(元)最強ジジイ、日本に戻る   作:クラウンドッグ

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アニメとファンパレでモチベが上がったので投稿。


ジジイ、高専に戻る

 

 

 

呪術高専───日本に二校しか存在しない四年制の呪術教育機関の一つ。正式名称は“呪術高等専門学校”。東京に一校、姉妹校として京都校がある。

表向きには宗教系学校を装っているが、実際には呪術を学ぶ場である。

 

多くの呪術師が卒業後もここを拠点に活動しており、教育だけでなく任務の斡旋・サポートも行なっている呪術界の要だ。

 

 

絵本現もこの呪術高専の卒業生であり、長い間、高専を拠点に呪霊や呪詛師を相手にキャリアを積んできた1人だった。

そんな絵本も10年前に死を偽装して日本を出奔して以来、高専には戻っていない。どれだけ言っても変わらない上層部。年々強力化していく呪霊と狡猾になっていく呪詛師。

呪術師という終わらないマラソンゲームに辟易して、五条悟という最強の後輩が出来て────絵本現は疲れていた事を自覚した。

 

そうして死を偽装して国外に逃亡し───、10年の時を経て故郷に戻ってきた。

国を棄てた自身に愛国心などあるはずもない、と思っていたが昨年の百鬼夜行や今年に入って“宿儺の器”が現れたという報告──。柄にもなく逸り帰国した。絵本にはこれが愛国心か好奇心か、あるいは別の感情かわからない。……しかし、現に自分は日本に戻ってきている。ならばやれる事はやるだけだと、老躯は笑い───、驚愕している楽巌寺嘉伸を見やった。

 

 

 

「おう、まだ生きてたか楽巌寺のジジイ。久しぶりじゃのう」

 

 

 

「……貴様、まさか…………絵本か?」

 

 

 

「かっかっか!戦友の顔も忘れるほど耄碌したかよジジイ。まぁ取り敢えず茶ぁ出せや。レーコーでもいいんじゃぜ」

 

 

 

絵本は高専京都校に突撃訪問していた。当然アポイントはなし。しかし結界が張ってある高専は、それで対象の呪力が識別されたものであるか否かを判断する。

その結界がとうの昔に死んだはずの男の再来を検知した結果がこれである。

 

 

「学長……この人は?」

 

 

侵入者──の対応のために楽巌寺の隣に控えていた京都校の教員、庵歌姫が尋ねる。

絵本の出奔と歌姫の呪術界入りはほとんど入れ替わりで起きており、2人に面識はなかった。お互いに多少噂を聞いた事がある程度。

 

 

 

「絵本現。───10年前に死んだはずの、元特級術師よ」

 

 

 

「この人が…!」と歌姫は驚愕を顔に出す。やはり消えた男の再来はインパクトがあるようだった。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

絵本が高専京都校に来たのには理由があった。

絵本は夏油との邂逅の後、五条悟と連絡を取っていた。電話口にも忙しくしているのが伝わったが、重要なのは五条が語った内容だった。

 

曰く──、高専に呪霊と繋がっている者がいる…と。

 

 

どうやら最近、急に未登録の特級呪霊がぽこぽこ現れているらしく、高専側の情報が漏れている恐れがあると。

そこで五条は東京校を、絵本は京都校を探る事にした。

 

そういうわけで、絵本は京都校に戻ったわけだが。

 

 

学長室にて茶柱の立つ緑茶を淹れられて昼下がりの優雅なひと時──とはいかなかった。老いさらばえて落ち窪んだ眼窩から楽巌寺の鋭い眼光が絵本を貫いていたからだ。

しかし絵本もただ老いたわけではなく、老練な雰囲気と共に楽巌寺の気迫を受け流していた。

 

湯呑みを煽って茶で喉を潤す。老人の身体はすぐに喉が渇くのだ。それだけが慣れない絵本だったが、さっと周囲を見渡してこの学長室には京都校学長である楽巌寺と己しかいない事を再確認した。

 

「なぜ戻ってきた?」

 

 

開幕の口火を切ったのは楽巌寺だった。絵本は湯呑みを置いて舌で唇を潤す。

 

 

「生きてたな、じゃねえのな?」

 

 

 

質問を質問で返す愚挙。しかし当然の疑問を解消しなければ有事の際に十全の連携をとる事が難しいのも事実だ。

そんな絵本の気遣いを楽巌寺は「ふん」と鼻で笑った。

 

 

「貴様が死ぬはずがあるまいよ。10年前───当時、最強の名をほしいままにしていた貴様がたかが呪霊と相討ちになって死んだなどと…誰も信じてなどいなかった」

 

 

楽巌寺が語る通り10年前に死を偽装する際、絵本は呪霊と相討ちという形で殉職した事にした。特級呪霊相手だったが、さすがに絵本と相討ちができる程の相手ではないと目されていたようだ。

 

 

「しかし…物的証拠やらはすべて貴様の死を裏付けていた。上手くやったものだ、と当時の連中は言っておったよ」

 

 

「そうかい。…かっかっか。そういや他の連中はどうしたよ?」

 

 

「貴様と同世代の連中ならだいたい死んだか引退か、総監部におるか…」

 

 

「ま、妥当じゃろうな」

 

 

 

老爺二人の会話は、始まってしまえば軽快に進む。当時の距離感そのままに絵本と楽巌寺は喋り続けた。

 

 

「儂が戻ったのは“宿儺の器”が現れたと聞いたからよ。去年の百鬼夜行と言い……最近の呪術界はきな臭くねーか?」

 

 

「宿儺の器も百鬼夜行を起こした夏油傑も死んだ」

 

 

絵本は口を滑らせかけたのを自覚した。宿儺の器──虎杖悠仁は特級案件にて死亡、のちに蘇生した事を絵本は知っているが、虎杖の生存は表向きには伏せられている事を思い出す。

五条は姉妹校交流戦まで虎杖の生存は総監部や高専には黙っておくつもりだと言っていた。

 

老人の身体はこれだから嫌だと絵本はかぶりを振った。

 

 

「らしいのう。とは言えこれらの事象が何か大きい事が起こる前触れのように感じるのは儂だけかよ?」

 

 

「……何か掴んでいるのか?」

 

 

 

楽巌寺の問いにわざとらしく肩をすくめ、自身が口を滑らせつつあった事を誤魔化す意味合いも込めて絵本は嘆息した。

 

 

「さてのう。じゃが、儂が日本に戻って思ったのは……あいも変わらず上層部の連中は頭が硬いっつー事じゃ」

 

 

ピリ、と楽巌寺の雰囲気が引き締まる。老練な眼光が絵本を射抜いた。

 

 

「口を慎めよ、クソガキ。あの時の恩を忘れたか」

 

 

かつて絵本は上層部──呪術総監部の者たちを皆殺しにした事があった。

何を言っても変わらぬ老人どもに対して本気でキレたのだ。改革を願っての暴挙だったが結果は頭がすげ変わっただけで保守的な行動は何も変わらず、絵本が呪術界に絶望した一因にもなった。

 

その上層部を皆殺しにした件で絵本は公開処刑ないしは呪詛師認定されかけたが、そもそもそれを決定する総監が死亡していた事や既に保守派の重鎮であった楽巌寺が口利きをした事実もあり、事なきを得た。

上層部の死亡で混乱する呪術界で絵本を敵に回す余裕がなかった事などもそれを後押しした。

 

 

───が、今はそうではない。

宿儺の器の出現で一時呪術界は騒然となったが、現在では落ち着いており、仮に絵本が暴れたとしても鎮圧できるだけの戦力は揃っている。

保留にしてあった絵本の裁きを再開させる事だってできるのだ。

 

 

 

「かか。そんな事もあったの。ま、楽巌寺先輩の采配には感謝しておりますよ」

 

 

口調だけでも殊勝な様を見せた絵本に楽巌寺も雰囲気を和らげる。

「ふん」と鼻を鳴らした楽巌寺は再びジロリと絵本を見た。その視線は先のような警告の意味はなく、絵本が己と同年代の老人になっている事への疑問だった。

 

 

「で、どうしたそのナリは?旅先でのストレスか?」

 

 

「かっかっか、違うぜ。儂がこんなになってるのは縛りよ」

 

 

と絵本は自らに課した縛り──普段は20年歳をとった姿で過ごす代わりに戦闘時には20年若返る──というのを説明した。

 

 

「自己の術式を用いての縛りか。……貴様が変人なのは元からじゃったな」

 

 

やはり辛辣な、慣れてしまった距離感で二人の会話はそれからしばらく続いたのだった。

 

 

☆★

 

 

 

楽巌寺と情報交換という名目の雑談を終えてしばらく。

 

絵本は京都校の教室で高専の学生たちと向かい合っていた。

 

 

というのも、五条との約束である“呪霊ないしは呪詛師との内通者の調査”のために、高専の臨時教員として立候補したのである。楽巌寺は京都校の学長であり、このような無茶は多少以上に押し通せた。

 

歌姫に紹介された絵本は教卓の前で自己紹介と、今回の授業内容について触れる。

 

 

「どうも、紹介に預かった絵本現じゃ。今日はみんなと触れ合いたいと思うておる。……どれ、実力を見てやろう。校庭に出るがいいんじゃぜ」

 

 

死んだはずの元特級という紹介はやはりインパクトのあるものらしく、一年生の新田や二年生の三輪などは驚愕を顔に出している。その他の連中はそれぞれ興味深そうな表情で絵本を見つめていて。

 

そんな絵本の挑発じみたセリフに、固まる一同をよそに大柄な学生が教卓の前にずかずかと踏み込んできた。

 

 

 

 

「はじめましてだな。三年、東堂葵だ。……さっそくで悪いがご老人……どんな女が好み(タイプ)だ?」

 

 

 

東堂葵───京都校唯一の一級術師。学生服の上からでも見て取れるフィジカル。態度からわかる胆力共に一級に相応しい実力者である事が絵本にはわかった。

その質問の意図こそわからなかったが───、まったく同じ質問を数年前にされた記憶があった。

 

 

「それ、九十九にも聞かれたんじゃぜ」

 

 

「ほう。我が師と知り合いだったか。…して、答えはいかに」

 

 

 

どうやら東堂との会話は、この通過儀礼を済まさなければ前進しないらしい。わざとらしく微笑むと絵本は言い放った。

 

 

 

「乳がでかくて背がちんまい娘」

 

 

 

バキィ、と教卓が粉々に砕け散る。東堂の拳がそうしたのだ。

木片がぱらぱらと絵本の顔を打つ。好きな女のタイプを答えてこれとは。

 

 

「どうやら俺とは趣味が合わないようだなご老人。校庭に出ろ」

 

 

白黒つけてやる…とでも言うように東堂は教室を出て行く。

その後ろ姿を見てか、あるいは東堂の質問に答えた絵本に対してか学生たちは絶句していた。

 

 

「いや…校庭に出ろって…それ儂が言ってたんじゃぜ………」

 

 

どうやら九十九の弟子である東堂は師匠以上にぶっとんだ人格らしく、さすがの絵本も嘆息するしかなかった。

 

 

 

校庭に出て呪術高専京都校の学生らを見やる。

一年、新田新。二年、禪院真依、三輪霞、究極メカ丸──もとい与幸吉。三年、東堂葵、西宮桃、加茂憲紀。計七名だ。

 

 

「さて、ほんじゃあこれから組み手をやるわけじゃが───」

 

 

絵本の姿が塗り替わる。好々爺とした70代から獰猛な笑みを浮かべる30代の姿へと。

 

 

「──一斉に来い。まずは実力を見てやる」

 

 

瞠目した学生一同。挑発する絵本。

 

口火を切ったのは───東堂だった。

 

 

 

瞬きの内に距離を詰めた東堂はラリアットを繰り出す。絵本の顔面に屈強な上腕二頭筋が迫った。

絵本はそれをひょいと躱すと、東堂の後頭部に裏拳を当てる。わずかに体勢を崩した東堂の背中に追撃の蹴りをくれてやり距離を離した。

 

絵本が視線を正面に戻すと三本の矢が迫っていた。それを屈んで避け、曲げた膝を伸ばす勢いで跳躍。空中で自らの術式で発生した太刀ほどの大きさのある絵筆を出現させて技を放とうとしたが───

 

 

「む!」

 

 

避けたはずの矢が再び自己に迫っている事に気づく。それらを掴んで血が付着しているのを見てとって理解。

 

 

「赤血操術か」

 

 

呪術界を支える御三家の一角、加茂家の相伝術式“赤血操術”──名の通り血を操る能力だ。今回は矢に血を付着させて軌道を操ったのだと答えを出す間に。

 

 

大祓砲(ウルトラキャノン)!」

 

 

「やっ!」

 

 

呪力の光線と鎌鼬が絵本を襲った。

二つの攻撃──特にメカ丸の“大祓砲”の威力は大したもので絵本もダメージは免れない。しかしかつて絵本を特級たらしめていた呪力総量と出力がそのダメージを軽微なものへと変じさせている。反転術式ですぐさま傷を癒すと同時に着地。

 

 

「シン・陰流、簡易領域──」

 

 

一息つく間もなく。

すでに三輪が絵本の着地地点に先回りしており、得物である刀を鞘に納めて居合いの構えだった。

 

 

「抜と──」

 

 

「シン・陰か。悪くない」

 

 

しかし三輪の刀は抜き放たれる事はなく、その直前で柄尻を絵本に押さえ込まれる事で“簡易領域 抜刀”は不発。

 

 

「もうちょい練度を上げてきな」

 

 

“抜刀”の不発に驚愕した三輪の顎を絵本の左拳が打ち抜き昏倒させる。三輪霞、ダウン。

 

 

直後、パンパンパンと乾いた音が響く。銃声だ。禪院真依が引き金を絞ったリボルバーから放たれた弾丸が絵本に直撃する──が。

呪力が込められていない銃弾など、絵本の呪力によるガードで完全に防がれてしまっていた。

 

脅威にならぬと思考で吐き捨てる。

 

 

刀源解放(ソードオプション)

 

 

絵本が真依に意識を割かれた刹那で距離を詰めていたのはメカ丸。傀儡の右腕に仕込まれていた刀剣が姿を見せた。

 

 

推力加算、絶技抉剔(ブーストオン、ウルトラスピン)!」

 

 

右肘からの呪力のジェット噴射による推力が合わさった刀剣は絵本をして目を見張る威力を秘めている。というか直撃したら普通に死の危険を感じる。

ならば当たらなければいいだけだ。絵本は先程出現させた絵筆を振るってメカ丸を迎撃する。

 

 

「術式順転『上書き』」

 

 

絵筆から滴った飛沫──絵の具がメカ丸の右腕に付着した。瞬間、メカ丸の右腕は肘から先が消え去っていた。

 

 

「な──」

 

 

右腕が消えるという出鱈目な事態に驚くのも束の間、メカ丸の胴体に絵本の拳が突き刺さる。メカ丸は派手に吹き飛んでいった。

 

 

「ふむ、連携はまあまあだな。惜しむらくは個々の戦闘力があまり高くないところか」

 

 

最初の攻防を経て絵本は京都校の面々をそう評した。

すでに一線で活躍している呪術師もいるが、特級としての経験からの辛口の評価であった。

うげ、と顔に出したのは新田と西宮だ。何もしていない新田は言わずもがな、西宮から放たれた鎌鼬も必殺とは言えぬ威力で、戦うには心許ないだろう。

 

 

「特に──」

 

 

と続けようとしたところで、再び銃声。雑に処理しようとした絵本だったが慌てて防御を固める。

 

 

「あら先生。続きは言ってくれないのかしら?」

 

 

したり顔で言葉を紡いだのは真依だ。リボルバーから撃ち放たれた銃弾は今度こそ呪力が込められており、先のやり取りで油断していた絵本の感心を引き出す。

 

 

「ほう、弾に呪力を込める込めないは自在か。されど奇襲以外では呪力ありのほうがいいな」

 

 

セリフの続きではないが、絵本は言葉を続けた。

真依の戦術は確かに有効ではあるだろう。しかしすでに一線を退いて久しい絵本にダメージではなく驚きだけを提供したのは、真依の実力の低さを物語っている。きちんと急所を狙っているあたり狙撃の腕は確かなようだが、呪術師はそれだけではやっていけない。

 

苦い顔になった真衣に瞬時に距離を詰めてリボルバーを取り上げるついでに意識も奪い取った。弾倉に残る2発の銃弾を箒に跨って滞空している西宮に撃ち、連携に隙を生じさせた。

 

弾を撃ち切ったリボルバーを新田に投げ放つ。怯んだ一瞬で肉薄し絵筆の持ち手部分を鳩尾に捩じ込んだ。新田新、戦闘不能。

 

 

「……さて、これであと三人」

 

 

三輪、メカ丸、真依、新田と戦闘開始から間も無く気絶ないしは戦闘不能に追い込まれ、加茂と西宮は苦しい表情。東堂だけは変わらず、好きな女のタイプを教えてやった時のままの顔だ。

 

 

「狙ったわけじゃねーが三年三人が残ったな。ほら、高専に入ってから培った技術や連携を見せてみろ」

 

 

同級生である東堂、加茂、西宮は普通に考えて他よりも連携が取れているはずだった。

それこそ、絵本を襲った最初の攻防は下手な一級呪霊程度なら祓えてもおかしくはない。それ以上の連携を三人はもっていて然るべきだ。

 

 

「東堂!お前もだ、さっきから手ぇ抜いてんな…? 大先輩が胸を貸してやるってんだ、本気で来い」

 

 

しかし東堂が問題だ。絵本を狙った初撃はなるほど一級術師と思わせる鋭さだった。しかしそれ以降は様子見をしていた。東堂ほどの能力があればいくらでも攻防に介入できたにも関わらずだ。

だから絵本は直裁に注意して東堂の意識を切り替えさせる。……現役時代の後進育成を思い出す行為だった。

 

 

東堂は少し考え込むと「確かにな」と感慨深げに呟いた。今、彼の脳内でどんな変遷があったのかわからないが、絵本の注意は通じたらしい。

 

 

「西宮、加茂。合わせろとは言わん……だが邪魔はするなよ……?」

 

 

「ああ…わかった!」

 

 

「……もう好きにやっちゃって」

 

 

 

三人は言葉も少なく連携を図ると絵本を見やった。若返った老練の不敵な笑み。それを貫かんとしたのは───

 

 

「百斂」

 

加茂憲紀。両掌を合わせて、その指先を絵本に向けている。次いで放たれたのは───

 

 

「──穿血!」

 

 

赤血操術の奥義とされる“穿血”。“百斂”という血を圧縮するタメ動作こそあるが、その初速は絵本をして一瞬見失うほどの速度を誇る。

 

しかし、速いのはあくまで初速だけ。加茂の構えから穿血が来ると読んだ絵本は苦もなく避けて、その姿を追おうと腕を払った加茂──穿血とは逆方向にステップを踏む。

 

そして再びの跳躍。滞空する西宮に接近した。西宮は迎撃しようとするが、絵本の方が早い。直後───

 

パン。音が鳴る。銃声ではない。それはまるで手を叩いたような。

 

 

──西宮と東堂の位置が入れ替わる。

 

瞠目した絵本に東堂の剛腕が振るわれた。空中から叩き落とされた絵本。

 

再び──、パン。音が鳴る。

 

迫る東堂の拳を転がって避ける絵本。地面に突き刺さった拳は東堂の力強さを物語っている。

 

立ち上がった絵本は、背後に着地した加茂を見てとって理解する。

 

 

「なるほど、そういう術式か」

 

 

手を叩く事で対象との位置を入れ替える。それが東堂葵の術式“不義遊戯(ブギウギ)”。

 

 

「まだまだいくぞ!」

 

 

東堂は宣言通り、それから攻勢に移った。

“赤鱗躍動”で身体強化した加茂と合わせて接近戦を挑む。

時折、空中の西宮から放たれる鎌鼬もあり、絵本は防戦一方となっていった。

 

東堂の不義遊戯はシンプル故に厄介なものだった。手を叩く事で対象と入れ替わる──否、呪力が込められたものなら何とでも入れ替わる、入れ替える事が可能だ。手を叩く事が発動条件だが、手を叩いても入れ替わらない事だってできる。

東堂が拍手をするたびに絵本は何が入れ替わったのかすぐに理解しなければならない。しかしそれが意外と難しい。

さらには加茂が東堂の術式に慣れてきたようで、連携の精度は増してきていた。

 

 

東堂の拳が絵本を捉える。ガードした絵本だったが、その威力を殺しきれずに後退りした。

 

 

「おー、いちち……」

 

呪力ガードも間に合っていた絵本だったが、東堂の攻撃力はそれを貫通して絵本にダメージを与えている。手をプラプラさせて痛みを誤魔化す絵本に東堂は話しかけた。

 

 

「どうしたジイさん、かつて我が師を抑え最強と呼ばれた実力はそんなものか?」

 

 

 

「かっ、生意気言いやがる。とは言え押されてるのは事実……よーし、少し本気出しちゃうぜ」

 

 

東堂の挑発に乗った絵本は絵筆を宙で踊らせる。ぱたた、と絵の具が飛び散るとそれらは瞬く間にかたちとなった。

 

 

「──! 式神…いや……これは…!」

 

 

絵の具から立ち上がった影──狼が15匹、鴉が15匹。総数30匹の動物だった。困惑する加茂に絵本は語る。

 

 

「俺の術式は“画顕(がげん)呪法”……描いたものを現実にするのが術式効果だ」

 

 

「術式の開示!……本気ね」

 

 

西宮が驚く。術師にとって自身の術式の効果を教えるのはマイナスになる。しかし、そういう負担を受ける事で効果を底上げする縛り──それが術式の開示。わりとポピュラーな縛りである。

 

西宮の驚嘆はつまり、力の差を今まで以上に広げようとする絵本の魂胆に対してだった。

 

 

「おいおい、俺の術式対象を増やしていいのかい?」

 

 

にぃ、と笑う東堂に絵本は同等の笑みを返す。

 

 

「東堂…お前の術式には弱点がある。位置替え……シンプルで確かに強力だが、対象は一対だな?」

 

 

東堂の術式“不義遊戯”は手を叩く事で、任意の対象の位置を入れ替える。それは一対一で行われる。つまり一度の拍手で3つも4つも位置を入れ替える事は不可能というわけだ。

 

 

「一応言っとくが、俺の術式で生み出されたもの同士は食い合わない……干渉はできるが傷にはならん。元は同じ呪力…同じ絵の具だからな」

 

 

「いけ」絵本が合図すると生み出された動物たちは東堂らに襲いかかる。

 

多勢に無勢だ。さすがに狼も鴉も強さは式神としては中程度で東堂たちに大したダメージを与えられない。しかし倒されもしない。

絵本の“画顕呪法”の最もニュートラルな方法で生み出されたものは、絵本から呪力の供給がストップしない限り、破壊される事はないのだ。

 

 

「ほれ、追加だ」

 

 

絵本は再び絵筆を走らせる。次に現れたのは──弓兵だった。大弓を構えた弓兵は素早い動作で槍ほどもある矢を西宮へ射った。

 

そうすると当然───

 

パン。

 

───東堂は西宮を助ける。西宮と近くの鴉の位置を入れ替える。

大矢は鴉を貫くと、それと一体化した。絵本の術式で生み出されたもの同士は傷つけ合わない…絵本の言葉通りだ。

 

 

「まだまだ」

 

 

絵本は再度絵筆を振るい弓兵を生み出す。撃ち出される大矢を三人は東堂の術式と合わせて見事に回避していくが───

 

 

パン。

 

 

「──隙」

 

 

一度の拍手で一組しか入れ替えられない。不義遊戯の弱点とも言えぬ弱点。絵本の術式で生じた動物…という入れ替えの選択肢。多くすればそれだけ入れ替えに迷いとミスが生じる…と思っていたが、東堂は頭もキレるらしく入れ替えする対象は常に最善の選択肢だった。

 

───しかし、常に最善な、合理的な判断をするのならば、時としてそれは読み易い。

 

事実、絵本は東堂の入れ替え先を読んでそこで待ち受けていた。

 

 

入れ替え先を読まれた東堂に、しかし焦りはない。この飽和攻撃には常に最善を採らなければ加茂や西宮も危なかった。いつかは読まれてカウンターをもらう──そういう思考があった。

 

 

腕のガードは間に合わない。ならば呪力でのガードだ。ヤマカンで腹に全呪力を集中する東堂。

 

 

「かっ!」

 

 

拳が東堂の腹部にめりこむ刹那。確かに絵本は快哉をあげた。

 

 

東堂の意識はそこで途切れている。

 

 

 

その後、東堂を欠いた京都校三年の残る二人は絵本の術式で生じた動物──式神に追い詰められて降参した。

 

 

 

 

「というわけで、総評の時間じゃぜ」

 

授業時間の終わりも近く、歌姫に急かされるまま絵本は京都校の面々の評価に移った。気絶や負傷していた者たちは絵本の反転術式と術式の併用ですでに復帰している。

 

 

「まず新田。なんかやれ。なにかやれるように鍛えよ。以上」

 

 

一年生の新田は今回の組み手では、何もできずに気絶させられた唯一の人物だ。新田の生得術式は戦闘向きではないが、それでも何もできないのは術師として致命的だ。基礎を固めるべきだろうと絵本は結論付ける。新田はしゅんとしながら返事をした。

 

 

「次、二年の三輪。シン・陰流の使い手だな。素質はあるだろうが練度が足らんな。ちゃんとした師匠に師事すれば伸びるだろう。日下部とかどうじゃ?あいつ術式ねーからシン・陰一本で成り上がったできる奴じゃぜ?」

 

 

「日下部さんを知ってるんですか?」

 

 

「おうともよ。俺が日本におった頃はまだガキんちょじゃったが、今じゃもう一級と聞くじゃねーか。………あー、確か東京校の教員じゃったか?…ならあんまり機会ねーかの。かっかっか、まあ頑張れ!」

 

 

日下部篤也は高専所属の一級術師だ。生得術式を持たず、シン・陰流のみで一級へ登り詰めたある種の才人だ。ものぐさな所があるのは愛嬌か。

日下部の話題で会話が長引きそうだったので、雑に打ち切った。老人は話が長いと思われてはかなわん。

 

 

「次、禪院真依。武器に頼るのはいい。儂も現役の時は呪具を使っとったしな。弾丸に呪力を込めるのもスムーズじゃった。……しかし、いかんせん弱いな。ぶっちゃけフィジカル鍛えた方が先はあると思うぞ?」

 

 

絵本のアドバイスに真依は苦い顔で視線を逸らした。

禪院真依には東京校に双子の姉がいるらしい。その姉というのが天与呪縛のフィジカルギフテッドだそうで、仲の悪い姉の顔でも思い出したのだろうか。しかしそれについては真依本人が解決するしかない問題だ。絵本は次のメカ丸を見た。

 

 

「次はメカ丸。悪くないな、呪力の出力も判断力も。傀儡操術じゃったな。あとは本人がどれだけのものか、じゃが……」

 

 

「俺の本体は生まれながらに脆弱な肉体だ。代わりに高い呪力出力と総量を得ている」

 

 

「……天与呪縛じゃったな。ふむ、ならその出力と総量で行動範囲はカバーできてそうじゃな。まだまだ隠し玉はありそうじゃの」

 

 

「………絵本現。あんたの術式なら俺を───」

 

 

評価は終わりだとして次に視線を移した絵本に声をかけたメカ丸───与幸吉。「ん?」と振り向いた老人をしばらく見つめて「なんでもない」と決断を下した。人形の身体は表情が読まれないのが良い──心の中でそう嘯きながら。

 

 

「三年じゃな。まずは西宮。……悪くない、悪くないが………何とも言えんな。どんな術式じゃよ、まだまだ底はありそうじゃが…出力を上げんと正直話にならんのじゃぜ。まあ空を飛べる…制空権っつー利点はあるがよ、油断はしねーこった」

 

 

西宮は「はーい」と間の抜けた返事。呪術師は複数での連携も大事だが、個人での戦闘力も必要だ。西宮も並の呪霊なら一人でも倒せるだろうが一級呪霊以上は単独で倒すのは厳しい呪力出力と言えた。

 

 

「加茂憲紀。…赤血操術な、遠距離、中距離、近距離で隙がない。すべてがバランス良くまとまっておるが……それだけじゃな。相伝の術式ゆえか、受け継いだ技術だけでひねりがないのう。もっと術式の解釈を広げればもっと強くなれるじゃろう」

 

わざわざフルネームで呼ばれた事に加茂は作為を感じた。己の名前である“加茂憲紀”は加茂家最大の汚点とされる男と同じ名だ。加茂家最大の汚点である彼は悪魔的な実験を手広く行った。その手広さを真似せよと絵本は言っているのだ。

 

 

「わかりました。……絵本さんはどうやら赤血操術について知っているご様子。指導いただければ」

 

 

「おう。その内な」

 

 

絵本は現役時代、赤血操術を扱う術師と共闘した事もあった。古い記憶を掘り起こせば加茂の助けになれる可能性は十分あった。

 

 

「最後、東堂。……ぶっちゃけ言う事なしじゃよ、お前さんは。学生ながら一級術師張ってるだけはある。パワーもスピードも頭のキレもすでに充分以上……あとはおぬしと以心伝心できる相棒さえおれば敵なしじゃろう」

 

 

「言われるまでもない。しかし俺の相棒か……我が師九十九由基はその点、相性は良かったが……」

 

 

「あのクソ馬鹿力な。確かにおぬしの術式とは相性良いじゃろうな。……ま、あそこまで求めるのは酷じゃろうて」

 

 

「それもそうだな。かと言って妥協するつもりはない。……いつの日か、俺と心を通わせる女の趣味の良い超親友(ブラザー)が見つかるだろうさ」

 

 

東堂の発言には周りの者たちも引いている。相棒になる条件が“女の趣味が良い事”とは。……呪術師はどこかネジのぶっとんだ奴が多いが、東堂のネジの外れ方は呪術師としても少しおかしかった。

 

 

「絵本さん、ありがとうございました。みんな、授業は終わりよ。とっとと教室に戻りなさい!」

 

 

絵本の総評が終わり、歌姫が締めるのと授業終了のベルが鳴るのは同時だった。

こうして絵本と京都校一同のファーストコンタクトは終わりを迎えた。

 

 

 

☆★

 

 

そして、姉妹校交流戦の日がやってきた。

 

 

姉妹校交流戦とは、呪術高専東京校と京都校の2校による交流を図るための催しだ。各学長が戦い方を選んで行う──という建前はあるが、一日目は団体戦、二日目は個人戦が行われるのが通例となっている。

 

2校の面子が顔を合わせ話が進んでいく中、五条が宿儺の器である虎杖悠仁を伴って現れた。死んだはずの虎杖に両校のメンバーは驚きを隠せず、特に楽巌寺は処理したはずの宿儺の器の再臨に瞠目するしかない。

 

 

「ほんじゃ儂はちょいと悟ちゃんと話があるんで」

 

 

事前に虎杖が死んでいない事を聞かされていた絵本に驚きはなく、その事を楽巌寺に詰められる前に離脱する。

2校の選抜メンバーが作戦会議している間に絵本は五条と話し合いと洒落込んだ。

 

 

「やあ、こうして会うのは久しぶりだね現さん。またちょっと老けた?」

 

 

「かか、たまに電話はしてたがの。久しぶりじゃな悟ちゃん」

 

 

 

元最強と現代最強の再会は劇的なものではなく、まるで友人と久々に会ったかのような気軽さだった。

それから少し雑談に花を咲かせたあと、本題に入る。

 

 

「それでどう? 京都校の方は。内通者はわかった?」

 

 

「それならとうに連絡しとるんじゃぜ。…ま、あたりは付けておるがの」

 

 

絵本が京都校に戻った目的。五条が感じた特級呪霊の徒党化と違和感。それに起因する内通者の存在疑惑。

「へえ、誰?」と事もなげに聞く五条に絵本は内通者と思しき人物の名を告げた。

 

それを聞いた五条は顎に手を当てて思案顔になる。目隠しをしているせいでろくに表情も読めないが、そこは長い付き合いで何となく察せられるようになっていた。

 

 

「証拠もないし、特になにもしとらんのじゃぜ。儂がおった間は怪しい動きもなかったしの」

 

 

 

「そうか。ありがと現さん。とりあえず今日、僕の方から歌姫にも話は通しておくよ」

 

 

「うむ、確かにあの娘なら内通者の線はあるまい。……儂はこれから東京校の世話になるつもりじゃ。彼奴を泳がせておく意味も含めてな。一応、式神には探らせておるが……」

 

 

「現さん式神とか使えたっけ?」

 

 

「術式の応用じゃよ」

 

 

そんな風に会話をして。そのしばらくの後に姉妹校交流戦、一日目団体戦が開始された。

 

交流戦そのものは順調に推移していく。どちらかの勢力が特定の呪霊を祓うかという競い合いのはずだが、東京校、京都校の学生同士が戦うのも伝統だった。

保守派筆頭の楽巌寺はやはり宿儺の器を始末したいらしく、団体戦の様子を自らの術式で監視している冥冥を買収して虎杖周辺の映像を途切れさせているが、東堂の独断先行で虎杖暗殺は上手くいってないようだ。

 

 

そんな中、異常が起こる。

呪霊とリンクさせていた呪符が一切に燃え尽きたのだ。これは呪霊の消失と共にそうなるよう設定されたものだが、範囲殲滅の術を持たぬ学生たちの仕業ではないと団体戦の様子を見ていた絵本含む教員陣は断定。

 

 

手分けしてそれぞれ動いていく。絵本は五条らに同行し団体戦が行われる森林部に向かったのだが。

 

 

「帳が!」

 

 

その森林部に“帳”が降りたのだ。帳とは内と外を分断する結界。帳ごとにそれぞれ条件をかける事も可能であり、この帳は“五条悟の侵入を拒む代わりに他の誰でも自由に出入りできる”条件が組み込まれていた。

 

 

歌姫と楽巌寺を先行させる五条は帳の解除に取り掛かる……前に、眉根を寄せた絵本に声をかけた。

 

 

「どうしたの現さん?正直当てにしてるんだけど」

 

 

「……いやな、悟ちゃんよ。なーんか嫌な予感がするのよ」

 

 

確信も確証もなく、絵本の直感は暗い未来を感じ取っていた。

ただひとつ挙げるとするなら──“五条悟の侵入を拒む”帳。これが怪しいのだ。

五条悟という現代最強の術師。その干渉を拒み、事を優位に進めようという考えは尤もである。……だからこそ囮としては効果的だ。この帳の中で五条悟にしか解決できない事件が起きていると明示しているようなものなのだから。

 

 

「予感、ね。現さんのカンはあながち馬鹿にできないからね。行っていいよ。こっちには歌姫もおじいちゃんもいるし、何とかなるでしょ」

 

 

「おう、悪いな。生徒たちは頼んだんじゃぜ」

 

 

そうして絵本は走った。走って、走って、辿り着く。

 

 

「あれ、まだいたんだ?」

 

 

いた。嫌な予感は当たっていた。

軽薄な男。黒衣を着込んだツギハギ顔。

その周囲には形を歪められた人間の死体が転がっている。

 

──呪詛師? いやあの特徴は………

 

 

 

「遅いね」

 

 

絵本の思考。その空白に踏み込むツギハギ顔の男──人の呪霊“真人”。肥大化した右腕が絵本に迫る。

 

 

「どっちが」

 

 

しかし、その程度で殺れるほど元最強の名は安くなかった。瞬時に姿が30代に変化した絵本は真人の右手を躱すと、その腹部に拳を突き立てた。

 

派手に吹き飛び高専の施設をぶちぬいた真人に絵本は警戒を怠らずに近づく。倒れ伏したままの真人は気絶を装っているだけだった。

 

 

「……羨望、模倣、人の膿」

 

 

掌印。詠唱。絵本の呪力が渦巻く。

呪術師の強さは引き算で決まると言われている。呪術を発動するための正式な手順。それらをどれだけ省略できるか。省略してなお100%の出力を保持できるか。

もちろん絵本はそれらを省略して術式を発動できる。しかし、掌印や呪詞を詠唱する事で出力を100%以上に引き上げる事が可能だ。

 

特に今のように、相手が時間を与えてくれたなら絵本は積極的に術式を正式な手順を踏んで発動する。

 

 

呪力の起こりを感じた真人は死んだふりから起き上がり、防御の構えに入る。

 

 

「──術式順転『上書き』」

 

 

絵本が振るう絵筆から飛び散った絵の具が防御を構える真人の左腕に付着した。

 

 

「──ッ!?」

 

 

真人の左腕が消える。驚愕が引き出された一瞬で距離を詰めた絵本は力任せに絵筆を振るって真人を打ち据えた。

再度かっ飛ぶ真人。その脳裏には老爺から中年に変貌した男の情報が浮かんでいた。漏瑚を一蹴し夏油との交渉を優位に進めた元特級術師。五条悟の前の最強。

 

 

開けた場所に出た。広い敷地を持つ高専だ。周囲の被害──なんてものを真人が気にするはずもなく、絵本もまた気にしている余裕はあまりないだろうと考えていた。

 

 

遅れて跳んでやってきた絵本の着地を見届けた真人は話しかける。

 

 

「絵本だっけ?漏瑚から聞いたよ。強いんだってね」

 

 

「こっちもお前の話は聞いてるぞ、呪霊。性格悪いんだって?」

 

 

「「ははは」」と二人の空虚な笑い声が響く。それぞれ警戒心と敵愾心は最大値まで振り切れていた。

 

 

「どうやって俺の腕を消したのか…どんな術式かわかんないけどさぁ、効かないんだよね。魂に響かないから」

 

 

「魂……魂ねえ………」

 

 

聞いた話によれば、このツギハギ顔の呪霊──真人の術式は魂に干渉して、その形を歪める事ができる。その歪みに身体まで引っ張られてダメージを与えるのが、この呪霊の攻撃及び防御手段らしい。

現に、絵本の術式で消失したはずの腕がすでに生えてきている。自己の魂の形を正常な形に整えた…といった所だろう。

 

「魂……」と呟きながら絵本は日本を去ってからの旅路を振り返っていた。行楽の旅。道楽の旅。世界各地の人々と触れ合った。

──その中には古くからの伝統や在り方を大切にする部族もあった。

 

 

 

「多重魂、撥体!」

 

 

真人の術式“無為転変”で形を歪めて所持していた改造人間。その魂の形を再び操る事で攻撃ないしは防御する術。今回は槍のように伸ばされた改造人間と共に真人自身が絵本に迫って来ていた。

 

 

「魂、か………」

 

 

高専忌庫前から建造物を経てこの場にぶっ飛ばされて来た真人だが、ダメージはない。絵本の攻撃は魂まで響かないからだ。

自分の腕を斧の形に歪めて絵本に振り下ろす真人。

 

振り下ろされた斧。翻って避けた絵本は絵筆で斧の持ち手──真人の手首を砕き、返す刀…ならぬ筆で真人を打った。

 

 

三度、吹き飛ぶ真人。転がる表情にはしかし、先程までの余裕はなく苦悶に歪んでいる。

 

 

「油断したな、効かないと。甘いんだよ」

 

 

絵本の攻撃は真人の魂、その輪郭を捉えていた。

 

 

「このジジイ…!」

 

 

悪態を吐きながら立ち上がる真人には確かにダメージが与えられていた。

 

 

「ははは、若造め。伊達に歳はくってねえんだよ。俺は世界各地をまわった。ある国の古い部族の祭事には自己の魂との対話…なんてのを命題にしたのも多い。…‥人を侮った罰だな、そりゃ」

 

 

 

絵本現は魂を知覚できる。真人は愕然とした。虎杖のように宿儺──自身の内側に何かを飼っているわけでもない絵本が人の本質、魂を理解している事に。

これは極論、術師の誰しもが真人の術式を無下にできる可能性を示していた。

 

しかし目下に迫った脅威と比較すればそれは些細な事だ。

 

 

「ものは試し…でやってみたが成功した。……だがな真人よ、俺はこれ以外にお前を祓う手段が二つある。一つは“簡易領域”…平安時代に考案されたあらゆる術式を中和する結界。この中であればお前の術式は無効化される。二つ目は“反転術式”。本来負のエネルギーである呪力を正のエネルギーとして運用する術…負の呪力である呪霊には特効だ」

 

 

シン・陰流『簡易領域』は平安時代に蘆屋貞綱によって発明された弱者の領域だ。その技術は現在まで残っており、領域展開への対抗策として有用だった。術式の中和がその主な効果となる。

 

反転術式は絵本が語った通り、正のエネルギーをもたらす呪力。人を癒す力があるが、負のエネルギーの集合体である呪霊には毒となる。絵本はこの反転術式のアウトプットも可能としていた。

 

 

「わかるな、詰みだ」

 

 

簡易領域を張った絵本はそう言った。その攻撃は魂を捉え、近付けば反転術式アウトプットによって存在を消滅させる。

原型の掌で触れる事を発動条件とする真人からすれば、絵本は本来の意味での天敵だった。

 

その目に映るのは“諦め”─────

 

 

「あーあ、結局夏油の言った通りにするしかないか」

 

 

───しかし。その諦観は命を諦めるそれではない。死なないために最善の未来を捨てる覚悟の目だった。

 

真人は懐を探ると、“それ”を取り出した。

全身が総毛立つ。元特級術師である絵本に十余年ぶりに緊張が走った。

 

 

「宿儺の指───!?」

 

 

特級呪物“宿儺の指”。

平安時代に生まれた両面宿儺が自身の魂を切り分けて残した呪いの結晶。おそらくは高専が保有し封印していたそれを忌庫から盗み出したのだろう。そのひとつを真人は食らった。

 

そして─────

 

 

「──領域展開」

 

 

真人は掌印を結んだ。

 

 

「自閉円頓裹」

 

 

 

真人に油断はあった。そして、絵本にも油断があった。

 

聞いていた、情報は得ていたはずなのに。

 

 

「それじゃ、ばいばーい」

 

 

真人の領域『自閉円頓裹』は“無為転変”の原型の掌で触れる…という条件を無視して、その効果を領域内の者に必中させるものである。

 

しかし絵本は簡易領域を発動しているため、その効果は中和されて届かない。代わりに絵本は自身の領域を展開できなかった。簡易領域という結界術を使用中は領域展開という結界術を発動できない──絵本の慢心を突いた真人の一瞬の早業であった。

 

 

真人は軽々しく手を振ると、宿儺の指を取り込んだ自身の分体を残して領域から出ていった。

 

 

「…やられたな」

 

 

油断していた。確実に真人を祓うために発動した簡易領域が足を引っ張り、真人を逃走させる手助けとなってしまった。

 

 

「領域展開」

 

 

絵本は簡易領域を解除するとすぐさま領域展開を使用した。その間のコンマ秒に襲いくる必中効果は魂を呪力でガードする事で防ぐ。

 

 

拮抗は一瞬。

真人の自閉円頓裹を絵本の界皆絵画が打ち破る。いかに宿儺の指を取り込んだとて一本だけでは相手にならず、それから少しして真人の分身は破壊された。

 

同時に領域を解除する。ポトリと落ちた宿儺の指を拾いつつ絵本は周囲の様子を観察した。

 

 

「逃げられたか……」

 

 

真人は遁走を成功させていた。もはや呪力を感じる事すらさせずに逃げおおせていた。

「ちっ」と舌打ちをした絵本の姿が老人に変わる。それは戦闘終了の合図だ。

 

 

そして掌に残った一本の宿儺の指を見てつぶやいたのだった。

 

 

「どうすっかのう……これ」

 

 

 

 

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