先生と恋人になってから結構な時間が経った
彼は私の心の疲弊に気づいてくれた唯一の人で
愛の告白をしてくれた人
最初はぎこちなくて照れ臭かったけれど
今では誰よりも愛してくれている
……でも少しだけ他の子に気持ちが移ろいでいる
時もあるのでちょっと嫉妬もする
愛が重いかなと反省していたけれど先生は
「そのくらいが私の好みだ」と言ってくれた
そんな大好きな先生の為に日頃の感謝を込めて
私は大きなケーキを焼いている
生地もクリームもバターも全部手作りで用意して
一番大事な愛情もたっぷり込めたケーキ
彼がこれを美味しそうに食べてくれる姿を想像
して鼻歌まじりに調理をしていると
途中アリスちゃん達が味見をしたいと言って
台所に入ってきたので仕方ないなと試作品の
小さなケーキを食べてもらった
「とっても甘いです!」「美味しいです」と
結構な高評価をくれた二人に感謝をしつつ
私はまた生クリームをかき混ぜていた
今日の先生は用事があって夜まで帰れないと
言っていたのでそれまでに用意しておきたい
「そんなにあの先生の事が好きなんですか?」
『うん。大好きだよ』
「……貴女にそこまで直球に愛を伝えられたら
堕ちない人は居ないでしょうね」
『そうかな? でも……堕ちてくれるのは先生
だけが良いな、なんて』
「もう結婚した方がいいと思うのですが」
「なるほど! 結婚イベントですね!!」
『けっこ……!? いやいや!! 流石にまだ
早いって!! 先月ホシノちゃんが花嫁になった
ばっかりなんだよ!? それに先生とはまだ
付き合ってからそんなに経ってないし……///』
「でも黒服パパは恋人とばして結婚しましたよ」
『それは黒服の倫理観が終わってるだけだよ……
もっと順序を踏まないと……』
「さりげなく父を悪く言わないでください。
ですが父は父で私に手を出してくれませんので
多少は文句を言いたいです」
『ケイちゃんも黒服の事が好きなんだね……
あいつロリに好かれる体質なのかな……』
「ハルナギサというスタイルのいい白髪の生徒
からも好かれているのでロリに好かれるというのは
誤解です。父がロリ体型が好きなんです」
『やっぱ黒服終わってるね』
「はい」
結局擁護されなくなってる……まあ事実だし
いっか……
「実際マエストロ先生にプロポーズされたら
ユメはどう返事をするのですか?」
『そうだな……うーん……本当に私でいいのか
何度も確認してそれでも選んでくれたら……
永遠を誓いたいな』
「あの惚気具合で他の人を選ぶなんて事は絶対
あり得ないと思いますが……」
『それはどうかな……人間って必ず飽きという
ものが絶対にくるし……私だっていつ先生に
捨てられるか分からないよ』
「確かにゲームでもパーティーメンバーは強い
キャラクターにしがちです……」
『それはちょっと違う気もするけど……まあ
似たようなものかな』
「ユメの考えは甘いですよ」
『えっ』
「これはマエストロ先生の日記です。最近
勝手に部屋に入った時に見つけました」
『何してるの……』
「いいから読んでください。あんな内容の日記
なんてもう見たくないです」
『そんな大した事なんて書いてないと思うん
だけど……』
ーー
1月4日
芸術とは何か? 私は自身に問いかける
かつての私なら抽象的な答えを出して
周囲を困惑させていたのだろう
だが今は明確な答えが出せる
そう、ユメだ。彼女と出会い私は変わった
太陽をも超える包容力を前になす術もなく
私は堕ちていたようだ
今ではもう彼女が居ない生活は耐えられない
そして彼女の胸に顔を埋めて睡眠を摂りたい
ーー
「最後の1行が絶妙に気持ち悪いですね」
『言ってくれたらやるのに……』
「正気ですか?」
「ぱふぱふですね!!」
『ぱふぱふって?』
「過酷なものです」
『そうなんだ……』
その後の記録も殆どが欲望を曝け出した内容で
嬉しい反面思春期なのかと勘違いしてしまう程
脳内がピンクに毒されているようだった。
『「ユメを吸いたい」「ユメを抱きたい」
「ユメを……」……もういいや。なんか普段
かっこいい先生もこんな一面があるって再認識
させられたような気がするよ』
「でも満更でもないんでしょう?」
『それはそうだけど……』
「大半はしょうもない思春期が書いた日記ですが
昨日の分は読んでみてください」
『……じゃあ最後にそれだけ読むね』
ーー
2月27日
私はそろそろ決心をしなければならない。
ユメをどうするかについて。
彼女はシロコと同様に色彩の眷属となって恐怖に
染まっている。つまり彼女の記憶を消せばユメを
元の生活に戻す事だって可能だ。そうすれば
失ったものを全て取り戻す事だって出来る。
普通の恋も日常も得られる。……私と過ごした
思い出を失くせば。しかしユメは私と共に過ごす
事を望んでいる。その想いを無視してまで私は
そうするべきなのだろうか……数日悩んでも
答えが見つからない。……あいつに会おう。
きっと最適解を教えてくれる筈だ
ーー
『……先生。普段えっちな事しか要求されない
から私との関係を真面目に考えてくれたって
初めて知れたよ』
「マエストロ先生も父並のクソ野郎なのでは?」
『そうかもね。……でもやっぱり私はそんな
ダメでどうしようもない先生が好きなんだ』
「ならば早く籍を入れた方がいいですよ」
『何がケイちゃんをそんなに駆り立てるの?』
「もどかしさ、です」
『えぇ……』
「……あ、マエストロ先生が玄関ドアの前で
ウロチョロしています!」
「タイミングが良いですね。私とアリスは息を
潜めて様子を見ますのでお熱い展開をどうぞ」
『そんな事はしないよ……迎えには行くけど』
玄関まで行ってドアスコープを覗いた先には
何か悩んでいるように周辺を歩き回り
円弧を描いているマエストロの姿が。
……もしかして鍵を忘れたのかな? じゃあ
扉を開いてあげないとね。
ーガチャリ。
『先生? 扉の前でどうしたんですか?』
「うおっ!?」
普段聞かない先生の大きな声。動揺しているのが
その一言だけで伝わってきた。……それと後ろに
ある大きな箱の存在も。
『その荷物は……?』
「なななななんでもないぞ!」
『でもその大きなダンボールは……』
「まだ気にしなくて良い!出迎え感謝する!
私は部屋に戻らせてもらおう!」
『あっ……では荷物を置いたらリビングに来て
ください。先生に贈り物があるんです』
まだ生クリームを塗ってないけど……
貴方の為のケーキを用意しているんです。
「贈り物だと!?」
『え、ええ……』
「すまない、荷物を置いたらすぐに行く!」
『はい。お待ちしております』
何故か挙動不審でいつもよりも軋む音が大きい
先生を見送って私はケーキに生クリームを塗って
彼の準備が整うのを待つことにした