一般事務員オペレーター   作:オニギリムシ

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第3話

秘書。

それは私の特権の一つ。

オペレーターを指名し、相手が了承さえすれば書類仕事などを私のいる執務室に居座って手伝ってくれるというもの。

しかし私は秘書を取ることはなかった。

理由はもちろん、万一にでも()がバレてしまうといけないため。

そういうことで、私が秘書を取ることは一生ないだろう。

 

「あのー、これここに置いてもいいですか?」

「あ、ああ」

 

目の前の彼女が秘書になる、と言わなかったら、だが。

 

 

彼女がその提案をしたその日の夕方には、彼女は自身の荷物を持ってやってきた。

よいしょ、と言いながら、彼女は使っていた机の上に荷物を置いていく。

 

「何気なく手伝う時に使ってましたが、この机って元々秘書が使う用のだったんですか?」

「ああ。もっとも、君以外使った記憶は無いが……」

「じゃあここは私の特等席、というわけですね」

 

そんな冗談を挟みながら彼女は準備を進める。私はその冗談に言葉を返しながら仕事をする。

……本当は手伝うつもりだったが、「仕事をちょっとでも進めておいてください。話し相手にはなりますから」と言われてしまった。

 

「特等席なんていいものじゃない。私と話すのが好きな者なんて、少ないだろうしな」

「……わぁ」

「どういう感情?」

 

そんな風に会話しながらも、彼女は準備を終わらせた。

 

「よしっ、と。さ、やりましょうか。今やるべきことはどれです?」

「えっと、この書類を――」

 

こうして彼女との仕事が始まった。

彼女の処理能力が高いのか、それとも彼女がいるからなのか……もしくはその両方か。

とりあえず彼女のおかげで仕事が捗っているのは事実だった。

 

良い、落ち着く……

私のメンタルを支えてもいるため、今までにない最高の職場環境と言えるだろう。

 

 

 

 

 

「ドクター!秘書を取ったというのは本当ですか!?」

 

まあ、急に人が入ってくるのは想定していなかったが。

勢いよく入ってきたのは我が社のCEO、アーミヤだった。

 

「あ、アーミヤ……?どうしたそんなに慌てて……すまない、冷蔵庫から水を」

「はい」

 

息を切らしているアーミヤに彼女がペットボトルの水を渡す。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……んきゅ、んきゅ……」

 

可愛い音を鳴らしながらアーミヤは水の入ったペットボトルを空にする。

ぷはぁ、と言って口を拭く姿はスポーツ系の少女に見える。

 

「はぁ……はぁ……」

「ペットボトルもらいますよ」

「ありがとうございます、何から何まで……」

「……何か?」

 

アーミヤはまじまじと彼女の顔を見る。

そして数秒の沈黙の後、

 

「あ、貴女ですか……?」

 

と彼女に問いかけた。

……何がだ?

 

「……えーと、私が、秘書かどうか、ということですか?」

「はい」

 

彼女が目だけをこちらに合わせる。言ってもいいか、ということだろう。

数時間で噂になっているということは、黙っていてもいずれはバレるだろう。

そうなれば、黙っていた方が後が面倒になる。

というか、アーミヤに嘘は無駄になるから関係ない。

首を縦に振る。

 

「……はい。忙しそうにしているところを見て、お手伝いしましょうか、という風に……」

「そう、ですか……ありがとうございます、ドクターのお手伝いをしていただいて」

「いえいえ」

「ですがドクター」

 

アーミヤは私を見る。

 

「お忙しいのは分かりますが、ご迷惑をお掛けしてはいけませんよ。この方も自分のお仕事があるんですよ」

「私は仕事同時並行出来るので問題ないですよ」

「……で、ですが、お二人があまり会話しているところを見たことが無いんですが、仲の良い方とやった方がいいと思いませんか?そう、例えば私と……」

「最近仲良くなってな、それに仕事の手際も良くて助かっている。それと、アーミヤ。見ただけで人や人の付き合いを判断するのはいけないことだぞ」

 

アーミヤは項垂れた。

いや、何故そんな落ち込んでいる?確かに少し語気を強くしたかもしれないが……そんなことを考えながら彼女を見る。

 

顔を見てみれば、笑いを堪えていた。

 

困惑しながらも、アーミヤに話しかける。

 

「そういえばアーミヤの仕事はどうなってるんだ?今も溜まっているんじゃ……」

 

そう言うと、アーミヤは慌てた様子で「失礼しました!」と言って急いで部屋を出ていった。

いつもはあんなに慌ただしい子ではないのに、なんて考えながら彼女の方を向く。

 

「なんで笑っていたんだ?」

「あら、バレてた?」

「アーミヤが俯いていたからいいものの、バレていたら怒られるぞ。何故か私も」

「ふふ、恋する乙女は可愛いなって」

「恋?アーミヤは誰かを好きになってるのか?」

「……わぁ」

「どういう感情?」

 

彼女の言ったことを頭の中で考えながら、私達は業務に戻る。

 

 

……のだが。

 

「どういうこと?」

「せめて失礼とか言いながら入らないか?」

「……誰?」

「秘書です」

 

スカジが急にやってきた。

戦闘中にでも中々見ない鋭い目を彼女に向ける。

止めるように言いかけたが、彼女は何ともない様子で目を合わせている。

私でも少し震える恐ろしい目だが、よく合わせられるな。

 

「……」

「……」

「……代わりなさい」

「ドクターに言ってください」

「代わりなさい」

「それは私と代わることになるぞ?」

 

何故か秘書になりたがるスカジを何とか帰そうとする。

しかし中々言うことを聞かず、最後の切り札「書類を処理できるのか?斬り裂く以外で」と言うと、渋々帰っていった。

 

やっと帰った、そう仕事に戻ろうとすると、次々と人がやってきた。

ドクターなぜですか、ドクターどうして、ドクター、ドクター、リーダー、ドクター、ドクターさん、先輩、盟友……

 

 

もう来ないだろうと確信する頃には、真夜中と呼べる時間になっていた。

 

「つ、疲れた……もう今日はこれ以上仕事をしないぞ……」

「お疲れ様」

 

彼女は私を労わりながら、コーヒーを机に置く。

私はありがとうと言ってコーヒーに口を付ける。美味しい。

 

「インスタントだけど、良かった?」

「私にコーヒーの良し悪しなんて分からないさ。それを踏まえても、美味しい」

「分かるでしょ、貴方なら」

 

そう笑いながら、彼女もコーヒーを飲む。

ふぅ、と彼女は息を吐く。

 

「それにしても、知ってはいたけど、やっぱりCEOってまだ子どもなのね……」

「もしかして、君はアーミヤと喋ったことが無いのか?」

「ええ、今日まではね。私は下っ端も下っ端だし」

 

貴方と話すことも無いと思ってたのよ、とまたコーヒーを飲む。

それもそうか。私は立場上、アーミヤや、前線オペレーターや医療オペレーターと関わることが多いが、彼女のように事務仕事が主なら、会うこともない。私は理解する。

 

「心が痛むか?」

 

そう何気なしに聞いてみると、んー……、と考え込み、

 

「自分の意志でやってるのなら、何も思わないわ。それで傷ついてくのがこの仕事でしょうし」

 

と自身の考えを言った。

それよりも、と彼女は続ける。

 

「CEOが前線に出るのはどうなの?」

「それは……」

 

私は何も言えなかったが、社長も戦うしな……他所の会社の。

あれ?そういえば何故他所の会社の社長が戦っているんだ……?

そんなことが頭をよぎったが、すぐに考えるのを止めた。それは深淵に近い。

 

「……彼女の、覚悟の表れだろう」

 

無理矢理言葉を捻り出したが、妥当なところだろう。

 

「覚悟、ね……」

 

それを聞いた彼女は、悲しそうに笑う。

 

「それで、関係のない貴方を巻き込むのはどうかと思うけれどね?」

「関係はあるだろう、私はドクターだ」

「貴方は()()よ。貴方はそう言った」

 

少しムッとして私はアーミヤの擁護をしたが、すぐに彼女の言葉に黙ってしまう。

それを見た彼女は、悲しげな眼をしながら、微笑む。

 

「ごめんなさい、言いすぎたかしら。でも……()()は、これでいいの?」

「……私は……」

 

その問いには、どこか試すような、優しい棘があった。

私はその問いに頭を悩ませる。

きっとこれからも苦しくて、辛くて、傷つくだろう。

だが。

 

「救いたくても、救えなかった人が大勢いた。そんな人を無くしたい。だから、戦いたい。これは、()の本心だ」

 

確かに始まりは巻き込まれたからかもしれないが、今私がいるのは、私の意志だ。

 

「……そう。なら、私がちょっかいを掛けるべきじゃないわね」

「ああ。……ありがとう」

「でも、それでも吐き出したくなる時はあるでしょ?その時は私がいるわ」

 

彼女は、優しい眼で、声で、微笑みで、そう、伝えてくれた。

ありがとう。ただただ心の底から、そう思った。

 

そこで私は一つの疑問が浮かび上がった。

それを彼女にぶつけてみる。

 

「何故、ここまでしてくれるんだ?会ってまだ数日だろう?」

 

彼女は、クスッと笑い、私に近づいて、答えた。

 

「誰かを助けるのに、理由はいる?」

 

私はそれを聞き、口を少し開けて驚いた表情をした。

君は……

 

「君は、結構大物だな」

「?何の話?」

 

そう言いながら、少し困惑を浮かべた彼女の微笑みは、綺麗だった。

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