マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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43R 背負いしものは

 9月下旬、聖蹄祭当日。

 飾り付けられたトレセン学園には多くのファンが詰めかけ、同時にGⅢ「産経賞オールカマー」が行われる中山レース場、GⅢ「朝日チャレンジカップ」の舞台となる阪神レース場にも、多くのファンが足を運んでいた。

 

 そんな日の午前──ガエリオ・ボードウィンは、トレセン学園周辺の森に呼び出されていた。

 

「お待ちしていました」

 

 指定された地点に出向いたガエリオを待っていたのは、石動・カミーチェ。

 かつての世界ではマクギリスの副官を務め、この世界でもマクギリスのサポートをしている男だ。

 

「……オイ、マクギリスはどういうつもりだ? こんな日に、こんなところに呼び出すなんて。今日はトウカイテイオーのライブがあるんじゃないのか?」

「それは、准将に直接お聞き下さい。私はただ、貴方の案内役を任せられているだけですので」

 

 言いながら、周囲に人目が無いことを確認した石動は、その場でしゃがみ──枯れた落ち葉の中に隠されたグリップを握り、持ち上げた。

 それは、地面と一体化した隠し扉。巧妙に隠されていた正方形の入口の奥には、地下へと続く階段がある。

 

「お入りを、ボードウィン特務三佐。准将がお待ちです」

「……聞きたいことはあるが、分かった。というか、その階級で呼ぶのはやめてくれ。俺たちはもう、ギャラルホルンじゃないんだぞ」

「いいえ。()()()()()()()()()()()。さあ」

 

 石動の言葉が引っかかりつつも、ガエリオはひとまず従うことにした。入口から何の明かりもない階段を降りていくと、ふと頭上で入口が外から閉じられる音がした。

 

「───何なんだ、これは。トレセン学園に、こんな秘密基地があるなんて聞いたことがないぞ」

 

 隠されていたとはいえ、こんな面白い場所があるならウマ娘たちの間で噂になったり、学園の都市伝説として語られていても良さそうなモノだが。

 加えて、その階段は古びていないようだ。壁を触ってみるとツルツルとしていて、暗闇の中だがよく手入れされていることが分かった。

 

 やがて、ガエリオは明かりのある開けた場所に出た。

 階段が終わり、目の前に現れたのは通路。白を基調とした壁と床に、黒と紺のラインが描かれていて、天井から青白い淡い光に照らされている。

 

「ここは──ウソだ、そんなハズ……」

 

 ガエリオは驚き、己が目を疑った。

 その通路──いや、その場所には覚えがあったからだ。

 

 20メートルほど続く、白く広くて屋根の高い通路。

 その先には巨大な鋼鉄の扉があり、その扉には7つの星が刻まれた旗が吊るされた角笛を吹く、獣にも見える光の神の愛馬グルトップの紋章が大きく(しる)されている。

 

「まさか、ここは───」

 

 それは、ガエリオがよく知る紋章。

 かつての世界でガエリオが生まれ属した、治安維持のための暴力装置たる組織──「ギャラルホルン」のマークである。

 

「来たか、ガエリオ」

「──! マクギリス!」

 

 呆然と立ち尽くすガエリオに、友人が声をかける。

 マクギリス・ファリドは、扉のすぐ右側に佇んで、ガエリオ・ボードウィンの到着を待っていた。

 

 そして、マクギリスが纏う服は、いつも通りの白いスーツではない。白と紺で、金の装飾が施された、ギャラルホルンの軍服だった。

 

「ど……どういうことだ、マクギリス!」

 

 問い詰めるガエリオにマクギリスは答えず、自身の背後にあったタッチパネルに手を触れさせた。

 簡素な電子音が鳴り響き、扉に描かれた紋章が半ばから割れる。鋼鉄の巨大な扉が、重々しくゆっくりと、擦れる音を立てながら開かれていく。

 

「────────!」

 

 扉からその奥に在るモノを見て、ガエリオは絶句した。

 軍服姿のマクギリスは微笑を浮かべながら、一歩一歩、奥に立つモノに向かって歩み寄る。

 

 扉の向こうには、非常に広い八角形型の空間。

 深さ5メートルほどの水に浸された床から、天井に据えられたハッチまでは100メートル近くあるだろうか。

 いつの間にこんな地下まで降りて来ていたのだろうか、とガエリオは思う。

 

 8面の内、扉があるのは1面。それ以外の7面の壁には、20メートルを優に超える高さの巨大なハッチが1面一つずつ並んでおり、そのハッチの上部にはそれぞれ、紋章が刻まれたパネルが埋め込まれている。

 

 その紋章が表すのは、セブンスターズ。

 ギャラルホルンの支配者たる七つの名家、それぞれの家紋。北欧神話の動物がモチーフとされ、左から順に

 対鴉フギン・ムニンを掲げる第五席「クジャン家」

 毒蛇ヨルムンガンドを掲げる第四席「エリオン家」

 大鷲フレースヴェルグを掲げる第六席「バクラザン家」

 栗鼠ラタトスクを掲げる第一席「イシュー家」

 大蛇ニーズヘッグを掲げる第七席「ファルク家」

 神馬スレイプニルを掲げる第三席「ボードウィン家」

 魔狼フェンリルを掲げる第二席「ファリド家」

 である。

 

「……何か、ボードウィンだけ微妙に違う気がするが」

 

 ポツリと、ガエリオは不服そうに呟く。

 北欧主神オーディンが駆る6本脚の愛馬スレイプニルを家紋としていたガエリオのボードウィン家だが、このウマ娘がいる世界に影響されているのか、家紋には4本腕のウマ娘が描かれている。

 

 ──と、それはともかく。

 七つの名家、セブンスターズの紋章に囲まれた、八角形型の空間の中心。扉から伸びる桟橋の先、正面には白い人型が立っている。

 

 白と青の鋭利な装甲を持つ、全高18メートルの()()()()()()

 2本のブレードアンテナが左右に伸び、その下の赤い双眼(デュアルアイ)が来訪者を歓迎する。

 背中にスラスターウィングと呼ばれる翼を持ち、腰には黄金の剣を二振り備える。堂々と佇む機体は、かの世界で最初に悪魔の名を関した存在である。

 

 その名は、ガンダム・バエル。

 

 ギャラルホルンの創設者アグニカ・カイエルの魂が宿ると伝えられる、力の象徴。錦の御旗。

 300年前、()()()()の人類を絶滅の窮地から救い出した、「ガンダム・フレーム」と呼ばれる72機のモビルスーツ、その一番機。伝説そのもの。

 

 そして──かつて、マクギリス・ファリドが追い求めた「力」でもある。

 

 この八角形の空間は、ガンダム・バエルのためにある。

 此処こそ、ギャラルホルン本部施設「ヴィーンゴールヴ」の一角にあった、ガンダム・バエルを祀るための場所にして、初代セブンスターズが駆ったガンダム・フレームが安置される場所──「バエルの祭壇」に他ならない。

 

「───説明しろ、マクギリス。何故、こんなモノがこの世界にある!? 何故、俺を連れてきた!?」

 

 バエルの眼前で立ち止まったマクギリスに、ガエリオは混乱したまま問う。

 マクギリスは微笑んだまま、ガエリオに言い放つ。

 

 

「ガエリオ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「────な」

「お前はずっと、俺に殺される前のガエリオ・ボードウィンとして、俺に接してきたつもりらしい。お前を殺すまでの俺と同じように、真意を隠し──仮面を被ってな。

 ……やるなら、もう少し上手くやることだ。俺も随分と無礼(ナメ)られた──いや、バカにされたモノだ」

 

 そんなつもりじゃ、とガエリオは言い返す。

 しかし、それを封じるようにマクギリスは続ける。

 

「この世界に何故これがあるか、理屈は私にも分からん。だが、私はこの場所を──トレセン学園の地下に在った、バエルの祭壇を発見した。

 トウカイテイオーの怪我を治すため──菊花賞に間に合わせようとして、石動に()()()()の医療ポッドを探させたこともあるが、それはまず()()を見つけていたからだ。これが在るのなら、あの世界の他の物がこの世界でも見つかるのではないか、とな」

 

 ガンダム・フレームも、この施設も、今の世界──ウマ娘たちのいる世界からすれば、在ってはならない代物。

 オーバーテクノロジーなんてレベルではない。在るべきではないモノだが、しかし確かに存在している。

 

 ───だが、かつての世界とこの世界では、大きく大前提が異なる。

 ガンダム・バエルというモビルスーツが持つ意味は、この世界では大きく異なっている。

 

「どういうつもりだ、マクギリス! こんな物、今のお前には必要無いハズだ! 俺たちはもう、戦う必要なんて無い!」

「そうだ。俺がかつて追い求め、全てを捨てて手にしたこのバエルも、この世界では何の意味も成さない。今の俺にはもう、必要の無い物だ」

 

 この世界にアグニカ・カイエルはいない。

 この世界にギャラルホルンは存在していない。

 

 ガンダム・バエルも、ここでは単なる巨大ロボット。平和なこの世界においては、破壊のための唾棄すべき兵器。忌むべき存在でしかない。

 

「ならば、何故───」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 マクギリスは左手を真横に突き出し、指を鳴らした。

 すると、スレイプニルが描かれた家紋の下、巨大なハッチが動き出した。その中に納められているのは、ボードウィン家のガンダム・フレーム──その、本来の姿。

 

「───アレは、ヴィダール……!」

 

 ガンダム・キマリスヴィダール。

 2つのシールドをサブアームで保持し、全長20メートルにもなるドリルランスを握る、騎士の甲冑が如き装甲を身に纏ったモビルスーツ。

 ボードウィン家のパーソナルカラーとも言える紫を基調とした、かつてガエリオ・ボードウィンがマクギリスへの復讐のために操った機体である。

 

「ガエリオ。かつて、お前は言ったな──『俺は多くのモノを背負っている』と。かつて俺が捨てたモノを背負って、仮面を外した俺を全否定してみせると。

 ならば、今度はこちらの番だ」

 

 ガエリオはキマリスヴィダールから視線を外し、再びマクギリスを見据える。

 純白の悪魔──バエルを背にするマクギリスは、ガエリオを睨んで告げた。

 

「お前が背負っていたモノを、今度は俺が背負ってみせよう。

 今日はトウカイテイオーのステージがある。彼女の進退がかかったステージだ。15時半、俺はあの場に立たねばならない。お前に負ければ、それは叶わないだろう。絶対に負けるわけにはいかない戦いだ。

 ───俺は目を逸らさない。欺かれ続けた報復、というわけではないが、お前も仮面を外し、もう一度俺と戦え」

 

 桟橋の床が割れ、先端だけがゆっくりと上昇して、マクギリスはバエルの胸部上面のコクピットハッチへと近づいていく。

 勝手に話を決めたマクギリスに、ガエリオは言う。

 

「殺し合おうって言うのか……! 何でだ、マクギリス! この世界でなら、話し合えば何とかなるハズじゃ───」

「俺とお前は、元々この世界の人間ではない。俺とお前の因縁は、この世界で発生したモノではない。

 ならば、この世界ではなく、あの世界のやり方で決着を付けるのが自然だろう」

 

 マクギリスはガエリオを指差し、最後に告げた。

 

「キマリスに乗れ、ガエリオ。

 乗らないと言うなら、お前はここでバエルの拳に潰されて死ぬだけだ。そうなったら、お前が行く末を見届けるべき、支えてやるべきウマ娘たちはどうなる?」

 

 かつての戦いの中で、ガエリオはマクギリスに言った。

 

《お前が信じた力でお前を殺した時、俺たちはようやく分かり合えるだろう!》

 

 ──と。

 これはその逆だ。

 

「あの時、お前が背負っていたモノと同じモノを背負った俺が、お前を倒す。そうした時、俺とお前は本当の意味で分かり合えるだろう。

 あの時の俺には、お前が背負っていたモノを背負うことなどできなかった。だが、この世界では違う」

 

 ───それを、この戦いで証明してみせる。

 

 マクギリスはそう断言して、ガンダム・バエルのコクピットに消えて行った。

 

「……そうか。お前は変わった───彼女たちに変えられたんだな、マクギリス」

 

 残されたガエリオは、両拳を握りしめた。

 そして、両手を広げてスラスターウィングを持ち上げ、浸された水を飛び散らせながら浮き上がるガンダム・バエルを見上げながら、宣言した。

 

「良いだろう。俺も、ここで死ぬわけにはいかない。

 俺とお前──2人で決着を付けよう、マクギリス!」

 

 

   ◇

 

 

「───行ったか」

 

 マクギリスとガエリオ──ガンダム・バエルとガンダム・キマリスヴィダールが、天井のハッチから飛び去った後。

 バエルの祭壇の桟橋に立つラスタル・エリオンは、真剣な眼差しで開放されたままのボードウィン家のハッチと、天井のハッチを見やった。

 

「……何故、あの2人が争わなければならないのですか。マクギリスとガエリオが何度も殺し合いをしたなどと、とても信じられるものではない───ええい、やはり止めに行かなければ!」

「落ち着け、カルタ・イシュー。どの道、止める手段など君には無いだろう」

「ぐ……だが──!」

「黙って見ていたまえ。これは男の決闘だ」

 

 ラスタルに冷静に指摘され、押し黙るカルタ。

 ──カルタ・イシューは、かつての世界でのマクギリスとガエリオの結末を、ラスタルから聞かされている。ガエリオにも確認を取った。

 それが、マクギリスがこの世界に現れる前のことだ。

 

 カルタには、簡単には理解できなかった。

 マクギリスがガエリオもカルタも利用し、陥れたということを。ガエリオがマクギリスに殺された(殺されかかった)ということも、生き永らえたガエリオが仮面を被り、正体を隠して最後にはマクギリスを殺したということも。

 

 3人とも仲の良い友人同士、という認識で止まっているカルタにとって、それは到底受け入れ難いことだった。

 

 バエルを手に入れてギャラルホルンの全てを手中に収めようとしたという、マクギリスの真意。

 マクギリスの境遇。マクギリスの理想。マクギリスの思想。

 全て、カルタにとっては預かり知らぬことであり──あの世界で、生前のカルタは全く気づかなかった。

 

 マクギリスが笑みの下に隠していた怒り。

 言葉の裏に潜ませていた、マクギリスの真意。

 何より、その存在すら察知していなかった、マクギリスという男が持つ背景について考えようともしなかった、かつての自分の浅ましさがカルタには許せなかった。

 

「──分かっているわ。私は結局、何も知らなかった。何もできなかった。世間知らずの箱入り娘に過ぎなかった。私には、あの2人の戦いを止める権利など無いと。

 だが──もう、ここはあの世界とは違う。今更、2人が戦わなければいけない理由など……!」

「いいや。理解に苦しむだろうが、男という生き物は得てして不器用で、バカなものでな。

 ──要するに、これはただのケンカなのだよ。あの2人が互いを理解し合い、この世界でもう一度、本当に親友となるための儀式とも言える」

 

 ラスタルは、目の前に設置された巨大モニター(桟橋から何故かせり出してきた)を見据え、宣言した。

 

「あの時と同じように、この戦いを見届けよう。

 見せてみろ、マクギリス。お前が新しく、この世界で手にした『力』を……!」

 

 

   ◇

 

 

 秋晴れの空。僅かに白い雲が漂う青いカーテンを背に、2体の悪魔が甲高い金属音を響かせて交錯する。

 

 2本の黄金剣、バエル・ソードを振るうはマクギリス・ファリドが駆るガンダム・バエル。

 漆黒のドリルランスでこれに応えるは、ガエリオ・ボードウィンが駆るガンダム・キマリスヴィダールだ。

 

「どうしたガエリオ、本気で来い!」

 

 黄金の剣と漆黒の槍が斬り結ぶ。

 バエルが剣を振り抜くと、キマリスは後方に押し返される。その勢いのまま、キマリスは後退してバエルとの距離を取り、ランスの穂先をバエルに向け、内蔵されている200ミリ砲を撃って牽制。

 バエルは機動力を活かし、上昇して銃撃をいなす。

 

「っ──いつから気づいてたんだ、マクギリス。俺がお前を殺した記憶を持っていることに」

「初めて会った時から、薄々勘づいてはいたさ。確信に変わったのは最初の夏合宿──お前と話をした時だよ」

 

 ガエリオが記憶を持っていることを隠した理由──それには、ガエリオなりの思いがあった。

 殺し合いとは無縁のこの世界。そこに、前世(という表現が正しいかは分からないが)の因縁を持ち込む必要は無いと判断した。この世界でなら、もう一度マクギリスと「友人」としてやり直すことができるのではないかと、ガエリオは望みをかけた。

 

 ガエリオがマクギリスに殺された時、マクギリスとガエリオの友人関係は崩壊した。

 そして、ガエリオは最期の瞬間までマクギリスを赦すことなく、マクギリスと訣別した。

 

 赦したくなかった。赦すわけにはいかなかった。

 カルタ・イシューの想いを踏みにじり、アイン・ダルトンを利用したマクギリス・ファリドという男を、ガエリオ・ボードウィンは赦してはならなかった。

 

「お前に俺に殺され、俺を殺した記憶があるなら、俺とお前は友として関わることはできない。だから、余計なことを言う必要は無い。

 そういう理屈だろうが──」

 

 バエルが一気にキマリスとの距離を詰め、再び剣とランスが交差する。バエルの赤い双眼(デュアルアイ)が、キマリスの緑の双眸を睨みつける。

 

「くっ……!」

「お前は俺と同じだ、ガエリオ。己を偽り、本心を隠し、都合の良い言葉で友を欺く。かつて、俺がやったことと同じことだ」

 

 バエルは剣を振り抜き、キマリスを蹴り飛ばす。

 態勢を崩したキマリスに追撃を仕掛け、キマリスは背中から伸びるサブアームの先のシールドでバエル・ソードを防いだ。

 

「おかげで理解したよ。欺かれる側というのは、分かっていてもこれほどまでに腹が立つのだとな。

 そうして決めたわけだ。かつて、あの世界で俺がお前にやったことをやり返されたように、俺もお前にやられたことをやり返してやろうと」

 

 バエルは横に回転し、天地逆転しながら手首を捻り、変則的に剣を弾かせることで、キマリスの防御姿勢を崩す。シールドを押し戻されながら、キマリスは左膝のドリルニーを展開し、突き出す。

 これをバエルは剣を十字に交差させて防ぎ、後方に弾かれながらも、同時にスラスターウィングのレールガンを発射。キマリスの頭部に弾が直撃し、その隙にバエルは頭を天地を戻しながら上昇する。

 

「分かっているさ。この『力』は、この世界では何の意味もない。全く不要なモノだ。

 これは力を示すための戦いではない──俺がかつて信じた『力』を、俺の手で否定するための戦いだ」

「────! マクギリス、お前……!」

 

 バエルの赤き双眸が、一際強く輝く。

 黄金の剣を携える白い悪魔から、マクギリスは告げる。

 

「もう一度言おう。──本気で来い、ガエリオ。

 この『力』をもう一度、否定してみせろ!」

 

 マクギリスの覚悟を聞き届け、ガエリオは操縦桿を強く握り締める。

 

 これは訣別だ。マクギリスは、かつての世界の自分を否定し、かつて固執したモノを手放そうとしている。

 この世界で、ウマ娘たちと向き合うために。挫折し、諦めようとしているトウカイテイオーの前に立ち、彼女にもう一度栄光を掴ませるために。

 

「……分かった。行くぞ、マクギリス!」

 

 キマリスのドリルランスとシールドを接続し、ランスの穂先がバエルに向く。シールドが半ばから割れて伸長し、爪楊枝のような形状の特殊KEP弾がランスに装填され──音すら置き去りにする魔剣(ダインスレイヴ)が、撃ち放たれた。

 

「ッ!」

 

 バエルは回避行動を取るが、避けきれずに左足を膝下から吹き飛ばされる。キマリスがランスの穂先をバエルに向けたまま突撃し、回転する穂先がバエルの腰部を捉える。

 バエルの胸部と腰部を接続するフレーム、左側のシリンダーが弾け飛ぶ。が、バエルは左手に握る剣を逆手に持ち替え、キマリスの右腕に突き刺した。

 

「そうだガエリオ、それで良い!」

 

 右手の剣も横薙ぎに振るって、キマリスのシールドを接続するサブアームの左側が切断するバエル。対するキマリスは左拳を握り、バエルの胴体に打ち込む。

 バエルが後方に吹き飛ばされ、2機が少し離れる。

 右手の保持力が無くなったことで、ドリルランスがキマリスの手から零れ落ち、重力に引かれて落ちていく。

 

「うおおおっ!」

 

 キマリスは自身の右腕に刺さったままになっていたバエル・ソードを左手で持って引き抜き、バエルとの距離を詰める。バエルは右手に残っている剣でこれに対抗し、黄金の剣同士がぶつかって火花を散らす。

 キマリスの右膝のドリルニーが下から突き出されるも、バエルは半ばから無くなった左足を身代わりに防ぐ。それから左足を後方に振るように動かすと、無理な力を加えられたドリルニーが根元からへし折れる。

 続けてバエルは右足を蹴り上げ、キマリスの左手に握られていたバエル・ソードが空へと跳ね上げられた。

 

「ぐっ……! マクギリスッ!」

 

 キマリスの左膝からドリルニーが伸び、バエルの右足による踵落としを胸部に受けながらも、ドリルニーは突き出されてバエルの右胸に打ち込まれる。

 

「ぐうっ……ガエリオォッ!」

 

 バエルは右手のバエル・ソードを振り下ろし、キマリスの左脚が曲がる。が、無理な姿勢から振り下ろされた剣はキマリスの脚を両断するには至らず、半ばまでめり込んだところで止まった。

 2機は密着したまま互いにスラスターを吹かせ、きりもみ回転しながら降下していく。

 

 やがて地上に到達し、バエルとキマリスは重なったまま森の中に落着した。

 

「あっ……!」

「───ここまでだな」

 

 カルタが思わず声を漏らし、ラスタルが断じた。

 2機に少し遅れ、先程打ち上げられたバエル・ソードが回転しながら落ちてきて、地面に突き刺さる。

 

 ───その音は、戦いの終了を示していた。

 

「准将ォォォォォ!」

 

 石動が落下地点に車で乗りつけ、動きを止めた2機に駆け寄る。

 どちらもコクピットにダメージを受けているが、特に酷いのはバエルの方だ。

 キマリスはハッチが歪んでいる程度で済んでおり、既にガエリオが歪んだハッチをこじ開けて出てきているが、バエルの胸部にはドリルが突き刺さっている。

 それにより、バエルのコクピットブロックは大きく歪んでしまい、パイロットを押し潰しているようだった。

 

「准将、ご無事ですか! 准将!」

「っ……マクギリスは──!」

 

 バエルによじ登った石動は、コクピットからマクギリスを引きずり出す。五体満足ではあるが、マクギリスは頭から血を流し、昏倒状態になっていた。

 

「……すまない」

「いえ。准将は覚悟の上で、貴方に戦いを挑んだのです。──それに、この程度の傷ならば、医療ポッドに入れておけば数時間で回復できましょう」

「───何?」

 

 ガエリオは驚いた表情を見せる。医療ポッド、というと──かつての世界にあった物だろうか。

 

「准将に探すよう、依頼をされていたのです。用意するまでに少々時間がかかり、実用化できたのは昨日になりましたが──『バエルの祭壇』があるほどですから。この世界の何処かにはあるだろうと踏んでいました。

 ボードウィン特務三佐、この2機は後で私が処理しておきます。お手数ですが、エイハブ・リアクターの電源を落としておいていただけると」

「あ、ああ……そうか、エイハブ・ウェーブを放置してはおけないな」

「はい。早急にお願いします。それでは」

 

 マクギリスを背負った石動は、車に乗り込み去っていった。それを見届けた後、ガエリオは身体の少し痛む部分を押さえながら、落ちた2機の悪魔に視線を向け、呟いた。

 

「───これで良かったんだな、マクギリス」




次走「必ず、きっと」
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