「貴方をノノミの元へ返します。良いですね?」
ケイは突然そう言って縄に縛られた私を持ち上げる。何故この様な奇行をするのか? 私には理解し難い。欲しいものが手に入ったにも関わらず手放す様な真似をするなど。
「このやり方自体が間違っていたのです。私にとっての父は唯一人だけ。貴方は代わりにはならないしなれない」
当たり前の事をさも偉そうに語り始める。所詮修行者、王女よりも未熟な精神構造をして……いや、この修行者の親代わりになっている奴の教育が悪い。傍迷惑である。
「もしかしたらノノミも同様の理由で貴方を引き取る事を辞めるかもしれません。その時は責任をもって処分しますのでご安心ください」
何も安心出来ないがとりあえずこのまま抵抗出来ずに運ばれたまま過ごす羽目になった。むしろ処分された方が楽なのだが……
ーーー
「確かに受け取りました〜☆ わざわざ運んできてくれてありがとうございます☆」
「いえ、私のせいでノノミとその人が離れていたので感謝はしないでください。それでは失礼致します」
待て、話と違うではないか。ケイの話ではノノミも本来の黒服先生が好みなのであって紛い物の私には興味を失くしたのではないか? それがどうだ、また寝室に連れ込まれて拘束されている。どういう事だ?
「どういう事も何も……私は既に『黒服先生』への恋心はありません。ホシノ先輩と結婚して幸せな道を家族で歩み始めている既婚者に手を出す理由なんてありません。私ではホシノ先輩に勝てませんし……」
「私は貴女が恋心を抱いた黒服先生とは……」
「はい、違います。姿が似ているだけの赤の他人。ーーだからこそ貴方は私の恋心を受け入れてくれる。ホシノ先輩じゃなくて十六夜ノノミを選んでくれる。何も心配はいりません。二人で幸せな家庭を築きましょう」
やはり話が通じない。ケイといい黒服先生とやらは地雷を生みすぎではないか? 何故この様になるまで放置しておいたのか理解出来ない。相当な事をしない限りこの異常な執着心は生まれる筈がない……
「じゃあそろそろお風呂に入りましょう。数日間一緒に入れなかったので私を寂しい思いをさせた罰として髪を洗ってもらいます。態度次第では身体も……」
「勘弁してください。人間としての欲は私に残っておりません。身体は自分で洗ってくださ……」
「……☆」
嗚呼、油断していた。十六夜の狂気は恐ろしいとあれだけ身にしみていたにも関わらず。私は久しぶりにその恐怖を骨の髄まで味わう事となった……
ーーー
「……本当は分かっているんです。私のやっている事ってただ自分の欲望を満たす為に貴方を利用しているに過ぎないと……」
「それは気にする必要はないかと。大人であれば誰もがそうなるものです。自らの利益の為に他者を利用する等。特に外の世界ではそういう思考回路の大人で溢れています。自分さえ良ければそれでいい、他人がどうなろうと知った事ではない。尤もその思考が正しいのか間違っているのか、その答えを出せるのは自分だけですが」
「自分だけ……」
「どの道私には選択する権利等はないでしょう。ノノミさんが私を手放すならば処分されて終わりなので」
「……黒服さん」
「何でしょうか?」
「……ハニーって呼んでくれるって約束でしたよね☆ 忘れていたとは言わせませんよ?」
しまった、先程話が通じないと思ったばかりではないか。さっきの正しいか間違っているかの答えは重要ではなかった。彼女にとって重要なのは私からなんて呼ばれるか。それだけだった。この十六夜ノノミという女、悪い大人の適性が高すぎる……かつてのベアトリーチェの様な暴君に育つ可能性も……
「今他の女の事を考えましたね……☆」
嗚呼、私のゲマトリアとしての尊厳が破壊される。
既に破壊されてる定期