのもの。
「……ボク、よくその──バエル? だってトレーナーに言われるんだけど……何でなの? 強いから?」
「一番はカラーリングでしょうね。ガンダム・バエルは、白と青の機体のハズよ。……私もバエルに関しては、士官学校の教科書の写真でしか見たことがないけれど」
色って、とトウカイテイオーは少し呆れるような表情を見せる。カルタはそこにはツッコまず、話のまとめに入った。
「結論から言えば、マクギリスはラスタル・エリオンに敗北した。ラスタルは殺されたハズのガエリオを保護していて、マクギリスの陰謀の全ては白日の下に曝け出された。
マクギリスは正当性を失い、ガンダム・バエルを簒奪した逆賊としてギャラルホルンを追われた。
最後にはガエリオと一騎討ちをして、戦死した───私は、そう聞かされているわ」
それが、マクギリス・ファリドという男の結末。
その賛否について、カルタは自分なりの答えを出してはいない。それを決めていいのは、きっとマクギリス本人だけだろうと、そう思うのである。
「───私が知るマクギリスについてのことは、このくらいよ。私は、私が死んでからのことは又聞きでしか知らないけれど……よく分からない話だったでしょう?」
ウマ娘が生きるこの世界と、カルタやマクギリスが生きた世界は、あまりにも状況が違いすぎる。
理解はできないだろう──と思い、カルタはそう締めて笑ったが、トウカイテイオーは存外そうではなかったようだ。
「……ううん、ありがと。トレーナーがボクを選んだ理由とか、どうして『力』を得ようとするのかとか───ちょっと分かった気がする」
「───そう。無駄な時間にならなかったのなら、良かったわ」
「でも、よく分かんないところもあるんだけどさ」
と、トウカイテイオーはカルタにこう問う。
「ボク、こんなに何度も怪我しちゃって、何度も負けちゃって──今はもう、無事にレースで走れるのはいつになるのかさえも分かんない。
とてもじゃないけど、トゥインクル・シリーズの頂点を目指せるようなウマ娘じゃなくなっちゃった。
話を聞いたら、トレーナーは今のボクなんて見捨てて、次のウマ娘を見つけに行きそうだなって思ったんだけど、そうしてないのは何でだと思う……?」
カルタはトウカイテイオーの言葉を聞いて、固まった。
前半部分に関しては「そんなことを言うべきじゃない」と言ってやりたくもなったが、確かに──マクギリスは己が目的のために、何もかもを切り捨ててきた人間だ。
トゥインクル・シリーズの頂点──何を以てそう言うのかは意見が分かれるだろうが、今のトウカイテイオーは、現役最強の座からは転落して久しいと言わざるを得ない。
頂点に立つ、立ち続けることが目的ならば、トウカイテイオーを見捨てていてもおかしくはないだろう。
「───それは、本人に直接聞くか、自分で考えてみた方が良いでしょう」
カルタには、ただそうとしか答えられなかった。
そして、「そろそろ再開よ」と最後に付け足し、椅子から立ち上がった───が。
(マクギリス───貴方は今、何を考えているの……?)
トウカイテイオーが呈した疑問が、胸の中では引っ掛かり続けていた。
次走「ストップウォッチ」