一般日本人が転生する話。   作:あうん

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初めて小説を書きました。主人公の思想が強いです。


米のない世界に転生したら正気を保てる気がしない。

 転生した。何かよく分からないが、赤ん坊になっている現状を見るに転生したのだ。

 

 前世生きた時代よりも幾分か昔のようだがどうやら日本に生まれたらしい。若干古めかしい日本語が聞こえるし、部屋は和式で、母であろう人物は着物を着ている。それに、食べている物が明らかに和食であった。 突然全くの知らない世界に放り投げられ、初めは絶望していたものの、和食が食べられるのならば、元日本人としては言うことはない。美味い飯があれば人生何とかなるはずだ。

 

母が俺を抱えながら朝食をとっている。ほかほかのご飯にふわふわの白身魚、つややかな漬物にいい匂いのする味噌汁。新鮮な野菜についた水滴が美しい。理想的な和食だ。それをよこせとギャン泣きするも母が私の口に近づけるのは乳房である。違う! これではない!!! 乳を口に押し付けられ反射的に吸い出す己の赤ん坊根性が憎い。母の乳は味気ない。現代日本で肥えに肥えた我が舌のなんと強欲なことか。美味い飯を食べる母に段々と殺意が沸いてきた。

しかし赤ん坊の今は乳しか食えぬので仕方あるまい。

全く本当に羨ましい妬ましい。こんなにもいいにおいがするのに! 

ああ……こう考えるのはどうだろう。耐えれば耐えるほどに、いざ和食を口にした時の喜びは如何程か。想像するだけで涎が止まらなくなる! 今は耐え忍ぶ時なのだ……。

今は将来を夢想することだけが心の慰めだった。

 

首もそろそろ座ってきた。母は相変わらずに乳を与えてくる。

俺はこの世に生まれて未だ母以外を見たことがない。この世は母と自分二人っきりであるかと思えば、そうでもない。

外の誰かが食事を襖の外に配膳することは分かっている。声は聞こえるのだ。奥様、お食事のご用意ができましたよ、と。この部屋を閉じている襖の先に食事が置かれているのだと思った。だから、母が食事を取りに襖を開いた瞬間廊下ぐらいは見えるだろうとも思ったのだ。が、母の襖の開閉速度の速いこと速いこと。目の錯覚かと思ったわ。母が襖に近付いたと思った、瞬きのない間に部屋の中に食事が用意されているのだから。もはや襖を通して食事を運んでいない可能性もある。この家は手品師の家か? 常に手品をしなくてはならないとか? 変な家である。

 冗談はともかく外にいる人の姿を確認できたことは1度もない。

 母は付きっきりで世話をしてくれている。

 乳を吸わせ、背中を叩いてゲップをさせて。泣けばあやし、下を履き替えさせ、体を洗ってくれる。眠そうな時は子守唄を歌ってくれる。そして常に微笑みを絶やさない。

 そんな完全無欠で手品師の母のトイレに立つ姿を見ないし風呂に入るところも見たことがない。のに、母の髪も肌も服も変わらず美しいままであった。部屋も薄暗いが汚れた様には見えず埃一つない。

 己の排泄した物がどこに消えたのかもわからないし俺の体を洗う水がどこから湧いて出てきてどうして畳が濡れないのかも謎である。手品師でないならなんだと言うのか。

 俺が寝入ってる隙に全てを片している可能性はある。が、果たして世の母というのは、赤ん坊が起きている間全ての生理的欲求を忘れて子育てに専念できるものだっただろうか。この世界では違うのか? 

 俺の疑問も人知れず常に母は優しげに微笑んで、俺の世話を細やかにするのだ。

 

 

「ほらイズナ。お兄さんが会いに来てくれましたよ。マダラも早くこちらにいらっしゃい」

 

襖の隙間からこちらを伺っている幼子を見ながら母はそう言った。今まで母と俺だけの世界に新たな人間が爆誕した。

まあにしても、俺に兄がいたとは。襖の奥をチラチラとマダラ越しに見てみると普通に木造の廊下だった。なんだつまらない。

マダラは、母の言葉におずおずと寄ってきて近くに座り、俺をじっと見つめ始めた。

幼稚園児並みの子供だった。

不安気で可哀想に思える程緊張した表情。

 

「……」

「……」

「抱っこしてみますか?」

「えっ」

 

母は赤ん坊の抱きとめ方を説明した後、マダラに俺を差し出した。マダラは慌てて俺を抱き抱える。危なっかしい手つきであるものの何とか無事抱きとめた。俺はできるだけ落っこちても大丈夫なように身を縮めた。

 

「あなたの弟ですよ。マダラ。イズナと言います」

「おとうと……イズナ……」

 

私の顔を覗き込むようにしているマダラは母の言葉を反芻した。抱かれている腕に力が入ったのが分かった。マダラの強ばった表情が和らいだことにも。

 

「俺がお前を守ってやるからな」

 

随分大それたことを言う。兄というものはそうゆうものなのだろうか。俺は幼子のいたいけな宣言に、必殺赤ん坊の愛想笑いを浮かべるのであった。

 

それからたまにマダラと会う時間が設けられた。

 

 

 生まれて早数ヶ月。歯も僅かではあるものの生えてきた。

 今まで俺は暇で食事を見せつけられながら乳を吸わされる拷問に襲われていた。さながら無間地獄のごとく。だがそれも今日で終わり。

 

 離乳食デビューである。

 

 始まりは襖の外の人間と母の言い争いであった。締め切った襖越しに女が母に訴えていた。

 

「そろそろイズナ様も、お乳だけでなく別のお食事が必要になる時期ではありませんか」

「必要ありません。イズナには十分な栄養を与えています」

「いつまでもお乳だけをあげるわけには行かないでしょう」

「必要ありません。私がイズナのことを一番分かっているのです」

 

 分かってねーよ! 分かってんならせめて味噌汁ぐらい飲ませろ! 

 そこからあーだこーだと糠に釘、暖簾に腕押しな母乳絶対思想に固執する母に俺はうんざりし始めた頃、現れたのは男タジマである。

 初めて男の声を聞いた。まさか父? 

 ともかく、偉い立場の人間であることは向こうの女の「タジマ様!?」とやたら驚いた声やら、母の女と話すよりも若干かしこまった話し方に察せた。

 言い争いに駆けつけたタジマは、母になにやら小声で言って、

 

「……承知致しました」

 

 離乳食ゲットだぜ! ありがとう偉い人! 

 

 ということで、今日はついに離乳食を食べる運びとなった訳だ。

 母が匙からすくい上げた半透明の液体。蝋燭の光を反射して宝石のようにも見える艶やかなそれ。匙が我が口元へ寄ってくる。私は母に言われるまでもなく大きく口を開いた。さあ! 来い!! 

 

 舌に触れる。

 

 嗚呼。薄味である。食感など無いに等しい。だがそれがどうした。これぞ和の極み。日本の魂そのもの。

 

 ……米だ。

 

 俺は今生初めての米の味に打ち震えた。幸せの味だ。前世では米はありふれるほどにありふれていた。前世でこれほどの感動を経験したことはなかったように思う。そう思えば、この世界に生まれ落ちてよかった。こんなにも美味いと、純粋に食に喜びを感じたことは前世ではなかった。

 今生は乳だけの人生で文句ばかりたれてきたが、母の乳も悪いものではなかったと今では思える。己はなんと親不孝な子であっただろうか。無償の愛を絶えず与えてくれた母には感謝の念に堪えない。大きくなったら孝行しよう。あとタジマにも。

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