まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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度々の予告詐欺で申し訳ありません......
例によって前編と後編に分けさせていただきます。
構成力と先読み能力が不足しており、赤面するばかりです。


マグマダイビングスクール【前編】

 

 

惣流・アスカ・ラングレーのご乱心。

 

第3新東京市立第壱中学校は現在、混乱状況にあった。

 

それも致し方ないことだろう。

突如として彼女の化けの皮が剝がれたかと思えば、学園のアイドルである碇シンジへ大胆極まりないアプローチを仕掛けたというのだから。

 

さらに、碇シンジが顔を真っ赤にしてまんざらでもなさそうな反応をしていたことが学園の混乱に拍車を掛けていた。

 

2人の間で何があったのか聞き出すべく、不祥事を起こした芸能人に群がるマスコミかの如く殺到する生徒たち。

最終的には教師陣が直々にストップを掛けなければいけないほどにその騒動の規模は大きく――

 

「…………疲れた」

 

シンジ少年は昼休みに屋上で1人、溜息をついていた。

その顔には地獄のトレーニング時並みの疲労が蓄積しているように見える。

 

「本当。みんな普段は大人しいくせに、あぁいう時だけ元気になるのね」

「……」

 

訂正。

2人だった。

 

横にいるのは件の大事件を巻き起こした惣流・アスカ・ラングレーご本人。

シンジ少年と同じように屋上の手すりに体重を預け、呑気に空を眺めている。

 

「……ねぇ、アスカ」

「なに? 私と付き合う気になった?」

「……なんで急にあんなことしたの?」

 

丁寧に後半の発言をスルーし、困惑した表情で尋ねるシンジ少年。

アスカはつれない態度に不満を覚えつつ、答えた。

 

「聞いてなかったの? アンタのことが、好きだからよ」

 

若干、声が上ずったのと顔が赤いのはご愛嬌か。

それでも素直に気持ちを伝えるアスカ。

 

「うん。()()()()()()()。だから僕が聞きたいのはどうしてみんなの前であんなに大胆なことをしたのかという――」

「ちょっと待って‼」

 

今、なんかサラッととんでもないこと言ってなかったか?

アスカは恐る恐る尋ねる。

 

「アンタ、今……なんて言った?」

「だから、どうしてみんなの前であんなに――」

「その前!」

「その前? ……それは知ってる」

「何を知ってるって」

「アスカが僕のことを好きなこと」

 

ボンッ、とアスカの顔が真っ赤になる。

 

「なんで知ってんのよ!」

「アスカがさっき言ってくれたんじゃないか」

「いや、そうだけど……なんでそんなに冷静なのよ!」

「なんでって……今は動揺が顔に出ないように上手くコントロールしてるだけだから」

「動揺?」

「……アスカ、あんなことされておいて僕が冷静だと思ってたの?」

 

そういうシンジ少年の頬が、微かに赤い。

 

飄々としているように見えて余裕がなかったアスカはようやくそれに気が付いて――

嬉しそうに微笑んだ。

 

(なんだ。ちゃんとドキドキしていたのね)

 

アスカは決して馬鹿ではない。

無謀な戦いはしない主義であり――勝ち目があるからこそ勝負に出たのだ。

 

地獄の5日間を共に過ごし、心の深いところで繋がったからこそアスカには分かっていた。

シンジ少年が自分のことを好き(恋愛的な意味かは不明)なことを。

 

とはいえ、強引なアプローチにシンジ少年が嫌悪感を示してくる可能性はあったため、内心ビクビクしていたのだが、この様子では彼の方もまんざらではなさそうだ。

 

急にご機嫌になったアスカがニコニコとシンジ少年を見つめる。

 

何となくいたたまれない空気を感じたシンジ少年は、彼女から目を逸らしながら呟いた。

 

「――質問に答えてくれる?」

「あぁ、ごめん。なんだったっけ?」

「なんでいきなりあんなことをしたの?」

「簡単よ。()()()()()()()()()()()()

「……なにを?」

「私の気持ちと――アンタが誰のものかってことを」

 

あれはアスカなりの宣戦布告であった。

コイツは誰にも渡さないという、彼女なりの。

 

大胆過ぎるアスカの言動に呆気に取られるシンジ少年。

その幼い表情に微笑み、アスカは彼の額を小突いた。

 

「――で、答えは?」

「いや、いきなりそんなこと言われても……」

「あー、もう! じれったいわね! 小難しいこと考えずに頷いときなさいよ!」

「いやいやいや! こういうのはしっかり考えなきゃダメだよ!」

 

恋愛をよく知らないが故に慎重に立ち回ろうとするシンジ少年と、細かいことはどうでもいいから取り敢えず付き合ってみようスタンスのアスカ。

 

ここら辺は2人が育ってきた文化圏の違いもあった。

 

日本では「告白」をし、相手から了承を経てから恋人関係に発展することがほとんどだ。

そして、「告白」というのはとんでもない一大イベントであり、(一般的には)勝ち目があると分かっている状態か、もしくは我慢が限界に達したタイミングで実施されるものである。

 

一方、アスカが育ったドイツ――に限らず欧州諸国ではそういった文化はない。

何回かデートを重ねる中でお互いのことを知り、少しずつ相手への感情を口にすることで気が付けば恋人になっているというのが一般的だ。

 

だが、今回アスカは「告白」をし、シンジ少年の「答え」を待っている。

彼女の文化圏とは異なるやり方をしているが、これは言語学習の一環として日本のドラマやアニメなどを見て日本の文化を学習し、そして曲解してしまったことが原因であった。

 

取り敢えず、気持ちを伝えるのが大事。

あとは、ドイツと一緒。

取り敢えず、付き合おう。

お互いのことはもう知ってるけど、取り敢えず、付き合おう。

どうせ相性良いんだから、付き合おう。

恋人になろう。

 

そんな感じであった。

 

恥ずかしさで固く締めていた(ツン)が外れ、一気に素直(デレ)が爆発した結果である。

0か100かの2択しかない。

つくづく不器用な少女だ。

 

「……ま、いいわ」

 

日本流に寄せてはみたものの、ドラマやアニメで日本男子の意気地なさや、うじうじ悩む感じをこれでもかと見せられていたアスカは、すぐに答えが聞けるなんて考えていなかった。

 

「アンタはお子ちゃまだから、まだよくわかんないでしょ? 今すぐに答えを寄越せなんて言わないから、じっくり悩みなさいよ」

 

私のことで。

 

幼い独占欲を発露させながらも、アスカはさっぱりとした表情で笑った。

 

「逃げたら許さないからね!」

 

そう言って彼女は風のように屋上から去っていった。

後に残されたのは、自由奔放なアスカに翻弄され続けたシンジ少年。

 

「……逃げるわけないでしょ。この僕が」

 

自身の内面と向き合う彼の頬は、アスカと同じように赤かった。

 

 

 

 

 

 

シンジ少年たちが青春を謳歌する中、裏で暗躍する者がいた。

 

葛城ミサトである。

 

彼女は現在、緊張した面持ちでNERV本部の執務室にいた。

目の前に座っているのは最高司令官である碇ゲンドウだ。

彼女が愛してやまない少年の、実の父親。

 

しかし、今は彼の部下として来ているのだ。

私情は忘れ、彼女は持参した資料に補足説明を加えていく。

 

「――であるからして、綾波レイにはエヴァンゲリオンの操縦パイロットとしての素質は損なわれておらず、零号機に問題があったというのが技術部の見解になります」

 

以前、シンジ少年の病室で彼女は語った。

自分の仕事は優秀な部下たちの管理と、未来への根回しであると。

 

彼女が思い描く未来――それは、碇シンジがエヴァンゲリオンに乗らなくていい未来だ。

だから、彼女は求める。

彼に頼らなくてもいい、新たな力を。

 

『――私を、戦わせてください』

 

綾波レイ。

エヴァンゲリオン零号機のパイロット。

再起動実験に失敗し、チルドレンの資格維持も難しい、極めて危うい立場の女の子。

 

ミサトは彼女に対して好印象を持っていた。

シンジ少年がチルドレン候補として劣悪な環境で虐待じみた訓練を課されていた中、彼女のアドバイスによって救われたと聞いたからだ。

 

しかし、エヴァンゲリオンに乗れないのであれば意味がない。

シンジ少年のことで余裕がなかったミサトは、病室に現れた彼女を冷たく突き放したのだが、綾波は引き下がらなかった。

 

『零号機はもうダメだったけれど、他のエヴァなら乗れるはずです』

 

にわかには信じがたい話だ。

ミサトは彼女がチルドレンとしての地位に固執しているものと勘違いし、力づくで病室から追い払おうとした。

だが――

 

『赤木博士に聞いてください。私なら、他のエヴァンゲリオンにも乗れるはずです』

 

精一杯ミサトに抵抗しながら綾波は絞り出すような小さい声で主張し続ける。

 

「……どうしてそこまで」

 

ミサトの手が止まる。

綾波はベッドに横になる少年を見つめた。

 

『……碇君が、もうエヴァに乗らなくてもいいように、したいからです』

 

その言葉はミサトの胸を打った。

何も感情を映さないと思っていた綾波レイの赤い瞳が揺れている。

 

何か直感が囁くのを感じ取ったミサトは静かな声で言った。

 

「……米国で、最新型のエヴァンゲリオンが建設されているという話を聞いたことがあるわ。あなたが他のエヴァに適合できるということを証明できたのであれば……何とか手に入れるよう動くわ」

『……ありがとうございます』

 

そして、綾波は不器用な笑みを浮かべた。

 

(こういう時の顔はこれでいいのよね、碇君)

 

“君が姉弟なら、嬉しい”

 

あの言葉を覚えている。

それが原因で零号機の中に眠るコアとの繋がりは断たれたが――綾波にはシンジ少年を恨む気持ちなんて微塵もなかった。

 

ただ、後悔はあった。

 

第5使徒との戦い。そこでシンジ少年は2度も死に掛けた。

心臓が止まったと聞いた時、綾波は自分の心臓も止まるかと思ったくらいだ。

 

もう、こんな思いはしたくない。

だから綾波は動いた。

初めて、自発的に動いた。

シンジ少年に愛情を注ぎ、尚且つパイロットたちの指揮官として活躍する葛城ミサトに自分の意思を伝えた。

 

不器用なやり取りだったが、それでも彼女の意思はちゃんと葛城ミサトに伝わったようだった。

自分から動けば、まごころを込めて意思を伝えればきちんと伝わる。

綾波はまた一つ学習した。

 

その後、非公式に(アスカが知ると激怒すること間違いなしの為)綾波レイと弐号機との起動実験が行われ、彼女は無事に合格。

 

葛城ミサトは、決断した。

どんな手を使ってでもエヴァンゲリオン四号機を手に入れることを。

 

「――いかがでしょうか」

「……」

 

ミサトが提出した提案書に目を通していた碇ゲンドウは最後まで読み終えた後、資料を丁寧に机の上に置いてから両手を組んだ。

 

「……幾つか修正点は必要だろうが、悪くないシナリオだ」

「ありがとうございます。では――」

「反対する理由はない。やりたまえ」

「はっ」

 

謀略の天才である碇ゲンドウのアドバイスと許可を貰い、葛城ミサトは動き始めた。

 

 

 

 

 

 

アスカが巻き起こした大事件とミサトの暗躍開始から一週間が経過し、第3新東京市立第壱中学は徐々に平穏を取り戻しつつあった。

 

表向き、シンジ少年とアスカの様子に大した変化がないことも大きかったのだろう。

 

アスカは猫被りこそ止めたものの、相変わらずフランクな様子だし(寧ろ今の性格の方が良いという生徒も多い)

シンジ少年もいつも通り落ち着いている。

 

2人の間に何かがあったのは間違いない。間違いないが、これ以上深堀しても何も出てこなさそうだし……何より、2人に懸想している生徒たちは、この間のことは見なかったことにして記憶から消し去っていた。

 

ちなみに肝心の2人はというと――

 

「これ、何て読むの?」

「熱膨張だよ」

「あぁ、ぼうちょうって読むのね。漢字って本当に難しいわ」

 

放課後だというのに、何とも真面目なことにアスカ家で勉強と洒落こんでいた。

まだ漢字の習得が追い付いていないアスカにシンジ少年が教えてあげている形である。

 

「ところでさ、シンジは熱膨張ってちゃんと分かってる?」

「物を温めたら膨張して大きくなって、冷やせば縮んで小さくなるっていう大雑把な認識だけど……」

「それで合ってるわよ。……私の胸も熱したら大きくなるのかなぁ?」

 

訂正。

アスカが勉強を盾にシンジ少年に猛攻を仕掛けていた。

胸に手を当てながら流し目を寄越すアスカ。

 

だが、この一週間ずっとこんな調子なのでシンジ少年も慣れた。

 

「大きくなっても冷やせば元に戻るんでしょ? 沖縄の海じゃ不利だよね」

「むっ……」

 

サラリと受け流されたアスカは不満げな表情を浮かべている。

 

「あっ、沖縄で思い出した。準備は順調?」

 

露骨に話題を逸らすシンジ少年。

まだまだ追及したりないアスカだったが、今回はこれくらいで勘弁してやろうと温情を与え、素直に答えた。

 

「バッチリよ。水着もこの間買ったんだから。……アンタがシンクロテストで来れないとか言うから()()()()

「あぁ、あの時はごめん。リツコさんが急に予定を入れてくるもんだからさ……ミサトならそんなことしないのに」

「ミサト、か」

 

2人の表情が暗くなる。

 

「もう一週間だっけ?」

「長いわね……何してんのかしら」

「さぁ? 日向さんに聞いた話じゃ、なんか予定より仕事が長引いているらしいよ」

「ふーん……ま、ミサトのことだからそのうちひょっこり帰ってくるでしょ」

 

ピンポーン

 

――と、その時、アスカ家のインターフォンが鳴った。

 

「宅急便かしら」

 

立ち上がった家主のアスカが玄関に向かう。

最近、アスカの家には急激に物が増えていた。

元より所持品が多い彼女ではあったが、せっかく部屋が広いのだからとあれやこれやと買い揃えている。

 

最近はお洒落な服を買い込んでいた。

無論、シンジ少年とのデートに備えたものである。

 

ピンポーン

 

「はいはーい。今行くから焦るんじゃないわよ」

 

アスカの家は広い。

しかも、シンジ少年との勉強――もとい誘惑は一番奥の部屋でやっていたため、入り口まで随分と距離があった。

 

しつこく鳴るインターフォンに苦言を呈しながら、

念のためドアの覗き口から訪問者を確認したアスカは――すぐにロックを外してドアを開き、満面の笑みを浮かべた。

 

「ミサト!」

「はーい。久しぶりね、アスカ」

 

噂をすれば影が差す。

そこにいたのは、()()()()()()()()()()()()()もう1人のアスカが大好きな人だった。

彼女はごく自然な動きでアスカにハグをしてから頬にキスをする。

 

アメリカに出張していた影響か、動きが妙に欧米チックだ。

 

それを嬉しく受け入れながら、欧州育ちのアスカもまたハグとキスを返した。

 

「上がっていい?」

「もちろん!」

 

家の中へ喜んでミサトを招き入れるアスカ。

彼女はリビングへ案内しながら大きな声を出した。

 

「シンジ! ミサトよ!」

 

ドタバタと奥で慌てて人が動く音がする。

アスカの部屋からシンジ少年が飛び出してきた。

 

「ミサト!」

「シンちゃん!」

 

一週間も離れるなど殆どないことだったため、随分と久しぶりの再会に感じる。

 

ミサトは満面の笑みでアスカにしたようにシンジ少年にハグとキスをした。

 

以前からスキンシップが激しいミサトではあったが、出会い頭にこういう欧米風の挨拶をすることはまずなかった。

目を丸くするシンジ少年だが、すぐに笑みを浮かべると見よう見まねでハグとキスを返した。

 

「やっぱりアスカの家にいたのね。家に帰っても誰もいないから、急いでこっちに来たのよ」

「あぁ、ごめん。メモ置いておけばよかった」

「いいのよ、別に。2人とも元気にしてた?」

「まーね。ミサトも元気そうね。すっかりアメリカかぶれになっちゃってさ」

 

あまり履いているところ見たことがないジーンズに、「love USA」と記載されたダサいTシャツの胸元にサングラスを引っ掛け、その上から皮のジャケットを羽織ったその姿。

 

露骨なアメリカンファッションと、再会の挨拶を纏めて揶揄しながらアスカが笑う。

 

「郷に入っては郷に従え、よ。なかなか刺激的な場所だったけど……日本が恋しかったわ」

 

文化的な違いもそうだが、それ以上にこの2人が恋しかった。

 

ミサトはシンジ少年とアスカの頭を同時に撫でて言った。

 

「ただいま」

「「おかえり」」

 

 

 

その日の夜。

 

久々に3人が揃ったということで場所をいつもの葛城家に移し、皆で夕食を取ることになった。

 

シンジ少年と2人きりで過ごしたこの一週間も非常に楽しかったが、やはりミサトがいると、あるべきものがそこにあるという感じがする。

この3人でいることが一番自然な感じがするとアスカは思った。

 

「――でね、アメリカの連中って本当にルーズで……」

 

出張で余程ストレスが溜まっていたのか、アメリカでの出来事をマシンガントークで話しまくるミサト。

シンジ少年は行ったことがない外国の話を興味深げに聞き、アスカはアメリカ人に負けず劣らず我が強い現地でのミサトの行動にツッコミを入れていく。

 

ひとしきり吐き出して満足したのか。

ミサトはシンジ少年とアスカの学校生活に尋ねてきた。

そうなると当然、話題に上がるのは2人が心底楽しみにしている一大イベントである。

 

()()()()?」

「そう。沖縄に行くんだってさ!」

「楽しみだね」

「ね!」

「……」

 

先程まで久々のシンジ少年の料理を幸せそうに食べていたのに、アスカの話を聞いた瞬間に全身から冷や汗を流し始めるミサト。

 

「あぁ……しゅ、修学旅行ねぇ……」

「どうしたのミサト?」

「う……うぅん……」

 

理由は単純。

 

(やっべ、忘れてた)

 

暗躍で忙しすぎて2人が修学旅行に行けないことを伝え忘れていたからである。

 

「スキューバダイビングもあるんだってさ! シンジ、一緒に潜りましょうよ!」

「あー、お誘いは嬉しいんだけど……僕、泳ぐの苦手なんだよね」

「そうなの? じゃあ、私が教えてあげるわよ。せっかく沖縄の海に潜るんだし、砂浜を歩くだけじゃ退屈でしょ?」

「……うん。そうだね。じゃあ、教えてもらおうかな」

「任せなさい!」

 

ダラダラ汗を流しながら震えるミサトをよそに、シンジ少年とアスカは楽しそうに修学旅行の予定を話している。

 

「そ、その……実はね、2人とも――」

「どうしたのよミサト。顔色悪いわよ? あっ、もしかしてシンちゃんと会えないからって拗ねてんの? 大丈夫よ。ちゃんとお土産買ってきてあげるから」

「ミサトはお土産何が欲しい? ちんすこうでいいかな?」

「アンタ、バカぁ? ド定番過ぎるでしょ」

「じゃあ、アスカは何買って帰る予定なの?」

「紅いもタルト」

「うーん、ド定番!」

 

シンジ少年とアスカが青春の波動全開で楽しそうにはしゃぐほどミサトの罪悪感が大きくなっていく。

ダメだ。もうこれ以上は我慢できない。

 

「ふ、2人とも!」

「「なに?」」

 

ユニゾンの名残が残っているのか、同時に振り向いて聞き返す2人。

ミサトは思い切って頭を下げた。

 

「ごめんっ!」

「「……なにが?」」

「……行けないの」

「「どこに?」」

 

この子たち、まだユニゾンの練習してるのかしら? 現実逃避気味にそんなことを考えながらミサトは言った。

 

「修学旅行、行けないの」

「「……はぁ⁉」」

 

ビックリするくらいデカい声が2人から発せられる。

特に声が大きかったのはアスカの方である。

唖然と口を開いて立ち尽くしている。

 

「ちょ、ちょっと! どういうことよミサト!」

 

再起動を果たしたアスカがミサトに詰め寄る。

ミサトは本当に申し訳なさそうにしながら頭を下げた。

 

「いつ何時使徒が現れるか分からないでしょ? だから、貴方たちをここから遠く離れた場所に行かせるわけにはいかないのよ……」

「な、なによそれ……どうしてもっと早くに言ってくれなかったのよ‼」

「ごめん……忙しくて……」

 

本当に面目ないと頭を下げるミサト。

心底修学旅行を楽しみにしていたアスカは怒り心頭だったが、流石にこうも真摯に頭を下げられてしまっては責め続けることもできない。

 

「……ま、仕方ないか。これも仕事ね」

 

存外に割り切りがいいアスカはドスンと椅子に座りなおした。

 

(他の皆が修学旅行に行っている間に私はシンジと2人きり……悪くないわね)

 

訂正。

割り切ったというよりかは、別の方向性に優位性を見出していた。

 

「そうだね。そういうことなら仕方ないか……」

 

がっくりと肩を落としているものの、アスカと同じくシンジ少年もまた仕方がないと自分を納得させる。

何故かケンスケが写真を撮らせてくれと張り切っており、シンジ少年も乗り気だったが、断りを入れておく必要がありそうだ。

 

早々に青春の切り捨てを受け入れた2人を見て、ミサトは心底申し訳なさそうに再度頭を下げた。

 

「ごめんね……沖縄は無理だけど、他に行きたいところとかあれば私の権限が届く範囲で何か融通するわ」

「行きたいところか……あっ、そうだ!」

 

良いことを思いついたとアスカの目が輝く。

 

「ミサト、NERV本部内にプールあったわよね? あれって貸し切りにできる?」

「出来るわよ」

 

トレーニングの一環として配備されているプールを思い出す。

確か申請さえ出せば貸し切りにもできたはずだ。

出来なくても、無理やりして見せるとミサトは決意していた。

 

「よし! シンジ、私と一緒に泳ぎの特訓をするわよ」

「えっ?」

 

沖縄の海で泳ぎを教えてあげることは出来ないが、次に行く時の為に泳げるようになっておく必要があるだろう。

気に入った相手にはお節介焼きになる傾向があるアスカは腰に手を当て、高らかに宣言した。

 

「アスカ様のスイミングスクール、開校よ!」

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

意気揚々と修学旅行へ出かけて行った同級生たちを空港で見送ったシンジ少年とアスカは、NERV本部内にある室内プールにいた。

一足先に水着姿になったシンジ少年はストレッチを終え、プールサイドの椅子に腰かけてボーっとしている。

 

「シンジ!」

「あぁ、アスカ。遅かったね――」

 

ようやく着替えが終わったのかと振り向いた先には、赤いビキニを身に纏った扇情的なアスカがいた。

 

「じゃーん! どうよ!」

 

腰に手を当ててスタイルの良さをアピールするアスカ。

絶えず運動をしているお陰か、彼女の身体は程よく引き締まっていて、健康的な魅力に満ち満ちていた。

シンジ少年は見惚れていたことを隠そうともせず素直に称賛した。

 

「めっちゃ似合ってるよアスカ! 可愛いね」

「……Danke」

 

そっぽを向いてドイツ語でお礼を言うアスカの顔が赤い。

正直言って、「可愛い」よりかは「綺麗」や「カッコいい」と褒めて欲しかったのだが、大人の女性としての魅力はまだアスカにはない。

背伸びしたいお年頃ではあるが、素直なシンジ少年の賛美を聞けただけでも良しとした。

 

「アンタも……カッコいいわよ」

 

照れながらアスカが言う。

 

薄っすらと割れている腹筋。

まだまだ肉は足りないように見えるが、筋肉が鍛えられているであろう上腕と肩。

 

日々ボクシングで鍛えている箇所が洗練されていることで全体が綺麗な逆三角形を描き、美しいボディーラインを実現していた。

 

「まぁ、僕だからね」

「はいはい」

 

アスカと同じポーズを取ってドヤ顔で言うシンジ少年。

こういう奴だったと軽く受け流したアスカは、彼に浮き輪を手渡した。

 

「さて、シンちゃん。はじめましょうか」

 

そうして始まったアスカ様のスイミングスクール。

とにかく何でもできる万能型のアスカは、シンジ少年に平泳ぎからバタフライまで全てを伝授するつもりでいたのだが――その試みは途中で頓挫することとなった。

 

理由は単純で、

 

「なによ~全然()()()()()()()

 

彼が割と普通に泳げたからである。

せっかく手取り足取り教えてあげようと考えていたアスカは肩透かしを食らった気分だ。

 

「溺れない程度にね。得意ではないよ」

 

謙遜するシンジ少年は、もう泳ぎたくないとばかりに浮き輪でプカプカと浮かんでいる。

1年前の彼は本当に泳げなかったのだが、とある少女に泳ぎ方を教えてもらったことで何とか形にはなっていた。

 

綾波レイである。

 

シンクロ時に海を想像しているという彼女。

そのアドバイスをもとに、シンクロ率上昇訓練の一環として水泳を取り入れたシンジ少年は、彼女に水泳も教えてもらうことでそれなりに泳げるようになっていた。

 

……ちなみに、アスカにこのことを言わないのは、何となく怒り出す気がしたからだ。

 

彼の勘は正しい。

綾波レイへの誤解が解けたアスカではあるが、それはそれ、これはこれである。

嫉妬を抑えられない以上、余計なことは言わないのが一番だった。

 

ちなみに件の綾波レイは現在、クラスメートたちと一緒に修学旅行へ行っていた。

 

チルドレンとしての資格を維持している彼女ではあるが、まだ乗るべきエヴァンゲリオンがないのだから、待機も何もない。

予備のパイロットとして置いておくべきと言う意見もあったが、エヴァはその特性上、本命のパイロット(シンジ少年とアスカ)が死んだ時点で詰みだ。

急いでエントリープラグを抜いてから綾波を乗せて再出動が無理なことなど、今までの使徒戦を見ていれば一目瞭然だ。

 

綾波本人はシンジ少年とアスカが待機命令のなか、自分だけ修学旅行へ行くことに抵抗があるようだったが――

 

「僕たちの分まで楽しんで来てよ。お土産、楽しみにしてるからさ」

 

爽やかな笑顔で行って来いと背中を押すシンジ少年に説得され、おずおずと頷いた。

 

「……分かった。行ってくる」

 

彼女は泳ぐのが好きなようだったから、今頃は沖縄の海でスキューバダイビングを楽しんでいるのだろう。

さらにシンジ少年の方から何名か、面倒見のいい女子グループにも声を掛けておいたから、この旅行を通じて仲良くなれているかもしれない。

 

(綾波、楽しんでいるといいな……)

 

浮き輪でプカプカと水の上を彷徨いながら、シンジ少年は青春を謳歌しているであろう綾波にエールを送った。

 

 

「ねぇ、シンジ」

「んー? んぎゃ⁉」

 

ボケーッと振り向いたシンジ少年は顔に掛けられた水に驚いて変な声を出した。

癖でボクシングの防御態勢を取りながら恐る恐る目を開くと、ニヤニヤ笑いながら水鉄砲を二丁構えているアスカがいる。

 

「常在戦場、油断大敵よ、シンちゃん」

 

最近覚えた四字熟語を嬉々として使いながらクルクルとガンマンのように銃を回すアスカ。

 

「……卑怯千万って知ってる?」

「知らな~いっ‼」

 

言いながら二丁拳銃を連射するアスカ。

射撃の成績もトップクラスの彼女だ。

無駄に精密なエイム力を発揮しながら確実にシンジ少年の顔面を狙い撃ちにしてくる。

 

これはまずいとシンジ少年は浮き輪から離脱しながらサッと水の中に逃げ込んだ。

 

「逃げるとは、卑怯千万ね!」

「ぷはっ! ――三十六計逃げるに如かずって知ってる⁉」

「知るわけ、ないでしょっ‼」

 

潜水してレーンの間をまたぎ、アスカから距離を取りながら逃げの一手を打ち続けるシンジ少年に、アスカが悪役さながらに笑いながら水鉄砲を乱射する。

 

「傍若無人……アスカらしいな」

 

すっかり乗り気になった戦闘態勢のアスカから逃れるべく、シンジ少年は深く息を吸い込んで水の中へダイブした。

 

熾烈な鬼ごっこに決着がつくまで、あと十分――

 

 

 

 

その後、水鉄砲を使った一対一の西部劇さながらのガンマンごっこ――向かい合って合図と共に撃ちあう――や、ボールを使ってバレーをしたりと、体力の続く限り遊び続けた2人。

 

流石に疲れたとプール際で休んでいたのだが……ものの数分ですぐに体力が回復したのか、急に椅子から立ち上がったアスカが大きな声で

 

「アスカ様のダイビングスクール、開校よ!」

 

意気揚々と宣言した。

潜水し続けた影響でまだ疲労が抜けていないシンジ少年が、真顔で手を上げて尋ねる。

 

「……校長、何の授業をするんですか?」

「決まってるわ。ダイビングよ!」

 

アスカは持参したダイビング用の道具一式をガチャガチャと弄り出した。

 

「プールで? ちょっと浅くない?」

「何事も練習。最初はこれくらいの方がいいのよ。いずれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言うアスカの脳内では、透き通った沖縄の海が広がっている。

 

表面上はきっぱりと割り切っているように見えるアスカだが、やはり心の底では沖縄への心残りがあった。

特に今回の旅行は、ヒカリの手も借りてシンジ少年との完璧なデートコースまでセッティングしていたのだ。

ミサトにも事情があったとはいえ、それが全て無駄となったことは彼女に少なからずダメージを与えていた。

 

だからこそ、決断する。

いつか絶対に、シンジ少年と沖縄に行ってみせると。

 

アスカの気持ちを何となく察したシンジ少年は、同じく透き通った海を想像しながら言った。

 

「沖縄か……使徒を全部倒したら行きたいね」

「そうね。その時は一緒に行きましょ」

「もちろん」

「よし! まずは初歩の初歩から! このプールに慣れたら、次はもっと深いところへ潜りにいきましょう!」

 

楽しそうにはしゃぐアスカ。

 

だが、まさか――

 

深いところは深いところでも、マグマの底に潜ることになろうとは、この時のアスカは想像もしていなかった。

 

 

 




  予告

孵化直前の使徒が眠る浅間山火口。
NERVは、初の捕獲を試みる。
極地仕様のエヴァ弐号機が、灼熱の地獄へ挑む。
高温高圧の灼熱地獄。
アスカがそこで見たものとは。

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マグマダイビングスクール【後編】
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