まごころを、ぼくに   作:赤坂緑語

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今回、零号機と綾波レイに対して色々と独自解釈が入っております。
タグ欄にも「独自解釈あり」「オリジナル展開あり」を追加させていただきました。(今更)
色々な情報を参考に考察した結果ですが、ご了承いただければと思います。



静止した闇と、月光の下で【後編】

 

本部内を疾走するミサトが発令所にたどり着いた時、スクリーンには4本の細長い巨大な四脚に、大きな胴体を持つ“虫”のような外見の生命体が映っていた。

間違いない。使徒だ。

 

「葛城一尉!」

 

頼りになる(けど滅茶苦茶怖い)上官の登場に、日向は反射的に椅子から立ち上がりながら敬礼をした。

 

「敬礼は結構! 状況は?」

 

調教された犬のようにサッと椅子に腰かけながら日向は端的に報告をした。

 

「旧熱海付近の海上より発見された目標は現在、第三新東京市目前まで接近中です! 現状被害はなし! 攻撃方法は不明! 発見した国連軍の航空自衛隊は様子見をしています!」

「いつも通り、こっちに丸投げというわけね」

 

使徒にATフィールドという物理攻撃を無効化する手段がある以上は仕方がないことではあるが、どうにも釈然としないものがある。

 

「まだ第三新東京市からは距離あるわね」

「はい」

 

使徒間で情報の共有がされていると知ってからというもの、通常兵器での様子見を止めたミサトだったが、今回は状況が状況だ。

エヴァを即座に出撃できない為、仕方ないと割り切って指示を出す。

 

「国連軍の航空自衛隊に攻撃を要請。何とか能力を割り出させなさい」

「了解」

 

ミサトの躊躇のなさには日向もすっかり慣れてしまったもので、淡々と指示された通りに国連軍に対して攻撃要請を出す。

効かないと分かっている攻撃を実施することに対して向こうから抗議の声が飛んでくるが、葛城一尉の名前を出せば渋々と引き下がっていった。

 

そして、ミサトの命令通り使徒に対して実施される航空爆撃。

使徒は当然のようにATフィールドを展開し、無傷で現代兵器をやり過ごした。

見慣れた光景ではあるが、どうにも腑に落ちないところがある。

 

「……反撃してこないわね」

「えぇ」

 

そうなのだ。これまでの使徒であれば、光の鞭を出すとか、ビームを撃つだとか、色々と理不尽な手段で反撃をしてきていたというのに、それをしてこない。

怪訝な表情で見守る中、反撃がないと判断したVTOL機が少し高度を下げて真正面から使徒へ攻撃をし始めた。

 

その瞬間のことである。

 

使徒は胴体をぐるりと動かし、目のような部分から()()()()()()()()

 

咄嗟に回避行動を取ったのでVTOL機に被害はなかったが、吐き出された液体は森林へ着弾した瞬間、一瞬でその木々と土地を融解させてしまった。

 

「……溶解液かしら? 技術部、分析急いで!」

「MAGIの結論出ました! 葛城一尉の言う通り、極めて強力な溶解液のようです!」

「なるほど。つまり、このジオフロント上部まで来て、邪魔なところは溶かして降下してくるつもりなのね」

 

随分とせっかちな使徒ね。

心の内でそう呟く。

 

「国連軍にはそのまま攻撃を続行させて! 第三新東京市に入るまでで構わないわ」

「了解」

「それから、レイは本部にいるからいいとして……初号機と弐号機のパイロットはどこにいるの? 保安部に急いで確認を取って」

「了解」

 

矢継ぎ早に指示を飛ばしてから、ミサトは通信機器を手に取った。

作戦部長は大忙しだ。

 

『はい。こちら技術部』

「リツコ? 私よ。エヴァの調子はどう?」

 

電話の後ろで飛び交う作業音や大声に負けないよう、いつもよりボリュームを上げた声量でリツコが答える。

 

『四号機は急ピッチで仕上げているわ。後はレイとのシンクロ次第ね。初号機と弐号機は電力さえ回してもらえれば行けるわ。あっ、あとはパイロットもね』

「そっちは何とかするわ。ちなみに、エヴァを3機動かそうと思ったら電力をどれくらい消費することになる?」

『そうねぇ……MAGIに後で計算させるけど、恐らく一時的に7割以上は使うことになるわね。特にエヴァだけじゃなくて関連設備にかなり電力を使うことになるわ』

「了解。MAGIの計算操作はマヤにお願いするわ。リツコはエヴァの整備に集中してちょうだい」

『……四号機、本当に出撃させるの?』

「悪いけど、このままだとそうなるわ。無理を言うけど、準備急いで」

『ベストは尽くすわ』

 

そして、リツコは通信を切った。

彼女が本気を出すと言ったのだ。

間違いなく、四号機は間に合うだろう。

後は――

 

「マヤ」

「はい! 電力の計算ですね! 既にMAGIに計算式は打ち込んでいますので……あっ、今結果が出ました!」

「流石ね。素晴らしい仕事ぶりよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

普段は厳しいミサトだが、部下たちが率先して結果を出した時には素直に褒めることが多い。

なまじギャップがある分、そのお褒めの言葉は非常に光栄なものであると部下たちから認識されており、褒められたマヤは嬉しさで頬を赤く染めた。

 

「どれどれ……あんまり、余裕はなさそうね」

 

部下たちの心理を上手くコントロールしているミサトはグイっとマヤのパソコンを覗き込み、少し顔を顰めた。

流石は天下の赤木博士というべきか。

当てずっぽうで言ったわけではないらしく、殆ど彼女が言った通りの数字になっていた。

 

「電力の使い道は慎重にしないといけないわね。エヴァ3機と関連設備、そして都市迎撃システムへ優先的に電力を割り当てて」

「セントラルドグマとMAGIも忘れるな」

「もちろんです」

 

上から指示を飛ばす冬月副指令に振り向いて敬礼で答え、ミサトは指示を出し直す。

 

「エヴァ3機と都市迎撃システム、セントラルドグマとMAGIへ優先的に電力を回して。他は後回しでいいわ」

「了解しました」

 

NERV本部の電力権を手にしたミサトがマヤに指示を飛ばし、彼女が電力の振り分け作業を行う。

JAは奮闘しているが、数字にも現れている通り、決して余裕がある状況ではない。

少しでも節電に努める必要があった。

 

「使徒の状況は?」

「依然、変わらずです。今の進行速度ですと、20分後にジオフロント直上に到達予定です」

「……まだ時間はあるわね」

 

ミサトは考える。

 

理想は初号機、弐号機、四号機の3機で迎え撃つことだ。

敵は溶解液を使うのだから、障害物がある意味でも都市迎撃システムと一緒に戦う方がいいだろう。

 

だが、敵にあの溶解液を地上で使わせるのは非常に危険という考えもあった。

電力不足の今、地上にいる民間人の避難活動は完了していないのだ。

避難警告の放送は流したが、それでもどれほどの住民がスムーズに避難出来ていることやら。

 

愛しい少年たち以外には大して執着しないミサトではあるが、それでも一般論として(世間体もある為)進んで民間人がいる場所で戦う気にはなれなかった。

 

となると、本当の意味での理想はエヴァ3機で第三新東京市前に叩くことになる。

 

だが、肝心のパイロットがいない。

 

「葛城一尉!」

「なに」

 

と、その時、保安部に確認を取っていた日向が受話器を置いて顔を上げた。

 

「初号機と弐号機のパイロットですが、ゲートまでは護衛を完了していたと報告がありました。しかし、そこから先は管轄外であり、さらに停電騒ぎもあったから居場所は分からないとのことです」

「……ジオフロントまでの道中で立ち往生を食らっている可能性が高いわね」

 

ミサトは日向に顔を寄せ、副指令たちに聞こえないよう小声で囁く。

 

「……私の権限で少しだけ電力を回すことを許可するわ。急いで監視カメラで2人を探して。保安部隊も動員。草の根掻き分けてでも見つけさせなさい」

「了解しました」

 

ミサトの声に怒気を感じた日向は反射的に上司の命令に頷いていた。

管轄外だから仕方ないとはいえ、2人を見失った護衛に怒りが収まらないのだろう。

日向は大急ぎで保安部に連絡を取った。

この一言を忘れずに付け加えて。

 

「なお、葛城一尉はお怒りの模様――」

 

きっと、血相を変えて2人を探し回ってくれるだろう。

 

 

 

 

一方その頃、件のパイロット2人はというと――

 

「何なのよ、もう~~~~‼」

「いや、ホント……どうなっているんだろうね」

 

リツコやミサトほど酷い言葉遣いではないが、同じく不満を爆発させていた。

2人がこうなっている理由は、NERV本部を襲った停電騒ぎが原因である。

 

「一旦ドアが開いたと思ったら()()()()()()()()()()、空調も効いてないし、一体どうなってるのよッ!」

「なんか、停電と復旧を繰り返している感じがするよね……」

 

工作員による停電と、JAによる電力復旧。

そして使徒襲来という連絡を受け、電力を無駄遣いするわけにはいかないと急遽通電範囲を限定させたことによる、重要箇所以外の再停電。

 

その影響をもろに受けた2人は、結果としてジオフロントまで続く道中で足止めを食らう羽目になっていた。

 

「人類最先端の科学都市なんじゃなかったの? ここ」

「ここに来て1年半くらいだけど、こんなことは初めてだよ。多分、何かとんでもないトラブルが起きているんじゃないかな?」

「トラブルねぇ……まさか使徒?」

「あり得ない話じゃないと思う。とにかく、急いだ方が――」

 

何とか先を急ごうとしていたシンジ少年は不意に言葉を止め、キョロキョロと周りを見渡し始めた。

 

「どうしたのよ」

「しっ! なんか、向こうの方で音が聞こえない?」

 

真っ暗な廊下の向こう側から何かが聞こえている気がする。

シンジ少年はドアに耳を押し当てて、懸命にその音を拾おうとする。

怪訝な表情を浮かべていたアスカだが、シンジ少年が無意味にこんなことをするはずがないだろうと、同じくドアに耳を当てた。

 

すると、微かに聞こえてくる館内放送の声。

 

『繰り返す。只今、使徒接近中。総員、第一種戦闘配置――』

 

シンジ少年とアスカは同時に顔を見合わせた。

 

「「使徒だ!」」

 

奇しくも、アスカの勘が当たったことになる。

まぁ、この停電騒ぎは使徒の仕業ではないのだが。

 

「急がないとまずそうだね」

「えぇ、そうね。だけど――」

 

同意しながら目の前の分厚いドアを睨みつけるアスカ。

どうやら目の前のドアは完全に電力で動いているらしく、手動ハンドルもついていない。

カードキーが反応しない以上、シンジ少年とアスカの腕力で動かせるような代物ではなさそうだった。

周りを見渡すが、後ろのドアも同じ形態であり、2人は殆ど施設内部に閉じ込められたような状況になっていた。

唯一右側の部屋は窓ガラスがあり、なおかつ普通のドアをしているため、中に侵入できれば内側から向こうの廊下側に行けることが分かるが、肝心のドアをどうやって開ければいいかが分からない。

多才なアスカだが、流石にピッキングまでは習得していなかった。

 

「ドアが開かないんじゃ、どうしようも――なにしてんの?」

「よっこらせっと。このドアは完全に電力で動いているみたいだから、こっちの部屋から行くしかないよね」

「いや、だからその手に持っている消火器は――」

 

次の瞬間、シンジ少年は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

口を半開きにして立ち尽くすアスカを尻目にガンガンと容赦なく消火器で硝子ノックを続けるシンジ少年。やがて、心地よい音と共に割れる硝子。

 

「よし。こっちから迂回していこう」

「……」

 

まぁ、確かにこの状況下では非常に合理的な選択ではあるが――普通はそこまで行動的にはなれない。

 

葛城ミサトの教育の成果か、それとも両親の血筋か。

非常時には最短、最適、最強になるシンジ少年の合理性が遺憾なく発揮された瞬間だった。

 

アスカは唖然とその光景を見ながら呟いた。

 

「……やっぱりアンタ、たまに過激ね。ミサトに怒られるわよ?」

「非常時だからね。ミサトも許してくれるよ。それに、怒られるときは僕だけだから大丈夫」

「……全く。水臭いこと言うんじゃないわよ」

 

そう言って、アスカは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これで共犯ね。怒られるときは一緒よ」

「アスカ……」

()()()()()。良い時も悪い時も一緒にいましょうよ」

「……うん。そうだね。一緒に行こう」

 

心を重ねた2人は割った窓ガラスから部屋に侵入し、そして室内にある別の入り口を内側から開錠して駆け出した。

 

自分たちの使命を果たすために。

 

 

 

 

初号機と弐号機のパイロットが本部内を疾走する中、四号機の実験の為に予め本部で待機していたレイは、急遽シンクロテストを実施することになった。

 

『レイ。始めるわよ』

「はい」

 

赤木リツコの言葉に頷く。

彼女は目を閉じた。

 

『第一次接続開始――』

 

(頼むわよ、レイ)

 

彼女に対して複雑な感情を抱いている赤木リツコであるが、今回ばかりは彼女の活躍を祈るほかない。

 

(貴女は、特別なんだから)

 

そう。

業腹ながら赤木リツコが認めざるを得ないほどに、綾波レイという少女は特別だった。

 

彼女の正体は何者か。

その答えは非常に難しい。敢えて直球に事実を述べるのであれば

 

使徒未満、人間以上の生命体――と言ったところか。

 

初号機と融合してしまった碇ゲンドウの妻、碇ユイの肉体をサルベージし、そして魂が宿らなかった空の肉体に“第2使徒リリス”の魂を入れることによってできた一個の生命体、それが綾波レイである。

 

だが、サルベージできたのが本当に碇ユイの肉体であったのか。

そこには大いなる疑問があった。

 

なにせ、初号機と溶け合っているのだ。その遺伝子に狂いが生じていてもおかしくはない。

リリス本人の肉体ではないことも大きな原因となり、結果として、リリスの魂を宿す綾波レイの肉体は非常に不安定だった。

赤木リツコが投薬する特殊な薬がなければその形態を維持できないほどに。

 

しかし、投薬だけでは限界があることも確かだった。

 

当初はリリスの肉体から遺伝子を追加することで、素体としての強度を高める案も出ていた。しかし、すぐにその案は却下されることになる。

素体の純度にリリスの割合が多くなるほど、綾波レイは本来の使徒としての力を取り戻していくことになるからだ。

 

では、どうするべきか――

 

続いて出された案は、まさに禁じ手だった。

 

“第一使徒アダム”の遺伝子流用である。

 

アダムとリリスの禁じられた融合。

それこそ正に危険と言う声もあったが、しかし最高司令官である碇ゲンドウの鶴の一声で実験は実施されることとなった。

 

それで素体としての強度が上がるのであれば問題ない。

さらに、この程度の肉体純度と魂でサードインパクトが起こるはずもない。

そういう見解だった。

己の最終的な目的の中にアダムとリリスの融合があるゲンドウが、先んじて実験をしておきたいという思惑もあったのだが――それはともかく。

 

結果として実験は成功。

 

綾波レイは碇ユイの肉体のコピーにリリスの魂、そしてアダムの遺伝子も持つ究極のハイブリッド生命体となった。

その意味は非常に大きく、肉体の強度が少し上がったほか、日々何気なく生活をするだけでリリスの魂がアダムの肉体を動かしているという訓練にもなる。

 

その成果もあり、綾波レイはコアだけでなく素体とのシンクロも可能になり、見事にアダムの肉体をベースとした弐号機とのシンクロも果たして見せた。

 

そう彼女は――理論上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となったのである。

 

 

 

『第二次接続開始』

 

(……四号機……零号機とは少し違う気がする)

 

零号機は色々な意味で特殊な機体だ。

単純に初期段階のプロトタイプと言う点も大きい。

 

理論上、全てのエヴァンゲリオンに乗れる彼女であっても扱いきれず、凍結と言う結末を迎えてしまった。

(今は米国支部で新型エヴァの雛形にされているようだが)

 

その原因が何かは分かっている。

()()()だ。

彼女がエヴァを欲せず、そして敏感なエヴァがそれを感じ取った。

それが全てだ。

 

恐らく、今のレイであればもう一度テストすれば零号機でも起動はさせられるだろう。

だが、2回の暴走がその機会を閉ざしてしまった。

 

だからこそ、欲した。

新たな力を。

 

そして、葛城ミサトはそれを叶えてくれた。

ならば、それに応えたい。

 

自分を家族と言ってくれた少年をこれ以上傷つけない為に、自分も戦いたい。

だから――

 

(お願い。私を受け入れて)

 

シンジ少年やアスカよりも明確にエヴァというものを知る彼女は、四号機の内側に願う。

エヴァンゲリオンを、嘗てとは()()()()()()()

アダムの遺伝子を知ったリリスの魂が訴えかける。

 

『双方向回線開きます。シンクロ率41.3%! ハーモニクス全て正常値! 数値安定しています!』

『そう……レイ、成功よ』

 

赤木リツコの声を受け、レイはそっと息を吐き出して、背もたれに体重を預けた。

 

だが安堵するのは早い。

本番はこれからなのだから。

 

 

 

 

「技術部より連絡あり! 綾波レイがエヴァンゲリオン四号機のシンクロテストに合格したとのことです! 即時出撃可能とのこと!」

「了解。初号機と弐号機のパイロットは?」

「それが、監視カメラで調べたところ、つい先ほどまで1番ゲートの付近にいたことが判明したのですが、その……」

「なによ。ハッキリと言いなさい」

 

愛する子供たちのことで思わず口調が荒くなるミサト。

日向は意を決して報告した。

 

「通電範囲外だったため、各々の判断で資料保管室の硝子扉を破壊し、現在は監視カメラがない地下ルート経由でここへ向かっていると思われます」

 

目を見開くミサトだが、すぐに悟った。

これは自分のミスだと。

電力の振り分け時に、パイロットの発見と保護を最優先するべきだった。

結果として彼らを通電外に閉じ込めてしまったのだから。

 

「……完全に入れ違いになってしまったみたいね。状況は理解したわ。多分、あの子たちならすぐにここへたどり着くと思うけど、保安部隊には引き続き捜索を依頼しておいて。見つけたらエヴァの格納庫に案内するように伝えて」

「了解しました」

「それから、あの子たちが破壊した硝子扉の弁償は作戦課の予算から回しておいて」

「はい」

 

しかし、悔やんだところで仕方がない。

シンジ少年とアスカはそんな状況でも自分たちに出来ることを行動に移して、ここに向かってくれているのだ。

その行動力と判断力を誇りに思いながら、ミサトは頭を切り替えた。

 

「後は、使徒の動向ね」

 

モニターを睨みつける。

現代兵器を物ともせず悠々と歩みを進める使徒。

何分後か具体的には分からないが、少なくとも1時間以内には万全の態勢で迎え撃てるのだから、無理をする必要はないとも言える。

 

だが、今回の停電騒ぎがミサトの胸中をざわつかせていた。

人間が、このNERV本部を狙っている。

考えたことがないわけではない。恨みは数えきれないくらい買っているだろうから。

だが、それでもこんな物理的な手段を取ってくるとは予想もしていなかった。

 

今後もこんな手段を取ってくるとすれば――本部を危険に晒すわけにはいかない。

そして、弱みを見せるわけにもいかない。

この停電程度で屈するところを見せてはならないと、ミサトは考えていた。

 

「……四号機パイロットと通信を繋いで」

「了解」

 

通信機を手に取り、ミサトは彼女の名を呼んだ。

 

 

 

 

『レイ。聞こえる?』

「葛城一尉。はい、聞こえます」

 

四号機のシンクロテストに合格したレイは、実戦に備えてそのままエントリープラグ内で待機となっていた。

前線で戦うことを想定し、発令所から共有されている使徒の映像を眺めていた彼女は、突如割り込んできたミサトの通信にすぐに応じた。

 

『状況は映像で共有されていると思うけど、改めて説明するわ。現在、使徒は第三新東京市目掛けて進行中。攻撃手段は溶解液。動きはそこまで早くはなさそうよ。後10分でここまでたどり着くわ』

「はい」

『初号機と弐号機のパイロットもこちらへ向かっているけれど、残念ながら使徒の到着には間に合いそうにないわ。間違いなくこの第三新東京市へ侵入を許すことになってしまう。だから――』

 

ミサトは心を鬼にして命じる。

 

『レイ。今からエヴァンゲリオン四号機で出撃。使徒を迎え撃って』

 

初の実戦。

それも、ついさっきエヴァンゲリオンとのシンクロに合格したばかりの少女だ。

かなり酷なことを言っている自覚はある。

だが、悠長に残りのパイロットを待っていられる状況でもない。

彼女には無理を聞いてもらう必要があった。

 

『もちろん、必ず撃破しろとは言わないわ。牽制をメインとして、使徒の最大能力値を把握。無理しないように危なくなったら撤退してちょうだい』

「分かりました」

 

特に不満を口にするでもなく、淡々と頷くレイ。

本当に問題ないと考えているのか、それとも強がりか。

まだ関係が浅い為、彼女の考えが読み取れず、ミサトは内心で首を傾げる。

 

だが、今は彼女の答えに甘える他ない。

 

『ありがとう。では、パレットライフルとシールドを装備し、7番ゲートから出撃してもらうわ。敵の位置と、次の移動箇所はこちらから指示します。出来る限り迂回して使徒の側面を取りながら、山間から狙撃を開始して頂戴。山が溶解液から身を防ぐ盾になってくれるはずよ』

「はい」

 

異論も質問もなく、淡々と無表情で頷く綾波レイ。

ふと、ミサトは本当にこの子大丈夫かと心配になって来た。

 

シンジ少年とアスカが自分の感情に素直で分かりやすいこともあって、彼女が何を考えているか分からず不安になってしまう。

 

だが、これ以上言うこともない為、ミサトは「以上よ」と話を終えようとした。

トラブルがあった時には第三新東京市まで誘い込み、迎撃システムで援護することも視野に入れながら。

 

「……葛城一尉」

『どうしたの?』

 

彼女から話しかけてくるとは珍しい。

通話終了のボタンから手を離して尋ねる。

 

「……ありがとうございました。四号機のこと」

『そんなこと? 別に構わないわよ。寧ろ、貴女には申し訳ないくらいだわ』

「どうしてですか?」

『それは――』

 

貴女を戦わせるための兵器を率先して手に入れたから。

 

彼女の中にある負い目が言葉を詰まらせる。

これが、四号機獲得までの大活躍で素直にミサトが喜べていない理由であった。

 

子供たちを生贄にして動く兵器、エヴァンゲリオン。

どれほど強力なものであったとしても、こんなものに頼らなければ生き残れない現状をミサトは嘆く。

 

だが、綾波レイの考えは違った。

 

「これのお陰で私は戦えます。だから、ありがとうございます」

『レイ、貴女……』

 

画面の向こうに映るのは、これまで見たことがない彼女の笑顔。

ミサトは彼女に詰め寄られたあの病室での出来事を思い出す。

そうだ。そういえば、そうだった。

この少女は、人の為に戦いたくて、エヴァを欲していたのだ。

 

弟と信じる、あの少年の為に戦いたくて――

 

『……どういたしまして。こちらこそ、ありがとうレイ。貴女が四号機のパイロットで嬉しいわ』

「……はい」

 

ミサトの言葉に対し、どう反応していいか分からないというように眉を寄せるレイ。

そんな不器用な表情に微笑みながら、ミサトは言った。

 

『貴女を信じます。決して無理はせずに、エヴァのパイロットとしての責務を果たして頂戴』

「了解」

 

そして、通信は切れた。

もう余計なことを言う必要はないだろう。

 

ミサトは言葉通りに綾波レイを信じ、号令を掛けた。

 

「エヴァンゲリオン四号機、発進ッ!」

 

 

 

7番ゲートから出撃した四号機は、ギリギリまでアンビリカルケーブルを伸ばしたままミサトに指示された通りのポジションまで移動し、敢えてATフィールドを展開しないまま山間に身を隠した。

 

『使徒とは後1分で接敵よ。準備して』

「はい」

 

初めての実戦と言うこともあり、シンジ少年やアスカを見守る時とは別種の緊張感に襲われるミサト。

 

だが、肝心の綾波の方は全く緊張しておらず落ち着いていた。

 

そもそも、緊張したり不安を抱えるためには(言い方はあれだが)それなりの社会性が必要となってくる。

その点、徐々に育ってきているものの、そこら辺の情緒がまだまだ未熟な綾波レイにとって、そういった感情は生まれようがないものであった。

(これがシンジ少年相手であれば色々と違ってくるのだろうが、彼は現在本部内をアスカと一緒に爆走中だ)

 

安定して横ばいのバイタルや、声の調子から本当に綾波が欠片も緊張していないことを悟ったミサトは、目を丸くしながら思った。

 

この子、かなりエヴァのパイロットに向いているかもしれない、と。

 

「目標を肉眼で確認しました」

『了解。では、中止させていた爆撃を再開させるわ。敵の注意がそちらへ向いた瞬間にATフィールド全開で中和作業とパレットライフルの発砲を開始して』

「了解」

 

このタイミングの為に敢えて止めさせていた国連軍の爆撃。

エヴァから少しでも注意を逸らさせるため、攻撃を再開させるべくミサトは日向に合図を出す。

彼は受話器で連絡を取り、左手を宙に上げた。

立てられているのは5本指。

それが一本ずつ折りたたまれていく。

 

 4

  3

   2

    1

 

『爆撃開始!』

 

空から改めて降り注ぐ航空部隊による爆撃。

それが着弾する瞬間、ミサトが命じた。

 

『四号機、攻撃開始ッ!』

 

集中しながらも力んではいない綾波レイがスムーズに四号機を操り、ATフィールドを全開にする。

己を守る盾を突然中和された使徒の本体に殺到する現代兵器の数々。

 

思わず使徒が怯む中、山間から姿を現した四号機が手に持ったパレットライフルの連射を開始した。

 

容赦なく胴体に着弾するパレットライフル。

悲鳴のような声を上げながらダメージを受ける使徒の動きが止まる。

チャンスだ。

一気に畳みかける航空部隊及び、四号機。

 

特に航空部隊の方は、自分たちの手で使徒を葬れるかもしれないと気合いの入った射撃を継続している。

一方、そういったことに興味がないレイは冷静に状況を俯瞰していた。

 

「リロードします」

『了解。航空部隊へ通達!』

 

先んじて弾切れを予測し、四号機が一歩引いてマガジンを取り換えようとする。

念のため、フォローさせるべく航空部隊へ通達をするが――

 

『ッ! レイ! 避けて!』

 

四号機からの射撃が途絶えたことで使徒が動き出す。

空からチョロチョロと撃ってくる兵器も鬱陶しいが、それ以上にATフィールドを無効化してくるエヴァの方が厄介だと判断した使徒が、ダメージの回復も行わずに溶解液を飛ばした。

 

マガジンを交換中の四号機は動けない。

咄嗟に叫ぶミサトだが――やはり綾波レイは冷静だった。

 

マガジン交換作業を途中でキャンセルし、すぐに左腕に装備している盾を構えながら身を屈ませる。

使徒が放った溶解液は山と盾の一部を溶解させるも、四号機に傷をつけるには至らなかった。

さらにレイは攻撃を防いだ直後に一度キャンセルしたマガジン装填を完了させ、射撃を再開する。

一度溶けた山はもう使えないと、さり気なく射撃ポジションを移動させながら。

 

セオリー通りの動きだが、それを淡々と実行する判断能力と、何より冷静さ。

 

(この子……()()()!)

 

ミサトはグッと拳を握る。

 

圧倒的な才能と瞬発力、そして闘争心が武器の攻撃特化戦士。

惣流・アスカ・ラングレー。

 

驚異の反射神経と、堅実な立ち回り、そして鋼のメンタルが武器の防御特化勇者。

碇シンジ。

 

そして――

 

冷静沈着。ぶれない判断。命令を確実に実行する能力を持つ万能型兵士。

綾波レイ。

 

完成した、とミサトは悟った。

最強の3人組がここに誕生したのだと。

 

『葛城一尉!』

 

ふと、モニターに視線を奪われていたミサトを呼ぶ声。

日向の呼びかけに反応した彼女が視線を外した間にも戦闘は進んでいく。

 

 

既に四号機のパレットライフルと航空部隊の爆撃で瀕死状態の使徒。

決着は時間の問題かと思われたが、窮鼠猫を嚙むというべきか。

使徒はせめてエヴァンゲリオンだけでも道連れにしようと溶解液を吐き出した。

 

四号機がどこにも逃げられないよう、四方八方に向かって。

 

命中すれば身体を溶かされる激痛の液体だが、やはり綾波レイを動揺させるには至らない。

彼女は敢えて動き回るのを止め、最後に残っていた山の背後に身を隠し、盾を構えてからATフィールドを掛け値なしの全力で展開した。

 

結果として、周囲へむやみやたらに溶解液を振りまいただけで、肝心の四号機へはダメージを与えることが出来なかった使徒。

 

スッと立ち上がった四号機は冷静にパレットライフルを掃射する。

穴だらけにされていく使徒の胴体。

やがて、使徒の胴体がゆっくりと地面に落ちていく。

長い脚も地面に横たえ、停電の中現れた使徒はその活動を停止させた。

 

ゆっくりとパレットライフルを下ろすレイ。

 

()()()! レイ! まだコアが――』

 

ミサトの警告が聞こえた瞬間であった。

使徒はこれまで武器として使ってこなかった長い脚で四号機を横から殴打した。

咄嗟の攻撃に反応できず、弾き飛ばされる四号機。

森林を破壊しながら着地したレイは、痛みに耐えながらもすぐに身を起こそうとする。

 

だが、それよりも先に死んだふりという姑息な真似で最後の体力を温存していた使徒が立ち上がり――四号機に向かって溶解液を吐き出した。

 

盾は着地姿勢が悪かったせいで腰の下に挟まっており、取り出すまでに時間が掛かってしまう。

パレットライフルの掃射は間に合わない。

だが、レイは焦っていなかった。

もう勝負はついたも同然だからだ。

これは使徒の最後の抵抗に過ぎない。

四号機を溶かすのは申し訳ないが、自分が痛みを我慢すればいいだけだ。

彼女はそう考えていた。

 

だが、そう考えていない者もいる。

 

『常在戦場、油断大敵よッ――!』

 

聞き覚えのある威勢の良い少女の声。

そして次の瞬間、どこからともなく飛来したソニックグレイヴが使徒のコアを完璧に貫いた。

 

弐号機、惣流・アスカ・ラングレーである。

良いところは私が貰っていくとばかりに完璧な止めを刺した彼女。

 

しかし、使徒が吐き出した溶解液は彼女でも止めようがない。

 

だから、ここは()()()()()()()()

 

『卑怯千万――まさか、使徒に対してこの言葉を使うことになるとはね』

 

全身に襲い掛かるダメージを想像して身を堅くしていたレイ。

だが、肝心の溶解液が降り注いでこない。

ゆっくりと目を開いた彼女の目の前には、大きな盾を構えた初号機の背中が広がっていた。

 

「碇、くん……」

『綾波。ケガはない?』

「……えぇ。大丈夫よ」

 

碇君が守ってくれたから。

レイは自然と笑顔を浮かべながら言った。

 

「ありがとう」

『どういたしまして。こちらこそありがとう。よく使徒を倒してくれたね』

『ちょっとー。止めを刺したのは私でしょー?』

 

私も褒めろと、横から割り込んでくる良いところ取りの惣流・アスカ・ラングレー。

いつもはアスカに甘いシンジ少年だが、流石に今の発言は頂けない。

 

『今回のは殆ど綾波の功績だと思うよ。別に僕たちがいなくても勝っていただろうし』

『……ま、そうかもね。よくやったじゃない、レイ』

 

別にアスカとて綾波の功績を認めていないわけではない。

そっぽを向きながらもファーストネームで彼女の健闘を讃えた。

 

『どうしたの、綾波』

「……なんでもないわ」

 

ただ、

 

「悪くないと、思ったの」

『……それは良かった』

 

シンジ少年はレイと同じく、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

その後。

 

稼働時間が残っていたエヴァンゲリオン3機は、ミサトの指示で後始末に奔走させられた。

 

『こんなの神聖なエヴァの仕事じゃないー! 私と約束したわよね⁉ 聞こえているの、ミサト!』

 

約一名、駄々をこねるお姫様もいたが、彼女とて本気で怒っているわけではない。

ミサトとじゃれ合いたいだけだと分かったシンジ少年は微笑みながらミサトと口論をするアスカを眺めていた。

 

そうして、使徒の死体片付けや、ついでと言わんばかりに地上で配線がおかしな場所がないか確認をさせられたり(これには流石にシンジ少年もげんなりした表情を浮かべていた)、

人類が誇る決戦兵器は様々な雑用をさせられ、日が暮れた頃にようやく解放された。

 

色々と働き詰めだった3人は現在、プラグスーツのまま、丘の上で休んでいた。

その目の前に広がるのは、電気が消えた第三新東京市の姿。

 

ジオフロントは既に電力が戻っているが、後回しにされていた第三新東京市も間もなく本来の電力が復旧するらしく、その前の計画停電を実施しているとのことだ。

 

「人工の光がないと、月と星が綺麗に見えるね」

「そうねぇ……シンジと初めてあった時のことを思い出すわ」

「ヤシマ作戦のときか。確かにあの時も電気がなくて、月と星の光だけだったね」

「えぇ」

 

草むらに寝転がりながら、シンジ少年の方を向いたアスカが甘い声で囁く。

 

「あの時の出会い、ずっと記憶に残ってるわ。今思えば、結構運命的な出会い方じゃなかった?」

「運命的か……そうだね。確かにそんな感じだった」

 

月光の中、弐号機と共に現れた鮮烈な赤い少女。

その光景はシンジ少年の中にも深く刻まれている。

 

「アンタはどうか知らないけど、私の中では大事な思い出よ」

「僕もだよ。……アスカの発言、全部覚えてる」

「ッ! そっちは忘れなさい!」

 

バリバリに尖りまくっていた自身の恥ずかしい発言を思い出したアスカが顔を真っ赤にして怒鳴る。

大事な思い出でもあるのだが……反対に、黒歴史でもあった。

 

「おっ、電気がついた。あーあ、折角の月が……」

「……人は闇を恐れ、火を使い、闇を削って生きてきたわ」

「哲学ね。だけど、闇もまた愛すべき友よ。アンタも月光に見惚れていたじゃない、レイ」

「……えぇ、そうね」

 

少し輝きが鈍くなったように感じる月を見上げながらレイはアスカに同意した。

 

「綺麗な月だったわ」

 

確かな充足を感じながら、彼女は闇と月光の下で微笑んだ。

 

 

 




予告

成層圏より飛来する最大の使徒。
打つ手が限られる中、ミサトは信頼する3人のパイロットたちに全てを託す。
指揮官の信頼と人類の命運を預かり、3機のエヴァが死力を尽くす。

  次回
価値ある奇跡

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