夕方、学校の屋上で一人茜色に染まる景色を眺めているとポケットに入れている携帯に着信が入る。『アヤメ』と名前が書かれた画面を見て応答し「どうしました?」と声を出す。
『黒先お疲れー、今話しても大丈夫?』
「ええ、問題ないですよ」
『ありがと。実は今日ちょっと凄い事があって話したかったんだ。実はね、百鬼夜行の大犯罪者こと『災厄の狐』が百花繚乱の本部に訪ねてきたんだ。突然すぎて私くらいしか居ない中全面戦争でも始めるのかなって身構えてたら…「婚姻届の受理をお願いします」って言ってきたの。よく見ると隣に大人っぽい人が一緒に居てさ。思わず役所じゃないのに受理しちゃったんだよね…』
「…ああ、先生を連れ去ったのはその方でしたか」
『えっあれ先生なの!? …まあいいや、とりあえず話をして『この方と平穏に暮らせるのなら破壊行為を行わない』って約束もしてくれたから何とかなったけど凄い神経使って疲れたんだぁ…』
「それはそれは…お疲れ様です」
『まあそれだけなんだけどね。後は普段と変わらず…あ、でもキキョウだけはいつも何処かほっつき歩いてるかも。マエ先の事諦めてないみたいで』
「キヴォトスでは既婚者を狙う人が多いのですね」
『そうかも……あ、ちょっと用事が出来たから切るね。いつでも帰ってきていいからね!!』
「ええ。近いうちに戻ります」
通話を終えてポケットに携帯をしまいまた外の景色を眺める。校門付近で手を振っているアリスに手を振り見送ったり他の生徒達が帰るのを見守っていた。ノノミが黒犬の腕に抱き着いて帰っていく姿を見送るのを最後に屋上から学校内の自室へ戻る。だらしない格好でソファーに眠るホシノを起こさないようにしながら毛布を掛けて彼女が片付けた書類の最終確認を行う。ここ数日で慣れてきたのか殆ど問題はなさそうだ。…時々涎の跡がついているが。
「(この後ホシノはどうするのでしょう。このまま百鬼夜行の先生になるのかアビドスの先生になるのか…この際何処かに新しい学園を建設しても良いかもしれませんね。全てはホシノ次第になりますが)」
…なんというか今ふと考えたのだがこういう思考は父親のそれに近しいものがありそうだ。自分にとってホシノは娘のような存在になっているのかもしれない…
(ゲェ!? それってロリコンとかそういうのじゃなくて近親相姦気分ってコトですか!? 幾ら黒服とはいえまさかそこまでおちブフェ!?)
脳内ベアトリーチェをぶっ飛ばしっつつ長年寄り添ったホシノに恋愛的な好意を抱かなかった理由を理解した気がした。先生と生徒、という関係であり父親と娘の関係でもある。
(だとしたらベタベタし過ぎて気持ち悪いパパってコトになブベラァ!?)
「五月蠅いですよ脳内ベアトリーチェが」
「うぇ…? 先生どうしたの?」
しまった、つい横槍脳内ベアトリーチェに怒りが湧いてしまいホシノを起こしてしまった。そもそも脳内ベアトリーチェという概念は一体…?
「申し訳ありません、つい独り言が大きくなってしまいました」
「そう…? じゃあもうちょっと寝るね…」
大きなあくびをしてホシノはまた寝息を立て始めた。無防備に眠る彼女を見てもやはりそういう気は起きない。嫌悪感があるとかそういうのではなくただ出来ない、してはいけないのだと認識している。然し他の人の所には行ってほしくない、ホシノにはずっと隣で…
(なんだか思考が変な方向に向かっている気が…一旦書類の確認は後回しにして気分転換でもしましょう)
変な考えになる前に一度リセットしよう、そう考えて自室を出て食堂にあるキッチンへ向かい冷蔵庫に入っていた食材を適当に見繕って料理を始めた。二年前から自炊を始めて今では趣味の一つになっているこの作業も没頭すれば他の雑念も飛んでいく。そうして出来た料理は想定以上に拘った品が完成した。
ホシノが好んで食べる食材を利用しホシノの好物を作り味付けもホシノ好みに…
「…? 私は何故…」
もう自分が分からなくなってきた。自分にとってのホシノとは? 生徒か? 妻か? 娘か? …駄目だ。今日は何かがおかしい。寝る必要はないが記憶の整理も兼ねて寝てしまおう。そう考えて作った料理は夜食としてラップをかけて寝ているホシノのそばに置きその辺に敷いてあった布団で眠りについた。
「ん、黒服。寝かさないよ」
「…またですか? 今は構っている余裕がないので後にしてください」
「ん、大丈夫。すぐに終わるから」
上に乗っかってきたシロコはもぞもぞと布団に入ってきてスマホを取り出し写真を撮ってから立ち上がった。
「この写真をホシノ先輩に見せたら脳が破壊されて戦いに集中できなくなる筈。それを私が倒せばこの作品のメインヒロインになれる」
「とんでもない事を思いついたものですね…ただそれは効果がないと思いますよ?」
「どうして? ホシノ先輩は恋愛耐性クソ雑魚のピュアピュアだからこの衝撃は耐えられないと思う」
「いえ、一部始終をそちらで見ていますので」
手で示した先には青筋を立てて怖い笑顔を浮かべているホシノ。
「ん、自転車で逃げ…」
「何処にいくの?」
「ホ…ホシノ先輩から逃げる」
「その自転車で?」
即座に自転車をスクラップにしてぶん投げた後、シロコを引きずる形で訓練所へ連れて行くホシノを見送りそのまま眠りについた。
翌朝になると昨日考えていた内容の大半は気にならなくなっていた。ただ今後その感情と向き合わなければならないとは思うがそれは今ではない。