まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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マグマダイビングスクール【後編】

 

楽しい休暇の邪魔をする無粋なアラート。

プールから上がって休憩中だったシンジ少年とアスカはすぐに着替えて駆け出し、作戦室まで駆けつけた。

 

「あれ、ミサトは?」

 

そこに信頼する上司の姿がないことに気が付いたアスカが首を傾げる。

 

「葛城一尉は先んじて現地入りしているわ。状況説明は私の方から」

 

ミサトじゃなくてごめんね。

そんなことを言いながらリツコは2人の前にあるモニターを操作した。

そこに映っているのは人に限りなく近い造形をした何かが殻の中に閉じこもっているような画像。

 

彼女は言った。

これが今回の目標だと。

 

「……これが、使徒?」

「そうよ。まだ完成体になっていない、蛹の状態みたいなものだけれどね」

 

場所は浅間山の火口。

マグマの中で見つかったのだという。

 

「今回の作戦は、使徒の捕獲を最優先とします。出来る限り原型を留め、生きたまま回収すること」

「使徒を、生け捕り……失敗した時は?」

「即時殲滅よ。捕獲を第一目標としつつ、エヴァンゲリオンにはマグマの中にダイブしてもらうことになるわ」

「「……」」

 

マグマに潜る。

それを想像したエヴァの操縦パイロット2人は思った。

 

((熱そう……))

 

つい先程までプールを貸し切って遊び惚けていたこともあり、任務の内容よりも先にそっちの感想が出てしまった。

 

行きたいか、行きたくないかのどちからと言われれば、進んで挑戦したい任務ではないが、

エヴァのパイロットとしての責任感が植え付けられている2人に任務を拒否するという考えはない。

 

それに――

 

(シンジにばっかり無理させるわけにはいかないわ)

(前時代的だけど、こういうのは男の仕事であってほしいな)

 

両者ともに相手が危ない目に遭うくらいであれば、自分が行った方がマシという想いもあった。

 

「今回の作戦担当者は――」

 

どちらが選抜されるのかとドキドキする中、リツコは淡々と告げた。

 

「弐号機とアスカにお願いするわ。D型装備への適性と、重装備の中で手先の器用さが重要になってくるから、シンクロ率が高いアスカの力が必要なの」

「……了解」

 

やはりこういう作戦ではシンクロ率が重視される傾向にある。

珍しく自分の低いシンクロ率を呪いながらシンジ少年は俯き、アスカは感情の読み取れない無表情で頷いた。

 

シンジ少年と出会う前の彼女であればきっと、自分の価値を証明する為に自ら名乗りを上げていただろう。

だが、今の彼女が考えているのは“シンジが乗らなくて良かった”だけである。

 

徐々に()()()()()()()()()()()()()()という事実に、彼女はまだ気が付いていなかった。

 

「A-17が発令された以上、すぐに出るわよ。初号機もバックアップで出てもらうから、2人とも支度をしてちょうだい」

「「了解」」

 

 

 

 

「耐熱仕様のプラグスーツと言っても、普段と変わらないように見えるんだけど……」

 

更衣室でいつもの真っ赤なプラグスーツに着替えたアスカは困惑した表情を浮かべた。

リツコは資料を眺めながら淡々とボールペンで指さす。

 

「右のスイッチを押してみて」

「?」

 

言われた通り、スイッチを押すアスカ。

 

「え……えぇ⁉」

 

そこから先の変化は彼女の悲鳴なしでは語れないほどに劇的なものだった。

みるみる膨らんでいくプラグスーツ。

膨張が終わったその時、アスカの体積は3倍以上に膨れ上がっていた。

 

「な、なにこれ~~⁉」

 

プラグスーツと同じくらい顔を真っ赤にしながらアスカが絶叫する。

よくみれば涙目だ。

滅多なことでは弱音を吐かない彼女だが、流石にこういうベクトルでの仕打ちには耐性がない。

 

「耐熱・耐圧・耐核の特殊仕様よ。身体の調子はどう?」

 

リツコは技術担当者として淡々と尋ねる。

 

「……肉体的には問題ないわよ。肉体的にはね」

 

そう言うアスカだが、表情は暗い。

いつだってクールで冷徹なリツコだが、14歳の少女に年相応の表情で落ち込まれると流石に思うところがある。

 

「年頃の女性にそういう格好をさせるのは申し訳ないけれど、相手は使徒よ。悪いけど我慢してちょうだい」

 

ちょくちょく飲み会に顔を出していることもあって知らぬ仲ではないため、リツコはアスカを励まそうと軽く肩を叩いた。

 

「……でも、シンジが……」

「シンジ君がどうしたの?」

「…………こんな姿見たら、幻滅されるかも」

 

いじけた表情で意中の相手のことを思うアスカ。

完全に恋する乙女になってしまったアスカにとって、こんな姿を見られることは屈辱を超えて恐怖でしかない。

 

妙にいじらしく、そして可愛らしいアスカを見たリツコは、柄にもなく彼女に同情しながら声を掛けた。

 

「悪いけど、それがないと貴女の身体は高温に耐えられないの。使徒を倒すためよ。我慢してちょうだい。……ないとは思うけど、シンジ君が笑ったならデザインセンスがない私のせいにすればいいわよ」

 

仕事だから割り切れと言いながらも、最後に彼女なりのフォローを送るリツコ。

気を遣ってくれていると感じたアスカは笑みを浮かべた。

 

「リツコ……うん。ありがと。使徒と戦うんだから、見た目なんてどうでもいいわよね」

 

良し! 行くわよ!

無理やり自分を奮い立たせながらアスカは憂鬱な一歩を踏み出した。

 

 

 

 

「……シンジ」

「アスカ、遅かったね。……どしたの? その格好」

 

か細い、今にも消え入りそうなアスカの声を聞き、シンジ少年は振り向いた。

そこにいたのは、いつもの何倍も体積が増えたアスカの姿。

 

シンジ少年はサッとその姿を眺めてから、不思議そうな表情で首を傾げた。

 

決してアスカのことを笑ったり、見下げたりしているようには見えない。

ただありのままの姿を受け入れて、その上で疑問を持っているだけのようだ。

 

それを見て、アスカは大きく安堵した。

いつものシンジで良かった、と。

 

「これが今回の特殊仕様のプラグスーツなんだってさ」

「へぇー」

「……どう? 正直、ダサいわよね?」

 

あまり関心がなさそうなシンジ少年。

アスカは自分が傷つくかもと思いながらもそんな質問をした。

知りたかったからだ。

シンジ少年が、変わり果てたアスカの姿を見て何を思うのかを。

 

「ダサい? うーん……」

 

質問に真面目に答えようと改めてアスカの全身を眺めながら腕を組んで己の美的センスに問うシンジ少年。

彼はいつもの何も考えてなさそうな表情で答えた。

 

「可愛いと思うよ」

「……これが?」

「うん。マスコットみたいで可愛いと思う」

「……本当?」

「僕が嘘をつくわけないじゃないか」

 

たまにしょーもない嘘はついているが、こういうところで嘘をつくシンジ少年ではない。

彼は心の底から今のアスカがマスコットチックだと思い、普通に可愛いと思っていた。

 

「そ、そう……」

 

めっちゃくちゃ嬉しいような、しかしどこか複雑なような。

アスカは形容しがたい感情を覚えた。

あんなに悩んでいたのに、こんな回答をされると素直に受け入れがたくて、

 

「シンジは、私が太ってもいいわけ?」

 

つい、ツンとした返しをしてしまう。

シンジ少年はこの問いにも頷いた。

 

「うん。アスカが太りたくないなら何も言わないけど、別に太ったからってなにも気にしないよ」

 

美意識が高いシンジ少年だが、別段それを人に押し付ける気は毛頭なかった。

美しい外見を好むが、その外見で見下げたりはしない。

価値観を鈍らせることはない。

 

だって、彼は自分の内面も美しいと思っていたから。

 

「そう……」

 

どんなアスカでも受け入れてくれる。

それを知ることができて、彼女は嬉しかった。

 

改めて彼に惚れ直しつつ、アスカはシンジ少年の良いところをまた一つ知れたんだから、こんな格好にも意味があったんだなと思えた。

 

「……2人とも、仲が良いのはいいことだけれど、そろそろいいかしら?」

「「あっ、はい」」

 

目の前で青春全開の甘酸っぱいやり取りを見せられたリツコが疲れた大人の目で尋ねてくる。

サッと姿勢を正しながらチルドレンたちは何事もなかったかのように表情を取り繕った。

 

やれやれと肩を竦めながらリツコはアスカの後ろに鎮座する巨大な物体を指さした。

 

「耐熱仕様はプラグスーツだけじゃないわ。アスカ、貴女にはあのD型装備の弐号機で行ってもらうから、そのつもりで」

 

振り向いたアスカは、

 

「うわぁ……」

 

引いた。

 

なんかもう、美的センスの欠片もない、ただ頑丈さだけを追求した結果がそこにあった。

宇宙服もかくやと言わんばかりのゴッツイ装備に包まれたエヴァ弐号機。

頭まで覆われているところを見るに、自分はまだマシな方なんじゃないかと思えてくる。

 

「……マスコットみたいで可愛いね」

「それ言ってれば何とかなると思ったら大間違いよ、シンジ」

 

冷や汗を流しながら苦しいフォローを入れるシンジ少年に、死んだ魚のような目でツッコミを入れるアスカ。

 

「使徒を前にしてはデザイン性なんて二の次よ。詳しいスペックは道中で説明するから、エヴァへの搭乗を開始してちょうだいアスカ。シンジ君もね」

「「了解」」

 

2人のパイロットが駆け出す。

その顔は、既に戦う者のそれに切り替わっていた。

 

 

 

 

迅速な移動開始から数時間後。

航空機で吊るされたエヴァンゲリオン両機の下に火山口が見えてきたその時、通信が入った。

 

『はーい、シンちゃん、アスカ。遠いところまでご苦労様』

「「ミサト‼」」

 

最近色々と忙しい葛城ミサトである。

シンジ少年とアスカは笑みを浮かべた。

 

『あら、アスカ。なかなか可愛い格好ね』

「……えぇ、全くよ。ダサすぎて私服にしたいぐらいだわ」

 

映像通信に映ったアスカの姿を見たミサトは、シンジ少年と同じ感想を口にする。

それに嬉しい気持ちになりつつも、やっぱりこの格好を認めるのは癪なのでアスカは皮肉を言う。

 

『そんなに拗ねないの。それよりも下をごらんなさいな。凄い景色でしょ。火口をこんなに間近で拝める機会なんて滅多にないわよ~』

「沖縄には見劣りするわね」

『ぐっ』

 

まだ根に持っているアスカの鋭いツッコミ。

ミサトは当分、許してくれそうにないなと思いながら謝った。

 

『その節は大変失礼を致しました』

「まったくよ。こちとら、冷たい海でのスキューバダイビングを楽しみにしてたのに、まさかマグマにダイビングすることになるとはね」

『えぇ、全くです』

 

かしこまった口調でミサトが頷く。

 

『お2人には休暇中のところ急に激熱火山へ呼び出してしまい、誠に申し訳なく思っております』

 

謎にかしこまった口調で謝罪の言葉を口にし続けるミサト。

シンジ少年とアスカが怪訝な表情を浮かべる中、彼女はいつもの茶目っ気がある表情に戻ってウインクをした。

 

『つきましては、シンジ様とアスカ様の為に近くの温泉旅館を予約しているのですが――』

「温泉⁉」

 

アスカが大きな声を上げる。

日本文化に興味がある彼女は当然ながら温泉を知っており、何なら入ったこともあるのだが、こんな火山付近の本格的な天然温泉に行ったことはない。

 

修学旅行にNG判定を出したミサトだが、せめて何か償いをしたいと思っていたので、ちょうどいいとばかりに財布の紐を緩めて大奮発をしていた。

 

『その様子だと乗り気みたいね。それじゃあ、パパっと仕事を終わらせて温泉に行きましょう』

「「了解‼」」

 

すっかり機嫌を直したアスカと、元から機嫌は悪くないが、さらに上機嫌になったシンジ少年が元気に応える。

 

和気あいあいと温泉について語り合う2人の会話を通信越しに聞きながら、リツコは感心していた。

シンジ少年にだけ執着していたはずの彼女がアスカまで大事にし始めた時は心配していたが、上手く保護者をやっているようだ。

 

なかなか癖が強いあの2人を完璧にコントロールしている。

 

「あっ、そういえばミサト。さっきから航空機が見えるんだけど、あの人たちは何なの?」

『あぁ、気にしなくていいわ。こっちを援護してくれているだけだから。主役はアスカなんだし、ドーンと構えていなさい』

「了解!」

 

上機嫌な様子でアスカは通信を終了させた。

今頃はシンジ少年と2人で会話をしているのだろう。

 

「ミサト。良かったの?」

「なにが?」

「アレのことよ」

 

リツコが上空を指さす。

そこではUN空軍の航空機がゆっくりとこちらを監視するかのように旋回していた。

その目的はアスカに伝えた通り援護――などではなく、全てが失敗した時に使徒を抹殺するためである。

 

地上で待機する、全てを巻き添えにしてでも。

 

リツコは尋ねていた。

本当のことを言わなくていいのかと。

 

「いいのよ」

「どうして?」

「じゃあ逆に聞くけど、余計な事教えてパイロットの集中力を削ぐことに何か意味があるの?」

「……」

「せっかく士気を上げたんだから、下げることに合理性はないわ。何事もクールにいきましょう」

 

ここはベリーホットだけど。

 

マグマを見ながら、ミサトはしょーもないことを言った。

 

 

 

 

「シンジ!」

「うん?」

 

すっかり調子を取り戻したアスカは、着々と弐号機投下の準備が進む中、デカい声で宣言した。

 

「アスカ様のマグマダイビングスクール、開校よ!」

 

どんな学校だよ。

そうツッコミを入れたくなったが、グッと堪える。

せっかく彼女の機嫌が直ったのに余計なことを言って台無しにするわけにはいかない。

 

「おぉー! すごーい(棒)」

 

棒読みで何個目かも分からない学校を開いたアスカを讃えるシンジ少年。

テンションが上がったアスカはシンジ少年の棒読みに気づかずウキウキで出陣の時を待つ。

 

『レーザー、作業終了!』

『進路確保』

『D型装備、異常なし』

『弐号機、発進位置』

 

センサーを投下し、続いては弐号機の番だ。

 

『了解。アスカ、準備はどう?』

「いつでもどうぞ」

 

力強いアスカの声を聞き、ミサトは頷いてから号令を掛けた。

 

『エヴァンゲリオン弐号機、発進ッ!』

 

マグマの中へと降ろされていく弐号機。

眼下に広がるは、全てを燃やし尽くす灼熱の地獄だ。

 

(うっわぁ~、熱っそう~)

 

まだマグマまで到達していないというのに、既にかなりの熱気を感じる。

だが、弱音を吐くわけにはいかない。

スマートに仕事を終わらせれば、ご褒美が待っているんだから。

 

『弐号機、溶岩内に入ります』

 

いよいよマグマへダイブをするという、その瞬間。

 

「見て見て、シンジ!」

「ん?」

 

アスカははしゃぐような声で少年を呼ぶ。

 

「アスカ様のダイビングスクール、最初の授業――」

 

言いながら、弐号機が足を前後に開く。

 

「ジャイアント・ストロング・エントリー! しかと目に刻みなさい!」

「……了解、先生」

「凄いでしょ!」

「えぇ、凄いです。先生」

 

ふざけた格好の弐号機がマグマの中へダイブしていく。

シンジ少年は、アスカの勇姿(?)を見届けながら彼女が満足いくまで褒め称え続けた。

 

「アスカ。頑張って」

 

すっかり視界から消えた弐号機へコッソリとエールを送る。

 

アスカと弐号機は潜っていく。

 

望んだ海ではないが、潜っていく。

 

深く、深くに潜っていく――

 

 

 

 

結果から言うと、今回の作戦は当初の目的を達成することは出来なかった。

 

弐号機とアスカは想定よりもずっと深い深度1780地点にて使徒を発見。

電磁柵キャッチャーで捕獲を実施。

そのまま浮上予定だったが、突如として使徒が羽化を開始。

 

ミサトの判断により、即時殲滅することとなった。

 

道中で固定具破損によってプログナイフを紛失するというアクシデントこそあったものの、過保護なミサトが初号機に命じて即座に予備のプログナイフを投下。

使徒を捕獲したちょうどのタイミングで到達したプログナイフを使い、弐号機は目覚めた使徒と応戦。

 

対流するマグマで圧倒的に視界が悪い中、苦戦を強いられたアスカだったが、地獄の特訓はシンジとの連携力だけではなく、反射神経をも鍛えていた。

ギリギリのところで使徒の攻撃を避けながら的確に反撃を行い、最後には冷却液の管を用いて熱膨張で使徒の皮膚の耐久性をダウンさせ、とどめの一撃。

 

見事な機転を利かせて使徒を撃破してみせた。

 

最後の最後で使徒が弐号機を吊り下げていたケーブルを破壊するというアクシデントもあったが――

 

「マグマダイビングスクールの授業、参考になったよ。先生」

 

D型装備を身に着けていないというのに、躊躇なく飛び込んでアスカを助けに来たシンジ少年。

シンクロ率が低いとはいえ、全身焼けるような痛みを味わっているに違いないのに、彼はアスカに気を遣わせない為か、いつものように軽口を叩いている。

 

「ねぇ、シンジ」

「うん?」

 

そんな彼に、アスカは最上級の敬意と感謝を込めて言う。

 

「ありがとう。アンタ、やっぱり勇敢ね」

「……どういたしまして。アスカもね」

 

2人は深いマグマの底で微笑み合った。

 

沖縄の透き通った海でスキューバダイビングとはいかなかったが、これはこれで悪くないなとアスカは思った。

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、ミサトが予約した高級温泉旅館。

やや強引な手法で合流したペンペンと一緒にシンジ少年は男湯を独占していた。

 

「あ~、極楽、極楽」

 

髪を一気にかき上げてオールバックにし、全身の力を抜く。

多分、今の僕は最高に色っぽいだろうなと自己陶酔に浸りながら極上の湯を堪能するシンジ少年。

 

「ねぇ、シンジー!」

「なにー?」

 

ここが天国かとリラックスしていた彼を呼ぶ、はしゃいだ様子のアスカの声。

 

「ボディーシャンプー貸して~、持ってきたのなくなっちゃった~」

「はーい」

 

もう使い終わっていたシンジ少年は素直に応じて、向こう側へ投げた。

 

「ほれ」

「ありがと。ほら、ミサト」

「ありがと~」

 

そういえば、あの2人が一緒の温泉に入るのは初めてのことではないか。

ボーッと湯に浸かりながらシンジ少年は思った。

ちょうど向こうも貸し切り状態みたいだし、色々と積もる話もあるだろう。

 

「ミサトー!」

「なーに?」

「僕、サウナに行ってくるー! 夕飯は19時からで良かったよね?」

「そうよ~。のぼせないように気を付けてね!」

「はーい!」

 

気を利かせたシンジ少年はサウナへと向かった。

 

こうして、露天風呂に残ったのはミサトとアスカと、ペンペンのみ。

 

 

 

ガラっと扉が開く音。

シンジ少年は宣言通りにサウナに行ったらしい。

 

これで、ミサトと2人きりだ。

 

(シンジ……もしかして、気を利かせてくれたの?)

 

極楽な湯に浸かりながら、何となくシンジ少年の思惑を察したアスカ。

相変わらずな少年の気遣いに笑みを浮かべつつ、彼女の視線は隣にいるミサトの胸元へ引き寄せられる。

 

正確には、そこに刻まれている痛々しい()()へと。

 

「――あぁ、これ? セカンドインパクトの時に負った傷よ」

 

アスカの視線に気が付いたミサトは、別に隠すことでもないと素直に教えてあげた。

 

「大きいでしょ? この傷に引きずられて、色々と迷走していたわ」

 

人生を。

ミサトは遠い目で過去を振り返る。

 

父を失い、一時期は言葉も失い、そして貴重な青春時代を失った。

本当に酷い傷だ。

 

(……とか何とか言って、これのお陰で今日まで生きてこられたのも事実だけどね)

 

強い憎しみは時に生きる原動力となる。

抜け殻のようだった自分が立ち直ったのはこれのお陰であったことをミサトは否定するつもりはない。

 

「でもね、近々消そうと思ってるの」

「消せるの?」

「私も驚いたんだけど、最近の医療って発達してるのね。ちょっち費用は掛かるけど、出来るみたいよ」

 

だから、消す。

それで過去がなかったことになるわけではないが、少なくとも前を向きやすくはなるだろうとミサトは考えていた。

 

「……いいの?」

「なにが?」

「だって、その傷……大事なものなんでしょ?」

 

外側に向ける表向きの大雑把さで分かりにくくなっているが、アスカは繊細な感性を持つ女性だ。

だからこそ直感と先程の言葉で悟った。

ミサトにとって、その傷がどれほど大きな意味を持つのかを。

 

アスカの気遣いを心地よく受け止めながら、ミサトはさっぱりとした表情で答えた。

 

「いいのよ。これで」

 

あのロザリオと一緒だ。

どれほど過去を大事にしていても、現在(いま)を生きるミサトはそれに勝るものを見つけてしまった。

 

であれば、暗い過去はただの足枷にしかならない。

それが執念の類であれば猶更。

 

「過去に囚われていたって、人生がつまらなくなるだけだもの」

 

それがミサトの出した結論だった。

現在(いま)を――シンジ少年とアスカを大事にしたいのであれば、もうこんなものとはおさらばするべきなのだ。

 

相変わらずな――アスカが憧れたミサトそのものの答えを受けて、彼女は俯いた。

 

「……ねぇ、ミサト」

「ん?」

「知っているんでしょ? ……私の()も」

 

アスカの傷。

心の傷。

ミサトは静かに頷く。

 

「知ってるわよ」

「……」

「ごめん。……知ったつもりになっているだけ、ね。本当のことは貴女しか知らないもの」

「……」

「……辛いなら話さなくてもいいのよ。もちろん、こうして裸の付き合いをしているんだから、吐き出したいことがあるなら遠慮しなくてもいいけど」

 

アスカの好きにしていい。自分はそれを受け止めるだけだと優しく言う。

 

ミサトが言った通り、本当の意味で傷の深さを知っているのはアスカだけだ。

 

「……」

 

今でも思い出すことに抵抗がないと言ったら嘘になる。

だが、以前よりもフラットな気持ちでアスカは己の過去の傷と向かい合えるようになっていた。

 

だからこそ、素直な気持ちを口にできる。

 

「ねぇ、ミサト」

「ん?」

「……私、()()()

「なにが?」

「……また傷つくことが」

 

同じ過去を繰り返すことが。

 

ミサトのことが好きだ。

だが、最期に見た母の姿がどうしても忘れられない。

もし、ミサトにまで同じことをされたら――あの時と同じ結末を迎えたとしたら、今度こそアスカは壊れてしまうだろう。

 

弱みを見せることを嫌っているだろうに、勇気を出して素直な感情を告白したアスカ。

そんな彼女に敬意を払い、ミサトもまた正直な気持ちを口にした。

 

「奇遇ね、アスカ。()()()

「えっ」

「私も、傷つくのが怖い」

 

思いも寄らぬミサトの発言に驚くアスカ。

隣を見ると、困ったような表情を浮かべる母/姉のような彼女がいる。

 

「ミサトも、怖いの?」

「もちろんよ」

「……なんか、意外。私、ミサトのこと何も知らなかったのね」

「知らないのは当然よ。だって、私が教えようとしなかったんだもの」

 

半身を湯船に浸しながら、ミサトは遠くを見つめる。

 

「これでも大人だからね。色々と見せないようにしているのよ。……でも、ここだけの話、私の中身なんて大したものじゃないわ。きっと、まだまだ子供なところが残っているのよ」

 

そっと胸の傷跡をなぞる。

 

「そんなこと、言わないでよ。ミサトは、私の中でちゃんとした大人だもん」

「……そう言ってくれて嬉しいわ。ありがとう、アスカ」

 

アスカが笑う。

雰囲気が柔らかくなった娘/妹のような彼女を見て、ミサトもまた笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、アスカ」

「うん?」

「さっきの話の続きだけど……私、思うのよ。怖がることって別に悪いことじゃないって」

「……どうして?」

「だって、それは人との関係を大事にしたいと思っている証明だもの」

 

傷つけられ、そして傷つけることが怖いから曖昧な態度を取る。

でも、人との関係に興味がないのであれば、最初から相手を傷つけることに躊躇なんてしない。

 

「……単に自分勝手なだけかもよ」

「それでもいいわ。自分にも、他人にも興味がないよりはずっといい」

 

嘗て強く心を閉ざし、全てに興味を失くして生きる屍となった経験があるミサトだからこその言葉だった。

 

「怖くてもいいのよ。興味があるなら、それを言葉にすれば応えてくれる人が絶対にいるわ」

「……」

 

ミサトの言葉をしっかりと受け止めたアスカは、改めてシンジ少年とミサトの関係に思いを馳せた。

 

シンジ少年はいつだってミサトに気を遣って――いや、心遣いをしている。

ミサトもまたシンジ少年に心遣いをしている。

お互いに心遣いをしている。

 

お互いがお互いを大事に思っているが故に、何が一番相手の為になるかを考えて行動する。

だからこそ本音を曝け出すことに抵抗がないし、いつだってお互いのことが分かる。

 

この関係にアスカは身に覚えがあった。

この間のシンジ少年とのユニゾンである。

 

あの時、アスカは確かにシンジ少年を気に掛けていた。

些細なことでもシンジ少年の負担を考えて、出来ればそれを軽減してあげたいと思いながら常に行動していた。

 

まごころが大事なんだな、とアスカは思った。

 

嘘や偽り、欺瞞ではない、本当の心。

相手を思いやる気持ち。

それが、大事なんだと。

 

“怖くてもいいのよ。興味があるなら、それを言葉にすれば応えてくれる人が絶対にいるわ”

 

ミサト自身の言葉が背中を押し――気が付けばアスカは口を開いていた。

 

「ミサト」

「なーに」

「……私ね、ミサトのことが好きよ。も、もちろん変な意味じゃないわよ⁉」

 

のぼせたわけでもないだろうに、顔を真っ赤にしながら慌てて訂正を入れるアスカ。

ミサトはニコニコと嬉しそうに笑いながらアスカの頭を撫でた。

 

「分かってるわ」

「……ねぇ、ミサト」

 

母性の塊のような包容力を発揮しながらアスカを猫可愛がりするミサト。

それを恥ずかしそうに。

何より嬉しそうに受け入れながらアスカは言う。

 

まごころを込めて。

 

「私、ミサトが家族だったら嬉しい。あなたみたいに素敵な人がお姉さんだったら、本当に嬉しいわ」

「――――」

 

言葉がなくても人と繋がれることをアスカは知った。

だが、言葉にしなければ伝わらないこともある。

言葉だからこそ伝わることもある。

 

(アスカ……)

 

ミサトは驚いていた。

家族に関してあれほど凄惨な過去を持つアスカが、それでもミサトを求めてくれたことを。

 

その言葉を言う為にどれほどの勇気が必要だったのか。

そして、アスカがどれほど成長してくれたのか。

 

一瞬で全てを悟ったミサトは感極まって泣きそうになりながら、

強くアスカを抱きしめた。

 

「私もよ。アスカみたいに素敵な子が私の家族なら、嬉しい」

 

身体と同じく、お互いの全てを曝け出したアスカとミサト。

その心が重なる。

 

 

アスカは幸せだった。

 

のぼせてしまいそうなほどに、幸せだった。

 

 




  予告

ミサトの暗躍もあり、遂に米国からNERV本部へと到着したエヴァンゲリオン四号機。
その起動実験準備が進む中、突如としてNERV本部が闇に襲われる。
さらに迫りくる使徒の脅威。
NERVは危機を乗り越えることが出来るのか。

  次回
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