秋の中距離王者決定戦、GⅠ「天皇賞(秋)」まで、後4日となった水曜日。
メジロマックイーンは最終調整として、トレセン学園内にあるトレーニング用バ場のウッドチップコースで追い切りを行った。
「──良し。後は本番を迎えるだけだな」
走る彼女のタイムを計測して、トレーナーのガエリオは満足げに頷いた。
前走のGⅡ「京都大賞典」から、メジロマックイーンの状態は更に上向いている。不安は無い。
天皇賞(秋)にはGⅢ「産経賞オールカマー」を逃げ勝ったツインターボが出走を予定していて、彼女がハイラップを刻んでレースを引っ張ると予想されている。
タフな流れとなれば、メジロマックイーンのスタミナが存分に生かされる展開になるだろう。
一昨年は取り損ねた秋の盾を、今年こそは──という思いは、メジロマックイーンは勿論、ガエリオにもある。
「ご苦労だったな、マックイーン」
引き上げてきたメジロマックイーンに、ガエリオは声をかける。──しかし、その表情は妙に固い。
「……どうした?」
「トレーナーさん。──主治医を、呼んで頂けますか?」
問うガエリオに、メジロマックイーンは足下を気にするような仕草を見せ、そう告げた。
ガエリオは一瞬目を見開いたが、頷いてスマートフォンを懐から取り出し、電話をかける。
「何も無いとは思いますが、念には念を入れ──です」
水分補給をしてきます、とベンチのある方へ歩いていくメジロマックイーン。
───その足取りをよくよく観察して、ガエリオもどことなく違和感を覚えた。
どこか、左右のバランスが崩れているような。
(……まさか。いや、気のせいか───気のせいであってほしいが………)
電話先のメジロ家の主治医に「すぐ来てほしい」ということを伝えながら、ガエリオは胸中に渦巻く嫌な予感が、どんどん大きくなっていくことを感じていた。
◇
ガエリオとメジロマックイーンに遅れること一時間、マクギリスとトウカイテイオーもトレーニングコースへとやって来た。
多くのウマ娘たちが走っているが、その中にメジロマックイーンの姿はもう無い。
「……あれ? 数時間はトレーニングをしているハズ、ってマックイーンは言ってたんだけどなぁ」
首を傾げるトウカイテイオー。それに対し、マクギリスが言う。
「メジロ家の施設の方でやることにしたのではないか? トレセン学園はウマ娘も多い上に、水曜日ともなればマスコミの取材も多いからな。
トレーニングに集中するにはあちらの方が良かろう」
「そっか。じゃあ、後でメジロ家に行ってみようかな」
「それが良い」
トウカイテイオーの呟きを肯定しつつ、マクギリスは笑みを浮かべてストップウォッチを取り出した。
「──さて、今日はもう一度コースで走ってみるとしよう。散々プールで心肺と筋肉を鍛え直したのだから、前よりはマシなタイムが出るハズだ」
「オッケー! ボクも早く、レース場で走りたいし!」
「それも今日のタイムを見て考えることにしよう。タイム次第では復帰の目処もある程度経つ。
……とはいえ、張り切り過ぎるなよ。あくまで余裕を持って走って、どれくらいのタイムになるかを測る」
分かってるよー、と軽く返してストレッチを始めるトウカイテイオー。──そこに、声をかけるウマ娘が一人。
「マックイーンさんなら、お医者さんと一緒に何処かへ歩いていきましたよ。異風に見えましたが」
「───え?」
足を広げ、姿勢を低くして身体を解していたトウカイテイオーは、そう言ったウマ娘の方を見上げる。
柔らかい雰囲気で、長く自然に伸びた髪を棚引かせ、額に大きな流星のあるウマ娘──マクギリスもトウカイテイオーも、彼女には見覚えがあった。
「……ヤマニンゼファー。それはどういうことかな?」
マクギリスの問いに、トウカイテイオーも頷く。
ヤマニンゼファーは目を瞑り、問われたから答える──というような感じではなく、自然と話し出した。
「次の秋風のため、マックイーンさんの風を切るような走りを見させてもらいました。まさしく烈風でしたが、走り終わってすぐ、トレーナーさんとお話されていて──それからお医者さんがやって来ました。
私が知っているのはそれだけですが……」
「───そうか。ありがとう」
気がかりではあるが、まずはトウカイテイオーの方だ──と、マクギリスは頭を切り替える。
「ひとまず始めよう、トウカイテイオー。五ハロンだ」
「……分かった」
トウカイテイオーも一旦メジロマックイーンのことは頭から追い出して、スタート姿勢を取る。
そして、マクギリスの合図によってトウカイテイオーが走り出した──直後、マクギリスが持ち歩いているスマートフォンが音を立てて鳴り始めた。
「───なるほど」
トウカイテイオーが5ハロン──1000メートルを走り終わって、タイムを確認した後、マクギリスは電話をかけ直すためにスマートフォンを取り出す。
かけてきた相手は──メジロ家の執事だった。
◇
主治医の診察を受けたメジロマックイーンは、メジロ家の邸宅の私室のベッドにいた。
彼女の脚を触診したメジロ家の主治医は、一言「ひとまずはベッドでお休みになって下さい」とだけ言い残した。
メジロマックイーンは納得が行かないという表情で、とりあえずは言いつけ通りにベッドの上にいることにしたのである。
「──大袈裟ですわね。こんなの何でもありませんのに」
「……痛みは無いのか?」
「ええ」
ベッドの側に立つガエリオに聞かれ、メジロマックイーンは頷く。
──ガエリオとて、自分の目が何かの間違いであったと思いたい。しかし、メジロマックイーンの歩様は、トレーナーであるガエリオから見て、
「失礼致します、お嬢様」
十数分が経ってから、主治医が部屋に入ってきた。
「一体何なんですの?」と問うメジロマックイーンに、主治医は淡々と、しかし僅かに言いづらそうに告げる。
「まずは処置をさせて下さい。それから、大奥様の下へ参りましょう」
「……おばあ様の? どうして────」
「マックイーンお嬢様に、お話があるとのことです」
主治医はそれから、手際よくメジロマックイーンの右脚にテーピングをして、彼女に松葉杖を手渡した。
───メジロマックイーンは処置をされる間、自分の顔がどんどん青ざめていくことを感じていた。
「どうぞ」
メジロ家のおばあ様──当主の部屋の前には執事が立っており、メジロマックイーンとガエリオ、そして主治医はその中に通された。
部屋は薄暗く、光源は正面の窓から差し込む太陽光だけだが、それも曇り空で陰っている。おばあ様は窓を背に執務机の前に座っていて、帽子を深く被っており、逆光もあってその表情は見えづらい。
おばあ様に相対する3人の背後で扉が閉められると、部屋は静寂に包まれ、空気が張り詰める。
「───主治医。故障の説明を」
「はい」
主治医が一歩前に進み出て振り向き、メジロマックイーンの方を見る。
メジロマックイーンは「故障……?」と、嫌な予感を信じたくないと言わんばかりに呟く。
「お嬢様は、
な、とガエリオが息を詰まらせる。メジロマックイーンは、ただ呆然と立ち尽くすしかできない。
繋靱帯炎。
ウマ娘が着地した時、脚にかかる衝撃を和らげる球節の繋ぎの部分──靭帯に炎症を起こす故障のことである。
最低でも全治1年。その上、一度治っても激しい運動を──それこそ全力疾走などをすると再発しやすいという性質を持つことから、屈腱炎と並び、ウマ娘にとっては「不治の病」とも言われる。
重大な故障であり、繋靱帯炎によって引退を余儀無くされたウマ娘は数知れない。かのシンボリルドルフがトゥインクル・シリーズを去ったのも、繋靱帯炎が原因だ。
オグリキャップのように復帰した例も僅かながらあるとはいえ、基本的に繋靱帯炎を発症したウマ娘は、その競走生命を断たれる。
「聞いてのとおりです。───マックイーン。貴女はメジロ家の悲願である天皇賞(春)制覇の夢を、史上初の連覇という形で二度も叶えてくれました」
「───待って」
「貴女はラモーヌさえも超える、メジロ家の最高傑作と呼ぶに相応しい活躍をしてくれました。今やメジロマックイーンは、メジロ家にとっての誇りそのもので───」
「待って、待って下さい!!!」
おばあ様の言葉を、メジロマックイーンが遮った。
その叫びは上ずっていて、悲痛なモノだった。
「
どうして、そんな──『くれた』なんて……言い方をされるのですか……!?」
「───マックイーン」
一段低くなったおばあ様の声が、メジロマックイーンを気圧すように黙らせる。
──しかし、その声はどこまでも優しく、柔らかく、だからこそ残酷なモノでもあった。
「もう、充分ではありませんか」
一言。メジロマックイーンの、終わりを告げる言葉。
メジロマックイーンは絶句し、固まり、言葉を失った。
「トゥインクル・シリーズが、貴女の人生の全てというわけではありません。トレセン学園を卒業してからも、貴女の人生は長く続いていきます。その後の方が長いのです。
……これ以上走り、病状が再発を繰り返し、悪化して行けば、貴女は歩くことすらできなくなるかもしれない。いや、それどころか────貴女の命にすら、危険が及ぶことがあるかもしれません」
メジロマックイーンのことを思うが故に、おばあ様の決断は絶対に揺るがない、確固たるモノだった。
しかし、と反論しようとしたメジロマックイーンだが、喉はその声を発してくれない。おばあ様の言うことは正しいのだと、おばあ様の言うことを変えさせることは絶対にできないのだと、聡明な彼女は察している。
「そ、んな────」
メジロマックイーンは縋るように、トレーナーであるガエリオの方に視線を向ける。
彼なら、トレーナーなら何か、自分にはできない的確な反論をしてくれるのではないかという、そんな僅かな希望を込められた視線。──だが、ガエリオは歯を食いしばって、口を閉ざし続けた。
ここで引退することが、メジロマックイーンにとってどれだけの無念になるかを、ガエリオは理解している。
トウカイテイオーとの再戦の約束は果たされていない。取りこぼした秋の盾を掴むため、ずっとトレーニングを積み重ねてきた。
走らせてやりたい、その思いはあるが───一方、メジロマックイーンのことを思うからこそ、ここでメジロマックイーンを引退させるべきなのだと、ガエリオは自分でも嫌になるほど冷静に決断していた。
トレーナーであるガエリオは知っている。
繋靱帯炎になりながらも復帰し、走り続けた結果──レース中に靭帯断裂を起こし、生死の境を彷徨い、二度と走れなくなってしまったウマ娘の事例を。
ここで身を引き、治療に努めれば、いつかトゥインクル・シリーズの先、ドリームトロフィーシリーズで復帰できる日が来るかもしれない。
もしかすれば、そこでトウカイテイオーとの再戦も叶うかもしれない。
「────嫌、ですわ」
黙り込むガエリオの結論が、おばあ様と全く同じなのだと悟り──メジロマックイーンは、ポツリと呟いた。
その瞳には涙が溜まっていて、メジロマックイーンは叫びながら、松葉杖を捨てて踵を返した。
「
泣きながら叫ぶメジロマックイーンは、まるで駄々をこねる子供のようだった。
堪らず逃げ出すかのように、メジロマックイーンは扉を乱暴に開けて、その場を後にした。
走り去ったメジロマックイーンを執事が追いかけ、ガエリオも「マックイーン!」と呼びかけながら、部屋から急いで出て行く。主治医もそれに続いている。
「───ごめんなさい、マックイーン」
部屋に残されたおばあ様は、俯いてそう口にした。
走りたいというメジロマックイーンに、もう走るなと言うしかない──残酷な運命を、当主は呪うのだった。
扉が開け放たれながらも、部屋は再び静寂に包まれる。
窓から差し込む薄暗い灰色の日光が、部屋に飾られた貴顕なる盾をボンヤリと照らし出していた。
◇
「────そんな……」
メジロ家の執事から、メジロマックイーンのことを聞いたマクギリスは、トウカイテイオーにそれを伝えた。
トウカイテイオーは衝撃を受けたが、すぐに意を決して走り出した。
「どこへ行くつもりだ!?」
「決まってるでしょ! マックイーンのとこ!」
その背中にマクギリスは問い、トウカイテイオーは振り向かずに答えてメジロ家の邸へと向かう。
──問うたマクギリスとしても、トウカイテイオーがどこへ向かおうとしているかは察していたが。
(……マックイーン───!)
トウカイテイオーは走る。メジロマックイーンのいるであろう場所へ。
──空は雲に包まれ、どんよりと黒く染まっている。そればかりか、ポツポツと雨粒が落ちて来ていた。
◇
メジロ家の敷地の中にある、トレーニングコース。
そこで、メジロマックイーンはシューズの紐を締め直し、走り始めていた。
「───ホラ、何ともありませんわよ……!」
軽いジョギング。脚は動く。支障はない。
自分は走れるのだと、今までのは全部ウソなのだと、メジロマックイーンは自分に言い聞かせるように呟く。
「……ッ!?」
テーピングされた部分が、ズキリと痛んだ。
身体の半分が下がるような感覚。メジロマックイーンは顔を
「何とも、ありませんわ……づっ!」
もう一度、右脚を前に出す。痛みが走る。さっきよりも鋭い、大きな痛みだ。
それがどうした。だから何だ。関係ない。
約束した。現役最強であり続けると。
もう一度、今度は中距離で勝負するのだと。
「ぐっ……!」
また痛み。どんどん強くなり、重くなる。
雨が降ってきた。冷たい。冬が近づいているのか。
「まだ、ですわ──まだ、まだ……!」
一歩、故障した脚を踏み出すたびに、身体が痛む。
それは最早、激痛とさえ言えるほどに激しいモノになっている。
「走れるでしょう……!
それでも、メジロマックイーンは脚を止めない。
止めたらそこで、本当に全て、終わってしまうような──そんな恐怖が、脅迫があった。
「やっと、出会えたんです……!」
自分にないモノを持つ、自分と同等に、本気で、全力で競うことのできるウマ娘に。
彼女に出会ってから、彼女と競うようになってから、メジロマックイーンの世界は大きく変わった。
「約束、したんだから───!!」
本気で向き合える相手。全力を出して、なお届くか分からない相手。
気高く、美しく、強く──誰よりも尊敬できる、誰よりも負けたくない、誰よりも勝ちたい相手。
また走りたい。また競い合いたい。
二度目の天皇賞(春)。本気でぶつかり合った時のように、あの勝負をもう一度───!
「ああっ……!!」
脚が上がらなくなった。釘で地面に打ち付けられたかのように、故障した脚が動かなくなって、メジロマックイーンは態勢を崩した。
うつ伏せに地面に倒れ込む。それでも、両肘を突いて、引きずるように前に進もうとする。
「こんなの、何だって言うんです……!!」
ラチを掴んで身体を起こす。身体を支えながら、もう一度立ち上がろうとする。
そうだ。諦めるわけにはいかない。走るのをやめるわけにはいかない。走らなければならない。勝たなければならない。それが王者メジロマックイーンで───
「マックイーン!!!」
声がする。再戦を望んでやまない──けれど、今だけは来てほしくなかったウマ娘の声。
強くなる雨の中、メジロマックイーンはラチに腰を預けて乱れた髪を整え、走ってくるライバルに笑みを見せる。
「何してるの!? 休んでないと───」
「───問題ありませんわ。
「でも……」
「走れますわ。ホラ、見て下さい」
息を切らし、雨に濡れたトウカイテイオーが、メジロマックイーンに近寄ってくる。
メジロマックイーンは心配するトウカイテイオーの言葉を否定し、ラチから手を放して、走れることを見せるために脚を動かそうとするが──叶わず、メジロマックイーンは倒れ込んだ。
「ちょ、無理しちゃダメだよ!」
「無理なんてしていません!!!」
絶叫。トウカイテイオーが、今までに聞いたことのないような剣幕。──それがただの強がりでしかないのだと、トウカイテイオーには分かってしまった。
「
雨が強くなる。脚を引きずって、前に進もうとしているメジロマックイーン。
──だが、走ることは愚か、もう一歩たりとも進めなくなっている。這いつくばって、拳を握りしめて、それでも彼女の脚はもう、彼女のモノではなくなっている。
「もう一度、一緒にって……そう、言ったのに──!」
力無く、何か糸で引っ張られるかのように、ゆっくりとメジロマックイーンは上体を起こした。
再び、トウカイテイオーはメジロマックイーンの表情を見た。───それは、今まで見たことのないほど惨めで、無様で、見苦しくて、酷い顔だった。
「────もう、走れない……もう、貴女との約束は、果たせないの………」
絞り出すような、捻り出すような声。トウカイテイオーが聞いたことのないような、弱々しい声。
泥に汚れて、雨と涙でビショビショに濡れて、遂にメジロマックイーンは、決壊してしまった。
「ううっ……うわあああああああああああああああああああああああああああ───!」
耳を
───トウカイテイオーは立ち尽くして、ただそれを見ていた。
強く、気高くて、堂々としていて──美しい名優。
その心が本当に今、粉々にへし折れてしまった。
「────運命ってさ、意地悪だよね。
もう二度と、ボクとマックイーンを勝負させたくないみたい」
しばらくして、雨が少し弱まった頃──トウカイテイオーは、口を開いた。
「きっと、諦めちゃった方が楽なんだ。もう一緒には走れないんだって。
でも、ボクは諦めない。諦めたくないんだ。ボクはもう一度、マックイーンと一緒に走りたい。
───マックイーンも、そうでしょ?」
一歩、トウカイテイオーはメジロマックイーンに歩み寄る。慰めるためではない。伝えるために。
「っ──そんなの、走りたいに決まってます……でも、もう無理なんです……一生、マトモに走るなんてできないんです!
闇雲に叫んで、メジロマックイーンは自分が言った言葉に驚き、怯えて息を呑んだ。
──それは、彼女が心の奥底でほんの少し、僅かに思ってしまっていたモノ。彼女自身も気づいていなかったような見下しであり、諦めだった。
「────そんな、ちが……ご、ごめんなさい……」
「そうだね。奇跡でも起きなきゃ、そうだろうね」
トウカイテイオーは否定しない。だって単なる事実だ。至極当然、常識的な見方でしかない。
もう今更だ。言われるまでもない。自分はもう二度と、マトモに走れないかもしれないなんて──嫌というほど思ってきたし、これでもかというほど分からされてきた。
「
そして、その上で──トウカイテイオーは、断言した。
「証明してみせる。ボクも、マックイーンも──絶対にもう一度、2人で一緒に、あの時みたいに走れるようになるってことを」
メジロマックイーンは、呆然とトウカイテイオーを見つめる。それから、消え入りそうな声で言う。
「そんな、こと……どう、やって───」
「有馬記念。
今度の有馬記念に出走する。そこで勝つ。誰よりも先にゴールしてみせる」
またも断言するトウカイテイオー。
有馬記念──1年の総決算。年末のグランプリ。
クラシック級もシニア級も、この1年間、トゥインクル・シリーズを引っ張ってきたウマ娘が集結するレース。
それを勝つと言った。
この1年間、出走すらしていないトウカイテイオーが。
今年のトゥインクル・シリーズの主役たちを全員、蹴散らしてみせるのだと。
「───で、できるハズがないですわ……1年間、マトモに走ってない今の貴女が、勝つなんて……」
「関係ない。ボクは勝つ。ボクは諦めない」
メジロマックイーンが、涙に濡れた目を見開く。
その側にしゃがんで、右手を取る。助け起こすためじゃない。伝えるために。
「マックイーンは、ボクが走るのを諦めようとした時、引っ張ってくれた。挫けそうな時、ボクを助けてくれた。ボクの目標で、憧れの強いウマ娘でい続けてくれた。
待ってるって。もう一度走ろうって、約束してくれた」
揺るぎない帝王の瞳が、メジロマックイーンの瞳を覗き込む。
「今度はボクの番だ。だから見てて、マックイーン」
手が離れる。トウカイテイオーは立ち上がる。
そして、力強い足取りで、その場を後にするのだった。
「───テイオー……」
去っていく背中を見つめ、握られた手を見下ろす。
傘を持った執事たちが走り寄ってきても、メジロマックイーンはずっと、そうしていた。
雨はいつの間にか止んでいる。
雲の隙間から黄金の光が差し込んで、帝王の往く道を彩っていた。
◇
「───有馬記念。復活には、これ以上無い舞台だな」
メジロマックイーンと別れ、メジロ家の邸を後にしようとするトウカイテイオーを、マクギリスが出迎えた。
トウカイテイオーは不敵な笑みを浮かべて、トレーナーに言う。
「トレーナー。ボクを勝たせてよ?」
「私が勝たせるのではない。
──俺たちで勝つ。そうだろう?」
笑顔で返すマクギリス。その言葉に、トウカイテイオーは力強く頷いた。
「うん、そうだね。……よろしく、トレーナー」
「無論だ」
もう言葉はいらない。マクギリスとトウカイテイオーは、ただ拳を突き合わせた。
次走「新たなる王者」