まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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前話の後書きに乗せている次回予告の内容を少し改訂しました。

今回は、ミサトさん大暴れ回です。


静止した闇と、月光の下で【前編】

 

エヴァンゲリオン四号機。

 

それは、米国支部が(強引に建造権を主張して)建造した最新型の機体である。

零号機、初号機、弐号機のデータをもとに改良が重ねられ、

スピード、パワー、戦闘持続能力。

全てが最新型に相応しいカタログスペックを有している。

 

問題があるとすれば、エヴァンゲリオンという兵器が操縦者とのシンクロ率によってその性能が大きく変化することだろう。

カタログスペックなど何の役にも立たないことを、不安定なシンクロ率で戦うシンジ少年が証明してしまっていた。

 

だからこそ、四号機の開発責任者は自分たちが造ったエヴァにさらなる付加価値を付与すべく、上からの指示もあってとある分野に目を付けた。

 

使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

エヴァという兵器における一番の欠点は稼働時間だ。

日本重工がその欠点に着目し、ジェットアローンで優位性を獲得しようとしたように、四号機の担当者たちもまた四号機でエヴァの欠点を克服することを()()()

 

だが、壮大な夢が現実とならないのは世の常である。

 

 

 

始まりは、NERV本部から米国支部へ送られた一通のメールだった。

 

“S2機関の研究はこちらで引き継ぐことになったので、至急、エヴァンゲリオン四号機を譲渡されたし”

 

あまりにも礼儀を欠いたそのメールに、当然ながら米国支部の担当者は激怒した。

このクソみたいなメールを送って来た奴をつるし上げにしてやろうと送信者名を見た担当者は――青ざめた。

 

葛城ミサト。

 

現在、NERVでも上位を争うレベルの有名人である。

その手腕と冷徹極まりない戦法で次々と使徒を葬り去っている女傑。

密かに「エンジェルキラー」などという、本人が聞いたらマジギレしそうなダサい渾名が付けられている彼女。

 

そんな超重要人物からのメールを無視するわけにはいかず……さらに、問題なのは最後の一文であった。

 

“これは、NERV最高司令官である碇ゲンドウからの勅令である”

 

担当者は天を仰いだ。

 

「組織のトップの判子貰ってんだから、逆らうんじゃねーわよ」

 

そんな声が聞こえた気がしたからだ。

 

一周回って自分の手に負えるメールではないと判断したエヴァンゲリオン四号機の担当者は、悟りきった心でメールを上層部へ転送した。

 

当然、我が強いアメリカ支部が本部からの滅茶苦茶な要求に黙って応じるはずもなく。

直々に説明しに来いやと本部に対して喧嘩を売り――

事前の裏回しで碇ゲンドウ及び、NERV本部の全面バックアップを獲得した葛城ミサトは、喧嘩を買ってアメリカに飛んだ。

 

そして、幕を開けた注目の一戦。

 

NERV本部(葛城ミサト) VS NERV米国支部。

 

一週間にも及んだその熾烈な戦争は、後に地獄のようだったと関係者が語るほどに凄まじく、特に米国支部の抵抗は鬼気迫るものがあった。

嘗て名を馳せていた超経済大国も、今や失業者アレルギーに苦しむただの国だ。

理不尽に仕事を奪われることへの恐怖感が彼らを突き動かしていた。

 

だが――

 

「これが、エヴァンゲリオン四号機……」

 

この戦争の最終的な勝者が誰かは、ミサトとリツコの前に鎮座しているエヴァンゲリオン四号機が語っているのであった。

 

「……しかしまぁ、よくこんな無茶が通ったものね」

 

呆れたような口調で言いながらもキーボードを打つ手が止まらないのは流石というべきか。

彼女は今、四号機の整備で大忙しだった。

 

「米国支部を無理やり説得して四号機を強奪。おまけにこれで最新型のエヴァを造ればいい、なんて詭弁で処理に困っていた零号機と第5使徒の死体まで押し付けて――」

「なによ。言いたいことがあるならハッキリと言いなさいよ~」

 

つらつらと嫌味っぽくミサトの暴挙――及び功績を語るリツコにツッコミを入れる。

 

「何でもないわ。ただ――」

 

キーボードを打つ手を休ませ、眼鏡を取ってからリツコは素直な気持ちを口にした。

 

「貴女は敵に回したくないと思っただけよ」

 

それは、嘘偽りない赤木リツコの本音だった。

 

過去はともかくとして――今の葛城ミサトは()()()()

特に、今回打ち立てた功績は異常と言ってもいい。

 

・どうせなら最新型が欲しいと米国支部からエヴァ四号機を強奪。

・研究はこっちでやるからと途中まで進んでいたS2機関の研究データまで強奪。

・第5使徒の死体解体で湯水のように使われていた金の出費を抑えるため、使徒の死体を米国支部に譲渡するという名目で彼らに解体させた挙句、本国に持ち帰らせる。

・扱いに困っていた零号機を最新型エヴァの素体にしろと米国支部に押し付ける。

 

まさしく一石四鳥。

ミサトは見事にNERV本部の金欠問題の一部を解決した上で、最新型のエヴァンゲリオンを入手してみせたのだった。

 

しかも、米国支部が抱える失業者アレルギーも(強引に仕事を生み出すことで)解決するような形で。

 

対外的には四号機を無理やり徴収したような形になったため、米国支部に気を遣って今回は見送られることになったが、この活躍だけで三佐への昇進も真剣に検討された程である。

 

(本当に恐ろしいわ……)

 

以前までのミサトであればつけ入る隙はあった。

どこかに甘さと言うか、手心みたいなものがあったから。

 

だが、今の彼女にはそれがない。

目的が決まったのであれば、そこまで一直線。

立ちはだかる者に対して情け容赦は一切ない。

 

リツコが考えるミサトの特性が“最短で最適解を見つけ出す”ことである以上、

迷いを捨てた今の彼女は最短、最適、最強の3拍子が揃った理不尽の権化のような存在だった。

 

「心配しなくてもいいわよ、リツコ」

 

親友を安心させるようにミサトは言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

 

暗に邪魔をするなと釘を刺されたリツコは冷や汗を流しながら頷いた。

 

「そうね……それが一番ね」

 

このままいけば近い未来、間違いなく彼女と敵対することになる。

その時の自分が彼女に勝つ未来がどうしても想像できなくて――リツコは現実逃避のように四号機の整備作業に没頭することにした。

 

 

 

 

 

 

『少々お待ちください』

 

数秒の沈黙。

後、電話の声の主が切り替わった。

 

『……なんだ?』

 

低い男性の声。

威圧的で、愛想の欠片もない問い掛けに対し、シンジ少年は笑みを浮かべた。

 

「あっ、久しぶり父さん。元気してるー?」

『……』

 

あまりにもフランクな息子の声を聞き、ゲンドウは電話口の向こうで何とも言えない表情を浮かべた。

 

「あれ? もしもーし? 聞こえてるー?」

『……何の用だ』

 

息子として、エヴァのパイロットとして色々と理不尽な仕打ちを受けたはずなのだが、特に気にしていなさそうな様子でシンジ少年が要件を述べる。

 

「実は今日学校で進路相談の面接について父兄に報告しとけって言われてさ。父兄って父と兄って書くでしょ? だから父さんに言っとかなきゃって思って。来週の金曜日らしいんだけど、来れるー?」

『……葛城一尉はどうした?』

 

逃げの一手を打つゲンドウ。

だが、今回ばかりはシンジ少年にも事情があった。

 

「父兄だって言ったでしょ?」

『詭弁だ。それは保護者と言う意味合いでしかない。こういうことは葛城一尉に一任しているはずだが、彼女はどうした?』

「それが、ミサトは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。別に僕とアスカが一緒くたでもいいんだけどさ、どうせだったら父さんが来てくれた方が良いかなと思って」

 

この間の使徒戦の後のことである。

ミサトはシンジ少年に言った。

 

“アスカの保護者になる”と。

 

えらくシリアスな表情をしていたので、代わりに自分の保護者を辞めるのかと聞いたが「そんなわけないでしょ⁉」と激怒されてしまった。

内心ホッとしながら聞けば、アスカの保護者になったからと言って特に何かが変わるというわけでもないらしい。

ただ、念のため報告しておきたかっただけとのこと。

 

(そうか……アスカがミサトの家族になるのか)

 

あの温泉で何かがあったのか。

アスカとミサトはさらに仲良くなっていた。

最近ではよく2人で遊びに行っているようだし、今では本物の姉妹のようだ。

 

アスカがミサトを年上の女性として大変慕っていることはシンジ少年も知っていたから、彼は笑顔で言った。

 

『良かったね、アスカ』と。

 

照れながらも嬉しそうに頷いたアスカの表情が妙に可愛くて、内心ドキッとしたのはここだけの話だ。

 

 

閑話休題

 

 

そんなわけで、どうせならとシンジ少年は父に電話を掛けているのだった。

ミサトも忙しそうだし(本人はシンジ少年の面談もやると意気込んでいるが)良かったら進路相談の面接に来てくれませんか? と。

 

『……私は忙しい』

「ミサトはどんなに忙しくても来てくれるよ?」

『……』

「いや、総司令ともなると滅茶苦茶忙しいのかもしれないけどさ、偶には父親らしいことをしてくれないと僕も誰が親か忘れそうになっちゃ――もしもし? 聞いてる? もしもーし?」

 

シンジ少年は突然音が途切れた受話器を見つめて、首を傾げた。

 

 

 

 

 

「急に電話が切れた?」

「うん。でも、相手にしてられないから切ったって感じでもなかったんだよね」

 

授業を終え、シンジ少年とアスカは肩を並べてNERV本部へ向かっていた。

ちなみに、綾波は何やら重要な実験があるとかで昨日から学校を休んで泊まり込みでNERV本部にいるらしい。

 

「電話の不調じゃない?」

「確かにそれっぽかったなぁ。NERVの司令なんだから、もっといい電話使えばいいのに。それともこっちの電話の調子が悪かったのかな?」

「まぁ、何だっていいじゃない。今から本部に行くんだから、直接言えば」

「そうだね。執務室に立てこもるつもりなら、エヴァで引きずり出すよ」

「……アンタ、たまーに過激よね」

「そう?」

 

使徒が来なくなっても、コイツにだけはエヴァを渡しちゃいけないとアスカは思った。

しょーもない理由で使い倒しそうだ。

 

「それよりも、シンジ聞いた?」

「何を?」

「エヴァンゲリオン四号機の話よ」

「四号機? ……三号機じゃなくて?」

「逆になんで三号機だと思ったのよ」

「だって、僕が初号機でアスカが弐号機でしょ? 必然的に次は三かなと思って」

「まぁ、順番的にはそうね。だけど四の方が新しいでしょ? だからそっちを手に入れたみたいよ。ミサトが」

「ミサトが?」

「そう。アメリカから強奪してきたって、この間のカラオケで自慢げに言ってたわ」

 

先週の日曜日にミサトとアスカが2人で遊びに行っていたことを知っていたシンジ少年は「へぇ~」と興味深げに反応をした。

 

「じゃあ、パイロットは綾波になるのかな」

「ま、そうなるでしょうね。この世界に残っているエヴァなしのチルドレンなんてあの子だけだもの」

「そっか……綾波もエヴァに乗るのか」

「複雑そうね。お兄ちゃん」

 

揶揄うようなアスカの口調。

実際のところ、彼の心境は複雑だった。

 

「だって、エヴァって危ないし……」

 

流石に何度も死にかけているだけあって、彼の言葉には説得力があった。

 

今でもエヴァに乗って活躍し、使徒を倒して人類史に残る英雄になりたいという願望は継続してあるが、それでも進んで人に「エヴァって良いよ!」と手放しで進められるような代物でないことは彼自身が良く分かっている。

 

「……ま、気持ちは分かるけどね。だけど、アンタ分かってんの?」

 

アスカは唇を尖らせながら不満そうな表情で言った。

 

「私だってエヴァに乗ってるんだけど?」

 

自分の心配はしてくれないのか。

拗ねた様子を見せるアスカ。

シンジ少年は真摯な瞳で彼女を見据えて言った。

 

「分かってるよ。だから本当は、アスカにだって乗って欲しくないんだ」

「――――」

 

きっと、嘗てのアスカであれば激昂していただろう。

エヴァに乗って欲しくない、だなんて。

 

だが、素直になった今のアスカはシンジ少年の想いを誤解することなく受け取れていた。

故に、嬉しい気持ちで微笑むことが出来る。

 

「ありがと。……でも、使徒が来る以上は私たちが乗らなきゃいけない。めんどーだけど、戦ってやるわよ」

 

それに、と勝気な笑みを浮かべながらアスカは胸を張る。

 

「そんなに心配なら、私たちで守ってあげればいいじゃない。あっちが先輩だけど、実戦経験は私たちの方が豊富なんだから」

「……そうだね。僕たちがしっかりすればいいのか」

 

シンジ少年もいつもの笑みを浮かべた。

そうだ。そんなに心配なら自分たちでフォローすればいい話なのだ。

 

頭がスッキリしたシンジ少年はアスカと共に足取り軽くNERVまで到着し、いつものようにカードキーをスライドさせた。

 

だが、扉が開かない。

 

「……あれ?」

「どうしたの?」

「いや、カードキーが反応しなくてさ……ほら」

「変ね。私のカードなら……ダメだわ」

 

2人は顔を合わせ、同時に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

四号機の整備見学を一旦終了したミサトは、この後の起動実験に備えて必要な資料を自室へ取りに行くべく、エレベーターに乗り込んだ。

 

「お~い! 待ってくれ~」

 

階を指定し、いざエレベーターが動き出そうというその時、真正面から聞き覚えのある男性の声が聞こえた。

顔を上げたミサトはそれが加持リョウジであることを認識し――

 

「お~、こんちまた助かったよ。サンキュー」

 

――「開」のボタンを押して彼が乗れるように扉を開いておいた。

 

「そんなに急いでどうしたのよ。何階?」

「ここのエレベーター、待つと長いだろ? チャンスがあるなら逃したくなくてね。よっと、失礼」

 

慌てて乗り込んできた加持が腰をさすりながら行き先である階のボタンを押した。

旧知の2人を乗せて動き出すエレベーター。

不意に、前を向いたままのミサトが口を開いた。

 

「……この間の件はサポートありがとう。借りが出来たわね」

 

この間の件――エヴァンゲリオン四号機の件である。

リツコはあれがミサト1人の手で成し遂げられたと勘違いして戦慄していたが、実際のところは色んな人間の手助けがあって実現出来たことである。

 

そのうちの一人として、今後ろにいる男がバックアップにいたことを彼女はきちんと認識していた。

 

「返す気もないんだろう?」

 

何の件かすぐに察した加持は、律儀だなと肩を竦める。

彼の方は少し他部署の知り合いに声を掛けただけで、ミサト1人でも難なく四号機は手に入れられていたと認識していた。

手を貸したのは単純に彼の(たくさんいるうちの一人である)上司からの命令であり、そして彼女に恩を売れたら御の字程度の下心があったからにすぎない。

 

「いえ、きちんと返すわよ。貸し借りはなしでいきたいもの」

「じゃあ、次に取っておいておくれ。俺も君に頼みたいことがある」

「お願いの内容にもよるけどね」

「なに、セクハラじみたことはお願いしないさ」

「それは良かった。それ以上言ったら、頭を吹き飛ばしていたところよ」

 

カチッ、とセーフティーが掛けられる音。

懐から手を抜きながらミサトはそんなことを言った。

あと少しで死に掛けていたことを悟った加持は冷や汗を流しながら、あまり余計なことは言わないでおこうと決意した。

 

何と言うか、再会してからの葛城ミサトは色々と怖すぎたから。

彼でも余計な行動は命取りになると思うくらいには。

 

「ところで加持君、最近忙しくしているらしいじゃない」

「あぁ。君にこき使われたからね」

「嘘をついても無駄よ。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

改めて、本当にデキる男は忙しい素振りを見せないという台詞は何だったのか。

半ば呆れながらも厳しい口調で追及する。

 

「アルバイト?」

「とぼけないで。昔みたいに金欠なのかもしれないけど、一応私たち国際公務員なのよ? 副業は本来禁止のはず」

「……ありゃ、バレてたか」

「当然でしょ」

 

加持リョウジに疑念を抱いたのは、日本に来たばかりのアスカを放っておいてドイツ支部に一度戻っていた話を耳にした時だった。

仮にも当時の彼はアスカの護衛だったのだから、一時目を離すだけでも大問題だというのに、使徒戦でミスをしたアスカのケアもせずにドイツ支部にまっしぐら。

 

付き合っていたのは遥か昔ではあるが、それでも加持リョウジの人間性を知っているミサトはその行動を疑問に思い、ドイツ支部時代の伝手を使って色々と彼の動向を調べてみた。

 

もちろん、彼の行動に表向きの理由は存在していた。

ドイツ支部で保管されている、S2機関に関する重要な使徒のサンプルデータの輸送とか、何とかかんとか。

だが、肝心のサンプルの行方が分からない。

技術部の誰に聞いても分からない。

 

黒だ。

そう判断したミサトは、さらに様々な伝手をあたって加持リョウジの経歴を洗い出し――その正体を突き止めるに至ったのである。

 

「――で、作戦部長さんは俺をどうするつもりだい? 懲戒解雇かい?」

「別に、お小遣い稼ぎのアルバイト程度で目くじらを立てる気はないわよ。それよりも、私が聞きたいのは――なに?」

 

加持を追及しようとしたミサトは、突如真っ暗になったエレベーター内で顔を顰めた。

 

「停電か?」

「この施設で? そんな馬鹿なことあるはずないわ」

「赤木が実験でもミスったんじゃないか?」

 

その頃、件の赤木博士は四号機の実験室で『わ、私じゃないわよ……⁉』と胡乱な視線を向ける職員たちへ必死に言い訳をしているのだが、もちろん彼女のせいではない。

 

「四号機単体でここの電気を食いつぶすなんて無理よ。ただでさえ、燃費がいい機体なのに」

 

機体のスペックを頭に叩き込んでいるミサトが怪訝な表情で言う。

加持は困ったなー、と頭を掻きながら尋ねた。

 

「ここの電気系統は?」

「正・副・予備の3系統よ。それが同時に落ちるなんてこと、あるはずが――」

 

シンジ少年から誕生日プレゼントでもらった大事な腕時計を見ながらミサトが答える。

1分、2分、3分、4分……。

刻々と時間は進んでいくが、電力が復帰する気配はない。

彼女の中にある推測が生まれる。

ブレーカーは落ちたのではない。何者かによって()()()()()()()

 

「あり得ないことはあり得ない、か。何事も起こりうるってことだな。この世界では」

 

飄々と呟く加持リョウジ。

 

「……そうみたいね」

 

渋々とその事実を認めながら――

ミサトは突如、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、おい! 突然どうした⁉」

「時間がないから手早く聞くわ」

 

冷たい瞳でミサトは確信を持って尋ねた。

 

「あなたでしょ? ここの電源を落としたのは」

「ッ!」

 

加持の瞳が暗闇で鋭く光る。

反射的に腰の銃に手を伸ばしそうになるが、それを止めるようにミサトがわざとらしく音を立てて銃のセーフティーを外した。

 

「……おいおい、突然穏やかじゃないな。どうしたんだ、葛城」

「このエレベーターも電気が落ちているから監視の目はない。遠慮せずに答えていいのよ? 自分が犯人ですって」

「言いがかりだ! 一体何を根拠に――」

「アルバイト」

 

ピクリ、と人に悟らせない程度に加持の身体が反応する。

 

「さっき言ったわよね。私たちは国際公務員なのよ? なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「金欠でね。やむを得ずさ」

「はぐらかさないで」

 

ミサトが持っていた資料を床に放り投げ、両手で銃を構え直す。

次にふざけたことを言えば発砲も辞さない。

そういう態度だ。

 

「NERVに敵が多いことは自覚しているわ。あなたが日本政府や碇司令の間をうろついて何かしていることも知っているし、あなた以外にも工作員が紛れていることは分かっている」

「……」

「だけど、私からしたらどうでもいいことよ。私が心配しているのは、これが私たちへの攻撃である可能性があるという一点だけ」

 

愛するシンジ少年とアスカへ危害を及ぼすつもりがあるかどうかを知りたいだけ。

気になることは色々とある。

だが、ミサトは言った。

 

「今は、全てに目を瞑る。だから教えて頂戴」

 

必要な情報以外は敢えて聞かない、と。

 

アルバイトには目を瞑ってくれるし、余計なことは聞かない。

興味も持たない。詮索もしない。

ここまで言われてしまえば、加持も折れる他なかった。

 

(銃で脅されているし、しょうがないよな?)

 

心の中で雇い主に適当な言い訳をしながら端的に尋ねる。

 

「何が知りたい?」

「ここの電気を落とした目的。まぁ、あらかた予想はついているけどね」

 

まぁ、そうだろうなと納得しながら加持は両手を上げたまま答えた。

 

「もし仮に俺がここの電力を落とした犯人だとしたら――停電復旧のルートから本部の構造を探るだろうな」

「それはつまり……」

「ここを()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだ」

「……そう。人間の敵は人間と言うことね」

 

ミサトは険しい表情で舌打ちをした。

 

「いつの時代も、下らない。使徒と戦ってる最中だというのに――」

「或いは、人間こそが最後の使徒なのかもしれないな」

「……」

 

だとすれば、エヴァに乗るシンジ少年とアスカが最後にあの兵器で戦うべきは――同族と言うことになる。

 奇麗なあの手を、真っ赤な血で染めさせることになってしまう。

そんな残酷なことはさせたくない。

させてなるものかと、ミサトは決意する。

 

「……色々とありがと。参考になったわ」

 

そう言ってミサトは銃口を加持から逸らしてセーフティーを掛けた。

 

「それは良かった。ところで、俺の方からも葛城に聞きたいことがあるんだが――」

「また今度にして」

「おいおい、つれないなァ」

 

一方的に情報を絞り出しておいて、もう用がないからさようならとは実に薄情だ。

ミサトが放り投げた資料を先んじて拾い上げ、彼女に手渡しながらこれでは割に合わないと主張する。

 

「ありがと」と素直に資料を受け取りながらも、ミサトは応じるつもりはなかった。

 

「言ったでしょ。()()()()()()()

「何を――」

「……10分。そろそろタイムアップね」

 

そう言ってミサトは銃をホルスターにしまった。

次の瞬間、一斉に復旧する電力。

 

「――な、に」

 

滅多に見られない、心底動揺した声。

信じられないといった様子の加持に対し、ミサトは涼し気な表情だ。

 

「やっぱりリツコがやってくれたわね」

「これは……」

「恐らく、ジェットアローンの電力よ。普段はエヴァの電力維持に回しているんだけど、緊急事態だから全体の主電源に回したのね」

 

加持は内心で動揺していた。

エヴァの支援火器として日本重工から買い取ったというロボット。

存在自体は知っていたが、まさか発電機として運用されているとは思わなんだ。

 

「……こうなることを読んでいたのか?」

「そうなればいいなと思っていただけよ。コンセントの差し替えみたいなものだから、10分もあれば作業が終了すると踏んでいたの」

「……」

 

黙り込む加持に背を向け、ミサトは開いたドアに向かって歩き出す。

 

「それじゃあ、私は行くわ。……何が目的か知らないけど、火遊びはほどほどにね。これは友人としての忠告よ」

「……真摯に聞いておくよ」

 

2人の間を分かつように、エレベーターのドアが閉じた。

 

 

 

 

電力が復帰した本部内を疾走し、ミサトは発令所――ではなく、ジェットアローンの格納庫までやって来た。

案の定、そこには作業員たちに指示を飛ばす親友の姿がある。

 

「リツコ! やっぱり貴女だったのね! 状況はどう?」

 

駆けつけたミサトを見たリツコは、パッと表情を明るくした。

 

「ミサト! 貴女はNERVの救世主よ! よくぞあのポンコツを買い取ってくれたわ!」

 

珍しく興奮した様子の赤木リツコが暫定的にNERV本部の電力を支えているジェットアローンを指さしながらミサトを讃える。

 

「活躍してるんだから、ポンコツはないでしょ~」

「そうね。残念ながら、もうポンコツ呼ばわりは出来ないわ」

「ま、備えあれば患いなしってね。施設の方はどう?」

「さっき技術部の人間を修復に向かわせたわ。ただ――」

 

声を潜めてリツコは言う。

 

「自然に電力が落ちたとは考えにくいから、物理的な手段でブレーカーを落とされた可能性が高いわ」

「……そう。修復に時間は掛かりそう?」

「それは現場の人間にしか分からないわ。ただ、ぐちゃぐちゃに破壊されていた場合は……後数時間は復旧出来ないでしょうね。幸い、実質的な小型原子炉があるから、供給範囲を限定していれば電力不足になることはないと思うけど」

 

ミサトはリツコと同じように声を潜めて尋ねた。

 

「……こうして稼働している以上は大丈夫だと思うけど、JAに細工はされてないわよね」

「そっちは問題ないわ。エヴァの支援火器という名目が効いていたみたいね。流石に臨時の電力源とは誰も考えていなかったみたい」

「良かったわ。JAまでやられていたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれないから」

「えぇ、全くね」

 

ホッと胸を撫で下ろすNERVの女傑2人。

 

だが、安堵するのはまだ早い。

何故なら、本当の試練はこれから始まるのだから――

 

「国防省より通信あり! NERV本部目掛けて使徒接近中とのことです!」

「「……」」

 

流石のミサトも言葉を失ってしまった。

 

よりによって、今か。

ちょっと1日、いや数時間ずらしてくれるだけで万全の状態で挑めたというのに、

よりによって今、やってくるのか。

 

ぐにゃりと顔を歪ませ、ミサトは思わず呟いた。

 

「……Fu○k」

 

本場アメリカ仕込みの完璧な発音で繰り出されるスラング。

親友の言葉遣いを矯正したいリツコではあったが、流石に今は注意する気にもなれなかった。

 

だって、彼女も全く同じ気持ちだったから。

 

「本当、Fu○kね」

 

クソみたいな現実を罵倒しながら、リツコとミサトは動き出した。

 

 

 




予告

迫りくる使徒に対し、いきなりの実戦を強いられる綾波レイ。
本部目掛けて疾走するシンジ少年とアスカ。
大人たちの思惑と、少年少女の青春が駆け巡る。

  次回
静止した闇と、月光の下で【後編】
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