マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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49R 夢をかける

 本バ場入場を終え、トウカイテイオーは足下の芝、その感触をじっくりと確かめる。

 1年ぶりに立つ、レース場の芝コース。1年ぶりに味わう、人で埋め尽くされたスタンドからの大歓声。

 

(───ああ。帰ってきたんだ)

 

 トウカイテイオーの口元には、笑顔が浮かんでいた。

 負けられないレース、勝たなければいけないレース──しかし、彼女はプレッシャーなど、全く感じていなかった。

 

 今はただ、楽しみだった。

 レースで走れることが。みんなと競い合えることが。

 

「テイオー」

 

 目を瞑り、笑顔を浮かべるトウカイテイオーに、声をかけるウマ娘が1人。彼女と同期であり、クラスメイトのウマ娘、ナイスネイチャだ。

 トウカイテイオーは、ナイスネイチャの方に真っ直ぐ視線を向け、ナイスネイチャも怖じけず応える。

 

「アンタが今どんな状態で、どんだけ走れるようになったかは知らない。関係ない。アタシはただ、今度こそ、アンタより早く──誰よりも早く、1着でゴールする」

 

 正面切っての宣戦布告。

 ナイスネイチャの後ろには、他の出走ウマ娘たちも立っていて、彼女らも全く同じ思いだろう。

 そのライバルたちの言葉に、トウカイテイオーは頷いた。

 

「うん。ボクも、誰にも負けないから」

「──良いレースにしようね」

 

 頷き合って、ナイスネイチャは踵を返す。トウカイテイオーに背を向けて、歩き出そうとし──ふと、何かを思い出したかのように足を止めた。

 

 

「それと────おかえり、テイオー」

 

 

 振り向かず、その一言を残して、ナイスネイチャは小走りでバックストレッチのスタート地点へと去っていく。

 トウカイテイオーは幸せそうに笑って、

 

 

「────ただいま」

 

 

 とだけ、呟いた。

 それから、ナイスネイチャの背を追って、ゆっくりとスタート地点へと歩き出した。

 

『晴れ、良バ場の中山レース場です。例年にも増して素晴らしいメンバーとなりました、今年の有馬記念。

 第38回、出走者は14人。GⅠウマ娘がズラリと顔を並べています。

 3時現在、中山レース場には15万8000人近いファンの方が詰めかけてギッシリ、超満員です。

 実況は赤坂。解説は細江さん、よろしくお願いします』

 

 スタート地点に集合するウマ娘たちには聞こえていないだろうが、スタンドでは実況放送も始まった。

 バ場状態は良バ場。まさしく絶好のコンディションだ。

 

『それにしましても、有馬記念は毎年素晴らしいメンバーが揃うんですが。その中でも、今年は上位のファン投票のウマ娘が順調にこのレースに臨みまして、一層素晴らしい顔ぶれとなりましたね』

『はい。とにかく欠場者がいないということで、ファンの方もきっと喜んでいると思います』

 

 1枠1番、エルカーサリバー。

 2枠2番、セキテイリュウオー。

 3枠3番、ベガ。

 3枠4番、トウカイテイオー。

 4枠5番、ウィッシュドリーム。

 4枠6番、ライスシャワー。

 5枠7番、ホワイトストーン。

 5枠8番、マチカネタンホイザ。

 6枠9番、レガシーワールド。

 6枠10番、エルウェーウィン。

 7枠11番、ウイニングチケット。

 7枠12番、ナイスネイチャ。

 8枠13番、ビワハヤヒデ。

 8枠14番、メジロパーマー。

 

 14人全員が重賞ウマ娘、内8人がGⅠウマ娘。

 今年のトゥインクル・シリーズを彩ったウマ娘がほぼ全員、この有馬記念に駒を進めてきた。1年を締めくくるに相応しい、まさに豪華メンバーである。

 

『さて、スタート地点に既に14人が集合しています。スタート地点には赤鳩アナウンサーが待機しています。赤鳩さん、スタート前のウマ娘の表情、伝えて下さい』

『はい。何となく例年にない温かい日差しがスタート地点、ゲート前に西日が差し込んでいまして、例年の緊張感の中にもこう……穏やかなと言うとちょっと語弊があるのかもしれませんが、そういった雰囲気も漂っています。

 トウカイテイオーですけれどもね、お馴染みの独特の歩様なんですけれど、まだレースを思い出そうとしているのかなとそんな風に見えなくもないんですけれど、やはり歴戦のウマ娘らしいところを見せています』

 

 スタンドの反対側、外回りコースのバックストレッチの半ば、第3コーナーを見る形で斜めに設置されたゲートの裏。

 そこに14人のウマ娘が集合しており、スタンドから見える内バ場のターフビジョンには、トウカイテイオーがアップで映し出されていた。

 

「───テイオー、落ち着いているな」

 

 スタンド上階から見守るシンボリルドルフも、緊張した面持ちでその表情を観察している。

 

 1年もの戦線離脱──シンボリルドルフであっても、これほどの挫折を経験したことはない。

 彼女はアメリカ遠征で繋靱帯炎を発症し、そのままトゥインクル・シリーズの引退を余儀無くされた。

 もし現役を続行していて、怪我が治っていれば1年ぶりのレースというモノを経験することになったのかもしれないが──それがぶっつけ本番のGⅠとなって、今のトウカイテイオーのように笑みすら浮かべる余裕を持てるかと言われると、さしもの「皇帝」にもその自信は無い。

 

『ビワハヤヒデは本当に威風堂々という感じですね、相変わらず。レガシーワールドも元気いっぱいというところ。

 ライスシャワーも時々前を睨みまして、チャチャチャっと歩いていく、そんなような素振りを見せまして、内面的な闘志、私の目には戻ってきているようにも見えるんですけれども、どうなんでしょうか。

 ──今、係員の人が散っていきましたので、もう間もなくゲートへの誘導が始まるのではないかと思います』

『なるほど。細江さん、今1年ぶりのトウカイテイオーの話も出ましたが。うーん……ダービーウマ娘とはいえ、1年ぶりですからね』

『そうですね……プールトレーニングですとか、色々やっていたようですけれども、やはりどうしても、身体が激戦に耐えられるかどうかですね』

 

 1年ぶりのレース。トウカイテイオーの身体能力が、全盛期に等しいレベルにまで戻っているという感覚を、見ている側は全く持てない。

 それでも4番人気。トウカイテイオーの人気の高さが窺えるが──果たして、本気で勝てると思っているファンは何人いるのか。

 追走すらできず、最後方のままゴールするということすらあり得るだろう。

 

『しかし、ライスシャワーがとても良く見えますね。人気が下がるとこのウマ娘は怖いな、というところがありますよね』

『ここの秋の何戦かを見ていますと、ライスシャワーもどうしたんだろう、という声もありますが、今日くらいはですね。今年最後の有馬記念では、良いところを見せてもらいたいですね』

 

 天皇賞(春)でメジロマックイーンを破り、大金星となったライスシャワーだが、この秋は勝ち星が無い。

 天皇賞(秋)から距離が伸びて良いだろうと思われたジャパンカップも惨敗に終わり、今日は5番人気にまで人気を落としている。

 

(───ライス……)

 

 トレーナーの三日月・オーガスも、ライスシャワーの不振には心配する思いがある。

 彼女の得意とする超長距離のレースが秋にはないとはいえ、いくら何でもここ数戦は負け過ぎである。

 春にメジロマックイーンを倒すために無理をした反動が来ている、という部分もあるが、最近は体調も持ち直してきたので、良いレースをしてほしいところだ。

 

「……レガシー、行けるハズだ」

「はい。ライスもですね」

 

 オルガ・イツカは祈るようにターフの上の担当ウマ娘を見つめ、その隣ではミホノブルボンも頷く。

 レガシーワールドにとっては去年2着の舞台。先のジャパンカップでは、1年越しにミホノブルボンの無念を晴らし、初のGⅠ制覇も成し遂げた。

 この有馬記念でも、2番人気の支持を受けている。

 

「───妹に続けよ、ビワハヤヒデ」

 

 ラスタルは自信たっぷりに、担当するビワハヤヒデを送り出している。

 本人の気合も、ジュニア級を走る妹の──ナリタブライアンの活躍で更に乗っているようだ。

 今日は堂々の1番人気。ここでシニア級のウマ娘たちを押さえて勝利し、名実共に「現役最強」の座を獲得したいところである。

 

『まあ例年、去年一昨年とブービー人気のウマ娘がですね、この有馬を制しているんですが。

 今年は……穴のウマ娘を1人2人探すとすると、どんな名前のウマ娘が挙がりそうですか?』

『そうですね……未知数なのはエルウェーウィンでしょうか。この中山でビワハヤヒデを倒したウマ娘ですからね。後は人気どころですが、ウイニングチケットも良く見えます』

 

 スタンドから、遠いスタート地点に届くほどの大歓声が上がる。スターターがスタート台に乗り、ゆっくりと上昇していく。

 

『さあ、スターターがスタート台に上がりました! GⅠのファンファーレです!』

 

 スターターが片手に持つ赤い旗が振られ、生演奏の関東GⅠファンファーレが、師走の中山の空に鳴り響く。

 スタンドの手拍子は、ファンファーレが終わると同時に拍手と歓声へと変わった。

 

『さあ今年のウマ娘ナンバーワンを決めます、第38回有馬記念!

 細江さん、今年も勿論パーマーが行くんでしょうね!』

『はい、勿論パーマーが行ってレガシーと、後ホワイトストーンも行くかもしれませんね。

 メジロパーマーはもう、絶対に逃げると思います』

 

 ウマ娘たちのゲート入りが始まる。地面が揺れるほどの大歓声を耳にしても、この場に集った14人は全く平静を崩していない。

 奇数番号のウマ娘に続き、偶数番号のウマ娘がゲートに納まっていく。枠入りは極めて順調だ。

 

『残るは大外、去年逃げましたメジロパーマーの枠入りを待つのみとなります。今日は、そして今年はどういった逃亡劇をこのメジロパーマーは見せてくれるんでしょうか。

 さあ、14人枠入り完了しました! 有馬記念ッ!』

 

 メジロパーマーが14番ゲートに納まると、拍手と歓声がスタンドから湧く。

 その後、一瞬の静寂が訪れ、ウマ娘たちがスタート態勢を取ると──ゲート番の下、赤ランプが点って夢への扉が開かれる。

 

『ゲート開いた! スタートを切りました!』

 

 ───さあ、夢を見よう。

 グランプリ「有馬記念」、たった2分半の夢の時間が始まった。

 

『メジロパーマー、良いスタートであります!

 各ウマ娘一斉にスタート、綺麗なスタートを切っています! 流石に選ばれた14人、優駿であります!』

 

 出遅れはなし。まさしく横一線のスタート。

 先行争い、熾烈なるポジション争いに突入する。

 

 中山芝2500メートル、外回りコースから内回りコースに切り替わるトリッキーなコースはスタートから3コーナーまで約200メートル。

 時間にして約10秒と少し、だがコース形状の都合上、ゲートはコーナーに対して斜めに設置されているため、全く揃ったスタートであっても、外枠のウマ娘は強制的に何列か下げさせられることになる。

 

 有馬記念は決して公平なレースではない──枠順抽選の瞬間から、戦いは始まっている。

 

『3コーナーから4コーナーであります、先頭やはりメジロパーマーが行きました!』

「爆逃げぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 スパートして先頭に躍り出たのはメジロパーマー。

 不利な大外であっても、彼女のやるべきことは変わらない。逃げてこそ彼女の真価は発揮される。

 何より彼女は去年、この有馬記念の舞台で、堂々たる逃げ切りを果たしているのだから──!

 

『メジロパーマーが3バ身から4バ身、レガシーワールドが2番手、ビワハヤヒデ3番手。その後ろからホワイトストーンも行きました!

 1年ぶりのトウカイテイオーも行っています!』

 

 ビワハヤヒデとレガシーワールドが外枠から内に切れ込んできて、その内からホワイトストーンが抵抗し、トウカイテイオーは出たなりのレースで内ラチ沿いの5番手から7番手の辺りに取り付いた。

 

(良し……!)

 

 トウカイテイオーはほくそ笑む。

 前にはビワハヤヒデを見る形。──強いウマ娘の後ろ、理想的なレース展開であり、想定通りの形だ。

 

『そしてウイニングチケットは後方待機であります!

 第4コーナーを回りまして、ギッシリと埋まりました中山のファンの前を、14人が駆け抜けて行きます! 1周目のホームストレッチであります!』

 

 隊列が決定したところで、第4コーナーをカーブする。

 迎えるは16万人近い大歓声。眼前を走る自らの夢に、拍手と喝采を送り、それはウマ娘たちにとっての重圧でもあり、何より嬉しい援護でもある。

 

『先頭はメジロパーマーであります、メジロパーマーが大逃げではありません!

 レガシーワールド2番手、そしてホワイトストーンが3番手から2番手に上がっていく!

 ビワハヤヒデが4番手であります!』

(────想定通りだな)

 

 ホワイトストーンが外から上がって行ってレガシーワールドに並びかける、といった様子を見ながら、ビワハヤヒデも頷く。

 4番手の外目。前にプレッシャーをかけながら、自分のタイミングで動いていける絶好のポジション。

 バ群の外を回されることはウマ娘にとって負担となるが、スタミナ豊富のビワハヤヒデにとっては「好きな時に仕掛けられる」というメリットの方が大きい。

 

『その後方でありますが、ライスシャワーがいる!

 アウトコースからエルウェーウィン、更にトウカイテイオー! 久々のトウカイテイオー、1番のエルカーサリバー、アウトコースからナイスネイチャが行っている!』

 

 内ラチ沿いに入ったライスシャワーも、見るのはビワハヤヒデ。

 バ群の外目を進む芦毛の先行ウマ娘、天皇賞(春)でのメジロマックイーンと似通ったポジション。

 目指すはあの日の再現。先に抜け出した芦毛の王者を後ろから差し切る、という展開。

 

(……もう、期待を裏切るわけにはいかないから──!)

 

 気負うライスシャワーの斜め後ろにトウカイテイオー。

 黒い小さなウマ娘の背中を追いながら、後ろにはナイスネイチャの気配も感じ、トウカイテイオーは気を引き締め直す思いだった。

 

(──このピリピリした感じ、すごい……みんなの勝ちたいって気持ちが、伝わってくる……!)

 

 1年ぶりのレース。1年ぶりに感じる気迫。

 誰しもが、並々ならぬ思いでこの有馬記念に挑んでいる。グランプリの舞台はウマ娘にとっての夢であり、ファンにとっては夢を託す場所。

 有馬記念は、日本ダービーにも並ぶ大レース。全てのGⅠレースに重みがあるが、ダービーとも天皇賞とも違う、唯一無二の価値と意味が有馬記念にはある。

 

(勝ちたい……! 今年こそ、3着じゃなくて1着に!)

 

 ビワハヤヒデ、ライスシャワー、トウカイテイオー──強力なウマ娘たちの背を睨んで、ナイスネイチャは歯を食いしばる。

 2年連続3着の有馬記念。もう3着は御免だ。今年こそはもう2つ、着順を上げてみせる──!

 

『更にベガ、そのアウトコースにセキテイリュウオーであります!

 そしてウィッシュドリーム、更に後方から来ているのがマチカネタンホイザ、こういったところであります!』

 

 スタンドの大歓声にしばしの別れを告げ、14人はひとかたまりになって、第1コーナーから第2コーナーへ。

 既にコーナーを4つ回っているが、有馬記念のコーナーは全部で6つある。これも有馬記念の攻略において、大きなポイントと言えるだろう。

 

『さあ、1コーナーから2コーナーに向かっていく14人であります!

 メジロパーマーが逃げて向正面に入って行きました!』

(脚はある、行ける……!)

 

 流れが落ち着く内回りコースのバックストレッチ、バ群を引っ張るのはメジロパーマー。

 リードは去年ほど大きくないが、自分のペースを保って逃げれば、連覇も夢ではないハズだ。

 

『ホワイトストーンが2番手であります。ホワイトストーンが2番手。

 その後ろでありますが、レガシーワールド3番手。ビワハヤヒデ4番手、その後ろからウイニングチケット、ライスシャワーがいる!』

 

 単騎で内ラチ沿いを逃げるメジロパーマーと、その後ろのホワイトストーンに続くのがレガシーワールド。

 レガシーワールドに身体半分ほど並びかけて、バ群の外目を走るのがビワハヤヒデ。

 

(ハヤヒデから離されたら、負ける……!)

 

 ホームストレッチでジワジワとポジションを上げていたウイニングチケットが、ビワハヤヒデを真後ろからマークするような位置で外目の5番手。若干掛かり気味か。

 その内にライスシャワーが控え、更にその内側に潜り込んで、ライスシャワーの半バ身後ろを追走しているのがトウカイテイオーである。

 

『そしてトウカイテイオー、3番のベガ! そしてそのアウトコースを通りましてエルウェーウィン、ナイスネイチャ、2番のセキテイリュウオーであります!』

 

 トウカイテイオーを左斜め前に見るポジションにティアラ二冠ウマ娘のベガ、その横に1人分空けて並んでいるのがエルウェーウィン。ベガとエルウェーウィン、2人の間のスペースに身体半分ほど入ったのがナイスネイチャ。

 その後ろ、内ラチ沿いを進むのがセキテイリュウオー。

 

『エルカーサリバー、ウィッシュドリーム、8番のマチカネタンホイザ! こういった展開で、先頭のメジロパーマーは早くも3コーナーのカーブを切っていきます!』

 

 少し離れて外にウィッシュドリーム、内にエルカーサリバー、そこから半バ身遅れて最後方にマチカネタンホイザが付けた。

 先頭のメジロパーマーから最後方のマチカネタンホイザまでは10バ身以内と、非常に詰まった隊列。

 二度目の3コーナーに入り、4コーナーにかけて更にバ群は凝縮していく。

 

「───行くぞ!」

 

 そして、前のホワイトストーンがバテたのを見計らってか──ここで、早くもビワハヤヒデが仕掛けた。

 

(もう来た……!?)

(早い……! マックイーンじゃねぇんだからよ……!)

 

 並びかけられるメジロパーマーが驚き、チラリと横を見たレガシーワールドは心の中で悪態をつく。

 

 まだ3・4コーナー中間地点。ゴールまではまだ700メートルはある。

 ここからスパートしても最後まで脚は持つという確信、自分の能力に絶対の自信が無ければできない仕掛けのタイミング。

 

 ──ビワハヤヒデは、他の全員を強引に、力だけで捻じ伏せるつもりだ。

 

 このメンバーを相手に横綱相撲で勝負を挑んだ。

 今年の最後、「現役最強」の名を得るために。

 

『メジロパーマーが先頭、そしてビワハヤヒデが早くも上がった! レガシーワールドが3番手に下げました!

 さあ、後続の中からウイニングチケットが今、現在3番手まで上がってきている!』

(ついて行かなきゃ、勝てない……!!)

 

 ウイニングチケットもビワハヤヒデに合わせて、ピッタリ後ろをついて行くように上がっていく。

 ビワハヤヒデから離されたらどうなるか、それをウイニングチケットは菊花賞で嫌というほど思い知らされた。

 

(動いた──離されるもんか……!!)

 

 ビワハヤヒデが動いたことで、ペースが一気に上がる。

 体調が戻ったとはいえ、まだ全盛期ほど反応してくれない自分の身体を意地で動かして、トウカイテイオーも必死にビワハヤヒデを追う。

 

(前を捕まえる……!)

 

 トウカイテイオーの外からはナイスネイチャもポジションを上げ、並びかける。

 その後ろではライスシャワーが外に持ち出しているが、早くもスパートして何とかついて行けているという格好。

 

「……ダメか」

「っ、なんで……どうして──!」

 

 三日月が太い眉を(ひそ)め、ライスシャワーが苦しげに息を吐く一方、ビワハヤヒデはメジロパーマーに並ぶ勢いだ。

 メジロパーマーも必死に抵抗するが、まだ第4コーナー前。先は長い。抵抗もいつまで続くか、というところ。

 

「くっ……もう、負けたくないのに……!」

『メジロパーマーが僅かに先頭! ビワハヤヒデ、そしてウイニングチケット3番手!

 そして、レガシーがちょっとスパートしている! トウカイテイオーも来ているぞ!』

「クソ……!」

 

 前を走っていた2人、メジロパーマーとレガシーワールドが早くも苦しくなる中、ビワハヤヒデは涼しい顔。先頭が第4コーナーのカーブを迎える。

 ビワハヤヒデの白い髪の真後ろに付けたのはトウカイテイオー。

 強いウマ娘の後ろ、最も良いポジションをキープするトウカイテイオーはバ群の内側、4番手で最終コーナーを回って行く。

 

『残り400メートルを切りました、残り400を切った!

 さあビワハヤヒデが先頭か、ビワハヤヒデ早くも先頭に立ったか!!』

 

 大歓声に迎えられる直線コース、中山の直線はわずか310メートル。

 先頭に立つのはビワハヤヒデ。内で抵抗したメジロパーマーは下がっていき、ウイニングチケットはビワハヤヒデの外へ持ち出しているものの、その脚色は鈍い。

 

「───私が、勝つ!!!」

 

 ビワハヤヒデがカーブを曲がり切るや否や力強く踏み込み、最後のスパートをかける。

 グンと伸びたビワハヤヒデに対し、並んでいたウイニングチケットは追随できず、たったの一完歩で1バ身以上、絶望的な差が開いた。

 

「……どう、して───、えっ!!?」

 

 ビワハヤヒデとウイニングチケットの間、そのスペースに飛び込んでバ群を抜けた影が1つ。そのスピードに、ウイニングチケットは驚きの声を上げた。

 いや、ウイニングチケットだけではない。メジロパーマーも、レガシーワールドも、ナイスネイチャも──後方にいたウマ娘たちの視線は、ビワハヤヒデの斜め後ろに飛び出した、赤いマントを翻す背中に集まった。

 

(────ッ、何だ!!?)

 

 ビワハヤヒデの背筋が凍る。

 時間が止まった。16万人の注目が、最終直線──たった1人のウマ娘に集まった。

 

 ビワハヤヒデに、()()()()

 

 ビワハヤヒデが完全に抜け出した。彼女は最後まで止まらない。末脚を伸ばし続ける。

 完全な、完璧なビワハヤヒデの勝ちパターン。後続は封じられ、後はビワハヤヒデがゴールまで突き抜けるだけ──の、ハズだった。

 

 いた。

 1人だけ、ビワハヤヒデに並ぼうとしているウマ娘が。

 

 

『外の方からトウカイテイオーが来ている!! トウカイテイオーも来ている!! トウカイテイオーが来た!!

 ───トウカイテイオーが来たッ!!?』

 

 

 トウカイテイオーが、ビワハヤヒデに迫っていた。

 

 

(……ボクは、何度も挫けてきた。何度も、何度も、何度も──誰よりも挫けてきた)

 

 一完歩、二完歩、三完歩──トウカイテイオーは一歩ずつ、一歩ずつビワハヤヒデとの差を詰めていく。

 1年ぶりの全開のスパート。肺が悲鳴を上げている。脚は鉄塊を(くく)り付けられたように重い。しかし、そんなことはもう関係ない。

 

 三度だ。三度も骨折した。

 この1年に至っては、マトモにレースにも出られず、ライバルとの差も広がるばかり。

 嫌気が差した。自信を無くした。心もへし折れた。もう引退しようとさえ思った──それでも、トウカイテイオーは今、この場所に戻ってきた。

 

 戻ってきたのは何のためだ。

 挫折して、挫折して、挫折して、それでも走るのをやめなかったのはどうしてだ。

 

(────ずっと、悔しかった)

 

 笑って誤魔化していたけれど、今なら分かる。

 

 走れなかった時、ずっと悔しかった。

 悔しくて仕方がなかった。走りたくて仕方がなかった。

 

(誰よりも悔しい気持ちになったのはボクだ。誰よりも勝ちたい気持ちが強いのはボクだ)

 

 勝ちたい。その思いはみんな同じだ。ウマ娘は勝つために走っている。勝ちたくないわけがない。

 

 だが──今日だけは。

 今日の勝利だけは、誰にも譲るわけにはいかない。

 

 マックイーンが見ている。負けるわけにはいかない。

 約束した。必ず勝つと。メジロマックイーンはずっと、「最強」であり続けるという約束を守ってくれた。

 

 此処で踏ん張らなくてどうする。此処で出し切らなくてどうする。

 此処で「最強」を超えなければ、いつ超える───!?

 

(絶対に譲らない、絶対に勝つ! 絶対に!!)

 

 脚に限界まで、ギリギリまで力を込める。

 もう作戦は無い。後は、ただ全力を出し切って──最後まで、真っ直ぐ走り切るだけだ。

 

「───行け……!」

「……行け、走れ!!」

 

「行け、トウカイテイオーッ!!!」

 

 

「『絶対』は、ボクだああああああああああっっ!!!」

 

 

 ラストスパート。

 全身に残された力を振り絞って、トウカイテイオーが突き抜ける───!!

 

『さあ残り200を切りました!! 残り200を切った!!

 ビワハヤヒデ、トウカイテイオーか!! ビワハヤヒデとトウカイテイオー!!!

 ダービーウマ娘の意地を見せるか!!!』

 

 外からビワハヤヒデに並ぶ。ビワハヤヒデの脚も止まっていない、だというのに──トウカイテイオーは、ビワハヤヒデを超える勢いで、先頭に躍り出ようとしていた。

 

「っ、うおおおおおおああああああああああ!!!」

 

 ビワハヤヒデも絶叫し、最後の力を振り絞る。

 抜かせない。抜かせるわけにはいかない。ここで勝って、最強の座で、ブライアンを待たなければ───!

 

「勝負だああああああああああああああああああ!!!」

 

 ただ全力で、無我夢中に走るトウカイテイオー。

 かつての、涼しい顔で先頭に立つ無敗の帝王の姿はどこにもない。余力など微塵も無い。トウカイテイオーはただ根性だけで、意地だけでビワハヤヒデに並んでいた。

 

 

「「負けるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」」

 

 

 たった200メートル、たった10秒。

 一瞬にも、永遠にも思える攻防。意地と意地、想いと想いのぶつかり合い。それは死闘か戯れか。

 並んだのはわずか数秒。勝者が決まる。

 片方が突き抜ける。突き抜けたのはどちらだ。

 

 

 

 

『トウカイテイオーだ、トウカイテイオーだ!!!!

 トウカイテイオー、奇跡の復活ッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 決着。勝ったのはトウカイテイオー。

 トウカイテイオーが、ビワハヤヒデを競り落とした───!

 

『1年ぶりのレースをッ……!! 制しましたトウカイテイオー!! ミラクル!! まさに奇跡の──奇跡の復活を遂げましたトウカイテイオー!!!

 こんなことがあるんでしょうか!!! 昨年の有馬記念以来、実に1年ぶりというレースでありますトウカイテイオーが!! 見事、13人を蹴散らしましたッ!!!』

 

 16万人が叫ぶ。震える中山で、誰よりも先にゴールしてみせたトウカイテイオーは、おぼつかない足取りでフラフラと減速する。

 倒れ込もうというトウカイテイオーの右腕が、誰かに引っ張られた。

 

「───大丈夫か、トウカイテイオー」

 

 荒れた息を整えながら、倒れそうなトウカイテイオーの右腕の二の腕を掴んだのは、ビワハヤヒデだった。

 トウカイテイオーはまだ息も絶え絶えで、言葉を返す余裕も無い。ビワハヤヒデは苦笑し、空いている手でメガネの位置を直しながら言った。

 

「……悔しいが、君に負けたのならば、もう仕方が無い。おめでとう、トウカイテイオー。一番良い場所で、素晴らしい走りを見せてもらったよ。

 しかし、来年はお返しをさせてもらう」

「───あり、がと……うわっ!?」

「やったああああああ!!」

 

 ビワハヤヒデに支えられるトウカイテイオーに、ナイスネイチャが勢い良く抱きついてきた。

 力を使い果たしたトウカイテイオーが受け止められるハズもなく、トウカイテイオーは芝に押し倒された。

 

「な、何!? 何なのさ!?」

「テイオー、アンタすごいよおおお!! やっぱりカッコいいよおおおおお!!」

「ど、ちょ……放してよネイチャ!」

 

 号泣するナイスネイチャを引き離そうとするも、そんな力は当然残っておらず、トウカイテイオーは倒されたままだ。

 そんなトウカイテイオーの顔を覗き込んで、ライスシャワーが涙目ながらも笑顔で言った。

 

「───おめでとうございます、テイオーさん」

「……ありがと、ライス」

 

 トウカイテイオーも笑顔を浮かべて返す。

 スタンドの大歓声は、やがて大合唱のテイオーコールへと変わっていた。

 

「「「「「テイオー! テイオー! テイオー! テイオー! テイオー!」」」」」

 

 着順掲示板には「審議」の青ランプが点っていたが、トウカイテイオーには関係のない場面での審議であり、結局入線順通りでの決着となった。

 

 1着はトウカイテイオー。

 2着はビワハヤヒデで、敗れはしたものの連対率100パーセントは守った形である。

 3着にはナイスネイチャが入り、これで3年連続。以下はマチカネタンホイザ、レガシーワールドと続いていた。

 

 

「うっ、ぐすっ……テイオーっ……」

「───もう、すっかり泣き虫だなぁ。ちゃんと見ててくれた? マックイーン」

 

 本バ場から引き上げてきたトウカイテイオーを見るや、メジロマックイーンはまた泣き出してしまった。

 トウカイテイオーはそんな彼女を抱きしめて囁き、メジロマックイーンはその問いにしっかりと頷いた。

 

「勿論、ですわ……っ、(わたくし)も──必ず、きっと……絶対に、貴女とまた、走ってみせますわ……!」

「───うん。楽しみにしてる」

 

 メジロマックイーンの背を優しく叩いた後、トウカイテイオーは泣く彼女の後ろに立つトレーナーに声をかけた。

 

「マックイーンをよろしく。ボク、表彰式とか色々あるからさ」

「ああ。───ベガも、君みたいにまた復活したいと言ってた。マックイーンのことも、これからも全力で支える」

 

 ガエリオにメジロマックイーンを預け、トウカイテイオーは笑顔で立ち去っていった。

 メジロマックイーンは既に濡れて色が変わった袖で涙を拭い、ガエリオに言う。

 

「……(わたくし)もまた、必ず走れるようになってみせます。どんな困難があろうとも、絶対に。

 ですから、これからもよろしくお願いしますわ、トレーナーさん」

「───当たり前だ。俺は、お前のトレーナーだからな」

 

 メジロマックイーンは歩き出す。

 その歩みに弱々しさは全く無く、かつての自信に満ち溢れた、「名優」のモノだった。

 

 

「……お疲れ、ライス」

 

 控室に戻ってきたライスシャワーを、三日月が労いの言葉とともに出迎える。

 ライスシャワーは8着。結果は振るわなかったが、ライスシャワーの纏う雰囲気は、悲壮なモノではなかった。

 

「───お兄さま。ライスにも、できるかな」

 

 俯いて、両手でスカートの裾を掴むライスシャワー。

 その言葉の続きを、三日月は静かに待つ。

 

「ライスも、テイオーさんみたいに……また、勝てるのかな。ライス、結局ぜんぶ負けちゃったけど───」

「……できるよ。諦めなければ、信じて走り続ければ奇跡は起こせる。今日、それを見せてもらったでしょ」

「───うん。ライス、これからもがんばる……! どんなに負けても、絶対に諦めない……!」

 

 大きい声ではなくとも、ライスシャワーは力強く、決意を新たにする。

 小さな頑張り屋の挑戦は続く。彼女を最後まで支えようと、三日月も改めて思うのだった。

 

 

「───完敗だな。早めの押し切りを図ったまでは良かったが、トウカイテイオーには上手く立ち回られた。

 あのトウカイテイオーの進路取りは、作戦通りか?」

 

 担当ウマ娘が2着に敗れたにも関わらず、ラスタルはどこか清々しいというような表情でマクギリスに尋ねた。

 マクギリスは少し目尻を赤くしながらも、それに頷く。

 

「ああ。奇跡を起こせる確率を少しでも上げるための策だった。───もっとも、作戦は4コーナーまで。本当に奇跡を起こせるかどうかは、トウカイテイオー次第だった。

 この勝利は、俺がどうこうというモノではない──彼女が、彼女自身で掴んだ勝利だ」

 

 トゥインクル・シリーズの常識を覆す勝利。

 これまでの最長間隔での重賞勝利は中202日。有馬記念においてはスピードシンボリの中62日という記録があったが、今日のトウカイテイオーは中364日。

 勿論、ぶっちぎりの最長間隔での勝利記録となる。

 

(この1年、本当に辛かっただろう。苦しかっただろう。

 ───すまなかった。だが、よく頑張った。よくぞ、ここまで……ありがとう。ありがとう、トウカイテイオー)

 

 思わず目尻を押さえるマクギリス。

 ──こんな思いになるのは、初めてだった。

 

 あのオグリキャップに次ぐ、有馬記念での復活劇。

 このトウカイテイオーの勝利は、トゥインクル・シリーズの伝説として、はるか先の未来までも語り継がれることになるだろう。

 無敗の三冠でも、生涯無敗でもない──しかし、何よりも得難い栄光を、トゥインクル・シリーズ史上最高の栄誉を、トウカイテイオーは手にした。

 

 トゥインクル・シリーズの頂点に立つ。

 マクギリスの目的は、間違い無く叶えられた。

 

 しかし、自分の目的などはもうどうでも良かった。

 今はただ、トウカイテイオーの復活が嬉しい。トウカイテイオーが走る姿を、勝つ姿をもう一度見ることができたことを、マクギリスは何よりも誇りに思うのだった。

 

(自分が、ではなく、トウカイテイオーが──か。

 ……お前も大人になったものだな、マクギリス)

 

 ラスタルは笑って目を閉じ、今なおスタンドから湧く心地良い歓声に耳を傾ける。

 このスタンドの上階で、シンボリルドルフもきっと笑っているだろうと、そう思いを馳せながら。

 

 

「───帝王は、皇帝を超えたか」

 

 シンボリルドルフは、ハンカチで目元を押さえながら、ポツリと呟いた。

 ジャパンカップの時にも、全く同じことを口にした。

 しかし、今日の方がずっと感慨深いと、シンボリルドルフには思える。

 

 トウカイテイオーの戦績は、シンボリルドルフに及ぶモノではない。

 だが───シンボリルドルフには、これほどまでに人の心に訴えかける、人の心を動かすレースはできなかった。

 

 帝王は帝王だ。皇帝になる必要はなかった。

 トウカイテイオーは今、シンボリルドルフが決して到達し得なかったところに到達した。

 

 皇帝への憧れに目を輝かせていた少女は、いつからか、皇帝すらも憧れる帝王になっていた。

 そのことが、シンボリルドルフはただ嬉しかった。

 

「……君と競い合える日が楽しみだ、トウカイテイオー」

 

 そう告げる口元は、だらしないほどに緩んでいた。




次走「HERO IS COMING」
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