自己都合による出張を終えたマエストロは趣味にしているバーを経営しカウンターでグラスを磨いていた。ワイルドハント芸術学院に赴き素晴らしい芸術を閲覧し経験してきた彼は上機嫌になっておりどこから音声が出ているのか分からない鼻歌を歌っている。
そんな気分をぶち壊すかのような赤い女が侵入してくる。いわずとも知れたあいつだ。静かな空間に入り込んでくる雑音に二つある顔をしかめる。…まあ、残念ながらマエストロは人形なので表情は変えられないが。
「へいマスター、いつものを」
「お前が私をマスターと呼ぶな」
ワイルドハントで出会った生徒は彼の事を『マスター』と呼んでいた。その思い出が目の前に居る年増女に毒される気がして嫌悪感を隠しきれていない。いつも飲ませている『Hina』というワインをグラスに注いで差出し「ほら飲め」と無愛想に言い捨てた。
「まあそう怒らないでください。今日はトリニティに関係する報告があるのでわざわざ営業している事を確認してから足を運んできたのですよ?」
「SNSで連絡をすればいいものを…おいこらババア私の生徒に気持ち悪い視線を向けるな!!」
溜息をついてマダムを見るとどうしてもと言い着いてきて絵を練習している生徒に気持ち悪い視線を送っている。その見境のなさはあまりにも理解しがたい芸術性の欠片もない醜い行為だ。
「え、こんな可愛い魔女っ娘生徒を私の近くに配置するなんてそういう事をしてもいい、という暗示ではないのですか!?」
「お前が勝手に近づいてるだけだろうが!? 彼女の芸術に没頭する作業を邪魔するなら出禁にするぞ。いいからトリニティの報告をしろ」
「おっと、そうですね。ではお話させて頂きますが…トリニティは表面上はとても穏やかですが内面はとても陰湿…内部抗争が多すぎています」
「まあそうだな。注意をしてもあまり効果はなく結局は私の監視していない場所でいじめのような美しくない行為に及んでいるのも日常茶飯事だ」
「実は先日セイアにその事を相談されまして。「多忙であるマエストロ先生の代わりに力を貸してほしい」と」
「そうか…まあ、生徒については私よりもそちらの方が扱いに長けているしな。時々は面倒を見てやってくれると助かる」
「そのまま手駒にしてゲヘナ生にしてもいいですか?」
「駄目に決まっているだろうが。私の生徒だぞ? 一応言っておくが面倒を見る、と言っても手を出していいって事ではないからな? 親善大使として送り出したミカにも触れるんじゃないぞ?」
「分かっていますよ。今後もトリニティとは長くお付き合いしていきたいと思っておりますので」
ベア先生は内心『もうミカには手を出していますがね』と思っているがそれはさておきちらっと絵を描いている生徒を見ている。まるで酒の肴にしているように。
「そんなに彼女が気になるのか?」
「ええ。ゲヘナにも居ない魔女っ娘なので大層興味があります」
「手を出すなよ。既にワイルドハントは私の担当学園にしたからな」
「私と貴方の仲ではありませんか? ちょっとお話するだけですので」
「やめろ悪影響だ彼女に近寄るな」
「どうせなら絵のモデルになっている子もお触りしたいです。アリスと同じ人工皮膚でしょうが可愛い反応が楽しめそうです」
「駄目だ。あの子に手を出したらユメに殺されるぞ」
「ですが私を殺したらこの箱庭が崩壊しますよ?」
「駄々をこねるなみっともない」
このババア、酒が入っているからかいつも以上に面倒だ。極力邪魔にならない場所に席を移動させて二杯目のワインを注ぎ酔わせてしまおうと考えた。
「おや珍しい、今日は二杯目を頂けるのですね」
「たまにはな」
「ありがたく頂きます。…そういえば彼らの扱いはどうしましょうか?」
「あいつらか…マダムみたいな黒服と爆破予告の二人組…先生は連れ去られたらしいがまあいいだろう。奴らは正直どう対応させようか悩んでいる。近いうちに話し合いで決めようと黒服から提案されたのはいいとして判断に困るのか暫く音沙汰がないしな…」
「どちらかといえば放置しているような気がしますがいいでしょう。…自分から話を振っておいてなんですが生徒以外の話だとテンションが上がらないですね」
「それはそうだな」
「…なんだか興ざめしましたので本日は失礼しますね」
「ああ」
結果的に自ら帰ったマダムを見送った後、彼女が落とした名簿を拾う。
「『取引用生徒リスト』? なんだこれは…まさかあいつがトリニティの話をしていた理由は…くそっあのババア…もし余計な事をしていたら牢にぶち込んでやるからな。…ん? どうした? ああ、こちらの話だ気にしないでくれ。それよりも随分と遅い時間だしそろそろ切り上げて帰ったほうがいいぞ。…泊まりたいだって? 別に一瞬で送り届けられるから泊まる必要はないぞ。…どうしても泊まりたい? 仕方ないな…だが明日は朝早いのでそこまで面倒はみきれないぞ? …待て、それはまだ早い。私達は今日であったばかりで…お、おいやめろ落ち着け、床に魔法陣を書くな!! こらっアロナも楽しそうに書いてるんじゃない!! 全く、後で消しておいてくれ」
目の前の魔法陣と大きな胸を眺めつつこの名簿の事を尋ねる為に明日トリニティに行こうと考えた。
ワイルドハント芸術学院には魔女っ娘絵描きの白髪生徒がいるらしいです