(元)最強ジジイ、日本に戻る   作:クラウンドッグ

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とりあえず1話だけ。


ジジイ、日本に戻る

 

 

「充分! 五条悟は儂が殺す」

 

 

そう言って立ち上がった漏瑚は、ありえないはずの声を聞いた。

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 

それは先程燃やしたはずの、喫茶店の店長の声だ。

 

 

「レーコーひとつ」

 

 

漏瑚の対面に座る夏油の隣に、どかっと座り込んだ老人が言った。

 

 

「───ッ!?」

 

 

「アイスコーヒーですね」

 

 

漏瑚の驚愕に、店長は気づかない。その姿が見えないのだから当然だ。非術師に呪霊の姿は見えない。

 

店長は老人の注文をメモすると、今度は夏油に目をやった。たっぷり10秒ほどかけて夏油は平静を装うと「私も同じものを」と言った。

 

 

「少々お待ちください」

 

 

店長は注文を取り終えると、店の裏方に引っ込んでいく。

 

そうしてやっと、状況を飲み込めないなりに漏瑚は今が異常事態なのだと悟りつつも着席した。

 

 

「誰だこいつは!? どうなっている…!?」

 

 

喫茶店内に響き渡る漏瑚の声はやはり、注目されない。火山頭で単眼の異形たる大地の呪霊、漏瑚の姿は一般人からするとショッキングな見た目だ。その憤慨も熱を伴って店内の気温を一気に上げる。

 

しかし店内で業務や雑事に勤しむ一般人──非術師は、何の異常も感じていないかのように作業を続けていた。先程、漏瑚が殺したはずの非術師たちが。

 

 

「───絵本さん、お久しぶりですね。どうしてあなたがここに?」

 

 

夏油は警戒は解かないまでも、柔和な笑みを浮かべて老人──絵本に尋ねた。

 

 

「いやあ、久々に日本に帰ってきたらよ、なんぞ面白そうな場面に出くわすじゃねーか」

 

 

「つまり……今この場に現れたのはたまたまだと?………死んだはずのあなたが」

 

 

絵本は死んだはずの男だった。

10年ほど前、現代最強の呪術師である五条悟が表舞台に上がった頃に死亡したとされ、その後10年間、姿を現す事はなかった。

 

それがどうやら、国外に行っていたらしい事が発言から受け取れる。それ故に絵本の出現は夏油にとって予想外だった。

 

 

「……これは、あなたの術式ですか?」

 

 

術式──その人物に生まれながらにして刻まれている、固有の呪術だ。呪術師は基本的に己の術式をメインウェポンとして戦う。

 

夏油は、先ほど漏瑚が燃やしたはずの店内の人間全員が甦っている事を絵本の術式によるものと看破していた。

 

 

「おう、そうよ。火山頭よ…罪なき人間を殺すのは良くねーんじゃぜ」

 

 

絵本のそんな、あまりにも真っ当な呪術師らしからぬ意見に夏油は「ぷっ」と吹き出し漏瑚は呆気に取られた後、さらに憤慨した。

 

 

「こやつらは人間ではない……!」

 

 

店内の温度がさらに上昇する。しかしやはり店員や客はそれを認識していないらしく、日常を続けている。

 

 

「ほう……?」

 

 

絵本は漏瑚の意見に興味を持ったのか、先を促すように息を漏らしたが、

 

 

「アイスコーヒーふたつ、お持ちしました」

 

 

現れた店員が絵本と夏油の前にアイスコーヒーを置く。それに水を差されたようで「チッ」と舌打ちをして視線を逸らした漏瑚。

それを機と捉えた夏油がにこやかな表情のまま絵本を紹介した。

 

 

「紹介が遅れたね。彼は絵本現(えもとげん)。…10年くらい前に死んだと思われてたが、どうやら海外旅行に行ってただけみたいの───特級術師だ」

 

 

特級術師────、そのワードに漏瑚と、その横でオブジェよろしく沈黙していた森の呪霊、花御が身を硬くした。デフォルメされたような見た目の海の呪霊、陀艮は黙したままだ。

 

呪術師は、その総本山たる呪術高専によってランク付けされている。その等級は4級〜1級まであり、特級はそのさらに上───、ある学生曰く“冗談でしか聞かないレベル”だ。

 

それもそのはず。呪術師における“特級”の要項は“単独で国家転覆が可能”という馬鹿げたものだからだ。現代最強術師たる五条悟も、この特級術師に分類される。

 

 

「特級──!」

 

 

しかし、そう聞いて怖じる呪霊ではない漏瑚と花御。彼らもまた特級呪霊に位置付けされる破格。人間が自然に対して抱く恐怖心が生み出した自然呪霊。並の術師では話にならず一流の術師でも太刀打ちできるかわからない別格の存在だ。

 

 

「五条悟の前の───最強」

 

 

続く夏油の言葉に漏瑚は興奮を隠しきれない。

耳や頭の穴から汽車のように煙を吐き出していきり立っている。

 

 

 

この漏瑚ら呪霊側は呪術師側に対して戦争を仕掛けようとしている。

その戦争に勝つための条件を二つ、夏油は提示した。ひとつは五条悟を封印する事。もうひとつは呪いの王とさえ呼ばれる宿儺を呪霊側に引き込む事。

 

この条件のひとつ目、すなわち五条悟の封印を夏油は呪物“獄門疆”を用いる事で達成しようと考えた。

しかし漏瑚はその獄門疆を蒐集に加えたいという理由で、自ら五条悟を斃すつもりで立ち上がった。

 

そこに現れたのが絵本となる。

 

 

「ちょうど良いではないか…!」

 

 

 

漏瑚は言った。

五条悟を斃す。あるいは斃せる実力がある事を証明するのに、この場に現れた絵本はちょうど良い試金石と言えた。

 

 

 

「そう興奮しないでよ、漏瑚」

 

 

いきり立つ漏瑚を夏油が静止する。

 

 

「絵本現がその気になれば、この場の全員が危ない」

 

 

「なに……?」

 

 

夏油の言動はわかりやすく絵本の危険性を示していた。特級呪霊である漏瑚、花御に加えて特級術師である夏油の3人がかりでも、負けてしまう可能性を。

 

しかし諌められた漏瑚は懐疑的だ。

漏瑚から見た絵本は強者ではない。いやむしろ弱く見える。

呪力量は並の術師に劣り、威圧感も皆無。夏油の特級術師という評価さえ信じるに値するかどうか。なにせ絵本が同じテーブルに着くまでその存在を認識できなかったくらいだ。もしや10年の月日で鈍ったか。

 

 

「こいつは宿儺の指何本分の強さだ?」

 

 

確認するように漏瑚は問う。呪いの王たる宿儺が己の力を分割して残した“宿儺の指”は強さの指標となる。夏油によると漏瑚は“甘く見積もって8〜9本分”の強さだ。

 

 

「そうだね……甘く見積もって10本分かな?」

 

 

「ならば!」

 

 

もし仮に絵本が実力を隠していたとしても、その強さを測れれば戦闘の行く末も測れようと。

 

夏油の言葉は絵本の強さを漏瑚以上と評していた。しかしその言葉を信じるとしても、やはり先の全滅を暗示した夏油は絵本を過大評価しているように思えた。

未だ呪胎である陀艮は戦力に数えないとしても、夏油、漏瑚、花御の3人でかかれば負けるはずがないと。

 

 

「漏瑚」

 

 

「なんだ?」

 

 

「これは……我々にとって甘く見積もって、だ」

 

 

「───!?」

 

 

夏油の諌める言葉は穏やかで、対して諌められた漏瑚は内心穏やかでいられない。

 

漏瑚は甘く見積もって──高く評価して宿儺の指8〜9本分。絵本は甘く見積もって──絵本の実力を低く評価して10本分。

“甘く評価”の意味を逆に捉えてわかる、自己と眼前の老爺との実力差。

 

 

 

「かっかっか!そんなに褒められると照れるんじゃぜ」

 

 

警戒する夏油、戦慄する漏瑚と花御。それを尻目に絵本は豪快に笑ってアイスコーヒーを飲んだ。

ごきゅごきゅと嚥下してカップをテーブルに置いて、「ぷう」と一息。

 

 

掌印。詠唱。

 

 

「領域展開」

 

 

 

一瞬の内に景色が様変わりする。普通の喫茶店から真っ白な世界へと。

 

 

その領域の展開速度に夏油らは対応できず──

 

 

 

「領域展開!!」

 

 

───否。領域の必中効果が自身を襲う前に漏瑚もまた掌印を結んで、自らの生得領域を展開しようとした。

 

大地の自然呪霊たる漏瑚の生得領域は火山の内側を連想させる煉獄だ。しかしその煉獄は刹那の間に破られて真っ白な世界に上書きされた。

 

 

領域の押し合いを制したのは絵本だった。

 

 

 

「───『界皆絵画(かいかいかいが)』」

 

 

 

気づけば5人は真っ白な世界に立っていた。生得領域は言わば心の中。それが真っ白であるなどあり得るはずもないが───、夏油らにとって重要なのは、この領域がどのような必中必殺の効果を有しているかだった。

 

 

「ま、落ち着きんさいや。この領域はあくまで会話の主導権を握るために展開したもの…今んとこ儂におぬしらを害する意思はないんじゃぜ」

 

 

ぬけぬけと言う絵本に夏油は舌打ちする。会話のイニシアチブを握るために領域展開をするなど、相手に銃口を突きつけて交渉するのと同義だ。

奥の手もあるが、この場面で切るべき札ではない。

 

 

冷や汗をかいて次のアクションを待つ夏油とは裏腹に、漏瑚はなぜ領域の押し合いで負けたのかわからず、それを声にした。

 

 

「なぜだ!なぜ儂の領域が押し負けた!?」

 

 

「かっかっか!そりゃあ儂の領域の方が洗練されてるからよ」

 

 

領域展開は呪術戦の極致とされ、複数の領域展開が発動された場合はより洗練された領域が押し勝つとされている。

しかし漏瑚は領域勝負で負けた事に納得していない。確かにこれまで絵本は意図的に呪力を抑えていたのだろう。おかげで漏瑚は油断していた。領域を展開した時の呪術出力はかなりのものだったが、それでも自分が負けていたとは思えなかった。

 

単眼を細めた漏瑚に、また「かっ!」と景気良く笑う絵本。

 

 

「領域はより洗練されている方が勝つ───、その洗練ってーのは、呪力量の多寡か?呪術出力の大小か?……違う違う!洗練っつーのはもっと別の意味よ!」

 

 

漏瑚の疑念を粉砕する絵本。

領域を使った後は術式が焼き切れてしばらく使用不可になる。それは領域勝負で負けた場合も同様で今、漏瑚の術式は焼き切れて使用不可。戦闘になれば苦戦は必至だった。

そのため漏瑚は焼き切れた術式が回復するまでの間、絵本に喋らせて時間を稼ごうと考えた。チラリと目があった夏油も同じ考えのようだ。

 

 

「例えばのう……MMAの格闘家がパンチだけでボクサーに勝てるか?そりゃ無理ってもんじゃろう。確かにMMAって格闘技は全部アリで、そのルールで行けばボクサーは不利よ。されどボクサーは細かい制限の内で相手をパンチだけで倒さねばならん。そりゃあ洗練されるっつーわけよ」

 

 

気持ち良く語る絵本の理屈はめちゃくちゃなようで筋が通っているように思えた。少なくとも、MMAやボクシングがわかる夏油だけは。

 

 

 

「これもそういうこと!……確かにおぬし…漏瑚と言ったか。おぬしの呪力量や出力は儂を上回っておる。しかし洗練はされておらんかった。それがこの結果に繋がったんじゃぜ」

 

 

話し終えて、一息。

 

 

「と、まあこんな感じじゃぜ。納得してもらえたかの?お話の続きと洒落込もうや」

 

 

絵本が言うと、何もなかったはずのそこにはテーブルと人数分の椅子、ティーセットが用意されていた。

 

 

「とりあえずレーコーでいいかの?そこな木の兄ちゃんも」

 

 

目を細めて推測する夏油。このティーセット自体は罠ではないはずだ。毒を仕込むにしても迂遠過ぎる攻撃方法。領域を展開している今なら自分たちを如何様にでも処理できるからだ。

 

ならばこのティーセット一式はおそらく術式の効果によるもの。領域内における必中効果で出現した物品であると。

 

 

「今は“レーコー”って言い方は古いですよ」

 

 

夏油は言いながら着席した。その様子を見て漏瑚や花御も椅子に座る。

 

「なにぃ?…儂が日本におった頃は流行りだったような……」

 

 

同じく座った絵本が呵呵と笑う。「んで」と漏瑚に視線を向けた。

 

 

「“こやつらは人間じゃない”ってーのはどういう意味じゃ?」

 

 

それは先程、漏瑚が店員や客を指して言った言葉で、絵本はその意味を知りたく思った。

 

 

漏瑚はカップを掴んでアイスコーヒーを啜ると、観念したように話し始めた。

 

 

「人間は嘘でできている。表に出る正の感情や行動には必ず裏がある。だが負の感情……憎悪や殺意などは偽りのない真実だ」

 

 

「ふむ……」

 

 

確かにそうだ、と絵本は思った。

 

 

「そこから生まれ落ちた我々呪いこそが、真に純粋な本当の人間なのだ。偽物は消えて然るべき」

 

 

「なるほど」と絵本は口の中だけで言った。コーヒーを一口飲んでカップをテーブルに置く。

一拍の間、漏瑚は絵本の反応を伺っている。

 

 

「なんじゃいおぬし…人間になりたいのか?」

 

 

漏瑚が青筋を立てる。先の言葉の意味はそんなものではないと。そんな漏瑚の様子を見て「かっかっか」と絵本は満足げに笑った。

 

 

挑発(冗談)じゃよ。おぬしが求めちょるのは万物の霊長っつー立ち位置じゃろ」

 

 

挑発に乗って怒った漏瑚を確認して絵本は“呪霊は良くも悪くも純粋過ぎる”と思った。奇しくも漏瑚の言葉通りに。

 

 

「しかしな漏瑚───」

 

 

目を細めた絵本からは、これまでの好好爺然とした気配は消えていて、それが憐憫の眼差しである事に気づくのは、まだ人間と言えないほどに幼い呪霊には不可能だった。

 

 

呪霊(おぬしら)では人間にはなれんよ」

 

 

「なに……?」

 

 

漏瑚は向けられる憐憫を理解できず、先のような挑発でもない態度に、絵本の言葉を待つ姿勢だ。

 

 

 

「人間っつーのは人と人の間にあってこその“人間”────。単体で成立しちょるおぬしら呪霊じゃ人間になれん」

 

 

読んで字の如く。

人と人の間にある───故に“人間”。

 

絵本はそんな当然の答えを提示して、その純粋を宿す漏瑚は半ば納得しつつも、認める事はしなかった。

 

 

「ふざけるなっ!偽物め……!!」

 

 

「本物とか偽物とか、本当とか嘘とか、正とか負とか……全部くだらないんじゃぜ。人間生きてりゃその全部と関わりを持つ。問題はそれを受け止めて、どういう生き様を刻むか……」

 

 

それが、世界各地を放浪した絵本の人生が出した答えだった。

 

 

「だから漏瑚や……人間がどうとか偽物がどうとか気にせんでいい。おぬしはおぬし──漏瑚っつー存在じゃろうがよ」

 

 

それは肯定だ。漏瑚という存在そのものへの。漏瑚の意見は否定しつつ、その存在を肯定する矛盾。

しかしそんな矛盾をこそ愛しく思ってもいいのだと。そんな軛から解き放たれて自分を愛してもいいのだと絵本は言ったのだ。

 

 

 

「ふざっ、ふざけるな!我々が──我々呪いこそが本物の人間なのだ───!!」

 

 

 

しかし、それを受け入れるだけの度量を漏瑚は未だ備えていない。

 

 

テーブルをひっくり返して、絵本の視界を塞ぐ。夏油、花御が陀艮を連れて飛び退く。

 

漏瑚の呪力が渦巻いて炎の岩弾が発生する。漏瑚の焼き切れていた術式はすでに回復していた。

 

 

「極の番『隕』!」

 

 

それは大地の呪霊である漏瑚の、領域展開を除く奥義。隕石の如き熱量を相手に直接ぶつける必殺の技だ。

 

 

「残念じゃぜ」

 

 

飛んだテーブルが消える。同時にひっくり返っていたコーヒーの飛沫すら残さず消えた。

 

 

「………!」

 

 

夏油の分析は正しく、コーヒーもテーブルもすべて絵本の術式の効果だった。一瞬で出して一瞬で消す事も自由自在というわけだ。

ならば、と夏油は思考を加速させて、この戦いの行く末を予測する。

 

 

漏瑚の極の番で発生した『隕』──隕石が絵本にヒットする直前に消え去った。

 

 

「────!?」

 

 

驚愕した漏瑚に瞬時に距離を詰めたのは絵本。咄嗟に防御に回す呪力と腕。しかし腕は消失して呪力は霧散した。

 

 

─────黒閃。

 

 

黒い火花が散る。拳がミートする。

同時に何らガードできなかった漏瑚が衝撃に吹っ飛んで真っ白な空間を何度もバウンドした。

 

 

「黒閃……!」

 

 

夏油は絵本の鉄拳が黒い火花を発した事に、とある都市伝説を思い出しつつ、漏瑚のサポートに向かおうとする花御を制止した。

 

 

「わかい………?」

 

 

そこで純粋な疑問に声を出したのは、これまで沈黙していた陀艮だった。

 

陀艮が観測したのは、先程の老人絵本ではなかった。

 

 

「ああ。ちょいと“縛り”でな。俺の術式のセルフ縛りで反則クセーんだが勘弁してくれや」

 

 

そこに立っているのは先程までの70代の老爺ではなく、30代の脂の乗った全盛期を思わせる術師だった。

 

 

「内容は普段を20歳老けて過ごす代わりに、戦闘時は20歳若返るってもんだ」

 

 

軽々しく明かしたのは単なる善意か。あるいは“術式の開示”のような縛りの派生か。

後者と読んだ夏油はさらに強く花御と陀艮を制止する。それでも前に出ようとする呪霊たちに、絵本に関する話をする事にした。

 

 

 

「その昔、とある都市伝説があってね。特級術師絵本現は“黒閃”を狙って撃てる……というものだ」

 

 

黒閃とは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み呪力は黒く光る現象だ。その際の威力は平均で通常の2.5乗となる。

 

そんな説明を夏油は2人に行った。花御も陀艮も表情に出ないが、きっと漏瑚がいたら顔を歪めていたはずだ。その漏瑚は伸びていて反応がないが。

 

 

黒閃を狙って撃てる術師は存在しない───、そんな通説を覆すのが絵本……とされていたが、現在の黒閃連続発動記録保持者は一級術師の七海健人で4回だ。

 

 

 

「いや、流石に狙っては撃てねえよ。いっても8割くれえだ」

 

 

 

都市伝説の否定に、30代の絵本は薄く笑んで答える。8割で黒閃を撃てるならそれは充分“狙える”のレベルだ。

 

 

「それに連続記録も塗り替えられちまったらしいしなー」

 

 

やはり軽々しい絵本は、にやりと笑う。

 

 

「俺の黒閃なら相手は大抵一発で祓えちまうからな」

 

 

自信に満ちた態度に夏油は冷や汗をかく。絵本の言葉は漏瑚が未だ失神から戻らないのが本当だと証明している。

 

 

「まあ、そう言う意味だとお前らは俺がまた記録を塗り替えるのに良い木偶になりそうだ」

 

 

露骨な挑発に夏油は乗らない。

代わりに発したのは呪いの言葉だ。

 

 

「取引しませんか?」

 

 

「………取引?」

 

 

話に乗る態度を見せる絵本に夏油はやはり、と感じた。

 

 

「今、この状況───あなたはとても有利だ。……そんな風に演出している。それはあなた自身、我々に勝てる自信がないからだ」

 

 

そしていきなり、ぶっこむ。

今度は絵本が冷や汗をかく番だった。

“領域展開”、“縛りによる若返り”、“黒閃”──与えた衝撃は大きかったはずで、場は絵本が掌握していたはずだった。

 

 

「試してみるか?」

 

 

「それなら言葉を交わす時間も惜しいはずだ。いつ漏瑚が起きるかわからない」

 

 

夏油の発言は的確だった。夏油の挑発通りに絵本が戦うつもりなら、すぐにでも仕掛けるのが正解だ。

一撃で伸されたとは言え、漏瑚も特級呪霊。夏油や花御、陀艮と4人がかりなら、いくらなんでも絵本が不利だ。それは絵本も理解している。

 

 

 

「だから“縛り”を結ぼう。私はあなたを害さない。あなたは私を害さない───そんな縛りを」

 

 

 

縛りとは、先程絵本が明かした通り、デメリットを受け入れる事でメリットを得るものだ。

例えば己の術式を開示する事で呪力を底上げする事が可能で、これらは己に課す“縛り”だ。

夏油が言う縛りも基本的には同じで、違うのは他者間との縛りであるという点。これは言わば破れぬ誓いだ。破ればどんな制裁が課されるかわからない。

 

 

「───……………」

 

 

わずなか無言の後、絵本の姿が30代から70代に変化する。戦闘体勢の解除だ。

 

 

 

「わかってもらえたようで何よりです。漏瑚が目覚めると何と言うかわからない。早速縛りを結びましょう」

 

 

 

にこやかに夏油は言う。それに対して老爺絵本は「いやいや」とかぶりを振った。

 

 

 

「夏油───いや、その器を操る者よ、おぬし……悟ちゃんに対する鬼札のつもりじゃろ?」

 

 

「!?」

 

 

「───かかっ!顔に出たんじゃぜ」

 

 

 

半ばハッタリでかましたセリフ。絵本は目の前の夏油が昨年まで生きていた夏油傑でない事を確信した。

 

そしてそれが何を意味するのかは──先の言葉の通りだ。

 

 

 

「死体を操る術式?死体を乗っ取る術式か?……まあどうでもいいんじゃぜ。問題なのは今のお前が夏油傑だって事だ。夏油は悟ちゃんの──最強の術師五条悟の唯一の親友………鬼札になり得るんじゃぜ」

 

 

夏油傑は去年、数多の呪霊や部下と共に高専に戦争を仕掛けた。結果敗し、夏油は五条に殺された───はずだった。

それがどうしてか今、絵本の目の前に生きている。その魂が本人のものでないとしても、姿形は夏油傑そのもので、その存在は五条悟に対しての切札になり得る可能性があった。

 

 

「縛りの内容はこうだ。儂はおぬしの事を高専側に伝えない。おぬしらは2人以上で儂を襲わない」

 

 

「それは………」

 

 

それはあまりにも絵本に有利な縛りのように思えた。絵本は夏油の存在を高専側に対して秘するだけで良く、一体だけなら確実に祓えるであろう自然呪霊が徒党を組んで自らを襲う事を禁止している。

 

 

「ぅ……ぐ………」

 

 

転がっていた漏瑚が呻き声をあげる。覚醒が近いのだ。

 

 

「漏瑚がもう目覚めそうだのう。ほれどうする?」

 

 

それを見てとった絵本が夏油の判断を急かせる。好戦的な漏瑚が目覚めれば絵本との戦闘は必至。

その場合────

 

 

「おぬしだけは必ず殺すぜ…夏油」

 

 

夏油の思考を読んだように絵本は言った。夏油にとってはそれが最悪だ。例え絵本を殺せたとしても自身が斃れては意味がない。

 

 

 

「………わかった。条件を飲むよ」

 

 

 

☆★

 

 

 

領域が崩れ去り、絵本は去っていく。

その背中が雑踏に消えた頃、漏瑚は目を覚ました。

 

「や、起きたね漏瑚」

 

 

気楽に手を挙げる夏油は、その違和感にようやく気がついた。

 

呪霊である漏瑚が気絶なんて状態異常に陥るのか?そしてその事に自分が今まで気づかなかった事実に。

 

 

苦々しげに夏油は絵本が歩き去った方向を見やる。

 

 

「最強ジジイが日本に戻ったか」




今のところ続きを書く予定はないです。

ただこのままじゃあまりにも情報が少な過ぎるので近いうちに本作主人公「絵本現」のプロフィールなんかを次話(もしくは活動報告)とかで明かす予定です。
設定を公開した時には追記してお知らせとしますので、読んでくれたら作者が喜びます。
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