数秒身構えた後、ベア先生が先に動く。当然それに反応して黒い塊が襲い掛かってくるがそれを勢いを殺さないまま辛うじて避ける。そして無防備になった先生の顔に全力の一撃でぶん殴る。
「"っ…痛いね"」
「おや、思っていたよりも丈夫ですね。マエストロに魔改造されただけはありますね…っと」
背後に居る黒い塊の攻撃をバク宙をして避ける。頭がはじけ飛ぶ程の力を込めたのに原型を保ち鼻血を流す程度のダメージしか入っていない事に嫌気がさす。もう少しトレーニングでもしていればよかったと後悔しつつ再度身構える。
「"…どうしてこの塊達を殴らないの?"」
「私は貴方達と違って生徒を傷つける趣味はないので」
「"…大層な事で"」
今度は黒い塊が絶妙なコンビネーションを繰り出してきて徐々にスタミナを削られていくがそれでもベア先生は塊達を殴らない。彼女が暴力を振るうのは目の前にいる殺人鬼にだけだった。
「"そんな動きづらそうな服でどうして避け続けられるんだ…"」
「慣れているからですよ」
隙を見て近づき今度は顎の下から拳をぶつけ天井に向け吹き飛ばす。天井に頭が埋まる程の威力があったらしく先生は情けない姿を晒していた。
「随分と威張ってた割には大した実力派ありませんね。…それとも真面目にやってこの程度なのでしょうか? であれば謝罪しますよ」
「"…いいや、私はただの時間稼ぎだよ。戦う技術は持ち合わせていない"」
塊に天井を破壊してもらい助けられつつ先生はニヤッと笑みを浮かべる。
「"私はただの時間稼ぎさ。今頃ゲヘナにはマエストロが向かっている。『生徒を殺せる技術を持った』彼がね"」
「っ!? まさかそれを狙って!?」
「"狙ってはいなかったよ。だけどここで君を足止めすれば大事な大事なゲヘナ生が死んで失った人間の辛さが分かるか"」
その言葉を言い終える前に彼は頭を掴まれて窓から外に放り出される。その際にポケットに入れてた大人のカードが破壊されて粉々になっていた。然しそれよりも完全なる殺意をこちらに向けてくる『ベアトリーチェ』に恐怖を感じた。
「"ちょっ待っ…"」
彼女は何も言わず頭を掴み落下速度を活かして叩きつけようとしてくる。ジタバタしよにも力の差がありすぎて意味を成さない。
「死ね」
無慈悲に告げられた判決と共に先生の頭は潰れた。いくらゲマトリアに改造されたといえど元は人間なので不死ではない。砕け散った頭から黒い血がとめどなく流れ彼の命が止まった事を確認した。
「…ゲヘナに急がないと」
思わずヒナと保護されたであろうコユキの事よりも危機が迫っているゲヘナへと急いで向かった。これ以上悪い大人の思う壺にしてはいけない。
「よう、遅かったな」
ベア先生が辿り着いた頃には校庭に積み重なる死体の上に座って見下ろしてくるマエストロが居た。
「…私の生徒が…」
「やり直せるんだろ? ならいいじゃないか。…こんな奴らが死んだってな」
「…それ以上喋らないでくれますか?」
「なぜ怒る? 先程先生にやり直せると説得していたでないか。同じ言葉を返されて同じ返答をするのであればやはりマダムの言葉に説得力はなかったのだろう」
その指摘に何も言葉を返せず血が滲む程に力を込めて拳を握る。冷静になろうとするが我が子のように可愛がっていた生徒の光のない眼を見た途端、理性は吹き飛んだ。醜い化け物に変貌し異常に発達した爪で狂気染みた芸術かぶれの人形を切り刻もうとするがあっさりと避けられた。
「やめろ。私達はゲマトリアである以上互いに死という概念に囚われていない。戦うだけ無駄だ」
「黙レ!!」
「…美しくないな。やはりお前は醜い。初めて出会った時からずっと醜くて仕方がない。良いだろう、その喧嘩を買ってやろう」
怒り喰らうベアトリーチェと苛ついた様子で武器を構えるマエストロ。長きに渡る因縁の戦いが始まった。
一方、ミレニアムの保健室で目覚めたコユキはヒナに担がれてゲヘナへと向かっていた。
「…改めてミカさんを助けてくれてありがとうございます、ゲヘナの偉い人!!」
「礼には及ばないわ」
「…でも格好つけて死にぞこなったのはちょっと恥ずかしいですね…にはは…」
「格好つけて死んでも残された人が悲しむだけよ」
「にはは…いっ!? もう少し優しく運んでください!!」
「無茶言わないで。…はあ、だからもう少し安静にしてから行こうって言ったのに」
「ごめんなざい…でも、どうしても今ゲヘナに行かないと二度とミカさんに会えない気がして…」
「…そうね」
ヒナにも気がかりな事はある。それは先程物凄い音が響いてからマザーからの連絡が何一つとしていない事。音が鳴った場所に向かうと頭を潰された無残な死体があったので余裕で倒したと確信しているが…何処に行ってしまったのだろう?
(嫌な予感がするわね…急ぎましょう)
時々浮遊しつつコユキの傷が開かない程度の速度で駆けていく。…嫌な予感が的中しないように祈りながら。