『どうしてずっと起動してくれなかったんですか!?』
端末を起動するなり生意気なOSが顔を青ざめて話しかけてくる。どうやら彼女も乱心したマエストロの件を把握しておりいち早く起動して欲しかったのだろう。
「私の携帯に連絡をすればよかったのでは?」
『…あっ。ってそんな事よりも大変なんです!! マエストロ先生が!!』
「ええ、知っていますよ」
『知って…ってえぇ!? なんで落ち着いていられるんですか!?』
「焦っても仕方ないでしょう。それで…本題に入りますがこの状況をどうにかする方法ってありませんか?」
『ありますよ』
画面越しに彼女は3の指を見せつけるように近づけてきて『3つあります』と言った。
『一つ目は『原因となった生徒を居なかった事にする』です。今回だとマエストロ先生のユメさん、でしょうか? 彼女の記憶を貴方以外の人から消して存在しなくすれば何もかも上手くいきます』
「……」
『次に二つ目、『システムの箱を使用して全てなかった事にする』です。ただし権限を持っている方が何処にも居ないので果てない時間をかけてハッキングしてもらいます』
「ふむ…」
『三つ目、『貴方を犠牲に不満を解消して全て元通りにする』です。この方法ならユメさんもシロコさんの寿命問題も解決します。ホシノさんの夢も叶うでしょう』
「…それ以外にはないのですか?」
『現時点で思いつくのはこれくらいです。探せばほかの方法もあると思います』
「そうですか…」
彼女の話を聞いて考える。一つ目は論外だ。ユメの生きた証を消すなんて真似は出来ない。彼との約束もある以上この選択をするのはあり得ない。
二つ目が一番の理想だろう。問題は解析にどれほど掛かるのかの見通しが取れない事が問題だろう。死んでしまった生徒の供養でマダム達の精神が壊れてしまう可能性だってある。
三つ目は…充分選択肢に入る。ホシノと離れなければいけないのは少々心が痛むが彼女も依存体質から徐々に脱却しつつある。隠居のようなものと考えれば悪くはない選択だろう。
「ありがとうございます。一度考えてみますね」
『分かりました』
システムの箱の電源を落とし一息ついてゲヘナへ戻った。…血生臭い環境に戻って来た事でなんだか空気が重く感じる。
「あ、先生!! 一緒にベアさんを止めて!!」
「ホシノ?」
偶然にも居合わせたホシノが見ている先にはヒナが全力で引っ張って足止めしようとしているが少しずつでも歩みを止めないマダムの姿が見えた。せっかく治療したばかりの傷が開き再度血が溢れても彼女は止まらない。
「マダム、何を急いでいるのですか?」
「…全てをやり直すんです。1からやり直してこんな悲惨な状況にならないようにまた始めるんですよ」
「…そうなると貴女も彼女に会おうとしているのですか?」
「何故それを知って…いえ、知っているのであれば猶更止めないでください。私にはそれしかないんです」
どうやらマダムと彼女は面識があるようだ。ならばマダムはきっと…
「犠牲になろうとしていますね」
「……」
「沈黙は正解とみなしますよ」
「…そうです。私は命を投げうってでも彼女たちの日常と笑顔を取り戻さなくてはいけません。…勿論マエストロの妻、他の世界の子達も含めて」
「誰も犠牲になる必要はありません。ここは私に任せてその傷を治療する事に勤しむべきです」
「ですが…!」
「…アビドスを、ホシノを任せましたよ」
「っ!? 貴方まさか!?」
目を見開いてこちらの肩を掴もうとするマダムはヒナに引っ張られてバランスを崩し倒れこんだ。その傍にはこちらを不安そうに見つめているホシノがいる。そんな彼女にっ向けて軽く微笑んでその場を離れて自分が行くべき所へ向かう。…覚悟は決まった。ホシノが生きる世界を守る為に私は犠牲になろう。…きっと他の良い方法があるのかもしれない。それでもこの結末を迎えてしまったのは私の責任もある。昨日電話をしてくれたユメに会いに行っていれば避けられたかもしれない。それ以前にシステムの箱で覚醒後のデメリットをどうにかすればよかったのかもしれない。考えてもきりがないが考えずにはいられない。
「ならばせめて…生徒達が悲しむ事がない世界の為に…」
と自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ彼女の元へ赴いた。
「来ちゃいましたか…良いんですか? ここから先はRPGで言うラスボス戦のようなものですよ? やり残したこと、複線の回収等はしなくてもいいのですか?」
「もういいのです。覚悟が揺らぐ前に終わらせましょう」
そう言って彼女に手を伸ばす。椅子に座っていた彼女はこちらの手を握るため近づいてきた。何かを理解したのかこちらに手を伸ばしてくる。
「本当に…いいんですか?」
「くどいですよ。早くしてください」
「…分かりました。では…行きましょうか」
彼女に連れられて向かった先は白い砂浜。小さな椅子に腰を降ろして暫く待っていると一本の電車が来た。
「では乗りましょうか、黒服先生」
先に乗り込んでこちらに手を伸ばす彼女に続こうとした矢先、何かが目の前を通り過ぎて…彼女を吹き飛ばした。
「…やはり来てしまいましたか」
「当然でしょ? 私はずっと先生と一緒に居たいんだから」
そう言って凛々しい表情をした彼女…ホシノは優しく微笑んだ。