まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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まごころを、やっぱりぼくに

 

国際連合直属非公開組織 特務機関NERV。

第3新東京市の地下に位置する本部の執務室にて最高司令官の碇ゲンドウと副司令官である冬月コウゾウはとある写真を眺めていた。

 

そこに映っているのは、満面の笑みを浮かべた整った顔立ちの少年。

 

「ほう……随分と幸せそうじゃないか」

「……」

 

冬月の言う通り、碇シンジ少年は写真の向こう側でとても幸せそうであった。

友人たちとサッカーに興じている写真。

水泳の授業で友達と一緒にピースをしている写真。

家庭科の授業で女子たちに囲まれて恥ずかしそうにはにかんでいる写真。

 

年相応の屈託ない笑顔。少し大人びたように見える微笑。

どれも魅力的で、彼が心からの充足と自分への自信に満ちていることがうかがえる。

 

「親としては幸せなことじゃないか」

「……」

「分かっている。そう睨むな。まったく……子供の幸せも素直に祝えないとはな」

 

地獄に落ちるぞ、と言葉を続けようとした冬月だが、流石にそれは口に出すことはなかった。

そうと分かっていながら、一瞬の再会に全てを捧げたのが目の前の男だからだ。

 

「少し早いが、シンジをここに呼ぶ」

「何故だ? まさか、今からパイロットとして育成しようというのか?」

「あぁ。戦力は多いに越したことはない」

「であれば、ドイツのセカンドチルドレンのようにもっと前から育成を開始しておけばよかったものを……扱いに困るからと関りを拒絶していたのはお前だろう、碇」

 

ごもっともな指摘に返す言葉がないゲンドウ。

相変わらず不器用を通り越して病的なまでに臆病な共犯者に呆れつつ、冬月は指摘を続ける。

 

「だいたい、使徒殲滅は初号機の暴走形態に託すのではなかったか?」

「それでは初号機の身体が持つまい。アレにもそれなりに健闘してもらう必要がある」

「だから今更呼びつけるか……しかし、なぜ今なのだ? 1年後の襲来日ではいけないのか?」

 

怪訝な表情を浮かべながらどうしてこのタイミングなのかを問う。

 

「……ユイがアレを見放すことはないだろうが、アレの方がどう思っているかは別だ。心の自立が早まり、母を求める気持ちが弱まれば、シンクロに問題が生じる可能性がある」

「確かにお前の息子にしては逞しく育っているようだが……初号機とのシンクロに問題が生じるほどか?」

「それを確かめる必要があるのだ。1年後の襲来日に呼び出し、シンクロも出来ませんでしたでは話にならないからな。だからこそ今のうちにこちらへ呼んで孤立させ、初号機に依存させておくのだ」

 

“お前の息子にしては……”という部分を丁寧に無視して尤もらしいことを言うゲンドウ。

 

「それに、エヴァンゲリオンへの依存は――」

「初号機の――ユイ君への覚醒にも繋がりやすい、か」

 

息子の悲鳴を無視する彼女ではあるまい。

そんな、歪な信頼からくる確信であった。

 

「……果たして、そう上手くいくものかな?」

「幸せを突如奪われれば人は絶望するものだ。そして、微かに見える光に縋ろうとする」

「それは……」

 

我々のことだな。

口には出さなかった。

 

「預言の日は近い。多少、日程が繰り上がったところで問題はないだろう」

 

そう言って碇ゲンドウは内線の受話器を手に取った。

これから、実の息子の平和な日常をその手でぶち壊すつもりなのだ。

 

(碇……)

 

長年の付き合いである冬月には手に取るように彼の心境が分かった。

 

恐れているのだろう。

突然花開いたように成長していく息子が。

 

そして、腹立たしいのだろう。

自分から見捨てたくせに、自分を必要とせず己の力だけで前に突き進んでいる息子が。

碇ユイに心を引きずられていない碇シンジが。

 

いや、もしかしたら彼は息子に忘れて欲しくないのかもしれない。

最愛の妻のことを。

 

「……ユイ君。我々は地獄に落ちるのだろうな」

 

何の罪もなく、ただ幸せに暮らしているだけの少年を自分たちの手で生き地獄に突き落とすことになる。

その事実を真正面から受け止めながら冬月は疲れたように溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

碇シンジ少年は穏やかな性格の持ち主である。

 

多少のことでは腹も立てない寛容さを持ち、声を荒げて怒ることなんてまずない。

彼自身も自分が怒り狂っている様子を想像できないほどに穏やかで、少し大人びた温厚な少年。

 

もう中学一年生になる彼は、小学時代の仲良したちと一緒に次のステージへ進むことを心の底から楽しみにしていた。

 

そんな碇シンジ少年は今――

 

「なんだよ、いきなり……」

 

心の底から怒って(ピキッて)いた。

 

 

 

二週間前。

 

小学校を卒業し、春休みを満喫していたシンジ少年の元に突然父からの手紙が届いた。

『来い』とだけ書かれた手紙を読んだシンジ少年は当然のように困惑した。

 

一言だけでは呼び出される意味も理解できないし、重要性も分からない。

あと、配慮の欠片も感じられない命令形にも腹が立った。

 

返事は当然ながらNO。

無論、父と違って配慮と言うものを学んだシンジ少年は、それはそれは丁寧な字と文章で遠回しながらもしっかりと父に伝えた。

 

『いや、行くわけねーじゃん』

 

なにせ、理由がない。

今が最高に楽しいから。

 

メリットがあればシンジ少年ももう少し考えたかもしれないが、父親だからと雑に呼び出せるほど今のシンジ少年の精神は不安定ではないし、さらにプライドも低くないのだった。

 

そうして妙な手紙のことなどすぐに忘れ、友達と元気に遊んでいたシンジ少年だったが、如何せん、相手が悪かった。

 

「碇シンジ君、だね?」

「そうですけど……」

 

手紙を返してから二週間後。

さて、今日は何しようかなと気持ちよく朝を目覚めたシンジ少年のもとに来訪者があった。

見るからに怪しそうな人。背後にはサングラスに黒服のガードまで引き連れている。

 

警戒心を露わにするシンジ少年に怪しげな客人は告げた。

 

「碇司令が――あなたのお父さんがお呼びです」

 

間もなく中学生になろうという少年を迎えるにはあまりに過剰な行動だった。

異常と言ってもいい。

すっかり仲良くなった“先生”たちが謎の来訪者に猛反発するのを宥め、渋々と言った体でシンジ少年は第3新東京市まで赴くことになった。

 

春休みだし、少しくらいならいっかと楽観的な思考回路のまま。

 

だが――

 

流石にその日のうちに強制連行されるとは聞いていない。

 

外から内部の様子が見えない要人用の黒塗りの高級車に押し込められ、長時間揺られ続けたシンジ少年は自分が温厚な性格であるということを忘れるほどに怒りに満ちていた。

 

「なんだよ、いきなり……」

 

イライラとした様子を隠すこともなく後部座席で貧乏ゆすりをする。

無論、運転席と助手席にいるサングラスの男たちはシンジ少年の様子に気が付いているが、子供が怒っていますアピールしたところで怖くもなんともない。

無言を貫き、シンジ少年を相手にする素振りも見せない。

 

駄々をこねても意味がないと悟ったシンジ少年は拗ねたように肘をつき、右拳の上に頬をおきながらボーッと外を眺める。

 

(父さん……父さんか)

 

眼を瞑ると苦い記憶が蘇る。

 

砂の城を作った。

大きな大きな砂のお城だ。

日が落ちる中、自分はただ誰かを待ち続けていた。

でも誰も来なくて。

 

泣きながらお城を蹴り崩した。

 

(いまさら……何だっていうんだよ……)

 

複雑な心境を抱えたままボーッと外の景色を眺めていたその時、車がトンネルに突入した。

暗くなった車内。暗いオレンジ色が視界を埋め尽くす中、シンジ少年はふと窓の端を眺めて驚愕した。

 

そこには後部座席を占領している線の細い少年が一人。

 

えっ、誰この物憂げな美少年……? あっ、僕だわ

 

シンジ少年はあっさりと機嫌を直した。

自分の機嫌は自分で取るもの。

 

ちょっと気分が凹んでも、怒りに心が支配されても、鏡を見ればもう平気。

究極のポジティブナルシシズムの体現者。

それが、碇シンジ少年だった。

 

なお、過度なナルシシズムが露呈することは恥ずかしいことだと学んだシンジ少年の表情は愁いを帯びたままで……

 

(可哀そうに……)

 

命令により無駄口を叩けないが、常識的な感性を持った運転手やエージェントたちに無意識の同情を植え付けているのだった。

 

 

車で連れられた先にあったのはまさかのプライベートジェットだった。

頬を引き攣らせるシンジ少年を乗せたジェットは最速で第3新東京市の空港に到着し、そこからまた似たような黒塗りの高級車に乗り換えて揺られること一時間。

 

シンジ少年は長い移動時間を経て遂にそこへたどり着いた。

 

「ここは……」

「特務機関NERVよ」

 

彼の呟きに答えを返す凛とした声。

振り向いた先には絶世の美女がいた。

 

「はじめまして、碇シンジ君。私は葛城ミサト。よろしくね♪」

 

凛とした表情から一転、茶目っ気のあるウインクで挨拶をしてきたのは妙齢の美しい女性だった。

シンジ少年は今まで見たことがないような豪奢な美人に内心驚愕。

これが田舎と都会の違いかぁ~と的外れなことを考えながら口を開いた。

 

「はじめまして。碇シンジです。よろしくお願いします」

 

ぺこりと頭を下げる。そして子供らしい屈託ない笑顔を浮かべる。

 

(あら、写真もかなり可愛かったけど、実物は相当ねぇ)

 

葛城ミサトはNERVへ招待された少年を見て内心感嘆していた。

 

繊細で、美しい顔立ちは全てのパーツが完璧なバランスで、腕のいい美容師に手入れされているであろうベリーショートの髪型は中性的で清潔な印象を前面に押し出しており、彼によく似合っていた。

 

ミサトを真っすぐ見つめる瞳には子供らしい輝きと少しの警戒心があるが、初対面ならこれくらいは普通だろう。

それよりもミサトは少年の全身に満ち溢れた瑞々しい生命力と、身に纏う落ち着いた雰囲気を評価していた。

 

写真では柔らかく繊細なイメージしかなかったが、なかなか堂々としたものだ。

 

「さて、早速だけど私が案内役を仰せつかったの。碇司令のところまで案内するわ。おねーさんに蹤いてきてね」

 

視線でガードたちに任務終了を知らせたミサトはシンジ少年をエスコートする。

 

「はい」

「――といっても、実は私もつい最近ここに来たばかりでね。あんまりここの構造が頭に入ってないのよ。迷ったらごめんネ」

 

ペロッと舌を出しながら困ったように笑う。

その子供っぽくあざとい仕草は彼女に良く似合っていた。

 

「大丈夫です。寧ろ遅れてきましょう。相手は父なので問題ありません」

「つ、強気ね……ただ、シンジ君が大丈夫でも私の首が大丈夫じゃないから、きっちり時間通りに行かせてもらうわよ」

 

興味深げにあたりを見渡しているシンジ少年を引率しながら葛城ミサトは親友から手渡された詳細な案内図を片手に歩いていく。

 

「広いですねここ……ジオフロントでしたっけ? 迷子になりそうです」

「分かるわ~ちなみに、迷子になったら全館に放送が流れる羽目になるの。これが結構恥ずかしくてねぇ……」

「葛城さん、迷子になった経験があるんですね」

「な、なかなか鋭いわね……」

 

ほぼ自爆だったが、シンジ少年の鋭い指摘に動揺する葛城ミサト。

やられっぱなしでは気に食わない彼女はいいこと思いついたとばかりに悪い顔を浮かべると――

 

「シンジ君もはぐれないようにおねーさんと手を繋いで歩く?」

 

この年頃の少年が恥ずかしがりそうな提案をした。

 

だが、シンジ少年は普通ではない。

ミサトの思惑に反し、ニッコリと笑って右手を差し出した。

 

「はい!」

「あ、あらら。素直なのねシンジ君。それじゃあ、失礼して」

 

からかってやろうと意地悪を仕掛けるも、驚くほど素直な返答に戸惑うミサト。

 

(明るくて頼りになりそうなおねーさん……風? どっちなんだろ。今動揺してたし、なんか演技っぽいな)

 

ややオーバーチックなミサトの演技をほぼ見抜いていたシンジ少年だが、敢えてそれを指摘することはなく、また気づいた素振りも見せることはなかった。

大人のカッコつけには花を持たせてやるべき。人と接する中でシンジ少年が獲得したポリシーの一つである。

 

人の顔色を窺っていたシンジ少年の臆病な眼はやがて、人の本性を一瞬で見抜く慧眼へと進化していた。

 

彼女が自分に何を望んでいるのか。

何となく察したシンジ少年は、それに合わせに行く――なんてしんどいことはせずに、自分の好きなように振舞うことに決めた。

人の顔色を窺い、過剰な演技で自分を偽ることに何の意味もないことを、彼は既に学習していたから。

 

驚くほど長いエスカレーターを二人で手を繋いで下っている最中、ふと葛城ミサトが気遣うように話題を振った。

 

「長旅ご苦労様。疲れたでしょう?」

 

ここまで殆ど口を開く機会がなく、さらに配慮に欠けた扱いを受けてきたシンジ少年は、例え社交辞令だとしてもその労りの言葉がありがたかった。

自然と頬を緩ませながら答える。

 

「いえ。ジェット機、楽しかったです」

 

これは事実。でも無言の車内は苦痛だった。

 

「その年でプライベートジェットを堪能できるなんて羨ましいわね~、空を飛んだのは初めて?」

「はい。初めてでした」

「怖くはなかったの?」

「全然」

「あら、凄いわね~将来大物になるわよ、シンジ君」

「よく言われます」

 

思わぬ返しに驚いて視線を向けると、見事なまでのドヤ顔を披露していた。

 

(あっ、可愛い)

 

反射的に頭を撫でそうになったミサトだが、自分の職務を思い出して自重した。

そんな自分を誤魔化すように別の話題を振る。

 

「今日はどうして呼ばれたのか分かる?」

「わかんないです。お父さんに手紙で来いって言われて、嫌だって言ったら急に黒い服の人たちがやってきて……」

 

気が付いたらここにいました。

不満、というよりかは不安そうな表情で語るシンジ少年。

 

随分手荒な歓迎だなとミサトは自身の上司に対して悪感情を抱いたが、それよりも少年の曇った表情が気になった。

個人的なことに踏み込むつもりはなかったのに思わず口を開いてしまう。

 

「苦手なの? お父さんのこと」

「よく……分からないです。でも一つだけハッキリしていることがあります」

「なに?」

 

曇っていた表情がいきなり晴れる。

いい笑顔を浮かべたシンジ少年はハッキリとした口調で断言した。

 

「僕、常識のない人は嫌いです」

「……そう」

 

まぁ、苦手云々は置いておくとして。

やっぱり少年はご立腹らしかった。

 

はっちゃけたキャラクターで少年と打ち解けようとしていた葛城ミサトはちょっち自重することに決めた。

 

 

「久しぶりだな、シンジ」

「うん。久しぶり、父さん」

 

恐ろしく広く、威圧的で、儀式めいた記号に覆われた執務室。

数年ぶりの親子の再会にしては荘厳すぎる場所で二人は顔を合わせた。

 

久々に父の顔を見たシンジ少年は意外と落ち着いている自分に驚いていた。

 

(あれ、父さんってこんな感じの人だったっけ……?)

 

久々すぎて昔の印象も殆ど思い出せないままに昔と今の違いを比べようとして……諦めた。

 

久々に息子の顔を直接見た碇ゲンドウは驚いていた。

自分の想像よりもずっと逞しく、堂々と成長している。

 

お互いの観察するような視線が行き交い、沈黙が続く。

先に口を開いたのは父の方だった。

 

「お前にはやってもらうことがある。そのためにここへ呼んだ」

「僕にやってもらいたいこと?」

 

シンジ少年が首を傾げる。

クラスの中ではかなり賢い方という自負はあるが、流石に大人の仕事の手伝いが出来るほど思いあがっているわけではない。

 

「僕、そんな大したことは出来ないと思うよ? 子供だし」

 

卑屈になっているわけではなく、謙虚に現実を受け止めたうえでの発言。

やはり立派に成長している……ゲンドウは複雑極まりない心境に無理やり蓋をしながら告げた。

 

「大したことではない。お前に適性があるかどうかを見極めるだけだ」

「適性……えぇと、何のことかわかんないけど、それがあるとどうなるの?」

「お前はここで働くことになる」

「働く……働く⁉」

 

思わず大きな声が出た。

 

「ど、どういうこと? 僕、まだ中学一年生なんだけど……」

「詳しい説明は赤木博士から受けるんだ。……葛城一尉を入室させろ。話は済んだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「なんだ? 子供の駄々に付き合っている暇はない」

「わけがわかんないよ! 何の適性? 働くってなに? あと、その程度の内容なら直接顔を合わせて言う必要なかったじゃん!」

「手紙で書いたらここへ来たのか?」

「いや、それは……」

 

まぁ、来なかっただろうな、とシンジ少年は自分を省みてそう判断した。

 

「こうなったのもお前が私の手紙で自分から来なかったから悪いのだ。何故、あんな手紙を返してきた?」

「えっ、書いてなかったっけ? 予定があるからだけど」

「お前は父親の呼び出しよりも学友との旅行を優先するのか?」

えっ、うん

「……」

 

迷う間もない即答だった。

黙りこくる父親を見たシンジ少年が慌てて弁明する。

 

「だ、だって! もう友達のご両親の人と話がついていたんだよ! 一緒に旅行に連れて行ってくれるって! それに、旅館も予約済みだって話だし、キャンセル料金とか掛かったら申し訳ないじゃないか!」

「……」

「それに対して父さんの手紙はなんだよ! 『来い』ってそんな……最初は詐欺かと思ったじゃんか! 理由も分かんないのに予定が立っている旅行をキャンセルなんて出来ないよ! 友達の両親の信頼とお金が掛かっているんだよ⁉」

「……」

 

友人の両親に配慮した、実に現実的で大人な理由だった。

流石にここまで理路整然と語られて子供の駄々と切り捨てられるほどゲンドウは常識知らずではない。

 

「……こちらの事情の方が優先順位が高い。それはすぐに分かるだろう。旅行は諦めろ」

「えっ……もしかして、その適性試験って僕の箱根温泉旅行までかかるの?」

「それはお前次第だ」

「僕次第……」

 

その瞬間、碇シンジ少年は考えた。

じゃあ、わざと失敗したら早々に帰れそうだと。

 

「もう話は終わりだ。葛城一尉、そいつを連れて赤木博士のもとへ。適性試験を受けさせろ」

「はい」

 

親子の口喧嘩が始まる少し前に入室を許可され、壁際で所在なさげにシンジ少年のもっともな発言を聞いていたミサトが敬礼で答えた。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんだ? これ以上お前に構っていられる時間はない」

「もし! 僕がその適性試験とやらで上手くいったとして、もし! 温泉旅行に行けなくなったとしたら! 父さんが責任を持って友達のご両親に謝ってキャンセル料金を支払ってよね!」

「……いいだろう。話は終わりだな。連れていけ、葛城一尉」

「はい。行くわよ、シンジ君」

「……はい。父さん、約束忘れないでよ。あっ、それから他にも予約してあるテーマパークのチケットもキャンセルになりそうだったら弁償してね」

「……あぁ」

「それじゃ」

 

言いたいことを言って満足したのか、シンジ君はあっさりと父に背中を向けた。

立ち去っていく凛とした背中を見送るゲンドウの心中はやはり複雑だった。

 

(シンジ……どれだけ遊ぶつもりだったんだ?)

 

碇シンジ少年の春休みは遊びの予定でいっぱいだった。

それが全部ぶち壊されることになり、彼が怒りの頂点に達するまで、

あと少し――

 

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