マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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45R この気持ちって

 ミニライブの翌日。

 トウカイテイオーはトレーナーであるマクギリスと共に、トレーニング用のバ場に立っていた。

 

「……スタート!」

 

 マクギリスの合図とともに、トウカイテイオーが走り出す。足下はウッドチップコース、走る距離は1000メートル。

 200メートル、1ハロンを通過するごとにマクギリスは手元のストップウォッチのボタンを押し、タイムを計測していく。───その表情は、晴れやかなものではない。

 

 トウカイテイオーが再び走る気になってくれた。

 それは喜ばしいことだ。マクギリスにとっては望むべくもないこと、だが───

 

 ハッキリ言って、見る影もない酷いタイムだ。

 トウカイテイオーともあろうウマ娘、とても無敗の二冠ウマ娘の出すタイムなどではない。

 

(───分かってはいたが。これはやはり、厳しい道のりになるだろうな)

 

 フォームも良い時のモノとは程遠い。

 全身を使えていない。弾むような走りがない。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 トウカイテイオーが規定の距離を走り終えて、マクギリスのところにやって来る。

 全盛期のトウカイテイオーならば、汗一つかかずに軽く出せたであろう走破タイム──にも関わらず、トウカイテイオーは息が上がっていた。

 

「トレーナー、どう?」

「ふむ、酷いな。どこから手をつけたものか」

「ちょっ、それってそんな笑顔で言うこと!?」

 

 トウカイテイオーのツッコミに、マクギリスは思わず自分の口元に手を当てる。──確かに笑っている。本人は全く気づいていなかった。

 もう一度、トウカイテイオーと大舞台を目指せる。道のりは険しくとも、それがやはり嬉しいようだ。

 

「とりあえず、今日のトレーニング内容は変更しよう。まずは一から心肺機能と身体機能を鍛え直すところからだ。

 トウカイテイオー、水着は持ってきているか?」

「水着? トレーニング用の? あるけど───」

「それは結構。では早速プールへ行こう。

 しばらくはプールとお友達になってもらうぞ、トウカイテイオー。フォームの矯正をするのはその後だ」

 

 トレセン学園にはトレーニング用に屋内プールが完備されている。

 プールでなら脚に負担をかけずに全身を使った運動をすることができ、かつ心肺機能を鍛えることができる。ゲートを怖がるウマ娘にも良い影響を与えるとされており、プールトレーニングはウマ娘にとって非常に有効である。

 

「30分後、水着に着替えてプールに来てくれたまえ。基礎の基礎からやり直すが、構わんな?」

「オッケー。こんなに休んじゃってるしね、初心に戻って頑張るよ」

 

 意気込むトウカイテイオーに頷き、マクギリスは手元のストップウォッチを改めて見る。

 ──本当に、無敗の二冠ウマ娘が見る影もないタイム。復帰予定のレースなど見通しすら立たないが、ここからどこまで戻していけるか。

 トウカイテイオーの努力もそうだが、それ以上にトレーナーの手腕が求められるだろう。

 

(───彼女の才能が消えたわけではない。とにかく万全の状態でレースを迎える。それができれば、きっと)

 

 トウカイテイオーは、蘇ることができるのではないか。

 トゥインクル・シリーズの常識を、根底から覆すことができるのではないかと、マクギリスは思う。

 

「───トレーナー、ありがとね」

 

 と。難しい表情を浮かべているマクギリスに、トウカイテイオーは礼を言った。

 マクギリスは少し驚いて、トウカイテイオーを見る。

 

「……どうした?」

「昨日のミニライブ、色々と手を回してたんでしょ? ステージを確保するだけじゃなくて、あの映像とかもさ」

「……そうだな。大人げなく、勝手なことをした」

 

 トウカイテイオーは、首を横に振った。

 そして、憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔で言う。

 

「トレーナーのおかげで、ボクは本当の気持ちに気づけたよ。ボク、自分でもう無理なんだって言い聞かせて、諦めようとしてた。

 でも、どこかにもう一度走りたいって気持ちもあって──だから、引退するってなかなか言えなくて、ターボ師匠のレースを見せられて、諦めたくないって思えたんだ」

 

 だから、と呟くトウカイテイオーに、マクギリスは笑みを返す。

 

「君に魅せられてきたのは、私だけではない。君とクラシックで戦ったウマ娘たちも、ライバルも、ルドルフ会長も、ファンの皆も──君の走りに、夢を見てきた。

 礼を言わねばならないのはこちらの方さ。君がまた走ると決意してくれたおかげで、我々は夢の続きを見れる。

 そして、君を支えるのがトレーナーたる私の責務だ」

「うん。これからもよろしく、トレーナー!」

 

 握手を交わして、トウカイテイオーは手を振りながら元気に走り去っていく。──そんな彼女の姿を見るのも、随分と久々な気がした。

 

「───さて」

 

 マクギリスはトウカイテイオーを見送った後、自分も着替えるためにトレーニング用のバ場を後にする。

 課題は山積みだが──焦ることはない。一つずつでも、切り崩していくとしよう。

 

 

   ◇

 

 

 カレンダーは10月を迎え、いよいよ秋のGⅠシリーズの開幕が近づいていた。

 そして天皇賞(秋)の3週間前、その前哨戦として京都レース場は芝2400メートルを舞台に行われるGⅡ「京都大賞典」を、王者が秋の始動戦として選んだ。

 

『ご覧のように、長い影を追うようになります十人。今、スタートを切りました』

 

 西日が差し込み、緑の芝がオレンジ色に染め上げられた京都レース場。

 夏の厳しさを僅かに残した秋の太陽を背にして、10人がゲートから飛び出した。

 外回りコース、スタート地点はスタンド右手の引き込み線。まずは長い直線を使っての先行争いである。

 

『飛ばしてパーマーが行った、パーマーが行った。さあレガシーはどうするんだ。

 内、白いズボンがマックイーン。現在4番手』

 

 圧倒的1番人気は芦毛の王者、メジロマックイーン。

 2番人気に昨年の有馬記念2着のレガシーワールド、3番人気には昨年グランプリ連覇を達成したメジロパーマーが支持された。

 

(メジロマックイーン──「現役最強」がどんなモンか、見せてもらうぞ)

 

 レガシーワールドが、外から行った逃げウマ娘を行かせて控えながら、チラリと内のメジロマックイーンを睨む。

 

(──────)

 

 メジロマックイーンはその視線に気づきながらも、堂々と落ち着き払って、涼しい顔で逃げるメジロパーマーの背を前に追走していく。

 主張するウマ娘もいたが隊列はすんなり決定し、先頭を行くのは相も変わらずメジロパーマー。

 レガシーワールドは外の3番手から4番手。メジロマックイーンは内ラチ沿い4番手から5番手に付けて、1コーナーから2コーナー、向正面を過ぎて3コーナーへ。

 

 そして、京都外回りコースの名物、高低差4メートルの坂に差し掛かる。

 

『前の方が固まって参りました、5番手がメジロマックイーン。レガシーワールドがその前にいます。

 後は前で、おおっとオースミロッチが行った! 京都得意のオースミロッチが、坂の上で先頭に立ちました!』

 

 ここでレースが動いた。レガシーワールドが進路を内に取り、逆にメジロマックイーンが少し外に出す一方で、メジロパーマーが早くも下がっていく。

 2番手、3番手にいたウマ娘たちが先頭に躍り出て、ジワジワとメジロマックイーンが前との差を詰めていく。

 

『オースミロッチ先頭、ロンシャンボーイが2番手! レガシーワールド3番手、白い髪が一緒に上がって行って、マックイーン4番手!

 パーマーは後退、前の方で4人が固まった!』

「……来い、マックイーン!」

 

 レガシーワールドが内から3列目、大外に持ち出して垂れて来るであろう内の2人を躱しにかかった。

 

(───良いでしょう)

 

 その真後ろ、マークするようにメジロマックイーンがピッタリとついている。

 レガシーワールドの挑発に応えるように、メジロマックイーンもポジションを押し上げて、レガシーワールドの更に外から並びかける。

 

『マックイーン外から行く! マックイーン早くも先頭に立つか! レガシーか、レガシーか! 前へ行けと言っていたトレーナーの指示通り、レガシーワールドがここで先頭に立った!』

「行け、レガシー!」

 

 トレーナーのオルガ・イツカがスタンドで叫ぶ。

 それが聞こえたわけではないだろうが、レガシーワールドはメジロマックイーンを迎え撃とうとばかりに、内の2人を躱して先頭に立った。

 

「勝負だ、マックイーン!」

 

 レガシーワールドが自信を鼓舞するように、王者に挑戦状を叩きつけるように叫ぶ。

 第4コーナーをカーブし、残り400メートル。ここからは、最後の長い直線での勝負である。

 

『レガシーワールド先頭、オースミロッチ内に入る!』

「───何っ!?」

 

 レガシーワールドが、驚きで目を見開く。

 メジロマックイーンはポツリと、しかし確かに呟く。

 

「……(わたくし)は、約束したのです」

 

 並ばれている。左横にメジロマックイーンがいる。

 しかも、その表情は──涼やかで、全く汗をかいていない。王者は余裕に満ち溢れ、ただ前だけを見据えている。

 

(わたくし)はもう、誰にも負けない。

 テイオーの復帰を、王者として待ち続けると──!」

 

 勝手知ったる京都。名優の豪脚が芝を蹴り上げ、他の脇役を置き去りにした。

 

『外から早くもマックイーン、(かわ)したか!! 躱した躱した躱した!!

 マックイーン楽々と先頭に立った!!』

 

 残り300メートル。

 並ぶこともなく、いとも容易くメジロマックイーンはレガシーワールドを抜き去って、先頭に立った。

 

『ライスシャワーは産経オールカマーで苦杯を舐めましたが、マックイーンは強いぞ!! マックイーン強い!!

 左脚一歩、右脚一歩!! 更に伸びた!!』

(クソ、クソッ……何だ、何なんだよこれは!! 何で、何で差がこんなに、何でこんなに縮まらねぇんだ!!?)

 

 差が広がる。一完歩ごとにレガシーワールドとの差が開いていく。

 2番手で粘り込むレガシーワールドだが、そんな粘りを嘲笑うかのように、メジロマックイーンはグングンと伸びて後続を突き放していく。

 

 絶対に追いつけない。

 何度このレースをやり直しても縮まりようがないであろう差に、レガシーワールドは恐怖すら覚えた。

 

『ゴールまで後100メートル!! マックイーン、マックイーン、マックイーン!! レガシーワールドが粘る、マックイーンだ!! 5バ身から6バ身差が開いた!!

 マックイーン圧勝!!! マックイーン圧勝ッ!!!』

 

 格が違う。次元が違う。まさしく名優の独演場、勝者はメジロマックイーン。

 レガシーワールドは粘ったものの、メジロマックイーンから3バ身半離されての2着まで。

 

『レコード!! レコード、2分22秒7!!

 2分22秒7、レコードです!! オースミロッチが持っていた、2分24秒6のレコードを、大幅に破りました!!』

 

 そして、レコードタイムのおまけ付き。

 2分22秒7──考えられないような大レコード。

 

 シニア級3年目にもなりながら、メジロマックイーンの充実ぶりは過去最高レベルである。

 ジュニア級から数えて5年ともなると、競走能力に衰えが出るウマ娘も多いが、彼女はその逆──キャリアを重ねるごとに、どんどんと成長して良くなっているようだ。

 

「……マジかよ」

「───流石だな。ここに来て、ベストパフォーマンスを見せてくるとはな」

 

 絶句するオルガの隣で、マクギリスは感心して微笑を浮かべる。それに、ガエリオ・ボードウィン──メジロマックイーンのトレーナーは、「ありがとう」と返す。

 

「お前にそう言ってもらえるなら、自信になるよ。次の天皇賞では、2年前の無念を晴らさなければな」

「メジロマックイーンは、心身ともに2年前よりも更に成長している。何事も無ければ勝てるだろうさ。今の彼女ならば、秋シニア三冠すら夢ではない」

 

 マクギリスは目を細める。できれば、その前に立ちはだかるのはトウカイテイオーであってほしいところだが──現段階では、とてもそんなことは言えない。

 

 メジロマックイーンの次走は勿論、天皇賞(秋)。

 2年前に掴み損ねたタイトル。シニア級中距離、クラシックディスタンスの頂上決戦である。

 

 

   ◇

 

 

「おめでと、マックイーン」

 

 地下バ道に入って引き上げてきたメジロマックイーンを、トウカイテイオーが出迎える。

 差し出されたタオルとスポーツドリンクを受け取って、メジロマックイーンは笑みを返した。

 

「ありがとうございます、テイオー。見ていてくれたんですのね、(わたくし)の走りを」

「うん。相変わらず強いね、マックイーンは」

「約束は果たします。──ですが、貴女を相手に2400なら、分からないと思いますわよ」

 

 タオルで汗を拭いながら言うメジロマックイーン。

 トウカイテイオーはぼんやりと、そんな彼女を見て思う。

 

(──マックイーンは、ボクとの約束を守ってくれてる。ボクが復帰するのを、ずっと待ち続けてくれてる。……ううん、それだけじゃない。いつもボクを励ましてくれて、目標として立ち続けてくれてる)

「……テイオー? どうかしましたの? そんなにジロジロと見てきて──な、何か(わたくし)におかしいところでもありますの?」

 

 じっと見つめられ、メジロマックイーンは少し照れくさそうに問う。そんな彼女に、トウカイテイオーは感謝を伝えなければと思い、口を開いた──

 

「ねぇ、マックイーン。あり───」

 

 ──ものの。急に、口が動かなくなった。

 

「……あり?」

「あり──あり、ありが………」

 

 首を傾げるメジロマックイーン。

 トウカイテイオーは「ありがとう」と言おうとしているのだが、何故か途中で止まってしまう。

 

(な、なんで……なに、何なのさ!?)

 

 目がグルグルと回る。何だか頬が熱い。

 いざ言おうとしてみると、妙に照れくさい。

 

「ありが……? 蟻? 蟻がどうかしましたの? ──まさか、(わたくし)に付いてますの!?

 それにテイオー貴女、何だか顔が赤いような……?」

「ぴぇ!?」

 

 見当違いをして自分の身体に引っ付いているものを振り払うような仕草をした後、メジロマックイーンはトウカイテイオーの異変に気づいて顔を覗き込む。

 物理的に顔と顔の距離が縮まって、トウカイテイオーの混乱に更に拍車がかかる。

 

「大丈夫ですの? 熱でもあるのでは──失礼」

「ぴっ」

 

 トウカイテイオーの思考が完全に停止した。

 メジロマックイーンがトウカイテイオーの前髪をかき上げて、自分の額とトウカイテイオーの額をくっつけたからである。

 

「ぴ、ぴ、ぴぇ……」

「──熱は、無いようですけど……どうしたのです?」

「ぴえっ!」

 

 奇声を上げて、一歩後方へ飛び去ったトウカイテイオー。その顔は真っ赤に染まっている。

 何だか様子がおかしいトウカイテイオーに、メジロマックイーンは首を傾げるばかり。トウカイテイオーは焦りのままに、咄嗟(とっさ)にまくし立てる。

 

「な、ななな何でもないよ! ボクは健康そのものだし! そ、それよりそろそろ写真撮影とか表彰式とかあるんじゃないの!?」

「──そうでした。(わたくし)はそろそろ行かなければ。……本当に大丈夫ですの?」

「ダイジョーブダイジョーブ! ほら、早く行った行った!」

「ち、ちょっ……」

 

 半分パニック状態でメジロマックイーンの背を押し、送り出す。後ろ髪を引かれるように何度かトウカイテイオーの方を振り返りながらも、メジロマックイーンはスタンド前のウィナーズサークルへと歩いていった。

 トウカイテイオーは気が抜けたように息を長く吐き、俯いて両手を顔に当てる。

 

(な、なんで……トレーナーには普通に言えたのに、なんでマックイーンだけ……?)

 

 分からない。考えがまとまらず、グルグルしている。

 トウカイテイオーは天を見上げて、その場から逃げ出すように走り出した。

 

(もーっ! ボク、ワケ分かんないよーっ!)

 

 

   ◇

 

 

「それは『恋』ですな」

「こっ……!?」

 

 翌日。トウカイテイオーは教室でナイスネイチャに相談すると、そう告げられた。

 ナイスネイチャはニヤニヤが抑えられない、といった顔で、言われたトウカイテイオーは固まっている。

 ──が、ガチで赤くなって固まってしまったトウカイテイオーに、ナイスネイチャは「ちょっとからかいすぎたか」と思い、少し真面目に続ける。

 

「ウソウソ。まあ、恋だってのは冗談だけどさ。

 アンタの気持ちは分かりますとも。アレよね、距離が近すぎると逆に照れくさいっていうヤツよね」

 

 トウカイテイオーはナイスネイチャに抗議の視線を向けつつ、ボソッと「近すぎると……?」と呟く。ナイスネイチャはそれに頷いた。

 

「そ。そうだなぁ……例えばさ。試しにアタシに言ってみなよ。多分それなら言えるんじゃない?」

「ネイチャに?」

 

 トウカイテイオーはナイスネイチャに向かい合い、正面から見る。そして、「ありがとう」と言おうとして──いざそうすると、ちょっと照れくさいと思う。

 

「えっと……ライブの時、みんなと一緒に、ボクのために色々やってくれたんでしょ。

 だから、その───ありがと、ネイチャ」

「ちょ、何ちょっと照れてんのさ!? アタシが恥ずかしいじゃん!」

 

 少し頬を紅潮させながら言うトウカイテイオーに、ナイスネイチャも顔を赤くする。

 話を続けづらくなり、黙り込んだ2人。そんなことも露知らず、元気に教室に飛び込んできたウマ娘が1人。

 

「テイオー!! ネイチャ!! やっほー!!」

 

 青いツインテールの小柄のウマ娘、ツインターボ。

 この空気を読まない挨拶が、トウカイテイオーとナイスネイチャには神の救いであるかのように思えた。

 

「ターボ、アンタ最高! テイオー、試しにターボにも言ってみなよ!」

「え!? えっと、ありがとターボ師匠!」

「よし! ホラ、普通に言えたじゃん!」

「ワハハハ、どういたしまして! ……ししょー?」

 

 何の話? と首を傾げるツインターボをよそに、気まずい空気が吹っ飛んだトウカイテイオーとナイスネイチャは話を続ける。

 

「やっぱりさ、いざ言おうとすると緊張するじゃん? 大事なのは勢いですよ勢い。そういう流れを作るのが良いんじゃないでしょうか」

「確かに……でも、流れを作るってどうするのさ?」

「うーん──何かプレゼントを用意して渡す時にとか? いやでも、それだと逆に緊張するかなぁ。

 難しいけど、自然な会話の中で言えるのがベストなんじゃない? ホラ、どっかに出かけてそのついでとかさ」

 

 自然──と、トウカイテイオーは少し考える。

 そして、ふと腑に落ちたというように、頷いた。

 

「───そっか。もっと単純なことだったんだ」

 

 

   ◇

 

 

 迎えた週末。トウカイテイオーは、トレセン学園の校門の前に立っていた。

 その服装は制服でも私服でもなく、童話の赤ずきんの仮装である。そして、彼女はとある人を──ウマ娘を待っている。

 

「テイオー!」

 

 待ち人がやって来た。メジロマックイーンだ。

 彼女は三角帽を被っていて、いわゆる魔法使いの仮装をしている。手を振りながら駆け寄って来るメジロマックイーンに、トウカイテイオーは手を振り返す。

 

「良かった。手紙、気づいてくれたんだね」

「ええ。誘って頂いてありがとう、テイオー。

 ……しかし、『ハロウィンの仮装をして来て』とありましたが、これで良かったんですの?」

「うん。すっごい似合ってるよ」

 

 笑顔で言うトウカイテイオーに、メジロマックイーンは少し照れた様子で「貴女こそ」と返す。

 トウカイテイオーはメジロマックイーンに右手を差し出し、彼女の手を取って言った。

 

「それじゃ行こっか。ハロウィンデート」

 

 

   ◇

 

 

 自然な流れでメジロマックイーンにお礼を言うには、どうすれば良いか──トウカイテイオーが考えた末の結論は、メジロマックイーンとデートに出かけることだった。

 

 今は10月の中旬。

 トゥインクル・シリーズで言えば秋のGⅠシーズンの直前、様々な前哨戦が行われる時期だが──世間一般的にはハロウィンのシーズンである。

 トレセン学園の近くにある商店街でもハロウィンの飾り付けがされ、フェアなどが行われている。

 

 ハロウィンの仮装はこのためのもの。

 出店なども設置され、多くの人で賑わっている商店街に、トウカイテイオーとメジロマックイーンはやって来た。

 

「どっから行く? やっぱりスイーツから?」

「……(わたくし)、これでも一応レース前ですのよ。スイーツはほどほどに───」

「大丈夫だよ、マックイーンのトレーナーにも話はしてあるもん。今日はそういうの気にしなくていいって言ってたよ」

「そ、そうなんですの!? それなら───い、いいえ……し、しかし、それでもですわ! 惑わされません、メジロ家のウマ娘として、羽目を外しすぎるのは……!」

「あ、カボチャのケーキがあるって! 行こ行こ!」

「ちょ、聞いてますの!? ダ、ダメですわテイオ〜!」

 

 欲望と矜持の間で揺れ動くメジロマックイーンの手を引っ張り、トウカイテイオーは楽しげに喫茶店へと入っていく。

 メジロマックイーンの方も、ダメと言いつつ視線は既にケーキの写真へと吸い込まれていた。

 

「───って、席に座ってしまったからには頼まねばならないですわ! テイオー、罠に嵌めましたわね!?」

「流石にそこまで考えてないよ!? ……というか、そんなに嫌なの? キミのトレーナーに許可を取ったのはホントだよ?」

「い、嫌というわけでは……むしろ気になるから困るというか……食べ過ぎてしまいそうというか……」

 

 席に座り、注文した後も欲望と戦うメジロマックイーン。しかし、お目当てのケーキはすぐに運ばれて来たし、来てしまったからにはもう後の祭りである。

 メジロマックイーンは恐る恐るフォークで一口分取ってケーキを口にすると、満足げに破顔した。

 

「お、美味しい……そういえば、しばらくこういったものは食べていませんでしたわね……はむっ」

「マックイーン、本当に徹底してるよね。見習うべきだとは思うけど、たまには息抜きも要るんじゃない? 大事なのはメリハリだと思うよ、ボク」

「そ、そうですわね。今日くらいは仕方ありませんわね、ええ! せっかく誘って頂いたんですもの。トレーナーさんの許可もあるというのなら、ええ! これは仕方のないことですわ!」

 

 言いながら二口目、三口目を口に運ぶメジロマックイーン。名優の牙城が陥落した瞬間であった。

 トウカイテイオーはそんなメジロマックイーンを笑顔で見守りながら、自分もケーキを口に入れるのだった。

 

 それから、2人はとにかく遊び倒した。

 食べ歩きをしたり、ゲームセンターでUFOキャッチャーをしたり、プリクラを撮ったり、屋台の射的にチャレンジしたり──そうこうしている内に、あっという間に日は傾いてしまう。

 

「はー、遊んだ遊んだ」

「本当に、こんなに遊んだのは初めてかもしれませんわ」

 

 2人は商店街から一旦離れて、公園のベンチに座っていた。その手には出店で買ったカップケーキがある。

 

(全然リフレッシュとかしないから、この機会に嫌ってほど遊ばせてやってくれ──って、マックイーンのトレーナーさんは言ってたけどさ。だとしても、ちょっと食べさせすぎたかなぁ……?)

 

 笑顔でカップケーキを頬張るメジロマックイーンの横顔を見ながら、トウカイテイオーは彼女のトレーナーの言葉を思い出していた。

 ……まあ、何とかなるだろう。多分。カロリーとかは全く気にしなくていい、って言ってたし。

 

「……ありがとうございます、テイオー。良い息抜きになりましたわ」

「────あ」

 

 メジロマックイーンに礼を言われて、ふとトウカイテイオーは今日のデートの目的を思い出した。

 一方、カップケーキを食べきったメジロマックイーンはジュースを口に含みながら続ける。

 

「これでまた、明日からのトレーニングにも気合が入ると思いますわ。……その、少々食べ過ぎてしまった気もしますし」

「アハハ……まあ、たまには良いんじゃない?」

「ええ。秋のGⅠシーズンもこれから本格化しますし、良いタイミングでしたわ。

 ──(わたくし)、一昨年の秋は散々なものでしたから。メジロ家のウマ娘として、今年こそ関東でも勝利を手にしなければ」

 

 テイオー、貴女との約束を果たすためにも──と、メジロマックイーンは夕焼けの空を見上げながら言う。

 

「……今のマックイーンなら出来るよ、秋シニア三冠」

「そうですわね──もっとも、貴女に出て来られたら分かりませんが」

「え?」

 

 予想外の言葉を聞き、目を白黒させるトウカイテイオー。メジロマックイーンは「何ですのその顔は」と苦笑しつつ、トウカイテイオーに告げる。

 

「トレーニング、再開しているのでしょう? 貴女もきっと、有馬記念のファン投票では選ばれると思いますわよ。有馬を──ターフを走る貴女の姿が見たいと」

「い、いやいや。トレーニングはしてるけど、まだ全然だよ。この前測ったタイムは酷かったし、トレーナーには『タイム以前の問題だ』って言われて、今はずーっとプールを泳いでるだけだしさ」

 

 メジロマックイーンの言葉を否定するトウカイテイオー。膝の間に両手で持つジュースのカップを見下ろして、少し残念そうに呟いた。

 

「出たところで、今のボクじゃ勝てっこないよ。それこそ、奇跡でも起こらない限りさ。……だから、今回は出ないと思う」

「───そうですか。そうだろうとは思っていましたが、やはり残念ですわね」

「ボクもだよ。──でも、約束したもんね。いつかきっと、必ずって」

「ええ。必ず──また、共に走りましょう」

 

 トウカイテイオーに続いて、メジロマックイーンも頷いた。そして、2人で暗くなりつつある空を仰ぐ。

 それから、トウカイテイオーは口を開いた。

 

「───ボク、今日はマックイーンに言いたいことがあったんだ」

「……(わたくし)に?」

「うん」

 

 トウカイテイオーは隣に座るメジロマックイーンに身体を向け、真正面から彼女の紫の瞳を見据えて、告げる。

 

 

「マックイーン。ボクはずっと、キミに憧れてたんだ」

 

 

 だから、メジロマックイーンと他の人は違う。

 キョトンとするメジロマックイーンに、トウカイテイオーは続ける。

 

「強くて、カッコ良くて、誰よりも努力家で、堂々としてて、綺麗で──キミに弱いところを見せたり、本音で話したりするのは、ちょっと照れくさくってさ。ほんのちょっと、それが悔しいような気もしてさ。

 ボクと走るのをずっと待ってくれていて、約束をずっと守ってくれて、励ましてくれて。ずっとボクの目標で在り続けてくれてるキミは、ボクの憧れなんだ」

 

 メジロマックイーンの透き通るような瞳が、少し見開かれる。トウカイテイオーは、彼女の瞳から目を離さない。

 

 

「ボクにとってのマックイーンは、特別な存在なんだ。

 だから───ありがと、マックイーン」

 

 

 最高の笑顔を見せて、トウカイテイオーはその言葉を口にした。

 やっと分かった。やっと、伝えることができた。

 

「────(わたくし)が、テイオーの……?」

「うん」

「………今更じゃありません?」

 

 え、と今度はトウカイテイオーがキョトンとする。

 メジロマックイーンは柔らかく笑って、トウカイテイオーがやったのと同じように、その蒼い瞳を見据えて告げた。

 

 

(わたくし)もずっと、貴女に憧れていましたわ」

 

 

 驚くように目を見開くトウカイテイオー。

 メジロマックイーンは彼女の瞳から目を離さず、思い返すように言葉を紡いでいく。

 

「貴女はずっと、眩しかった。デビュー戦以降、勝ちきれずに低迷していた(わたくし)とは違って、貴女は無敗のまま、(わたくし)が出ることすら出来なかったダービーの栄冠を掴んでみせた。

 強くて、カッコ良くて、堂々としていて、誰よりも努力を重ねていて。(わたくし)はずっと、貴女にだけは弱みを見せまいとしていました。本音を隠しました。

 天皇賞の時だって、本当は怖かったんですのよ。貴女と戦うことを考えたら、負けるかもしれないという不安に押し潰されそうで、だから考えないようにして───」

 

 去年の秋もそうでした、とメジロマックイーンは言う。

 

(わたくし)はもう走れないのではないかと、毎日のように思っていました。もうこのまま引退してしまおうか、いっそ競走能力を失うような怪我であってくれれば良かったのに、と思ったことすらありましたわ。

 ですが──貴女がジャパンカップを勝つ姿を見て、(わたくし)もまた走れるようになってみせると。テイオーのようにもう一度、最強の座に返り咲いてみせると、勇気を貰ったのです」

 

 メジロマックイーンはジュースのカップを傍らに置き、トウカイテイオーの手を取る。

 

 

(わたくし)にとって、貴女は特別な存在ですわ」

 

 

 視線が合う。トウカイテイオーとメジロマックイーンは、そのまま互いの瞳をしばらく見つめ合っていたが──やがて、どちらからともなく吹き出した。

 

「「───あはははは!」」

 

 オレンジ色に染まった空に、2人の笑い声が木霊する。

 思っていたことは同じ。互いに憧れ、互いに励まし合っていたトウカイテイオーとメジロマックイーンは、互いの想いを知って、しばらく笑い合ったのだった。




次走「ふたり」
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