晴れやかな空。
照りつける太陽。
白い砂浜に、光り輝く地平線。
そう、ここはまさしく───
「海だーっ!!」
◇
GⅠ「宝塚記念」が過ぎ去って春のGⅠ戦線が閉幕し、一学期が終わり、トレセン学園にも夏休みが来た。
トゥインクル・シリーズには夏休みなど無く、夏には函館、札幌、福島、新潟、中京、小倉──これらローカルのレース場において、秋シーズンに向けてのレースが行われる。
そして、既に6月からはジュニア級のデビュー戦が開幕している。
この夏の函館レース場で行われるGⅢ「函館ジュニアステークス」から、ジュニア級の重賞戦線も幕を開け、その後も「新潟ジュニアS」「札幌ジュニアS」「小倉ジュニアS」──というように、短距離を中心としたジュニア級重賞が相次いで施行されるのだ。
しかし、そんなモノは今の我々にとっては正直なところどうでも良い。
我々が──いや、トウカイテイオーがこの夏にやるべきことは、鍛錬による基礎身体能力の強化。
そしてもう一つ、トゥインクル・シリーズに出走するからには避けて通れない「ウイニングライブ」の特訓である。
そのために、トレセン学園では専用の海辺の合宿所を使って、チーム合同の「夏合宿」が行われる。
複数人で踊るウイニングライブは、私とトウカイテイオーのようにマンツーマンで指導を行っているチーム(とすら言えない規模だが)では、練習するにも限界がある。合同練習は非常にありがたいモノだ。
また、トレーニングについても普段のトレセン学園からガラリと環境を変わることと、普段はあまり無い他チームとの合同練習等を行うことによって、ウマ娘たちの心身にプラスに影響することが期待される。
そんなわけで、この夏合宿はデビューを迎える秋シーズン、引いては来年のクラシック戦線に向けて、非常に重要かつ有意義なイベントと言えよう。
我々も当然、ノリノリでこの合宿所に学園の貸切バスでやって来たのであった。
「海だーっ!!」
学園指定の水着(一応学園主催のイベントなので、私物の水着等は禁じられている)に着替えたトウカイテイオーは、早くも最高潮のテンションで砂浜を駆けていく。
私はあっと言う間に遠ざかって行く背を、2人と共に見守っている。
「全く──はしゃぎ過ぎではありませんこと?」
「まあ良いじゃないか。マックイーンも行って来たらどうだ?」
我が友人ガエリオ・ボードウィンと、その担当ウマ娘であるメジロマックイーンだ。
笑いながらトウカイテイオーを見て言うガエリオに対し、メジロマックイーンは冷静に、淡々と返す。
「結構ですわ。
「良いから良いから!」
「ちょ、何するんですの!?」
しかし、いつの間にか戻って来たトウカイテイオーに手を引っ張られ、メジロマックイーンは引きずられて行った。
あれはきっと、海に放り込まれてバトルスタートの流れになるだろう。
「……青春、と言う奴だな。まだ初日だ、ひとまず彼女らは遊ばせておいて構わないだろう」
「ああ。──他のチームの連中はどうした?」
「じきに来るさ。トウカイテイオーが一番乗りをしたいと言い張っていたから、我々が早すぎただけだ」
言っている側から、今回の合宿に参加するウマ娘たちが、続々と海に向かって砂浜を走って行く。
デビュー戦を迎えているウマ娘や、怪我などにより休養しているウマ娘といった参加できない者たち、夏合宿を見送ったウマ娘たちなどもいるため、当然参加者は全員とは行かないが──それでも、数百人のウマ娘が参加する一大イベントである。
「荷物運びの人員が足りん。お前たちも手伝え」
と、並び立ってウマ娘たちを見守る我々に背中から声をかけたのは、こちらもトレーナーの1人であるラスタル・エリオンだ。
ラスタルの言いなりになるのは少し癪だが、今の私はトレーナーであり、ラスタルは一応──一応、先達にして同僚にあたる。ここは大人しく協力しておくべきだろう。
「終わったら肉を食うぞ! このために上物を大量に仕入れて来たからな!」
「何だと!? それは楽しみだな! 酒もか!?」
「ガエリオ、お前は弱いくせに飲もうとするな。誰が吐き散らすお前の介護をすると思っているんだ」
豪快に笑うラスタルと、ウキウキでついて行くガエリオ。
この夏合宿は、普段ほとんど休みが無い我々トレーナーにとっても息抜きの場である。私も多少、肩の力を抜くとするか──と思いつつ、ガエリオから少し遅れて雑務を片づけに向かうのだった。
◇
初日はとりあえず遊び尽くしたウマ娘たちだが、2日目以降はトレーニングがそれぞれのチームで開始される。
私とトウカイテイオーも朝早くから砂浜に訪れて、準備運動としてストレッチを終えた後、トレーニングについて確認をしていた。
「冬のデビュー戦を見据え、この夏合宿を通して、君の能力を大きくレベルアップさせることを目指す。
ハードなメニューもあるが、ついて来てほしい」
「オッケー、任せて!」
自信たっぷりに胸を張るトウカイテイオー。
これは頼もしい。私としても腕が鳴る。
「では、まずはウォーミングアップからだ。
この砂浜を端から端まで往復、ここからスタートして向こうの岩にタッチして戻って来たまえ」
「ウェッ!? 向こうの、って──あの豆粒みたいなヤツ!?」
目的地を指さして指示すると、トウカイテイオーが「ウソだよね」と言わんばかりの驚きの声を上げる。
私が指したのははるか彼方、1キロメートル以上は先に位置する大きな岩。ここから見ると豆粒だが、実際には5メートル以上はある。
「アレ以外にそれっぽいモノはなかろう。さあ行きたまえ、午後は合同のライブ練習があるのだ。メニューを予定通り消化するには行動の迅速さが求められる」
「これウォーミングアップだよね!? ちょっと遠くない!?」
「何を言う。何のためにこの砂浜でやっていると思っているんだ。ダートとはまた違うが、砂浜を走るにはパワーとスタミナが必要だ。それでいて脚への負担も少ない、トレーニングにはこれ以上無い舞台だろう。
パワーとスタミナが無ければ中山の急坂も淀の坂も登れない、さあ行けトウカイテイオー!」
「う、うおーっ!」
気合の入った叫びとともに、トウカイテイオーは走って行く。
相変わらず素晴らしいスピードだ。惚れ惚れする。
そして、その後もトウカイテイオーのトレーニングは続く。午後のライブ練習の分も加味し、負荷をかけ過ぎない程度に負荷をかける。
「このビート板を持ち、脚がギリギリ付かない程度の深いところまで行ったら、またあの岩まで泳いできたまえ。今度は片道で良い」
「うおーっ!!」
水泳は脚に負担をかけず、全身を鍛えることができる。特にトウカイテイオーは怪我を全くしない強靭な肉体を持つ、とは言えない点もまだまだある。
その上で心肺機能やスタミナも鍛えられることが、このトレーニングの肝である。
「次は時間通りに走るトレーニングだ。私が『20メートルを何秒』というように、タイムを指定する。リズムと呼吸を意識しながら、体内時計を頼りに、私が指示した通りのタイムで走ってくれたまえ」
「オッケー!」
次はペースを掴むためのトレーニング。
レースにおいては、距離が伸びれば伸びるほどペースが重要になる。それを把握する指針が「タイム」であり、レース場ではスタートからゴールするまで、1ハロン(約200メートル)ずつ計測される。
速すぎるペースにマトモに追走すれば最終直線までスタミナが残らないし、逆に遅すぎるペースにただただ指を咥えて付いて行くだけだと、前が止まらずに差し切れない(逃げ切られる)事態に陥る。
先頭がどの程度のペースで走ってレースが進んでいるのかを把握し、どこで動くか──いつ仕掛けるかを自分で判断して、見極めることができなければ、ことGⅠにおいては勝つことは難しい。
と、ここまでのトレーニングを休憩を挟みながらやったところで、とりあえず今日の午前のノルマは達成された。
今日は砂浜でのトレーニングだったが、他にも自転車やら屋内施設やらを使ったモノを多数ご用意している。身体を休ませる日も作りつつ、トウカイテイオーの肉体をレースに向けて仕上げて行くのである。
「ううー……流石に疲れちゃったよ……」
日陰で椅子に座り、中心にパラソルが刺さった机に突っ伏すトウカイテイオー。
その前に冷えたトロピカルジュースを置きつつ、私はトウカイテイオーを労った。
「予定よりも早いメニュー消化だ。流石だな」
「ありがと、トレーナー……うーん、美味しい!」
ジュースを飲むとすぐ、トウカイテイオーは元気を取り戻した。なかなか体力がある。
が、私はそんなトウカイテイオーに向けて言う。
「休みがてら、今の内に覚悟をしておきたまえ。今回の夏合宿、ライブ練習担当のトレーナーは厳しいぞ」
「大丈夫だよ! ボク、すぐ全部できるようになるから!」
「──ああ。そうなることを期待しているよ。存分にしごかれると良い。私も見守っているからな」
自信満々に答えるトウカイテイオー。
しかし、ライブ練習担当の人間を知る私は、今回ばかりは「そう上手く行くと良いがな」と思ったが──その言葉は、ひとまず胸中にしまっておいた。
◇
昼食を終え、午後はウイニングライブの練習だ。
合同ライブ練習の会場となる合宿所の巨大な体育館に、夏合宿に参加している数百人のウマ娘と、その担当トレーナー達の一部が集まった。
「よく集まったわね!」
壇上に、ライブ練習担当のトレーナー達が一列になった状態で、ゾロゾロと姿を現した。
先頭は長い白髪を背中の後ろで纏めた女性。その後ろには、金髪の男たちが続いている。
彼らは全員で9人。男たちは体育館のステージの上に、白髪の女性を中心として左右4人ずつ分かれ、彼女の一列後ろにピッタリと整列した。
かくして、ライブ練習担当のトレーナーは───
「我ら、
「「「「面壁九年、尽全尽美!!!」」」」
──洗練され極められた、完璧な名乗りを上げた。
「右から2番目、遅れてる!」
「申し訳ありません!」
……訂正しよう。完璧ではなかったようだ。
中心に立つ彼女は、後ろを見ずともその僅かな、本当に僅かな遅れに気付いたようだ。──正直、私の目には分からないレベルのズレではあったが。
「──相変わらずだな、アイツは」
「全くだ」
私の傍らに立つガエリオが苦笑し、私も笑みを浮かべながら同意する。
「コホン──改めて、よく集まってくれたわね。
私はカルタ・イシュー。この夏合宿の期間中に、貴女たちが数万人の観客たちの前で完璧なライブパフォーマンスを披露できるようになるまで、徹底的に鍛え上げてあげるわ!」
カルタ・イシュー。
私とガエリオの幼馴染にして、かつての世界のギャラルホルンを統括していた7つの名家「セブンスターズ」、その栄えある第一席「イシュー家」の一人娘。
地球外縁軌道統制統合艦隊の司令も務めており、私の前任にあたる女性であった。
かつて持ち歩いていた太刀の代わりに竹刀を持っていることと、その堂々とした態度からか、彼女とは初対面となるウマ娘たちは気圧されているようだ。
「練習を始める前に1つ、貴女たちには心構えをしてもらわねばならないわ! よく聞きなさい!
ウイニングライブの練習など面倒だ、走ってレースに勝つためのトレーニングをしたい──そう考えている輩もいるかもしれんが、それは大いなる誤ちだ!
貴女たちがレースに出る時には、貴女たちを応援してくれるファンが必ず現れる! 例え未勝利戦でずっと二桁着順であったとしても、必ずよ! ファンがトゥインクル・シリーズに注ぐ視線は、それほどまでに熱い!」
竹刀の先端をステージの床に力強く叩きつけ、ウマ娘たちの視線を集めながら、カルタは力説する。
「そして! そうしたファンに感謝を伝える場こそがウイニングライブ!
応援してくれるファンには、その熱量と想いに恥じぬよう、最高のパフォーマンスを届けなければならない! ファンだけじゃないわ──貴女たちをトレセン学園に送り出した家族や苦楽を共にする友人たちのためにも、ウイニングライブは疎かにしてはならない!
トゥインクル・シリーズはレースだけでは成立しない! レースとライブ、この2つがトゥインクル・シリーズというエンターテインメントを作り上げる!」
──確かにそうか、と私は今更ながら納得する。
レースで勝てるように指導する立場のトレーナーとしては、レース直後のライブはウマ娘の負担になるのでできれば避けてほしいと思うことがある。
また、1着のウマ娘がセンターに立ち、2着以下のウマ娘たちがそのバックダンサーを務めるというシステムは、敗北したウマ娘たちにとっては非常に酷なことでもある。精神的に悪影響になりかねないのではないか、と懸念することもある。
しかし、応援してくれるファンがいて初めて、トゥインクル・シリーズは成立する。
ファンに全力のレースを見せることと、全力のライブを届けること。それがトゥインクル・シリーズの本懐というわけだ。
「レース無くしてライブ無し、ライブ無くしてレース無し! ウイニングライブを疎かにすることは恥!
トゥインクル・シリーズを走るならば、ウイニングライブまで全力で、完璧にこなしなさい! それができて、初めて一流のウマ娘と言えるのよ!
良いわね!? 返事は『はい』か『イエス』!!」
『は、はい!!』
「声が小さい!! もう一度!! 良いわね!!!」
『イエス!!!!』
「良し!!!
ではストレッチから始める! 散開!」
まるで軍隊かのような、ウイニングライブの練習が始まった。まあ、カルタは元々軍隊の司令官だったわけであるし、数百人ものウマ娘を指導するとなれば、こうしたやり方になるのも頷ける。
──ちなみに、合宿に出るウマ娘たちは午前の部と午後の部に分けられ、ウイニングライブ練習を受けることになっている。たまたまトウカイテイオー(とメジロマックイーン)は午後の部だったが、カルタは全く同じことを午前にもやっているハズである。流石、と言うべきかタフなことだ。
「……カルタの奴、厳しすぎないか?」
「だがまあ、手っ取り早く身になりそうではあるな」
ガエリオと色々言い合いながら、練習の様子を見学していると──カルタの竹刀の先は、体育館の最後方で壁に背を預けている我々にも向いた。
「そこの2人、何を呆けているの!? ただ見物しているだけというなら、貴方たちも一緒に鍛えてあげるわ! さあ、ストレッチから始めなさい!」
「げ、見つかっちまった」
「どうするガエリオ? 逃げるか、それとも大人しくしごかれるか」
「逃げる──と言いたいが、後が怖いな……」
「同感だ」
見つかった以上は仕方が無い。
こうなったら我々も、ウマ娘たちの気持ちを味わわされることにしよう。
◇
日が沈み、激動の1日が終わろうとしていた。
これでもまだ1日目。夏合宿は始まったばかりだ。
ひとまず「ウイニングライブの練習を見に行くのは明日からはやめよう」と、マクギリスは決意するに至った。
(濃い1日だった。この夏合宿を通して、トウカイテイオーは私の想定以上にレベルアップできそうだな)
夕食の時間が終わり、シャワーを浴び終えてから浴衣に着替えてから、マクギリスはトウカイテイオーのトレーニングプランを修正していた。
ライブ練習での疲労も鑑み、明日以降はレースに向けたトレーニングの方も、少し程度を変えた方が良さそうだと判断したのである。
「こんな時間まで仕事か? 相変わらず働き者だな、マクギリス」
合宿所内のカフェの1席でノートパソコンを開き、作業をしているマクギリスの下に、ガエリオが訪れた。
風呂上がりで浴衣姿のガエリオはマクギリスの右側の席に座り、コーヒー牛乳の瓶を2つ、机の上に置く。
その内の1つを手に取ってフタを取り、飲みながらマクギリスのパソコンの画面を覗き込む。
「差し入れをありがとう。……酒も自重したようで何よりだ」
「生徒の前だ、羽目を外し過ぎるのも問題だろう。
しかし精が出るな。随分とあのウマ娘──トウカイテイオーに入れ込んでいるようだ」
「───意外か?」
マクギリスも差し入れのコーヒー牛乳を手に取りつつ、ガエリオに問う。ガエリオは少し考えるような間を置き、頷いた。
「まあな。お前は何でもそつなくこなす奴だったが、何事も淡々とやっていただろう? そこまでの熱意を持って取り組む姿は、俺の記憶にはあまり無い」
「そうか。──お前の目に、私はそのように映っていたのか」
「ああ。昔から何を考えてるか、よく分からない奴だったよ。
ギャラルホルンの士官学校にいた時、お前の口から組織を改革したいと聞いた時は、正直少し驚いたぞ。お前は現体制に迎合するタイプ──というと語弊があるが、革命的なことには興味が無いものだと、当時の俺は思っていたからな」
聞いてみたら全然違っていたがな、とガエリオは自嘲するように笑う。
「それを言うならば、私も同じだ。あの話をした時には、お前は私の意見を否定するものと思っていた。ある意味では口を滑らせたわけだが、お前は私に賛同した。あれは意外な誤算だったよ」
「……そうなのか?」
「お前は私と違い、ボードウィン家で生まれ育った。あのギャラルホルンの体制の恩恵を最大限に受け、その中で生きて来た人間だろう。イズナリオ──
お前にはあの体制を変える理由が無かった。変革によって得られるメリットなど無かったハズだ。
にも関わらず、お前は私と同じように、当時のギャラルホルンの体制に異を唱えるに至った」
何故だ、とマクギリスはガエリオを見据え、言う。
ガエリオは、自分を奥まで見抜こうとしているようなマクギリスの視線に対し、飾らずに答える。
「体制の中で生まれ育ったからこそ、ジジイどもの汚いところが見えてた──ってのもあるが、正直あの時の俺には、大した考えなんて無かったよ。
あの頃の俺は、お前に憧れていた。だから、お前の理想も『お前が言うならそうなんだろう』って思ったんだと……多分、そんなモンだったんじゃないか。
どうだ、失望しただろ?」
「まさか。
────正直なことは良いことだ。本当にな」
話しながら作っていた資料の保存をかけ、マクギリスは瓶を呷った。
マクギリスとガエリオ以外、誰もいないカフェ──そこに、2人の姿を見つけた者が1人、現れた。
「こんなところで何をしているの? 昔話なら私も混ぜなさい」
2人とほぼ同期の幼馴染、カルタ・イシューだ。
彼女も風呂に入った後のようで、いつもの化粧を落として浴衣を身に纏っている。
「カルタ……! お前、手加減しろよ! 昼の練習のせいで、俺は全身の筋肉が痛いんだぞ!」
「あら、あの程度序の口よ。日頃の鍛錬が足りていないからそうなるのよ。このトレセン学園に来てから、自分のトレーニングは疎かにしているのでしょう?」
ガエリオのクレームを受け流しつつ、カルタはガエリオの右隣、マクギリスの対面に座る。
マクギリスはノートパソコンをシャットダウンし、折り畳みながらカルタに言った。
「男同士、積もる話もあるさ。──しかしカルタ、化粧をしていない君は初めて見たかもしれないな」
「───ッ、しまった……! 何という不覚……!」
「オイオイオイ、お前こそ平和ボケし過ぎじゃないのかカルタ?」
恥ずかしがって、手で顔を隠すカルタ。
ガエリオのからかいに対し、カルタが脚でガエリオが座る椅子を蹴り飛ばしていることには触れず、マクギリスはコーヒー牛乳を飲みながら続ける。
「気にすることは無いさ。君は常に美しい」
「……! そ、そんな言葉には誤魔化されないわよ!」
「本心だよ。君はこの世界でも君らしく、気高い。
今日のウイニングライブのトレーニングも見事だった。おかげでトウカイテイオーもレベルアップしている。明日以降もよろしく頼む」
マクギリスの言葉を咀嚼し、時間をおいて「フン」とカルタはそっぽを向く。照れ隠しであるのは明らかであり、ガエリオは心の中で「よく言うよ」と呆れるばかりである。
カルタは咳払いをして、マクギリスに話を振った。
「──貴方の担当するウマ娘、トウカイテイオーはかなり筋が良いわ。身体も柔らかいし、歌も上手よ。
彼女はかなりレベルの高いライブができるようになるでしょう。流石ね、マクギリス。少し気に食わないけど、あの子の才能は素晴らしい」
「私は大したことはしていないよ。全て、トウカイテイオーが優れているだけのことだ。君がそう言ってくれるならば、トレーナーの私としても自信になる。
彼女にはGⅠでのウイニングライブまでできるよう、指導をしてやってほしい。ライブに関しては、私が教えられることにも限界があるのでね」
ほう、とカルタは目を細める。
「そこまで行ける子だと、貴方は見ているのね」
「勿論だ。そうでなければスカウトなどしないさ。
トウカイテイオーが目指すのは『無敗の三冠』──その実現のために、私も全力を尽くす」
マクギリスが──いや、マクギリスとトウカイテイオーが見据えるのはただ一つ、トゥインクル・シリーズの頂点のみ。
カルタは「分かったわ」と、マクギリスの頼みを承諾した。それから、次にガエリオを見る。
「ガエリオ、貴方の担当の子──メジロマックイーンも順調よ。
けど、あれだけの子をいつまで
「……手厳しいな。まあ、ライブの基礎はもう習得しているし、夏合宿は早めに切り上げてメジロのトレーニング施設に移動する予定だ。
菊花賞には出走させたい、とメジロからは言われているし、俺もそのためにやれることをやる」
そう、とカルタは頷き、改めてマクギリスとガエリオにこう言った。
「貴方たちの担当には期待しているわよ。
不甲斐ない走りをさせたら、私は貴方たちに気合を入れに行ってあげる」
「ああ。肝に銘じておこう」
「言われなくても、だな」
マクギリスとガエリオ、そしてカルタ。
かつての世界で幼馴染だった3人は、この世界でそれぞれ役割を持ち、それを全うしようとしているのだった。
「ところで貴方たち、明日も私のところに顔を出しなさい。この際、貴方たちもウイニングライブができるくらいに鍛え上げてあげ──」
「私は諸用を思い出した。失礼するよカルタ」
「奇遇だなマクギリス、俺もだ。じゃあなカルタ」
「ちょっと待ちなさい。……待ちなさい!
逃げるつもりなら、私にも考えがあるわよ! お前たち、捕まえなさい!」
「「「「「蜂矢の陣! 一点突破!」」」」」
「まずい、カルタの親衛隊だ!」
「慌てるなガエリオ、ここは二手に別れて撒こう。私は前、お前は後ろだ」
「オイ待て、俺を囮にしようとするな! 裏切るのかマクギリスゥッ!!」
──年甲斐も無く、追いかけっこをする3人(とカルタ親衛隊)。
大浴場から出て来た瞬間、その様子を見たラスタルは、真剣な面持ちで一言呟いた。
「…………愚かな」
◇
密度の濃い夏合宿は、あっという間に過ぎた。
夏も終わり、いよいよ秋──下半期のGⅠ戦線が直前に迫る中、トレセン学園に帰って来た私は、トウカイテイオーをトレーナー室に呼んで言った。
「この前の夏合宿で、君は大いに成長した。レースもライブも、その両面において。
──そろそろ、デビュー戦の具体的な日付を検討しよう」
「ホント!? やったーっ! もう、いつデビューになるのかなーってずっと思ってたんだよ!」
話を聞き、ピョンピョン跳ねて喜ぶトウカイテイオー。
その様子を微笑ましく思いつつ、私は続ける。
「前にも話をしたが、冬にデビューという方針は今も変えるつもりはない。今年中にオープン入りをし、トライアルレースをパスして、まずは皐月賞への出走を目指す。良いかな?」
「オッケー! やっと走れるんだね!」
「ああ。──少し先にはなるだろうが、デビュー戦は東京か中京の芝、中距離を予定している。
皐月賞までは右回りのコースが多くなるだろうから、今年中に一度はダービーと同じ、左回りのコースを走ってもらう予定だ」
右回りと左回り、この違いは存外バカにできない。
ウマ娘自身のクセなどにもよって、得意不得意が出る部分だ。練習を見る限り、トウカイテイオーはどちらもそつなくこなせると思うが、やはり実際のレースで走ってみることが重要になる。
「恐らくは中京の千八、12月の最初にデビューすることになるだろう。トレーニングの傍ら、レースに向けて身体を仕上げて行くとしよう」
「うん!」
目指すは「無敗の三冠」。
トウカイテイオーの挑戦が、始まろうとしている。
次回「メジロはメジロでも」