前回から数日が経過して十六夜の狂気に蝕まれている黒服は若干本来のゲマトリアという存在意義を見失いつつある。言い間違いをすればお仕置き、相応しい対応をしなければお仕置き。一つしかない答えを選択しなければ彼女の思う『黒服』が出せる答えが出るまでお仕置きを繰り返される日常。プライドをへし折られて過ごす日常の最中唯一の安らぎといえば……
「それじゃあ先生、行ってきますね♪」
「はい、お待ちしております」
そう、ノノミが出かける時間。学校やショッピング等で不在になる間は一人の時間を過ごせる。ただし縄で縛られている為抜け出そうとしたりは出来ないが。
「こうして一人で過ごしている間だけは私という個々を見失う事がない。この時間がなければ私は既に十六夜ノノミさんに洗脳されていたでしょう」
ノノミは一度出掛けたら数時間は帰ってこない。なので多少は気が楽になるのだが今日は違った。
「失礼します」
来客が訪れたのだ。地面にまでついてしまう程伸びた髪の毛、凛々しくもこちらを見つめてくる瞳、そして背中に背負った大きなレールガン。それは紛れもなく王女その人であった。
「王女……まさか私を助けに……?」
「はい。助けに来ましたよ。今から貴方を私との愛の巣にお迎え致します。私だけの父」
王女……否、小鳥遊ケイは獲物を捉えた様な顔つきになり縛られたままの黒服を運び出し始めた。その状況になった彼は悟る。嗚呼、この王女も十六夜の狂気と近しいものに染まっていると。
ーーー
連れ込まれた先はミレニアム。千年問題の名を冠するその場所に建てられた小さな一軒家。小鳥遊名義となっているその家に連れ込まれてしまった。
「今日から此処が貴方の家です」
前にも聞いた様な台詞を発する王女に対し問い掛ける。何故この様な事を? 大方予想はつくものの聞いておかねばならないものだ。
「合法的に手を出せる黒服。私にとってはそれだけで拉致をする価値があるというものです」
やはりキヴォトス人には話が通用しないのだろうか? 何故こうも拉致をして独占したいという欲望に身を任せてしまうのか。何故先生はこの子達に常識や倫理観を学ばせないのだろうか?
「せっかくですので二人の時間を堪能するとしましょう。例によって貴方の事はパパと呼ばせて頂きます。パパ活ではありませんのでご安心を」
「そうですか……王女よ、一先ずはこの縄を解いて頂いても宜しいでしょうか?」
「王女……? 言わないですよねそんな事。いつもの様に名前で呼んでくださいね」
なんて無茶苦茶な。名前なぞ知る筈がない。……いや、前にマエストロ達と王女を争わせた際に名前を発していた記憶が……確か……
「アリス」
決まった。地雷を解除するのはノノミで経験済。そう簡単に間違える筈がないでしょう。甘く見ましたね王女よ。
「そうですかそうですかやはり貴方は私よりもアリスを優先するのですねいえ仕方がありませんアリスと比べて私は神秘という魅力も殆どない『欠陥品』ですもの名前を覚える価値がないあるいは忘れる程度の存在であると宣言されたところで仕方がないとも言えますねええそれに私はアンドロイドですので心がありませんつまり傷つかないから許されるのでしょうですので貴方は何も悪くありません全て私が悪のです全部全部全部全部全部全部全部全部全部」
壊れてしまった。彼女の名前はアリスではないのか? ……冷静に考えるとシッテムの箱内にもう一人王女に近しい存在の名前が記載されていた気がする。そちらの方だったか。確か名前は鍵の意味を成す筈が馬鹿な生徒が読み間違えた影響でその名称で固定されてしまった方。
「冗談です。貴方の名前はケイ、そうでしょう? 私が貴方の名前を忘れる筈がないです」
あまり興味がない故に記憶の中から探し出すのに苦労した名前をあたかも当然知っているかの様に話す。するとどうだろうか? 先程まで病んでいた彼女の眼には光が灯りテンションが上がっている。この解答が正しいものだった。
「ま、まあそれくらい父ならば分かっていて当然ですね。今回は特別に許してあげます」
「……どうも」
それでも精神がすり減る事には変わりがない。側から見たら彼女達よりもこちらの方が異形な存在であるにも関わらず。
「では寝室に行きましょうか」
「何故そうなるのですか?」
「禁断の恋について知りたいのです。父と娘の」
「知る必要はありませんよ」
「貴方に拒否権はありません」
なんて理不尽な……こんなヒステリックな修行者を作るとは無名の司祭は悉く無能と言わざるを得ない。
「先に言っておきます。私はアンドロイドなのでスタミナは無限です。この意味が分かりますね」
「分かりたくはありません」
次回があるなら次は地獄絵図です。
既に地獄絵図ですが