まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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まずは、最初に謝罪をさせていただきます。
今回は加持さんも交えた飲み回にしようと思っていたのですが、
アスカさんが滅茶苦茶喋るのであっという間に一万字を超えてしまいました。すいません。

というわけで、今回はほぼアスカ回となります。

次回予告詐欺ですが、【前編】と【後編】の2部構成とし、飲み回は次回とさせていただきます。


まるで、残酷な天使【前編】

 

ふと、覚醒の予感。

眼を開けると、真っ白な天井が目に飛び込んできた。

 

「……知らない天井だ」

 

目を覚ましたシンジ少年は一人呟く。

視線だけを動かし、取り敢えずここが病院であることを確認。

 

さて、問題はどうしてここに居るのかだ。

 

(何をしていたんだっけ? 月……月の記憶がある。それから、惣流さんと出会って――)

 

そこまで思い出したところでシンジ少年の脳みそが完全に覚醒した。

次々と蘇る死闘の記憶。

 

(そうか。僕は使徒の砲撃を防御して――そのまま気を失ったのか)

 

使徒はどうなった⁉ と聞きたいところだが、楽観的に考えるのであればこうして自分が病院にいる時点で戦いには勝利したのだろうとシンジ少年は判断した。

 

(惣流さんが上手くやったのか……良かった、良かった)

 

安堵しながらそっと上体を起こしたシンジ少年は――自分のベッドにもたれかかって眠っている見覚えのある紫がかった黒髪を発見した。

 

「ミサト……」

 

安らかに眠っている彼女。

ジャケットの内側の服を見るに、どうやら使徒戦後から付きっきりでここにいたらしい。

果たして今は何時なのだろうか。

 

そっと日付も記載されている時計を確認したシンジ少年は驚愕した。

 

(えっ……丸一日寝てたの⁉)

 

流石にそこまでダメージを負っていたとは思わなかった。

またそれと同時、目の前で眠っている彼女が殆ど休まずに彼に付きっきりだったという事実を認識する。

 

「まったく……どうせ目を覚ますんだから、家で待っていればいいのに」

 

そう言いながら優しい手つきでミサトの頬に掛かっている黒髪を払う。

 

「うっ……うん?」

 

――と、シンジ少年が頬に触れたことが原因か。

人の気配に敏感なミサトが目を覚ました。

 

「シンちゃん……シンちゃん⁉」

「あっ、おは――」

 

挨拶を言い切る間もなく、シンジ少年は彼女に思いっきり抱き着かれた。

今までで、一番強い力で。

 

「……うぅ……良かった……目を覚まして……良かったわ……」

「お、大袈裟な……」

「大袈裟なもんですか!」

 

ミサトは涙を流しながら激昂する。

 

「心臓が止まってて! 脳に血が回るのが遅くなったから、もしかしたら何かの障害が残るかもってあの藪医者が――‼」

「ちょ、ちょっとステイ! 落ち着いて! ミサト!」

「あ、あぁ……ごめん」

 

ミサトを落ち着かせながらもシンジ少年もまた動揺していた。

 

(えっ、僕そんなにヤバかったの……?)

 

本当に死ぬつもりなんて一切なく、寧ろ勝てる気満々で荷電粒子砲に挑んでいたので、まさかそんな危ない状態まで追い込まれていたとは思いもしなかったのだ。

自己肯定感が強すぎるのも考えものである。

 

(あ、危なかった……でもまぁ、最終的に生き残ったんだから、僕の勝ちだよね)

 

実際のところ、今回の勝利には薄氷を履むが如し、数々の苦難があったのだが、ポジティブシンキング碇シンジは全部無視して「勝ったからOK」とした。

 

「――で、問題は⁉」

 

落ち着いたと思いきや、全然落ち着いていないミサトがシンジ少年の両肩を掴みながら尋ねてくる。

 

「今のところは何の問題もないかな」

「良かった~」

 

そう言ってミサトはもう一度シンジ少年に抱き着いた。

長らく心配を掛けてしまったのだろう。

シンジ少年は彼女の抱擁を受け止め、自身もまた生きていた実感を確かめるようにミサトを抱きしめた。

 

(あれ……?)

 

ふと、シンジ少年は抱きしめているミサトに違和感を覚えた。

日頃から隙あらば抱きしめられているため、彼女に抱き着かれた時の感覚はよく覚えている。

 

普段と比べ、何かが足りない気がした。

 

「ねぇ、ミサト」

「なに?」

 

シンジ少年の肩に顎を乗せながらミサトが答える。

どうやら離れるつもりはなさそうだ。

いつものことなのでシンジ少年は構わず尋ねた。

 

「あれはどこにいったの? いつも身に着けていた、銀色の十字架」

「――――」

 

ピクリ、とミサトの身体が震えた。

空気が変わったのを感じる。

 

そっとシンジ少年から離れたミサトは、どこか憑き物が落ちたような表情で答えた。

 

「……もう、外しちゃったの」

「どうして? あれは大事なものだったんじゃ……」

 

肌身離さず身に着けていた、彼女のロザリオ。

困ったことがあった時、それを握りしめる癖があることをシンジ少年は知っていた。

 

ミサトは寂しげな笑みを浮かべながら嘗てロザリオがあった場所を見る。

 

「……いいのよ」

「いいってなにが――」

「もう、いいの」

 

これで、いいのよ。

 

何か大事なものを手放したような――それでいて、自由になったような。

喪失と解放。

そんな複雑な表情を浮かべている。

 

それは、シンジ少年が初めて見る彼女の表情で。

 

「そっか……ミサトがいいなら、それでよかった」

 

シンジ少年は珍しく言葉に詰まって、なんだか良く分からないことを口にした。

ミサトは微笑み、そっとシンジ少年の頬に手をあてる。

 

「えぇ……本当に大切なものがなにか、ようやく分かったから」

「ミサト……」

 

自分が愛されるのは当然。

常々そう思っているシンジ少年だが、それでも愛の告白に似たミサトの言葉に動揺する。

 

「もう、迷わないわ。だからシンちゃん……もう少しだけ力を貸してちょうだい」

「……何のことか良く分からないけど、いいよ」

 

何も分からないまま連れてこられて、訳の分からないモノに乗せられて、無理やり鍛えられて――でも、そんなシンジ少年を支えてくれていたのはいつだって葛城ミサトだった。

 

彼女には恩義がある。

それに、彼女のことは好きだ。

だから、シンジ少年は彼女の為なら何でもするつもりだった。

 

「ありがとう」

 

微笑み、そっとシンジ少年の頬から手を離した。

 

「今はゆっくりでいいから少しずつ体を治してちょうだい」

「了解。あっ……そういえば、初号機は?」

「残念ながら、大破して暫く使えないわ。最優先で修理させているんだけどね……まぁ、仮に使徒が現れても弐号機とアスカがいるから安心よ」

「あぁ、惣流さんか。確かにあの人なら大丈夫だろうね」

「あら、随分とアスカのこと買ってるのね?」

 

若干、面白くなさそうな口調で尋ねるミサト。

 

「買っているもなにも……強いんでしょ? 僕よりもずっと」

「シンクロ率と操縦技術はね。でも、ATフィールドと防御に関しては貴方の方が上よ」

 

あとは、メンタルもね。

流石に言葉にはしなかったが、ミサトは内心でシンジ少年を最強のパイロットであると認識しており――そう思う大きな所以の一つであった。

 

「まぁ、これから共闘していく仲間なんだし、仲良くしてね」

「もちろん。退院したら会いに行くよ」

「……会いに行くまでもなく向こうから押しかけてきそうだけど」

「えっ、なんか言った?」

「なんでもないわ。さて、残念だけど私は仕事があるからもう行くわ。また明日来るから、安静にしているのよ」

「はーい」

 

立ち上がったミサトは荷物を持ち、入口へ向かう――前にシンジ少年に急接近すると、不意打ちで彼の額に軽く触れるだけのキスをした。

 

「……無事でよかったわ」

「うん。ありがとう、ミサト」

 

微笑むミサトに嬉しそうな笑みを返すシンジ少年。

少しだけ見つめ合ったのち、ミサトは名残惜しそうに病室を後にした。

 

 

 

 

病院の廊下を颯爽と歩きながらミサトは考える。

今後のことを。

 

もう復讐に価値を見出せなくなったミサトだが、残念ながら使徒はまだ現れる――はずだ。

 

零号機は正式に凍結が発表されたため、もう使うことはできない。

初号機は大破し、残るは弐号機のみ。

 

さらに、使徒間である程度の情報共有が為されている可能性も浮上した。

 

だから、ミサトは考える必要がある。

新たな戦術を。

新たな戦い方を。

そして――シンジ少年以外のチルドレン戦力強化を。

 

もうシンジ少年が戦わなくてもいいようにするために。

もう、彼が傷つかないようにするために。

 

(にしても……あの、レイがねぇ……)

 

ミサトがシンジ少年の病室に籠っているその時。

突如現れた彼女の台詞を思い出す。

 

『――私を、戦わせてください』

 

(シンちゃん、人たらしねぇ……いえ、女たらしかしら?)

 

病院を出たミサトは愛車に乗り込みながら赤木リツコに電話を掛けた。

 

「リツコ? 私よ。昨日相談した、レイの()()()()()()()()()()()の件なんだけど――」

 

水面下で、事態は動き始めていた。

 

 

 

 

『せいぜい、私の邪魔はしないでね』『……行くわよ、アスカ』『日本中のエネルギー、貴女に託します』『アスカ、頼むわよ!』『アスカ、撃って!』『私が……外した?』『逃げちゃダメだよ』『弐号機はフルチャージしたポジトロンライフルで敵のコアを貫いて。今度こそ、確実に』『大丈夫なわけがないでしょ! このまま狙撃位置でボーっとしてたら、あたしが死ぬのよ⁉』『大丈夫だって。君は死なないよ――』

 

『僕が―守るもの』

 

 

 

 

「……夢、か」

 

惣流・アスカ・ラングレーは目を覚ました。

現在、暫定的に寝床として使用しているNERV本部内のベッドから起き上がる。

酷く汗を搔いていた。

 

両手の包帯を解き、ノロノロとした足取りでシャワールームへ向かう。

 

(……酷い顔ね)

 

鏡に映る顔を見たアスカは自嘲した。

あの戦いから既に三日が経過している。

 

あの戦いでミスをしたアスカは――特に責められることはなかった。

 

というよりも、誰も彼女に構っている余裕がなかったという方が正しいか。

 

葛城ミサトは碇シンジに掛かりっきりで、その他の職員も全滅した砲台の修理や初号機の修復作業に追われている。

 

誰も、アスカのことを見ていなかった。

 

(加持さん……どこいっちゃったの……?)

 

彼女の活躍を見てくれると約束した彼もまたどこかへ消えてしまった。

アスカは酷く寂しくて――同時に安堵していた。

だって、アスカが誇れるところなんて一つもなかったのだから。

 

華麗な活躍をできると思い上がっていた。

初号機パイロットを認めつつも、心の中では見下していた。

葛城ミサトにパイロットとして信頼されていると思っていた。

 

だが――現実は、彼女が想像していたものと真逆だった。

 

アスカは無様に失敗し、

初号機パイロットは凄まじい精神力で逆境を跳ねのけ、

葛城ミサトは――心の底から碇シンジを信頼していた。

そして、心配していた。

 

『いいからもう一度やりなさい! 生き返るまでやるのよッ!』『……ごめんね。ごめんね、シンちゃん……』『――頼りない家族で、ごめんね』『……聞こえているわ』

 

仮に……もし仮に、アスカと初号機パイロットの立ち位置が逆だったとしたら。

加持リョウジは同じように涙を流しながら彼女のことを心配してくれただろうか?

葛城ミサトは――

 

自分が長時間シャワーを浴びっぱなしだったことにようやく気付いたアスカはシャワーを止めて鏡を見た。

 

やはり、そこには酷い顔色の少女がいて――

暗い瞳でアスカのことを見つめ返してくるのだった。

 

 

 

シャワーを浴びてスッキリしたアスカは昨日紹介されたNERV本部の食堂でモソモソと一人で食事を取り、また一人きりの自室へ帰ってきていた。

ベッドに寝っ転がってボーッと天井を眺める。

 

やることがあればこの鬱々とした気分も誤魔化すことができたろうが、生憎と彼女に指令を与える立場である葛城ミサトが後始末で尋常ではないくらい忙しい為、やることがないのだ。

 

(あっ、そうだ……サード、目が覚めたんだっけ)

 

葛城ミサトの部下である男性(名前は忘れた)から2日前に目を覚ましたという報告を受けていた。

昨日はNERV本部内の挨拶回りで忙しかったし、一昨日は何となく行く気がしなかった。

 

そして、こうしている今も、行きたいとは思えない。

当たり前だ。

 

(今更、どの面下げて会いに行けばいいのよ……)

 

『せいぜい、私の邪魔はしないでね』

 

「……」

 

過去の小恥ずかしい発言を思い出したアスカは枕にガンガンと頭を打ち付ける。

 

(なーにが、私の邪魔はしないでよ……!)

 

元来より血液の巡りが良く、特に感情が高ぶるとその傾向が顕著になるアスカは、真っ白な首筋を赤く染めながら過去の自分を罵倒する。

 

(邪魔したのは……私だっての……)

 

頭を打ち付けられ、悲鳴を上げていた枕が静まる。

あの瞬間のことを鮮明に覚えている。

初の実戦の中、刻々と移りかわっていく状況についていけず、引き金を引き損ねた。

 

きっと、ミサトの指示がなければアスカの射撃はもっと遅れていただろう。

 

不甲斐なかった自分への怒りと、悔いと、そして――申し訳なさ。

 

(加持さん……私、どうすればいいの……?)

 

頼れる意中の人は電話にも出てくれない。

アスカは、本当にどうすればいいのか分からなかった。

 

これが今回きりの関係であればアスカもここまで悩まなかった。

だがこれから先、アスカはあの少年と一緒に戦うことが決定しているのだ。

気まずいどころではない。

 

ぐりぐりと枕に顔を押し当てながら回転し続ける頭を鎮めようと努力していたアスカは不意に、件の少年との会話を思い出した。

 

『僕が守るもの』

 

違う。それじゃない。

なんか、この頃ずーっとリフレインするけど

それじゃなくて、

 

『僕が守るもの』

 

だから、それじゃない。

 

『僕が守るもの』

 

いい加減にしろ。

もっとカジュアルな会話だ。

 

『もちろん。今回は幸運の置物に徹するよ』

 

それでもない。

もっと前に言っていた――

 

『同じエヴァのパイロットとして色々聞いてみたいこともあるしさ、戦いが終わったら()()()()

 

そう。それだ。

アスカはそれに対して何と返答したんだったか。

 

『……気が向いたらね』

 

アスカは枕に頭を打ち付けた。

こんなことになるのなら(こんな結果、想像できるはずもないが……)いちいち挑発的で、えらそーなことを言うんじゃなかった。

 

だが、先程よりも気分を持ち直したアスカは意を決したようにベッドから起き上がる。

 

「ま、まぁ……あっちが話したいって言ったんだし? 気が向いたから行くのも悪くないわね」

 

惣流・アスカ・ラングレー。

彼女はあまりにも高すぎるプライドを納得させられる理由がないと動けない、ちょっと面倒――可愛いらしい性格の淑女なのであった。

 

 

 

 

その後、思い立ったが吉日と言わんばかりに抜群の行動力を発揮したアスカは、ミサトの部下の男性(日向さんと言うらしい)からシンジ少年が入院している病院名と部屋番号を教えてもらった。

 

勢いそのままに病院を訪れたアスカだが――

 

(ま、まぁ……水分補給は大事よね! うん)

 

絶賛、日和っていた。

いや、こうなんというか……病院の中に突入するまでは簡単だったのだが、いざ中に入って受付に進もうとすると脚が止まってしまうのだ。

 

だが、入り口付近で立ち止まっていると通行人の邪魔になるし、何より彼女の容姿では目立ってしょうがない。

 

仕方がなく、アスカはそれっぽい理由をつけて病院内の売店まで足を運んでいた。

 

別に大して喉など乾いていないのだが、適当なジュースを手に取る。

 

(あっ、そういえば……菓子折り? とやらを持参した方がいいのかしら?)

 

日本の常識にはあまり詳しくないが、何をするにも贈り物と礼儀が大事と習っていたアスカがギフトの存在を思い出す。

まだ14歳のアスカだが、高給取りであるため、多少の出費は痛くも何ともない。

 

(取り敢えず、一番高いお菓子を買えばいいのかしら?)

 

おあつらえ向きに売店にいるため、ここで菓子を選んでしまおうとアスカはジュース片手に病院内の売店にも関わらずラインナップが充実しているお土産コーナーを練り歩く。

 

(いや、でもあまり高すぎても変な勘違いされそうだし、ここはやっぱり無難な価格のものがいいわよね。でも、日本で無難な価格のものってどれくらいなのかしら? ドイツよりは物価が高いと聞いたけど……ダメだ。分かんない。あっ、このお菓子可愛い。でも、男の子に可愛いお菓子を持っていっても意味ないか。だけど、カッコいいお菓子なんてあるのかしら? どうにもなさそうだし、ここはやっぱり高いやつがいいか。誠意は値段に現れるらしいし。――いやいやいや! 何を考えてんのよ! 誠意なんか見せる必要ないんだから! やっぱり無難なやつがいいわ! 無難オブ無難! 日本といえばこれ! みたいなお菓子! どれよ! 無難な日本のお菓子ってどれよ⁉ 書いときなさいよパッケージに! これが無難なお菓子ですって! 英語もドイツ語もないし! 漢字難しいし! ホンっト、外国人に優しくないわね! この国は!)

 

「――あれ、惣流さん。こんなところでどうしたの?」

「どうしたもなにも――」

 

なにも?

 

壊れた機械みたいに、ゆっくりと後ろを振り返るアスカ。

そこに、いた。

 

「さ、サード⁉」

「さーど?」

 

振り返った先にいたのは件のサードチルドレン、碇シンジ。

病院服で点滴を指したまま、支柱を持って移動しているようだ。

 

心臓が口から飛び出しそうなくらいに驚くアスカ。

一方のシンジ少年は「あぁ、サードチルドレンのことか。滅多に呼ばれないから忘れてた」と呑気に呟いている。

 

「あ、アンタ何してんのよ。重症でベッドから起き上がれないんじゃなかったの……?」

「ん? いや、ここ2日で一気に回復してさ。暇だから売店まで買い物に来たんだ」

 

ほら、と言って大量のお菓子でパンパンになった買い物袋と漫画雑誌を持ち上げるシンジ少年。

 

検査の結果――幸いにも脳に問題はないらしいが、エヴァのフィードバックと灼熱と化したエントリープラグによって内臓が傷んでいるらしく、一週間程点滴入院生活を強いられることになったシンジ少年。

しかも最初の二日間は念のため固形食も禁止ときた。

 

だが――

 

健全な肉体に健全な精神は宿るという言葉通り、毎日ボクシングのトレーニングで鍛えているシンジ少年の肉体は極めて頑強であり、医師が呆れるほどの回復力を発揮。

ここ2日で病院内を歩き回るほどまで回復していた。

 

「惣流さんは何してるの? もしかして、この間の戦いで負傷を――」

「してないわよ」

 

アンタのお陰でね。

さらっと口に出して感謝を伝えたいのに、アスカのプライドがそれを認めてくれない。

結果、不愛想にシンジ少年の言葉を否定するだけになってしまう。

 

だが、シンジ少年は特に気にした様子もなく微笑んだ。

 

「そっか。それは良かった」

「……」

 

アスカのせいで負傷した癖に、それを気にしている様子もない。

それどころか、こちらの心配をする心の余裕まである。

 

アスカは項垂れた。

暗い瞳で自己嫌悪に陥る。

 

(あ、あれ……? なんか、落ち込んでる……?)

 

一方、何故か話し掛けただけでズーンと気分が落ち込んだ様子の彼女を見たシンジ少年は困惑した。

鬼気迫る表情でお土産コーナーを練り歩いており、店員さんも困った様子だったので思わず声を掛けたが、選び終わるまで待った方が良かったのかもしれない。

 

「えぇと、お土産選んでたの? 良かったら手伝おうか?」

「……いえ、別にいいわ」

 

素っ気なく答えるアスカ。

 

「そう……てっきり、誰かのお見舞いに来たのかと思ったけど――」

「その通りよ」

 

ヤケクソ気味に肯定したアスカに対し、シンジ少年は自分を指さして一言。

 

「それって、僕?」

 

自己肯定感増し増しのシンジ少年らしい発言である。

自分がお見舞いされて当たり前と確信している。

昨日と一昨日にはNERV本部の職員たちが多く来てくれていたこともそう考える理由の一つだった。

 

一方、図星を指されたアスカは顔を赤くし、ギリっと歯を食いしばる。

反射的に否定したくなるが――ここまで来て逃げることは流石に出来ない。

 

彼女は、(さっきは日和ってたけど)立ち向かうことだけが勇気だと勘違いしていたから。

 

「そ、そうよ!」

 

デカい声で肯定され、周囲の視線が一気に集まる。

シンジ少年は「そっか」と頷いた後、お菓子の袋を持ち上げ、気さくな笑顔を浮かべて言った。

 

「惣流さん、甘いもの、好き?」

 

 

 

 

シンジ少年の病室まで案内されたアスカに彼から手渡されたのは、大粒のアーモンドが入っているという抹茶チョコレート味のお菓子だった。

パッケージから取り出した未知のそれを、野生動物のようにスンスンと匂いを嗅いでから、ポイっと口の中に放り込む。

 

「あっ……美味しい」

 

アスカは思わずと言った感じで呟いた。

 

日本人の食への狂気じみた拘りもあり、その味はグルメ舌なアスカを満足させるほどだった。

病室の椅子に腰かけ、無言でモリモリと食べ進めるアスカを横目に見ながら、同じようにベッドの上でお菓子を頬張るシンジ少年。

 

「惣流さんはさ」

「ん?」

 

甘いものを食べて少し気が安らいだのか。

自然体で相槌を打つ彼女にシンジ少年は尋ねた。

 

「ドイツから来たんだよね?」

「……そうよ」

「でも日本語凄い上手だよね? もしかして、ハーフとか?」

「クォーターよ。日本語は……NERV本部へ行きたいなら習得必須だったから」

「へぇ~。じゃあ、二か国語話せるんだ」

「……英語も少し、ね」

「えっ、凄い!」

 

シンジ少年は素直に感嘆した。

三か国語を操るマルチリンガル――とんでもない才女である。

 

エヴァと全く関係ない上に、彼女からしたら当たり前のことを褒められたアスカは困惑する。

だが、決して嫌な気はしなかった。

雰囲気が少し丸くなったアスカと、暇を持て余していた為、突然の来客が嬉しくてしょうがないシンジ少年の雑談は続く。

 

「確か、惣流さんはセカンドチルドレンなんだよね。何年前からチルドレンやってるの?」

「7年前からよ」

「凄い。ベテランさんだ」

「……なによ。自分は1年でここまで上り詰めたっていいたいの?」

 

言ってから、アスカはすぐに後悔した。

まただ。すぐに人と比較して、嫌味なことを言ってしまう。

しかし、シンジ少年は気を悪くした様子もないまま首を横に振った。

 

「いいや。ただ、そんなに長い間、エヴァに乗り続けられるなんて凄いなと思って」

「……なによ。アンタ、エヴァが嫌いなの?」

「嫌いっていうか……苦手、かな」

 

そういえば、とアスカは思い出す。

彼のシンクロ率のデータにコメントがあったのだった。

なかなかにふざけたコメントが。

 

その時はエヴァのパイロットであることに誇りを持っていないのかと内心苛立ちを覚えたアスカだが、この顔を見る感じ、おふざけではなく本気でエヴァとのシンクロを苦手としているようだ。

 

「確かにアンタのシンクロ率見たけど、数字ボロボロだったわね。なにが苦手なのよ」

「うーん、なんていうか……無理やり戻されようとしているというか、()()()()()()()()()()? 感じ、かな」

「なによ、それ」

「上手く説明出来ないんだけど……折角ここまで成長したのに、一旦今の自分を忘れてくれって言われているような感じがするというか……もう一つの大きな身体があって、お前はお腹の中で大人しくしていればいいと言われているような気がしたというか……」

 

言葉にすることに苦労しながらも何とか自分の感覚を伝えようと必死なシンジ少年。

真剣な様子を感じ取ったアスカは自分の感覚を思い出す。

 

「まぁ、もう一つ大きな身体があって、自分の自我が少しだけ薄くなる感覚は分かるわ。でも、それってそんなに拒否感がでるようなものなの?」

「……少なくとも、僕の中ではね」

 

唯一無二の自己を確立しているシンジ少年にとって、未だにエヴァとのシンクロは精神的に多大な負荷が掛かるものであった。

 

「だから凄いなと思って。もちろん向き不向きもあるんだろうけど、それだけ長くエヴァに乗っていられるなんて」

「……今更、なんとも思わないわよ。ずーっと乗っているんだから。アンタ、まだ1年しか経ってないから慣れてないだけよ。きっと」

「そうかなぁ……まぁ、それもそうか。乗っているうちに慣れてくるか。アドバイスありがとね、惣流先輩」

 

別にいいわよ、と言い掛けたアスカは違和感に眉をひそめた。

 

「ちょっと待って。アンタ、今なんて言った?」

「アドバイスありがとう」

「その後」

「惣流先輩」

 

アスカは不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「それ、やめて。そこはかとなく馬鹿にされている気がするわ」

「えぇ? そう? 敬意を込めて言っているのに」

 

何が不満なんだろう? と首を傾げたシンジ少年は不意に思い出した。

そういえば――綾波にも“先輩”という呼称をつけたら嫌がられたのだった。

どうやら、エヴァの女性パイロットは“先輩”という呼称を嫌がるものらしい。

 

「いいから止めなさい。それから――」

 

アスカは少し目を逸らしながら言う。

 

「惣流っていうのも、響きが仰々しいから好きじゃない」

「じゃあ、なんて呼べば――」

()()()

 

逸らされていた青い瞳がチラッとシンジ少年の方を見る。

綺麗な瞳だな。

シンジ少年はそう思った。

 

「アスカって、呼んでいいわよ。私もシンジって呼ぶから」

「――うん。分かった。改めてよろしくね、アスカ」

 

右手を差し出すシンジ少年。

アスカはおずおずと右手を差し出し、彼の手を握る。

 

シンジ少年の手のひらは予想よりもずっと堅かった。

ボクシングで鍛えられたその手は、戦う為のものだったから。

 

アスカの手のひらは予想よりもずっと柔らかかった。

強気な彼女の本当の姿が一瞬、分かった気がした。

それと同時、シンジ少年は彼女の両手に巻かれている包帯に気づく。

 

「――そうだ。ずっと、アスカに言いたいことがあったんだ」

「な、なによ……」

 

アスカは悲痛な表情で身構える。

責められると思ったからだ。

この間のミスを。

 

アスカは怖かった。

責められることが、ではない。

過剰に反応した自分が、折角仲良くなろうとしている少年のことを攻撃しかねないことを。

 

だが――

 

「ありがとう。僕のこと、助けてくれて」

 

予想に反し、シンジ少年はお礼を述べた。

 

「な、なによ急に――」

「だって、アスカが僕をエントリープラグから助けてくれたんでしょ? 両手に火傷を負いながら」

「そ、それは……そう、だけど」

「だから、ずっとお礼を言いたかったんだ。本当にありがとう。アスカがいなきゃ、僕、多分死んでいたから」

 

それは事実だった。

あの時、アスカが迅速に初号機からエントリープラグを抜き取り、さらに素早く灼熱地獄から救出したお陰で、シンジ少年の生存に繋がったのだ。

 

「……」

 

しかし、アスカの心境は複雑だった。

 

そもそも、彼女がミスしなければこんなことにはならなかったのだ。

彼女があの時、一撃で決めていれば初号機は大破しなかったし、シンジ少年も死に掛けたり、入院することもなかった。

 

「……なんでよ」

「えっ?」

 

気が付けば、アスカの口は勝手に動いていた。

 

「なんで、ミスした私にお礼言ってんのよ! 責めないの? 元はと言えば、あたしがミスしなきゃ、アンタが死に掛けることもなかったのに! なんで、何でもないような顔でお礼言ってんのよ! なんで――」

 

そんなに優しいのよ。

 

アスカは震えていた。

 

シンジ少年にはどうして彼女がこんなに取り乱しているのかいまいち分からなかった。

だが、彼女が自分自身を強く責めていることだけは分かった。

 

「責めないよ。だって――」

 

だから、少しでも彼女が楽になれるように言葉を紡ぐ。

 

「君がいなきゃ、使徒には勝てていなかったんだから」

「……でも、私がいなくても、アンタ一人で――」

「いやいやいや。それは無理だよ。だって僕、()()()()()()()()()使()()()()()

「はっ?」

 

自虐するアスカを遮り、シンジ少年は笑いながら告げた。

ポジトロンライフルが使えない? 引き金を引くだけだというのに、どうしてそれが使えないに繋がるのか。

頭が混乱しているアスカにシンジ少年は説明する。

 

「ミサトに言われたんだよね。シンクロ率が低すぎて、動作がワンテンポ遅れるせいで精密射撃が出来ないんだってさ。だから、あれを使えるのはアスカだけなんだよ」

「私、だけ……」

 

アスカは胸が熱くなった。

必要とされている。

アスカだから、使徒を倒せた。

 

それも感情論ではなく、理路整然と語ってくれたお陰で頭が固い彼女も自身の必要性を認識することができた。

 

だが、まだ消えない後悔がある。

 

「で、でも……私は失敗して――」

「最初だけでしょ? 僕がこうしてここでお菓子を食べていられるのも、アスカが2発目をちゃんと当てたからだし、そんな気にすることないんじゃないかな」

 

そう言ってお菓子を口に運ぶシンジ少年。

間違ったことは言っていない。そういう自信に満ちている。

 

アスカは困惑した。

 

少年が言っていることが正しいことも分かる。

というか、実際にその通りだった。

アスカがいなきゃ、使徒には勝てていない。

結果として勝ったんだから、それでいいじゃないか。

 

そういうことだった。

 

どうしてこんなに思い詰めていたのか不思議な気持ちになる。

だが、易々と受け入れるのも何だか癪で――

 

「でも、そのせいでアンタは痛い思いをして、死に掛けたんでしょ? ……恨んでないの?」

「別に?」

 

即答だった。というか、ボリボリとお菓子を食べながらの回答だった。

 

「……なんでよ」

 

若干のイラつきを覚えながら尋ねるアスカ。

落ち着くために彼女も糖分を摂取する。

シンジ少年は少し恥ずかしそうにしながら

 

「……見せ場、だったから」

 

意味が分からないことを言った。

 

「……はっ?」

 

お菓子をポロリと落とし、思考停止に陥るアスカ。

さらっと一箱平らげたシンジ少年はジュースで口を潤しながら言った。

 

「アスカの見せ場は射撃でしょ? でも、僕の見せ場は防御しかなかったから」

「……ちょっと待って。わけわかんない。アンタ、もしかして――」

 

頭が痛くなってきたアスカは額を押さえながら尋ねる。

 

「出番が出来て嬉しい、って思ってたの?」

「……うん」

 

頬を赤く染め、照れながら頷くシンジ少年。

アスカは思いっきり脱力した。

なんか、色々と思い詰めていたのがアホみたいだ。

 

「アンタ……バカね」

「失礼な」

「いいえ。バカよ」

 

アスカはとびっきりの笑顔で言った。

 

「バカシンジね」

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、スキップでもしそうなくらい上機嫌な調子でNERV本部の宿舎に帰って来たアスカは驚いた。

 

「加持さん⁉」

「よう。久しぶり」

 

ずっと会いたかった意中の人が、宿舎前のベンチに腰かけていたからだ。

 

「もう! どこ行ってたの? 寂しかったんだから~」

 

パッとその腕に抱き着いたアスカが猫なで声で尋ねる。

 

「すまない。ちょっと、ドイツに()()()があってな。急いで取りに帰っていたんだ」

「そうなんだ」

 

だったら、事前に連絡してくれれば良かったのに。

不満げなアスカの態度を察したのか、加持は申し訳なさそうに頭を掻きながら弁明する。

 

「あぁ。碇司令からの勅令でね、どうしても逆らえなかったんだ。すまない」

「……いいわ! 許してあげる! その代わり、今度どこかへ連れてってね!」

「寛大な処置、感謝します」

 

胸に手をあてながら仰々しく答える加持。

アスカは彼のこういうところが好きだった。

大人っぽくて、余裕があって、飄々としていて、ジョークが上手くて――

 

何故か、今日病室で会った少年が脳裏に浮かんだ。

 

「そういえば、碇シンジ君が目を覚ましたらしいな」

「えっ……えぇ。そうみたい」

 

ちょうど考えていた少年のことを言われ、動揺するアスカ。

 

「そうか。それは良かった。心臓が止まったと聞いていたからホッとしたよ。大した生命力だ」

「加持さん、サード……」

 

言い淀んでから、でも意を決して

 

()()()のことが気になるの?」

 

アスカは尋ねた。

目を丸くする加持。

 

「どうした? もうファーストネームで呼び合う仲になったのか?」

「あ、アイツが……惣流先輩とかわけわかんないこと言うから、だったらアスカで良いって言っただけなの!」

「そうか――」

 

だが、ファーストネームで呼び合うこと自体は否定していない。

何より、彼女が自分から言い直したのだ。

 

(ふーん? この短期間でアスカを手懐けたのか)

 

加持の中で碇シンジという少年への興味が大きくなっていく。

 

「気になると言えば、気になるな」

「……会ってみたいの?」

 

もう一度会いたい。

加持にはそう聞こえた。

 

「あぁ……是非、会ってみたいな」

 

不敵に微笑む加持リョウジ。

 

嘘と混沌に包まれた(ジョーカー)との邂逅が迫っていた。

 




  予告

遂に現れたジョーカー、加持リョウジ。
碇シンジに興味を持つ彼は、真意の見えない笑みで固い絆で結ばれたミサトとの間に割り込んでくる。
憑き物が落ちたミサト、加持と同じく碇シンジが気になるアスカ。
それぞれの思惑が交錯し、シンジ少年の退院祝いは混沌と化す。

  次回
まるで、残酷な天使【後編】

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