一般事務員オペレーター   作:オニギリムシ

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第1話

「――というわけで、後はお願いしますね」

「分かった。ありがとうアーミヤ」

 

頭を下げ、部屋を出ていく長耳の少女、アーミヤを()()は見送る。

さて、仕事仕事……仕事かぁ……

 

「もうしたくない」

「ドクター、まだ終わってませんよ」

 

となりの秘書が微かに、いたずらっ子のように笑ってそんなことをしてくる。

 

「アーミヤの物真似はやめてくれ」

「なら言われる前に全部終わらしてください」

「えっこの量を?」

 

目の前の高層ビルのジオラマのようなものを見ながら、私は肩を落とす。

やれやれ……鬼悪魔CEOめ、これはどう考えても一人でする量では――そこまで考えたところで、その考えを自分で否定する。

私には秘書がいるではないか、と。

 

「なあ」

「言われなくとも、お手伝いしますよ、ドクター」

 

そう言って、朗らかに笑う秘書。

私は笑みを返して、お礼を言う。

 

「ありがとう。君がいれば何でもできる気がするよ」

「嬉しいお世辞、ありがとうございます。では、やりましょうか」

 

世辞ではないんだが、と苦笑してしまう。

 

本当に、君がいれば何でもできる気がする。

 

 

 

 

 

「あ”あ”ー……やっと終わった……」

 

窓の外を見てみれば、明るかったあの空が黒の絵の具を塗りたくったかのように暗闇に染まっていた。

いや、流石に多すぎないか?そう思わないわけではないが、アーミヤや、他の者も同じくらいの量をしているわけだし……ううむ。

それより気掛かりなのは、彼女だ。

 

「すまない、こんな時間まで付き合わせてしまって」

「気にしないで、これが仕事だし」

 

彼女の口調で、仕事が終わったことを実感する。

勤務中は敬語、外は口調を崩す。

しかし仕事とはいえ、彼女の時間を奪ってしまったことには変わりはない。

 

「お礼として何かあったらいいんだが……あ、クッキーならあるぞ」

「それは他の人のでしょ。奪うようなことはしたくないわね」

「ううむ……ならば何がいいだろうか……」

 

あーでもないこーでもないと頭を悩ませる私を見て、また彼女が笑う。

 

「そんなに面白いか?」

「んー?面白い。そんな真面目に考えなくていいのに」

「だがな……」

「じゃ、また遊びましょ。また明日ね」

 

彼女はそう言って、荷物と書類を持って部屋を出ていってしまった。

扉を閉める直前で私は待った、と止める。

 

「どうしたの?」

「その……また明日。おやすみ」

 

……ただ挨拶を返したかっただけだが、これもハラスメントになるのだろうか、なんて、変な考えをしながらそう言った。

 

「うん、おやすみ」

 

彼女は笑って、そう返してくれた。

 

 

 

 

 

彼女と出会ったのは、チェルノボーグで目覚めて、様々な経験をした後の頃だった。

……思い出すだけでも恥ずかしいが、あの頃の私は少し……いや、かなり追い詰められていた。

 

「おえっ……」

 

それはもう、トイレで盛大に吐くぐらいには。

見せられたものではない、特にアーミヤ達には。

 

私は、ドクターなのだから。

 

ケルシーが見れば、怒るか軽蔑するか、それとも笑うか……

そんな戒めや自嘲をしながら、私は自室に設置してあるトイレに顔を突っ込む。トイレの扉を全開にして。

そして思い出す。この手から零れ落ちていった者達を。

 

「……うっ」

 

そして、また吐き出す。

胃のものを吐き出したところで、記憶も、罪悪感も、苦しみも同じように吐き出されるわけがない。

しかし、吐くしか()()でいられなかったのだ。

記憶喪失の私は過去の自分にも追い詰められている。

過去の私は冷酷な奴だったらしいが、有能でもあったらしい。

ならば、過去の私になら――

 

「――」

 

吐く。

何を馬鹿なことをしているんだろう、という自覚はある。

辛いことを自分で思い出して、それで傷ついて……こんなことをしている暇があったら仕事をしなければ、そう思い、口を拭って立ち上がろうとする。そこで気付いた。

後ろに誰かいる。

アーミヤか?それとも……いや、誰であろうと問題には変わりはない。

どうにかして忘れてもらわなければの一心で上げていたバイザーを下げ、立ち上がり、振り向くとそこにいたのは――

 

「……あ、すいません、大丈夫ですか?」

 

――あまり見たことのない顔の女性だった。

戦闘オペレーターではないのは確かで、ロドスの廊下で一、二度通り過ぎたくらいは憶えている。

しかし何故、彼女がここに?

そう思いながら、彼女の問いに答える。

 

「すまない、昨日の夜に少々飲み過ぎたようだ」

「そうですか」

 

私の嘘に納得したかのように頷く彼女。

 

「失望したか?上司が仕事もせず、この体たらくで……」

「いえ、そういうこともあるでしょうというくらいです。ドクターも()ですし」

「……人か……ああ、出来ればアーミヤや、ケルシー達に言わないでくれると嬉しいんだが。怒られて仕事を増やされるかもしれない」

 

おどけてそんな風に言うと、彼女は笑って頷く。

助かった、バレてしまえば酷いことになるのは目に見えている。バレるのが本当の方だろうと、嘘の方だろうと。

トイレから離れ、私は自分の椅子に座る。

 

「それで、君の要件は何だ?急ぎの書類でもあったか?」

「ああ、特に急ぎではないのですが――」

 

彼女が持ってきた書類に目を通し、必要があればハンコやサインなどをして返す。

 

「これでよし、か?」

「ええ、ありがとうございます」

 

彼女は頭を下げて受け取る。

一応、他の要件もないか聞いてみる。ジョークも忘れずに。

 

「他に聞きたいことはないか?プライベートなことでもいいぞ。答えるかは別だが」

 

それがいけなかった(よかった)

 

「では、一つだけ」

「なんだ?」

 

「何故吐いていた時、ごめんなさい、と謝っていたのですか?」

 

聞かれていた。最も聞かれたくないことを、目の前の女性が。

咄嗟に、否定しようとした。だがそれでは怪しまれてしまう。だから嘘を考えた。

吐いて仕事ができないことを、ここにいないアーミヤ達に。よし、これで行こう。

だがその考えた言葉は形にならなかった。

言えなかった。何故?それは――

 

「――おぇっ」

「えぇ!?大丈夫!?」

 

私は吐いてしまった。

バイザーを外すこともなく、どんどん、次から次へと。

そんな醜い光景を、彼女は見過ごすことなく、介抱してくれた。

汚れることも気にせず、バイザーを外し、トイレまで連れて行き、背中をさすってくれた。

途中で「医療オペレーターを連れてきます」と言って離れようとしたが、私が彼女の袖を掴み、「誰も呼ばないでくれ」と懇願すると、行かないでくれた。

 

 

数分後、私は彼女に頭を下げていた。深く、顔を合わせられないほど。

 

「申し訳ない、君の衣服や肌を汚し、迷惑を掛けてしまうなんて……!」

「別にこれくらい気にしませんよ。それに謝るのは私です」

 

私の謝罪を軽く受け流し、逆に頭を下げる彼女。

 

「吐くほどの事だったとは、軽率でした。申し訳ございません」

「あ、頭を上げてくれ!悪いのは私なんだ!」

「いえ、傷ついたのはドクターなんです、私があんな事を聞かなければ……」

「いやいや、悪いのは私で……」

「いえいえ……」

「いやいや……」

 

お互い譲らず、いえといやの応酬は続き――

 

「……ぷっ、あははははは!」

 

――どちらと言わず、二人で噴き出してしまった。

 

「ふふっ、やめましょうか、どちらが悪いかなんて。終わらないか、笑い死ぬかしかないわ」

「ははっ、そうだな」

 

私達はひとしきり笑った後、掃除を始めた。

汚れた服は使い捨て手袋を付け、ゴミ袋に汚物を払い捨てた後、置いてある洗濯機に入れて洗う。

仲良くもない人間と一緒に洗うのは嫌がるかと思い、分けて洗おうかと提案したが、彼女は問題ないと言ってくれた。

運良くと言えることは、彼女の衣服が汚れたのは上着だけだったため、彼女が多く服を脱ぐ必要が無かったことくらいか。

 

長くはかからず、掃除はすぐに終わった。

私は新しいコートを着て、彼女に話しかける。

 

「悪い、長く時間を取らせてしまって……書類も持って行かなければならないというのに」

「いえ、大丈夫ですよ。書類も急ぎではありませんし」

「……別に敬語でなくとも大丈夫だぞ。気が楽な方でいい」

「勤務中とそれ以外では切り替えたいので」

 

そう言う彼女は微笑む。……笑う顔が似合うな、君は。そう、思った。

そうだ、と思い出したかのように私は彼女にお願いする。

 

「もう一度言うが、他の者には……」

「分かっています。……ですが、一度誰か……信頼できる方とかに吐き出した方がいいですよ。心の何かを吐き出せるのは、人に対してだけですからね」

 

心の何かを吐き出す……彼女の言う通りだ。

なら……なら……と。

それを聞いた私は、つい、言ってしまう。

 

「君じゃ、駄目か?」

「え?」

 

それを聞いた彼女は、呆気にとられた顔をした。

言った後に私は自身がおかしなことを言っていることに気付き、すぐに謝罪する。

 

「突然すまない、忘れてくれ。困るだろう、今日会話したばかりの男の愚痴を聞くなど……」

 

だが、彼女は……

 

「いいですよ。私でよければ」

 

そう言って、笑ってくれた。

 

そこからは早かった。

起きてから、よくも分からず行動し、恐怖や不安、後悔を抱えながら今まで過ごしてきたこと。

周りには()()()()でいなければならなかったこと。

吐くことでしか、私が私を感じられなかったこと。

いろんなことを吐き出した。

だが彼女は嫌そうな顔を一つもせず、ただ、聞いてくれた。

 

一通り吐き出した後、私はどことなくすっきりしていた。

 

「ありがとう、聞いてくれて。気が楽になった」

「逆に、聞くことしか出来なくて申し訳ないんですが……」

「いいんだ。()を見せられるのは君だけだから」

「そうですか」

 

彼女は微笑みを浮かべ、私を見る。

その微笑みは、慈愛で出来ていた。

 

「……さて、残りの書類を片付けなければ。このままじゃ、寝る時間が無くなる」

 

そう言って、彼女に下がっていいと伝えようとすると、彼女が口を開く。

 

「良ければお手伝いしましょうか?」

「いや、ここまで世話になったのに、これ以上迷惑を掛けるには……」

「大丈夫ですよ、急ぎの仕事はありませんから」

「だが……」

 

どうにかして彼女を帰そうとするが、

 

「一人で出来るんですか?この量」

「ぐっ……」

 

私の机に重なっている書類の束を見ながら言われてしまえば、拒否は出来なかった。

 

「……お願いしてもいいか?」

 

そう乞えば、彼女は頷いた。

 

 

 

 

 

窓の外を見てみれば、明るかったあの空が黒の絵の具を塗りたくったかのように暗闇に染まっていた。

それほどになるまで、我々二人は書類を片付けていたのだ。

肩をボキボキ鳴らしながら、私は背伸びをする。

 

「あ”ー、やっと終わった……」

「毎日これくらいやってるの?多くない?」

(みな)もやっていることだ、私だけが音を上げられないさ。それよりも、口調が……」

「時計を見たら、もう働く時間が過ぎてるからね」

「なるほど……す、すまない!」

 

また私は謝罪する。今日だけで、一週間分は謝ったのではないか。それぐらいに。

 

「いーの。私がしたくてしてるだけよ。これでポイントもアップして給料アップよ」

「……冗談だよな?」

「あなたが本当に給料を上げなければ、ね」

 

上げた方がいいのか……?

頭を抱えそうになると、彼女が噴き出す。

 

「そんなに真面目に考えなくてもいいわよ。もう、偉いわね」

「偉い……」

 

ただの褒め言葉だが、今の私には全身に沁み込むほどの温かさを帯びていた。

その言葉に浸っていると、彼女は持ってきた書類をまとめ、部屋を出ていこうとしていた。

扉を開ける瞬間、彼女は振り向いて、

 

「おやすみ、またね」

 

と言ってくれた。

私は椅子から立ち上がり、近付く。

そして――

 

「また、手伝ってくれると、嬉しい。おやすみ」

 

――見送った。




モブ事務員オペレーター:ただの事務員。ちょっとメンタルが強い。名前はドクターには言ったけど書く必要はない。モブだから。作者はオペレーターって言っていいのか分かってない。
ドクター:メンタル死にかけ。吐いてる。でもモブオペと出会ってから吐いてない。モテる。モテモテ。
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