芸術家は一人でとある場所に赴いた。そこは
百鬼夜行自治区にある辺境の地、『黄昏』
彼は導かれるようにそこの領域に足を踏み入れる
何故この場所に訪れたのか、その答えは至って
単純で安直ではあるが妥当なもの。
「(あの世界にはシロコの先生が霊体となって
黄昏を彷徨っていた。……ならばこの世界には
私の求める人が居ると、そう確信している)」
シャーレの先生という存在は例え自らが死ぬ、
色彩に毒されたとしても生徒の幸せを優先する
側からみたら狂人のような存在だ。……だから
こそ此処に居る。その証拠にあの時と同じ偶像
が破棄されているのだから。
「……そこに居たのか」
「"……マエストロ?"」
そう。彼が探していたのは『ユメ』の先生
やはり同じようにこの黄昏に囚われていたようだ
「"なんで君がこんなところに……"」
「色々あってな。少し話をしようじゃないか」
ーーー
「"そっか……ユメは元気なんだね。それが知れた
だけでも此処に居て良かったと思えるよ"」
「……怒らないのか? 私は先生の生徒に手を
出して挙句恋人にしたんだ。私を裁く権利がお前
にはあるのだぞ?」
「"感謝する事はあっても裁く事はないよ。
ユメを気にかけてくれて……全てを失ったあの子の
支えになってくれているんだからさ"」
「だが……先生も理解しているのだろう? 私達
ゲマトリアが如何に悪い大人であるかを……そう
簡単に信用していいのか? 私が嘘をついてユメを
搾取する対象にしている可能性もあるんだぞ」
「"それはないよ。……私は見たんだ。ピンク色の
髪の生徒を傷つきながらも救出した黒服と……
それを慕う生徒達を。この世界に居るゲマトリア
が悪い大人ではないって事もね。……まあ、流石
にマエストロと恋人になってるのは予想外だった
けど……わざわざ此処に来てまで話をしてくれる
君が悪い人なわけがないからさ"」
「……そうか」
「"それで……話だけじゃないんでしょ?"」
「ああ。本題に入ろう。実はな……」
芸術家は伝える。シロコテラーという存在を
救った事。先生が協力してくれればユメも同じ様
に救える事。その為に此処に来た事。
「"そっか。ユメの為に、か……"」
「ああ、どうか協力してくれないだろうか?」
「"ごめん。ユメの為だとしてもそれは出来ない"」
「……何故だ」
「"マエストロ。君は大事な事を理解していない。
確かに君の言うとおりにすればユメは失ったもの
を取り戻して恐怖に染まった時も記憶も消えて
文字通りハッピーエンドになると思う"」
「ならば何故……!」
「"ユメが求めているのはもう私達じゃない。
……マエストロ、君なんだよ"」
「………」
「"恐らくだけど君はシロコ同様にユメを元の世界
に送り届けてそれがユメの幸せに繋がるならと
自らの想いを殺して生きようとしていたと思う。
確かにその考えは間違っていないし居場所がもう
何処にもなかったシロコはそれで救われた。
……けどユメは違う。君の隣という居場所がある。
もう過去に囚われる必要はないんだよ。だから
君の頼みは断るよ"」
「……私がユメと……彼女と共に生きる事は……
許されるのだろうか……それで彼女は幸せに……
なれるのだろうか?」
「"全ては君次第だよ。ユメの心を生かすも殺すも
恋人である君のね"」
「……そうか。そうだったのか……正直に言うと
私は迷っていたんだ。他の奴らと違い私はユメと
出会ってからまだそんなに経っていない。確かに
彼女の悩みに気づいて改善しようとはした。
……だが結局は彼女に惚れていただけなんだ。
そんな下心丸出しの私がユメを幸せに出来る筈が
ないと思っていた。……だが先生の話を聞いて
考えが変わった。私がユメを幸せにする。他の誰
でもない私が、だ」
「"……そう、それでいいんだよ"」
「先生よ、感謝するぞ。私はもう迷わない。
……長話をしてすまなかった」
「"気にしないで。私も未練がなくなったから。
……マエストロ"」
「ああ」
「"ユメを……宜しくお願いします"」
「……任せてくれ」
ーーー
此処はあの日黒い薔薇を見繕ってもらった花屋
そこで芸術家は見定めるように花を見つめている。
前回の花言葉はネガティブな意味にも捉えられて
しまったので今回はしっかりと愛を伝えたい。
……ああそうだ、告白する時の台詞も考えて
おかなければ。遠回しに愛を……それとも直球で
伝えるべきか? 悩みは尽きない。……ならば
全て伝えてしまおう。
「赤い薔薇を……108本包んで欲しい。
それと……も追加で頼む」
あいつらがこの光景を見たら情けないと思うの
だろうな……「流石に愛が重いのでは?」と
言われるのだろうか……まあ、それで構わない。
「……しかし緊張はするものだ。かれこれ数十分
扉の前で固まってしまっている……」
中からはユメとアリスとケイの声が聞こえてくる
ので居るのは分かっている。……その声で自分が
これからプロポーズをするのだと再認識させられ
一歩を踏み出せずにいる。
「迷っていても仕方ない……突撃するぞ」
そう決意して扉の前に立った。……のはいいが
取手を回す力が入らない。鼓動の音が大きい。
……なんだこの感覚は。この苦しみを奴らは
乗り越えたというのか? 全身が震えてしまい
もし断られてしまったら……と考えてしまう。
今すぐにも逃げ出したい衝動に駆られる。
……違う。ここで逃げてはいけない。ユメが
待っているのだ。一生分の勇気を出せ。
ーガチャリ。
『先生? 扉の前でどうしたんですか?』
「うおっ!?」
なんという事だ。先手を打たれてしまった。
『その荷物は……?』
「なななななんでもないぞ!」
『でもその大きなダンボールは……』
「まだ気にしなくて良い!出迎え感謝する!
私は部屋に戻らせてもらおう!」
ダメだ恥ずかしい。まともに目を見て話す事すら
出来ないではないか……一度部屋に戻って体勢を
立て直さなくては……
『あっ……では荷物を置いたらリビングに来て
ください。先生に贈り物があるんです』
「贈り物だと!?」
『え、ええ……』
何という事だ。まさかユメも花束を……!?
これは急いで部屋に戻り対策をしなければ!
「すまない、荷物を置いたらすぐに行く!」
『はい。お待ちしております』
どうするマエストロよ。どうすればいい!?