マクギリス、トレーナーになる   作:アグニ会幹部

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9R トライアルレース

 クラシック級3月。

 遂にクラシック第一冠「皐月賞」まで2ヶ月を切り、前哨戦たるトライアルレースの開催も間もなく始まる。

 

 トウカイテイオーはクラシック級に上がってからも、未だに無敗を堅持し続け、クラシックの有力候補として名を挙げている。

 1月の若駒ステークスを快勝し、2月は出走せずトレーニングに専念。これも全て順調、かつ完璧にこなしている。ここまでは文句のつけようが無い。

 

 3月にトライアルレースを走り、4月はいよいよ皐月賞。結局は昨年の4月〜5月に立てた計画通りの流れになった。

 ジュニア級GⅠへの出走を見送って、じっくりと彼女の身体を仕上げながら、ここまで順調に来られたのは僥倖と言えよう。

 

「次は『若葉ステークス』に出走することにしよう。

 今のままでも皐月賞への出走は可能だろうが、念には念を入れる。最後のウォーミングアップついでに、皐月賞の優先出走権を取って来ると良い」

「……分かったけど、弥生賞じゃないんだね」

 

 3月初週の水曜日。

 その日一日のトレーニングを終えた際、次走の方針を伝えると、トウカイテイオーは了承しながらも若干不満げである。

 

 3つある皐月賞トライアルレースの内、私が選んだのはオープン競走の「若葉ステークス」。

 舞台は中山レース場の芝2000メートル。本番と同じコースで行われ、2着までのウマ娘に皐月賞への優先出走権が与えられる。

 

 ──トウカイテイオーが不満げなのは、シンボリルドルフがGⅡ「弥生賞」を経て、皐月賞に出走したからだろう。

 シンボリルドルフを尊敬する彼女としては、それと同じルートを歩みたいという考えがある。それは私も知っているが、結論としてはパスすることにした。

 

「君の気持ちは理解しよう。だが、弥生賞を経て皐月賞に臨んだウマ娘は、皐月賞を勝てない──いや、勝ちにくいということは知っているハズだ。

 君ならばよほど問題は無いだろうが、念には念を入れ、皐月賞に万全を期すために了承してくれたまえ」

「良いって言ってるじゃん。トレーナーの方針に文句は言わないよ。トレーナーがボクにとって、一番良いやり方を考えてくれてるのは分かってるし」

「──ありがとう、トウカイテイオー」

 

 実のところ、弥生賞をステップに皐月賞に出走したウマ娘は、皐月賞で勝ち切れないことが多い。

 単なるローテーション間隔的な問題以外に、パスすると判断した理由はそれだ。

 

 弥生賞組が皐月賞を勝ちにくい理由については諸説あるが、弥生賞と皐月賞では出走人数が大きく異なるのが一つの要因と言えるだろう。

 弥生賞は出走人数が10人前後と少人数になることもある一方、皐月賞はほぼ確実にフルゲート(=18人)になる。

 こうなると、レースの内容は全く違って来るのだ。

 

 また、弥生賞と皐月賞ではタイム──展開も大きく異なってくるのである。

 弥生賞は人数が少ないためかスローペースに落ち着きやすい。一方で皐月賞はペースが速くなりやすく(ウマ娘によっては初体験となるレベル)、中山の310メートルという短い直線では後方からのウマ娘も届きにくい。

 その他、コースも切り替わるため、同じ中山レース場の芝2000メートルと言っても、弥生賞の中山芝2000メートルと皐月賞の中山芝2000メートルは全く違うコースとさえ言える。

 

 要するに前提条件自体が大きく異なり、そのせいで弥生賞を勝つために求められるモノと、皐月賞を勝つために求められるモノは大きく違ってくる。

 この辺りに、弥生賞を勝つウマ娘が皐月賞を勝ちにくい理由があるのだろうと推察される。

 

 また、弥生賞は少人数とはいえ毎年クラシック戦線の中心となる好メンバーが揃うため、レースのレベルは3つの皐月賞トライアルの中でも高いモノになる。

 本番を見据えてお釣りを残すような生半可な仕上げでは勝ち切れないこともあり、ここを勝つためには相応の準備が必要となる。

 故に消耗が激しくなり、1ヶ月後の皐月賞にその反動を引きずるのではないか──というのは私の勝手な推測であるが、実際クラシック級前半には身体が完成しきっていない者も多いため、あながち的外れな推測ではないハズである。

 実際、今年の弥生賞にはジュニア級GⅠを勝利したウマ娘2人が、両方とも出走する予定だ。

 そこにわざわざトウカイテイオーを出走させ、本番前に消耗するべきではない。無論、トウカイテイオーならば勝てるだろうが、レースに「絶対」は無い。万が一のことがあって「無敗」が消えても困る。

 

 よって、今回は弥生賞を見送ることとした。

 ステップレースとして若葉Sを選んだのは単純な理由で、「他のトライアルよりも比較的勝ちやすい」という一点に尽きる。

 

 GⅡの「弥生賞」及び「スプリングステークス」と違い、若葉Sはオープン特別──重賞ではない。

 既にオープン戦で結果を残しているウマ娘は重賞レースに向かう都合上、他のトライアルに比べてメンバーが手薄になりやすいのだ。

 レースレベルが下がるため、優先出走権が2着までにしか与えられない(弥生賞、スプリングSは3着まで)という難点もあるが、トウカイテイオーは勝たなければならない──必ず勝つので、そんなことは関係無い。

 本番へのウォーミングアップと割り切った調整をしても確実に勝てるであろうレースとして最適と踏み、若葉Sを選択したというわけだ。

 

「トレーニングプランは、皐月賞と日本ダービーに君の体調のピークを持って行けるように組んである。

 若葉Sはあくまでも踏み台、単なる通過点に過ぎない。ガエリオとメジロマックイーンに見せつける意味も込めて、余裕で勝ってくれたまえ」

「オッケー、任せて!」

 

 トウカイテイオーのライバルであり、ガエリオが担当するメジロマックイーンも、3月のGⅡ「阪神大賞典」から始動し、春はメジロ家の悲願たるシニア級GⅠ「天皇賞(春)」を目指すと聞いている。

 対戦はまだまだ先だろうが、ガエリオに我々の力を見せつけるためにも、ここはキッチリ勝たなければなるまい。

 

(今週からのトライアルレースで、トウカイテイオーのクラシック三冠制覇の障害となり得るやもしれない有力なウマ娘たちもひとまず出揃う。

 まずは弥生賞──皐月賞トライアルの中でも超王道のGⅡ。注目の一戦になるな)

 

 

   ◇

 

 

 皐月賞トライアル、「若葉ステークス」当日。

 天候は晴れ、芝は(やや)重。先日までの雨が馬場からは抜けきっていないようである。

 私は中山レース場のスタンド最前列で、手元のスポーツ新聞を眺めながら、今回の出走メンバーについて改めて検討する。

 

 出走人数は10人、比較的少人数のレースとなった。

 トウカイテイオーは4枠4番に入り、体操服は青のズボン。

 少人数である以上、枠番による有利不利はほぼ発生しないものと見て良いだろう。紛れの少ないレースになりそうだ。

 

 1番人気は勿論、ここまで無傷の3連勝中であるトウカイテイオー。

 トウカイテイオーが勝利するであろう──いや、勝利しなければならないレースではあるが、皐月賞トライアルである以上、他の出走ウマ娘達もある程度は注目しておきたいところだ。

 

(注目すべきは──6番、シャコーグレイドだな)

 

 特に、トウカイテイオーに次ぐ2番人気を得たウマ娘、シャコーグレイド。

 彼女もクラシックの有力候補と言えるだろう。

 後方からの差し・追込戦術を得意とする彼女は、昨年末のオープン戦「ホープフルステークス」でも2着に入り、2000メートルという距離と中山レース場への適性を証明している。

 

(気になるのは、3番人気のシンボリダンサーだな)

 

 3番人気のシンボリダンサーは、ラスタル・エリオンのチームに所属するウマ娘である。

 昨年11月のオープン「府中ジュニアステークス」4着の後、1勝クラスのひいらぎ賞に勝利し、この若葉Sに駒を進めて来ている。

 当然、ここで結果が出れば、本番にも出走するだろうが──

 

(これまでのレースキャリアに、2000メートルのレースへの出走経験は無い。二度の勝ち上がりはどちらも千六、唯一の千八となった府中ジュニアでは連対を外している)

 

 昇級済みとはいえ、12月から少し間隔を空けてのレースで、2000に出走して来るようなウマ娘には現時点では見えない。

 本人がクラシックを目指しているのか、それとも──チームの決定か。

 

(ラスタルめ、トウカイテイオーの脚を測るつもりか……?)

 

 この世界におけるラスタル・エリオンは、トレセン学園の中でも指折りの強豪チームの担当トレーナーである。

 そのラスタルが、トウカイテイオーに前哨戦(トライアル)で自分のチームのウマ娘をぶつけて来た。

 勿論、優先出走権の獲得というのが目的だが、その他にも──そのついでに、クラシックの有力候補として名を挙げ始めたトウカイテイオーの能力を確かめるという意図もありそうである。

 

 レースに出ることによって実戦の空気を味わい、レースに慣れる。

 GⅠに向けて必要なことだが、当然多くのレースに出れば、その分だけ敵に情報を与えることにもなる。

 

 トレーニングでのタイムと実戦でのタイムは違う。

 当然ながら実戦のタイムの方が重要であるし、レースでの走りを見ればそのウマ娘の能力──パフォーマンスも押し測れるというモノだ。そのレースに、自分の知り尽くしたウマ娘がいれば尚更である。

 

 トウカイテイオーほどの能力があるウマ娘に対しては、正直に言って小細工レベルの策。

 取るに足りないモノ──なのだが、その小細工の結果、足をすくわれる可能性もあるのがトゥインクル・シリーズである。

 

 しかし、そんな小細工など叩き潰してこその強者とも言える。

 結局、今年の若葉Sも重賞勝ちのあるウマ娘が出走していない、例年通りのレベルのレースになった。トウカイテイオーには、余裕を持って勝ってもらわなければ困るというモノだ。

 

「──1年目で、担当ウマ娘をトライアルに送り込んで来るとはな。大したものだ」

 

 ……と、思考を巡らせている私に、横から声をかけて来た者がいる。

 忌々しい声に辟易としつつ、眺めていたスポーツ新聞を閉じて、私は声の主がいる方向に視線を向けることも無く、適当に答えることにした。

 

「お褒めに預かり光栄だよ、ラスタル・エリオン」

「ああ、存分に賛辞を味わうと良い。

 ──とは言え、あれほどの才能を無駄にしていたなら、私はお前に心底失望していただろうよ。

 裏街道を選んだことには疑問が残るが、ここまで漕ぎ着けたことは評価しよう」

 

 ──裏街道、か。

 確かに弥生賞やスプリングSなど、重賞を通って皐月賞へ向かうルートに比べれば、若葉Sを経て皐月賞に向かうルートは王道とは言い難い。

 

「本番前に、彼女の全力をひけらかす必要など無い。

 ……かく言う貴様も、このレースには担当ウマ娘を送り込んでいるようだが?」

「ああ。『シンボリ』の名を持つ者として、クラシックに挑戦したいと言っているからな。中距離適性もあると睨んでいる。

 まずはここで優先出走権を取れるか、と言うところだが──トウカイテイオーがいる以上、厳しい戦いにはなるだろう」

 

 彼女は本当に素晴らしいウマ娘だからな、とラスタルは言う。

 そこに関しては言われるまでもない、至極当然のことだが──シンボリルドルフというウマ娘を知るラスタルが、ここまで評価するとは。

 

「彼女の雰囲気は、シンボリルドルフに似ている。本当に、無敗の三冠ウマ娘になる逸材やもしれん。

 貴様に預けておくのはもったいないほどだ」

「──そこまでトウカイテイオーを見込んでおいて、このレースに担当ウマ娘を送り込むとはな。彼女の脚を測るつもりか?」

「まさか。私は担当ウマ娘の勝利を信じているよ」

 

 ──この男と並んでレースを見るのは癪だが、わざわざこの男を避けるために移動するのも面倒だ。

 私はターフビジョンに流れる他場のレースを眺めながら、発走時刻を待つことにした。

 

 

   ◇

 

 

 皐月賞トライアルたる若葉Sを見るべく、三冠ウマ娘ミスターシービーは中山レース場を訪れていた。

 スタンド1階の後方から、売店で買って来た遅めのお昼ごはんのハンバーガーを頬張りながら、ボーッとメインレースの発走を待つ彼女に、横から話しかける者がいた。

 

「君も来ていたのか、シービー」

「ん?」

 

 横に目を流すと、シービーは自分の1年後の三冠ウマ娘──シンボリルドルフの姿を捉えた。

 ルドルフが自分の隣に立つのを見るより早く、シービーは視線をターフビジョンに戻して、ルドルフに答える。

 

「やっほールドルフ。アタシをよく見つけたね」

「ミスターシービーを見かけた、とスタッフの人から聞いてね。

 ──このレースに出るシャコーグレイドは、よく君と併走している姿を見かけるな。今日は彼女を気にかけて来たのか?」

 

 まあね、とシービーはルドルフの推測を肯定する。

 

「まあ、アタシは『追込を教えてほしい』って言われたから、後ろからのレースをちょっと教えただけなんだけどね。なんか気になっちゃったからさ。

 キミも同じでしょ、ルドルフ?」

「──その通りだよ」

 

 シービーの言葉に、ルドルフは首肯する。

 皐月賞のトライアルレースである、という以上に、ルドルフが気にかかるのはトウカイテイオーである。

 

「私と同じ『無敗の三冠ウマ娘』──大きな夢を、彼女は持っている。彼女は私の走りを見届けてくれたのだから、私も彼女の走りを見届けなければ、不公平というモノだろう」

「……グレイドちゃんは強いよ? もしかしたら、悪役になっちゃうかもね」

強敵(ライバル)を倒してこその栄光さ。共に切磋琢磨し、高め合うこともまた、トゥインクル・シリーズの醍醐味の一つだ」

 

 ルドルフとシービーは視線を交わし、笑みを零す。

 傍から見れば、2人の間には火花が散っているようにも思えるだろう。

 

「皐月賞の前に、まず力比べってところだね」

「ああ。───もうすぐだな」

 

 場内実況放送がスタートし、中山・東京レース場の特別競走ファンファーレが鳴り響く。

 いよいよ、皐月賞を占うトライアルレースの一つ、若葉Sの発走である。

 

 

   ◇

 

 

『若葉ステークス、スタートであります!

 ちょっと場内、騒然としている中でのスタート!』

 

 ゲートが開き、若葉Sのスタートが切られた──のだが、穏当なスタートとはならなかった。

 1枠1番のウマ娘、アクティブハートがゲート入りを嫌がって暴れ、発走時刻が遅れると共に、本人は急遽大外枠からのスタートをさせられることになったのである。

 

 ゲートがどうしても嫌なウマ娘は一定数いる。

 閉所恐怖症のようなモノなのかは分からないが、ゲート入りを嫌がり、時には暴れ出してしまうほどだ。

 故に、場合によってはこうした大外発走という措置が取られる。

 

『先行争いでありますが、外を通りましてアクティブハートが行きました。そのアクティブハートが行きました!』

 

 実況放送が鳴り響く中、ホームストレッチでの先行争い。

 とはいえ、中山芝2000メートルはスタートから第1コーナーまでの距離が短くない。

 先行争いは逃げウマ娘が複数いたりしない限りは壮絶なモノにはならず、基本的には緩やかに隊列が形成されて行く。

 

『そして、8番にドルフィンアモン。外を通りまして、中団にシュウザンテイオーが上がって行こうというところ』

 

 大外から1番のアクティブハートが内にキレ込み、先手を奪いに向かう。

 続くのが7枠8番のドルフィンアモンと、8枠10番のシュウザンテイオー。

 

『そして注目のトウカイテイオーは現在、前から4番手』

 

 トウカイテイオーは、前に行った3人に続く形で4番手辺りと前目につける。

 これまでトウカイテイオーは中団から、差しのようなレースをやって来た。しかし、トゥインクル・シリーズにおける王道戦術は、最早言うまでもなく「先行」である。

 レース展開にもよるが、結局は先行して最終直線で抜け出すのが一番強く、安定する。シンボリルドルフやメジロマックイーンもそのタイプだ。

 

 皐月賞の舞台になる中山レース場は、最終直線が短い。

 直線の長さは約310メートル。東京レース場や京都レース場、阪神レース場の外回りコースなどに比べれば、後方からの差し・追込は届きにくい傾向にある。

 基本的には直線に入る時点で、ある程度のポジション──最低でもバ群の真ん中より前につけていなければ、どれだけ良い脚が使えようと、先頭までには届かない可能性が高い。

 

 以上のことを踏まえ、今回は先行策を取ってレースをするようにと、マクギリスは事前にトウカイテイオーに伝えていた。

 

(これまでも最終直線に入る頃には自分からポジションを上げていたし、アレをやればまあ問題無いのだが──枠順的に内に封じ込められて動けない、というリスクが差しにはある。それを避けるためにも、先行策は覚えた方が良いだろう。

 ……単純に、彼女の脚には差しよりも、先行の方が合うだろうしな)

 

 4番枠と比較的内側の枠を引いたものの、トウカイテイオーは外側に出て、バ群の外を回ることにした。

 

(──良し。これなら、好きな時に動ける)

(賢明な判断だ)

 

 トウカイテイオーの判断を、マクギリスは心の中で評価する。

 バ群の外側を回ることは距離ロスにこそなるが、自分の好きなタイミングで仕掛けることができるという利点がある。トウカイテイオーほどの能力があれば、多少の距離ロスは問題にならず、自分で動けるメリットの方が大きいと言えよう。

 

『バ場の真ん中辺りを通りまして、これから第1コーナーに向かって行きます』

 

 隊列が固まり、先頭を奪ったシュウザンテイオーから順に、第1コーナーをカーブして行く。

 シュウザンテイオー、ドルフィンアモン、アクティブハートの3人が、先頭集団で軽い競り合いになっている。先頭を走るウマ娘が向正面で変わることも有り得る状況だ。

 

『さて、先手を取りましたのは外の方を通りましてシュウザンテイオー。内の方にアクティブハート、現在2番手というところ』

 

 第1コーナーから第2コーナーまでの中間地点。

 ここでドルフィンアモンが上がって行く素振りを見せ、先頭がまた入れ替わる。

 

『3番手にはアサキチでありますが、外の方を通りましてはドルフィンアモンが上がって行きました。

 そして、その後ろから3番のモンタミール。

 大外を通りましてトウカイテイオーは4番手から5番手というところであります』

 

 先頭争いを後方から見ながら、トウカイテイオーは4番手周辺。

 ──そして、その後ろには2番人気のウマ娘だ。

 

『その後ろから、ゼッケン6番のシャコーグレイドが行っています』

 

 シャコーグレイドはトウカイテイオーのすぐ後ろ。

 トウカイテイオーをマークするかのように、ピッタリと付けている。

 

(トウカイテイオーちゃんの後ろ──順調ですね)

 

 実際、彼女はトウカイテイオーをマークしていた。

 心の中で、シャコーグレイドはほくそ笑む。

 

 強いウマ娘の後ろ、というのはレースにおいて取りたいベストポジションだ。

 強いウマ娘は確実に直線で脚を伸ばすため、後ろに下がってきて邪魔になることが無い。

 ピッタリ付いておけば空気抵抗も受けずに済むし、強いウマ娘は前にいる逃げ・先行のウマ娘たちを綺麗に掃除してくれる。

 

 そして、その強いウマ娘の脚色が鈍った一瞬に、末脚を使い、差し切る。

 それが差しウマ娘にとっての理想的なレースだ。

 

(どれだけの脚を持っているのかも、見せてもらいましょうか)

(……後ろに誰かいる。──けど、勝つのはボクだよ)

 

 トウカイテイオーは後ろに付かれていることを認識しつつも、落ち着いて自分の走りをするだけだと改めて決意した。

 自分の走りをすれば勝てる──誰も自分に追いつくことはできないのだと、トウカイテイオーは信じている。

 

『更にその後ろにはダイワドンクールが付けました。3番のモンタミールはちょっと下がっていく感じ。ゼッケン五番はシンボリダンサー。

 最後方から7番のアルハンブラハイという態勢で、向正面の直線であります』

 

 第2コーナーを曲がり、ハックストレッチへ移って行く10人。バ群はそれほど開いていない。

 

『先頭から殿(しんがり)までは、8バ身から9バ身という差でありますが、先頭はここでドルフィンアモンに代わっています。ドルフィンアモンが先頭で、アサキチ2番手。

 外を通りまして、スーッと上がって行こうというのは、無敗の帝王と呼ばれますトウカイテイオーです』

 

 先頭が入れ替わるも、トウカイテイオーは4番手前後を変わらず追走。

 前半1000メートル地点を過ぎて、バ群が第3コーナーに差し掛かる。ハナを切るのはドルフィンアモンだが──ここで、トウカイテイオーが動いた。

 

「───行くよ!」

『さあ外の方からトウカイテイオーが、早くも前に、前に取り付いて行きました!

 早くも前に、先頭(トップ)に並んでいこうというところであります!』

 

 バ群の外側を追走していたトウカイテイオーがポジションを上げ、一気に先頭へと並びかけていく勢い。

 

(もう動いた……!? まだ3コーナーなのに──思ったより早い……!)

 

 シャコーグレイドもトウカイテイオーが動いたのに合わせ、ポジションを上げる。

 トウカイテイオーに並ばれながらも、わずかにドルフィンアモンが先頭をキープしたまま、第3から第4コーナー、残り400メートル地点を通過する。

 

『400の標識を切って、最後の直線に入って参りました!』

 

 残り400メートルを示すハロン棒の横を通り、約310メートルの最後の直線コースへ。

 中山レース場は、前述通り最終直線が短いことに加えて、ゴール前には上り坂が存在している。

 高低差は約2メートル。残り200メートル地点から100メートル地点にかけての坂は、逃げ・先行ウマ娘の脚を一気に削り、差し・追込ウマ娘の末脚を鈍らせる最後の関門である。

 

『トウカイテイオーが真ん中で先頭か!』

 

 スムーズなコーナリングを活かし、一気に先頭に立つトウカイテイオー。

 後は逃げ切るだけ──だが、彼女を真後ろでマークし続けて来たウマ娘が、トウカイテイオーが直線に出るのと同時に、その外から仕掛けて来る。

 

『内の方を通りましてアサキチでありましょうか、外を通ってシャコーグレイド!

 シャコーグレイドが上がって来たッ!』

 

 トウカイテイオーの後方のポジションで脚を溜めていたシャコーグレイドが、その末脚を披露する。

 更にトウカイテイオーの内にはアサキチ──弥生賞で4着に入っていた、このレース4番人気のウマ娘が脚を伸ばす。道中はトウカイテイオーの前、インコースに位置取りしていたが、脚を残していたようだ。

 

「──かわせるものなら、かわしてみなよ!」

「ッ──逃げさせない……!」

『シャコーグレイド、トウカイテイオー!

 トウカイテイオーが先頭に立って、最後の坂を駆け上がる! 最後の坂を駆け上がる!』

 

 トウカイテイオーが先頭のまま、シャコーグレイドが二番手に上がったところで残り200メートル──最後の関門、急勾配の坂を駆け上がる。

 

 ───ここで、両者の雌雄が決した。

 

『皐月賞に向けて、トウカイテイオーが先頭に立った! 先頭はトウカイテイオー!』

 

 シャコーグレイドの脚色は鈍る。

 トウカイテイオーの脚色は鈍らない。

 

『やはり噂のトウカイテイオー、豪脚だ!』

「……決したか」

「──残念だけど、そうみたいだね」

 

 シンボリルドルフの言葉を、ミスターシービーは目を細めながら、肯定した。

 

(そんな───どうして、ワタシの方が後ろにいたのに、脚を溜めたハズなのに……どうして、離される!?)

 

 トウカイテイオーがあっという間に後続を突き放す一方、脚の上がった──「止まった」シャコーグレイドは、内を走るアサキチにもかわされる。

 

『トウカイテイオー先着、そして2着にはアサキチ!

 勝ったのはトウカイテイオーです! 見事!』

 

 皐月賞トライアル、「若葉ステークス」決着。

 結果は2着のウマ娘に2バ身差をつける、トウカイテイオーの完勝となった。

 

「やったよトレーナー!」

「ああ。──ここまでは前座だ。乗り込もう、クラシック三冠へ」

 

 スタンドに手を振るトウカイテイオーに、マクギリスは笑みを浮かべて頷く。

 一方、担当ウマ娘が6着に破れたラスタルは、その隣で厳しい表情を浮かべるのだった。

 

(──本当に、シンボリルドルフ以来かもしれんな。

 今年のクラシックは、厳しい戦いになるだろう)

 

 トウカイテイオーは、これで無傷の4連勝。

 一方、トウカイテイオーとの二強と目されたシャコーグレイドは、2着のウマ娘から1バ身差の3着に終わった。

 

「グレイドちゃんが、突き放されたかぁ。

 ──あの子、本当に面白いね」

「正直、私も想像以上だよ。

 意気軒昂、一陽来復──彼女こそ、トゥインクル・シリーズの新しいヒーローなのかもしれないな」

 

 そして規定通り、1着のトウカイテイオーと2着のアサキチには、皐月賞への優先出走権が与えられた。

 

 更にこの翌日のスプリングSを以て、皐月賞のトライアルレースは全てが終了。

 計8名が、皐月賞への切符を手にしたこととなる。

 後は重賞で結果を出したウマ娘と、出走登録を行って抽選で勝ち残った者だけが、皐月賞への出走を許される。

 

 今年のクラシック第一冠「皐月賞」は、4月14日の日曜日に行われる。

 舞台は中山レース場、芝2000メートル。

 

 

 クラシックの鼓動が間近に迫り、春のGⅠ戦線が開幕を告げる頃。

 トレセン学園は、次世代を担う新たな優駿達と、彼女らを支える新たなトレーナー達によって、その門を叩かれる───

 

 

   ◇

 

 

「──ガ。こんなところで寝てたら風邪引くよ」

「んん、ッ……おう、ミカ。

 ───ここ、どこだ?」




注:現在の若葉Sは阪神芝2000mですが、トウカイテイオー現役当時は中山芝2000mでした。本作では史実通り中山で。


次走「新しい出会い」
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