かつてアビドスはゲヘナやトリニティに並ぶほどの大規模な学園であった。砂漠化や諸々の影響で縮小していき今のちっぽけな学校になったのだとか。アビドス砂祭もその時期には盛んに行われていたが詳細の情報等は記録として残っているだけで当時を知る人はもうアビドスには残っていないだろう。
初めてその存在を知ったのはホシノの家で一度破れたものを修復したポスターを見た時だった。ただ視界に映っただけで興味はなかったもののまさかこうなるとは夢にも思うまい。…今も教師を続けている方が想像もついていなかっただろうが。
「クックック…黒服先生、ちょっとお時間頂けませんか?」
「何ですか今感傷に浸っていたと言うのに。空気を読めない大人は嫌われますよ、黒犬」
漸く物語が進もうとしている中、タイミングの悪い大人こと黒犬が黒服の自室に入ってきてまた脱線してしまう。
「大丈夫です、話はすぐに終わります。簡潔に申し上げますと私はもう出て行きます」
「そうですか。悪事を働かないのであれば自由にして頂いて構いません。ただ貴方の場合ノノミが離してくれるのでしょうか?」
「当然と言えば当然なのですが…お嬢様が好きな黒服という存在は貴方であり私ではない。愛を注がれて強制とはいえその想いに応えても結局彼女が見ているのは貴方。…ここまで虚しい事があるのでしょうか?」
「…もしや貴方、ノノミに心から愛されたくなっているのですか?」
「それはあり得ません。腕力がない都合上良い様にされていただけなので。ただあれだけ濃密な時間を過ごしたにも関わらず心はずっと他の人に…と考えたら馬鹿らしくなりまして。『私だけの黒服先生』と言っておきながら姿が似ているだけの私で現実逃避をしている存在とはもう一緒にいれないです」
「成程。つまり貴方はノノミに愛されている私に嫉妬していると」
「…もうそれで構いません。とにかくもうこの場に訪れる事はないでしょう。今までご迷惑をおかけしました」
それだけ言うと黒犬は首輪を燃えないゴミに捨てて風呂場の扉から元いた世界線に戻って行った。…なんだかゲヘナの青髪生徒みたいな面倒臭い感じになっていたがどうでも良い事か。
「首輪か…」
「何を考えているのですか?」
「次の崇高…」
「崇高って言えば何でも許されると思ってませんか?」
「すまん」
黒犬が入ってくる前にユメ先生へ愛の土下座をしボコボコにされたマエストロが体育座りで落ち込んでいた。…何故かこの部屋で。しかも喋ったかと思えば変な事を言うし…何なんだこいつは? マダム化でもしたのだろうか?
「黒服よ、私はワイルドハントという学園に行ったんだ」
「急にどうしました?」
「まあ聞いてくれ。そこは凄い所だった。最初に出会った生徒が魔女っ子巨乳生徒だったんだ。私を見るや否や『マスター』と呼び始めて某聖杯戦争のような契約を交わした気分になったんだ」
「契約は私の得意分野なのですが?」
「勿論その生徒だけではない。百合の花を咲かせようとする生徒も前世の旦那を探している生徒も私の芸術を一番最初に理解してくれた助手も居たんだ。…だからなんだと言うんだ。私は最低な大人だ…」
急にテンションが下がって落ち込み出したマエストロを見つつ(黒犬と言いゲマトリアとはなんなんでしょう…)と考えてしまう。悪い大人の集団から変態異形集団に変わり果ててしまっている。流石に意識を改めた方が良いのでは?
「…すまない。そろそろ現実逃避はやめるべきだな。だがどうする事も出来ない問題に頭を悩ませているとつい…」
「そうですか。貴方も大変なのですね」
「私よりかは…そうだ、黒服から見てユメに変わった様子はあったか? 例えば吐血したり不意に意識を失ったりとか」
「ホシノの可愛さに倒れた時はありましたがそれ以外は特にないですね。…そうそう、マエストロの愛情表現と言いますか…感謝を伝える為に口付けをされた事もありましたよ。貴方何余計な知識を教えているんですか?」
「は? お前なに私の妻にキスされてるんだ? 殺すぞ」
「マエストロが教えなければされなかったのですが?」
「私がキスをされる為に教えたのに何故お前が恩恵を得ているんだ? 最悪だな」
「巨乳の生徒にうつつを抜かしてユメに愛想をつかれなければこんな事態にならなかったのではないでしょうか? 全てマエストロ自身の行いが招いた結果です」
「五月蝿い、如何に正論を並べようと私の妻とキスをした事実は変わらないだろうが」
「はあ、もう面倒なので喋らないで貰えますか? 冷静でない貴方と話していても疲れるだけなので」
「なんだと!? 大体お前はいつも…」とごちゃごちゃ言ってきているが無視してアヤメから貰った資料に目をやる。百鬼夜行内での出し物、アビドス内での出し物、そして合同で行う出し物等の規模をある程度予測して書いていてくれたり『黒先いつもお疲れ様!!』と隅に書いてあったりと色々と愛は伝わってくる。それぞれの自治区に移動に関しても『前にファーザーとか呼ばれてた気持ち悪い黒先が来た時みたいに裂け目みたいなのを一時的におけばいいかなって』と書いてもあり考えてくれているのを見るによく出来た生徒であると改めて思う。
「…何だか怒鳴り続けたら冷静になった。すまん」
「? ああ、それは良かったです」
資料を読んでいる間に放置していたマエストロが落ち着いていた。その後落ち着いた彼はひたすらユメに謝り続けで漸く許されたそう。その日の深夜には
『黒服、助けてくれ。○○○○○に0.1ミリ程度の穴が空いていて…』と謎の連絡が来たが無視した。今度こそ大人として責任をとってくださいね。
なんか…そろそろ重い話を書きたくなってきました