一般事務員オペレーター 作:オニギリムシ
最近、周りの様子が変だ。
廊下を歩いていると、じろじろ見られることが増えた気がする。
前から見られることはあったが、こんなにも見られるのは、しかもロドスの中では初めてだ。
心当たりが無い訳ではないが、確かめることでもないと思い、気にしないでおくことに決めた。
それよりも今は目の前の問題に集中しよう。
私は会議室に入る。
中には、アーミヤとケルシーが既に居た。
アーミヤはともかく、ケルシーは私のことを嫌っているようだ。だから一応謝っておく。
「すまない、遅れたか」
「いえ、まだ開始の五分前ですので慌てなくとも大丈夫ですよ」
「……全員集まったことだ、もう始めよう」
ケルシーの言葉に了承を示し、私は自分の席に座る。
今回の会議は現在ロドスが停泊している移動都市で発生している感染者の犯罪、その情報の確認……どちらかと言うと、ブリーフィングに近い。
ロドスは製薬会社だが、感染者関連の問題解決も行う。
時と場合では、武力行使も辞さない……ほとんど武力で解決しているが。
今回は誰も傷つかなければいいが……
……そういえば、彼女は休暇、か。
私はケルシーの言葉を聞きながら、何故かそのことを思い出していた。
「――すいません、おかわりいいですか?」
「大丈夫ですよー。後で持って行きますねー」
こういう、目立たない位置にあって、少しフレンドリーに言葉を発する店員、特におばさんがいるところは大体美味しい。
これは私の持論。実際にここの串カツは美味しい。持ち帰りもできるらしいので、同僚と彼のお土産に買って帰ろう。
「お嬢さん、一人?」
そんなことを考えていると、さっきの店員さんがおかわりを持ってきながらそんなことを聞いてくる。
別に隠すことでもないと思い、素直に答える。
「ええ、一人ですが」
「そうなの、なら気を付けてね。最近ここらで感染者が暴れまわってるそうよ。あなたみたいなか弱そうな、綺麗な人は狙われやすいそうだから」
「そうなんですか……あ、でも綺麗な、というのはお母さんには負けますよ」
「か弱そうって言いたいの?」
店員さんと少し笑いあった後、持ち帰りを頼んで、私は食べるのを再開した。
感染者……まあ、早々絡まれることはないでしょう。そう決定づける。
「美味しかったです。機会があったら、また」
「また来てねー。気を付けて」
私は店から出る前に、店員さんに礼を言ってから出た。
携帯を見てみると、まだ時間にはかなり余裕があったので、他のお土産を探しに歩くことにした。
ここは大きい移動都市ではないけれど、なかなか居心地がいい。
ご飯も美味しくて、物価も高くなくて……旅好きでもなければ住んでいたくらいには。
ふらっと歩いていると、雑貨屋を一つ見つけた。
窓から見える中の景色は、落ち着いた色をしている、なんとも私好みの景色だった。
せっかくなのでその店に入ってみる。
ガラスを通さずに見た景色は、期待を裏切らない落ち着く色合いだった。
「……いらっしゃい」
入り口からまっすぐ行ったところにカウンターがあり、そこで新聞を読んでいる老人の男が私にそう言った。
きっと店主だろうと思い、軽く頭を下げて挨拶する。
そうした後に私は店内を見て回る。
グラスに、皿、ネックレスにイヤリングといろいろあった。
「綺麗……」
不意にそんな言葉が口から零れ落ちる。
詳しいことは分からない私でも、心惹かれる、そんな美しさがここには辺り一面に広がっていた。
「綺麗か」
「うぉっ……はい」
後ろから突然声が掛かり、少し全身を震わせ驚いてしまう。
私は咄嗟にそれをごまかすように、ゆっくり振り向きながらその問いに肯定する。
声の主は、さっきの老人だった。
老人はくつくつと笑いながら話を続ける。
「そうか、綺麗か……お前さん、悪い眼をしているな」
「悪い……ですか?」
「ああ、センスが無い」
そこまで言われるとは思っておらず、少しよろめいてしまう。
老人は皿を一枚手に取り、近くに置いてあった椅子に腰掛ける。
「これらはな、全て儂が作ったんだ」
「店主さんが、ですか?」
「ああ。全部酷い出来だ。とても見てられない」
「どうしてそこまで卑下なされるのですか?私には、とても美しく……」
「儂のはどう足掻いても、贋作だからな」
贋作。
老人は手に持った皿を、優しく撫でる。その言葉とは裏腹に、傷にならないように。
「ここにあるのは全て、儂の友人の、贋作なんだ」
「ご友人の……」
「ああ。友人の傑作を、儂が見様見真似で作り、売っている」
「……」
「あいつはな、物を作るのが好きで、そしてそれに見合う才能もあった……儂は、ただ付き合ってただけだ」
老人の声には、どこか哀愁を漂わせていた。
予想で語るのは良くないけれど、きっと彼の友人は……
「だがあいつは……不慮の事故で亡くなった。……どう思う?」
「……それは、辛かった。なんて陳腐な言葉が欲しいのですか?」
私の言葉に目を見開き、そのすぐ後に盛大に笑う。
「あっはっは!お前さん、世辞は苦手だな?」
「ふふっ、バレますか」
私もつられて笑う。
そして、本当に思った事を口に出す。
「この世の中じゃ、ありきたりな話です。天災に、鉱石病。それ以外もいろいろあるでしょう」
「……だな」
「ですが」
確かにありきたりで、だけど本人達からすれば、悲しい物語。
だけど、彼は、その物語をそれで終わらせなかった。
私は黒く、光に透ける石が付いたネックレスを手に取る。
「貴方はこれらを作り、友との絆を失わなかった。ならばこれは、贋作ではなく、
「絆……か。よっぽどこの言葉の方が陳腐じゃないか?」
「……ですね」
店主の言葉に苦笑する。確かにその通りで、何も言い返せない。
でも、未来に繋がる言葉だと思う。私は絆という言葉が好き。だから伝えた。
すると店主はまた、くつくつと笑って、口を開いた。
「持ってけ。好きにな」
「え、悪いですよ、お金払います。いくらですか?」
「いや、いい。あいつと俺の
「それに?」
「売れなくとも生きていけるようにしてる」
意外と未来を見ていたらしい。参った、私は少し呆れを混ぜた笑いを払うことにした。
皿を知人の同僚分、そして私が持っていたネックレスを二つ貰ってきた。一つはドクターに。
増えた荷物の重さに悩みながら、さっきの話を思い出す。
「……贋作、か」
その言葉で、彼の事を思い出していた。
ドクター。私は基本的にドクターとは呼ばない。
それは彼がドクターではないから、というわけではない。彼がそれで呼ばれるのが苦手なようだから。
重荷、枷……彼は人助けはしたいけど、ドクターになるのは嫌がっている。
きっとその言葉の存在、過去の彼として接されてるのが辛いんだろうと予測した。
鉱石病治療のために起こされた彼、しかし彼にはその記憶が無かった。
だけど乞われてしまったから、それを一生懸命に演じていた。
「演者は、ある意味では贋作である。何故なら演者は、演じているに過ぎないからだ。なんて」
学者みたいな文をなんとなく口から出してみる。
でも、とも思う。
彼は案外
だから、悩みを言ってしまえばいいのでは、と。
それが出来ないから困っている、という話なのだけど。
ふと、何か悲鳴のようなものが聞こえた気がした。
それは目の前の広場のようなところからだった。
「……」
いつもなら気にしない、気にしたところで私が何とか出来るわけもないと適当にその土地の治安維持の人達に電話するだけ。
ただ何故か今日は、なんとなく野次馬気分で見に行ってしまった。
「う、うう、動くなぁ!」
そこにいたのは、明らかに鉱石病の感染者と分かる、男性だった。
その周りには、悲鳴を上げながらその男を見る観衆。
いや、どちらかというと見ているのは――
「た、助けて……!」
――男に捕まれ、首に包丁を近づけられている少女の方だ。
周りは感染者に近づきたくない、だが少女は気になる。
しかしあれは……
「……薬もやってるわね」
小声でそう呟くけど、誰にも届いていない。自身の確認のためだから、聞かれなくとも問題はない。
感染者の迫害を受け、逃げに逃げて最後に辿り着いたのは身を滅ぼす
ここは他の移動都市よりも感染者の迫害はまだマシなイメージだったけど、それでもこうなるのね。それとも、マシだからか。
ところで、警察か何かは来ないみたいだけれど……どういうこと?
気になって、近くにいた若い女性に聞いてみた。
すると、帰ってきた言葉は
「ここはあまり騒ぎが起きにくいし、それに私の憶えている限り、ここ数年は感染者とかが暴れていることなんてなかったから……」
だった。
平和というのも、考えものかもしれない。
私には戦う力なんてないし、助ける義理もない。
「……だけど、泣いている人を放置するほど、薄情のつもりもないわ」
あの少女の名前らしきを叫んでいる、男女二人を見て、私は行動を開始した。
荷物を
「お、おおお、お前!近づくな!」
「あのー、すいません、ちょっといいですか?」
「ななな、な、なんだ!」
「よければ、なんですが、その子と私、交換しませんか?」
出来るだけ丁寧に、感情を昂らせないようにゆっくりと声を掛ける。
「そそそ、そんなことできるわけ無いだろ!そんなこと言って、俺だけを苦しめるつもりだろ!」
「ええ、ですから……すいません、これを……」
私は隣の人に声を掛けて、とあることしてもらう。
驚かれたけど、大人しくやってもらった。
そして、彼の前に出た。
「見えますか?手を縛りました。これであなたには一切手出しできません」
そう、私は後ろ手に手首をネックレスで縛ってもらった。
これなら、警戒心が雲を突き抜けるほど高くなければ――
「……ゆ、ゆゆ、ゆっくりこい!」
――大丈夫だと思われる。
自分でもかなり雑だと思うけど、騙せたのだから問題なし。
ゆっくりと、しかし大股に歩いて近づく。
残り、三歩、二歩、一歩。
「こ、ここここい!」
男は少女を投げ出し、私の首を掴んで包丁を首に当てた。
「いい、いいか!動くなよ!」
「分かっていますよ」
「つつつ、ついてこい!」
「動くなって言ったのに?」
そして、男は私を連れて何処かへ駆けていった。
最後に見えた少女は、母親と抱きしめあっていた。
「――ぐふっ」
私は突然投げ出され、少々汚い声が出てしまう。
周りを見てみて分かるのは、誰もいない路地裏に連れて来られた、ということ。
目の前の私を投げ飛ばした男は、どこか嬉しそうだった。
「さ、ささ最期に、いい思い出来るなんて、さ、最高だな!」
なるほど、と私は納得する。
この男は私を犯した後に自殺するつもりのようだ。
困る。
何故なら鉱石病というのは感染者の死体からも広がるから。
このまま死なれると、結構な地獄絵図になってしまう。
何とか説得して、生きる活力を見出してもらおう。
「あ、あの……」
「にに、逃げられないように、しないと……!」
「っ!」
そう思い声を掛けるが、残念ながらもう声は届かないほどに錯乱してしまっているようだった。
私の太ももを包丁で貫いて、逃げられないようにした。
その傷口から、とてつもない熱さが感じてきた。
私の予測が正しければ、彼のアーツは刺したところに熱を与えるもの。
ちゃんとした訓練を受ければ、なかなか使えそうなのに、そう思ったけど、薬物中毒者では治療が先か、とも考えた。
「ふ、ふへ、ふへへ……」
男は私のズボンをずらし、足を引っ張って広げた。
抵抗も出来る気がしないので、とりあえず好きにさせて、時間を稼ごう。
そう思った時だった。
「ぐわっ!?」
銃声が聞こえた次の瞬間、男は突然倒れた。
突然すぎるその光景に目を白黒させていると、
「大丈夫っ!?」
頭に光の輪がある、赤毛の女性がいた。
「……まだ死んでないから、お迎えは必要ないはずだけれど」
「あたし天使じゃないよ!?」
あら、そう?
私はふふっ、とほほ笑んだ。
「大丈夫か!?」
私はそう叫びながら、ロドスのとある病室に駆けこんだ。
「っと、びっくりした……」
そこには患者服を着た彼女が、ベッドで横になりながら本を読んでいた。
彼女は本に栞を挟んで、脇へと置いてから口を開いた。
「どうしたの?何か、急な仕事?」
「違う、君が怪我をしたと聞いて、急いできたんだ」
朝にあった、あの会議で挙げられていた事件に彼女も巻き込まれたようだった。
その時の私は、都市を壊滅させようとする感染者達を捕縛している最中だった。
残党がいないか、オペレーターに指示を出していると、その時のオペレーターの一人であるエクシアから連絡が入った。
『あの人がっ、秘書の人がっ、と、とにかく医療オペレーターを呼んで!』
切羽詰まったエクシアの声に、秘書という言葉に胸騒ぎを起こしながら、言われた通りに医療オペレーターを一人彼女の元へ送った。
その後もいろいろ事後報告や資料作成などに時間を取られ、彼女が酷い目に遭ったと知ったのは、かなり後からだった。
「君は……大丈夫、なのか?」
「見てもらえばわかる通り、治療は完璧ですよ?」
ほら、なんて言いながら包帯に巻かれた太ももを見せてくるが、そういうことではない。
「体もそうだが、心はどうなんだ?」
「心、ですか……?」
「思い出したくは無いだろうが、君は……性的に、襲われたんだろう?」
自分で発した言葉が、私の神経を苛立たせる。
それは、ほとんど感じたことのない
だが彼女は、気にも留めないように朗らかに笑い、
「それが、どうしたの?」
と言った。
私は言葉が出なかった。
「それよりも、貴方に渡したい物があるの。来て」
彼女は私を呼び寄せ、一つの小袋を渡してきた。
中身を見てみると、そこには綺麗な黒色の石が埋め込まれたネックレスが入っていた。
「よかったら、受け取ってくれる?」
「……勿論だ」
彼女は微笑んで、私を見ていた。
私は、彼女を見つめ、ようやく理解した。
彼女は、私が
事務員オペレーター:特に戦う力も無く、特異な力も無く、しいて言うならば、
私の性癖です。何か問題でも?