騒動が落ち着いたアビドスはいつも通りの日常を過ごしている中、一人机に向かう黒服。彼は今回の件で新しい好奇心が芽生えており、その検証の下準備をしている。
『恐怖からの反転』
それは不可能とされているもの。完全な恐怖に染まったものは永遠に戻る事はない。そう言い伝えられている。だからこそ興味が湧くというもの。
その前に完全な恐怖というものを説明しないといけない。この場合においてはホシノとユメ、彼女達で例えると分かりやすいだろう。
ホシノは一時的な感情の昂りにより恐怖に染まった。それは実験した際に埋め込んだ恐怖を増幅させたもの。だがそれは彼女が最大の神秘を保持している事、一度克服していたからこそ成せた業。他の生徒では恐怖に支配されて身を滅ぼすか適合して神秘を全て反転させて生きるか、あるいはどちらも満たせずに命を落とすだろう。
ユメに関してはどのように恐怖に反転させられたのかは正直なところ分からない。だが彼女の神秘はホシノよりも数倍低い。だが偶然にも彼女は適合してしまった。その証拠として彼女のヘイローは常に黒く染まっている。精神まで蝕まれているのだ。つまり完全に染まっている状態という事になる。
過去のゲマトリア達が残した情報ではあるが故に信用度は高い。良くも悪くも彼らは神を再臨させる事を目的としておりあらゆる手段を試していたのも事実。結局上手くいかずに人工神を作る道を歩んだのだが。
前置きが長くなってしまったが本題はここからである。早い話、ユメを元の状態に戻せるのではないか?と考えている。彼女の身体に存在していた恐怖と色彩のような塊は偶像が全て吸収していた。つまり今彼女の身体には恐怖が残っていないのではないだろうか?加えてホシノ達と過ごしている今なら精神も安定していると思える。今のうちに彼女の体内に輸血をする要領で強い神秘を注入したら弱まっている恐怖を打ち消せるのではないだろうか?幸いアビドスには最大の神秘であるホシノも居る。試してみる価値はある。すぐにでも取り掛かるべきなのだろうが問題がある。まだ安全性が確立できていないという事。反転している今の状態では神秘が毒のように感じてしまう。そんな状態で自分よりも強い神秘を注入されるのだからその苦しみは想像がつかない。せっかく助かった命を無駄にしてしまうかもしれない。想定外は想定内、とも言うがこの場合においては安全第一で進めるべきだろう。
幸いにもホシノは今ユメに夢中なので研究には集中出来る環境ではあるが正直行き詰まっている。
「中々上手くいかないものですね……ん?」
ふとスマホに目線を向けると数百件の着信履歴が。……正直掛け直したくないが仕方なく出る事にした。
『ようやく電話に出ましたか。ロリコン朴念仁』
「今忙しいので貴女の戯言に付き合ってる暇はないのですが」
『ところで黒服、今私は何処に居ると思いますか?』
不意に背中から感じる嫌な気配に戸惑いつつも
「何処に居るのですか?」と問う。
「貴方の後ろですよ」
案の定嫌な予感は的中し、ヒステリックモンスターペアレントベアトリーチェはアビドスに不法侵入していた。
「黒服ぅ……知っていますよぉ?居るんでしょう、私の知らない可愛い生徒が。紹介……してくれますよねぇ?」
「お断りします。貴女を見せるのは教育上よろしくないので」
「何ですって……?よくもまぁ、私にそのような態度を……私はヒナを覚醒させた最も崇高に近づいたゲマトリアの大天才ですよ?」
「ただの変態ですよね」
「何ですって……?」
このまま無駄な無限ループに入るのも面倒なのでお帰り頂こうとしたか頑なに帰らない。何故この変態は邪魔をするのだろうか?人が作業しているにも関わらずくどくどと無駄な話を繰り返す。
「先程からなんの作業をしているのです?」
「恐怖を反転させる装置の安全性を高めています」
「何故そのような事をしているのです」
「生徒の為ですよ」
「おやおや。おやおやおやおやおや。貴方も遂に生徒の魅力に気付いたのですね。遅すぎるにも程がありますが気づけただけでもよしとしましょう。ああ大丈夫です。多くは語らずとも。大方ホシノのに注入した恐怖を取り除こうとしているのでしょう?私には全てお見通しです」
「……まあ、そんなところです。なので作業の邪魔をしないでいただけると助かります」
「そういう理由ならば仕方ないですね。大人しく噂の生徒を探しにでも……アッ」
彼女の目線の先には手を繋いで歩いているホシノとユメが居る。その光景をみた彼女は当然爆発する。相変わらずどのような理由で爆発しているのかは理解出来ないが黙らせる手間が省けたので助かった。