楽しい楽しいデートの時間を終えた二人は宿に
戻り部屋の扉を開けて一息つこうとした。
ーーしかしそんな彼らを出迎えたのは純白の
綿の塊、枕だ。
「ゴフッ」
5Gにも迫る勢いで投擲されたであろうそれは
彼を壁に叩きつけるには充分すぎる威力だった。
『先生!?』
某戦士が岩盤に叩きつけられたような惨状に
襲われたマエストロを見て驚愕するユメと
遠方で紅いオーラを放出しているくらいに
怒りを込めたケイと困惑しているシロコ。
彼女達は何故か枕投げで遊んでいたようだ。
つまるところ流れ弾を喰らったという事だろう。
「申し訳ありません。つい手が滑って全力投球の
枕を意図的にぶつけてしまいました」
「つまりわざとだな」
「そうとも言いますね」
「最近のケイは自我が強いというか、随分と
感情をぶつけてくるようになったな」
「深夜テンションのパヴァーヌですから」
「変な単語を生み出すな」
『そっか深夜テンションならしょうがないね。
それよりも先生を傷つけた事に対して説教を
朝までするから正座してね』
「そうくると思っていましたよ。ですが私には
秘策がありましてね。というのもここに昨日の
夜中に何が起きたのかを記録した映像があると
言えば分かるでしょうか?そう、貴方達が昨夜
私に重労働をさせている中イチャついていた際
の映像ですね。今からこれをミレニアムそして
トリニティの生徒達に転送する事だって出来」
『黙って聞け』
「はい」
『確かに私達も悪いとは思うけど流石に壁に
めり込む勢いで枕を投げるのはダメだよ。まだ
身内だったからよかったけどもし知らない人に
当たっていたら大惨事になっていたんだよ?
羽目を外すのはいい事だけど何事もやりすぎる
のは良くないからね』
「貴女と先生はハメてるくせに」
『いつ口答えしていいと言った』
「ごめんなさい」
「何故ユメがあそこまで怒りを露わにしているのか
分からないが……しばらく離れていた方が良さそう
だな。戻ってきて早々こんな事になるとは……」
『それなら温泉に入ってくるといい。時間潰しにも
なるだろうし休めるよ』
「そうさせてもらおう。身体を清潔にしないと私は
眠りにつきたくない体質なのでな」
『……木の人形なのに?』
「見た目で判断するのは良くないぞ」
『それもそうだね』
「……シロコよ、何故ついてくる」
『枕投げで汗をかいたから私も入る』
「間違っても同じ浴室に入ってくるな。男女に
別れているからな?絶対だぞ?」
『分かってる』
ーーー
小さな旅館には釣り合わない程の大浴場。夜も遅く
誰も浸かっていない浴槽に身体を洗った後に浸かり
お湯の心地よさに大きなため息をついた。
ーー今日は散々だった。奇妙な出会いと修羅場を
何度潜り抜けてきたのだろうか。特にあのキキョウ
という生徒、彼女とは出会ったばかりなのだが何故
結婚を迫ってくるのだ。独占欲が強いにしても大概
にしてほしいものだ。一時期のカズサに似ている。
私は猫耳の生えた生徒に好かれやすい体質なのか?
だが猫にはあまり良いイメージがない。この前も
野良猫が私の芸術作品で爪を研いでいたのを見て
殺意が湧いたのも記憶に新しい。その後ユメの足に
頬擦りしていたのを見て思わず至近距離で拳銃を
撃つ手前までいっていた。愛玩動物だが何だか
知らないが私の芸術に手を出さないでほしい。
……とにかくキキョウとはあまり関わりたくない。
あの距離感ならいつか襲われてしまいそうだ。
そうなるとかなり面倒な事になってしまう。
面倒といえばホシノの事もそうだった。何故私は
その場の雰囲気だけでホシノを娘にしようと思って
しまったのだろうか。そんな発言をしては明らかに
面倒な黒服とかいうホシノ狂いにウザ絡みされる。
「ほう、貴方もホシノの魅力に気づきましたか。
ですがホシノは私だけの生徒ですので」みたいな
うざい発言を聞きたくない。ただえさえヒナ狂いの
マダムに毎日のように長文モモトークが送られて
くる現状なのだから。
「……話がまとまらないな。私の周りにいる大人は
どいつもこいつも話にならん。ロリコンだらけだ。
私を見習って誠実な恋愛をするべきだろう」
『先生と生徒が恋愛するのって誠実なの?』
「……それを言われたら何も言い返せないな」
『ん』
「……おい」
『何?』
「堂々と入ってくるな。男湯だぞここは」
『話し相手が欲しかった』
「壁越しでも話せるだろう」
『あまり大きな声を出したくない』
「……よく聞いてくれ。私とシロコは今日出会った
ばかりでお互いの事をほとんど知らない状態だ。
そんな私達が一糸纏わぬ裸体で同じ浴槽に浸かり
話している構図はあまりにもおかしいだろう?」
『……でもお互いを知るなら裸の付き合いは大事』
「絵面がまずいんだ理解してくれ」
『じゃあ今から水着でも借りてくるから待ってて』
「そこまでして一緒に話したいのか?」
『うん』
「……そうか。シロコの思いは嬉しいがやはり場所
は弁えるべきだと思う。そこは分かってほしい」
『……分かった。じゃあ背中を流すね』
「何故密着しようとする?」
『木の人形の身体がちょっと気になる』
「おい待てUターンするなせめてタオルを巻け!」
『大丈夫、私の身体は既に汚れきってる』
「充分に魅力的だ!」
芸術家は誰にでも、何処でも振り回されていた。
しかし何故だろうか、彼の周りには初対面である
にも関わらず距離感がおかしい生徒が集まりやすい
不思議な現象に襲われているようだ。尤も彼は
ユメ以外に好かれても困るだけなのだが。