一般事務員オペレーター   作:オニギリムシ

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第2話

彼女と出会ってから数日が経った。

私の周りは大きく変わることはなかった。お願いした通り、彼女は黙っていてくれたのだろう。

大きく、つまり少しだけ変わったことがある。

それは、また彼女が関係している。

 

「……あ、おはようございます」

「おはよう」

 

それは会話だ。

今までは会っても会釈程度だったが、今では挨拶をしてくれるようになった。

 

「今日はいかがしましょう。手伝いましょうか?」

「いや、まだ大丈夫だ」

 

世間話も。

何故だか分からないが、彼女と会話すると心が安らぐ。

 

「そうですか。では、また」

「ああ、また」

 

それはきっと、私の心を見せた唯一の人物だからだろう。

私はそう言って、手を振り通り過ぎたのだった。

 

……さ、仕事の時間だ。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

書類の山はやってもやっても消えない。実質これがイェラグなのでは?白いし。

そんな一部の人に知られたら殺されそうなことを考えながら作業を進める。

大変なことに変わりは無いが、これにも変化が起きた。

それは吐き気によって邪魔されなくなったことだ。つまり、気が楽になっているというわけでもある。

一度、それも関わりが無かった女性に抱えているものを吐いただけなのに、ここまで楽になるとは……会話とはすばらしいものだ。

……まあ、アーミヤ達に話せないのは変わりないが。

 

そんなこんなで仕事をしていると、ふと時計を見たくなった。

時計の針は既に昼の時間を指していた。

それを認識した後に、私がお腹が空いていることに気付いた。

どうしたものか……と頭を悩ませる。医療オペレーターには適切な食事を取るために食堂へ行けと言われているが、そんな時間は……

いや、正直に言えば、ぼろを出したくないがために行っていないだけだが。

 

「さて、こういう時は……」

 

執務室は自室と繋がっており、自室には小さいキッチンも置いてある。

そこで私はやかんに水を入れて、沸騰させる。

その間に袋麵を取り出し、開ける。

ピューっとやかんが沸騰した音が聞こえたので、火を止め、袋麵と調味料を口に入れる。

そしてやかんを上にして、口に注――

 

「何やってるんですか?」

 

――ごうとしたが、後ろから聞こえた声で中止せざるを得なくなった。

振り返ってみれば、そこには()()がいた。

 

「何故ここに?」

 

彼女の正確な位置は執務室のため、侵入はしていないため注意は出来ない。そもそもしないが。前のトイレの時もセーフだ。

私の質問に彼女は仕事の時の口調で、手に持っていた資料を見せながら答える。

 

「お仕事、です。何故かまた私が運ぶことになりまして」

「なるほど……すまない、そっちの机に置いといてくれないか?今から昼食なんだ」

「……昼食?」

「そうだ」

「ひとりでできるもん拷問編とかでなく?」

「違うぞ。あとそれはひとりでできるの意味が変わってこないか?」

 

まあ、これを見て驚かなかったのはケルシーぐらいなものだからしょうがないが……

 

「そんなことをしなくとも、食堂で食べればいいのでは?」

「うっ……」

 

彼女の言葉は全くもってその通りなのだが、私は言葉に詰まってしまう。

その様子の私を見て、ああ、と何か納得したかのように声を出す彼女。

 

「申し訳ありません、また無礼を……」

「きゅ、急になんだ?」

「いえ、行きづらかったんですよね、食堂に。今は人が多いですし」

 

彼女はそう言って頭を下げる。

前のことを憶えていてくれたんだろう、あまり他の者と顔を合わせたくないことに気付いてくれたようだ。

 

「ありがとう、気遣ってくれて。大丈夫だから頭を上げてくれ」

 

そう言うと彼女は頭を上げる。

 

「だが、食堂の方がいいに決まっているのは確かだ。ちゃんとした栄養を取れとも言われているし……」

「そうですか……」

 

彼女はふむ、と何か考え始めた。

数秒後には顔を上げ、

 

「良かったら持ってきましょうか?ご飯」

 

と提案を私に出した。

 

「なっ、そこまでしてもらっては……」

「では行きますか?食堂に」

「……」

 

その提案に申し訳ないと感じて、拒否しようとするが、彼女の言葉に言葉が止まってしまう。

 

数秒間考え、私は渋々頼むことにしたのだった。

 

 

彼女が部屋を出て数分後、二つのお盆を持って帰ってきた。

 

「はい、今日はカレーらしいわよ」

「二つ……君もまだ食べていなかったのか?」

「書類を渡したらそのまま食堂に行く予定だったのよ」

 

そう言いながら彼女はお盆を机に置く。

 

「……そういえばここで食べてもいいかしら?駄目なら出ていくけれど……」

「居てくれるのか?」

「え?居ていいの?」

 

彼女は目を見開き、驚いたように声を出す。

 

「あんまり他の人と居たくないみたいだし、拒否されるかと思った」

「君なら、いいんだ。私の心を見た君なら」

 

そう言うと、彼女は驚いた顔をして、その後に呆れた顔になった。

 

「そういうことをぽんぽん言うから貴方は……はぁ……」

「ええっと……すまない?」

「いえ、大丈夫よ。じゃあ、そこの机借りるわね」

 

来客用の椅子と机に座って彼女は食べ始めた。

今更かもしれないが、食事中は敬語を外すんだな。ということは、食事は仕事の内に入っていないと。いや、まあそれはそうなんだが。

 

「……んぐ。美味しいわね。よく美味しい料理を立て続けに出せるわね。ロドスに就職してよかったわ」

「……そういえば、君は何故ロドスに?言いたくなければ言わなくてもいいが……ん、美味い」

 

食事中の話題として、何となく浮かんだ疑問を彼女にぶつける。

うーん、と彼女はスプーンを見ながら、

 

「言っても怒らない?」

 

と悩むように言った。

 

「怒らないさ」

 

私はきっぱりとそう答える。

すると彼女はじゃあと言って言葉を続けた。

 

「一つじゃないけど……一番は給料が良かったからね」

「そうなのか。だがロドスより良さそうな場所はありそうだが」

「そう考えたけど、ロドスは仕事の関係上、いろんなとこに行くから、運良く休みと合わさればタダで旅行できるでしょ?衣食住も揃ってるしね」

 

なるほど、理にかなっている。私はそう思う。

 

「ま、こういう理由だから大きな声では言えないけれど」

「バレたとしても早々怒る者はいないだろう。それに他にもいるはずだ、似た考えの人は」

「そうかしらね……」

「感染者に偏見があるわけでもないだろう?じゃあ大丈夫だ。多分」

 

私のその言葉に「曖昧ねー」なんて笑う。

その後も楽しくお喋りしながら食事をしたのだった。

 

 

私達はほとんど同じタイミングで食べ終えた。

じゃあと言って彼女は私の分のお皿とお盆を持って部屋を出ようとする。

だが出る前に、何かを思い出したかのように振り返って私を見た。

 

「ご飯、美味しかったですか?持ってくる時に美味しかったかどうか聞いてくれと厨房から頼まれたので」

「ああ、とても美味しかったと言っておいてくれ」

「分かりました。それと……」

 

彼女は一拍子置いてこう言った。

 

「今日、ホントに手伝わなくていいの?」

 

敬語ではない、仕事の感情を抜いた彼女自身の言葉で、そう伝えられた。

 

「……頼んでも、いいか」

 

私はその言葉に抗うことは出来なかった。したく、なかった。

 

 

 

 

 

ということで今日も手伝ってもらうことになった。

出来れば彼女の手を煩わせたくなかったが、それはそれとしてやってもらうのは嬉しい。

食器を返して戻ってきた彼女が書類の振り分けをしてくれている。

 

「ありがとう、また手伝ってくれて」

 

私は書類を片付けながら彼女に礼を言う。

 

「いいんですよ。というか毎回手伝ってくれ、と言っても構いませんよ」

 

彼女は笑いながらそう返す。

それはありがたいが、君の仕事は?と聞けば、

 

「ここでも出来ることですから」

 

と本当に何事もないかのように答える。

それならいいが、とは思うが同時に申し訳なくも思う。

だが彼女はこうも言った。

 

「また手伝ってくれると嬉しい……貴方が言ったんじゃないですか」

「それは……そうか」

 

まさかあの言葉も憶えてくれていたとは、と私は心に熱を帯びる。暖かい熱だ。

 

「いつでもお手伝いしますよ。上司ですし、それに」

「それに、なんだ?」

()()を知っているから」

 

私を、知っている。ドクターではない私を。

つい頬が緩む。バイザーが無ければ見られていただろうその顔はきっと、気持ち悪いだろう。

だが、それはとても心地よいものだった。

きっと、()を受け止めてくれるのは彼女だけだ。

他の者よりも圧倒的に関わった時間は短いが、それでも彼女の存在や言葉に、心地よさを感じていた。

 

「ずっと、居てくれたらいいのに」

 

ただ、心地よすぎて頭に浮かんでいた言葉がつい口から出るのはいけない。

私は慌てて取り消そうとする。

 

「い、いやもちろん一人で出来た方がいい。頼りきりはいけないのは分かっているからいずれは頼らないようにする……」

「……別にそれくらいではハラスメントにはなりませんよ」

 

私の考えていたことは案外バレやすいらしい。

 

「そ、そうか……」

「あと、いいですよ。多分いつでも居れますから私」

「そうか……は?」

 

彼女は何ともないようにそう言う。

私は震えながら、彼女からその言葉の真意を探る。

 

「つまり……秘書をやってくれるの、か?」

「ええ。一番当てはまりやすい言葉はそれですかね」

 

私はこの時、目覚めてから今までの中で一番驚いていたかもしれない。……流石に、言い過ぎだろうか。

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