まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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いつも感想、誤字修正、評価いただきましてありがとうございます。
最近少し忙しく、更新するのが精一杯でなかなか返信できていないですが、いつも楽しく拝見しております。

いよいよラミエル決戦ですが、一部新劇場版の描写を参考にさせていただいております。

お楽しみいただければ幸いです。


決戦、第3新東京市

 

「――エヴァンゲリオンのパイロット両名。ちょっとだけいいかしら?」

 

作戦開始まで残すところ五分となった時のことである。

葛城ミサトは通信越しに集中力を高めているであろう2人へ呼び掛けた。

 

『なによ』

『いいですよ』

 

答える両パイロット。

回答する声が重なったが、どちらの回答か一目瞭然な個性の強さに苦笑しつつ、ミサトは語る。

 

「まずはアスカ。急な呼び出しにも関わらず作戦に加わってくれたこと、改めて感謝するわ。ありがとう」

『まーだ言ってるの? 別にいいってば。これが私の仕事なんだから。アンタは指揮官らしく、ドーンと構えてなさいよ』

 

ひらひらと手を振りながら気にするなと言うアスカ。

内心でこの招集を喜んでいる彼女にとって、ミサトからの過剰な礼はむず痒いものがあった。

 

「アスカ……貴女のそういうところ、好きよ」

『な、なによ急に……』

 

少し頬を赤く染めながらアスカは改めて思う。

ミサトってこんな人だったっけ? と。

 

「もう余計なことは言わないわ。――日本中のエネルギー、貴女に託します」

『任せておきなさい』

 

不敵な笑みで応える惣流・アスカ・ラングレー。

常人であればプレッシャーで潰れかねないような状況だが、それを歓迎するように笑う彼女はやはり、狙撃手に相応しい人材だ。

 

ドイツ支部に多大な借りを作ったほか、最高司令官である碇ゲンドウの手も借りた緊急処置だったが、その甲斐があったと思える。

――まだ結果は分からないが。

 

続いてミサトは朗らかな笑みを消し、初号機パイロットの画面に向かって語り掛けた。

 

「シンジ君。くれぐれも、油断はしないようにね」

『了解』

 

褒め倒したアスカと異なり、極めて簡素な台詞。

しかも注意喚起ときた。

 

(あーぁ……サードの奴、ミサトの信頼を失ったのね)

 

2人のやり取りを見ていたアスカは内心笑っていた。

使徒戦での敗退でミサトからの評価が下がり、厳しくされていると勘違いしたからだ。

 

だが、実態は違う。

 

「帰ってきたら、話があるから」

『……うん』

 

通信越しに2人の視線が交差する。

その瞳の奥に宿る、真摯な思い。

 

ミサトの思いはただ一つ。

 

“無事に帰ってきて欲しい”

 

それだけだ。

 

多くを語らずともその思いはシンジ少年に届いていた。

静かに頷き、その思いを受け取ったことを示す。

 

心が通じ合った2人にはこれだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

明かりが消えていく。

日本中から、明かりが消えていく。

 

文明の光から解放され、原始の夜空が広がる。

 

『只今より、午前零時、ちょうどをお知らせします――』

「時間です」

 

作戦開始を知らせる放送。

葛城ミサトは握りしめていたロザリオから手を離し、顔を上げた。

 

「ヤシマ作戦始動。陽電子砲、狙撃準備。第一次接続開始」

 

彼女の一声で状況が動き出す。

各電力会社へ派遣されたNERV職員指揮のもと、列島を支える電力が一つに向かって流れていく。

 

「第二次接続開始」

 

文字通り、日本中のエネルギーが集結していく。

 

「第三次接続開始」

 

アスカは集中していた。

ミサトに頼み、弐号機に通してもらった電力、磁場、重力の情報に目を通しながら微調整されていく数値を脳内で計算していく。

 

「第三次接続問題なし」

 

シンジ少年もまた集中していた。

油断など欠片もない。

己の役割を理解し、いつでも盾を構えられるように使徒の様子を観察している。

 

全ては順調だった。

 

「了解。第四、五要塞へ伝達。予定通り行動を開始。観測機は直ちに退避」

 

ミサトの指示を受け、使徒の様子を観測していた航空機が撤退する。

――と同時、砲台より発射される数多のミサイル。

 

殺到する数多のミサイルに対し、使徒はATフィールドでの防御を選択。

全弾を無傷で乗り切った後、反撃の荷粒子砲が炸裂する。

 

「砲撃システム、蒸発ッ!」

「悟られるわよ。間髪入れないで。次!」

 

蒸発した固定砲台に見切りをつけ、生き残っている砲台へ発射を指示する。

 

既存兵器の殆どをエヴァンゲリオン及び、そのパイロットを守るための囮と割り切っているミサトが立てた作戦は、いつもと同じであった。

 

既存兵器による攪乱後、エヴァによる本命の攻撃。

特に、今回のポジトロンライフルは充電時間が必要な為、どうしてもこの作戦にせざるを得なかった。

 

人間相手であれば同じ作戦を使い回すのは良いことではないが、エヴァンゲリオンという応用力の塊のような戦力がある以上、それ以外のところについては定石通りで問題ないとミサトは考えていた。

 

彼女の考え方は基本的には正しい。

 

 

 

使徒という生命体が、ある程度の()()()()()()()()()()()()()()ことを知らなければ。

 

 

 

 

「第7砲撃システム蒸発!」

「続いて第8砲撃システムも蒸発!」

「――ちょっと待って」

 

違和感を覚えたミサトが画面を注視する。

 

「第8は砲撃したの?」

「い、いいえ……砲撃前に破壊されました!」

「つ、続いて第9、10の砲撃システムも蒸発! 砲撃は実施していないのに――」

「――――」

 

()()()()()()()()

ミサトの頭が真っ白になる。

 

「先に第13砲台を発射しなさい!」

「は、はい!」

 

高速でミサトの頭が回転する。

考える力など持たない、ただデカいだけの敵だと思っていた。

奇をてらう必要などないと思っていた。

 

「続いて砲台システムを緊急でマニュアル操作に変更! 順番は任せるわ。とにかくランダムに撃って!」

「りょ、了解!」

 

だが、敵は学習していた。

ミサトの戦術を。

 

「だ、ダメです! 発射前に次々と砲台が潰されていきます!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()……!)

 

ミサトは後手に回り続ける状況を打破すべく、頭をフル回転させる。

牽制攻撃はバレた。なら次に何をする?

考えろ。敵は考えなしじゃない。

自分が使徒なら――あれほどの大出力荷粒子砲を持つのであれば、何をする?

 

既存兵器による攪乱後、エヴァによる本命の攻撃――この定石がバレているとしたら?

 

「さらに目標体内に高エネルギー反応! これは――」

「総員! 耐ショック姿勢!」

 

指揮官の号令が飛ぶ。

 

ミサトは考えた。

自分が使徒で、あれほどの火力を持っているのであれば――

()()()()()()()()()()()、と。

 

使徒の荷粒子砲が放たれる。

先程よりも一撃の威力はそこまで大きくはない。

だがその代わり、その範囲が尋常ではなかった。

巨大なレーザービームを横へ薙ぎ払うような動作。

山頂が消し飛び、山の表面が捲れる。

 

衝撃波がミサトたちが乗り込む車両にも直撃し、NERV職員たちが悲鳴を上げる。

腕を強打したが、気合で痛みを無視して真っ先に立ち上がったミサトが怒鳴る。

 

「ぐっ……ポジトロンライフルは!」

「何とか無事です! しかし、一部ケーブルに損傷ありと報告!」

「射撃は?」

「一発であれば何とか!」

 

最悪の事態は免れたようだ。

しかし、最悪の状況に追い込まれてしまった。

 

仮に今の一撃が本命の炙り出しだとすれば。

もし、使徒が膨大なエネルギーが収束していく先を見つけたのだとしたら。

使徒との間にあった山を吹き飛ばされた今、エヴァは丸裸だ。

 

「目標体内に再び高エネルギー反応! そ、そんな……エネルギーの収束先、双子山山頂です!」

「――――」

 

彼女を責めるのは酷だが、()()()()()()()()

シンジ少年を思うがあまり――過保護なあまり、第三使徒より同じ戦略を使い過ぎたのだ。

 

動揺は一瞬。

すぐに切り替えたミサトは叫んだ。

 

「初号機、防御ッ!」

『えっ、ミサトさっきからなにが――』

 

状況を把握しきれていないアスカが動揺の声を上げる中、シンジ少年は上官の声を聞いた瞬間に前に出て盾を構えていた。

 

疑うという発想すらない。

ミサトの言葉だから無条件に信じた

 

その判断は正しく――

次の瞬間、使徒はポジトロンライフルの射撃場所に向かって砲撃を放った。

 

『ATフィールド、全開!』

 

迎え撃つは防御特化型のエヴァンゲリオン初号機。

巨大な盾にATフィールドを重ね掛けし、真正面から荷粒子砲を受け止める。

 

盾がなかった前回と比べると圧倒的に条件が良くなった初号機だが、それでも敵の攻撃力は凄まじい。

 

『ぐぅ…………!』

 

歯を食いしばりながら何とか気合いで持ち堪えているが、じりじりと後ろに押されていく初号機。

さらに、初号機の肉体にダメージはないが、盾はATフィールドで補強しているにも関わらず、着実に融解が進んでいる。

 

「ポジトロンライフル、後何秒⁉」

「10秒です!」

「アスカ、頼むわよ!」

『……』

 

アスカは答えなかった。

集中していたのもあるが、それ以上に圧倒されていたのだ。

 

初の実戦に。

そして、初戦にしてはあまりに酷な、その光景に。

 

視界一杯に広がる敵の荷粒子砲。

ひしひしと感じる“死”の予感。

そして、それをギリギリのところで遠ざけている初号機。

通信越しに聞こえる、初号機パイロットの苦しそうな声。

 

事前のブリーフィングと異なり、目まぐるしく変化する状況。

 

(なに、これ……)

 

彼女には酷な話だが、そもそも突発的なトラブルに強いタイプではないのだ。

惣流・アスカ・ラングレーは。

 

頭が固く、柔軟性に欠け、自分を曲げることを知らない。

だからこそ、状況に取り残されていく。

 

実感が湧かないままに進んでいく10秒のカウントダウン。

 

10

 

 9

 

  8

 

   7

 

    6

 

     5

 

      4

 

        3

 

         2

 

          1……

 

               0

 

「アスカ、()()()!」

 

本来であればミサトの号令など必要なかった。

引き金は狙撃手であるアスカの手に委ねられていたからだ。

 

しかし、本能的に危険を察知したミサトは叫んだ。

 

「ッ‼」

 

一拍遅れてアスカが引き金を引く。

 

 

 

そして、その遅れは致命的だった。

 

 

 

日本中のエネルギーを乗せ、突き進む陽電子砲。

使徒の砲撃を吹き飛ばし、そのコア目掛けて直進する。

可視化されるほどの強力なATフィールドもあっさりと貫き、使徒撃破――かのように思われた。

 

「ポジトロンライフル命中! し、しかし()()()()()()! 負傷し動きが停止していますが、()()()()()()()()()()()()……!」

 

ほんの一拍の遅れ。

コアを貫くはずだった射撃はほんの数メートル離れた箇所に着弾し、使徒を負傷させることに成功するも、撃破には至らなかった。

 

(しくじったか……!)

 

アスカを責めることは出来ない。

こうなったのはミサトの作戦ミスが原因なのだから。

 

「ポジトロンライフル、第2射用意! アスカ、次こそは――」

「技術部より伝達! 先程の射撃により、第三次接続部の一部ケーブルが破断! 修復までに時間要すとのこと!」

「……時間は」

「10分……いえ、5分とのことです!」

「3分でやらせなさいッ!」

 

ミサトの檄が飛ぶ。

だが、それが簡単にできることではないことくらい彼女も分かっている。

世界最高峰の優秀な人材たちが死力を尽くして5分と言っているのだ。

最短でもそれくらいの時間は掛かると思った方がいいだろう。

 

問題は使徒だが――

 

「目標、自己再生中!」

「エネルギー反応は⁉」

「今のところありません!」

 

今のところは、だ。

いつ再起動し、荷粒子砲を放ってくるか分かったものではない。

そして、問題がもう一つ。

 

『ハァ、ハァ……しんど』

 

ぐらりと揺らぎ、膝をつく初号機。

敵の大出力攻撃を完璧に防御しきった代償が出ていた。

 

「シンジ君! 大丈夫⁉」

『まぁ、何とか……エントリープラグ内がサウナなくらいです』

「冷却システム作動! もうすぐ冷めるから我慢して頂戴!」

『了解。……ところで、盾の予備とかあります?』

「いえ……既存のシールドを転用したからないわ。でも、目標が再生する前にポジトロンライフルの修復が完了するはずよ」

 

何の根拠もない、ミサトの希望的観測。

シンジ少年はそれが強がりと分かりつつ、「それは良かった」と呟いた。

身体的な苦痛を受けつつも、精神的には問題ないシンジ少年。

 

一方、身体的な損傷はないものの、精神的に大きな問題を抱えている少女がいた。

 

「……外した?」

 

俯き、唖然と呟く彼女の顔は青白い。

 

「私が……外した?」

 

絶対に外してはいけない狙撃だった。

日本中のエネルギーを預かり、ライバルのエヴァに命懸けで守ってもらい、そして――アスカが外した。

 

なまじ、頭が良いだけにアスカは事の重大さを重く受け止めていた。

 

先程バタバタと混雑する通信の中から聞こえてきた情報。

 

“第三次接続のケーブル破断”

“修復に5分”

“使徒自己再生中”

“シールドの予備なし”

 

もし、使徒がポジトロンライフルよりも先に復活した場合、彼女たちは終わりだ。

 

エントリープラグの中で一人震える。

 

負けたら――彼女のせいだ。

アスカが無能だから、人類は滅びるのだ。

 

実際にはミサトの作戦ミスや、運の悪さもあるのだが、外してしまったことに多大な責任を感じているアスカは外部に責任転嫁する余裕もない。

 

「……お願い」

 

アスカは必死に祈る。

お願いだから、立ち上がるな使徒よ、と。

 

 

だが、現実は無情である。

 

 

「も、目標、自己再生完了! そんな……まだまだ再生するべき箇所があるはずなのに!」

「――――」

 

ミサトは悟った。

使徒は勝負を決めることを優先したのだと。

当たり前だ。

あんなに強力な兵器を使用された後ならミサトが使徒でもそうする。

 

“どうする――”

 

ミサトは考える。

 

“どうすればいい――?”

 

使徒はこれからエネルギーを充填し、荷粒子砲を放ってくるだろう。

ポジトロンライフルは死守しなければならない。

だが、シンジ少年も懸念したように盾がない。

 

“こうなったら、ポジトロンライフルを破棄して一度撤退し、接近戦へ移行を――いえ、ダメね”

 

一瞬考えたことをすぐに切り捨てる。

敵は間もなく最終装甲板を突破する。そうなれば、殆ど障害物がないジオフロント内での接近戦を強いられることになる。

如何にシンジ少年とアスカが優秀であっても、勝機は非常に薄いように思える。

 

“それか、敵が弱っている今を逃さず初号機と弐号機に突撃をさせるか――”

 

割と現実的な作戦に思えたが、すぐに却下した。

ここから使徒まで距離がありすぎる。そして、障害物と言えるものは既に山頂を吹き飛ばされた山だけだ。

狙い撃ちにされて成す術もなくやられるだけだ。

 

となると、残る現実的な作戦は一つだけ。

 

初号機を犠牲にポジトロンライフルを死守し、敵を殲滅すること

 

シンジ少年のATフィールドの強力さは既に実証済みだ。

そして、盾もない状態で一度荷粒子砲に耐えきった実績もある。

彼が命を懸ければ、あと一撃くらいは防いでくれるはずだ。

 

“あぁ、()()()()()()()()()()()

 

ミサトはどうして自分が別の作戦ばかり考えていたのか理解した。

()()()()()()

もう盾も残っていないシンジ少年に、ポジトロンライフルを守る為、激痛を味わいながら死んでくれと命令することが。

 

“弐号機に防御を担当させればいい――”

 

悪魔のような囁きが聞こえるが、すぐに理性で否定した。

残酷だが、シンジ少年にあのポジトロンライフルは扱えない。

単純なシンクロ率の問題もそうだが、何の説明も受けていない上に、アスカによってマニュアル操作を取り入れられた武器を取り扱えるわけがないのだ。

 

だから、ミサトは選ぶ必要があった。

 

シンジ少年に死んで来いと命令するか、

全ての現実に目を背けて一度撤退するか。

 

“なんて、残酷な――”

 

世界か、あの愛おしい少年か。

或いは、復讐か、あの愛おしい少年か。

 

どちらかを選べと言われている。

 

ミサトは絶望した。

こんな選択を迫られることになるなんて思いもしなかった。

 

いや、本当は分かっていたはずだ。

こんな日が来ると。

この少年と関わり続ける限り、それは逃れられないものだと。

 

以前までのミサトならきっと迷わなかった。

迷わず、シンジ少年に死んで来いと命令していた。

そして、後で自己嫌悪に陥って泣きわめくのだ。

 

だが、ミサトは変わってしまった。

あの少年によって変えられてしまった。

 

きっと、この1年が幸せ過ぎたのだ。

 

こうして考えている今も、シンジ少年を逃すことばかり考えるくらいには。

 

“父さん、私はどうすれば――”

 

ロザリオを強く握りしめる。

父の形見は何も答えてはくれない。

 

復讐か、愛しい人か。

 

ミサトは――選んだ。

 

 

 

 

 

逃げなさい

 

 

 

シンジ少年を。

 

「一旦ジオフロントまで退却し、体勢を立て直します。大丈夫。まだ勝機はあるわ」

 

思ってもいない言葉がスラスラと口から飛び出る。

 

「作戦はあるもの」

 

そんなものはない。

撤退してどうなる? 敵はエヴァの位置を捕捉した。

これから先に待つのは一方的な蹂躙だ。

最終装甲板ももうじき破られる。

 

勝ち目は、ない。

 

「アスカ。牽制でいいから低電力モードでポジトロンライフルを撃って」

『……ATフィールド貫通できないわよ?』

「構わないわ。逃げられる時間を稼げれば」

 

逃げる時間を稼いでどうなる?

 

「牽制射撃後、初号機と弐号機はジオフロントまで撤退。次の作戦に備えて」

 

あぁ、そうか。

ミサトは他人事のようにペラペラと喋る自分を客観的に観測しながら、ようやく自分が何をしたいのかを悟った。

 

「決戦に備え、初号機には特別装備を換装します。パイロットはエントリープラグから降りて待機していて」

 

最期の時くらいは、一緒に居たい。

そんな、あまりにも自分勝手な思い。

 

思い出すのは15年前。

セカンドインパクトの中、父は自分だけを逃がした。

あの時に心に負った傷、寂しさ――それを引きずってここまでやって来た。

 

もう、あんな思いはしたくない。

 

だから、ミサトは最期の時くらいはシンジ少年と一緒に居たかった。

それで全人類から恨まれることになっても、そうしたかった。

 

“いいじゃない。最期くらい――”

 

逃げたって、いいじゃないか。

 

『……ダメだよ、ミサト』

 

だが、そんな彼女の思いを否定する者がいた。

他ならぬシンジ少年である。

 

彼とて、ミサトが何を考えているのか、その全てが分かったわけではない。

 

だが、心が通じ合った者として何となく悟っていた。

彼女が正しくないことをしようとしていることは。

 

だから、彼が止めてやらなければならない。

 

『僕が逃げたらみんな死んじゃうでしょ……?』

 

もう面積が殆ど残っていない、ガラクタ同然の盾を拾い、立ち上がる初号機。

 

「ダメよ! 逃げなさい!」

 

指揮官として威厳ある口調で命令する。

だが、シンジ少年にはその言葉が駄々をこねる子供の口調に聞こえた。

 

『ミサト――』

 

だからシンジ少年は告げる。

 

逃げちゃダメだよ

 

その言葉は、自分に言い聞かせるためだったのか。

それとも、優先順位を間違えている上官に言い聞かせたのか。

 

「――――」

 

あの日の夜。

ジオフロントの噴水の前で彼と話した時のことを思い出す。

 

“逃げた先でもきっとしんどいと思うんです。だって、逃げたって事実からは逃げられないわけですから”

 

“だから、頑張れるだけ頑張って、頑張って……それでもダメな時に諦めようと思ってます”

 

画面越しにシンジ少年とミサトの視線が交差する。

彼の瞳はまだ、()()()()()()

 

その瞳を見たミサトは――指揮官としての理性を取り戻した。

 

「……いけるの」

『もちろん。信じてよ』

 

力強く頷くエヴァンゲリオン初号機のパイロット。

 

その言葉に、瞳に、嘘は見えない。

虚勢でも何でもなく、シンジ少年は本気で盾もなしに使徒の砲撃を防ぎ切り、尚且つ生還するつもりでいた。

 

(……ごめんね、シンちゃん)

 

彼は信じろと言った。

ミサトが信じずして、誰が彼を信じるというのか。

 

ロザリオを掴み――首元からそれを引きちぎったミサトは顔を上げた。

 

「……初号機パイロットの進言を受け入れます。次の攻撃を防御。弐号機はフルチャージしたポジトロンライフルで敵のコアを貫いて。今度こそ、確実に」

『で、でも……』

 

言い淀むアスカ。

 

「いい、アスカ。貴女なら出来るわ。貴女が、使徒を倒すの」

『でも! もう初号機にはシールドが――!』

『大丈夫だよ』

 

あまりにも楽観的なシンジ少年の発言を聞き、アスカはぶち切れた。

 

『大丈夫なわけがないでしょ! このまま狙撃位置でボーっとしてたら、あたしが死ぬのよ⁉』

『大丈夫だって。君は死なないよ――』

 

強がって隠しているが、恐怖で震えている彼女を安心させるようにシンジは言った。

 

僕が守るもの

 

優しい声。

だけど、優しいだけじゃない。

その奥底に宿る力強さ。

 

アスカは、何も言えずただ圧倒される。

 

死地を前に、人はこんなにも優しくあれるものなのか。

 

『それに、盾ならあるよ? ほら』

 

原型が殆ど残っていないシールドの残骸をひらりと持ち上げる初号機。

 

『アンタ……』

『いや、これだともう盾というより幸運の置物か……』

 

軽口を叩きながら初号機は死地へと赴く。

弐号機とポジトロンライフルの前に仁王立ちし、使徒を真っすぐに睨みつける。

 

『――惣流さん。後のことは任せたよ』

 

そして、初号機は狙撃の邪魔になるだろうと通信を切断した。

 

 

 

 

 

 

「目標体内に高エネルギー反応!」

「……ポジトロンライフルの整備は」

「後1分です!」

「そう……」

 

やはりポジトロンライフルは間に合わなかった。

つまり、初号機に全てを託すしかないということだ。

 

(お願いシンちゃん……勝って!)

 

そして放たれる、無慈悲な荷粒子砲。

あれが直撃すれば文字通り、全てが終わりだ。

彼らはポジトロンライフルを失い、それどころかエヴァンゲリオンも失うことになる。

 

誰もが迫りくる死に怯える中、彼らを守るために初号機が立ち塞がる。

 

 

“ATフィールド、全開ッ‼”

 

 

ガラクタ同然の盾を前面に押し出し、シンジ少年が吠える。

 

展開される本気のATフィールド。

ミサトに信じろと言ったシンジ少年だが、もちろん勝算はあった。

敵の荷粒子砲を受けるのはこれで3度目だ。

 

流石に、慣れた。

 

「これは……ATフィールドが()()()()()()⁉」

 

啞然とした様子で赤木リツコが呟く。

 

ただ真正面から受け止めるだけでは意味がないと学習したシンジ少年は、ぶっつけ本番でATフィールドの形状を変化させた。

衝撃を少しでも上へ受け流せるよう、少し角度をつけた形へと。

 

土壇場でこれを成功させたシンジ少年には、間違いなくエヴァンゲリオンの才能があった。

 

 

だが――

 

ちょっとした工夫で乗り切れるほど甘い敵ではない。

そもそもの出力に差がありすぎるのだ。

あっという間にガラクタ同然の盾は蒸発し、残るはATフィールドと初号機の肉体のみとなった。

 

溶けていく。

初号機が、溶けていく。

 

初号機と同じく、敵もまた本気。

この一撃が勝敗を分かつと本能で悟ったからこその全力。

最強の矛と、盾がぶつかり合う。

 

空間を捻じ曲げるほど莫大なエネルギーの衝突。

 

だが、弐号機まで荷粒子砲は届いていない。

展開されている桁違いのATフィールドと初号機自身の肉体が、アスカを守っていた。

 

ミスをしたアスカを、命懸けで。

いや――命を削りながら。

 

(なんで……アンタ、立ってんのよ)

 

特殊装甲が溶けていく。

 

(なんで……ミスした私を庇ってるのよ……)

 

自分の身だけではなく、後ろも守る必要に迫られた初号機が、両手を広げた状態で敵の攻撃を受け止め続ける。

 

(なんで……)

 

「ポジトロンライフルは――⁉」

「整備完了! あと、30秒で撃てます!」

 

ミサトの絶叫が聞こえる。

あと、30秒。

実感が湧かない。

また、アスカは失敗するのだろうか。

 

“大丈夫だって。君は死なないよ”

 

不意に、あの少年の言葉が脳裏をよぎる。

 

“僕が守るもの”

 

初号機は約束を果たそうとしている。

命懸けで、彼女のことを守ろうとしている。

 

「……」

 

アスカは、前を向いた。

 

「……早く」

 

アスカは呟く。

 

……早く!

 

呟きは、やがて叫びへと変わる。

 

早くッ‼

 

“惣流さん。後のことは任せたよ”

 

「カウントダウン! あと、10秒!」

 

10

 

 9

 

  8

 

   7

 

    6

 

     5

 

      4

 

        3

 

         2

 

          1!

 

 

「アスカ、撃って!」

『ッ‼』

 

アスカは自分の意思でトリガーを引いた。

完全に充電されたポジトロンライフルが、完全に定まった目標のコア目掛けて突き進む。

 

それは、完璧な射撃だった。

 

悲鳴を上げながら空から堕ちていく使徒。

 

こうして――人類は、5番目の使徒に勝利した。

 

 

 

 

 

 

「早く……早く!」

 

使徒を倒したにも関わらずアスカは焦っていた。

必死に弐号機を動かし、全身酷い状態の初号機を抱きかかえながらプログナイフで首筋を攻撃する。

 

数回のアクションの後、ナイフがエントリープラグの発射口をこじ開け、恐ろしく熱い初号機の内側からエントリープラグが排出された。

 

「早くッ!」

 

そっと優しく抜き出したエントリープラグを地面に置いたアスカは弐号機から飛び出し、プラグスーツのまま駆け出した。

 

「ッ――!」

 

過剰に熱せられたままのエントリープラグをこじ開けようとし、思わず顔を歪める。

頑丈なプラグスーツ越しだが、間違いなく両手を火傷した。

 

だが、そんなことはどうでもいい。

 

「こんのォォォ――!」

 

気合いで開閉ハンドルを回す。

蒸気を発しながらエントリープラグがこじ開けられた。

じんじんと痛む両手も気にせずアスカは中へ飛び込む。

 

「サードッ‼」

 

エントリーシートに座る彼は――明らかに気を失っていた。

 

口を半開きにし、口元から血が流れている。

まずい。内臓を損傷している。

 

「しっかり……しなさいよッ!」

 

サウナなど生ぬるいレベルのエントリープラグ内からシンジ少年を担ぎ出したアスカは、冷えた地面の上に彼をそっと横たえた。

眼を閉じている彼の顔は安らかで、まるで永遠の眠りについたような――

 

“まさか、死んでないわよね……”

 

サーっとアスカの顔が青くなる。

急いで彼の胸に耳をあてたアスカは泣きそうな顔になった。

 

“心臓、止まってる……”

 

「シンちゃん――!」

 

その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

葛城ミサトである。

使徒撃破を確認した瞬間、作戦室を飛び出してきたのだ。

 

「アスカ! シンちゃんは――⁉」

「し、心臓が……」

「ッ! 離れて!」

 

一瞬で状況を理解したミサトはアスカを突き放すと、インカムで技術部へ連絡を取った。

 

「初号機パイロット、心肺停止状態。プラグスーツの生命維持機能を最大! 心臓マッサージを! 早く!」

 

数秒後、すぐにプラグスーツに実装されている心臓マッサージが起動した。

跳ね上がるシンジ少年の肉体。

 

「心音は――⁉」

『ダメです! 戻りません!』

「もう一度よ! 出力上げて!」

『了解!』

 

再びの心臓マッサージ。

跳ね上がるシンジ少年の肉体。

 

「どう⁉」

『ダメです! もう……』

「いいからもう一度やりなさい! 生き返るまでやるのよッ!」

 

鬼のような表情でミサトが吼える。

 

三度目の心臓マッサージ。

跳ね上がるシンジ少年の肉体。

 

「……どうなのよ⁉」

『……心音、確認できず』

「もう一度よッ!」

 

四度目の心臓マッサージ。

跳ね上がるシンジ少年の肉体。

 

「……心音は」

『……確認できず。残念ですが――』

「――――」

 

頭が真っ白になる。

 

“もちろん。信じてよ”

 

ミサトは頬を伝う涙を拭うこともしないまま、そっとシンジ少年の身体を抱きしめた。

 

「……ごめんね。ごめんね、シンちゃん……」

 

首から外したロザリオが地面に落ちる。

拾う気にもなれず、ミサトはただシンジ少年を抱きしめて泣いていた。

 

「――頼りない家族で、ごめんね」

 

ドクンッ

 

「……えっ」

 

何か、大事な音が聞こえた気がして、ミサトは急いで耳をシンジ少年の胸に押し当てた。

 

ドクンッ

 

『葛城一尉! 初号機パイロットの心音が――』

「聞こえてるわよ」

 

ミサトは涙を流しながら笑った。

 

「……聞こえているわ」

 

救護隊が到着するまで、葛城ミサトはずっとシンジ少年を抱きしめ続けていた。

 




  予告

死の淵を彷徨うも、無事に生還した碇シンジ。
本当に大切なものを見つけた葛城ミサト。
複雑な心境の惣流・アスカ・ラングレー。
三者三様に思いが交錯する中、使徒撃破とシンジの退院祝いが行われることになった。

そして現れるジョーカー、加持リョウジ。

  次回
まるで、残酷な天使【前編】

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