やれやれ。本来であればユメといちゃついて過ごす
つもりだったのだがまさかこんな事になるとは。
目の前に広がる黄昏の領域を前にそんな事を考えて
いた。この先に何が待ち受けているのか。
未知数の場所に覚悟を決めて足を踏み入れた。
夕焼けのような空ではあるが殆どが影となっており
裏の世界に訪れたように錯覚してしまう空間。
常に鼻につく異臭と淀んだ空気の中、芸術家は一人
目的の生徒を探しに歩き回っている。足元には
幾つか人の形をした黒い塊が転がっており、
5つの学生証の紐を握りしめて倒れている者、
腹部に穴が空いて倒れている者等、見るに耐えない
光景に思わず目を背けそうになっていた。
何故だろうか? かつての自分なら対して気にも
止めずむしろ愉悦に浸っている光景とも言えるのに
今はただ胸糞悪いという感情しか湧いてこない。
それも生徒達と向き合っていくにつれて変化した
のであろう。……悪い気はしないがな。
「"あっ"」
「………」
は?
ーーー
「"いやぁ……久しぶりに会った知り合いがまさか
マエストロになるとはね"」
「………」
なんだこいつ? 何故黄昏の領域に居るんだ?
迷い込んだでは済まない場所だが? それとも残業
と徹夜の板挟みでついに狂ったか?
「"そうだマエストロ、傷はもう癒えた?"」
「傷? 何の話だ?」
「"? ああそっか。木の人形だから痛みとか
感じないのかな。だとするなら……汚れは取れた?
みたいな言い方をした方がいいのかな"」
「そんな事はどうでもいい。何故先生がここに
居るのだ? 迷い込んできたのか?」
「"気がついたらここに居たからよく分からない"」
「……そうか」
「"多分死後の世界なんじゃないかなと思ってここで
過ごしていたけど……マエストロは死んだの?"」
「生きてるぞ」
「"じゃあ……って思ったけどゲマトリアだから
そもそも死なないんだっけ?」
「私は死ぬぞ。教師になってしまったからな」
「"そっか。マエストロが教師に……え? ごめん
今なんて言ったの?"」
「教師になってしまったからなと……」
「"……何を企んでるの?まさかシロコに何が
酷いことをしようとしてるんじゃ……"」
「何故シロコ限定なんだ。別に生徒を使って実験
なんてする訳がないだろう。黒服ではあるまいし」
「"……そうだね。君は芸術がどうたらとか言ってた
悪い大人だったし。それなら何で教師に?"」
「? それは数日前に話しただろう?」
「"えっ"」
「ん?」
「"数日前? こっちに来てからマエストロに
会ったのは今日が初めてだけど……"」
「なんだと?」
先程から何かがおかしい。話が噛み合わないのだ。
記憶に相違があるのか? そもそも何故黄昏の領域
にこいつが居るんだ? どうなっている……
「確認するが……お前は本当に先生なのか?」
「"うん。私はシャーレの先生だよ"」
「だとすれば何故私と話が噛み合わないのだ?
確かに私は数日前にシャーレに行き三徹していた
お前と話した記憶がある」
「"……ああ、成程ね。マエストロ、今から私は
突拍子もない事を言うけど笑わないでね"」
「? 分かった」
「"実は私……別の世界から来たんだ!!"」
「………」
ああ、そうか。そういう事か理解した。
「……お前が連れてきた生徒はシロコだな?」
「"そうそう。もう一人の私に託したんだよ。
実はさ、私の身体って爆発に巻き込まれてから
碌に機能してなくてさ。白い集団にそこの銅像に
魂を移されてた? ぽくて"」
「銅像?」
先生が指を刺した方向には確かに銅像があった。
不気味な見た目のそれに魂を?
「……まさかとは思うが……お前は恐怖に染まった
シロコの世界から来た先生なのか?」
「"え、うん。そうだけど……そんな簡単に信じて
いいの?普通他の世界から来た! なんて話は
信じられないと思うけど……"」
「いやまあ……私も他の世界から来たからな」
「"へえ……だとしてもマエストロが教師なんて
どういう歴史を辿ったらそうなるの?"」
「色々あったのだ。色々とな……」
「"苦労してるんだね……そうだ、良ければ一緒に
行動しない? ここは退屈で仕方ないんだ"」
「それは構わないが……身体は大丈夫なのか?」
「"まあ、すでに霊体みたいなものだからね。
詳しい話は歩きながら話そうか"」
「あ、ああ……」
とんでもない出会いを果たした芸術家。しかしこの
出会いが後に一人の生徒を救う事になるのだとか。